何かしら実のある議論は何一つ無かった会議だが、それでも士気向上には多大な貢献を与えた様で、会議から1日もしない内にボス部屋が発見され、再び招集された。
今回の会議ではフロアボスの情報共有、そしてそれに基づいたパーティー編成と役割分担、作戦を話し合われる。会議は例によってディアベルの開始の音頭と情報共有から始まった。
ボスの名は《イルファング・ザ・コボルドロード》、得物は斧とバックラー、そしてHPが低くなると腰に携えたタルワールに切り替えてソードスキルを使ってくるようになる。
タルワールと言えば、向こうの世界で見た時のことを思い出す。博物館で刀剣フェアがやっているからと連れられ、祖父は剣の如何に素晴らしきかを嬉々として語っていた。
他にも注意すべき攻撃パターン、戦闘中の立ち回り方など細々としたことまで情報共有は続く。
どうしてこれ程細かくボスを知れたかと言うと、ボス部屋が発見されたという一報から数時間後、NPCショップに1冊の本が配布されたからだ。
アインクラッド攻略本と題されたその本では【βテスト時のデータであり変更されている可能性があります】という注意書きと共にボスの情報が克明に記されていた。
情報の出処は言うまでもなく察しがつく。攻略本に目を通したプレイヤー達はその代表とも言える茶髪の少年を見やった。
「……この情報に間違いは無いかい?」
ディアベルがみんなの内心を代弁するかのようにルブリスに問う。
「うん、β時の情報で間違いないよ」
「……そうか、ならいいんだ」
少し間を置いて、彼は続ける。
「みんな、今はこの情報に感謝しよう! この情報のおかげで2、3日かかるはずだった偵察戦が省略できるんだ。いちばん死人が出る可能性があるのが偵察戦だから、すっげー有難いよ!」
確かにそうだ。何も知らないまま戦うことになれば少なくない被害を被っていただろう。彼の熱弁にキバオウも頷いている。
「情報によると、ボスの数値的なステータスはそこまでヤバくない。もしこれがデスゲームじゃなければ、平均レベルが3低くても充分倒せてたと思う。ちゃんと戦術組んで回復薬いっぱい持ち込めば犠牲を出さずに倒せるはず……いや、ナイトの名にかけて、誰も死なせない!」
彼がそう言い終えると同時に歓声が上がる。それを静めるようにディアベルが手を叩いた。
「じゃあとりあえず、仮で良いからそれぞれパーティを作ってくれ」
ディアベルの一言で各々が動き出す。僕はというと、当然のようにシリカと共に組むことにした。パーティというシステム的な括りの最大人数は7、あと5人誘う必要があるが、ここに来て問題が発生した。
組む相手がいないのだ。いや正確に言えば始まりの街から連れ添っているシリカが居るのだが、僕とシリカ以外には誰もいない。この世界での知り合いなどそう多くは無いし、知り合いの殆どは情報屋、もしくは会議には間に合わなかったプレイヤー達で、この場にいる攻略プレイヤーとの面識は無いに等しい。
初対面でも組んでくれる人がいるかもしれない。そう思い辺りを見渡すも他の攻略メンバーはもう既に決まったようで、6人の塊が幾つか作ってしまっている。
シリカの方を見ると少し困ったような表情をしている。
「どうしよう……」
「うーん……まぁ何とかなるよ! きっと!」
根拠のない励ましをしつつ、内心焦る。何とかなると言っても既にメンバーが固まりつつあるこの状況では余りにも分が悪い。
一旦パーティ解消してお互い別のパーティーのお世話になるか? いやしかし孤立するのはそれはそれで危ない気がする。そんな事を考えながら悩んでいると、突然後ろから声をかけられた。
「なぁ君たち」
振り向くとそこには僕らと同じ二人組のプレイヤーが立っていた。シリカはびっくりしたのか僕の傍にひっつく。声をかけた片方は茶髪、穏やかな顔つきの少年。もう片方は紫の髪色をした少女。昨日キバオウと言い争いかけた二人組だ。名前は確かルブリスとユウキだったはず。
