三日月は鋼鉄城の夢を見る   作:柏槙

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久しぶりに書いた気がしますが少しづつ進むのでよろしくお願いします


始まりはどこまでも楽観的に

 ピピピ、と電子音が鳴り、飛び起きる。慌てて消そうとするが付近に目覚まし時計らしきものは見当たらない。では一体どこから鳴っているのか。耳を澄ませて音源を特定しようとしたが、はいつの間にか消えていた。

 僕はこの不可解な現象に首を傾げた。朝はいつも身体に任せて覚める時に勝手に起きるのだが、何か予定があったのだろうか。いやそもそも聞こえたのが気のせいだったかもしれないと結論を置いておく。

 

 そこまで考えて、ようやく僕は部屋に違和感を抱き始めた。視界にある壁は木の板が並べられただけの木の壁だが、記憶では確か白くのっぺりした壁紙が貼られていたはずである。家具も記憶に食い違う。木の椅子と机だけではなかったはずだし、机の上に蝋燭なんて置いてないはずだ。

 

 僕は反対側を向いてみる。記憶通りなら自室はベッドを挟んで本棚があったはずであるため、その確認だ。

 しかしやはりと言うべきか、本棚はなかった。しかし代わりに、少女が自分と同じベッドで寝ているのを見つけた。

 僕はそこで、ようやく昨日のことを思い出すに至った。昨日、転がり込んだこの宿で、少女──シリカを慰めているうちに自分も寝てしまったのだろう。

 となるとここは、まだゲームの中……という事になるのか。ただ事では無いのは間違いないが、眠っている間に不安も吹き飛んだお陰か、僕の心は落ち着いていた。

 

「んん……あれ……」

 

 色々と考え事をしている内にシリカも起きたようだ。彼女も辺りを見渡すと、ぼんやりと呟く。

 

「……本当だったんだ」

 

「おはよう、シリカ」

 

「おはよう……これから、どうするの?」

 

 か細い声で、彼女は問いかけてきた。何か答えようと思ったその時、くぅとお腹がなる音が聞こえた。それと同時に、腹に空洞を感じる。

 

「まずは、朝食を食べたいから、街で買い物かな」

 

 腹の音が聞かれた恥ずかしさを苦笑いで誤魔化しながら、外出を提案した。

 

 チェックアウトを済ませ、宿の女将さんに礼をして通りに出る。通りは静かだった。昨日と変わらず音楽は聞こえるががらんとしていて、時折NPCが発しているだろう定型文と、プレイヤーが発しているだろう絶叫が遠く響く。そんな街中を歩くと、麦の絵が描かれている看板を見つけた。

 

 パンの原料だから、という安直な推理で店に入ると棚にパンが並べられているのが目に入る。

 ビンゴ。パン屋という予想は的中した。カウンターを挟んで奥にある扉から店員が出てくる。この手の店のお約束と言うべきか、出てきたのは小太りの男で背の高い帽子を被っていた。

 

「いらっしゃいませ。何を買いますか?」

 

 僕はメニューを開いて買えるものを探す。メニューには様々な種のパンがあり、どれも画像付きで表示されている。その中でも目を引いたのは黒パンだった。説明には『人々が一般的に食べるパン』と書かれている。お値段1コル、安物であるのは間違いないが世界観的に主食に位置づけられたフレーバーテキストが興味深く、心をワクワクさせた。

 黒パンを選択して購入ボタンを押す。購入完了を伝えるウィンドウが出たのでメニューごと消す。シリカも買い終えたのかメニューを閉じるところだった。

 

 僕らはパン屋を後にして、近くのベンチに座った。シリカはメニューを開き、指を何回か動かしてアイテムを取り出す。彼女が選んだのはフランスパンを短くした見た目のパンだった。僕もメニューから黒パンを選択して取り出した。

 黒パンは1コルという最安値に関わらずシリカのパンより少しだけ大きい。両手でそれを持って僕は1口かぶりつく。

 麦っぽい何かの味が口の中で広がるが、歯ごたえは固くそれほど宜しく無い。食感は重たく、ガムを噛んでいるみたいだ。小さくならないのもガムっぽい食べ応えに拍車をかけている。しかし、それがいい。これが設定上だとしても一般的な主食なのであると思うと感慨深いものがある。僕はそのまま一つ完食した。

