新しい命の誕生を前にして、喜ばない人間等いない。と言いたいが現実はそうではない。貧困といった問題を抱えている家庭では、大昔から子供を『間引く』習慣があった。
しかし、この少年は産まれて来た事をとても喜ばれたのだがそれは本当に我が子を愛していたがゆえなのか。
大人になった少年はそれを知らなしい、知りたくもない。
「いいか千秋、何度も言うが今日行くマルガタ株式さんはウチの取り引きの中で一番よくしてもらってるトコだ。くれぐれも失礼のない様にな」
「はい!勿論です、長谷川さん。ちゃんと向こうの方にお話しする内容もあらかじめメモに書いて暗記してあります!!」
「ほう…中々いい心掛けじゃねぇか。そういう事前準備の出来るヤツってのは信頼出来るもんだ。やってこいよ…千秋…!」
午後2時、長谷川から発破をかけられてる千秋を横目に男は二人の持ち物を確認する。
本日向かうマルガタ株式会社は男が務める会社の中でも最も取り引きの規模が大きいため失敗は許されない。
もし、何か失態を犯したとなればまた長谷川の怒鳴り声が飛んで来る事は間違い無いので、男は入念にカバンをチェックする。
(よし、ちゃんと全部あるな)
「長谷川さん、荷物の確認終わりましたのでそろそろ向かいます」
「オシ、じゃあ行って来い。約束は1分でも遅れればアウトだが、早く来る分には10分でも20分でも問題ないからな」
「先輩、千秋くん、2人とも行ってらっしゃい〜」
『はい、行ってきます!』
長谷川と結菜に挨拶をし2人はオフィスを出る。空は雲が一つ、ポツンとあるだけでそれを除けば後はただ青い空が広がっていた。
「いやぁ~いい天気ねぇ先輩。こんな気持ちのいい日なら商談とかもきっと上手くいきますよ」
「だね。というか、さっき長谷川さんに話してだけどメモとか暗記してたの?」
「そうすっね、勿論全部のパターンを暗記するなんて不可能ですけど、それでも大体といか何を喋るかって事くらいは考えという方がいいと思って。そうすれば、ハキハキと喋れて相手からの印象も良くなるでしょ?」
眩しい、主に精神的な意味で。
「凄いなあ千秋さんは、俺はそんな事考えもしなかっよ。いつもぶっつけ本番って感じでさ」
「そうなんですか?でも先輩はいざって時の機転も効きますし、オレ結構信頼してるんですから」
千秋の言葉を受けてほんの少しだけ気分がよくなる。お世辞だと分かっても褒められるのは嬉しいものだ。
「それにオレ昔から暗記とか得意で、何回か見るだけで直ぐに覚えられたんでコレくらいホント凄くないんですよ」
優秀な上に謙虚でもある素晴らしい後輩と、男の歩きながらの雑談はもう少し続く。
「へぇ暗記が得意なんだ。それじゃあ学生の頃は勉強とかも得意だったんじゃない?」
「あ…いや……勉強は、まあ得意ちゃ得意っすけど…好きでは無いですね。嫌いでした」
「っえ?あーそうなんだ。ああ、あとそれともう直ぐ駅だか財布から
「そうですね…」
千秋の顔色が目に見えて悪くなったので、男は急いで話題を変える。何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「………」
「………」
あれから改札口を通り電車に乗車した2人だが、口数は少ない。理由は先程の会話で、少し気不味い雰囲気になっただけなのだが会話とはキャッチボールであり、一度もペースが崩れると立て直すのには多少時間がかかる。
話掛けて来たのは千秋の方だった。
「さっきはすいません。オレのせいで空気が悪くなっちゃって…」
「そんな事ないよ。ただ、いきなり顔色が曇っちゃったからどうしたのかな?って思っちゃっただけで」
「あん時の続きなんですけど、オレ勉強は確かに得意でしたけど心の底から嫌いだったんです」
そうして千秋は語り始めた。自分の思い出を
「オレの家って両親共に医者で、オヤジは結構デカイ病院を経営してるやり手の医者なんです」
「ん?それはいい事なんじゃないの?」
「はい。家は裕福でしだ。でもオレは幸せではありませんでした。両親は幼い頃からオレも医者にしようとして、毎日朝から晩まで勉強をさせたんです」
僅かだか千秋の目から怒りの感情を男は感じた。
「続けてよ」
