何のリスクも取らないで儲けられる何て話があればそれは十中八九詐欺である。
足の痛みが引いてきた男はまた歩いていると、恰幅のいい女とまるまると太った老犬のダックスフンドにすれ違った。
飼い犬の散歩だろう。女の方は高そうな毛皮の上着にキラリと光るサングラスを付けている。
ダックスフンドの方もかなり太っているものの、その短い足をテクテクと動かしながら悠々と道を歩いていた。
「……」
男にはあの犬の価値が理解出来なかった。勿論ペットを飼うというのも個人の自由なのだが、だとしても犬がいるだけで人生が変わるとは思えなかった。
仮に犬を飼う事に自分の知らない価値があったとしても、あそこまで太らせるのはどうなのだろうか?
あんな丸太みたいな身体では犬も散歩がし辛いだろうにと…
「…ああもういけないな。また変な事考えちゃったよ」
最近、モノに対して価値があるのかどうかを必用以上に考えてしまう。
理由は男にも分からないが、小石ならともかく人様のやる事にさえ文句をつけるのは心の中とはいえ気乗りしない。
(なにに対しても否定から入る自分の性格が嫌いだ。)
男はそう自己嫌悪に浸りながら家へと帰る事にした。
来た道を戻るというのも味気が無いので今度は別のルートを通ってみた。先程の価値の無い小石くらいしか存在しない道とは違い、ここは飲食店等が多く彼には誘惑が多かった。
しかし生憎、彼は財布とスマホを布団の上に置いてきたので誘惑をされても、それに負ける事は出来ない。
「この通りは色んな店があるよな」
そう男は呟く。この通りは駅からも近くオフィスも多い為、昼頃にはサラリーマン達が空腹を満たす目的で現れる。
そのため、ここには数多くの飲食店、コンビニ、スーパーが日々客の奪い合いをしている。
男はこういう風景が好きだ。店という物は商売なので、皆利益を追求する。儲かる為には客を店のファンにさせて、何度もリピートしてもらう必要がある。
故にどの店も価値を高めようとする。とは言っても、全ての店がそう上手く行くわけではない。
ここは家賃も最低賃金も他より高いので、儲からないと判断したら直ぐに撤退しなければならない。
損切りを見誤れば赤字はドンドン増えて、借金も嵩んでいく。
これはネットで見た噂でしかないが、この辺りに店を出して潰してしまったオーナー達は膨大な借金や従業員への未払いの給料を前に、皆夜逃げか自殺をしてしまったらしい……
当然本当かどうかは分からない。
しかし、その様な事になってしまったオーナーもゼロと言えるのだろうか?
事実、男が引っ越してからこの通りの店は何度も出店と閉店を繰り返している。
それだけの事例があれば一人くらい…
「ああ、もう…!今日の俺は一体どうしちゃったんだ…?」
何時もの事なのだが、今日に限ってよりはネガティブになりやすくなっている。
このままではマズいと思い男はこの状況を打開する策を考える。
結論は早く出た。
朝から何も食べていないのだ。
思えば今日は起きてから平日と間違えて焦ってしまったし、その後はシャワーを浴びて散歩に出かけたのだから何も口に入れていない。
腹が減れば落ち込み易くなるものだ。
だが、財布は家に置いてきた。
なので男は早歩きで家に帰った。
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あれから少し歩いたせいか、男の腹は限界を迎え『飯をよこせ!』と言わんばかりに音をたてている。
もう一歩も外に出る気もないし、かといって自炊を面倒くさいと思った彼はスマホを取り出した。
外に出るのも嫌だ。自分で料理をするもの嫌、ならインターネットの宅配サービスを使えばいい。一昔前なら宅配といえば、物だけだったが。最近は生鮮食品はだけではなく、飲食店と提携して料理まで運んで来る。
今の時代スマホ一つで美味い飯が温かいうちに運ばれて来る。代金もスマホから払えるので客は飯を受け取り食べるだけでいいのだ。
「どれにしようかな」
思わずスマホをいじる指も止まってしまう。
それだけ多くの店が自分のところの料理を出しているのだ。駅前の通りであった客の奪い合いは電脳世界でも行われていた。
「よし、コレにしよう!」
注文してから20分程待っていると家のドアをノックする
音が聞こえた。彼の部屋にはインターホンが無いのだ。
「スミマセンー。オ届ケ二参リマシター」
「はい。今でまーす」
カタコトの日本に返事をしながら財布を持ってドアを開けると20代後半くらいの欧米人の男性が立っていた。
「ゴ確認下サイ」
そう言いながら渡された袋の中身を男は見る。
大丈夫だ、ちゃんと入っている。
「ありがとうございます。ちゃんと入っていました。っあ、あとそれと___」
___男は自分の財布から100円と取り出す。
「すみません。コレほんのお気持ちなのですが受け取って下さい」
「ワーオ。アリガトウッゴザマス!」
配達員は少し嬉しいそうに笑うと100円を受けった。
「日本語お上手ですよね〜もう長いんですか?」
「5年クライデス」
チップを渡したおかげか配達員の男性はすんなりと答えてくれる。
「どちらの国にから来たんですか?」
「イタリアデス」
「そうですか〜頑張って下さいね」
「ハイ!!」
そうして二人の会話は終わった。
今の男の行動を見た人間は『彼は良い人なんだ』と思うのかも知れないが実際は違う。
男が100円を渡したのは善意からではなく、哀れみからだ。
今の男性の様な配達員には、手と足と目と耳と頭と自転車さえあれば誰でも出来る。
今は稼げていても誰でも出来ると知れば、多くの人間が集まり客の奪い合いになる。さっきの飲食店と同じだ。
だが彼らは自分の店を持ったりはしないので、稼げなくっても大した事はないだろう。
だが誰でもなれるというのなら、そんな仕事にそんな人間に一体どれくらいの価値があるのだろうか?
彼はそれらの哀れな気持ちからあの配達員に僅かにチップを渡したのだ。
……それとクーポンが使えたので送料含めても店に食べに行くよりも安かったので、100円くらいくれてやれという考えに至ったのかも知れない。
「というか、日本に出稼ぎに来てまで配達員やるってイタリアって貧乏な国なのかな?
ヨーロッパは儲かってそうなイメージあったけど…」
男は遠くなっていく配達員の背中を見ながら、ひっそりとドアを閉めた。
因みに届いた黒豚丼はとても美味かった。
そうして、男の休日が終わった。
今回のキャラクター紹介。
配達員の男性:フランチェスコ・ロッシ (27)
日本に出稼ぎに来ている。
元ネタは以前に作者に料理を運んで来てくれたイタリア人の配達員さん。名前は知らない。
それと調べてみたのですが、イタリアって本当に日本よりも平均月給が少ないようです。
まあ、上位数%は稼いでいるでしょうが平均としては日本よりも低かったです。
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恰幅のいい女:浅野 葉子 (47)
未亡人。旦那に先立たれ、主人の遺した犬を今でも大事にしている。(大事にし過ぎで太らせてしまった)
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丸々と太ったダックスフンド:ハワイ(16)
未亡人の女の亡くなった夫が大事にしていた犬。
好きな事は、食べる事とお散歩。今日もメシが美味い。
最後まで読んでいただきありがとうございました。