「良かったら俺たちと組まないか?」
茶髪の少年ルブリスが人懐っこい笑顔を浮かべて言った。断る理由も無いので了承すると、彼はまた笑みを深めた。そして隣にいる少女、ユウキに視線を向けると彼女は小さく微笑んだ。
「よろしくね」
「うん、こちらこそよろしくお願いします」
そう言って握手を交わす。これでメンバーは4人。余りものを寄せ集めたにしては上出来な集まりだが、欲を言えばあと2人、人が欲しい。
「パーティーメンバーは、これで決まりなの?」
僕はルブリスに尋ねる。彼なら顔見知りも多いだろうし、何か知ってるかと思ったからだ。僕の質問に対し彼は首を横に振って答えた。
「いいや、まだだよ。ただ──―」
そこまで言うと彼は不意に言葉を切った。不思議に思って見ていると、彼はある方向を向いていた。彼の目線を追うと、そこには黒髪の男と、フードを被った人物がいた。なるほど人のアテはあるということか。
「おーい、そこのお兄さん達。俺らと組まないか?」
手を振りつつ大声で呼びかけると、男達2人は此方に気付いたのか近づいてきた。背丈は僕らからして頭一つ抜けているが、黒髪黒服の方の顔に大人のような細さは感じられない。同年代の年上といった感じだろうか。一方でフードを被った人物は顔が隠れて性別もよく分からない。
「ありがとう。人が見つからなくて困ってたんだ」
「パーティー申請はこっちから送るよ」
黒髪の男、ルブリスの順で短い会話が交わされた後彼らはメニューウインドウを操作し始めた。僕らもそれに倣いメニューを操作してパーティー申請を行う。少しして受理された旨が表示され、右上に表示されていたHPバーの下に文字とやや小さい緑色のバーが5つ追加される。これが彼らの人数を表しているようだ。
「一応自己紹介をしておこう。俺はルブリスで、隣にいる女の子がユウキだ。短い間だけどよろしく」
「よろしくねー!」
ルブリスがそう名乗ると紫髪の少女が元気よく挨拶をする。それに続いて僕たちも順に名前を名乗った。
「僕はレクスです。隣にいるのは……」
「私はシリカです。えっと、その。よろしくお願いしますっ!」
シリカは緊張しているようで、少し言葉が詰まっていたがそれでもしっかりとした口調で言いきった。
「俺はキリト。よろしくな」
「……アスナよ。しばらくの間、よろしく」
続いて黒髪の男性が名乗り、最後にフードを被った人物が名乗った。アスナと名乗った声は女性らしく、高く澄んでいた。これでパーティーメンバーは6人、周囲の様子からして上手く均等に別れたようだった。
ディアベルは出来上がった6人パーティー7つを検分し、それぞれに呼称と役目を与えた。比較的重装備のA、B隊にはタンクを、CからEまでの隊は前衛でのアタッカー、そして長槍やら斧槍が中心のF隊とG隊は行動阻害による支援だ。
僕たちはと言うとディアベルが僕達の前で考え込む素振りを見せた後、役割が与えらた。
「君たちH隊は一歩引いた位置で取り巻きのコボルド達の相手に徹して貰えるかな。隊のリーダーは……そうだな、ルブリス君、頼めるかな?」
「はい、任せてください」
「君たちの隊は作戦の要だ。頼りにしているよ」
リーダーに指名されたルブリスは短く返す。するとやり取りを聞いていたアスナが不満気に口を開いた。
「何が作戦の要よ。ボスに一回も攻撃出来ないじゃない」
彼女は苛立ちを隠そうとせず、吐き捨てる様に言った。確かに彼女の言う通りこの部隊の役割はあくまで露払いであり、花形と言われても程遠い。恐らく彼女はそれを踏まえた上での発言だろうが、無視したら揉め事になるかも知れない。規律が乱れるのは見過ごせないので、口を挟むことにした。
「あの、ちょっと……」
しかし僕が言葉を言い切るより先にキリトがアスナに話しかけた。
