「炊き出しよぉ!」
「分かったからもう少し声を静めろ、朝だぞ」
朝でも衰えないライラのツッコミがアリーゼに激突した。
水面下でさまざまな思惑が飛び交った深夜から数時間、ギルド主催の炊き出しは通常どおり行われる。
恐怖に怯える民衆もこの日ばかりは笑顔を浮かべており、子供たちは楽しそうに遊んでいる。
活気的な街並みを横目に、ラクスは仮面の下で警戒を強めた。
(今のところ、バーサーカーの気配は無い。仕掛けてくるならもっと後か)
「……ス。ラクス!」
「っ! ローヴェルか、何のようだ」
「さっきからぼーっとしてるわよ。体調が悪いなら休んでても良かったのに」
他の【アストレア・ファミリア】が何とも言えない目でラクスを見つめるなか、アリーゼは堂々と話しかける。
心なしかテンションが高いのは、昨夜の情景を経たからか。
距離も微妙に縮まっているのに、百合ポンコツエルフは気づいたので、とりあえず
リューからの視線に胃をキリキリさせながら、ラクスはアリーゼに応える。
「少し寝不足なだけだ。戦闘に支障は出さない」
「『出さない』じゃなくて『出させない』から。私も一緒に闘うわ」
「っ……そうか、これが友達……!」
「ん、何か言った?」
「やけに威勢のいい
「あっ、おじさま!」
「援軍は【
何となく重い空気が漂っている【アストレア・ファミリア】に近づく二つの影。
その片方を見て、輝夜とライラは目を細める。
此方の
ガレスはいつも通りうるさいアリーゼを軽くあしらい、共に来ているリヴェリアの方へ視線を向ける。
分かっている、といった視線を返したリヴェリアはさっそくラクスへと近づいた。
「お前が【妖梟】のラクスか。私はリヴェリア・リヨス・アールヴ、こうして話すのは初め、」
「寄るな老害」
「………………………………え?」
その瞬間、世界が止まった。
アリーゼとガレスは少年の返答が理解できず呆然と彼に視線を向け、
リヴェリアは初めての
リューは人前に出しちゃいけない顔で、口をあんぐりと開けている。
唯一笑っているのは、もうどうにでもなぁれ、と
首を傾げるラクスはもう一度言葉を発する。
「聞こえなかったか、失せろクソババア」
「何を言っているですか貴方はぁぁぁぁ!!??」
今までの気まずさは何処に行ったのだろうか、リューはレベル3の全能力を手に込め、ラクスの頭を叩く。
それなりに痛みを感じたラクスはリューを睨むが、聞き分けのない子供を叱るようにリューは詰め寄る。
「何をする」
「馬鹿なんですかぁ!? リヴェリア様に逆らうなんて、どうかしている! それだけではなく、『クソババア』などと……里であれば投獄されともおかしくない!」
「オラリオのアールヴは平等な関係を望んでいる、と耳にしたからな。お望み通りの対応をしただけだ」
「限度というものを弁えなさいぃぃ!!」
何度も拳骨を浴びせるリューとそれに淡々と対応するラクスを見て、他の人たちはようやく正気を取り戻した。
「あー。えーと、リヴェリアさん、ドンマイ!」
「あの団長が言葉に困るとは……いや、これは誰でも困るか」
「ふははははは。フラれてしまったのぅ、世界は広いものじゃ」
「ガレスのおっさん、笑ってないで助けてやれよ。まだショックから立ち直れてないぞ」
よほど珍しい経験だったので、リヴェリアは未だ虚空を見つめている。
此処にフィンとロキがいれば、思わぬ痴態に腹を抱えて大爆笑をしただろう。
ラクスはリューをいなし、笑い涙を浮かべているガレスに話しかける。
「手紙に書いたように、今回は襲撃される可能性が高い。特に学者風の神と赤黒い槍兵に気をつけてしてくれ」
「了解じゃ。情報源が気になるが、今は聞かないでおこう」
「……俺は周囲の警戒をする。何かあればまた伝えよう」
「あ、行っちゃった」
伝え終えたラクスは音も無く消え去る。
何かのレアスキルだろうか、こうして突然消えることは多々あるので、アリーゼたちにとっては慣れたものだ。
ラクスが去った瞬間、ようやくリヴェリアは正気を取り戻す。この場の誰もがリヴェリアに同情の視線を向けていた。
「お主、あやつに何かしたのか?」
「……初対面の筈だ。私が里を出た時期と彼の年齢を考えて、オラリオ外でも会ったことはない」
「本当にすいませんリヴェリア様。あの愚か者には私がきつく言い聞かせておきます」
ある意味ラクスと仲良くなったリューは、リヴェリアに頭を下げて消えた少年への罰を考える。
変な方向に闘志を燃やしているリューを横目に、アリーゼは少年の対応に思考を回す。
異常なまでのリヴェリアに対する拒絶、あれはリヴェリア個人への憎しみでなくて。
――“アールヴ“を憎んでいる?
