「…唐突に言われても」
ちゆりたちを裏切って。
彼女が私に告げたその言葉は、あまりにも衝撃的だった。
もちろん彼女とは初対面。
彼女にとっても私は初対面なはず。
この少女は私たちの何を知っているのだろう。
「ついてきて」
私の手を引っ張り、境内の奥の方へと進んでいく彼女を見て思った。
彼女、人ではない。
明らかに、体温が人のそれではなかった。
まるで氷に触られているかのように冷たい。
そんなことを考えながらも、彼女の後を追っていくと、そこにはもう一人の人物がいた。
「初めまして。魅魔よ」
青いドレスを身にまとい、とんがり帽子と三日月を象ったような長い杖を持った緑初の彼女は、明らかに人間ではない。
まず、足がない。
まるでおとぎ話に出てくるような、幽霊のように透けた下半身をしている。
「こっちはカナ・アナベラル」
私をここへ連れてきた少女はカナというらしい。
「マエリベリー・ハーンです。まず、お聞きしたいことがあります」
魅魔もカナも、質問を受けることになることは想定していたのだろう。
動揺する素振りはなく、落ち着いた表情で構える。
「あなた方は何者?」
「私たちはここの神社のものよ」
返ってきた返答はそれだけだった。
「では、私たちの何を知っている?」
彼女たちの行動を見ると、私たちの事をある程度知っているように思える。
相手が誰なのかもわからない状態で、相手を人気のないところに誘い出すなどという行為は、あまりに危険な行為であるし、相手にも警戒されやすい。
例え人に聞かれてはまずい内容であったとしても、まずあの喧騒の中だったなら少し人波から外れたところでもいいはずだ。
わざわざここまで呼びだしたということは、聞かれてはまずいのではなく、私と一緒にいるところが見られてはまずいからなのではないか。
恐らくは、あの三人に。
「あの三人が計画していることよ」
「三人の計画?」
先ほど話していた内容と恐らく大いに関係がある。
もちろん、私はその計画については何も知らない。
「彼女たちの計画は、幻想郷もろとも、機械たちを全滅させることよ」
「幻想郷、もろとも…?」
なんと、ちゆりたちは機械とともに幻想郷を滅ぼそうとしているという。
確かに今幻想郷が重篤な事態に陥っているのはわかるけど、幻想郷を滅ぼしてしまっては元も子もない。
教授たちも、それはわかっているはずだ。
「ここに避難民が来る前、靈夢と岡崎が話している内容を聞いたわ。彼女たちは大量破壊兵器を用いて、幻想郷もろとも機械を滅ぼすらしい。それが周辺の世界にとっても最適な方法だって」
「仮にそうであったとして、私にどうしてほしいの?」
裏切ってとは言われたものの、具体的にどうすれば良い?
戦闘に至っては私は戦力外。
「あなたには、私たちと一緒に彼女らの計画を阻止してほしいの。あの船の在処は知っているわよね?」
あの船とは、可能性空間移動船の事だろうか。
「ええ、知っているけれども…」
教授が何を企んでいるかはわからないけれども、私は教授たちの仲間であることには変わりはない。
それに、相手は初対面であるからなおさら、その言葉を信じるわけにはいかない。
「ごめんなさい。ここで話すわけにはいかないわ」
彼女たちの力にはなれそうにない。
そう言って立ち去ろうとしたとき。
「待って!」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこには今までにいなかった少女の姿があった。
全身紫色の服で包みこみ、頭に同じく紫色のとんがり帽子をのせた、金髪の少女。
「靈夢を…助けて!」
少女は私に向けて、短い杖を構えている。
「…どういう意味ですか?」
「靈夢は…靈夢は…、囮なのよ!」
金髪の少女は涙ながらに訴える。
「いくら緊急の事態だからと言って、幻想郷を完全に壊してしまっては意味がない。だから、彼女の友人は、敵を一か所に集中させて、被害を最小限に抑えようとしているのよ」
それはつまり…
「ええ、彼女は機械と共に消えるつもりよ」
「…どうしてそんなことを」
「靈夢ならやりそうだわ。靈夢のことなら私が一番知っているつもり」
彼女は必死に堪えていたであろう涙を、両目から滝のように流しながら、嗚咽混じりに叫ぶ。
「靈夢は、あいつは、面倒くさがりで意地っ張りで強情な所があるけれど、幻想郷を、誰よりも、誰よりも…」
過去にあった兵士の青年は、自分の命よりも大切なものを守りたいから戦うのだと、そう話した。
靈夢にとって、それは幻想郷なのかも知れない。
