*セイジツ?
side嶺宮誠華
私は約46年前の日本で、そこそこ売れてる作家の父と中小企業の社長な母…の間に生まれました。
名前の由来は確か父の名前である嶺宮誠二郎から誠を継ぎ、華のある人生を送って欲しいという願いからだったと思います。
小さい頃は家に帰れば書斎で執筆中の父が迎えてくれて、その日の出来事を伝えては微笑んでくれたのを覚えています。
習い事は剣道とバレエ。剣道は興味を持ったので親に頼んで入れてもらい、その対価としてバレエもやってみてと母に言われました。どちらも才能がありましたね。
…しかしいつだったでしょうか。あぁ、確かアレですね。
私が小学校高学年に入ったぐらいの頃、母の会社で不祥事が起きたらしく業績が悪化しました。母はその対処で精神的に疲弊。
そこまでは良かったのですが、それからヒスるようになり定期的に私や父に罵倒しだしたのです。やれお前は社会不適合者だの、お前なんて産まなきゃよかっただの。成績も普通に良かったので当時意味が分かりませんでしたね、知りたくもない。
しかし嫌に覚えてますよ、ヒスの延長で父が自分の作品を貶されてブチ切れたのは。その結果大喧嘩の末離婚となりました…親権はあのクソババアが持ちました。
地獄はそこから始まりました。少し飽きつつあったバレエに無理やりスケジュールを埋められ、剣道は辞めさせれました。テストで一問間違える度に頬を叩かれ、腹を蹴られる。傷を誤魔化すのには苦労しましたよ。
会社はまともな経営になったハズなのに、私はずっとサンドバッグのような生活を送っていました。
しかし幸い月1程度で父に会う事は出来ました。それと剣道で通ってた道場の先生は偶に稽古をつけてくれました。それらが私の癒しでした。
まさか思いませんでしたよ、ココからさらに悪化するとは。
ある日、父が急病で倒れました。私の目の前で。突然具合が悪くなったと思えば、口から大量に血を吐いて。
急いで救急車を呼び、病室に連れ込まれた父の姿は非常に弱弱しいものでした。そんな状態でも私を見ると彼はいつものように微笑んでくれました。
彼は寿命を削って執筆していたようで、もう長くない事を私に伝え遺作であるシリーズ物の原稿…その在処を私に託しました。
その数日後、彼は息を引き取りました。葬式には私や親族、そして意外にも母が来たんですが…
『お前のせいだ、お前のせいで誠二郎は死んだんだ!!!』
私が自責の念に駆られていたのを良い事に、葬式中に私を罵倒しだしたのです。流石に親族は止めにかかりましたが、クソババアのヒステリックは止まりませんでしたよ。
それ以降の葬式の記憶はないですね、警察に通報されかけたそうですが…
どうして?私のセイなの?何度かそう思いましたが、目の前で父が血反吐を吐いて倒れた事実はほんの少しもその自責の念を捨てさせてくれませんでした。
父が亡くなって2年程が経ち、私はすっかり精神が擦り減っていた頃。
母はいつ気付いたのか父の遺作を私から没収し、コンテストで優勝するまで返さないと条件を突き付けてきました。その時にクソババアをぶん殴ればよかったと今でも後悔しています。
形見であった原稿を取り返すべく、私は初めてバレエを必死に練習しました。
その数か月後、丁度ここの隣町(イビト山の反対側ではない)でコンテストが開催されたので、出場し…結果ほぼ満点を取り優勝しました。
大会のすぐ後母に遺作はどこだと問いました。それで…彼女は何て答えたと思います?
どこだったか思い出すような仕草をした後、こうほざいたのです。
『あぁ、捨てたかもしれないわね』
『───は?』
私は心の底からその声が出まして。
その次の瞬間……私は母の腹を蹴り飛ばしていました。
『私の愛するお父様の形見を捨てただと、この阿婆擦れがァ!』
『お前の言う事なんて、最初から聞かなきゃよかった。お父様を愚弄した、お前の事なんて───ッ』
そこで会場のど真ん中で叫んでいたのを自覚し、何とか抑え込んだ怒りと少しの羞恥心を持って…私は逃げ出しました。
逃げて、
逃げて、
逃げて
逃げて
逃げて逃げて逃げてにげてにげてにげてニゲテニゲテニゲテ───
198X年 イビト山
『……ははっ』
『死のう』
*嶺宮誠二郎の遺作
恐らく捨てられた、誠華の父の形見。内容は誠華が一字一句覚えている。誠華が習得しようとしている技は誠二郎がその作品に出す予定だった物。
次回もよろしくおねがいします。
Undertale Last Breath Inc.をご存じ?
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知ってる
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知らんがな