チェイサー   作:堂廻り 眞くら

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勝者

 

 

 

 

「追いついてきている……?」

 

 

「復活したか、ライスシャワー」

 

 

 スピカのトレーナーが感嘆の声を上げる。あそこまで精神的に追い込められたウマ娘が再起するのは、メンタルトレーニングを行なっているプロでも難しい。ライスシャワーはそれをやってのけたのだ。

 

 

「まさか、場所が入れ替わったから?いや、そんなことでどうにかなる戦況ではなかったはず」

 

 

 狼狽する東条ハナ。その隣でスピカのトレーナーはじっとグラスワンダーを観察し、気が付いた。

 

 

「グラスワンダーは自分でも気が付いていなかったのさ。自分のスタミナがかなり削られているということにな」

 

 

 東条ハナはハッとした。

 

 

「スリップストリーム!」

 

 

「ああ、スリップストリームは相手に衝突せずに接近する都合上、集中力をかなり摩耗させる技術。まだ実戦での使用に慣れてないグラスワンダーは特に集中力を要しただろう。何よりあれは相手のペースに身の全てを委ねる危険技だ。知らず知らずのうちに相手のペースに飲まれてしまうから、そのうちスタミナ配分が分からなくなる。プロはそのメリットデメリットを十分に理解したうえで使っているのに対し、グラスワンダーは経験不足からスリップストリームを乱用しすぎたんだ。その反動が今来てる」

 

 

「だから引き離せないのね」

 

 

「何よりあいつは侮った。ライスシャワーという刺客(チェイサー)の底力をな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 2周目の第二コーナーを脱出した二人は、そのままサクラバクシンオーとミホノブルボンのいるところまで、すさまじい勢いで近づいてくる。

 

 

「ライスさん、復活!ライスさん、復活!」

 

 

「ライス……」

 

 

 ガッツポーズをとりまくるサクラバクシンオーの隣で、ミホノブルボンは感動に打ち震えていた。

 

 やはり間違いない。ライスシャワーは決してこんなところで終わるウマ娘ではなかったのだ。私の、最高のヒーローでライバル。

 

 

「いやぁ、ナイスバクシンですね、ライスさんは!!」

 

 

 再び鉢巻きを取り出しておでこに巻きなおしていたバクシンオーだったが、その手がぴたりと止まった。

 

 

「おやや、ライスさんのおめめが……」

 

 

「あれは……」

 

 

 遠目からでもわかるほどに、ライスシャワーの目が光っているのに、二人とも気が付いた。

 

 ミホノブルボンはその目に見覚えがあった。

 

 

「たしか、いつかの天皇賞春でも、目にあのような光を携えていました」

 

 

 だが、今ライスシャワーが放っている光は、薄ぼんやりと輝いていたあの時の比ではない。

 

「いったい何でしょうね、あれ」

 

 

 サクラバクシンオーの瞳の中の桃の花が、ライスシャワーのそれに呼応するかのように、ぼんやりと光始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「気が付いた?おハナさん」

 

 

「ええ。ライスシャワーの目が」

 

 

「やっぱりそうだよな」

 

 

 この距離でも東条ハナとスピカのトレーナーが気づくほど、ライスシャワーの目が光っている。

 

 

「マックイーンの時も若干ああなっていたな。おハナさんはなにかあれに心当たりある?」

 

 

 スピカのトレーナーが東条ハナに目線をよこすと、東条ハナは自信なさげに頷く。

 

 

「といっても、ウマ娘の目が光ること自体はそれほど珍しくない、というかほとんどのウマ娘が総じて目が光るわ」

 

 

「あ~……猫みたいに暗闇で目が光ってんのは見たことあるけど」

 

 

「それね。ウマ娘の目の中にはタペタムっていう光の増幅装置のようなものがあるのよ。一部のウマ娘の目に独特の模様が浮かび上がるのも、そのタペタムが原因。そして、それのおかげで弱い光でも十分にものを見ることができる。暗闇で目が光るのは、網膜で吸収されなかった光がタペタムで反射されるからね」

 

 