根拠のない推論を心の中で思い浮かべた。
まさかリヴェリアさんが来るとは思わなかったわぁ。
救援要請はしたけど、かの女王様が来るとは、【勇者】の思い切りの良さに今は唾を吐こう。
……うん、まあリヴェリアさんに罪はないんだけど、正直そこまで割り切れないというか。
むしろリヴェリアさんが里から逃亡したことで、俺の寿命が伸びたから感謝すべきなんだけど。
「リヴェリア・リヨス・アールヴ……どこまで気づいているのだ」
いきなり話しかけてきた辺り、こちらの事を探っている……いや、あれはフィンさんの指示か。
疑われている自覚はあるから疑いを晴らそうと今まで従ってきたが、【ロキ・ファミリア】団長は誤魔化せないかぁ。
クソ女神が知恵を凝らしてくれたから、俺のバックボーンはまだ見えていないだろうけど、時間の問題に思える。
「アールヴがいるなら、あの力は使えない」
昨日、バーサーカーと女魔導士の前で使うとした力、リューのようなただのエルフなら良いが王族の場合、俺の正体がバレる可能性が高い。バレないとしても、色々と勘付かれることは確かだ。
しかし、セイバーとの同調がうまく出来ない中、あの力を使わずにバーサーカーと戦えるかと言われれば、首を横に振らざるを得ない。
……詰んでね?
狂化なしの神代バーサーカーって事実だけでもヤバいのに、力の大半を封印とか……終わったぁ。
「……とりあえず、術式だけでも展開しておくか」
クソ女神に教わった魔術を行使しながら、俺は泣く泣く作戦を立てるのであった。
「さぁ、行くぜぇ冒険者――『前夜祭』の始まりだぁ!!!」
笑顔が溢れる現場に、爆発音が響く。
高らかな笑い声をあげるのは
【殺帝】の二つ名を冠する者であり、何度も民衆を恐怖の底に落とした異常者率いる
「っ、私と輝夜はヴァレッタを相手する! リオンはおじさまを呼んで、ライラたちは住民の避難を優先! 白装束は【ロキ・ファミリア】に任せて、一人でも多くの人を救うわよ!!」
「「「「「了解!」」」」」
敏捷のステータスが一番高い妖精は、救援のために歴戦のドワーフのもとに駆ける。
団長の号令により、皆が命令通りに動くなか、アリーゼは輝夜と共に並走しながらヴァレッタに斬りかかる。
「あん? 冒険者たちの対応が早え……ちっ、フィンの野郎、呼んでいやがったか!」
「生憎、裏で動いたのはうちの末っ子だけど、ね!」
ガキンッと金属同士がぶつかり合う音が響く。
背後から迫った細剣と刀の奇襲にに、ヴァレッタは回避の選択肢を捨て、長剣で受け止める。
レベル3の二人がかりとは言え、
「外道が……!
「絶対に許さない!」
正義の星乙女たちの視界に入るのは、必死に逃げる幼女とその母親。ヴァレッタが先刻まで殺害しようとしていた対象に他ならない。
己の激情を細剣に乗せ、アリーゼは再度ヴァレッタに切りかかり、輝夜は冷めた憤怒をこめて一閃を見舞う。
懐から取り出した逆手持ちの短剣で対応しながら、ヴァレッタは嘲笑を浮かべる。
「バカがッ! レベル3の雑魚が私と戦えると思ってんのかぁ!?」
「――ならば、儂が相手をしてやろう」
「がっ!!」
歴戦のドワーフの拳撃がヴァレッタの腹に突き刺さる。
女は激しい勢いと共に吹っ飛ぶが、すぐに体勢を立て直し反撃の構えをとる。
「あん……? 読まれてたにしても対応が早すぎんだろ。てめえら、何をした?」
「心配性の小僧のおかげじゃな。ようやくお主を捕縛できそうじゃ」
「はっ、レベル5がてめえだけなら逃げ切るのは簡単……ッ!」
「――――【ウィン・フィンブルヴェトル】!」
遠くより飛来した吹雪が、ヴァレッタの足元を凍らせる。意識を全て眼前のドワーフに割いていたヴァレッタは避けることができなかった。
広範囲撃滅魔法……そんなものがポンポンと使えるのはオラリオで一人しかいない。
震える唇で、ヴァレッタはその女の正体を告げる。
「何でジジイに加えててめえまで居やがる……【
「狂人に話す事はない。貴様の罪禍、その身で贖え」
潜伏していた白装束もろとも凍らせたリヴェリアは、静かな怒りを纏って場を制圧する。
まさに女王と言うべき姿に、民衆は称賛し近くに居た妖精は頬を赤らめて崇める。
しかし、対象である女王は他のことに意識を割いていた。
(【妖梟】が現れない……遠くで先頭の形跡もなく、魔力も感知できん。奴の思い過ごしなのか……?)
