「ん、何か変な音しなかった?」
「……き、気のせいだろう」
「そっか! それよりも、今日はラクスとたくさんお話するため待ってたのよ!」
「がふぅ」
嬉しさと気恥ずかしさと混乱が同時に押し寄せて、情緒が迷子になっている。
仮面隠れていないパーツである長い耳は、ゆでダコのように真っ赤だ。
悲しきかな、天然少女たるアリーゼはラクスの心境に一ミリも気付くことができなかった。
アリーゼは座っているソファの隣を軽く叩き、手招きをする。
「さぁ、こっちに座って。そんな離れてたらお話しできないじゃない」
「………………そう、だな」
幾重にも重なった逡巡の結果、ラクスは考えるのを辞めた。
壊れたブリキ人形のようにソファに腰掛ける。
「……なんで、今日も待ってたんだ?」
ラクスの口から放たれたのは疑問。
関わりを拒絶したことは記憶に新しく、アリーゼが待機している可能性はゼロに等しい筈だった。
少年の問いにアリーゼは首を傾げて、さも当然かのように言った。
「だって、私はラクスとお話ししたいし、一緒にご飯を食べたりしたい」
「……」
「ううん、私だけじゃない。リオンやライラたちも一緒で、ラクスと
「……
「なら、何とかすればいいわ! 名付けて『ラクスの不快感無くそう大作戦』よ!」
「俺が不潔のような言い方は止めろ」
握り拳を掲げやる気を露わにするアリーゼと、ため息をつき消極的なラクスの対比は見事だった。
まるで、無理だと分かっているラクスにアリーゼは瞬時に詰め寄った。
……その際、また
レベル5のポテンシャルを惜しみなく発揮し、呼吸を瞬時に整えてラクスは感情を消しながら言い放つ。
「この呪いは解けない。知神の叡智を持ってして、手も足も出なかった代物だ」
「そんなの、やってみなきゃ分からない!」
「まず、お前が耐えられないのだから、どうしようもないだろう」
あくまでも拒絶を続けるラクスに、アリーゼは少しイラッとする。
気に入らない。
少年のやる気のなさに対してではない。
まだ子供の年下の彼を、誰かを守るために戦う彼を、
そして、その不安を拭ってあげられない自分の無力さに腹が立つ。
「じゃあ、仮面脱いでよ」
「何を言っている?」
「私が耐えられたら、作戦成功の第一歩になる。そうでしょ?」
初めのうちは拒否していたが、テコでも動こうとしないアリーゼの様子にラクスは渋々と仮面に手をかける。
これほどの至近距離で仮面を脱いだら不快感が上限に達し、アリーゼがすぐさま気絶してしまうことだってあり得る。
その旨を伝えるが、それでもアリーゼは提案を変えなかった。
「はぁ、いくぞ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
襲い来る昨日ぶりの不快感に、アリーゼは必死に抗う。
言葉では表現することができない気色の悪さ、下界の濁りに身体を埋めているような感覚。
先程の決意も、少女の想いも踏み躙る気持ち悪さにアリーゼは思わず口を抑える。
「何度やっても結果は同じだ。とりあえず仮面を戻す、」
「待って!」
仮面を持っているラクスの右腕を掴み、意地でも素顔の状態を維持させる。
更に近づいたことで、不快感が輪にかけて強くなる。
ここで目を背けてしまうのは簡単だ。
本人が望むように彼を拒絶すれば、自分は平常に戻ることができる。
そんな思考を展開して、アリーゼは瞬時に唾を吐きかける。
――ふざけるな。
私が目を逸らせば、この子はまた諦めてしまう。
こんな優しい子を一人にして、何が正義の使徒だ。
不快感など放っておけ、彼が味わってきた孤独と比べれば、痛くも痒くもない。
私が、ラクスを救うんだ!