しかし、彼女は靈夢の気持ちをわかった上で、それでも彼女を救いたいと願っている。
それだけ靈夢のことを、大切に思っている。
ここはどちらの意思を尊重してやればよいのだろうか。
「お願いよ…、靈夢は私の…大切な人…」
彼女のその言葉を聞いて、思い出した。
私にも大切な人がいることを。
例え当人がそれでよくとも、残された側はやり場のない感情を抱え込まなければならない。
もし彼女が私だったら、蓮子にいくら反対されようと、救い出そうとするはずだ。
「わかったわ。協力する」
「あ、ありがとう、ありがとう。私、魔理沙」
「恩に着るわ」
「この先に可能性空間移動船があるわ」
つい数日前のことなのだろうけど、ここに来るのも久しぶりに感じる。
「ここよ」
「ええ、間違いないね」
船のハッチは開いたままになっており、中が薄暗いことには変わりはない。
魅魔が先頭に立って、おそるおそる内部を覗いてみる。
「誰もいなさそうね。入るなら今だわ」
いつ見ても奇妙な、柱が並んでいるまるで神殿の内部のような薄気味悪い空間。
ふとした瞬間に、どこか別の場所に吸い込まれそうになる感覚を覚える。
ゴゴゴゴゴゴ…
背後から岩のような重いものを引き摺る音が聞こえたかと思うと、あたりから光が失われる。
ハッチが閉じたのだ。
「誰⁉︎」
続く階段の先、いきなり明かりが差し込んできたかと思うと、光の中に人型の黒い影が浮かび上がる。
「こちら側の台詞です。誰なのですかあなた方は」
人影はゆっくりと階段を下り、こちらに近づいてきた。
「あっと!はわわ…、 ガタッ、 ドタドタ
いった〜!」
そして転がり落ちてきた。
「…えっと、大丈夫?」
「…オホン、あなた方はお客様ですか?それとも侵入者ですか?」
空間内に明かりが灯る。
目の前にいたのは一人の少女。
学生服姿で、ショートの緑髪の彼女は、ここだけ見ればどこにでもいる普通の少女。
彼女が明らかに普通ではないとわかる理由、それは、両耳から生えた尖った機械のようなものがあること。
彼女が何者かはわからないけど、私とてこの船の全てを見たわけではない。
ちゆりたちの他にも、乗組員がいるのだろう。
「初めまして。私はこの船の乗員よ。マエリベリー・ハーン」
「そうですか。それは大変失礼いたしました。お帰りなさいませ」
少女は私の発言に何も疑いを持たず、中へと案内した。
「教授からは何か言われているの?」
「はい、「私たちの仲間以外、なんぴとたりとも中に入れるな」と承っております」
まさに私の後ろ三人が対象なわけだけれども、黙っておく。
「ところで、教授はどちらにいらっしゃるのですか?」
「博麗神社にいるわ。重要な事があるらしいの」
「そうですか…、やはり、あれを使わなければならないのですね」
「あれってなに⁉︎」
十中八九、大量破壊兵器のことだろう。
「なにって、波動砲の事ですよ。この船では無用の長物と化していましたが、先ほど制御室で準備されていたもので…」
「今すぐ案内して、制御室!」
「だ、ダメですよ!この船の中でもAクラス船員しか入るのは許可されていないのですから「いいから早く!」
「わ、わかりました。こちらへ」
少女は渋々、私たちの案内を始めた。
この船の内部は一体どういう造りをしているのか、壁も天井も地面も全て石レンガでできた、ツタや草だらけの通路を進んでいく。
「こちらになりますが…」
行き着いた先は、奇妙な模様が描かれた、一見するとただの石壁。
しかし、その手前に、掌の形をした模様が描かれた石板がある。
「私では開けられません。この扉にアクセスするにはAクラス以上の資格、もしくはその方の承認が必要です」
少女の言葉を無視して、石板に手をかざす。
すると、通路全体が揺れ始め、目の前に一筋のツタが降りてきた。
「そんな…、あなた、Aクラス⁉︎」
慌てる少女を横目に、私はツタを引っ張ってみる。
しかし、ツタはびくともしない。
「私も手伝おう」「私も」「私もですわ」
魅魔とカナ、魔理沙合わせ、四人でツタを引き、ようやく壁に変化が起きた。
ただの壁だと思っていたのが、石レンガの隙間に沿って、二つに割れていく。
開いた扉の先、先が見えない暗い通路を、どこからか薄ら明るい光が照らす。
真っ白なタイルで覆われた、長い通路が続いているのが確認できる。
驚きと困惑の表情を浮かべる少女を残し、三人でその通路を進んだ。
「どうなっているの?この船」
カナの感想には、私も同意だった。
明らかに外見よりも内部が広い。
入り口の空間にしろ、この通路にしろ、どう考えても外見から予想される内部の広さの数十倍はある。