 ウマ娘がフラッシュに過敏なのも、目に入る光をタペタムで増幅してしまうからだ。

 

 

「なるほど、でもその理屈じゃ……」

 

 

「もちろんこんな明るいところで光るのはおかしい。目に入る光の量は反射的に調節されるはずだから。でもたまにいるのよ、極限の状態でああなるウマ娘がね」

 

 

「そうなのか。で、大丈夫なのか、それ」

 

 

「かなり拙いわね。本来増幅させるべきでない光量の光が目に入っているわけだから、最悪失明するかもしれないわ」

 

 

「そうか……。でも走るのを止めるのは無理だな」

 

 

 スピカのトレーナーは口にくわえていた飴を歯で砕いた。

 

 

「俺らトレーナーは、ウマ娘が一番危険にさらされるレース中は何もしてやれない。見守ることしかな」

 

 

「そうね」

 

 

 東条ハナは過去の思い出に意識を一瞬だけ飛ばす。彼にも苦しい時期があった。その想いを、少しでもくみ取ろうとして。

 

 

「見守りましょう。せめて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラスワンダーは歯がゆさを噛み締めていた。

 

 

 想像以上に体力を消耗してしまっていた。そのこと気が付けなかったとは、策に溺れた末路がこれだ。プロの走りに徹するあまり、基本的なことがおろそかになってしまった。灯台もと暗しとはことことだろう。 己の未熟を嘆いた。

 

 

 だが、まだ私の勝は揺るがない。私の作戦にまだ狂いはない。ドリームで揉まれたグラスワンダーとドリームで走ったことのないライスシャワーとでは地力が違う。このまま前を譲らず最終直線に並べば、脚色と地力の差でグラスワンダーが勝つ。つまりライスシャワーが勝つには、少なくとも最終コーナー脱出の時点でグラスワンダーより前に出ていなければいけないのだ。グラスワンダーはこのまま前を譲らなければ、確実に勝てる。

 

 

「私の勝は揺るぎません……」

 

 

 この勝負に勝って、確かな自信を得る。そのために勝つ。

 

 

 ……だが、グラスワンダーは同時にこうも思っていた。このまま勝ったところで、自分は果たして変わることができるのだろうか。ドリームで、スペシャルウィークと再び肩を並べることができるのだろうか。

 

 

 グラスワンダーの胸の内にほんの少しのしこりが残ったまま、勝負は最終局面に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ最終コーナーですね。勝負が決するならここです」

 

 

 サクラバクシンオーも、ミホノブルボンも、じっとその時を待った。

 

 

 そして、ミホノブルボンの口から、思わすといった風に声が出た。

 

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スペシャルウィークはじっと見つめた。グラスワンダーを。

 

 

「グラスちゃん……」

 

 

 気づいて、グラスちゃん……。

 

 

 そのままじゃ……。

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラスワンダーとライスシャワーは、もつれあいながら最終コーナーに侵入した。

 

 

 

 その時、ライスシャワーの極限まで削ぎ落した体に、鬼が宿る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう攻める、ライスシャワー」

 

 

 最終コーナーに向かう二人を見守るスピカのトレーナーは握りこぶしを握り締める。

 

 

「相当もつれたわね。でもライスシャワーが勝つにはここで仕掛けるしか……あっ」

 

 

 グラスワンダーを追いかけるライスシャワーの漆黒の影が、ゆらりと揺れた。

 

 

「外側っ!!?」

 

 

 スピカのトレーナーは加えていたキャンディーを取り落としそうになる。ライスシャワーはグラスワンダーを外から抜こうとしていた。

 

 

「外からじゃ抜けない!!最短の内側が絶対に有利なんだ!!」

 

 

「いや、待って!!」

 

 

 二人の身体が並び、ほぼ同時に減速する。

 

 

 そして二人はコーナーを脱出し始める。

 

 

「グラスがインコースにつけていない!!?外側に大きく膨らんでいくわ!!」

 

 

 ライスシャワーに煽られて、本人も気付かぬうちに速度を必要以上に出し過ぎていたのだ。そのことに瞬時に気が付いた東条ハナだが、言葉にならない。

 