暴論と呼ぶべき論を展開して、アリーゼは燻り続ける不快感を追い出した。
そして、彼の顔を真摯に見つめる。
怒っているからだろうか、彼はかっこいい顔を真っ赤にしている。
そうだ、彼は巷で言われるような無差別な殺人鬼でも、
普通に怒って、笑う、ただの子供だ。
自ら孤独を望む少年の心に届くように、アリーゼは語りかける。
「私が、ラクスの仲間になる」
「……」
「だから、自分から一人になるのは止めて……」
アリーゼから張り詰めた雰囲気は消え去り、意識も薄くなる。
レベル5でも抑えきれない呪いを真っ向から浴びた影響で、彼女の精神は限界だった。
「ラ、クス……」
朧げな視界のなか、アリーゼはラクスを見つめる。
顔をいまだに真っ赤にさせながら、彼は一筋の涙を流した。
拭ってあげたいけども、彼女にそれを出来る力はもう残ってない。
自分の言葉が、彼にとって少しでも救いなってくれる事を願い、彼女は気を失うのであった。
「ふぅ」
一呼吸をおく。
あれから、気絶してしまったアリーゼを厚かましくもお姫様抱っこをして、彼女の部屋まで送った。
鍛え抜かれつつもセクシーな身体をなるべく見ないように、セイバーからの知識で得た般若心経とやらを唱えながら横抱きをした。
その時に何処を持っていいのか悶々としたものだが、此処では割愛しよう。
なぜって?
それよりも言いたいことがあるからだ。
声を大にして言いたい。
そのために【アストレア・ファミリア】の皆を起こさないよう庭に来ているのだ。
背景、セイバーと知神。
わたくし、ラクスは――
「――友達ができたぞぉぉ!!」
――ボッチからの脱却に成功しました。
端的に言えば、今まで生きてきた十年間で友と呼べる存在はいない。
諸事情により
セイバーは師匠だし、クソ女神を友達と呼びたくない。■■■■■■は俺の■り人だから違う。
その結果、他人との距離の測り方を知らないコミュ障野郎が誕生したのだ。
「その俺が、
しかも初めての友達は恋焦がれている人。
恋人になりたいなら友人関係は脱出しなければならないが、あいにく俺は推すだけで充分なのだ。
嬉しさのあまり涙が溢れたのは、もはや当然の帰結と言える。
「今日は最高の日だな」
『そんな日に水を刺すようで悪いわね』
「っ、念話の魔術……久しぶりだな、女神さま」
『あら、貴方がクソを付けないなんて、よほど機嫌が良いのね』
「ああ、念願の友達が出来たからな」
頭の中に、数ヶ月前は毎日聞いていた声色が流れる。
クソ女神は俺の機嫌の良さに驚いているようだが、それもそのはず、今や俺は人生の絶頂期と言っても過言ではないのだから。
『その話はとっても気になるけど、今はお預け。この念話だって、長くは出来ないのだから』
「分かっている。こちらも伝えたい事があるし、情報共有に移ろう」
クソ女神との念話は不定期だ。
俺からの通信は出来ず、クソ女神が伝える要件がある時だけ繋ぐ。
あまり繋ぎすぎると敵にクソ女神の存在が露呈し、不利な状況に陥るため頻繁に不可能であるため、一回で情報を交換し合う。
「【アストレア・ファミリア】は依然として治安維持に身を捧げている。【静寂】と【暴喰】に関しては嗅ぎ回っていることが伝令神にバレた」
『ヘルメスね。彼はよほどのことがない限り不干渉の筈だから、警戒する必要は無いわ』
「了解だ。あと、二人がレベル7という情報を知ったんだが、まさか伝え忘れてた、なんて事はないよな?」
『……………………………………てへぺろ』
「ぶっ潰すぞクソ女神」
それから、オラリオの今の状況についても話す。
現二大派閥のファミリアの動向、
昼の槍使いとその主神コイオスについても、噛み砕いて説明した。
「とりあえず、俺からの情報はこんな所だ。前回の念話と大した変わりはないな」
