ボクとゴジラが研究室に帰り着いたのは夕方を過ぎ、夜遅くになっていた。
「ふぅー……」
「大変でしたね、博士」
まったくだよ、今日はえらい目に遭ってしまった。ゴジラに東京を見せてあげたかっただけなのに、まさか暴漢に襲われるとは。
ナイフ男が倒されてパトカーが来た後、ボクとゴジラはそのまま警察署へ同道して厄介になることとなった。ゴジラの身分や事情についてどう説明したらいいか流石のボクも窮してしまったものの、助けに入ってくれた男女のカップルが偶然にもGフォース所属の軍人だったこともあって、そのあたりの処理は比較的スムーズに終わった。裁判その他の手続きはまた後日になるだろう。
……しかし疲れた。ボクはソファに身を投げ出して一息ついたあと、姿勢を正して助手に告げた。
「ごめんよ。デート、おじゃんになっちゃったね」
助手は身元引受人ということで、オガタと行ったクラシックのコンサートも途中で切り上げて迎えに来てくれた。助手にも悪いことをしてしまった。特にここ数ヵ月は研究の大詰めでずっと付き合ってもらっており、久々のデートだったはずなのに。
そのことを詫びると、助手は「いいんですよ」と笑って答えた。
「別に博士のせいじゃないですし、博士とゴジラが無事だったので良かった。デートはまた行けばいいんです」
「……そっか。ありがとね」
続いてボクは、隣のゴジラへと目をやった。
つい先ほどまでソファに座って足をぶらぶらさせていたゴジラだが、今は疲れてしまったのか、とろんとした目つきでソファへ横になっていた。今のゴジラはか弱い幼女、今日はボクも疲れたけれどゴジラの疲労はその比ではなかったろう。
……しかし、残念だ。助手が言うようにボクもゴジラも怪我をしないで済んだのは良かったものの、そのあとは警察で事情聴取を受ける羽目になり、午後のスケジュールを全部中止せざるを得なくなってしまった。今日行けたのは城東地区のほんの一部、他の地区だって見せてあげたいところはまだまだたくさんあったのになあ。
同時に、今後はセキュリティ面も考えなくてならないなと猛省する。警察の調べによるとナイフ男は過激な反怪獣団体『総攻撃派の会』の一員で、ヒト化したゴジラとボクが街中を歩いているのをたまたま見かけて後をつけ、隙を見て危害を加えるつもりだったらしい。まったくボクとしたことが、そもそもゴジラは元々怪獣なのだから人間から恨みを買っていることもあるだろうに、そんなことにも思い至らなかったなんて。
「ごめんよ、ゴジラ。また今度行こうね」
「……ああ、そうだな」
眠たげな顔でそう答えるゴジラも、心成しかしょんぼりしているようにボクには思えた。そんなゴジラの頭を撫でて寝かしつけていた時のこと、不意にどこからか『声』が聞こえてきた。
「「……セリザワ博士、セリザワ博士!」」
……ん、誰か呼んだ? だけどこの研究室にはボクと助手と、ソファで丸くなって眠り込んでしまったゴジラしかいない。
「おい、変な声出すなよ」
「わたしじゃありませんよ」
助手に訊ねてもこの反応。じゃあ、誰が……?
辺りを見回していたときだった。
「「ここです!」」
テーブルからの声で振り返ったボクたちは、思わず「あっ」と声を上げてしまった。
テーブルの上にいたのは小さな、それこそ手の平に乗ってしまいそうなほどの大きさの少女たちだった。顔貌は二人ともよく似通っていて、双子の姉妹であることをうかがわせる。この世ならざる美貌を持った小さな美少女、まさに発光妖精だ。
「は、博士、この方たちは一体……?」
助手が戸惑う一方、ボクは即座にピンときた。ボクは言った。
「キミたちのことはロリシカのラッザリ博士の研究論文で見たぞ。たしかモスラの〈小美人〉、名前はイコナとマユナ、だったかな?」
ロリシカ国領、南洋に浮かぶ平和の島:インファント島と、そこに棲んでいる守護神怪獣モスラ。その代弁者を務めているのが彼女たち発光妖精:小美人だ。たしか小美人たちはモナークとロリシカの共同研究チームの庇護下で、人間たちと協力関係を結びながら平和に暮らしているはずだった。
ボクが確認すると、テーブルの上の小美人二人は「はい!」と声を重ねて応え、さらに腰をかがめて挨拶してくれた。
「はじめまして、セリザワ博士。今日は“お願い”があってまいりました」
「セリザワ博士なら、きっとわたしたちの話をわかってくれると信じて」
“お願い”? ボクで良ければ力になるけど。
そう聞き返すボクに小美人二人は「ありがとうございます」と声を揃えて頷き、早速本題を切り出した。
「お願いです、ゴジラを元に戻してあげてください!」
ゴジラを、元に? どういうことだろう。ORD-ALICEでヒト化したことを指しているのだろうか。
そんなボクの考えを読み取ったかのように、小美人はこう言った。
「巷でロリ化ジェンデストロイヤーと呼ばれているあの発明、セリザワ博士が創られたアレは世界の調和を乱すとても危険なものです。あのような危険な兵器は、一刻も早く歴史の闇に葬らねばなりません」
……ロリ化ジェンデストロイヤー、もといORD-ALICEを創ったことが間違いだ、とでも?
