『救界』とかどうでもいいから彼女を推したい   作:シティー

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邂逅

 

 

 

 

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 フードの男の詠唱は、寸分狂いなく紡がれる。

 詠唱が一節終わるたび、床に描かれた魔法陣は輝きを増していった。

 荒れ狂う魔力は男を襲うが、男はそれに獰猛たる笑みを持って返した。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻ときを破却する」

 

 異世界の地獄、冬木の魔術師が構築した最高にして最恐の術式は、対象者の魔力を喰らって『座』の英霊を呼び寄せる。

 

「――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処ここに。

我は常世総すべての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷しく者」

 

 男は、貼り付けていた笑みを更に深める。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚とらわれし者。我はその鎖を手繰る者――。」

 

 それは、意図的に狂戦士を呼び出すための追加詠唱。

 言語理解や冷静な思考を引き換えに、強靭な身体能力を獲得するバーサーカー。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 こうして、"彼"は顕現した。

 冷酷な眼、赤がこびりついた魔槍、百足のような鋭い外骨格。

 見るもの全てを戦慄させる禍々しさを有する彼は、どうでもいいようにマスターを見つめて問うた。

 

「サーヴァント、バーサーカー。召喚に応じ参上した。……鏖殺を望むか?」

 

 神代の英雄が『暗黒期』に脚を踏み入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、なんだ、今のは……!」

 

 白装束を数十人昏倒させた俺は、頬についた血を拭ったところで突然の悪寒に震える。

 そう遠くない所で、何かが生まれた。

 オラリオの盤面を片手でひっくり返してしまうような、頑強で獰猛な何かが。

 微かに魔力の乱れ感じた方角に意識を傾けるが、それ以降は何の動きも現れなかった。

 

「気のせい、なのか……?」

 

 止まらない冷や汗と警鐘を無視して、とりあえず首根っこを掴んでいる白装束に当初の目的を果たす。

 

「お前は本当に知らないんだな?」

「ひぃぃ! 知らないです! 俺は下っ端で、碌な情報も回ってこなくて……」

「あぁ、もういい。じゃあな」

「あがっ!」

 

 弁明をしていた最後の白装束を、木刀を振りかぶって意識を刈り取った。

 時は明朝、居候先の団長を泣く泣く拒絶した俺は軽い睡眠をとって闇派閥(イヴィルス)の拠点に繰り出していた。もちろん、【アストレア・ファミリア】の誰にも言っていない。

 別に早朝から襲撃する必要はないのだが、感情的にずっとホームに留まるのは罪悪感があった。

 

「『星屑の庭』は聖域だから、長居すると気が引ける」

 

 推しがいる、それすなわち聖域なり。

 もちろん、アリーゼ以外の団員によく思われていないため、敢えて避けるようにしている所もある。

 昨夜待ってくれていただけでも心臓が破裂しそうだったのに、朝からアリーゼを眺めたときには鼻血のせいで仮面内で溺死するだろう。

 

「そういえば、昨日は風呂上がりの姿だったな……やめよう、ものすごく気持ちが悪い」

 

 軽く自身の頬を殴り、気色悪い思考を打ち切る。

 風呂上がりから連想して仕舞えば、俺は引き返せないところまでいってしまう気がする。

 この内情がバレれば【アストレア・ファミリア】には本格的に距離を置かれるのに加え、使命も果たせなくなる。

 気持ちを切り替えて、襲撃の本当の意図を思い出す。

 拠点の襲撃は初めてでなく、オラリオに足を踏み入れてから行っていることだ。

 その目的はただ一つ。

 

「【静寂】と【暴喰】の情報は依然として皆無か、やはり一筋縄ではいかないな」

 

 真の意味で自由を得るための誓約……【静寂】、【暴喰】、【アストレア・ファミリア】の生存は一人でも欠けてはならない。

 【静寂】と【暴喰】は闇派閥(イヴィルス)と対抗する秩序側には属しておらず、ギルドが伏兵を温存している気配もない。

 故にその二人は闇派閥(イヴィルス)側にいると当たりをつけたが、下っ端どもは二人どころか、誰が首謀者さえも知らなかった。

 

「知らない間に二人が死ぬ、なんてことは避けたい」

 

 俺が倒すべき相手は、女神の敵であり『救界(マキア)』の阻止を目論む者。

 『救界(マキア)』の阻止を進めるには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何故、彼女たちの死が敵の計画に必要なのかは分からないが、絶対に殺させはしない。