 

 シリカの方を見ると、彼女はちぎって口に運んでいた。あまり美味しいとは思っていないのか眉間にシワを寄せている。しかし手を止める様子はなく、程なくして全部平らげてしまった。

 

「ごちそうさま」

 

 空になった袋を見て、僕は一言つぶやき立ち上がった。

 

「どこに行くの?」

 

「街の外に、行こうと思う」

 

 僕は、彼女に答えながら歩き出す。シリカもそれについてくるが、会話はない。

 

「……ねぇ」

 

 しばらく歩いたところで、シリカが僕の服の裾を摘んで話しかけてきた。

 

「街の外に行くって事は、攻略するんだよね?」

 

「多分、そうだね」

 

 僕はシリカの言葉を肯定する。しかし彼女は浮かない顔で俯いている。

 

「でも……大丈夫? 死ぬかもしれないよ……?」

 

 彼女の言葉を聞いて、僕は足を止めて振り返る。背丈がほど近いおかげで正面から見えるシリカの表情には、不安の他に自分を心配しているようにも見えた。僕は少しでも安心できるよう解かれた彼女の手を握って、まだ十分な形になってない曖昧な言葉を口にする。

 

「確かに……死んじゃう可能性は無くはないど、余程の事が起きない限り死なないと思う、それに……」

 

 僕は言葉を区切り、かぶりを振る。恐らく自分が外に出ようとする理由はこれでは無い。ちゃんとした言葉を伝えるために一度大きく深呼吸をし、自らが相応しい思える言葉を整える。

 

「……何もしないで引きこもるのは、きっとつまらない。折角だから、このゲームを楽しみたいんだ」

 

 僕がそう言うと、シリカは一瞬目を丸くした後、クスリと笑みをこぼす。

 

「……変なの。閉じこめられて、帰れないなんて絶対悪いことなのに」

 

「やってみれば、良い事になるかもしれないよ」

 

「……そっか。ねえ、私もついて行って良い?」

 

 シリカは僕の瞳を見つめてくる。その目には、昨日見たような悲壮さや先程まであった不安は感じられない。

 僕は笑顔を浮かべ、了承の意を伝えた。

 

 通りを行き着く所まで直進すると、門と城壁に辿り着く。僕たちはそこで一旦立ち止まり一層を描いた地図を開いた。現在いる場所は始まりの町の北端。そこから道が幾つか枝分かれしているが、一番近いのは北西にある森を抜けた先に位置するホルンカという名の村らしい。

 

 一先ずはそこを目的地にして、点在する町や村を中継しつつ迷宮区に近いトールバーナへ。それからは迷宮区を探検するかほかの町を巡るか相談する、という事で方針が固まり、衛兵NPCに見送られながら旅路の1歩を踏み出した。

 

 旅の経過は順調だった。突発的な襲撃も無ければ、モンスターの姿すら見当たらない。初めは奇襲に気付けるよう辺りを警戒していたが、こんな肩透かしを喰らっては鼻歌を歌いながら歩けるほどに無防備になるのは仕方の無いことである。

 

「ねえ、あれ見て!」

 

 曖昧ながら頭に残っているサビ達のツギハギが何周かしてきた頃、シリカが草原の1箇所を指さした。見ると青いポリゴン片が集まり、イノシシを形作っているところだった。

 

 青いイノシシ、確かサイトの紹介だとフレンジーボアという、初心者が最初に戦う位置づけのモンスターだったはずだ。そいつが丁度POPする所を僕らが目撃した訳である。

 モンスターが出てくる仕組みを前に感心するよりも先に、僕はある事に関心を向けつつあった。

 

 戦ってみたい。ゲームの一大要素の戦闘を経験したくなったのだ。

 

「……ちょっと寄り道して、戦ってみない?」

 

 シリカは僕の提案に驚いたのか、目を開けて僕とモンスターを交互に見る。そして大丈夫だと思ったのだろう、数秒後にはその顔に笑顔を浮かべていた。

 僕は地面にあった石っころを拾い、シリカは短剣を構える。

 戦う準備が整ってから、ひとつ呼吸を置いて、僕はフレンジーボアに向けて石を投げた。

 