眉を顰めるボクに、小美人たちは毅然とした態度ではっきり「はい」と即答した。
「他の命の在り様を、人間が捻じ曲げてはいけない。どうかゴジラを元に戻してあげください。さもないと……」
さもないと?
ボクが促すと、小美人二人は物憂げに続けた。
「わたしたちも、そしてモスラもあなたたち人間の敵にならねばならなくなります。けれどわたしたちはそのような結末を望みません……もちろん、モスラも」
「モスラが、人間の敵に……!?」
モスラと言えば比較的人間に友好的な怪獣であり、実際バガンやデスギドラ、ダガーラ、キングギドラなど数多くの怪獣の脅威から地球を救ってくれてきた。そんな彼女が敵に回るとは相当のことに違いない。
しかし、そうは言うけどキミたちねぇ。ボクは答えた。
「キミたちは『人間が命の在り様を捻じ曲げてはいけない』なんていうけれど、そんなのは古来から行われてきたことだよ。ウマやウシ、犬猫のような家畜化、農作物の品種改良、疫病の撲滅だってそうだ、自然そのままでは人間は暮らせない。だから人間は自然に手を加え、開拓し、時にはキミたちの言う『命の在り様を捻じ曲げる』ことにさえ手を染めてきた。ロリ化ジェンデストロイヤー……じゃなくてORD-ALICEもそれと同じさ。今更否定されても困ってしまうよ」
科学者としてのボクの主張を理解しかねたのだろうか、小美人姉妹は互いに小首をかしげて顔を見合わせていたけれど、やがて姉イコナの方が口を開いた。
「たしかに仰る通りかもしれません。けれどアレは、ロリ化ジェンデストロイヤーはこの世の理から外れたもの、今のあなたたち人類の手には到底余るものです」
『この世の理から外れたもの』というのは高次元分子、アーキタイプを用いていることを指しているのだろうか。だけど『シヴァ紅塵破局事件』からアーキタイプの研究は飛躍的に進んでいる、あのときとは状況が違うはずだ。
そんなボクの思案を知ってか知らずか、続いて妹マユナが言う。
「人間が、あの『シヴァ紅塵破局事件』から戦いの道具を作ったのは間違いです。このままにしておいては、いずれ大いなる災いをもたらすこととなるでしょう」
戦いの道具って……おいおい。ボクは反論する。
「ロリ化ジェンデストロイヤー……じゃなくて、ボクが発明したORD-ALICEは怪獣と人間が仲良く暮らすためのもの、今言ってるような恐ろしい兵器などではなくて、むしろキミたちインファント島の人たちが日頃主張しているような平和のための道具だよ。そもそもアレは人間同士の争いに使うつもりはない、飽くまでも人間と怪獣の共存のためだけに創ったものなんだ」
ボクの言い分に「それでもです!」と小美人姉妹は食い下がった。
「とにかくお願いです、ゴジラを元に戻してあげてください! どうかお願いです!」
「ロリ化ジェンデストロイヤーは危険すぎます。アレは人の手で制御できるものではないんです!」
だからロリ化ジェンデストロイヤーじゃあないっての。
ボクと小美人たちの応酬その後もしばらく続いたが互いの言い分は平行線、埒が明かない。
痺れをきらしたのか、小美人たちはとうとう諦めてしまったようだった。
「……わたしたちのお願いを、聞いてもらえなかったのは残念です」
言葉どおり至極残念そうに俯きつつもその帰り際、小美人たちは憂いの微笑みを浮かべながらボクたちへこう告げた。
「だけどまたお願いに参ります。すべてが手遅れになる前に」
小美人たちが帰って行ったあと、ボクと助手は顔を見合わせてしまった。
「……なんだったんですかね、今の」
さあね。小美人たちの言うことは結局よくわからなかった。どうも言い回しがいちいちファジーというか、具体的なところがあまり無いから意図を読み解くのに困ってしまう。
「あるいは、モスラをロリ化されてしまうんじゃないかと恐れているのかもしれませんね」
「うーむ、イヤだという怪獣に無理矢理使うつもりは無いんだけどなあ。それに『大いなる災い』っていったい何のことなのやら……」
インファント島の小美人たちが語った『大いなる災い』。あの小美人たちがイタズラやドッキリでそんなことを言いに来るとも思えないし、酷く気がかりな話である。
小美人たちの言葉の意味するところは結局さっぱり掴めないままだけれど、いずれにせよ彼女達の言うとおりロリ化ジェンデストロイヤー……嗚呼また間違っちゃった、ORD-ALICEのようなアーキタイプ絡みの発明品の取り扱いには注意が必要かもしれない。
と、こんな具合でボクと助手が今後のことを検討していると今度はインターホンが鳴った。やだなあ、また来客か。今日は千客万来だなあ。
「助手、ちょっと出てくれる? つまんない用事だったら『寝てる』とか適当な理由つけて追っ払っていいからね」
「はいはいわかりました……はーい」
だけど現れたのは決して“つまんない用事”ではなかった。
「セリザワ博士っ!」
そう言いながら息せき切って駆け込んできたのは軍人の男、彼もまたボクの知り合いだ。
「ハンプトン大佐!? どうしたのこんな夜分遅くに!?」
「大変なんです、ステンツ提督が!!」
「ステンツ提督が?」