 思考を回していると拠点の入り口の方から二人の足音が響く。

 戦闘態勢は解かずに其方に目を向けると、拍手をしながら歩いてくる男神とげっそりした顔の女性が見える。

 

「いやぁ、壮観だ。さすがは期待の新星たる【妖梟】と言ったところだね」

「惨状を見る限り急所を確実に木刀で突き、一撃で昏倒させた……つくづく仲間で良かったと痛感しますね」

「……伝令神、アンドロメダ。盗み聞きとは趣味が悪いな」

「その割には驚いてないようだね」

 

 山吹色の髪型にヘラヘラ顔を浮かべる超常存在(デウスデア)……神ヘルメスは眷属を連れてラクスの元に近寄る。

 盗み聞きを隠そうともしないヘルメスは、探るような鋭い視線を向けてきた。

 

「拠点の情報を提供しているのはお前たちだからな。ある程度の予想はつく」

 

 そもそも、なぜ毎日拠点を襲撃できるのか。答えは【ヘルメス・ファミリア】が逐一拠点の場所を教えてくれるからだ。

 諜報を司る【ヘルメス・ファミリア】は拠点の処理を俺に任せ、危険な橋を渡らせている。

 俺は闇派閥(イヴィルス)に用があるのでお互い『win-win』の関係を築いている……はずだ。

 降参するように手を挙げるヘルメスは続けて問いかける。

 

「君が呟いていた【静寂】と【暴喰】、かの英傑たちの情報が欲しいのかい?」

「……あぁ、その二人を探している」

 

 一瞬だけ正直に話すのを躊躇ったが、ギリシャの神を相手に交渉することの難しさは()()()()()知っている。

 故に素直に打ち明けたがヘルメスは瞳をさらに細め、警戒を強めた視線で俺を射抜く。

 

「【静寂】と【暴喰】はかつての最強派閥(ゼウスとヘラ)に所属していた冒険者だ。その実力は【猛者】をも超えるレベル7、特に【静寂】は才能に愛された女として恐れられていたよ」

「……」

「それで、そんな彼らに会いたいとは、どういう目的だい?」

 

 ジリジリと滲みよる神の目は、嘘偽りを許さない。

 言い逃れなどさせないという意志を神威まで発して主張するヘルメスに、冷や汗が止まらない。

 

(【静寂】と【暴喰】がそんな大物なんて聞いてねぇぞあのクソ女神……!)

 

 恩神ではあるが、それは置いておき大事なことをすっ飛ばす女神に殺意を募らせる。

 頭の片隅で『ごめんね☆』とあざとく両手を合わせて謝罪をする女神が見えたが、生憎それにドキドキするほどの頭の悪い感性は持ち合わせていない。

 

「それで、だんまりかい?」

「……その二人と面識はない。ただ、ある人から伝言を預かっているだけだ」

「嘘は言っていない、か」

 

 ヘルメスは神のみが持つ権能を使い、俺の言葉が紛い物ではないことを見抜く。

 しかし、下界には道化のパルゥムのように神をも簡単に欺く存在がいる。

 もっと深く聞き出そうとして、ヘルメスは少年が自身の後ろを指差していることに気づいた。

 

「神威を上げすぎだ。これ以上はレベル3(アンドロメダ)の体調を害するぞ」

「うぅ、ヘルメス、様……」

 

 後ろには青白い顔をしながら膝を笑わせている眷属の姿があった。

 口元も押さえており、今にも倒れそうな状態だ。

 

眷属()の健康管理は主神(おや)の義務だろう。一旦この場はお開きにすることを薦めるが?」

「……なるほど、これは一杯食わされた。大事なアスフィに免じて終わりにしようか」

 

 その言葉を聞き、足速に拠点の出口へと向かっていく。

 白装束の後片付けは【ヘルメス・ファミリア】の仕事であり、これ以降俺が行う仕事はない。

 すれ違いざま、ヘルメスは眷属を支えながら鋭く言葉を発した。

 

「君の周りは、君の行動次第で一瞬にして敵に回ることを覚えておきたまえ」

 

 逡巡して、微かに立ち止まる。

 そんな事はとうの昔から決意していた、後ろから刺される展開など何回も想定している。

 ただ、一瞬の動揺を見せてしまったのは、

 