 

「ライスシャワーは!!」

 

 

 遠心力で外に膨らんでいくグラスワンダーの後ろから、鬼神の如きライスシャワーがインコースにぴったりと張り付いた。

 

 

 走行ラインがクロスする。

 

 

 二人の身体が交差した。

 

 

「お、おおおおおおおお!!!」

 

 

 スピカのトレーナーは口の棒付きキャンディーをポロリと地面に落とす。

 

 

 

 

 

 コーナーを抜けた時、ライスシャワーは完全にグラスワンダーの前に躍り出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミホノブルボンはライスシャワーはゴールを通り過ぎた時点で、深く息をついた。

 

 

「勝ちましたね、ライスさん」

 

 

「はい、さすが私のヒーローです」

 

 

「ヒーローですか……」

 

 

 サクラバクシンオーはミホノブルボンに一歩歩み寄る。

 

 

「でしたら、私にとってのヒーローはあなたですね、ブルボンさん」

 

 

「……?」

 

 

 ミホノブルボンは振り向いた。

 

 

「……どういう意味ですか」

 

 

「いえ、何でもないんですよ」

 

 

 サクラバクシンオーはくるりと踵を返した。

 

 

「そろそろ帰りますね。ゆーとうせいの学級委員長がこれ以上の夜更かしはできませんから。あ、そうそう」

 

 

 それから、もう一度ミホノブルボンに視線を送る。ミホノブルボンもそれに見つめ返す。

 

 

「これで心置きなくドリームに来るんですよね」

 

 

「はい」

 

 

「じゃあまずは短距離から、ですか?」

 

 

「!……はい」

 

 

「お待ちしておりますよ、ブルボンさん」

 

 

 そういって、サクラバクシンオーは夜闇に溶けるようにして、ミホノブルボンから離れていく。

 

 

 

「……ッバクシンオーさん」

 

 

 ミホノブルボンは気づけばバクシンオーを引き留めていた。

 

 

「何でしょうか?」

 

 

 だけど、サイボーグはかける言葉を見つけられない。

 

 

「いえ、……お気をつけて」

 

 

「はい、……あなたも」

 

 

 サクラバクシンオーは夜闇に溶けて消えた。

 

 

「……」

 

 ミホノブルボンは胸の内に生じた感情を言葉にすることができない。

 

 

 軽微のエラーが発生していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピカのトレーナーは落ちたキャンディーを拾い、新しいキャンディーを取り出して口にくわえる。

 

 

「いいレースを見せてもらった。あんな心の踊るレースはそう何度も生で見れるもんじゃない」

 

 

「そうね……」

 

 

 東条ハナの視線はグラスワンダーに向けられていた。

 

 

「これからどうする」

 

 

「ライスシャワーの目のことは気がかりだけど、とりあえず今は……」

 

 

「そうだな、とりあえず二人の労いーーー」

 

 

「グラスワンダーに説教ね」

 

 

「ああ、そっち?」

 

 

 二人は言い合いながら、二人のウマ娘の元に歩み寄るのだった。

 

 

 レースの前と後に言葉をかけ身体を支える。それがトレーナーがウマ娘にしてやれる、唯一のことだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ、グラスちゃん」

 

 

 疲労困憊のグラスワンダーの元にスペシャルウィークが駆け寄る。そして流れた汗を拭うためのタオルを手渡した。

 

 

「夜は冷えるから」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「……残念だったね」

 

 

 グラスワンダーは負けた。今回の勝負は、スペシャルウィークには事情が分からないが、グラスワンダーにとって思い入れのある勝負だったらしいことは察していた。場合によっては負けた時のフォローも必要ではないかと考えていた。だが、意外にもグラスワンダーの顔を晴れやかなものだった。

 

 

「はい、負けてしましました。でも、わたしはむしろ負けてよかったと思ってるんですよ」

 

 

「グラスちゃん?」

 

 

 驚いた、グラスちゃんがそんなことを口にするとは。目を剥くスペシャルウィークに対し、グラスワンダーは一歩近づく。

 