ウィリアム=ステンツ提督。モナークに協力的な国の将軍で、かつて電磁怪獣ムートーが引き起こした『ジャンジラ事件』以来、オルカ=システムの暴走とキングギドラ襲来によって勃発した『怪獣大戦争』、その他数多くの怪獣絡みの事件で共に事態収拾へ向けて奔走した間柄である。
そのステンツ提督が、いったいどうしたというのだろう。ボクが訝しんでいると、ハンプトン大佐に続いてもうひとり人物が現れた。
現れた人物、それは可愛らしい美少女だった。
年齢はまだ10歳くらいだろうか。背丈はボクの胸元ほど、小柄で華奢な体躯と肩までウェーブの掛かった金髪、エメラルドグリーンの瞳が特徴の愛くるしい女の子。
……えっと、どなた? ボクが恐る恐る訊ねると、少女は答えた。
「ステンツだ」
……ステンツ? ああ、ひょっとして。
「ステンツ提督の親戚か何かかな? はじめまして、ボクはセリザワ! よろしくね、ステンツちゃん!」
そう言ってステンツちゃんの手をとるボク。
「いやあ、ステンツ提督も人が悪いなあ、ステンツ提督にこんな可愛い親戚がいたなんて! ボクにも紹介してくれたらよかったのに! ねえ、ウチの子にならない?」
うーん、きめ細かでふにふに、やっぱりちっちゃい女の子はいいよね~。
そうやって柔らかくて温かい手をすりすりすべすべしているボクをステンツちゃんは仏頂面で見つめているけれど、特に本気で嫌がってる風にも見えないのでボクはすりすりすべすべを続行する。
そんなボクを傍から見ていた助手が、冷ややかな口調で言った。
「初対面相手に遠慮とかないんですか、このロリコン博士」
「ロリコンじゃないよ、可愛い女の子が好きなだけさ!」
「やっぱりロリコンじゃないですか……」
助手とボクのいつもの掛け合いを眺めながら、ハンプトン大佐が「あー……」と苦虫を嚙み潰したような顔で恐るべきことを言い出した。
「その人がステンツ提督だ」
……へ、今なんて?
思わずボクは聞き返した。誰が、なんだって?
「だから、今あなたが気持ち悪い手つきで手を握ってるその娘は、ステンツ提督本人だ」
「HAHAHA! ハンプトン大佐、またまた御冗談を!」
ボクの知ってるステンツ提督はいぶし銀のシブ~いダンディなオジサマだぜ? いくらなんでもこんなカワイコちゃんであるはずが……とハンプトン大佐に言い返そうとしたところで、ボクはステンツちゃんから手を振り払われた。
続いてステンツちゃん、心底嫌そうな顔をしてこんなことを言った。
「相変わらずだな、セリザワ博士」
……ホントにステンツ提督なの?
「『ジャンジラ事件』でわたしがした話を覚えてるか? ほら、『父親』の話をしたろう?」
ジャンジラ事件での『父親』の話、ステンツ提督が他の人に話してなければ他に誰も知らない話である。
そういえば日本の美少女アニメでこんな風に、歴史上のエースパイロットや軍人さんを萌えキャラにした魔法少女モノがあったよね。ほら、『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』とかいうやつ。あんな感じ?
「前から散々言ってるが、何の脈絡もなくアニメの話をされてもわからんと言ってるだろうが」
うん、ステンツ提督だ、間違いない。
というか、なんで、どうして、こんなことに? ボクが思わず引っ繰り返りそうになっていると、ステンツちゃんもといステンツ提督が言った。
「この姿については追って話す。早速だがセリザワ博士、あなたの発明に関して協力を仰ぎたい」
発明に関して、協力? ロリ化ジェンデストロイヤーもといORD-ALICEのことだろうか。確認するボクにステンツ提督が「そうだ」と頷く。
「先日、軍で行われた実験が発端だ……」
そう言って、ステンツ提督たちはどこからともなく取り出したタブレットで録画映像を見せてくれた。
……最初に流れたのは『Classified』『Project:Destroy All Monsters』『Operation:Ulitimate Destroyer』などという何やら仰々しい文字列、それらが流れ終わると続いて映ったのはどこか南洋の島だった。太陽が照っている青空の下、軍の指示で退避してゆく住人たち。どうやら軍を主体として何か大掛かりな実験をしようとしているようだ。
そうこうしているうちに『あるもの』が画面へと映り込み、ボクと助手は驚愕した。助手が呟く。
「これはロリ化ジェンデストロイヤー……!」
金属とガラスのパッケージ、その内部に満たされているカラフルな薬液。細かい形状に差異はあるが間違いない、ボクの発明したロリ化ジェンデストロイヤーことORD-ALICEと同じものだ。だけどなんでこれがこんなところに。
ボクたちが混乱している中でも映像は続く。ロリ化ジェンデストロイヤーと思しきカプセルは飛行機に積み込まれたうえでタイマーがセットされ、空を飛ぶ飛行機の中から無人島となった島めがけて投下された。
〈10、9、8、7……〉
カウントが始まる。固唾をのんで見守る軍人たち。
〈6、5、4……〉
晴れ渡った青空、澄み切った青海。
その瞬間、支配したのは静寂。
