エルヴィン調査隊は総勢40名、隊長のエルヴィン、副隊長の村山、グループは
グループにはそれぞれリーダーが付いており、リーダーは船内外を自由に行動できるAランク以上の資格を持つ者を対象として、その中から選出される。
今回が初同行となる私は、一応はAランク以上ではあるものの、やはり経験値が及ばずとのことで、対象からは外された。
もちろん、如何なる事態にも対応できるよう、ここ数日間、他の隊員らとともに行い、相応の準備は行ってきた。
耐火性と耐水性に特化したサファリスーツを着て、他の隊員らとともに出発前のミーティングに参加できるだけでも、大変喜ばしい。
壇上に副隊長が上がると、隊員は一糸乱れず休めの姿勢をとる。
「これより、我が調査隊による第二六次平行世界調査を開始する」
「「「ヨーソロー!」」」
「
「イエッサー!」
私より小柄な少女が、一歩前へ出た。
「一等航海士ラン・インファ。承りました」
ラン・インファ一等航海士、彼女とは、座学の時に偶然席が隣になったことで知り合った。
歳が近かったこともあって、すぐに互いに打ち解けた。
隊長も、それを考慮して人選をしたのだろう。
「よろしい。では、大司教様から、この船を代表してご挨拶です」
彼のとき礼拝堂にいた時の姿と全く同じ格好の大司教が、村山副隊長と入れ代わり壇上に上がる。
「ある種、諸君が行う探検は、主が我らに与えし試練そのものであり、諸君はそれを果たす為、我らの代弁者として、主に報いる者として、使者という重大な責務を負う。これは定であり、掟であり…」
おそらく私たちを激励してくれているであろう大司教の説法を、瞬き一つせずに聞いていられる隊員たちの忍耐力に感心しながら、私は考えた。
この人々がこの船に乗っている理由は何なのか。
厳しい訓練を行い、命懸けで船外を探検し、時に現地に残って調査を行い、その先に彼らは何を見据えているのか。
かつて誰かに、同じ質問をされた気がする。
「己の謂れに忠実にあれ、アーメン」
「えー、では最後に、隊長から」
村山副隊長に代わり、今度はエルヴィン隊長が壇上に上がった。
休め姿勢の隊員は、すぐさま気をつけの姿勢へと移行し、リーダーは敬礼をする。
「今回の任務には毎度のことながら、数多の危険が潜んでいる。それこそ、我々の考えの範疇に収まらないような異次元の事態に見舞われることも十分に予想される。実働班、在留班ともに密接な連携が最も大事となるので、各班、各隊員は連絡を怠ることのないよう、各々意識をもって任務にあたって欲しい」
「イエッサー!」
「以上」
隊長の演説が終わったと同時、隊員は一斉に床に置いてあった荷物を背負い、再び整列。
壇上から降りた隊長と副隊長の後を追うように、整列したまま、集会所を後にする。
集会所から出て、居住スペースを移動中、船員らが身を乗り出して、手を振ってきた。
隊員はこれと言って反応を見せるわけではないが、その表情は皆、どこか誇らしげである。
調査隊というのは、この船内では特別な役職なのかもしれない。
「どうもー、今回同行しますラン・インファです!改めてよろしく!」
私と行動を共にするパートナー、ラン・インファが、話しかけてきた。
「よろしく、訓練の時以来ね」
彼女も
エルヴィン調査隊では、おそらく最年少だ。
私は未だに覚えられない船内の通路を、一行は一切迷うことなく進んでいき、たくさんの柱が並ぶ、薄暗い広場へと出た。
出入り口のハッチがあるところだ。
「総員、マスク装着」
リュック脇にかかっているガスマスクをすかさず装着する隊員ら。
もともと手で取りやすい位置にガスマスクはあるのだけど、装着する際の動きに一切の無駄がなく、これが長きにわたる訓練の賜物なのかと感心してしまう。
「幽玄の扉、只今解錠いたす」
鈍い音とともに、徐々に外の光が差し込んでくる。
暫く浴びていなかった、太陽の光は、人工の光には含まれていない、温もりがあった。
[newpage]
降り立った場所は、山の山頂。
辺りを山が囲で囲われていることから、ここは山岳地帯であると考えられる。
「植生、大気中の酸素濃度、成分に問題なしっと」
隊員がガスマスクを外したのを確認し、私もマスクを取り外す。
辺りは薄っすら霧が立ち込めていて、少し肌寒く感じるが、辺りでは蜩のような虫か何かの鳴き声がいたるところから聞こえる。
「では、とりあえず、活動拠点となり得そうな場所まで移動する」
調査隊は、任務を終えると一部の隊員が現地に残り、引き続き調査を行う。
