そんな2匹の姿を見て、人間たちはこう言った。
「二匹の犬は、隊員の帰りを待っていた」
「もう少し進めば見えてくる」
鬱蒼と茂る森の中を走り抜けるジープの車列が向かう先は避難民キャンプ。
物資の供給だ。
私と軍医少尉が医療班として、ちゆりは車両整備班兼万が一の戦闘要員として同行している。
「間もなく到着です」
キャンプは森の少し開けた場所に設営されていた。
ジープの車列に、まずは子どもたちが真っ先に駆け寄る。
その子どもを追いかけるように大人たちが。
歓迎されているというよりも、一刻も早く物資が欲しいといった感じで、ジープをあっという間にとり囲む。
長期に渡る集団でのテント生活は精神的に応えるらしく、特に大人は酷く痩せこけていて、キャンプでの生活がいかに過酷なものであるかを物語っている。
「順番に並べ!子どもが優先だ!」
軍人の一人が叫ぶと、大人たちは渋々と従う。
そんな様子を、一人、遠く離れた木陰から見つめる少女が。
見つめる、っといったより、睨みつけているようだった。
私と軍医少尉は各テントを見て回る。
「こっち来て!」
「はい!」
呼ばれたテントへ入ると、一人の高齢女性がベッドに横たわっていた。
「おばあちゃん!わかりますか!」
「…ん?…あぁ」
軍医少尉の声には反応するものの、明確な返答にはなっていない。
「駄目ね、彼女、自分が何者かもわかっていないわ」
「治すことはできないんですか?」
「ええ、失くした記憶を戻すことはできないわね」
俗にいう認知症だ。
IPS細胞を用いた治療が可能だけど、あくまで医療が発達した私たちの世界での話。
幻想郷ではまだ治療法が確立されていないのだろう。
「でも不思議ね。彼女は一人では生活できないから、誰かにお世話されていたはずよ」
「ご親族はいたのですか?」
「ええ、息子さんが一人、六歳になるお孫さんが一人いるのだけど、母親が先日…」
「…そうですか。息子さんは?」
「前線で戦ってて、連絡が取りにくいわ」
ジープに我先に群がる様子を見ていると、皆自分の生活でいっぱいいっぱいのようだ。
ここのキャンプの人たちが世話をしていたとは考えにくい。
「…お孫さんって、女の子ですか?」
「ええ、その子も見当たらないわね」
もしかしたら…
「ついてきてください」
「え!?」
軍医の腕を引っ張ってテントの外に出る。
「ちゆり!手、空いてる?」
「ん?どうした?後輩」
「ついてきて欲しいんだけど」
偶然そこら辺を歩いていたちゆりに声をかける。
いざとなった時、丸腰では困る。
それに、何か嫌な予感がする。
「ほんとにこんなところにいるのか?」
「わからない。でも、この先に誰かいるはず」
先ほどジープから見えた、こちらを睨んできた少女はそのあと、この森の中に入っていった。
年齢も六歳程度、恐らくその少女がテントの老人の孫で間違いない。
「静かに!何か聞こえるわ!」
軍医少尉が何かに反応し、ちゆりが警戒態勢に入る。
「あっちからだわ!」
叫ぶと同時に軍医は駆け出した。
対象が私たちから逃げているみたいだ。
すかさずちゆりが前に出る。
私はその後を必死に追いかけた。
前の二人が止まった先、樹齢数百年はあると思われる大木の前に、やはり先ほどの少女が立っていた。
ちゆりは木に向かって銃を構える。
「出てこい!いるのはわかってんだ!」
「午!」
ダダダダダダダン…
軍医が言うと同時、ちゆりは後ろへ銃を連射した。
自動小銃から薬莢が大量に飛び出す。
しかしすぐに止め、再び前に向き直ると、先ほどの少女の前にもう一人の少女が立ちふさがっていた。
「…何の真似だ!」
「この少女に危害を加えようものなら、貴方たちを排除するわ」
年齢は十代くらい、なぜかメイド服を着ている。
「貴様、敵の
敵!?どう見ても、人間にしか見えない。