〈3、2、1……〉
どかーん。
南洋の真ん中で鮮緑色の閃光が炸裂する。怒涛の勢いで立ち上がったのは、海を引っ繰り返したかのような膨大な水飛沫と巨大なキノコ雲。
まるで地獄の劫火が溢れ出たかのような圧倒的な火力と破壊力、爆風によって巻き上げられた土砂と海水が空を覆い尽くし、それが収まった頃には標的となった無人島は消え去っていた。
こんなの、まるで。
「核爆弾……!?」
動揺するボクたちにステンツ提督は「まだ続きがある、観てほしい」と動画を続けた。
長らく続いた爆風と激烈な波しぶき。それらすべてが収まって、元通りの静けさを取り戻したかのように見えた海。
不意に、
途端、データ回収の作業を進めている軍人たちが口忙しくなり慌て始める。聞こえてくる会話の端々からするに、どうやら想定外の事態が起こりつつあるらしい。
そうこうしているうちに海面が巨大な何かで押し上げられて盛り上がり、中から『真紅の巨大な影』が浮上してきた。海中から突如現れた怪物に、軍人たちは慌てて迎撃の準備を進めようとするが、間に合わない。海上で仁王立ちした怪物は世にもおぞましい雄叫びを挙げてから体の各部で電流をスパークさせると、その甲殻類めいた口から紫電のビームを掃射した。
怪物のビーム光線で薙ぎ払われて、真っ白に染まる画面。映像はそこで終わっていた。
「い、今のは、いったい……?」
呆然とするしかないボクたちに、ステンツ提督は語り始める。
「事の発端は、わが軍の内部でかの伝説の兵器『オキシジェンデストロイヤー』を再現しよう、という計画が持ち上がったことだ」
オキシジェンデストロイヤー、ORD-ALICEがロリ化ジェンデストロイヤーなんて不名誉な名前で呼ばれる由縁にもなった恐ろしい最終兵器。都市伝説の類いとしか思ってなかったけれど本当に実在したのか、しかもそれを再現しようなんて大真面目に考えた人たちがいたなんて。
ステンツ提督の話は続く。
「オキシジェンデストロイヤーはかつて、ゴジラを一時的ながらも行動不能にまで追い込んだ兵器だ。『怪獣黙示録』が沈静化しつつある昨今だが、人間の世界は今もなお怪獣の脅威に脅かされ続けている。ゴジラさえも倒せる兵器、もしそれを再現でき、しかも制御可能なレベルで実用化できれば怪獣たちへの抑止力になり得る。そういう意見が軍内で盛り上がり、エイペックス社との共同で研究が行われた」
なんてことを……。戦慄するボクだけど、一方で疑問が浮かんだ。
「だけどそれがロリ化ジェンデストロイヤー、じゃなくてORD-ALICEと何の関係が?」
ボクの疑問に、ステンツ提督は驚くべき答えを返してきた。
「かのオキシジェンデストロイヤーとあなたのロリ化ジェンデストロイヤー、実は本質的には同じものなんだ」
「なんだって、そんなバカな!?」
片や酸素破壊剤、もう片や怪獣をヒト化する有機再定義剤、何の関わりもないじゃあないか。何がどうつながれば『同じ』になるって? 有り得ないだろ。
そう聞き返すと、ステンツ提督は「そのあたりの詳しい話は“彼”に聞いてもらった方が早いな」ともう一人の人物を招き入れた。
「セリザワ博士っ!」
開口一番、ボクの名前を叫んで入ってきたのは、一人の男だった。ぼさぼさの頭に分厚い眼鏡、痩せ型猫背気味の長身でぶかぶかの白衣を纏った服装、如何にも実験室に籠り切りの陰気なオタク科学者という印象である。
オタク科学者は、突然ボクの手を掴んで振り回さんばかりにぶんぶんと握手した。
「はじめましてセリザワ博士! エイペックス社主任研究員の〈ヴィルヘルム=キルヒナー〉と申します! ぼく、あなたの大ファンなんです! ずっとお会いしたかった……!」
「は、はあ。どうも……」
オタク科学者ことキルヒナー博士によるあまりに熱烈で一方的な態度に、ボクも思わず引いてしまう。そんなボクに構うことなく、キルヒナー博士はうっとりとした顔で捲し立てた。
「いやーすごいですよねぇあのロリ化ジェンデストロイヤー、ほんと衝撃的でしたよぉ! まさか怪獣をあんなふうに幼く可愛らしくできるとは思わなかった、まさかあそこまで精密にアーキタイプを操作できるシステムが実現できるとは! いや本当にリスペクトしてもしきれません!」
「……そりゃ、どーも」
でも、そこまでリスペクトどうの言うなら、ロリ化ジェンデストロイヤーじゃなくて『ORD-ALICE』ってちゃんと正式名称で呼んでほしいけどね。
嫌みたっぷりちくちく言い返してやろうかとも思ったけど、話が進まないので脇に置いておく。
「で、何がどう『同じ』なの?」
続きを促すボクの言葉に、キルヒナー博士は「ああ、そうだった」と我に返って話し始めた。
「オキシジェンデストロイヤーは酸素破壊剤と言われていますがね、最近の研究で実際は『アーキタイプを操作する兵器』であることがわかったんです。開発者が遺した論文には意図的な空白があった。行き詰まりですよ、『シヴァ紅塵破局事件』でアーキタイプの研究は進んだとはいえ、アーキタイプを因子としてそこまで精密に制御する技術はまだ開発されていませんでしたからね」
……ふーん、それで?