(ローヴェルはどっち側につくのか……いや、敵側に決まっているか)

 

 昨夜の拒絶が、まだ記憶に新しかっただろう。

 ヘルメスは怪訝な表情を向けるが、俺は小さな笑みを浮かべるだけだった。

 

「――あぁ、肝に銘じておく」

 

 最後まで伝令神の警戒を緩ませず、ラクスは曇天の空の下へと一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁん!! 俺の444ヴァリスがぁぁ!! 誰か取り返してぇぇぇ!!!」

「しょっぼ」

 

 血生臭い拠点から出て街に繰り出したラクスは、眼前の光景を冷めた目で見つめている。

 その手には朝食として露店から購入したジャガ丸くんが握られており、裏路地で食べようとしたところで情けない悲鳴が聞こえてきた。

 髪が一部脱色している弱そうな男神が泣き叫び、ボロい装備をつけた冒険者の男がニヤリと笑い、知り合いの少女二人が男を追いかけている。

 ラクスが少女のうちの片割れを見た瞬間、動きを止めたが、その理由は本人にしかわからない。

 ラクスは素早く状況を理解し、最適解を一秒も経たずに導き出した。

 

「おい! どけ、クソガキ……っ、げぶっ!」

「……なんか、すまん」

 

 ラクスはジャガ丸くんの封を閉じ、向かってきた暴漢に対し足を引っ掛けた。

 バネのように飛んだ男は頭から地面にダイブし、濃密な接吻を泥と交わす。

 逃げていた勢いも相まってえげつない音を立てながら顔を擦っていく男は、滑稽で可哀想だった。

 あまりの惨状にアリーゼとリューだけでなく、助けに入ろうとしてたアーディも引いている。

 

「もうちょっと優しいやり方があったんじゃないかなぁ……」

「手を使わないやり方がこれ以外に思いつかなかった」

 

 泥まみれの男は涙目になりながらも立ち上がり、リューたちと口論を始める。

 ラクスは男のことなどどうでもいいため、それからの事の顛末は無言で眺めていた。

 公平性の面から裁くことを進言するリューと、反省の意思が充分に見られるなら無罪放免にするアーディ。

 正義という不明瞭な概念に対する一種の論争であったが、ラクスには茶番のようにしか思えなかった。

 結果、アーディのジャガ丸くんを得て男は罰を逃れたのであった。

 

「さて、食うか」

「ちょっと待ちなさーい! 今日こそ、朝早くにどこ行ってるか教えて貰うんだから!」

「っ……まじか」

「どうしたの?」

 

 仮面を脱いでジャガ丸くんを食べるため、裏路地に入ろうとしたラクスにアリーゼが静止をかけた。

 ラクスは昨夜のこともあり、話しかけてくることはないだろうとあたりをつけていたが、予想外の行動に面食らう。

 微かに少年の肩が打ち震えているのは、彼の心情を如実に表しているからだろう。

 

「さぁ、超絶美少女お姉さんに全て言うのよ! 安心して、私は全て包み込んであげるわ!」

「ただの散歩だ」

「絶対嘘ね。ラクスのオーラが戦闘後みたいにギラギラだもん」

「その雰囲気で散歩は無理があると私も思うなぁ……」

「うるさいぞヴァルマ妹」

「アーディって呼んでよ!」

「はははは! 正義の冒険者たちはみんな元気だねぇ」

 

 突如話に割り込んできた男神に、傍観を貫いていたリューも含めて四人の視線が突き刺さった。

 気弱そうな笑みと、手入れのされていないもっさらとした黒髪。

 前髪の一部は色が抜け落ちたかのように、灰色を帯びている。

 神とは思えないほど弱々しい男神であった。

 

「いやぁ、本当にすごい。あっという間に財布を取り返してくれて助かったよ」

「……この時期に一人で出歩くとは、随分と腕に自信があるのか?」

「まさか、俺は武神(タケミカヅチ)みたいな技能はないよ。君と同じでただの散歩さ」

「……」

「俺の名前はエレン。繰り返すようだけど、お見事。本当に見事だ」

 

『暗黒期』という現状を加味した上でのラクスの問いは、神エレンを案じているように聞こえた。

 全知零能の神が一柱消えてもおかしくない状況で出歩くのは、自由神といえども度が過ぎる。

 何よりラクスが瞬時に感じた違和感の正体、それは――

 

