レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

5 / 33
夢というのは脳が見せる幻想で、現というのは世界が見せる幻覚です。何が現で何が夢かわからない?両者には本来、何の境界も無いのです。そう、現実と仮想現実が区別できないように。


第五章 夢と現の境界

自宅へ戻り、いつもより早く床へ就いた。

一日中酷使した足は棒にでもなったかのように言うことを訊かない。

「明日は筋肉痛確定ね」

独り言ちながら照明を消す。

辺りはたちまち暗くなり、徐々に意識が遠のいていった。

 

見知らぬ森の中にいた。

森の中といえど、そこまで深いところにいるわけでもないのか、木々の間から月光が差し込み、夜の森であるにも関わらず、歩行に支障がない程には明るい。

だが、この森自体はやはり深いのだろう。

すぐ目の前は暗闇が奥へ奥へと続いている。

この森から出ようにも、ここがどこだかわからない以上、動きようがない。

ここがどこだかわからないというには少し語弊があるかもしれない。

少なくともこの森が私の夢の中であることはわかっている。

しかし、同時に現実の世界であることもわかっている。

現実の世界というのも少し語弊がある。

ここが本当に同次元の世界で、同じ時間軸上の世界であるかはわからない。

早い話、異世界である可能性もあるということ。

だとしても、この世界は決して私の夢が創り出した幻というわけでもなく、どこかに存在する世界なのだ。

境界を見ることが出来る能力が日に日に強くなっており、最近になって、このような不思議な現象が度々発生している。

恐らくは、寝ている間に、無意識に結界を超えているのだろう。

結界を超えるという行為に関しては、

『結界を破壊する行為及び無断で結界に干渉又は操作する行為への処罰に関する法律』

所謂、結界法によって禁止されている。

過去に判例がなく、具体的な処罰に関して明確な記載がないため、どのような処罰が下るのかはわからないけど。

私が今現在犯罪行為を行っていることなどどうでもよくて、今は生きて帰ることしか頭にない。

というのも、夢の中で体験したことが、現実世界でも影響することがわかっていて、例え夢の中でも死ぬわけにはいかないのだ。

考えているうちに、少し開けた場所に出た。

広場の真ん中には、瓦屋根の、白い家が建っている。

玄関には一貫性のない大量の物が無造作に置かれ、入り口のドアの上に大きく『香霖堂』と書かれた看板が掲げられている。

何かの店だろうか。

明りはついておらず、中は静かで、誰かがいる気配は無い。

夜だから寝ているだけかもしれないが。

試しにノックしてみる。

「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか?」

返事がない。

やはり、誰もいないのか。

ノブに手をかけ、回してみる。

ガチャっという音とともに、ドアはあっさり開いた。

同時に、チリンチリンとドアの上の風鈴が鳴る。

中は明りがなく、外から中に入ってくる月光により、かろうじて中の様子を確認できる。

花瓶や置物などの骨董品や本、絵画などが所狭しと置かれていて、床には中身がわからない箱や段ボール、用途不明の物が散乱している。

とりあえず、壁伝いに歩いてみる。目の前が見えず、何かにぶつかった。

その『何か』の側面に回り込み、正体が判明する。

本棚だ。

暗くてよく見えないが、上から下までぎっしり本が數納されている。

その一つに手を伸ばそうとしたその時、

 

バタンッ

 

