レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

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輪ゴム、
離れているもの同士を留めたりするのに便利な道具だけど、そもそも輪ゴムと呼ばれているのは、真ん中に何もない空間があるから。実はこの何もない空間がないと、輪ゴムは輪ゴムとしての機能を果たすことが出来ない。何もないが存在して、初めて輪ゴムとなる。「何もない」が、ここまで重要なものだとは、なかなか気が付かないものである。


第二十八章 幻想郷 ~ Lotus Land Story

「夢美様に逆らった報いは受けてもらうぜ。そこの金髪!…って、どっちも金髪か。そこの魔女っぽいやつ!まずはお前からだ!こっちはいつでもいいぜ」

ちゆりは少女をどこかへ放り投げると、手で挑発の合図を送る。

「ちゆり、あの時はミミちゃんをありがとう。私にもよく懐いてかわいいぜ。だけど、その時のお礼がまだだったわね。お前の夢美一筋な単純脳を、叩き直してやるわ!」

魔理沙が杖の先端を向けると、ちゆりの方へ向かって一直線に、光る五芒星型の物体が連続して放たれた。

「やっぱりあんたとやってる時が一番楽しいぜ。こっちも本気で行くぜ!」

自分に向かって飛んでくる弾幕を、紙一重のタイミングで回避し、立体空間に展開される弾幕をすり抜けるように移動しながら、自らも白く輝く玉を展開する。

互いにまだ見ぬ弾幕を予見していなければ説明がつかない、反射神経を超越した戦いが繰り広げられる。

「両者とも互角ですね。どちらが勝ってもおかしくありません。裏を返せば、どちらが負けてもおかしくありません」

光り輝く弾幕が目まぐるしく宙を舞い、互いの光線が檻となって両者を閉じ込める。

目が追い付かないほどの超展開で繰り広げられる戦いに、とうとう決着の時が訪れる。

魔理沙の赤いレーザーの一筋が、ちゆりに放り投げられて神棚の下に倒れている少女の元へ一直線で進んでいった。

「まるち!」

少女を庇うようにして、ちゆちは少女にとびかかった。

「かかったな!」

直後、ちゆりの背後に魔法陣のような紋章が浮かび上がる。

「ちゆり!」

「なに、かかったのはあんたの方だ。魔理沙」

冷静にそう吐き捨て、ちゆりは神棚に向かって小銃から青いレーザーを放った。

青いレーザーは神棚の神鏡に反射し、魔理沙の方へ進むと同時、ちゆりの背後の魔法陣から赤いレーザーがちゆりの背中に放たれた。

ほんの一瞬の出来事だった。

 

思わず目を瞑っていた私は、おそるおそる目を開けた。

展開された弾幕は既に消失しており、魔理沙とちゆりはともに倒れていた。

「両者引き分けですね。素晴らしかったです」

急いで二人の元に駆けつける。

どうやら気を失っているだけのようで、息をしているのを確認すると、安堵のため息が漏れた。

 

コツ…コツ…

 

通路から再び足音が聞こえてきた。

「おやおや、どうやらあなた方と相反する願いを持つ者は、そこのお嬢さんだけではなかったようです」

「久しぶりの再会、どう喜んだらいいものかしらね」

「…教授」

登場したのは、他ならぬこの一見の首謀者、岡崎夢美教授。

「教授…なぜ大量破壊兵器などを使おうと思ったのですか?」

「決まっているじゃない。この幻想郷を救うためよ」

さも当然の行いであるかのように軽々しく答えるけれど、大量破壊兵器の使用がどれほど危険なものなのか、教授が知らないはずがない。

「幻想郷にはたくさんの人々が暮らしているのよ。それを教授の一存で破壊してしまおうだなんて…」

「じゃあ、貴方にはそれ以外の方法があるっていうの?」

「それは…」

そんなことを、言っているのではない。

「貴方のような考えでは、例え行動に移したのだとしても、結果はただ見ているだけのものと変わらないわ。この世界は、結果が良かろうと悪かろうと、結果を残したもの勝ちなのよ。過程なんて、結果にくっついた尾ひれのようなものだわ」

