「うわ……本物みたい……」
2022年11月6日12時20分。サービスが開始されたソードアート・オンラインにログインした僕は、まず初期リスポーン地点である広場からの景色にただただ驚いた。光の当たり方、色合いは現実そのまま、そして広場を彩る小物は木目一つまで丁寧に再現されている。ここが現実世界では無いと理解出来るものは空を覆う天蓋位なもので、それもそういう建築物だ、と言われれば信じていたかもしれない程の出来映えだ。
祖父と仲の良い眼鏡のお兄さんも、家に顔を出す度にVRがすごい、仮想現実が目の前、としきりに話していたがなるほど、あそこまで熱が入るのも分かる気がする。
レクスは、ナーヴギアとソフトをツテで持ってきた眼鏡のお兄さんと、遊ぶ事を後押しした祖父に心の内から感謝した。
立ち尽くしている間にも他のプレイヤーらしき人が続々と現れ、すぐさま活気溢れる場所となる。そんな現実めいたこの世界を早速見て回ろうと近くの露店で地図を買ってから歩き始めるが、最初に入った路地で、数人の男に絡まれてる少女を見つけた。
背丈は僕より低く、顔は幼い典型的な茶髪のロリキャラ。予想するまでもなく彼らはナンパで少女は困っていれば助けようと考えるのは道理である。
「──僕の妹に、何か用ですか?」
少女に絡む数人の男に声をかける。兄妹と言うには些か無理があるかもしれないがキャラメイクで顔を変えれる以上、言った者勝ちだ。果たして数人の男は僕の姿を見るやいなやバツの悪そうな顔をして人混みの中へ去っていく。
「あの…………ありがとうございます」
「いいんですよ。困った時はお互い様ですから」
そう言って微笑むと少女も安心したように笑顔を浮かべた。
「それじゃあ僕はこれで」
「あっ! 待ってください!」
これで解決と踵を返し去ろうとして呼び止められた。何事かと思い振り返ると、少女は申し訳なさそうに俯いて言う。
「えと、実は……私、三回目で……その……」
「……ああ、なるほど」
たどたどしく言葉を並べられるうちに、何が言いたいのか大体理解でき僕は頷く。短時間に三回も男に絡まれるなんて事が起きれば、きっと次もそれほど時間がかからず起きてしまうだろう。恐らくは彼女もそれを予期して不安がってる。それならば……
「それなら、一緒に行きませんか?」
「本当ですか!? ありがとうございます!! 」
かくして、少女と共に行動する事となった。彼女の名前はシリカという。道を歩いてる途中の雑談でわかったことだが、どうやら僕と似た経緯でナーヴギアを手に入れたらしく、オンラインゲームの経験は無いらしい。2人とも初心者なら、しっかりと装備を整えよう、と提案し、武具店にいく事にした。
「いらっしゃいませー!!」
元気よく出迎えてくれたのは店員。見た目から判別できないがNPCだろうか? プレイヤーと仕草が殆ど変わらないのは驚きだ。
シリカを連れて店内に入ると、そこには数多くの武器防具が置いてある。種類としては片手剣、両手槍、短剣、大斧などなど。それぞれ特徴があり、用途によって使い分ける必要がある。
僕が一覧を丁寧に見ている間に、シリカは一つの短剣を選び出した。選んだ理由は小さく、軽いからとのこと。
シリカが短剣なら多少間合いのある武器が良いだろうと思いレクスは手頃な値段の直剣を買い、次に向かう先は……フィールドだ。
フィールドに出てモンスターを狩る。プレゼントされた時に聞かされたこのゲームの醍醐味だ。
しかし、外に出ると時間は既に夕暮れ。
今から狩りをするには遅すぎるため今日はここで終わりにした方がいいだろう。
「ごめんなさい……せっかく付き合ってもらったのに……」
「気にしないでください。それに、明日もまた会えるでしょう?」
「あ……はいっ!」
別れ際にフレンド登録をしてその場は解散となる、はずだったのだが──。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
「ログアウトボタンが無い……」
「え?」
二人してメニュー画面を開き確認するが確かにログアウトの文字がない。
バグだろうか? GMコールは出来るようなので運営に連絡しようにも繋がらない。随分と迷惑な不具合だと、そんな事を考えていると視界中央に警告表示が現れる。
【System Announcement】
そしてその一文を読み上げた瞬間、世界が光に包まれた。次に目を開けるとそこは──始まりの街の中央広場であった。
中央には転移門があり、周囲には多くのプレイヤーが居る。何が起きたかわからない。
そういえば、シリカは何処に行ったんだろう? 辺りを見渡す。するとすぐに見つかった。
「なんでいきなりこんな所に!?」
どうやら彼女も強制転移させられたらしい。周りを見ると他にも大勢の人が居り、ざわついている。
そんな中、空が赤く染まり赤いローブが姿を現した。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
「なんだこれ!?」
「イベントか何か?」
「それよりログアウト出来ないんだけど」
男の言葉を無視して周りのプレイヤーは口々に言い合う。その言葉を聞き流し、男は話を続ける。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