 投げられた石は直線の軌道を描いて狙い違わず命中し、フレンジーボアはこちらに気づいて突進してくる。僕がシリカより前に立ち、背中の剣を抜き放って上段に構える。

 猪突猛進という言葉がある通り、敵はまっすぐ突っ込んできた。僕はタイミングを図るため動きをじっと見つめる。

 

 思ったより、怖い。フレンジーボアの見た目はイノシシそのままで異形ではないのだが、ディテールがとにかく細かい。非現実的な要素と言えば毛並みが青い位で、動きは素早く、牙も鋭そうな輝きを放っている。一度の衝突でHPが0になるとはとても思えないが、目の前にいるフレンジーボアの突進は一撃で相手を絶命させるだろうと感じられる凄みがあった。しかし、このまま怯んではどうしようもない。

 

 僕は覚悟を決め、上段に振り上げていた刃を真っ直ぐ下ろす。しかし、加速して肉の弾丸と化したフレンジーボアを前に剣はあっさりと弾かれ、僕の体は後ろに飛ばされた。

 

「ぐあっ」

 

 そのまま地面に倒れ込み、僕は悶える。HPバーを確認すると、ほんの少しだけ減っていた。

 シリカが慌てて駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「う、うん。大丈夫」

 

 僕は立ち上がり、再び武器を構え直す。今度はシリカも一緒に並んで立った。

 もう一度、深く息を吸って吐く。

 

「行くよ!」

 

 僕はシリカに声をかけてから走り出す。フレンジーボアも呼応するように、再度突撃を敢行する。

 さっきの攻防で普通の斬撃では威力負けすることが分かった。突撃を迎え撃つなら、もっと強い攻撃が必要だ。僕は走る速度を緩め、右手に持った剣を左中段に構え、公式サイトで見たソードスキルの動きを思い出す。刀身が青色のエフェクトに包まれるのを視界の端で捉えた。

 

「せああぁ!!」

 

 僕は叫び、フレンジーボアとすれ違いざまに剣を左から右へ薙ぎ払う。片手直剣カテゴリ単発技《ホリゾンタル》。青い光芒を引いて横一閃に放たれたそれは、突進していたフレンジーボアの頭から胴にかけてを切り裂いた。

 

 今度は突進に撃ち負けることはなく剣は振り抜かれ、青イノシシはノックバックにより数メートル程飛ばされる。

 ブモォッと短く鳴きながら地面を転がり、停止すると脚を天に向けてバタつかせた。

 大きな隙だ。しかし身体が硬直して動けない。

 

「シリカ、トドメ!」

 

「わ、分かった! えいっ!」

 

 シリカは返事と共に走り出し、鮮やかなエフェクトと共に短剣の切っ先をイノシシの頭部に突き出す。ソードスキルを使ったらしいそれはクリティカルヒットとなったのか、赤いダメージエフェクトが散り、イノシシはガラスの破片となって消滅した。

 レベルアップを告げるファンファーレが鳴り響く。戦闘が終わったのを確認した途端、体から力が抜けて尻餅をつく。

 しかし感じていたのは疲労ではなく達成感と満足感だった。

 

 これがVRMMO。

 

 部屋の本棚では決して得られない経験を、今も尚戦いたいと熱望する高揚を噛み締めるように剣柄を強く握る。

 しばらく余韻に浸った後、僕はようやく立ち上がった。

 ふと、シリカの方を見ると、彼女は自分の手をじっと見つめている。その手にはまだフレンジーボアを倒した時の感覚が残っているのだろう。

 

「私、やったんだ……出来た……」

 

 呆然と呟きながらもどこか嬉しそうに見える彼女の姿は、年相応の少女らしさを感じさせるものだった。

 

「ナイスファイト。お疲れ様」

 

 声をかけると、シリカはハッとしたように顔を上げる。そして照れ臭かったのか顔を赤くしながら、ありがとうと答えた。

 

「それじゃあ、改めて出発しようか」

 

「うん!」

 

 元気な声でシリカが答え、僕らはまた歩き出した。

 もう少し歩けば森の入口に着く。目的地のホルンカの村はすぐそこだ。




今回で始まりの日が終了という具合でございます。次回は1ヶ月飛んで攻略会議になるでしょう。
ちなみに、レクスとシリカは同じ12歳である。

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