「その空白を埋めてくれたのがセリザワ博士、あなたのロリ化ジェンデストロイヤー! あなたが発表したかの兵器のデータを参考にパク……もといリスペクトして、ぼくも自分の発明に『指向性』を持たせようと試みたんです。怪獣をも超えた最強の力、万物を破壊できる最終兵器、名付けて〈ウルティメイトデストロイヤー〉、やっと完成に漕ぎ着けることが出来ました!」
パクリ、って言おうとしたなおまえ。まあそれはともかく。
「なるほど、それで『本質的には同じもの』と」
ボクは納得した。アーキタイプで酸素を操作するオキシジェンデストロイヤーと、アーキタイプで怪獣の在り様を操作するロリ化ジェンデストロイヤーことORD-ALICE。操作する対象が『酸素』か『怪獣』かで違いはあるけれど、やっていることはまったく同じだ。
自分の技術を勝手にパクられて兵器にされるなんて正直とても気に喰わないけれど、今はそんなことを追及している場合ではない。
「……で、それが失敗した、と」
「あ、はい……」
ボクの指摘で、キルヒナー博士は途端に黙り込んでしまった。わかりやすいなーこいつ。うん、ボクが嫌いなタイプのオタクだわ。
そんなキルヒナー博士に続いて、ステンツ提督が口を開く。
「かくして完成した新兵器で実験を行なった結果が、さっきの映像だ。ウルティメイトデストロイヤー使用後に突如表れたあの巨大生物、我々は〈デストロイア〉と呼称しているがあいつが吐いた謎の光線、あれを浴びた結果が……」
このザマだ、とステンツ提督はロリ美少女になってしまった自身の姿を見せつける。
……なるほど、何もかもを破壊する兵器を作ったつもりでボクの作ったORD-ALICEの真似をした結果、何もかもをロリ化してしまう兵器ひいては怪獣を作ってしまったと。
アホか。
「でもそんなの、軍隊でどうにかすればいいじゃないの。怪獣絡みとは言え、なんでわざわざボクを頼るのさ」
そう指摘されると、「それが……」とステンツ提督は至極歯切れの悪そうな表情で、次なる人物を呼び入れた。
現れたのは、これまた可愛らしい美少女だった。顔つきは落ち着いた雰囲気にも見えるが、目の奥には溌溂とした知性の輝きがある。とても賢そうなお嬢さんだ。
「わァ、キミかわいいね! ウチの子にならない??」
「博士、本当に節操ないですね。そのうち捕まりますよ」
「愛に殉じて捕まるなら本望だねっ」
「やれやれ……」
ボクが助手に窘められている中、現れた女の子は行儀よく腰をかがめて挨拶してくれた。
「“この姿”では初めてですね、セリザワ博士。初めまして、〈サラトガ〉と申します」
ふーん、サラトガ、サラトガちゃんっていうのか~。
「……ってサラトガ!?」
今日何度目かわからないけど、ボクはまたしても仰天した。
サラトガと言えば原子力空母の名前である。ステンツ提督が指揮官を務める対怪獣艦隊の一隻、その中核を担うのが空母サラトガだ。『ジャンジラ事件』のときはボクも乗ったことがある。
そのサラトガと同じ名前、ってことは……? 恐る恐る訊ねるぼくに、サラトガを名乗る少女は可愛らしい会釈で答えた。
「はい。ロリ化ジェンデストロイヤーが原因でこの姿になりました。サラとお呼びくださいね」
そう言ってペコリと丁寧にお辞儀してくれるサラトガちゃん。デストロイアの奴、原子力空母サラトガまで女の子に変えちゃったのか。まったく素晴ら……もといとんでもない奴である。
「とまあ、このように」とステンツ提督が言う。
「デストロイアの前ではすべてが無力、戦艦も飛行機も重火器も何もかもがロリにされてしまうのだ。あいつにはまるで歯が立たん……」
もう、なにそれ最高じゃん。うひっ涎が出ちゃう。じゅるり。
「は?」
いやなんでもないです。おほん。
うっかり漏れかけた本音を咳払いで誤魔化しつつ、ボクはアーキタイプとデストロイアにまつわる一つの仮説を組み立てていた。
「……デストロイアは恐らく、“先カンブリア時代”の怪獣だ」
「先カンブリア時代?」
恐らく聞き慣れない単語だったのだろう、首を傾げるステンツ提督たちにボクは説明する。
……“先カンブリア時代”とは恐竜時代よりもっと遥か太古の昔、生物の化石というものが確認できるギリギリの時代であり、地球で最初に生き物と呼ばれ得るものが現れ始めた時代のことである。その頃に起こった生物門の爆発的大量発生が“カンブリア爆発”、ボクたち人類に繋がる生き物の先祖が生まれたのだってカンブリア爆発のおかげなのだ。
そして『先カンブリア時代のカンブリア爆発を起こしたのはアーキタイプだった』という仮説。聞いた当時はボクも流行りに乗っただけのトンチキな珍説と思っていたけれど、案外
「というと?」
続きを促すステンツ提督たちにボクは仮説を続ける。
