ロリ化ジェンデストロイヤー   作:よよよーよ・だーだだ

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最後はサントラネタで行こうかと思ったんですけど毎回それもつまらんしいっそ好きな曲でと開き直りエンドタイトルはみゆはんさんの『ぼくのフレンド』つまりはこれからもどうかよろしくね

 

 

 ゴジラを元に戻す作戦:オペレーション・ゴルゴダ。

 陸上で実施したら元に戻ったゴジラによって被害が出るし、東京湾のような港湾だとあとからどんな影響が出るかわからないので、オペレーション・ゴルゴダは陸からも離れた南房総沖の海上で実施・展開されることになった。

 

「じゃあな、セリザワ」

「またね、ゴジラ」

 

 そう言って小舟に乗せられたゴジラへ、ボクは別れを告げる。

 同時にボクたちを載せたモナークの船が動き出し、大海原のど真ん中でぽつんと残されたゴジラが遠く、小さくなってゆく。

 ……ゴジラを載せたあの小舟には、時限式のオーソゴナルダイアゴナライザーが一緒に積み込まれている。タイマーはきっかり20分、時間が来れば起爆してゴジラは元通り身長50メートルの大怪獣の姿へと還る。

 

「さよなら、ゴジラ……」

 

 最後の別れの言葉を呟きながら、ふと、こんなことを思う。

 ……もしも次にゴジラと会ったなら、ゴジラはこのボク:セリザワのことを思い出してくれるだろうか?

 そしてすぐに『そんなのはただの感傷だ、あるわけがない』と冷静な科学者としてのボクが否定しに掛かる。ロリ化ジェンデストロイヤーことORD-ALICEは、ゴジラの脳の構造までも最適化してしまうものだ。怪獣からヒト、そして元の怪獣への変化、その変化の過程で記憶がちゃんと引き継がれる保証はどこにもない。ゴジラが元に戻ったらきっとボクたちの研究所での暮らし、東京で楽しく遊んだこと、そしてボクたちのことさえも何もかも忘れてしまうだろう。

 ……わかってはいる、わかってはいるんだ。だけどやっぱりちょっと寂しいよ。天才科学者はこれだから辛いよね、まったく。

 

「あの、博士……」

 

 振り返ると、脇から助手が心配そうに覗き込んでいた。

 

「泣いてるんですか?」

 

 ボクは慌てて取り繕う。

 

「な、泣いてなんかないさ!」

「そのわりには目が潤んでいるようですが」

「あ、いや、これは目に海の飛沫がだな……」

「……博士、たまには素直になっても良いんですよ?」

「…………ありがとね」

「いいえ。助手ですから」

 

 そのとき後ろから「おい、大変だっ!」と声をかけられた。ボクのモナークの同期にして本作戦の指揮を執っている男、オガタ博士だ。

 

「オガタさん!?」

「どうした、オガタ!?」

 

 一人の男を引きずって現れたオガタにボクたちが訊き返すと、オガタは慌てた様子でとんでもないことを言い出した。

 

「船に侵入者が紛れ込んでいた! オーソゴナルダイアゴナライザーに細工をした、と!」

 

 な、なんだって……!?

 愕然とするボクたちに、オガタに引っ立てられてきた侵入者の男はニヤニヤしながらこう言った。

 

「これであの忌々しいゴジラもあの世行きだ。ざまあみろ、悪魔の怪獣至上主義者どもめ」

 

 唖然としているボクらを前に、その場でげらげらと笑い転げる侵入者の男。

 なんてこった、さては勝鬨橋でボクとゴジラを襲撃した『総攻撃派の会』の奴らか。どういう手管か知らないがこの船へまんまと紛れ込み、オーソゴナルダイアゴナライザーに破壊工作を仕掛けたのだ。

 ……くそう、時間がない。ゴジラが危ない! ボクは即断した。

 

「セリザワ!?」「セリザワ博士!?」

 

 慌てるオガタと助手を尻目に、ボクはすぐに海へと飛び込んだ。向かう先は勿論、ゴジラのいる小舟。ボクはありったけの力を振り絞って、全速力でゴジラの許へと急いだ。冷たい海の水が骨身に染みるけれど、躊躇なんかしていられない。何しろ世界の命運、いやそんなものより“推し”の命がかかっているのだ。

 大急ぎで泳いで10分、ボクはゴジラの小舟へと到達できた。

 

「……やあ、ゴジラ」

 