茅場晶彦。その名を知らない者はこのゲームには居ないだろう。彼はこのゲームを作り上げたプログラマーでもありゲームデザイナーでもある。天才の名をほしいままにした人物。そして、メディアへの露出はほとんど避けた謎多き人。そんな人物がなぜ出てきたのだろうか? レクスを含め、彼の名を知っている者全員が同じ疑問を抱く。
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなくソードアート・オンライン本来の仕様である』
その一言に、広場はどよめく。
ログアウトできない。それはつまり、ゲーム内に閉じ込められたという事だ。
『諸君らは今後、この城の頂を極めるまで、自発的にログアウトする事はできない。また、外部の人間の手によるナーヴギアの破壊、あるいは停止もあり得ない。もしそれが試みられた場合……』
そこで一度言葉を切られ、緊張の糸が引っ張られる。辺りのざわつきも静まっていく。そしてざわめきが無くなった頃、再び声が発せられた
『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
「……は?」
一瞬、言っている事の意味が分からなかった。いや、理解を拒んだと言った方が良いだろう。周囲の人々も同じみたいで、口か目を開けて惚けている。どこかから、「信じねぇ」という声も聞こえてくる。
しかし、そんな中でもお構いなしに茅場の会話は続いているが、どうすれば死ぬのか、実際に何人死んだかなど正直言って内容を咀嚼したくなかった。
「最後に、諸君にとってここが現実であるという証拠を見せよう。諸君のストレージにアイテムを送った。確認してくれたまえ」
それを聞いて、自分も含めたプレイヤーたちはメニューを開いた。辺りに鈴の音が鳴り響く。アイテムメニューを開いて、一番上に見えた【手鏡】見覚えのないものだからおそらくこれが茅場の言っていたアイテムなのだろう。しかし、これが何だというんだろうか。
試しに実体化してみる。実体化されたのは持ち手のついた丸鏡、それには自分が丁寧に作った顔があった。しかし、それだけだ。何度見てもその鏡には特別なものが無いように思えたが……
突然、目の前が真っ白に包まれた。視界が2,3秒程光に包まれ、視界が晴れると、鏡には先ほどとは違う顔があった。しかし、それは全く見覚えのないものでもなかった。よく見なれた、現実での素顔である。
「僕だ……僕がいる」
震えた声で呟きながら、僕は自分の頬に触れた。鏡の中の自分もも同じ行動を取っている。どうやらこの変更は本当みたいだ。ふとシリカと一緒だった事を思い出し辺りを見回す。すぐ隣に髪色だけが違う彼女を見つけた。
「あの……もしかして、シリカさん?」
「はいっ? そうですけど……もしかして、レクスさん?」
そうです、と頷いてからレクスは辺りを見回した。どうやら身長も調整されたらしく、全体的な背の高さも変わってしまっているらしい。心做しか、男女比も変わっている。
『これで、現実だと理解出来ただろう。これにてチュートリアルを終了とする。健闘を祈る』
空に浮かんでいたローブは最後の言葉を言い切ると姿を消し、赤くなった空は元の夕焼けに戻った。しかし、誰もがその場をに固まってしまった。受け入れ難い現実を突きつけられ、それを理解出来る形で示されたからだ。かく言う自分も現実を呑み込めてない……
「……帰して、帰してよォー!」
何処かから甲高い叫び声が聞こえた。誰かが耐え切れなくなったんだろう。それを皮切りに、周囲の人間も感情を爆発させた。
「ふざけるな!」
「この後予定があるんだぞ!」
憎しみ、悲しみ、そのほか様々な感情が広場に響く。割れんばかりの怒声、思わず耳を塞いだ。しかし尚声は大きくなる。
「シリカ……着いてきて」
ここから離れたい、ここにいたら頭がおかしくなる。そう思うと咄嗟に彼女の手を掴むと人の間をすり抜けて広場を抜け出した。
そこからのことは、終始無言だった事以外はよく覚えてない。気が付いたらある宿屋の前にいて、これ幸いと中に転がり込んだ。NPCが温かく出迎えてくれるが愛想良く返す余裕も無い。泊まりますと伝えてから部屋をどうすべきか、シリカの顔を見ようと振り向いた所で先程から無言だった彼女が口を開いた。
「一緒の部屋が……良い……」
不安で震えた声、きっと彼女も一人だと不安だろう。店主に一部屋と伝えれば鍵を貰って、個室に入り込むとよろよろとベッドに腰掛けた。シリカも隣に座る。
「これ……夢だよね?」
どのくらいたっただろうか、シリカがぽつりと呟いた。
「ゲームで死ぬなんて、嘘だよね? 全部、演出……だよね?」
口にする言葉は現実の否定、自分もゲームで死ぬなんて信じがたい事だったが、茅場が嘘をついてるようにも思えなかった。
「今は……寝よう、ほら。もしかしたら起きたら元の部屋に戻っているかもしれないよ」
否定は出来ない、かと言って考えた事をそのまま言えばパニックは間違いない。落ち着かせるために頭を撫でて、できるだけ穏やかに聞こえるようゆっくりと囁いた。
「うん、そうだよね……起きたら、元に戻ってる……よね」
コクリとシリカが頷いてからベッドに寝かせ、自分もベッドの中に入る。抱き寄せて優しく背中を撫でて、彼女の寝息が聞こえるまで大丈夫と呟き励ました。
読者の声は一番の励みです。なので感想、評価よろしくお願いします