私たちの世界ですら、ここまで精巧なアンドロイドは見たことがない。
動き、表情の変化、肌の質感まで、人間とどこも違いはない。
「貴方たちには関係ないでしょ?」
相手は丸腰。
しかし、銃を構えるちゆりに、遠慮なく歩み寄ってくる。
気圧されて、ちゆりはゆっくり後ずさりする。
「一つ聞かせて!」
これ以上は両者に危険が及ぶ。
本能的にそう悟った私は、たまらず叫んだ。
「私たちの目的はこの少女を安全な所に連れ戻すこと。貴方の目的は?」
「安全な所?まさかあのキャンプが安全とは言わないわよね?」
機械の少女は、私の問いかけに対し、呆れた表情で返答する。
「衛生環境も整っていない、戦うための兵器も人も無い、おまけに上空からでもよく目立つ。殺してくださいと言っているようなものでしょ?」
「あんたの目的は何だと聞いてるんだ!」
声を荒げて相手を問い詰めるちゆり。
相手はなおも、こちらに歩み寄ってくる。
「目的は貴方たちと同じようね。なのに、なぜこうして対立してしまうのかしら。理解に苦しむわね」
「理解に苦しむのはあんたの行動だ!なぜ敵を助ける!その行動になんの目的があるのかと聞いてるんだ!」
ちゆりの後姿しか見えない私は、ちゆりがどんな表情をしているのかわからない。
しかし、その声色から焦りの表情が伝わってくる。
敵と対峙した時、普段のちゆりなら、ここまで動揺することはないだろうと思う。
今のちゆりの焦りは、果たしてどこから来るものなのか。
その答えは明白、目の前の敵の、意味不明な行動から。
元来機械というのは、与えられた任務を遂行するだけの存在。
そこに目的が存在するなら、それは機械に命令した人間の目的ということになる。
しかし、目の前の機械少女はまるで、自らに目的があるかのように振る舞う。
これは精巧に仕組まれた罠なのか?
それとも…
「その行動になんの目的があるのか…、私の先代も、先々代も、人間に対して同じ質問をしてきたわ。逆に、私が質問される立場になるなんてね。少しでも、人間に近づけた証拠かしら」
ぐんぐんと距離を縮めてくる相手に、さすがのちゆりも恐怖したのか、再び銃を構えたその時、
「‥‥‥」
今まで後ろで黙って見ていた少女が、機械の少女を庇うように、ちゆりの前に立ちふさがった。
「…どうする気だ」
「‥‥‥」
「なんか言ったらどうなんだ」
「その子は耳も聞こえないし、口もきけないわ」
「ん…」
少女に銃を向けるわけにはいかず、ちゆりは銃を下ろす。
「あんた、こいつといたいのか?」
「‥‥」
「敵なんだぞ?あんたの友達や、家族を傷つけた」
「‥‥」
「そんな奴らの仲間…、信じられるのか…?」
「‥‥」
「そうか…」
無言で見つめる少女の頭を、ちゆりは優しくなでた。
「あんたがいいならそれでいい。信頼なんてのは、どうせ一方的な願望なんだから。相手にどんな思惑があろうと、あんたが信じているなら、その願望にとことんしがみついていけ」
もちろん彼女にはその言葉は届かない。
困惑した彼女を置いて、ちゆりはそのまま私たちの方に引き返し、「行くぞ」とだけ告げる。
「私からも一ついい?」
同じく引き返していく機械の少女を、今度は軍医少尉が呼び止める。
「この子のおばあちゃんを世話してくれてたのは、貴方よね」
「…それがどうしたの?」
「これからも、お願いできないかな?」
軍医少尉は相手に深々と頭を下げた。
「別にそうプログラムされているわけではないけど、上司以外の人間の命令や要望は聞かないようにしているの」
「‥‥‥」
「だから、これらは私の独断。二度と口出ししないでいただける?」
その言葉を承諾と受け取ったのか、軍医少尉は今一度頭を下げた。
「ごめん、ちょっといいかな?」
機械の少女の後をついていこうとする少女を引き留めた。
持参したバッグの中から、紙切れを取り出し、少女に渡す。