 海から小舟へ這い上がったボクが声をかけると、ゴジラは宝石みたいな目を丸くして訊ねた。

 

「どうしたんだセリザワ、あぶないから にげるんじゃなかったのか」

「いやあ、オーソゴナルダイアゴナライザーに余計なことをした奴がいてね。手作業で直すしかないから戻ってきたよ」

 

 ずぶ濡れの服の裾を搾りながらのボクの答えに、ゴジラは「ふーん……ニンゲンは あいかわらずバカだな」と事も無げだった。そんなゴジラに、ボクは告げる。

 

「ちょっと待っててね、すぐ直すから」

「わかった」

 

 素直にうなずいたゴジラを尻目に、ボクはオーソゴナルダイアゴナライザーのパッケージを開封して中身を確認する。

 ボクは泳ぎながら、あの侵入者の仕組んだ“細工”について推理していた。オーソゴナルダイアゴナライザー、素人で弄れるような場所はそんなにない。ケースは強化ガラスに合金製、開け方を知っているのはボクと助手だけで薬液はその中に完全密封されている。となると部外者が細工するとしたらコードを弄るか、外付けで何か取り付けるくらいしかないけれど、外付けの細工についてはこのボク自身が入念にチェックしているしそんなものがあれば即座に発覚しているはず。

 ……うん、大丈夫。思ったとおり、オーソゴナルダイアゴナライザーのコードを書き換えられていただけだった。時間はまだある。そして天才のボクに掛かればこんなの朝飯前、何ら問題はない。

 

「……これでよし、と」

 

 コードの修正作業を5分少々で終えたあと、続いてボクは先ほどから鳴りっぱなしだった懐の携帯端末を手に取った。

 

「もしもs〈セリザワ博士!〉〈セリザワッ!〉

 

 受話した途端、スピーカーから食い気味に助手の声がして、次いでオガタの声が聞こえた。

 

〈ご無事ですか、セリザワ博士っ!〉

〈起爆まで時間がない、はやくその場から離れろ!!〉

 

 セリザワ、セリザワ、と声を枯らして呼びかけてくる二人にボクは応じた。

 

「オガタ、大成功だ。オーソゴナルダイアゴナライザーの修正は終わった。これでゴジラも元通り、世界はきっと救われる」

 

 へらへらとそう答えたボクに、助手が〈そんなことどうでもいいですっ!〉と怒鳴り返した。

 

〈早く逃げてっ、セリザワ博士っ!〉

 

 ……そうだね。でも、もう駄目だよ。

 

「オーソゴナルダイアゴナライザーの作用はもう止められない。今更逃げても間に合わないさ」

〈なんですって!?〉

〈そんな……!〉

 

 絶句するオガタと助手、二人についてボクは思案を巡らせた。

 ……きっとこれは別れの言葉、最後の挨拶になる。世界中の誰よりも大切な人たちに、ボクは人生最後に何を伝えたら良いだろう。

 逡巡の末、ボクは口を開いた。

 

「……でもね、キミたちと出会えてボクの人生は幸福だったよ」

〈何を言ってるんだセリザワ……!?〉

「こんなボクに、友達として付き合ってくれて今までありがとう。オガタ、助手のことをよろしく頼む」

〈そんな、セリザワ博士っ、待っ……!〉

 

 懸命に引き止めようと叫び続けるオガタと助手を無視して、ボクは末期の想いを告げた。

 

「幸福に暮らせよ。さよなら、さよなら!」

 

 そうしてボクはオガタたちとの通信を打ち切り、しつこく着信音を鳴らし続けている携帯端末を海へと放り込んだ。

 これでこの場にいるのはボクとゴジラの二人きり、二人を載せた小舟の中心でオーソゴナルダイアゴナライザーのタイマーが刻一刻と進んでゆく。

 二人で向き合いながらちょこんと座っている中、先に口を開いたのはゴジラの方だった。

 

「……なにもしないのか?」

 

 なにも、って何が?