 

「ところでスぺちゃんは、海外に行くつもりなんですか?」

 

 

「うぇ!?」

 

 

 尻尾をビクッと逆立てるスペシャルウィークに、グラスワンダーは苦笑を返す。

 

 

「やっぱりそうだったんですね」

 

 

「う、うん」

 

 

「スズカさんやエルの後を、追いかけるんですね」

 

 

「……うん。負けたくないから」

 

 

 スペシャルウィークの顔が真剣な表情に変わる。

 

 

「スズカさんにも、エルちゃんにも。なによりグラスちゃんに負けたくない」

 

 

「……スぺちゃん」

 

 

 彼女は、いざとなれば自分の想いの丈を相手にまっすぐぶつける。そして最後には何もかも自分の思うままにかっさらって突き進んでいくのだ。そういうところは、ずるいなぁと思う。羨ましいとも思う。でも、スペシャルウィークのそういうところが好きだ。

 

 

「寂しくなりますね」

 

 

「うん……」

 

 

「でも、その前に勝ちますよ?私」

 

 

「うん?」

 

 

 グラスワンダーはいつものにっこり笑顔をスペシャルウィークに向ける。

 

 

「まだまだしばらくは向こうにはいかないんでしょ?その前に、勝ちます。私が帰郷するまでもありません」

 

 

「……うん!」

 

 

 スペシャルウィークは元気よく答える。

 

 

 それからグラスワンダーはスペシャルウィークの元を離れると、ポツンと一人で立っていた少女の元に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスさん」

 

 

 ライスシャワーは声のする方を振りむいた。グラスワンダーが立っていた。

 

 

「これ、よければ使ってください」

 

 

 そういってタオルを手渡してくる。

 

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

 

 ほんの少しだけ湿っているタオル。夜風の冷たさを思い返したかのように身体がブルっと震える。

 

 

 汗を拭い始めたライスシャワーを、グラスワンダーはじっと見つめていた。

 

 

 それから少しの間二人は無言のまま、やがて汗を粗方拭き終えたライスシャワーが、グラスワンダーにタオルを返却する。

 

 

「ありがとう、……グラスさん」

 

 

「いえ~。これ持ってきたの私じゃありませんし~」

 

 

「えっと……」

 

 

 ライスシャワーは、グラスワンダーに言いたいことがたくさんあった。お礼とか、決意表明とか。

 

 今回のバトルで、ライスシャワーは走ることの喜びを今一度再確認できたのだ。そして、同時に自らの闘志に火が付いた。つまりは自分の本心に素直になったのだ。

 

 

 ドリームシリーズに行きたい。たとえそれがどんな結果になろうと、ライスシャワーは夢を追いたいと思った。きっとこれまで以上につらいこともあるだろう。苦しいことの連続だろう。どんな道を選んでも、思い通りになんて絶対にならない。だけど、それでも、行きたい。

 

 

 その旨をグラスワンダーに感謝も込みで伝えたいのだが、中々言葉にできない。

 

 

 

 まごついているライスシャワーをしばらく見ていたグラスワンダーが、逆に口を開いた。

 

 

()は負けませんよ、ライスさん」

 

 

「!」

 

 

 ライスシャワーは顔を上げてグラスワンダーを見た。グラスワンダーも彼女を見返した。そして、奇妙な友情が二人の間に流れた。

 

 

「はい……こちらこそ、グラスさん」

 

 

 そういって、ライスシャワーとグラスワンダーはお互いに、年相応の可愛らしい笑みを浮かべたのだった。

 

 

 照明に照らされて、星も見えない夜空の下で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドリームシリーズに激震走る。

 

 

 

 あのWINNERが帰ってきた。

 

 

 それは奇跡か、悪夢か。

 

 

 王者・メジロマックイーンの三連覇を阻んだ、漆黒のステイヤー。

 

 

 極限までそぎ落とした体に、鬼が宿る。

 

 

 

 そのウマ娘の名は…

 

 

 

 

 

(了)

 




ありがとうございました。
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