(――この神、伝令神やあのクソ女神と同じギリシャ神だ)

 

 纏う神威(オーラ)、神格の高さ、何よりギリシャ特有の胡散臭さ。

 神はロクでもない者が多数だが、その中でも常識を逸しているのがギリシャ神。アストレアのような善神は極めて稀であり、ほとんどが腹中に隠し事をしている。

 ヘルメスは言わずともがな、ラクスが思い浮かべる女神はギリシャ最悪の一人だろう。

 リューにちょっかいをかける神エレンを脇目にラクスは思考を整えた。

 

(尾けるか)

「……と、もうこんな時間だし、そろそろ行かせてもらうよ」

「やはり一人は危険です。お付きの眷属もいらっしゃらないようですし、せめて送迎を……」

「大丈夫だって。じゃあ――またね」

 

 軽く片手を上げ、飄々とした印象を最後まで崩さず、エレンは去っていった。

 石畳に伸びる影が遠くなっているのを確認して、ラクスは一歩を踏み出す。

 

「ローヴェル、このジャガ丸くんをお前にやる。俺は用事ができた」

「あっ、分かったわ……って、結局出歩いてた理由聞いてないんだけど!?」

「今日も深夜に戻る」

「安定の無視ね!」

「じゃあな」

 

 アリーゼに一言声をかけ、ラクスは神エレンが消えていった方に向かって行った。

 

 

 

「初めて、じゃあなって言ってくれた……」

 

 残された三名のうち、赤髪の少女はほんの少し少年が心を開いてくれたと思い、その美しい顔を破顔させたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、教会……」

 

 胡散臭さ満点のエレンを尾行した結果、かの男神はボロボロの廃教会に入っていった。

 ファミリアのホームと言うにはボロく、闇派閥(イヴィルス)の拠点とも言い難い形容である。

 念のため既に木刀は顕現させている。

 

「考えすぎたか……?」

 

 神エレンが闇派閥(イヴィルス)に与する邪神の可能性を加味して尾行したが、蓋を開けてみればただの貧乏神。所持金444ヴァリスは本当だったのかもしれない。

 あわよくば【静寂】たちの情報に繋がるかもという淡い幻想を抱いていたが、見当ハズレだったようだ。

 しかし、このまま何の収穫もなしでは終われない。

 

「中を覗いてみるか」

 

 ラクスは様子を伺っていた物陰から教会の方へと足を進めようとした瞬間――

 

 

「何をしている、小僧」

 

 

 ――世界が死んだ。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

「聞こえなかったか? ここで何をしている、小僧」

 

 それは、単純な疑問だった。

 文面だけで見れば、おかしい事は一つも言っていない。

 ただ、言葉を発した男が問題であった。

 全てを呑み込む獰猛な眼。

 全てを喰らい尽くす凶暴な犬歯。

 そして、何より問題であったのが、禍々しくも神々しい男の槍。

 精神の弱い者であれば見ただけで泡を吹く、至高にして最悪の凶槍。

 比喩ではなく、全て事実だ。

 断言できる、この男は、【猛者】さえも超える強者である。

 その上、疑問として挙げられる点はまだある。

 

(いつ、俺の背後をとった?)

 

 レベル5のポテンシャルを持つラクスは、オラリオに来てから背後を取られたことはなかった。

 油断していたわけでもない。

 ただ、そよ風のように、ラクスを余裕で覆い尽くす巨躯が()()()()

 内在する『セイバー』の経験も告げている……奴は上位英霊レベルの強さだと。

 思考が静まらないなか、ラクスは男の疑問に応える。

 

「……散歩のついでにボロい教会が見えたからな。興味本位で立ち寄ろうとしただけだ」

「こんな裏路地を散歩とは、随分と洒落た道を歩くものだな」

 

 ラクスは、声が震えないよう努めるのに必死であった。

 槍を構えられたわけでもなく、敵意さえも見えていない。

 ただ、ラクスの奥底にある生物的欲求……生存本能がこれでもかと警鐘を鳴らす。

 

(こいつ、今朝の闇派閥(イヴィルス)の拠点で感じた寒気と同義、何者なんだ……!)