 ボクが聞き返すと、ゴジラはおずおずとこんなことを言った。

 

「おまえロリコンなのに、ケンキュージョでもずっと助手に みはられてて、わたしに なにもできなかったろう。だけど いまなら助手はいない、スキホーダイできるぞ」

 

 そう語るゴジラの頬は赤らんでいて、まるで恥じらっているかのようにボクには見えた。

 ……それもそうだねぇ。

 

「どうせ最後だし好きにさせてもらおうかしら」

「えっ」

「ふっふっふ、どうしてあげようかな。そのスベスベもちもちほっぺにチューしちゃおうかな、それとも頬擦りしてあげちゃおうかな、ペロペロしてあげてもいいかなあ」

「えっ、ちょっ、まっ、まてっ、」

「ギューッと抱き締めて全身の柔らかさと温もりを堪能してから、いつぞやに果たせなかった裸のお付き合いもして、そしてもっともっとディープにあーんなことやこーんなことまでやっちゃおうかなあ!」

 

 ぐふっ、ぐふふ、ぐふふふふ……。

 意地の悪い笑みを溢すボクにゴジラは戸惑いながら息を呑んだけれど、そこは流石に怪獣王、すぐにキリと表情を凛々しく引き締めてこう答えた。

 

「おまえが その気なら……いいぞ?」

 

 覚悟を決めたゴジラ。けれど緊張からか目線は泳いでいるし、小さな体はもじもじとくねっていて、羞恥からか頬は火照って真っ赤になっている。

 うん可愛いなあ、食べちゃいたいくらい。据え膳食わぬはなんとやら、目の前で身を差し出そうとするロリ・ゴジラはボクにとってまさに極上の据え膳だった。

 

「ぐっふっふっふっ……」

 

 ボクが指先をワキワキしていると、ゴジラはそのつぶらな目をぎゅっと瞑った。ああ本当に可愛いったらありゃしない、これで手を出さない方が間違ってるとさえ思うよボクは。そんなことを考えながら、ボクはゴジラへ手を伸ばす。

 

 ……なんてね。

 

 ボクは手を出す代わりにゴジラのふわふわの前髪を掻き上げて、剥き出しになったおでこを優しく撫でてあげた。

 わしわし、とボクが髪を撫でているうちに、ゴジラが恐る恐る目を開いて訊ねる。

 

「……なにもしないのか?」

「しないよ」

 

 即答したボクに、ゴジラは心底不思議そうな表情をしながらこう言った。

 

「ホントに なにもしないのか? せっかく めのまえに おまえのだいすきなロリが いるんだぞ。もったいないじゃあないか」

 

 ……こんな幼気な子にこんなこと言わせるなんて流石にヒトとしてどうかと思うなあ、とボクはこれまでの自身の所業をちょっぴり反省する。前から助手から散々言われてきたとおりだ、ボクもいい歳なんだからしっかりしなくちゃね。

 

「ボクだってTPOくらいは弁えるさ」

「てーぴーおー……?」

「こんなときまで自分の趣味を優先するほど、ボクは愚かでも身勝手でもないってこと」

 

 そう答えて一区切りつけてから、ボクは別の話題を持ち出した。

 

「……ごめんよ、ゴジラ」

 

 なにがだ、と聞き返すゴジラに、ボクは深々と頭を下げる。

 

「人間ときたらいつもキミを傷つけてばかりだ。しかもいざとなればこうして都合よく縋りついて利用しようとさえする。さぞイヤだったろうね、本当にごめんよ」

 

 考えてみればゴジラは、いいや怪獣たちは誰もが最初から『そう』だった。環境破壊、戦争、核兵器。ヒト化する以前から、怪獣としてこの世に生まれたのだって元々は人間の愚かしさが原因だ。それを怪獣だと邪魔扱いして殺そうとした挙句、今度は『仲良く共存できるように()()()()()』? 何から何まで人間のエゴイズムじゃないか。ボクたち人間ときたらなんて身勝手だったのだろう。

 そんなボクの心からの謝罪に対し、ゴジラはそっけなくこう答えたのだった。

 

「べつに。きにしてない」

 

 え、そうなの? 思わぬ反応に驚いていると、ゴジラは鼻で一笑に付していた。

 

「こんなのいつものことだ。おまえたちニンゲンはいつだって欲深で、浅はかで、底無しに愚か。いまさら どうとも おもっていない」

 

 そう、なんだね……。

 そうやって落ち込むボクをゴジラはしばらく見上げていたが、やがてこんなことを言った。

 

「……まあ、たまにはこうして『ニンゲンになってみる』というのも わるくない。『ジブンとはなにか』『ニンゲンとはなにか』『セカイとはなにか』、そういうことを ニンゲンの あたまで かんがえてみるのも おもしろかった。マグロも うまかったしな」

 

 そしてニパーと笑ってこう言ったのだ。

 