『それじゃあ私の番ね。結論から言うけど――奴らが動き出したわ』
告げられた言葉に俺の身体はピクリと硬直した。
奴ら……『救界』を阻止し、アリーゼたちの抹殺を目論む、俺たちの敵。
それを聞いて驚きよりも、納得の感情が胸中を渦巻く。
『今日の未明、サーヴァントの召喚を確認したわ。クラスはバーサーカー、実力は神代レベルね』
「ランサーではなくバーサーカーだと?」
『ええ。だけど貴方が接敵したという槍兵はサーヴァントに間違いないでしょう。恐らく狂化のランクが低いのだと思う』
「そんなのありかよ……」
正常な思考を奪うことで、爆発的な身体強化を促す『狂化』のスキル。
そのデメリットが無効になっているなど、笑えない冗談だ。冷静な狂戦士なんて、チート以外の何者でもない。
それに加え、バーサーカーは地獄と称される神代を生き抜き、英雄となった者だ。
セイバーからの知識で、それがいかに頭のおかしい事かは理解している。
「無理ゲーだろ」
『そんな貴方に悪いのだけど、早くて明日から奴らは仕掛けてくると思う』
「明日……ちょうど炊き出しがあるな」
ギルド主催の炊き出し。
【デメテル・ファミリア】の作物をふんだんに使った、民衆向けのイベントなのだが、確かに襲撃される可能性は高い。
【アストレア・ファミリア】が警護に組み込まれてる点から見て、再び相対することは避けられないだろう。
「とりあえず、アストレア名義で【ロキ・ファミリア】に援軍要請の手紙だけ送っておく。望みは薄いがな」
『私も奴らに対抗できる戦力を集めておくわ』
話が纏まったところで、頭の中で何かがビリビリと途切れる音がする。
念話の限界が来たようだ。
これ以上すると、奴らに気づかれる可能性がある。
念話を切ろうとして、クソ女神には似合わぬ真面目な声が響く。
『ねぇ、ラクス』
「なんだ?」
『今、楽しい?』
何を言うかと思えば、ひどく抽象的な問いだった。
女神の問いかけを口の中で転がす。
思い出したくもない幼少期に比べれば、今の環境は最高と言える。
孤児院の子供たちに慕われているし、オラリオのご飯は毒を盛られる心配もない。
何より、好きな人を側で推せて、仲間にもなれた。
だから、俺の回答は一つだけだ。
「当たり前だ」
念話が途切れる瞬間、女神が微笑んだ気がした。
「【アストレア・ファミリア】から明日の炊き出しに助力を求められた」
「炊き出しって、確かガレスが行くんちゃうかった?」
「あぁ、それを加味した上で更に戦力を欲しているみたいだね。それにこの無駄を省いた書き方……おそらく【妖梟】が著したものだろう」
【ロキ・ファミリア】の団長室にて、【勇者】フィン・ディムナは深夜に宛てられた手紙の封を開けた。
内容を共有しているのは、いつものメンバーである一柱と三人だ。
ガレスとリヴェリアは読み終わった手紙を手に取り、内容を精密に見渡す。
「単に戦力を増強したい、というわけじゃな」
「しかし、レベル5が二人でも過剰戦力ではないか? 幹部級が出てきても、【妖梟】とガレスで充分に対応できる」
「アストレアの小娘たちもおるしのぅ」
「ちゅーこった、あの仮面エルフは二人のレベル5を軽々超えるバケモンが現れるって言いたんやな」
此処にいる者は全員ラクスの実力を認めている。
ラクスは共に戦うことも多く、レベル5の実力で団員を何度も助けた。
都市外のレベル5というのには何らかの裏があると踏んでいるが、少なくとも
「真偽の判断は出来ないが、あの者がこちらを騙すのも考え難い」
「それにあやつはエルフ。ハイエルフたるお主に逆らうとも思えん」
「……実を言うと、僕も手紙を貰う前から親指が疼いていたんだ」
小人族でありながら、オラリオの第一級冒険者に上り詰めたフィンには天才的な直感があった。