虎視眈々と脱出の機会を狙うヴァレッタは横目に、リヴェリアは思考を回す。
ヴァレッタ程度であればガレスとラクスで充分である。
確かに幹部の確保は大きな進歩となるだろうが、何かが引っ掛かる。
昨夜の手紙の書き方は、それこそ自分たち以上の化け物がいるような……
「さぁ、お縄につきなさい! 【勇者】に引き渡して情報を吐いてもらうんだから!」
「っ、クソガキ……!」
視界の端ではアリーゼがヴァレッタに近寄り捕縛をしようとしている。
輝夜とリューも付き従い、あの様子であれば5分も経たずにことが済むだろう。
警戒を緩めようとした瞬間――――
「殺れ、バーサーカー」
「――――逃げろッ、アリーゼ・ローヴェル!!」
アリーゼに攻撃しようとしている男が現れた。
彼我の距離は遠く、今から助けに行くのは能わず、一縷の望みをかけてガレスに視線を向けるが、彼も突如現れた男に目を見開いている。
――あの男の異常さ……
魔法のように突然現れた槍兵は、朱色の呪槍でアリーゼを突き殺そうと迫る。
少女たちはようやく気づくが、もう遅い。
リューは木刀を振り抜き、輝夜は故郷の太刀を見舞うが、どちらも男には当たらない。
まるで何かの加護を受けているかのように、武器はすり抜け、彼の進行は止まることはない。
ただ冷淡に、機械的に槍兵はアリーゼを刺し抉ろうとする。獰猛たる視線はさながら狂犬の如く。
「ようやく出てきたか、バーサーカー」
「……ちっ」
瞬間、銀色の魔力を帯びた木刀が、神速の黒槍を防いだ。
ここ一ヶ月馴染んだ声に、アリーゼは瞑っていた目をゆっくり開ける。
目と鼻の先には、優しそうに気遣う彼の瞳が見えた。
そこから仮面を取った素顔も頭に想起され、人知れずアリーゼは耳を赤く染めた。
「ローヴェル、無事か?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
「な、なぜ目を逸らす!?」
ガーンと効果音が聞こえてきそうなほど焦るラクスに内心謝りながら、アリーゼは必死に顔を背けた。
ゆでダコのように火照る自身の顔を見られないように。
今までならあり得ない、自分を気遣う優しい声……仲間と見做されてることへの喜びと、彼への淡い何かが同時に押し寄せてアリーゼは必死に顔を逸らす。
輝夜はこれはもしや……?と頭の中に一つの推論が浮かぶが、今は眼前の男に集中する。
「おい……てめえは、何なんだっ」
「主からの伝言だ。『助けてやるから都市崩壊に一枚噛ませろ』だとよ」
ヴァレッタの質問を無視して、狂兵は地面に氷に向けて槍を一振り。
当たったのは虫の一噛みほど小さなものだったが、ほんの一部から次第に瓦解し、数秒も経たぬうちにヴァレッタは氷の檻から抜け出した。
「馬鹿なっ! 私の【ウィン・フィンブヴェトル】を解いただと!?」
魔法がその効力を失う場合は三つ。
魔法に込められた魔力を使い切り次第に淡い光となって消える場合。
使用者が魔法自体を解除した場合。
そして、外部および内部の力で魔法が破壊された場合。
最初の二つはあり得ない。都市最高峰の魔道士が込めた魔力がこんなにも早く消費されるはずがなく、リヴェリアが解除した覚えもない。
すなわち、あの狂兵がレベル5の魔法をたった一撃で破壊したという事実に他ならない。
「ふざけるな……
「知るか。俺がそいつよりも強いだけだ」
「あの猪より強い……? クハハハハッ、大歓迎だよ槍使い! お前の力を
氷塊から脱したヴァレッタは大剣を構え、狂兵の隣に並ぶ。
彼女の笑みは先程よりも段違い深く刻まれている、それもそのはず、憎き小人族の大事な仲間が二人も殺せるかもしれないのだ。
気高いドワーフとハイエルフの首を送りつければ、勇者はどんな反応をするのだろうか。考えるだけで興奮が冷めやらない。
「さぁ! ぶっ殺そうぜ!」
「……貴様、何を勘違いしている?」
「はっ……!?」
心底不思議な顔で、狂兵はヴァレッタの頭を槍の口金で殴り飛ばす。