「こんなものを つくれるなんて おまえたちニンゲンはすごいな、セリザワ」

 

 ……ふふっ、そうか。キミにそんな風に言ってもらえるなんて、とても光栄だよ。

 

「……ねぇ、ゴジラ」

「なんだ、セリザワ」

 

 ボクに呼び掛けられてキョトンと見上げたゴジラに対し、ボクは膝を屈めて目線を合わせてから大切な“お願い”をすることにした。

 

「たしかにキミの言うとおり、ボクたち人間は欲深で、浅はかで、底無しに愚かだ。キミたち怪獣にもこれまで散々迷惑をかけてきたと思うし、これからもきっとそれは変わらないだろう」

 

 だけどね。

 

「だけど、そんなダメダメなボクたちだけど、いつの日かキミたち怪獣とも肩を並べられるような、立派な種族になってみせるからさ。厚かましいお願いだと思うけど、どうかそれまで見守ってもらえないかな?」

 

 ボクの“お願い”に対し、ゴジラは小さな両腕を胸元で組んで「うーむ……」としばらく唸っていたけれど、やがて口を開いた。

 

「……まぁ、おまえらの たいどしだい だな。ほかならぬセリザワの たのみだから きいてやってもいいが、ナメてかかるようなら ヨーシャはしないぞ」

 

 ふふっ、ははは!

 その根拠もない自信満々で不遜な態度、如何にも王様っぽくてゴジラらしいや。それでこそボクが憧れた怪獣王、キングオブモンスターだよ。

 そうやって心の底から笑っているボクに、今度はゴジラの方から問いかけてきた。

 

「おまえこそよかったのか、セリザワ」

 

 よかった、って何が?

 

「助手のこと、オガタのこと。ほんとうに、これでよかったのか」

 

 ゴジラの問いに、ボクは笑って答える。

 

「いいんだ。助手やオガタのような素晴らしい人たちを、こんな生活も人格も破綻してるようなマッドサイエンティストなんかの巻き添えにしちゃいけない。そんなの、それこそ人類の損失だ」

 

 それに助手の恋人であるオガタは、研究者としては凡百で冗談も通じない堅物ではあるけれど、誠実さにかけては他のどの男よりも信用できる。そのオガタと一緒になるというのなら、きっと助手も幸福(しあわせ)になれるとボクは信じられるのだ。

 そう語るボクを見上げながら、ゴジラは言った。

 

「……セリザワ」

「なんだい?」

「助手のこと、すき、だったんだろ?」

「……!」

 

 ……いや、まいったな。

 真っ先にボクは誤魔化そうとも思ったのだけれど、ゴジラから向けられた真剣なまなざしを見ているうちにそんな小狡い気持ちは失せてしまった。よりにもよって大切な“推し”に、こんな真っ直ぐな目線を向けられたら嘘なんかつけないよ。

 だからボクは正直に答えた。

 

「うん、そうだよ。ボクにとって助手は……いいや、〈エミコさん〉は特別な人だった」

 

 恩師だったヤマネ博士の死去以来ひとりになってしまったボクのため、エミコさんは助手としてずっと傍に寄り添ってくれていた。彼女のおかげで、ボクはどれだけ孤独から救われたかわからない。

 そんな彼女のことを、ボクはいつの間にか友人として家族として、いいや“特別な人”として、心から想うようになっていった。

 続けてゴジラがボクに訊ねた。

 

「おまえ、死ぬのが こわくないのか。こんなの、おまえもきっとタダでは すまないぞ。こんなセカイのことなんか ほっといて、エミコと いっしょになればよかったのに」

 

 ……なんだ、そんなことか。ゴジラの疑問にボクは「いいんだよ」と答えた。

 

「見ただろう、ボクの発明ORD-ALICE、いいやロリ化ジェンデストロイヤーがいったい何を引き起こしたか。一人の科学者として、いいや一人の人間として、やらかしたことの落とし前はつけなくちゃあね。助手にも完全なコーディングは教えてないし、こんな代物、この世から完全に葬り去るにはこれこそが最善の選択なんだ」

 

 ボクの答えに「でも」とゴジラは食い下がる。

 

「でも、なにもセリザワが死ぬことはないじゃあないか。こんかいの ことで ニンゲンたちも きっと おもいしったろう。ロリ化ジェンデストロイヤーだって、おまえがきちんと みはっていれば いいんじゃあないか?」

「……たしかにね。そう、なのかもしれない」

 

 だけれども。

 