「急造パーティーじゃ上手く連携取れないから仕方ないだろ。POTローテとかスイッチのタイミングも合わせる時間も足りないし」
「POT……ローテ?」
2人のやり取りを聞いてるうち、聞き慣れない単語が出てきて繰り返ししてしまう。アスナも言葉の意味を図りかねているようで釈然としない表情を浮かべて首を傾げていた。そんな僕らの様子を見てルブリスは困惑気味に質問する。
「……もしかして二人とも知らない?」
僕らは同時に頷いた。それを見て彼は額に手を当てると俯きかぶりを振った。何かまずいことを言ってしまったのだろうか? 不安になって少し離れた場所にいるシリカを見るが彼女も困った顔で首を横に振るだけだった。
「……会議が終わったら説明するよ。全部話すと長くなる」
そう言うと彼は前方に向き直った。僕も視線を戻すと丁度ディアベルが手を叩いて注目を集めようとしていたところだったので慌てて背筋を伸ばし、話を聞く体勢に入るのだった。
会議は明日ボスと戦う際の戦略の話し合いが中心となった。取り巻きとの戦いが仕事となる僕らには直接関係の無いことだが、どうやら縦切りをしがちな敵の攻撃傾向を逆手にとって周囲を取り囲むらしい。
「最後に、経験値やコルは自動分配、ドロップアイテムはドロップした人の物とする。解散!」
ディアベルがそう締めくくると各々が立ち上がり、それぞれ組んだパーティーでレストランや酒場に吸い込まれていった。僕らもそんな彼らに倣うように集まる。アスナが、ルブリスに質問を投げかける。
「それで説明って、どこでするの?」
「あぁ、どこでも良いし酒場で……と言いたいんだけど、空いて無さそうなんだよな」
ルブリスが苦笑いしながら答えると、アスナは呆れたようにため息をつく。
「じゃあ、どこでするのよ」
「それはー……」
良い選択肢が浮かばなかったのだろう、ルブリスが言葉を詰まらせていると、キリトが一つ提案をした
「それなら、俺の泊まってる部屋を使って良いぞ」
「それは助かる、ありがとうキリト!」
キリトの提案に礼を言うルブリス。しかし、僕はこの提案が良いとは思えなかった。この町の宿と言えば、広くても7畳あるかどうかという空間、ベッドも一つだけ。それに予約も多く二人で一部屋を借りなければならないような場所だ。
そんな状況で6人集まっても落ち着ける部屋なんてあっても借りれるのだろうか? 僕はその疑問をぶつける。
「待ってよ、そんな良い部屋空いてるの?」
「そうか? 探せば結構あると思うぞ」
僕の言葉をキリトはあっけらかんと否定する。
僕は更に食い下がる。
「いや、でも……街の三軒ある宿屋、全部見たけど殆ど埋まってたよ?二部屋も借りれた事も無い」
「ああ……なるほど。【INN】の看板が出てる店しかチェックしてないのか」
「え……?」
予想外の答えに聞き返すと、キリトは少し笑って言葉を続ける。
「あの看板は、低層じゃ取り敢えず泊まれる店って意味なんだよ。少し割高になるけど、コルを払って借りられる部屋は、宿屋以外にも結構あるんだ」
「へえー……」
「知らなかった……」
僕とアスナは感嘆の声を漏らす。それを聞いたキリトは得意げな顔をする。
「俺がこの町で借りてるのは、農家の二階で一晩80コルなんだけど、部屋は二つあって、ミルク飲み放題のおまけ付き、それにお風呂までついて……」
キリトが自慢げに語っている中、女性陣の目がにわかに輝いた。
「い、今なんて──」
「お風呂、お風呂って言いましたよね!」
「ねえ、もしかして入れるの!?」
アスナ、シリカ、ユウキの順に質問がキリトに殺到する。思いもよらぬ質問攻めにキリトは困惑していたが、パーティー会議の場所はキリトの宿から変わることは無いだろう。
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