 

 沈黙が場を支配する。

 側から見れば、その光景は処刑人と罪人の構図のようであった。

 罪人は何とかして言葉を捻り出そうとするが、声帯が音を通さない。

 

 

「……小僧、『サーヴァント』という言葉に聞き覚えはあるか?」

「――――――――ぅ」

 

 

 反射的に応えようとして、舌を噛み切った。

 仮面をつけているのもあり、男に動揺は気取られていない。

 男が発した言葉……『サーヴァント』というのは元来、この世界では存在しないはずの言葉。

 クソ女神によって叩き込まれた、異世界の知識。

 よって、導き出されることはただ一つ。

 

(――こいつが、クソ女神の敵の一派にして、ローヴェルたちを未来で殺害する存在)

 

 思いもよらぬ場面で最大の敵である存在に、ラクスは相対した。

 倒さなければならない存在の脅威の高さ、殺意の密度に来なければよかったと後悔する。

 いつでも木刀に手をかけられる姿勢に変え、質問に応えた。

 

「聞き覚えのない言葉だな。冒険者の二つ名か?」

「……いや、もういい」

「え…………ッ!」

 

 ガキンッと鈍い音が耳元で叫んだ。

 ラクスの木刀が男の凶槍を防いだ音であった。否、防いでなどいない。

『セイバー』の経験から得た勘を信じて防御をした結果、守りきれなかった衝撃に吹き飛ばされる。

 意図せず教会の出入り口あたりに突っ込むが、すぐに姿勢を反転させ、体の重心を整える。

 

「何のつもりだ?」

「身のこなし、間合いの取り方、微かに魔力を感じる木刀……お前は戦う者だろう。武人と武人が相対したのであれば槍を構える理由など必要ない」

「……狂ってる」

 

 腹の底から沸々と湧く恐怖を押し込みながら、辺りに目線を向ける。

 背後にはエレンが居る教会、今の衝撃で何らかの異変を察知するだろうが、好き好んで戦場には出てこないと思われる。

 入り組んだ路地のため逃げ道はたくさんあるが、眼前の槍兵がそれを許す未来が見えない。

 背を向けた瞬間、心臓を抉られて終わりだろう。

 煩わしそうに凶槍を構える男は、フンと鼻を鳴らして告げる。

 

「さぁ、行くぞ」

「くそが……!」

 

 木刀を強く握り、勝ち目のない戦いに身を投じようとすると、

 

 

「お前たちも妹の愛した場所(此処)を汚すか?」

 

 

 凛とした声が響き渡るのであった。

 

(次はなんだよ……!?)

 

 弾かれたようにラクスは声の方向に目を向ける。

 教会の入り口に佇んでいるのは、灰髪の女だった。

 喪服のような真っ黒なドレスに、この世の雑音を拒絶する閉じた目、女神にも匹敵する人世離れした美貌。特筆すべき点はたくさんあるが、それ以上に印象的なのは女のオーラだ。

『女帝』という言葉がぴったりな威圧感、静かに佇んでいるだけなのにヒシヒシと伝わる存在感。

 確実に言えることは、この女はオラリオ有数の強者の一人であること。

 

「貴様も入るか? 俺は二人がかりでも構わん、凶槍の鯖にしてくれる」

「雑音がよく吠える。此処でお前のような狂犬と闘うはずがないだろう」

「ふっ、俺を犬扱いか。面白い」

 

 濃密な殺意を孕んだオーラがぶつかり合う。

 比喩ではなく一度目が合えば地面が抉られ、小さな竜巻が起こる。

 白装束たちとの小競り合いとは違う、本物の殺し合いが今から始まろうとしている。

 

(早々に切り札の一つを切るしかないか……?)

 

 出来れば【静寂】と【暴喰】の二人に接見してからが理想だったが、敵の本命が現れたとなればクソ女神から貰った切り札を使ってもいいだろう。

 いつか必ず倒さなくてはならない相手だ。

 灰髪の女というもう一人の化け物がおり、一対一でない分、負担は少ない。

 覚悟を決めて、仮面を取り払った。

 

「【慟哭はなく、憐憫は訪れず、我が命運は定まりし。其は罪禍の表顕にして、堕落の始末】」

「「っ!」」

 

 凶王と魔道士は激しい魔力の高まりに一斉に少年の方を向いた。

 仮面を取り外した瞬間、飛来した不快感は少年を見ることで一気に消えた。

 美しいエルフの顔は、眼から流れる血液によって汚れている。苦痛に歪む顔と相まって、痛々しさが魔導師の胸をわずかに削った。

 何より注目すべきは魔力の質、まるで()()()()()のような禍々しさに、二人は警戒を強める。

 一見、満身創痍だと思われるが、歴戦の戦士である二人は感じ取っていた。

 