その異様に長い廊下も、とうとう終わりが見えてきた。
船内にしては妙に明るい通路の先からは、パイプオルガンが奏でる音楽が聞こえてくる。
「誰がいるのかしら」
「…ごめんなさい」
「魅魔様!」
背後で魅魔が苦しそうに呻き声を上げた。
魅魔を苦しめるものの正体は、どうやらこの音楽らしい。
「魅魔にこの音楽を聴かせてはいけないわ!早く外へ!」
カナが、最早浮いている事すらままならない状態の魅魔を肩に担ぎ、通路を引き返した。
「私も魅魔様と!」
「貴方は彼女とともに行きなさい。私は大丈夫…」
叫ぶ魔理沙を
残されたのは、私と魔理沙。
「進みましょうか」
「そうね」
通路の先にあったのは、礼拝堂のような部屋だった。
側廊ステンドグラスの窓に、中央には祭壇らしきもの、十字架とともに木魚とりんが置かれており、ドーム状の天井は、どこかの国の神話に登場する神々の彫刻に支えられ、床には巨大な五芒星。座席は一切なく、特に目を引くのは、祭壇の奥から真直ぐ天井に伸びた巨大なパイプオルガンのパイプの束。
そして、祭壇の向こうに、祭壇よりも大きな鍵盤に指を走らせる人の姿があった。
「ここはどこですか?制御室とは聞いたのですが」
演奏がぴたりと止んだ。
「おっと、失礼しました。ようこそ我が主様の元へ。見た感じ、人間の女の子と…魔法使いのようだが、なに、信仰心に宗派は関係ない。信じているものが神だろうが悪魔だろうが信じることに意味がある。ともに祈ろうではありませんか」
演奏をしていた男が立ち上がる。
ユダヤ教とも仏教ともとれる奇妙な法衣に身を包んだ、顔は西洋風の、三十代いかないくらいの若い男。
恐らくこの礼拝堂の聖職者と思われる彼が教壇に立った瞬間、教壇上の蝋燭がひとりでに灯り、パイプオルガンがひとりでに鳴り出した。
「主よ、穢れ多き我らをお許しください。汝に、生物学的な解放をお約束ください。汝の汚染されたゲノムをミクロのレベルで浄化し、混乱と責任の今世から安寧と救済の地へお導き下さい」
お祈りが始まったようだ。
「…あの、いいですか?牧師さん」
「いけませんよ。今は祝詞の途中でございます。己の日頃の行いを悔い改め、魂にこびりついた厄をエデンへと還すのです」
「私たちはお祈りに来たのではなくて、波動砲の為に来たの」
「そうよ、ここが制御室って聞いたから来たのに」
聖職者は、怪訝そうな表情を浮かべて、私たちを見下ろしてくる。
「そうですか…。ではその波動砲とやらを、あなた方はどうするおつもりで?」
「それは…」
彼がどのような事情を知っているかわからない以上、本当のことを明かすのは避けたい。
「お答えし難いようですので、質問を変えますね。あなた方がしようとしていることは、主の御心に沿うものなのですか?」
「主の…、御心?」
男の質問に答えられず、しどろもどろな私に代わり、弁を振るったのは、金髪の少女だった。
「あんたの神がなにを考えているかなんて、どうでもいいのよ。私が今、靈夢を助けたいんだ!」
涙ながらに訴える彼女に、男は頷きながら答える。
「ええ、ええ。大事な人を守りたいと感じることは、理に適った事でありまして、自然な事です。あなたの言う神がいらっしゃるなら、神もそう感じることでしょう。しかし、その神様にだって限界はあるはずなのです。そう、例えば、相反する願いを同時に聞き入れなければならない場合など」
「…どういうことよ」
「その言葉の通りですよ。その場合、その神はあなたの願いか、あなたの願いとは相反する願い、どちらの願いを叶えるか、選択しなければなりません。そのような状況では、願いが神の御心に近い方、或いは、より強く願う方を聞き入れるはずです」
「より強く願う方…」
「試してみては如何ですか。ほら丁度、あなた方と相反する願いを持つ者がいらしたようですから」
私たちが通ってきた通路の方、この礼拝堂の入り口へと目をやる。
すると、通路の奥から、何かを引き摺りながらこちらに向かってくる人物がいることに気がつく。
「ちゆり…」
「…あんたか」
置いてきた少女を引きずる、ちゆりだった。
「どう言うことか訊きたいところだけれど、まず、褒めるべきところは褒めるべきだな。後輩、中々いい顔してるぜ。覚悟が決まったような、そんな顔だ。成長を見れて先輩としても嬉しい限りだぜ」
そのちゆりの言葉には、本当に賞賛の意味が込められているのかは、私には分からない。
ただ、私たちを睨みつける笑顔の先では、一言では言い表せないほどの、複雑な感情が絡み合っているように感じた。