その為、活動拠点となる場所を設営し、長期間過ごせるような設備を整える必要がある。
船に害が及ぶのを防ぐため、船から離れた場所に拠点を築き、私たちも滞在期間中はそこを拠点とする。
船からクローラーを駆動とした数十代にも及ぶ車両が降りてきた。
古く南極観測隊で使用されていた雪上車を彷彿とさせる外見と、用途に分かれてその形状も若干の違いが出てくる。
ショベルがついている車両、クレーンがついている車両、土砂を運搬するための荷台を付けた車両、更には、大砲を付けた車両まで存在する。
周囲の様子を確認するため、隊員がドローンを飛ばす。
反重力場推進のドローンは、例え大気が薄い場所でも、問題なく飛行することが可能。
手のひらサイズであるため、細い空間など、人間の立ち入れない場所も捜索できる優れものだ。
私たちの姿が見る見るうちに小さくなっていき、十字架の形をした船が映るくらいの見高さまで上昇したところで、周辺の地形が立体的に表示された。
周囲八方緑の山に囲まれた、山岳地帯であることが確認できる。
所々霧がかかっており、画面も薄っすら白みがかっている。
「さらに上昇せよ」
ゆっくりと、ドローンが上昇していく。
「止まれ!向こうに見えるのは平野か?」
「確認します」
望遠レンズで映像がアップされる。
霧の奥、何かしらの建造物群が、平野全体に広がっているのが確認できる。
「あそこまでの距離はどのくらいだ?」
「距離にしておよそ31マイル。建造物の高さは最大で推定67フィートです」
「了解。文明の痕跡として、調査対象に登録する。総員、出発の準備」
「ヨーソロー!」
各隊員決められた車両に乗り込む。
一台の車両は二から六人乗り、全員が問題なく乗り込むことができる。
私は、資材をけん引するクレーン付きの車両に、インファ隊員とともに乗り込んだ。
「PW2300-T、準備はいいな?」
無線機にΑ班長の音声が入る。
「PW2300-T、問題ありません」
先頭の車両が動き出した。
それに合わせて、後ろの車両が続々と前の車両に続き、下山していく。
「発進します」
「了解」
ガクン、と音をたて、私たちの乗る車両も動き出した。
操縦はインファ隊員、と言っても、この車両には自動追尾システムが搭載されており、前の車両に自動でついていくようになっているため、細かい操作以外は全て機械任せだ。
異常事態に備えて、前の車両とは35
「メリー隊員、改めてよろしく」
「こちらこそ、インファ隊員」
黒いショートの髪、ぱっちりとした黒い瞳が特徴の彼女は、歳相応のお茶目な一面があるが、実は超エリート生。
この歳で一等航海士になれる者はほんの僅かであり、将来隊を任せられるのはほぼ確実だろうと言われている。
「そういえば、メリーはどこに住んでいるの?」
「私はB地区の第四層あたり」
「案外近かったんだね。私はB地区の第三層あたり」
ボンネットに足を投げ出し、椅子を後ろに倒してくつろぐ彼女は、少し嬉しそうに呟く。
「何にやけてるのよ」
「…にやけてなんかないわよ」
「うそ。今の一連の動きで人が嘘をついているときのボディランゲージを五つ確認しました」
インファのくすぐりに対する耐性がかなり低いことは、すでに予習済み。
隙のあるところをちょこっとつついてやるだけで、大げさなほど身を捩じらせ、目に涙を浮かべながら笑い転げる。
「メリー隊員!直ちにやめなさい!」
「貴方に拒否権はありません」
「あ、ちょっとそこは、きゃははははは」
「水を差すようで悪いんだけどさ」
後部座席から男性の声が聞こえる。
「あ、すみません。はしゃぎすぎました」
「いや、いいんだ。そうじゃなくて、ハーン隊員って、B地区だったんだね」
「ええ、そうですけど」
後ろから声をかけてきたのは、森羅シャクルトン一等航海士。
私より少し年上の青年で、料理が得意分野だという。
彼もΑ所属の隊員、もちろん、料理担当。
「B地区は女の子には少し暮らしにくい環境なんじゃないかな」
「暮らしにくい、とは?」
「ほら、服や食材を売っている場所も少ないし、何より同い年の人もあそこにはいないだろうしさ」
確かに服や食材を売っている場所は限られており、そのくせ飲み屋や雀荘がごったがえしているような妙なつくりをしているけども。
「A地区に来なよ。あそこなら、常に行商人が出入りしているから、いろいろな物を買えるよ」
家の経理はすべてまるちがやってくれるが、この船に勤めて間もない私の懐は決して暖かいものではなく、今の家賃でも精いっぱいだ。
