セシル海賊団が擁する海賊船ホワイトシャーク号の船室
陽がわずかに差し込む薄暗い部屋の中、海カモメ達の鳴き声でセシルは目を覚ます
窓の外に目を向けると港の下働きたちが忙しそうに仕事の準備を始めている
私掠海賊と言えども常に海上にいるわけではない。
補給や休暇だけでなく略奪する船の情報集めや国家間の情勢を見極めるためにも陸地に留まる。
最近は傭兵として陸地で活動することもある。
海賊だからと言って海賊だけをしているわけにはいかない。
これもご時世というやつだ。
陸地に留まっているのだから宿を借りてもいいのだが、金も掛かるし住み慣れた船の方が居心地がいい。
何よりも船員達の中には船上にトラブルを持ち込む者もいる。
自分が船内に常駐していた方が何かと都合がいいのだ。
(さてと、今朝は何事もなければいいんだが)
誰に祈るでもなく心の中で呟きながらセシルは扉のノブを回した。
そのまま気怠そうに薄暗い船内を歩くと外へと続く扉をゆっくりと開ける。
潮の香りと差し込むような日差しと波の音が一度に吹きかかる。
一気に目が覚めたような感覚を纏いながらセシルはゆっくりと船上を見渡す。
『そちらはもう少し右に置いてくださーい』
聞き覚えのある幼い声が響き渡る。
うちで預かってるコボルト王国の姫【ポーチ・ウエスト(通称:ポチ姫)】が船員達にあれこれ指示を出している。
積み荷の運搬だとすれば彼女が指揮を執る事はあり得ない。
『おはようセシル。停泊中だからと言って少し眠りすぎではないかな』
親友のウィリアムズがこちらに気付き声を掛けてきた。
朝から開口一番に説教だ。
彼が秩序を重んじる性質である事を改めて思い知らせてくれる。
『悪ぃな、昨日はちょっと飲み過ぎた。』
説教を軽く流すとすぐさま仕事モードに移る。
海賊団というのは寄り合い所に近い。
停泊中ならば船員が独断で金稼ぎをしても基本的には問題は無いが船上で行うならば話は別だ。
セシルが状況を尋ねるとウィリアムズは指を顎に当てながら説明をまとめ始めた。
ウィリアムズの立場はセシル不在時の船長と言い換えてもいい。
どうやら無許可と言うわけではないようだが少々ややこしい話のようだ。
『君は【キミチョクワムップ】を知っているか』
知らない。
聞き覚えが無さ過ぎる。
知性溢れる親友から真面目な顔で出てきたおかしな単語に恐らくは間抜けな顔をしながら首を横に振る。
『ポーチ姫は以前に劇場を借りて舞台公演を執り仕切った事がある。
その時の演目が【君にチョップしたらクワガタがタイムスリップした】通称【キミチョクワムップ】だ』
なるほど、ポチらしい意味不明なタイトルだ。
『その公演が大好評で終わってな、今度は劇場側から第2弾の依頼が来たのだ』
だとしても船上に資材を並べる理由がわからない。
『今回は我々の中から役者を選ぶそうだ。
練習風景も公開までは秘密にしたいらしい。
そうなると船上の方が何かと都合が良いのだよ』
場所を借りるにしたって金は掛かる。
予算を抑えた方がいいというのはわかるが…
『俺らの中から役者をねぇ…劇場から依頼が来るほどってそこまで好評だったのか?』
『ええ、セシル様!それほどまでに大好評だったのです!』
聞き慣れた声が聞き覚えのないテンションで横から迫ってくる。
同じくうちで預かってるイズレーンの少女【のの】がまくし立てるようにしゃべり続ける。
『私も最初は半信半疑でしたが劇場ではもう大泣きしてしまいました。
キミチョクワムップはいわゆるボーイミーツガールであり
互いに愛し合いながらも数奇な運命に翻弄され結ばれなかった2人が
前世前々世そのまた前世から輪廻転生を繰り返しながらもやはり結ばれることは叶わず
タイムスリップしたクワガタが彼らの生涯を見届け続けるのです。
やがてクワガタにはある思いが…あ、これ以上はネタバレになってしまいます』
自分にとっては心底どうでもいい内容だが、とりあえず女共にウケそうな内容なのは理解できた。
ののがこれほど早口でまくし立てるのも珍しい。
ポチもちゃんとした恋愛観は持ち合わせていたらしい。
『とまぁ、このようにポチ姫の舞台監督としての実力は確かなのだよ』
彼女の勢いを掻き消すかのようにウィリアムズがワンテンポ空けてフォローを入れる。
豪華客船に乗り合わせた男女が沈む船の中で愛を育む名作の脚本を読み
最も印象強く演出すべきシーンとして99%の人物が男女の死に別れのシーンを指さす中で
ポチは船の先端で抱き合うシーンを言い当てたなど、いくつかの例を挙げて実力の保証もしてくれた。