「でもそれは、教授が考えた最善の結果ではないはず!」

教授は薄ら笑みを浮かべる。

「ええ、もちろん。私なら、もっとより良い策を講じているでしょうね」

「なら、なぜ実行しないのですか!」

打って変って、教授は真剣な眼差しで私を見つめる。

「この世界には、この世界のやり方っていうものがあるのよ」

「牧師さん、この世界は、相反する願いは、より強い願望を聞き入れるのでしたよね」

「貴方の中の世界がそうおっしゃるなら、そうあるべきです。その考えは不可侵領域であるため、他者に干渉される謂れはありません」

「私とやろうというのね。いいわ、かかってきなさい」

教授の後ろに、五芒星の魔法陣と、両サイドに十字架が形成される。

これは私の幻なのだろうか、そう思えてしまうほど、存在が不確かなそれらは、そう感じさせる間もなく、私の周囲へ弾幕の雨を打ち付ける。

威嚇射撃だろうか。

「…成程、貴方、結界術も使えるようになったのね」

「え…?」

そんな術を使った覚えはない。

「貴方の異常性が然るべきところで発揮されたのね。素晴らしいわ」

四方八方から私の方へ向かってくる弾幕は、全て私を避けるようにして私の周囲へ降り注ぐ。

「周囲の空間を歪ませて、空間上の座標を曖昧にさせるものと見たわ。なら、それを補正するまでよ」

見当違いの方向へ飛ばされた弾幕は、吸い寄せられるように私の方へ向かっていった。

(当たった!)

そう思った瞬間、弾は私の体をすり抜けていった。

「これは概念的な結界術だ。少し手難い」

私の周囲を取り囲むようにして直方体の黒い物体が地面から生えてきた。

かと思えば、一瞬にして周囲の景色が灰色一色に変わる。

影一つもない永遠と続く灰色の大地に、灰色の空。

薄っすらと浮かびあがる四方を囲む地平線は、それらと同化しそうなほど存在が弱い。

そして正面には教授の姿が。

「貴方を外側から攻撃するのは困難だと判断したわ。ならば、内側から攻めていくまでよ」

ゆっくりと近づいてくる教授に、私は潜在的な恐怖を抱いた。

理屈では考えられないような、漠然とした恐怖のメタファーか何かなのか、鎖が私の全身を縛り付ける。

教授は私の目と鼻の先まで近づいてきていた。

逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに、鎖で身体が動かない。

やがて教授が私の顎を持ち上げ、

「悪く思わないで頂戴」

そう呟いた瞬間、視界が暗転した。

 


 

「大主教、お願いします」

「はい、仰せのままに」

大主教はパイプオルガンに腰を掛けると、一心不乱に鍵盤に指を走らせた。

讃美歌のように聞こえるそれは、時に世界を破滅にも導くコマンド、終末音(アポカリプティックサウンド )の一節。

この曲に感想などというものは、本来存在しないもの。

なぜなら、聞いたものは、この世に存在していないのだから。

でも、仮に付けるとしたら、

「素敵。」

 


 

目を覚ますと、見知らぬ空間にいた。

地面には透き通った液体が薄く張っており、その上に寝ていたのにも関わらず、服は一切濡れていない。

周囲を地平線に囲まれている点では同じだけど、先ほどの空間と異なるのは、空が完全に黒く塗りつぶされているのと、地面の所々から青白い光が空へと延びている点。

「…寝ぼけているのかしら」

「お目覚めかしら」

後ろに誰かいるなどと思っていなかった私は、振り返って思わず声を上げそうになったが、その口は人差し指と中指で塞がれた。

「ここは神聖な場所です。どうぞ、静粛にお願いします」

相手は赤い給仕服に身を包んだ金髪の少女だった。

「私は…どうしてここに?」

「我が主、神綺様が貴方をお呼びでしたので、私がお連れしたまでです」

堂々と誘拐しましたと宣言する少女を前にしても、何も感じないほどに心が乱れ切っていた私は、半ば自動的に少女の後についていった。

 

「来たのね」

「はい、お連れしました」

一か所だけ、空に伸びる青白い光の筋が規則正しく並んでいる箇所があった。

その奥から、女性の声が聞こえる。

恐らくは、この少女の主とやらがいる。

「ようこそ、魔界へ」

予想通り、そこには禍々しい玉座に座る一人の女性がいた。

赤いローブを着た、白銀の髪をもつ女性。

サイドテールは床まで届く勢いだ。

「貴方は?」

「私は神綺。魔界の創造主。そして、魔界の唯一神」

前の少女が、魔界の創造主を名乗る女性の隣に立つ。

「魔界のものは、皆私がつくったのよ。土地も、民も。もちろん、彼女も」

「人を…つくる?」

クローンの類でないことは、私にも想像がつく。

魔界のものは全て自分がつくったというのだから、魔界と幻想郷をつなぐ門の門番も、恐らく彼女が創り出したものだろうけど、クローンであるなら、わざわざ異なる見た目にする必要がないからだ。