先カンブリア時代のカンブリア爆発が紅塵、アーキタイプの大量発生が引き起こしたものだったのだとすれば、本来のデストロイアはその当時に生まれたアーキタイプを操る生物だったのだろう。ともすればデストロイアこそカンブリア爆発を引き起こした張本人、いわば『特異点:Singular point』そのものだったのかもしれない。
古代にアーキタイプを各地にばらまいて進化を促したデストロイアは、その後何らかの理由でアーキタイプを操る能力を捨てて進化し、海を漂うプランクトンの姿でそのまま現代まで生き延びていたのだろう。
と、ここまで説明したところで、ステンツ提督が口を挟んだ。
「進化したのか? 弱くなったように見えるが」
ふん、これだからシロートは困るねっ。ボクは答える。
「ボクたち人間の祖先が水中から陸上生活するために鰭や鰓を捨てたように、『要らなくなったものを捨て去る』『敢えて弱くなる』のも進化の一つさ。強い、弱い、そんなのは人間の勝手な尺度に過ぎない。あるいは、アーキタイプ自体がそういった『変化』を促す因子なのかもしれないね」
ま、それはともかく。ボクは仮説を続ける。
「かくして現代にまで生き延びていたデストロイアが、アンタらの作ったウルティメイトデストロイヤーを受けて“退化”し、アーキタイプの力を取り戻して怪獣になった。おおかた、そんなところじゃあないかな……」
と、ここまで語ったところで、ボクは思い至る。かつてカンブリア爆発を引き起こしたアーキタイプ怪獣デストロイア、そいつが現代に蘇ったのだとしたら。
「……まずいぞ」
「まずい、って何が? いや確かに現状はまずいが……」
そう訊ねるステンツ提督たちに、ボクは「いや、そういう意味じゃない」と答えた。
「もしデストロイアがあのままアーキタイプをバラまき続けたら、地球は先カンブリア時代からやり直すことになる。『怪獣黙示録』なんて目じゃあないぞ!」
ボクの言葉に、ステンツ提督が「おいおい」と反論した。
「いくらなんでも『怪獣黙示録』より酷いことになるとは思えんが。ジャンジラ事件のとき博士自身言っていたじゃないか、『自然には調和を保つ力がある』と。いつもどおり怪獣としてやっつけてしまえばいいだけじゃあないのか」
「いやまあ、そうだけど……」
たしかに、自然には調和を保つ力がある。
けれど、それは絶妙なバランスで成り立っているものだ。たとえば人口、今のペースで増えすぎただけでも将来は危ういとされているのに、この期に及んでなんでもかんでもロリにするような怪獣が現れて、空母やらなにやらまでもがロリ化されて人口が爆発的に増えてしまったら、この世界は間違いなく大打撃を受けることになる。
おまけに、生き物の変化を急激に加速させるということは、それに伴って地球の環境にも変化が生じることになる。山に生える植物の植生が変わればそこに棲む獣たちの生活も変わるし、海のプランクトンのバランスが変われば、そこで暮らす魚介類たちの在り様も変化する。そうやって変化したその状況の辻褄合わせのため、『無茶な進化や変異』が引き起こされてしまう。進化と変化の爆発的な連鎖反応、そうして崩れ始めたバランスは二度と元には戻らない。進み出したドミノ倒しのように加速的に、そして取り返しがつかないほど致命的に、世界は変わり果ててしまうだろう。
まさに『破局』だ。
そしてボクは、先に現れた小美人たちの言っていた言葉を思い出す。
「あのような危険な兵器は、一刻も早く歴史の闇に葬らねばなりません」
「人間が、あの『シヴァ紅塵破局事件』から戦いの道具を作ったのは間違いです」
今にして思えばその時点で気づくべきだった、いいやむしろ遅いくらいだ。そもそも小美人は『兵器』『戦いの道具』と言っていたじゃないか。
“怪獣さえもロリに変えてしまう、ロリ化ジェンデストロイヤー”
こんな代物が世に出たら、世の中の為政者や権力者たちが黙って見ているはずがなかった。兵器転用しようとするに決まってる。そのことに思い至らなかったボクは、なんて愚かだったのだろう。
「アレは、ロリ化ジェンデストロイヤーはこの世の理から外れたもの、今のあなたたち人類の手には到底余るものです。このままにしておいては、いずれ大いなる災いをもたらすこととなるでしょう……」
“大いなる災い”……そういうことか、ちくしょう。
歯噛みするボクに、キルヒナー博士は「あと少し、あと少しなんです!」と縋りついた。
「今回は失敗しましたけど、ウルティメイトデストロイヤーが完成すればあのデストロイアだって倒して事態を収拾できるはず! あなたのロリ化ジェンデストロイヤー、あなたが与えたあの『指向性』と『制御』、その秘訣を教えていただければぼくのウルティメイトデストロイヤーはきっと完璧になれる! そうだ、いっそ共同研究しませんか!? それならきっと……!」
「……ふ、」
ふ?