親指の疼き、【ロキ・ファミリア】が最大派閥と呼ばれるようになったの一因と言って良いほどの精密さ。
フィンの言葉に残りの三人は救援を送ることを決意する。
「ならば、確定じゃのう。ノアールあたりを派遣するか?」
「いや、援軍はリヴェリアにする」
「……正気か?」
リヴェリアは言外に自分が行くまででもないと伝える。
オッタルを除けば都市最高戦力のレベル5を三人も導入するなど、正気の沙汰ではない。
その意味を理解した上で、フィンは大きく頷いた。
「僕は【妖梟】のことを信用しているが、信頼していない。彼は僕たちとも
「……いつ敵になってもおかしくないっちゅーことか」
「だから、君は好まないだろうけど、ハイエルフの立場を使って彼を探って欲しいんだよ」
やや難題な要求にリヴェリアは睨みを効かせる。
彼女は王族のしがらみを嫌い、エルフの里から逃げた。
オラリオに来てから、我が身は他のエルフと同等と考えているが、リヴェリアを盲目的に慕うアリシアを見れば、理想はまだまたま先だと思い知らされる。
しかし、権力を振り翳し、事を無理やり遂行するのは彼女にとってのポリシーに反する。
「この一ヶ月、彼の事を観察したが、やはり奇怪な点が目立つ。あれほど腕が立てば歳も相まって、オラリオにもその名は響いていたはずだ」
【妖梟】ラクスの異質さ、齢10でありながらの戦闘センスとレベル。
レアスキルだとしても、今まで名が広まらなかったのはやはりおかしい。
何者かが隠していた、と考えるのが妥当だろう。
譲る気のない団長の瞳に、ハイエルフは大きくため息をついた。
「分かった。やるだけやってみるが、期待はするなよ」
『当たり前だ』
残酷な運命を背負わせた子供の一言で、念話は途切れる。
本来なら、私とセイバーだけで終わらせなくてはいけなかった戦い。
それにあの子を巻き込んで、今や第一線で戦わせている。
死を待つ運命だった子を無理やり立ち上がらせて、剣を握らせた。
正直、後悔している。
もちろん、あの子を助けたことは間違ってない。
あの子のために霊基を砕いたセイバーの献身は間違えなく正しい。
だけど、私たちは舐めていた。
この世界の、エルフたちの『闇』を。
憎悪を一身に背負った罪禍を。
他ならない、ラクス・■■■■■を。
あの時に終わらせてあげれば、彼はそれ以上の地獄など見なくて済んだのだろうか。
彼が戦う度、彼の魂は曇ってゆく。
彼がセイバーと同調する度、彼が求める『普通』からかけ離れてゆく。
彼の呪いを止められないなんて、私は本当に知神なのかしらね。
気休めの仮面なんて、その場凌ぎに過ぎない。
なのに、それなのに、彼に仮面を渡したとき――
『――これがあれば、俺はもう呪いに苦しまなくていいのか……?』
やめて
『これがあれば、俺も普通でいられる。人と話せる、友達も作れる、恋人だって出来るかもしれない』
そんな目で見ないで
『ありがとう、アテナ!』
あなたに救いは訪れない。
役目が終われば、魂の循環に戻ることとなる。
使うだけ使って、用が済めば廃棄。
それが知神たる
効率的で、犠牲が少なく、多くの人を救える最善の判断。
そのための人柱に選ばれたのがあなた。
エルフの森で殺されかけていたあなた。
呪いの王を冠するにふさわしいあなた。
――どうか、私のことを許さないで。
あぁ、我が故郷オリュンポスよ。
大神たるゼウス、母たるガイア、天空たるウラノスよ。
人間の行く末など興味はない。
しかし、彼だけは、人間にも神にも弄ばれたあの子だけには祝福を与え給え。
滅びゆく少年に英雄の加護を。
呪いのエルフに黄昏の結末を。
暗澹たる愚者に一抹の愛情を。
――――報われぬ愛し子よ、汝の道に幸があらんことを。
なお、当人は推しを見るだけでウッキウッキな模様。