それぞれに、意味があって生まれたものだろう。

「この世界に意味を求めること自体が、ナンセンスと言いたいわね」

「え?意味、ないのですか?」

「ええ、なにもないわ。あっても無くても、いてもいなくても何も変わらない」

自らの存在意義を否定された少女は、顔色一つ変えず、すました顔で女性の隣に立っている。

「でも、この世界はある。何かあるから、何もなくてもいいの。それなのに、貴方はその「何もないもの」の中から何かを必死に見つけようとしていたから、だから貴方に興味をもったの」

「何かあると何もないは、相反するように思えても、実は表裏一体です。だからこのように、私というものがあり、神綺様の下にお仕えできているのです」

「貴方にとっての真実は、貴方の世界に存在しているものなの。他の世界でもそれは同じ。だからこの世界には、真実なんてないの」

私たちの探し求めている真実は、私たちの中だけにあるもの。

だから教授は、自分の中の真実を大切にしろと、繰り返し言っていた。

自分の真実を守れる者は、自分しかいないから。

「だから、貴方にとっての真実が何なのか、貴方自身で見つけなさい」

今の彼女らの話で、この世界の物理学が全て解釈で完結してしまったのも納得がいったような気がした。

共通の真実、つまりこの世の真理を探そうだなんて、土台無理な話だと、学者たちが気づいたのかもしれない。

けれどもその中で、この世界に真理があると信じている蓮子を、私は信じることにした。

「そろそろ貴方を皆の世界に帰すわ。最後に、何を信じてもいい。信じることだけは、忘れないでね」

 


 

「信じるって、ロマンチックね、夢子」

「はい、神綺様」

真理を探し求めるという行為は、唯一の存在である己を疑う行為であり、また信じる行為でもある。

己を信じられなくなったら、何もかも失う。

その難しさに彼女が気づくのは、いつになるのだろう。

彼女にとって、それらの行為は、全て無駄になるかもしれない。

だけど、彼女の行いは、私が創り出した全ての子どもたちに、存在する意味を与えてくれた。

彼女に、そしてすべての子供たちに、

「おめでとう」

 


 

気が付くと、博麗神社の境内にいた。

二人のちゆり、そして魔理沙やカナ、魅魔もいたけど、境内の全員が同じ方向を呆然と見ている。

おそるおそる後ろを振り返る。

鳥居の奥から覗く景色が、その理由を教えてくれた。

幻想郷を飲み込んでしまうほどの大きなクレーターが形成され、大地が黒く焼け焦げている。

恐らく敵の機械もみな巻き込まれたであろうその大穴からは、穴が開く直前の出来事が一切想像できない。

この光景を前に、恐ろしいほどの静寂が、場を支配していた。

「おわった」

誰かが呟いた。

「勝ったのか?」

「勝ったんだな」

勝ったと口にする人々からは、嬉しみや喜びといったものが一切感じられない。

むしろ、虚無と言った方がしっくりとくる。

しかし、この虚無感の中、一人だけ、感情を露わにした人物がいた。

「うぅ…、靈夢。靈夢が…」

「魔理沙…」

境内にいた人全員が、まるで感情の波が彼女を中心に広がったかのように、その金髪の少女に向けて、哀れみの表情を浮かべた。

「なにめそめそしているのよ」

「だって…、靈夢が、」

「私がどうしたのよ」

その場にいる全員の目が釘付けとなった。

突如として現れた、紫髪の巫女に対して。

「れい…む…  !?」

魔理沙は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、暫く硬直した後、無言で靈夢の胸元に飛びついた。

はずみで倒れそうになる靈夢だけど、何とか踏みとどまる。

「なんで生きてんのよ!」

「なんでって、勝手に殺さないでよね」

迷惑そうに大幣で背中を掻く靈夢だけど、服の破れ具合や全身の傷から、どれほど過酷な戦いだったかが伺える。

「博麗の巫女は幻想郷とともにあるべきなの。行く末を見届けるまで、ここで終わらせるわけにはいかないわ」

大勢の群衆に囲まれる二人を、遠巻きに見る私とちゆりたちの元へ、男が近づいてきた。

「どうやら、貴方たちの願いは、相反するものではなかったようですね。より多くの者たちの願いを叶えたい、それがあなた方の神の御心です。主も同じことをお告げなさっておられます」