敵どころか味方までその行動に目を見張り、ヴァレッタは何も理解できないまま意識を落とした。
興味をなくした狂兵は倒れた彼女をゴミのように摘み、戦場の際……路地裏の方まで投げた。
「この程度の者たちに援護など不要だ。俺だけで事足りる」
「言ってくれるじゃないの……!」
「事実だからな」
「「「……ッ!」」」
狂犬たる加速をもって、再び命を刈り取ろうと狂兵はアリーゼたちに迫る。
先程の焼き直しのようだが、それでも三人は対応できない。文字通り、何もかもの次元が違う。
人類史に刻まれた英雄たる者ならば、才能も、経験も、技術も小娘たちとはかけ離れている。
そんな傑物に対応できるとするなら――
「俺のことを忘れるな」
――同じサーヴァントしかいないだろう。
再び狂犬の疾走を妨げたラクスは、木刀で受け止めた黒槍の力を利用し、そのまま狂兵を吹き飛ばした。
「ローヴェル、リオン、ゴジョウノ。一旦アールヴの所まで下がれ、あいつが本気になれば守り切れん」
「ふざけるな、あなたに押し付けるほど私たちは落ちぶれてなど……!」
「――はっきり言って足手纏いだ。早く離脱しろ」
「「っ……」」
実力の差を明確に理解していたアリーゼと輝夜は下唇を噛み、弱い自分を呪う。
あの男には自分たちでは役不足……彼女たちは自分たちの立場と現実が見えていた。
だからこそ、輝夜は無言で暴れるリューを抑えてリヴェリアの元まで駆けた。
アリーゼは無言で佇み、その場から動かない。
「ローヴェル、お前も早く」
「分かってる! 私がこの戦場には相応しくないってことくらい!」
「……」
「でも、それでも……っ! やっとラクスと仲間になれたのに、私は何も出来ないなんて……!」
ラクスは一言も侮蔑を口にしていない。
リューはそのように捉えたが、アリーゼはそれが無償の気遣いであることが何故か理解できた。
責めているのは自分自身。
仲間になると誓った挙句、この体たらく。
自責の念はとどまることを知らず、目尻からは涙が溢れる。
それを拭える存在は、ここに一人しかいない。
「……頼むから泣くな。お前が悪いわけではない」
「っ、でもっ!」
「適材適所だ。お前に重大な使命を与える」
弾かれたようにアリーゼは顔を上げる。
ほんのりと耳を赤く染めた仲間の瞳と視線がかち合う。
「俺が奴と戦っている間――――――して欲しい」
「……うん、分かったわ」
ラクスの命令通り、まずは戦場を離れようとアリーゼは輝夜たちの後に続く。
それを見たラクスは軽く息を吐き、正面へと向き直る。
術式を確認しながら戦闘姿勢に移行すると、彼の耳にある音が聞こえる。
「絶対勝ってね! ラクス!」
「……あぁ」
耳どころか顔まで真っ赤になったラクスは、興奮を戦闘本能に無理やり変化させ、狂兵へと突撃した。
既に体勢を整えていた狂兵は木刀の刺突を難なく受け流す。
ラクスは身体を捻って再び距離を取り、やはりか、と胸の内で舌打ちをした。元よりあの程度でダメージを与えられる筈もなく、弾き飛ばされたのもわざとだろう。
「話は済んだか?」
「まさか待ってくれるとはな。存外、優しい英霊なのか?」
「ほざけ。栄えある戦闘に雑魚が乱入するのは、俺の望むところじゃない。一度喰ら損ねた相手であれば尚更だ」
「……雑魚、か」
底冷えする声にラクス自身も驚くが、狂った男は一切気にしない。
「そうだろう? 戦闘で一番邪魔なのは彼我の実力を測れない雑魚だ。同行を許せば英雄の栄光を我が物と勘違いし、拒絶すれば烈火の如く怒り狂う」
「……」
「信じられるのは己の力、雑魚の援護など
確かに、男の言うことは正しい。
恐竜同士の戦いに蟻が乱入することは不可能だ。
押し潰されるのが運命、戦闘において悪いのは弱き者である。
それでも、今のラクスはその思想を受け入れるわけにはいかなかった。
「一つ教えてやろう」
木刀を強く握り、銀色に眩く魔力を廻す。
狙いはバーサーカーただ一人、
戦うことしか頭に存在しない男の脳に、直接叩き込んでやる。
「