奥の方から物音が聞こえた。

一瞬にして心臓が縮こまり、冷たい汗が流れ出る。

ギシッギシッと床がきしむ音が近づいてきた。

音が近づくとともに、私の心臓が悲鳴を上げる。

やがて、カチッという音とともに部屋が明るくなった。

「どこの誰だか知らないが、とっくに店は閉めたもんでね」

と若い男の声が聞こえた。

辺りの明るさに目が慣れてきたころ、部屋に男が立っているのが目に入った。

歳は二十代前半だろうか、短い銀髪に眼鏡、和服とも洋服ともとれる青と黒の服を着た青年男性だ。

「あ、す、すみません!勝手に上がってしまって・・・、」

「・・・ああ、君だったか」

男性は私の謝罪の言葉を遮るように、私とまるで面識があるかのような発言をする。

「あ、あの、どこかで・・・」

「いや、何でもないんだ」

彼はまたも話を遮り、適当に誤魔化す。

「それより君は、外の世界から来たのだよね?」

外の世界・・・最近耳にした言葉。

「えっと、貴方は・・・」

「私は森近霖之助だ。ここでは古道具屋という名の何でも屋をやっている」

「あ、えっと、あの・・・」

彼に聞きたいことがあるはずなのに、夢の中だと上手く口が動かない。

「とりあえずかけたまえ」

彼は部屋の中央の物で埋もれた机を片付け、椅子を引いた。

「今コーヒー淹れる」

彼は部屋から出て行った。

ふと、部屋の隅のとある機械に目を向けた。

黒い円形のプレートを乗せた茶色い箱から、金色のラッパのような形状の物が生えている。

これが一体何に使う物か、皆目見当つかない。

「これは蓄音機というものだ」

夢中になっていた私は背後にいる彼に気が付かなかった。

驚いて全身の毛がよだつ。

「コーヒー入ったよ」

「あ、ありがとうございます」

机の上にカップを置くと、彼は再びこちらに近づいてくる。

「アメリカのトーマス・エジソンという人物が発明した、音楽を再生するための機械だ」

彼はその機械の下に置いてある箱から円盤を一枚取り出し、機械のプレートに乗せた。

「このレコードが音楽を記憶していて、記憶された音楽をこの機械を通して再生するんだ」

その機械からは、九六〇年代を思わせる、ポップミュージックが流れてきた。

何処かで聞いたことがあるような、懐かしさを感じる、そんな曲だった。

「さすがにこの機械を持っている者などいないだろう。時が流れるようになってしまってからだいぶ変わった」

彼は、どこか悲しげに、そう呟いた。

 

「しかし、君を見てるとあの子を思い出す」

コーヒーを啜りながら、彼は唐突にそう呟いた。

「あの子・・・とは?」

「随分と昔、よくこの店に遊びに来ていた人間の子がいてね。その子も金髪だった。客というよりは我が子の様な存在でね」

「・・・その子は今どちらに?」

「もう随分昔の話だ。今はこの世にいない。人間は僕なんかと比べれば、短命だからね」

自分が人間ではないと言っているような発言だったが、恐らく本当に人間ではないのだろうと直感でそう感じた。

彼は何者なのか、なぜここに一人住んでいるのか。

私は霖之助と名乗るこの男について、興味が湧いてきた。

かといって、いきなり他人のプライバシーにづかづか入り込んでゆくのはよろしくない。

例えここが夢の中でも。

「霖之助さんはここで独りで暮らしていて、寂しくないのですか?」

「僕自身、寂しいと思ったことはないね。これでも一応商人の端くれだから、人との繋がりが無いわけでもなくてね」

彼は更に続ける。

「しかし、人間の一生はあまりに短く、儚いものでね。だから彼らは常に忙しく、歩を休めることを知らない。私のように長生きする者にとって、あのような時間の感覚にはついていけなくてね」

「だからここで独り暮らしを?」

「ああ。ここにいると、余計なことを考えずに済むんだ。考えることは嫌いではないのだが、情報化が進む今の時代、要らぬ情報を入れすぎるのは良くない」

私たちの世界では、二十世紀後半から急速に情報化が始まった。一人一台は何かしらの端末を所持するようになり、情報関連技術が政治、経済、教育、文化、生活に関わる様々な分野の基盤となり、社会形態に革命をもたらした。

しかし同時に、弊害も生まれた。

情報関連技術の発展ばかりに注力しすぎたため、他のテクノロジーが停滞。

更に、情報化社会特有の急激な社会変革が続いたため、経済と精神のバランスが崩壊した。

この事態を重く受け止めた各国の政府は緊急の策として検閲、通信制限など、脱情報化を図る政策を打ち出し、情報テクノロジーは今では停滞状態となっている。

「変化に耐えられなかった・・・」

「そうだな・・・、ここはもともと流れを拒む者たちが流れ着いた場所・・・。そこに変化が生まれてしまっては、この世界の存在意義がなくなってしまう」

それは突然の出来事だった。

私の体の中から白い光が溢れ出てきた。

「そろそろ夜が明けるようだ」

そう言いながら彼は窓辺に立つ。

窓から橙色の光が差し込み、部屋を染める。

「今日は君と話せて良かった。土産に持ってってくれ。いつか役に立つだろうから」

彼は、みるみる光に包まれてゆく私の元へ来て、蓄音機の上の円盤を、ケースにしまって私に渡した。

「り、りんの・・・すけ・・さん・・」

この夢で最後に覚えているのは、薄れゆく意識の中、静かに手を振る、霖之助の姿だった。

 

 




本日もお読みいただきありがとうございます。早いものでもう第五章ですね。この話が面白いと思った方は是非お気に入りに登録してってください。それと、評価の方もよろしければお願いします。

それではまたいつか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。