首を傾げたキルヒナーにボクは口を開く。
「ふざけるなアッ!!」
ボクは振りかぶった握り拳で力いっぱい、キルヒナーをブン殴った。ひでぶっ、とその場へと引っ繰り返るキルヒナーに、ボクは腹の底からの大声で怒鳴った。
「怪獣をも超えた最強の力だと、ボクはそんなことのためにORD-ALICEを作ったんじゃない! 『リスペクト』だって? おまえはボクのことなんか、なんにもわかっちゃアいないじゃないか……ッ!!」
とはいえキルヒナーだけの責任ではないことに、ボクは気づいていた。
このキルヒナーとかいう馬鹿は、何のことはない、ボクの真似をしただけだ。そもそもボクがアーキタイプに関する発明を発表しなければ、こんな事態にはならなかった。ボクこそ大馬鹿だ、そんなボクにこのキルヒナーとかいう馬鹿を非難する資格なんかない。
ボクが頭を抱えていると、ハンプトン大佐に通信が入った。そしてその内容を即座にステンツ提督へ報告する。
「提督、大変です! デストロイアが博物館を襲ったら、“収蔵されていた刀剣が男子になってしまった”と!」
「ロリ化ジェンデストロイヤー、怪獣をロリにするだけじゃあなかったのか!?」
なにそれ、もはやロリ化ジェンデストロイヤーじゃないじゃん。
だけど決して笑いごとなどではなかった。デストロイアの体内で化学変化を起こしたロリ化ジェンデストロイヤー、もはや人の手の制御を離れて独り歩きでの変異、いいや進化を始めているということなのか。
動転することしかできないボクたちを嘲笑うかのように、デストロイアが撒き散らした変異性アーキタイプによる被害報告が次々と上がってくる。
「巷の動植物たちが!」
「競馬場のウマが!」
「世界連盟科学技術推進機構で開発されてた新兵器:フレームアームズが!」
「お台場のユニコーンまで!!」
拡がり続ける惨禍、ステンツ提督がたまらず声を上げた。
「とにかく、どうにか出来ないのか!? たとえば、アーキタイプ怪獣の弱点を突く発明とか!」
「ないよそんなの!」
だいたい自分たちが引き起こした事態なんだから自分たちでどうにかしてよ、こうなる前に相談の一つもしないくせにいざ困ったら科学者に頼ってくるなんて都合が良すぎるでしょうが!
万物を破壊し尽くしてしまう究極の破壊生物、Ulitimate Destroyer:デストロイア。こんな怪物、一体どうしろっていうんだよお!
……と言い返そうとして、ふとボクは立ち止まった。アーキタイプ怪獣の弱点といえば。
「オーソゴナルダイアゴナライザー……」
「オーソゴ……なんだって?」
聞き返したステンツ提督に説明する。
Orthogonal Diagonalizer、アシハラ論文で存在が示唆されていたアーキタイプ13番目のフェーズ。時空と因果を直行対角化で捻じれさせることでアーキタイプの効能をまったく別のものに変えてしまう。『アーキタイプ怪獣の弱点を突ける発明』、そんなものがあるとすればこのオーソゴナルダイアゴナライザーしかないだろう。
ボクの思いつきに一同、途端に希望を見出したらしい。ステンツ提督が言う。
「おお、そういうものがあるんじゃないか! だったら……」
だけどコトはそんな簡単じゃあない。ボクは首を左右にする。
「そこのキルヒナーとかいうバカが創り出したウルティメイトデストロイヤーは、根本的にボクの作ったロリ化ジェンデストロイヤー……じゃなくてORD-ALICEとは組成が違う変異性アーキタイプだ。変異性アーキタイプには、変異性アーキタイプのオーソゴナルダイアゴナライザーしか通用しない」
「だったらそれを今から作れば……」
「バカ言わないでくれ、ORD-ALICEのオーソゴナルダイアゴナライザー一個作るためのコード算出するのにどれだけの計算時間が必要だったと思ってるんだ。新しい、それも変異性アーキタイプのオーソゴナルダイアゴナライザーだって? そんなコードを弾き出すよりも地球を滅ぼされるのが先だろうよ」
オーソゴナルダイアゴナライザーはプログラマブル・マター、つまり適切なコードを打ち込まなければ効果を発揮できない。そのためにはハッシュ関数を逆から解いて割り出すような、膨大で果てしない計算が必要になる。
ゴジラをロリ化したORD-ALICEのオーソゴナルダイアゴナライザーでさえ、その生成には数ヵ月かかったのだ。今から変異性アーキタイプの中身を分析し、最適なオーソゴナルダイアゴナライザーの組成を特定してその生成のためのコードを算出する。いったいどれだけ時間がかかることだろう。
「それに、デストロイアのロリ化ジェンデストロイヤーは、ロリ化以外の効能を発揮していた。つまり“当初から変異している”ってことだ」
感染症のウィルスを抑え込むためのワクチンと一緒だ。ワクチンを作り出すよりウィルスの変異のスピードが早ければ、ワクチンは十全の効能を発揮してくれない。
体内濃縮の作用なのかあるいは元々そういう性質の生き物だったのか、デストロイアのアーキタイプとオーソゴナルダイアゴナライザーにも同じことが起こる可能性がある。せっかくオーソゴナルダイアゴナライザーを作っても、実際のデストロイアには効かないかもしれない。
「デストロイアを倒せるオーソゴナルダイアゴナライザーを作り出す。そんなのは海に落とした指輪、いいや宇宙に落とした砂一粒を探し出すよりも遥かに困難な作業になると思う」
どれだけ絶望的な状況なのかそこまで説明したところで、そんな、と絶句する一同。だけどそうやって苦悩しても後悔しても、時間は止まってくれやしない。地球滅亡まで刻一刻とタイムリミットは迫っているのだ。
そしてボク自身もまた途方に暮れていた。ああ、何もかもボクのせいだ。ああ、ボクがこんなものさえ作らなければ……っ!