少女は疑わしそうな顔つきで私から紙切れを受け取ると、やがて何かに気が付いたのか、夢中になって読みだした。
やがて、紙切れの上に水滴が垂れると、少女は顔を上げ、満面の笑みで何かを伝えた。
そして、機械の少女の方へ走っていった。
「いったい何があったんだ!」
走るジープの中でランツ少佐が激しく動揺する。
それもそのはず、先ほど戦線が崩壊したとの連絡が入ったのだから。
「西の森は占拠されました。現在、北の丘の方まで部隊が退却しています」
「くそっ!とにかく基地へ戻るぞ!」
私たちのジープの車列の真上を、幾機もの戦闘機が一直線に飛んでいく。
後を続くように、恐らく妖怪の類と思われる人型の飛行物体が通り過ぎてゆく。
「敵が近いな、早くしねえと、追い付かれちまう」
刹那、車列の後方に、地面を数メートルほど浮遊する機械が現れた。
「臨戦態勢!」
少佐の声で、団子状態で走行していた車両は散らばり、道なき道を単独で走行する。
蛇行する数両の装甲車が、敵からの攻撃を巧みに避けながら、砲撃。
しかし、敵の装甲は砲撃を跳ね返し、光線を放ち反撃、地面をえぐる。
敵は広範囲に弾幕を展開、細かな動きを苦手とする装甲車の一両が、黒煙を上げて吹き飛んだ。
「ちゆり!」
装甲車の一両にちゆりが搭乗している。
もし吹き飛んだ装甲車の中にいれば、無事では済まされない。
「ちゆり!」
「声を出さないで!敵に見つかってしまうわ」
現れた敵は装甲車が惹きつけていて、私たちの方にはやってこない。
しかし、ここは既に敵地となってしまったようだ。
いつどこから敵が現れるかわからない。
「子の方向!接近する車両あり!」
軍医少尉が声を張り上げると、ジープは右へ急旋回、私たちの間に緊張が走る。
直後、草木を踏み倒しながら走行する、三両の戦車とすれ違った。
戦車が舞い上げる土煙と黒煙で視界を塞がれ、ジープは急停止。
「機動力で装甲車には劣るけど、低速運転できる戦車の方がこの弾幕には有利ね」
やがて、閃光と爆発音が森の中に響いた。
「撃破したか!」
少佐が身を乗り出してそう叫んだ直後、ジープは再び動き出し、180度旋回したために、少佐はジープから振り落とされそうになったところを軍医少尉に引き上げられた。
「危ないところをどうも。後方支援部隊だ。隊を代表して御礼申し上げる」
「こちらは第二遊撃部隊です。無事で何よりです」
負傷者は出たものの、死者は無し。
合流した部隊に最寄りの基地まで同行していただくこととなった。
そして、その中には見知った顔が一人。
「赤いやつ!元気にしてたかー!」
「寄るな!暑苦しい!…でも、無事で何よりだぜ。後輩も」
感動の再開も束の間、次の敵が出現する前に、早々に出発する必要がある。
「点呼!」「1」「2」「…俺、何番だっけ?」「そういや俺番号なんてもらってないな」「背の順で今決めちまうか?」
「ええい、やかましい!とりあえず行くぞ!」
「名簿はこちらが管理しているので問題ありません」と軍医少尉の言葉を聞いて、車列は再び森の中を移動する。
「そんな…」
「うそだろ…」
ようやく森を抜けた先に広がっていたのは、平原に広がる夥しい量の金属片だった。
「ここも敵地になったってことか…。もはや森全体の問題だけではとどまらんのだな」
「あと残る要塞は、博麗神社だけね」
太陽が沈む方向からして、博麗神社は真東に位置する。
西方から侵攻が始まったのだとしたら、幻想郷のほぼすべてが機械に制圧されたということになる。
その時だった。
「敵襲よ!」
軍医少尉が叫ぶと同時、地面から潜水艦のような形状の機械が出現した。
「臨戦態勢!」
一斉に散らばる車両。が、しかし、
「前方、左右からも敵機の接近を確認!」
「なんだって⁉︎」
ジープは急停車し、慣性に負けて頭を強く打ってしまう。