 


 

「結局幻想郷は壊れちゃったわね」

「壊されるより、壊した方がよかったのよ。ここは幻想郷よ。壊れた土地を治すのは簡単よ」

「簡単に言ってくれますけど巫女さんよ、あっしらだって、八百万の神の一柱に過ぎないってことをわすれねえで頂けます?」

その日の夜、博麗神社で宴会が開かれた。

無論、幻想郷中の住民や、軍人らも集まっていた。

今まで神力を奪われていたという神々は、取り戻した力で酒やご馳走を用意し、皆に振る舞った。

相変わらず神社は壊れたままだけど、日常を取り戻した彼らは、最後の非日常を思い切り楽しんでいた。

 

「魔理沙ももっと呑んで」

「わりいなちゆり、おっとっと」

「酒飲むと口調が変わる癖は相変わらずなんだな」

「私はいたって普段通りの私だぜ。なあ靈夢」

 

「貴方も結構お酒強いのね」

「ええ、これでも酒は呑む方なのよ」

 

「あの青い方もかなり強情だよな!自分の方が偉いと思ってんのか?」

「そうなのです!もうちょっと態度というものに気を付けてもいいような気がするのです!」

 

「教授も久しぶりね。元気してた?」

「私は元気よ。魅魔の方こそ、元気してた?」

 

「ぷは~~!酒だ酒だ!おい!もっと持ってこい!」

「少佐の健康診断が楽しみですね」

「ぅ…、」

 

皆思い思いに楽しんでいる中、背後に小さな何かが近づいてきた。

「貴方は確か…」

「ああ、亀のじじいのことなんぞ気にせんでおくれ」

巫女が乗っていた大きな亀だ。

古代中国の武術の達人の如く、綺麗に蓄えられた白いひげが印象的。

「おお、お前さんであったか。年端も行かぬ金髪のおなごを連れてこいなどといい加減な頼みごとをする者がいたもんで」

「私?ちゆりじゃなくて?」

 

「初めまして、八雲紫です」

目の前の結界のスキマから顔を出しているのは、八雲紫と名乗る女性。

私の知っている八雲紫とは、金髪が銀髪になったこと以外は何も変わらないけど、それと異なる存在であることは直感で理解する。

「貴方も薄々気が付いていると思うけど、ここは貴方の探している幻想郷ではないわ」

「ええ、もちろん気づいてた。ここにはあるはずの物がない」

幻想郷の結界は、私たちの世界からは消えてしまったけれども、結界そのものが幻想郷から消えることはない。

そうでなければ、幻想郷は型を保てずに崩壊してしまうから。

つまり、この幻想郷には、元々結界など無かったのだ。

「ご名答。よって、貴方の探している人はここにはいないわ」

「……」

「心配?」

「ええ、」

「あなた、偶には楽観的にものごとを考えた方がいいわよ」

「楽観的に?」

「そうよ、根拠のない自身は大切。自分と彼女を信じるのよ。さあ、お酒が手に入ったことだし、私はこれで失礼するわね」

焼酎の瓶を片手に、紫はスキマの奥に消えていった。

「あっ、そうそう」

「キャッ!」

宴会の席に戻ろうと後ろを振り返ったそのとき、目の前にいなくなったと思った相手がいきなり現れると驚かないはずがない。

「言い忘れていたわ。貴方にお礼がしたい子がいるそうよ」

「お礼?」

誰かにお礼されるようなことをした覚えはない。

「いらっしゃい」

紫の声で、崩れかけの境内の壊れた壁の穴から、一人の少女が現れた。

紅白の巫女服を着た、黒髪ショートの彼女、よく見ると、右腕が無い。

「貴方は…」

「基地で世話になったな」

「なぜ巫女の恰好を?」

少女は少し恥ずかしそうに、

「似合ってるか?」

と聞いてきた。

基地で見た時の彼女は、どこか弱弱しく、儚げな印象があった。

対して、微妙に丈が合わない巫女服に袖を通す今の彼女は、本物の巫女だった。

お芝居の衣装を着て浮かれる子供などではない、巫女としての威厳、強さ、それらが、私よりも一回り以上小さな体から、伝わってくる。

「ええ、似合っているわ。とても」

「…巫女なんかになりたくないと思っていた。巫女は妖怪を倒す存在で、人を守る存在。人を食らう妖怪が、やってはいけないと思っていた。

怖かったんだ。私なんかの弱小妖怪が、巫女の力を手に入れて、これまで決して逆らうことなんてできなかった強力な妖怪と戦っていかなければならないのが。私の所為で、大勢の人間の血が流れなければならなくなるのが。