「それでオレ勉強はあんまり好きじゃないんですけど、やればやる程親が褒めてくれて…それ死ぬ気で机に齧りついたんです」
「ハードな小学生せいだね…」
「小学生といか幼稚園の頃からですよ」
「っえ…幼稚園から?…!」
男は驚く自分は初めて勉強をしたのは小学校に入学してからだと言うのに、自分と同じ時期いやそれよりも前から千秋が死ぬ気で勉学をしていたのだ。
「ええ、小学校に入ってからは昼間は学校、夕方から夜までは塾、家に帰ってからもご飯を食べたら少し勉学をして風呂に入って寝る。そんな日々をおくっていました」
「受験生?」
「ずっとこんな感じでしたよ。勉強しなくてもいい日は、お正月とゴールデンウイークくらいなモノで毎年その時期になると凄くワクワクしてたのを憶えてます」
「……」
あまりにも想像を絶するスケジュールに、男も言葉を失っっていた。
そんな、大学受験を控えた高校生3年生の様な事を何年もしていたのかと。
「でも、そこまではいいんです。ただアイツらは超えてはならない、一線を超えてしまった…」
千秋は拳を強く握り、行き場のない怒りを電車の壁にグリグリと押し付けていた。
「アイツはオレの交流関係にまで文句を付けたんです。オレの友達を家に呼んだら、あの子はバカそうだからもう話すなとか、でもそこまではいいんです。アイツは…アイツは……オレの恋人にまで……!」
千秋は目はに薄っすらとだが、涙が浮かんでいた。
「恋人って?」
「こんなオレですけど、大学に入学した時に人生初めての彼女が出来たんです。オレそれが嬉しくて、嬉しくて親に紹介したんですよ。
そしたらアイツら彼女に向かってなんて言ったと思います?」
明らかに聞くタイミングを間違えたとは思う。移動中の電車の中で話す内容ではない。男達が乗っている車両が、2人以外には殆ど人がいないからギリギリ話せている。
最も、気不味い雰囲気を感じていた男があえて人の少ない車両に乗ったのだが。
「なんて…言ったの?」
「別れろって。アイツら彼女の事、興信所に調べてやがったんです…!」
「っえ?興信所使って調べたところでなんで別れろって話になるの?」
「キミの祖父は在日だろう?だから、お前みたいな血筋のニンゲンは息子と別れろって」
「ああ…」
何と言えばいいか、確かにどんな価値観を持つのも個人の勝手ではあるが、そんな事を息子の彼女の前で堂々と言えるものなのか。
「それで…どうしたの?」
内心『もう辞めてくれ』と思いながらもここまで聞いた以上、もう後戻りは出来ない。
「産まれて初めてオヤジぶん殴りましたよ。彼女は泣いてました。親とはもうそれ以来、縁を切りました。結局アイツらにとってオレは、跡継ぎでしかなくてそれ以外の価値なんて無かったんです。
そんで、勉強って言葉聞く度にオヤジの顔思い出しちゃって」
「ごめん…」
「先輩が謝る必要はありません。オレ同性でまともに話せた人は先輩が初めてですし、何時も気にかけてくれて本当に感謝していますから。場の空気を悪くして言うセリフじゃないのは分かりますけど、先輩に話せて良かったです」
「俺も、聞けて良かったよ。これでお互いわだかまりも消えたし、スッキリとした気持ちでマルガタさんのトコに行けるね」
「はい。ありがとうございます」
その後到着した駅で2人は顔を洗い、取引先へと向かった。
結果は千秋の大活躍であり、マルガタの人間は大変満足しており。今度3人で飲みに行こうとまで言われた程だった。
「やりましたね!先輩、オレホント嬉しいっす!!!」
「うん。本当に良かったよ」
千秋の笑顔を前に、男は答えながら2人は会社へと帰った。
用語解説
Melon(メロン)
交通系ICカード、電車に乗る時は勿論コンビニや自販機の支払いの時にも使える。学生から、サラリーマンにまで愛されている魔法のカード
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だんだん寒くなって来て、冬を少しずつですが感じで来ましたね。皆様も体調管理にはお気を付け下さい。
そんな事言ってる自分はこんな時間まで起きてるんですけどね、ゴホッ、ゴホッ
最後まで読んで下さりありがとうございました。