「ほう、ただのガキかと思っていたが、まさか大物だったとは」

「パルゥムではない、その歳でそこまでの技能を……私以上の才能か。いや、違う、これは後天的ではなく、もっと生まれつきの……」

 

 凶王は魔道士に向けていた槍の切っ先をわずかに逸らし、少年にも対応できるよう持ち変える。

 魔道士は教会付近での戦闘の嫌気が吹き飛ぶほど、集中して戦いに臨む。

 少年は体内を暴れ回る魔力に高揚感を覚えながら、吐血しそうになったの必死に飲み込んだ。

 真っ黒な瘴気が、少年の身体に纏わりつく。

 詠唱の最後の一節を紡ぎ終わる直前、少年は眼前の強者たちをもう一度睨んだ。

 

「行くぞ……!」

「「来い」」

 

『暗黒期』最初の大きな戦いが巻き起ころうとして、

 

「ち、ちょっと待ってくれえ〜」

 

 情けない男の声が響いた。

 

「今度は何だ!」

「ひいっ、そんなに怒らないでくれ。僕はただ、そこの狂犬を呼びにきただけなんだ」

「……ちっ」

 

 メガネをかけた、学者風の男が凶王へと向かっていく。

 凶王の不機嫌さをもろともしない豪胆さに驚くが、学者風の男に特別な力を感じない。

 それどころか、一切の強さを感じ取れない。

 ある結論に至ったとき、灰髪の女も同じことも呟く。

 

「神、か」

「おお! その通り、僕の名前はコイオス。今回は僕の従者が迷惑をかけてごめんね〜」

「そいつが、従者だと……?」

「そうそう。僕の大事な部下さ」

 

 獰猛な槍兵が、この貧弱な男神に膝をつくイメージが全く想像できない。

 灰髪の女も同じ気持ちなのか、コイオスに怪訝な視線を向けている。

 コイオスはそれらの視線を振り切って槍兵を叱る。槍兵は聞き流しているが、矛を収める気にはなったようだ。

 

「今日はもう帰るよ。()()()()()()()()なんだから」

「……了解した」

(本番……?)

「それじゃ、少年と貴婦人、縁があったらまた会おう!」

 

 言いたいことを言って、神コイオスと槍兵は去っていった。

 残されたのは詠唱を中断し、既に仮面を着けている少年と、未だ戦闘態勢を解かない女である。

 少年は木刀をスキルで虚空に消し、戦闘の意志がないことを示しつつ女に話しかける。

 

「元凶の男は去った。これ以上俺たちで争う理由は無いと思うが、まだやる気か?」

「……そうだな。此処で騒ぐのは本望ではない」

 

 女は興味を失い、教会へと戻ろうとする。

 呆気なく終戦を迎えたことに拍子抜けするが、このままでは終わらないと思い、女に待ったをかける。

 

「お前は何者だ? お前の実力は並の冒険者とかけ離れている。こちら側の人間で灰髪の女を今まで見たことがない」

 

 あの殺気を真正面から打ち破った時点で、第一級冒険者ほどの実力を持つことは分かった。

 しかし、秩序側では女のような人物に心当たりはなく、闇派閥(イヴィルス)に所属している噂もない。

 女は振り返り、小さく笑って、言った。

 

「お前が信念を貫くならば、いずれ再び会うことになるだろう」

「っ、待て、聞きたいことはまだっ!」

「進み続けろ。次代の英雄候補よ」

 

 強者の覇気をもって、女は教会へと消えて行った。

 その背中を追うほどの気力は、少年に存在しなかった。

 死の危険から逃れられた少年は膝をつき、数分にも満たない時間を想起する。

 オラリオに来て以来の生命の危機は、心身共に多大な疲労を少年に与えた。

 少年の口から、本心の願いが溢れる。

 

「アリーゼに膝枕してもらいてぇ」

 

 どこまでいっても、少年は欲望に忠実で、気色が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、今日は昨日よりも早いわね! おかえりなさい、ラクス!」

「……ふぇっ?」

 

 内容の濃い一日は、まだ続く。

 

 

 

 

 




 次回、ラクス死す。
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