額を抑えながら前を見ると、既に多数の円盤が私たちの元へと迫っていた。
どこへ逃げようにも逃げ場が失われている。
戦車や装甲車の砲撃では事足らず、一行は迫りくる敵に怯え、互いに身を寄せ合う事しかできなかった。
「久しぶりね、元気?」
「ええ、何とかやっていけてるわ。参拝客も今日はこんなに沢山」
いつもの如く倒壊した神社には、珍しく大勢の人が屯していた。
「ここの民間人は全員?」
「はい!全てのキャンプにおいて、誘導が完了しております」
小さい社の所為でなかなか気づきにくいが、博麗神社の境内の範囲は、草野球ができる程には広い。
宴会や祭りの時にしか使われることのない余分なスペースも、今は所狭しと避難民が座り込んでいる。
それでもまだ足りないか、山全体にキャンプが設営されており、まさに山全体が集落と化していた。
「逃げ遅れた軍人たちは私がなんとかするわ。あと、頼むわね」
「ええ、あの子達をお願いね」
博麗の巫女は、これを最後の手段としてとっておいていた。
幻想郷を、実はこよなく愛していた彼女にとって、この決断は、あまりにも残酷で、耐え難いものだから。
生まれた時から博麗の巫女。
自分が何者なのかという問いに対して、一度も困ったことがなかった。
私は博麗の巫女であって、それ以外の何物でもなかった。
人間から好かれ、妖怪か畏れられる存在。
幻想郷を守らなければならない存在。
だから私は、強くなければならなかった。
相手が人間であろうと、妖であろうと、決して弱いところは見せてはいけない。
それなのに、今では一人じゃ何もできない。
力を失った博麗の巫女など、本当は存在してはいけない。
そもそも博麗の巫女など、本当に存在しているのかしら。
それとも、狸にでも化かされているのかしら。
博麗に血縁は存在しない。
よって、それらを確かめる術は、もうなにもない。
だけど、博麗の巫女として生まれた以上、せめて、私の運命は幻想郷とともにあるべきなのよ。
一瞬の出来事だった、空から巨大な球状の物体が降ってきたのは。
巨大な物体は機械の一基を圧し潰し、光を放ち、無数の小さな球体に分裂。
空中で円形に並び、回転しながら上昇していく。
その真ん中に、正体不明の飛行物体が舞い降りる。
何かにまたがった、人型の物体。
「博麗の…巫女」
「巫女様だ!助けに来てくれた!」
周囲の機械が、仲間を潰された方へ一気に攻撃を仕掛ける。
そのすべてが、まるで見えていたかのように、真ん中の少女と亀は全ての攻撃を受け流し、同士の攻撃に当たり敵機は自滅。
「博麗神社へ!」
巫女の声を皮切りに、全車両は東へ向かって全速前進を開始した。
「このまま博麗神社を目指す!」
神社には、既に多くの避難民と軍人が避難していた。
戦争中に散り散りになってしまったのであろう人々が、再開のひと時を楽しんでいる。
倒壊した神社の賽銭箱付近では、あの時の少女と老婆が、基地で手当てした青年が抱き合っている姿と、引いたところからその様子を眺めるメイド服の少女が伺えた。
片や狛犬付近では、白衣姿の赤髪の女性と、その前に正座するセーラー服の少女が二人。
「久しぶり。そして、遅すぎよ」
教授に殴られ、頭を押さえるちゆりたち。
両ちゆりは、不安げに教授を見つめる。
「やっぱり、やりますか?」
「ええ、お願いされちゃったからね」
「…わかりました、夢美様の命なら」
不穏な空気の中行われる三人の会話をやや遠方から盗み聞きしていたところ、社の影からじっとこちらを覗いている一人の少女がいるのに気が付いた。
「あなた、この人たちの仲間でしょ?」
「ええ、そうだけれど…」
ドレスを着た金髪の彼女は、暫く考えたような仕草を見せ、やがて、まるで何かを覚悟したかのように私に放った一言は、衝撃的なものだった。
「あいつらを裏切って!」