けど、あんたの何気ないへんちくりんな一言が、私が一番聞きたかった答えだった。

『パンも人も食べられるものだから、粗末にする奴はぶちのめしてやっていい』ってね」

「…そんなこと言ったかしら」

「それっぽいことを言ったんだよ。だから、気づいたんだ。私が巫女を任せられた理由に。この仕事は、絶対に他の奴に渡したくねえ」

「お~い!バカ弟子!どこ行ったの!」

境内の向こう側の、宴会の席から靈夢が叫ぶ声が聞こえた。

「私が妖怪であることは、然るべき時が来るまで、秘密にしておいてくれ。博麗の巫女は、信用が命だから」

「わかった。そうするわ」

少女は、崩れかけの社の中に消えていった。

「それじゃ、私もそろそろお暇するわ。宴会の続き、楽しんでね」

一人取り残された私は、宴会の席に戻ることにした。

 

「後輩!ここの席空いてるぞ!」

ちゆりに誘われて、魔理沙とちゆりに挟まれるような形で席に着く。

「靈夢の奴がいなくなっちまったから、代わりを探してたんだ。名前、なんていったっけ?」

「ハーンよ、マエリベリー・ハーン」

「そうか、じゃあベリー、靈夢の代わりに付き合え」

「面白い略し方するのね」

私が呑んだ杯は、魔理沙が無制限に継ぎ足していくので、乾くことは無かった。

「注目!」

社から声が聞こえた。

博麗の巫女の声だとわかると、しんと静まり返り、全員振り向く。

「私の、博麗の巫女としての力が弱まってきているのは、皆もご存じの通り。今や社一つも守り切れぬほどまで衰えた。だから、博麗の巫女は、次の世代へ託すことにした」

一瞬席がざわついた。

「紹介しましょう。新しい博麗の巫女を」

先ほどの少女が社から姿を現すと、一気にざわつき始める。

「あんな小さな小娘が…」

「博麗の巫女が務まるのか?」

思い思いの事を口に出す群衆を前に、少女は声を張り上げた。

「諸君!聞こえるか!私が次の世代の博麗の巫女!博麗神寿(はくれい しんじゅ)だ!」

あれだけ騒がしかった群衆が、一瞬にして静かになる。

皆、新たな博麗の巫女の言葉に、耳を傾けていた。

「先の戦で失ったものは計り知れない。財産を失った者、大切な人を失った者、数多くいよう。私たちは生き残った。命あるからこそ、皆は今ここでともに杯を交わすことが出来る。失った物を取り返すこともできる。失った人を忘れないでいられる。全て、命がなければ叶わないこと。命だけは、一度失ったら、二度と取り戻せない。命の重さに、計なんていらないんだ。一人一人の命の重さは違えど、一人一人にとって、最も大切なものであることに変わりはないんだ。誰かの一存で捨てられるようなものではないし、誰だって、命をほいほい捨てるような奴に、自分の命を握られたくはない。だから、私、博麗の巫女は、ここにいる皆に誓う。皆が自分の命に対して、真剣に向き合えるような、そんな楽園をつくる!もう、自らの命を投げうつようなことは、二度とさせないと誓う!だから、安心して、私に命を預けろ!」

小さな体からは想像もつかないような迫力の演説を、誰もが食い入るように聞いていた。

そのせいで、演説が終わった後も、宴会らしからぬ静寂に包まれる。

「新たな巫女の誕生だー!盛大に祝えー!」

誰かが叫んだと同時、

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

この場は本日最高潮に達した。

「引継ぎの儀は後日執り行う!それをもって、正式な巫女として、博麗神社を受け渡す!」

靈夢の話は、もう誰も聞いていなかった。

あるものは踊り狂い、あるものは壊れかけの社に登り、あるものは宙を舞っていた。

 


 

博麗の巫女史上、最も長い任期を終えた少女は、「隻腕の妖怪巫女」という二つ名とともに、幻想郷の安寧と秩序を守り続けた。

今となっては、もう誰も彼女の事を知る者はいない。

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