沈黙と絶望が支配する中、「あのぅ……」と声がした。
「あのぅ、ひとつ、よろしいですか?」
そう言って申し訳なさそうに挙手していたのは、サラトガちゃんだった。
なんだい、サラトガちゃん。ボクが話を振ると、サラトガちゃんは周りの表情を伺いつつ、こんなことを言った。
「ゴジラは元に戻せるんですよね? 『デストロイアをゴジラにやっつけてもらう』、というのはどうなのでしょうか?」
途端、ゴジラの方へと一同の視線が集まる。ゴジラはというとソファの上で布団にくるまってすやすや眠っていたが、視線が集まったのに感づいたのかもぞもぞと起き上がった。
「ふぁ……なんだ、こんなに あつまって。どうした。なにか あったのか?」
何も知らないゴジラはそう言って欠伸しながら、周りを見回している。
しばしの静寂、やがてステンツ提督が口火を切った。
「そうだ、そりゃいい! いつものようにゴジラにデストロイアを倒してもらえばいいじゃないか!」
……たしかにそうだ、とボクも気づいた。
ORD-ALICEで一度ロリ化しているゴジラを元に戻せば、デストロイアの変異性アーキタイプにも抗体が出来て対抗できる可能性も高い。そうなればいつものとおりの怪獣プロレスだ、デストロイアとて怪獣なのだから、手に余る怪獣はゴジラにいつものようにやっつけてもらえばいい。普段どおり何も変わることはない。
そう、それでは“何も変わらない”。
このままゴジラを元の怪獣に戻してしまったら、ゴジラはデストロイアと戦わされることになる。そしてそのまま果てしない戦いの世界へと巻き込まれてしまうだろう、せっかくロリ化して平和に暮らせるようになったというのに。かつて怪獣としてのゴジラを創り出した愚かな過ちを、ボクたち人間はまたしても繰り返そうとしている。
そんなの、許されていいはずがない。
そう思い至ったボクに、ステンツ提督が言った。
「ほらセリザワ博士、あなた自身『ジャンジラ事件』や『怪獣大戦争』のときも言ってたろう、『ゴジラこそが自然の調和を保つ神』『Let Them Fight:やつらを戦わせる』んだと!」
「そりゃ、あのときはああ言ったけども、今回とは事情が……」
ボクが言い返そうとすると、「セリザワ博士」とハンプトン大佐が脇から口を挟んだ。
「さきほど『ORD-ALICEのオーソゴナルダイアゴナライザー』と仰いましたよね? ということはあるんじゃないですか? ゴジラを元に戻すためのオーソゴナルダイアゴナライザーが」
「うぐっ……!」
その質問に、ボクは答えに窮した。
ハンプトン大佐の指摘は事実だ。たしかにロリ化ジェンデストロイヤー、もといORD-ALICEのオーソゴナルダイアゴナライザーは作ってある。本来は、ゴジラのロリ化が失敗したとき元へ戻すために用意していたものだった。
咄嗟に怯んだボクだけど、なんとか言い逃れようとすぐに抗弁した。
「だけど検証はしてない、だからちゃんと元に戻せるかどうk「効きます」
そこでボクの反論を遮ったのは、なんとボクの助手だった。落ち着き払った様子で、助手は続けた。
「ロリ化ジェンデストロイヤーのオーソゴナルダイアゴナライザーは、たしかに用意してあります。使えばちゃんとゴジラも元に戻せるはずです。だってセリザワ博士は天才ですし、ゴジラのことが大好きですから」
「おいおい、キミまでそんなこと言っちゃあ困るよ!」
そうやって地団太を踏むボクの方へと振り返り、助手は言った。
「……博士、お気持ちはわかります。一緒に研究してきた仲ですもの。けれど今回ばかりは仕方ないのではないでしょうか。状況が状況ですし、余計な感傷は捨てるべきでしょう? 何しろ地球の未来が掛かっているんですから」
「し、しかし……」
う、う……えーい! まったく、どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって!
追い詰められた末に、ボクはキレた。
「だいたい提督、事の発端はアンタら軍隊が発明者のボクに無断でウルティメイトデストロイヤーなんて手にも負えないような兵器を作るから悪いんでしょう? なのになんでゴジラがその尻拭いをしなきゃあならないんだ!? 無責任だし身勝手すぎる!!」
「っ!……」
キレ気味のボクの指摘に押し黙る提督たち。そうとも、そもそもこの人たちには最初から決める権限なんてありゃしないのだ。
そうだ、ゴジラにも聞いてみよう。こういうときは当人の意思を確認しなくちゃ。ボクは、これまでずっと黙って話を聞いてくれていたゴジラに訊ねた。
「ゴジラだって、デストロイアみたいな恐ろしい怪獣との戦いなんて嫌だろう? このまま皆に愛されて平和に楽しく暮らせる方が幸せに決まっている。ね、そうだろう?」
「…………」
しん、と静まりかえった中、ゴジラがついに口を開く。
「……シゼンのチョーワだのチキュウのミライだの、そんなのどうでもいい。おまえたちニンゲンが わたしに どうあってほしいのか、どうあれば おまえらの つごうが よいのか、そんなの わたしの知ったことじゃない」
そう、そうだよね! だったら……。
そう言おうとするボクを、ゴジラは「だけど」と遮った。
「だけど わたし は わたし で いたいんだ」
ゴジラ……?
ボクが言葉を失う中、ゴジラは想いを語り続ける。
「そしてデストロイア、そんなとんでもないヤツ、とうてい ゆるしておけない。ここは わたしたちの星だ。いまさら よみがえってきたような いきおくれのバケモノふぜいに すきかって させてたまるか」
そしてゴジラはボクへと振り返り、こう言った。
「わたし、もとにもどりたい。おねがいだセリザワ、もとに もどしてくれ」
そう言って自ら頭を下げるゴジラに、ボクは何も言うことが出来なかった。
次回、最終回