A地区なんかに引っ越したら、あっという間に金が底をつくだろう。
「森羅、もしかして、誘ってる?」
「い、いやいやいや、そんなつもりはない!一切ない!」
「ダメよ、メリーは私のものなんだから」
「ちょっと待て!?いつから貴方のものになったの!?」
こちらに寄ってくる彼女を引きはがすのに必死だったその時。
ガクン
という音とともに激しい振動が車両を襲い、車列全体が急停止した。
「…何かしら」
唐突に訪れる静寂が耳を劈いた。
「…わからない。ただ、何かとてつもなく恐ろしいものがこちらに近づいている」
「恐ろしいもの?」
戦闘用の車両から、銃を持った隊員がぞろぞろと降りてきて、辺りを警戒する。
山頂ではあれだけ騒がしかった蜩の鳴き声のような音もすっかり聞こえなくなり、霧が益々濃くなっていく。
「おかしいわね、気温と湿度的に見ても、これほどまでに深い霧が出るような天候でもないのだけれど」
インファが不安げに呟いたその一言によって、車内の緊張はより一層引き締まる。
「全隊員に告ぐ。濃霧出現につき、周囲の状況に留意して進むように」
無線機からの隊長の声が車内に響く。
ガクンという揺れの後、再び車両が動き出した。
「おっと、動いた」
微かな不気味さを残して、私たちの車列は深い霧の中を進んでいった。
[newpage]
山をいくつか越えたところで、ようやく霧も晴れてきて、辺りはすっかり暗くなった。
空には月によく似た衛星が昇り、満天の星が輝いているのが木々の間から確認できる。
「ほう、この世界も星座の位置は全く同じだ。方角もほとんど変わらない」
ホログラムで月の軌道と星の位置を標したドーム状の星図版を映し出しながら、森羅隊員はそう呟く。
険しい山道を時速13
「ってインファ!いくらオートだからって居眠り運転しないでよ!」
「んにゃ?ああ、ごめんごめん、あまりに退屈なもんで」
マイペースな感じはどこかの誰かを思い出す。
夜と聞くと、やはりあの頃を思い出す。
曰くつきのトンネル、廃墟、廃神社、様々な場所にカメラ片手に向かえば、およそこの世のものとは思えないものをレンズに写し、生半可な肝試しなどではない、結界の境界付近にまで迫る高揚感を肌で体感した夜。
誰も信じなくても、世間が認めていなくても、その夜は確かに、二人の共通の真実として、いつまでも残り続けている。
「明けない夜は無い…か」
インファの声が、車両が揺れる音に吸い込まれていく。
「なんて言ったの?」
「いいえ、ただ、夜が永遠と続いたら、どんな感じだろうなって」
後部座席では、森羅隊員がいつの間にか寝息を立てていた。
「どうしたの?急に」
「ごめん、何でもない。それより、やっぱり夜って特別な感じするよね」
「そうね、この薄暗さ、夜空の星々が非現実的な空間を演出するからかしら?」
「うーん、そういう理屈っぽいことじゃなくてさ」
いけない、と思っても、時既に遅し。
理屈っぽい会話になってしまうのは蓮子と過ごした時間が長かったことも影響しているのかも。
「夜ってさ、昼と比べて明らかに情報量が多く感じるからさ」
それのどこが理屈っぽくないのか教えて欲しい。
「月の満ち欠けから暦がわかるし、星の位置から方角がわかる。見える星の違いで季節もわかる」
「時刻はどうするの?」
「日時計よりは高度な技術を要するけど、月時計なんてものも作れる。でも、そこまでして時刻を知る必要はないかな」
そう言えば、ここ最近、時計というものをからきし目にしていない。
彼女の言う通り、あの船の中での生活において、時間を意識する機会が全くと言っていい程なかった。
「もしよ、もし、星を見ただけで時刻がわかるようになったら?」
「絶対になりたくないね。考えてみな?常に時間に追われる生活を。それは確かに便利かもしれないわ。でも、時間というものが身近になると、私たちは時間通りに動く必要性が出てくる。その方が効率が良いし、社会が円滑に回る。その感覚が一般化してしまうと、社会は寸分の狂いも許してはくれなくなる。ぎりぎりの状態で全てが成り立って、歯車一つ狂えば全ての機能が停止する。一つ一つの歯車が与える影響力が大きくなるにつれ、その存在価値も増し、負担も大きくなる。それは群れで生きる生物の生存戦略上、正しい在り方ではないと思うわ」
そのまま彼女は指を組んで頭の後ろに回し、あくびをして寝の体制に入る。
「操縦頼むわ」
「え!?ちょっ、いきなり!?」
本当に寝てしまった。