「人間というのは弱いもの。一切の書類、データを消し去ったとしてもボクの頭の中には残っている。ボクが死なない限り、どんなことで再び使用する立場に追い込まれないと誰が断言できる? あるいはキルヒナーみたいに他の誰かが、ボクの真似をして同じところに辿り着いてしまうかもしれないだろう?」

「それは……」

「それに、キミの言うとおりどうせボクたち人間は愚かだから、今回の一件をやり過ごしたらそのうちケロッと忘れて同じ過ちを犯してしまうに違いない。原爆対原爆、水爆対水爆、その上さらにアーキタイプを用いた高次元兵器なんて恐怖の武器を人間の世界にもたらすような馬鹿げた過ち、ヒトとして許すわけにはいかないんだよ」

 

 ボクの答えに、ゴジラは「ふーむ……」と心底不思議そうに首をかしげていた。

 

「セリザワは死ぬのがこわくないのか……ニンゲンについては ひととおり しってるつもりだったが、やっぱりニンゲンって よくわからないな」

 

 そんなゴジラに、ボクは再び笑いかける。

 

「まあ、何もかもわかろうとしなくても良いと思うよ。共存なんて、きっとそんなものだから」

「そう、なのか?」

「うん、そうだよ」

 

 ……そう。

 『何もかも理解してあげる』『受け容れてあげる』『一緒にしてあげる』、そんなのはただの傲慢だ。本当の『共存』、それはきっと相手を自分たちと同じにしてあげることなんかじゃあなくて、絶対的に違う相手のことをそれでもありのまま尊重(リスペクト)し、思い遣ろうとすること。気づいてみればとっても簡単なことだったけれど、それに辿り着くまでボクは随分と回り道をしてしまったな。

 そうこうしているうちに、オーソゴナルダイアゴナライザーが起爆するまであと数十秒。

 

「……さて、もうじきお別れだ。ゴジラ、この世界のこと、よろしく」

「おう」

 

 最後まで身勝手なボクの頼みだったけれど、ゴジラは自信満々に笑みながらしっかり頷いてくれた。

 

「なんてったって、わたしはキングオブモンスターだからな。まかせておけ、セリザワ」

 

 ……ゴジラはきっとこれからも変わらない。そうとも、ゴジラこそ人知を超えたキングオブモンスター。きっとこの星の頂点で居続けて、そして世界のことを見守ってくれることだろう。それがわかっただけで、ボクはもう安心だ。最後の瞬間をこうして“推し”と迎えられるなんて、ボクはとっても幸せ者だね。

 オーソゴナルダイアゴナライザーが炸裂するその刹那、ボクは呟いた。

 

「……さよなら(Good-bye)ボクの友達(Old Friend)

 

 そして、世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 オーソゴナルダイアゴナライザーの起爆、その閃光が収まってから数分後。

 わたし:ヤマネ=エミコとその一行を載せたモナークの船の船室で、オガタさんの怒鳴り声が響いた。

 

「おいっ、引き返せっ!」

 

 オガタさんの指示ですぐさまオーソゴナルダイアゴナライザーの起爆地点へ引き返してゆく、わたしたちモナークの船。

 目的はもちろん『セリザワ博士の救出』だ。かのオーソゴナルダイアゴナライザーの炸裂は数キロ先の爆風圏外から見えるほどの強烈なものだったけれど、万に一つの可能性をわたしたちはどうしても捨てきれなかった。

 ……ひょっとしたらとてつもない幸運か奇跡が起こって、セリザワ博士はなんとか助かったかもしれない。いや、そうであってほしい。どうかそうであって、お願いだから。わたしは心の中で祈りながら、オガタさんやモナークの仲間たちと探査ドローンによる捜索を懸命に続けた。

 けれど、結果は残酷だった。

 オーソゴナルダイアゴナライザー起爆地点、その海上で高々と聳え立っていたのはあまりにも巨大すぎる“塩の塔”。

 

「そんな……」

 

 突き付けられた現実を前に、わたしはその場で力無く崩れ落ちた。

 海上からの高さだけでも目測数百メートルに及んでいるこの結晶塔は、オーソゴナルダイアゴナライザーによって時空と因果を直行対角化されたアーキタイプから中和生成された、変成アーキタイプの(えん)結晶だ。すなわちそれはオーソゴナルダイアゴナライザーが正常に起動したということ、ひいてはその爆心地にいたセリザワ博士の死を意味するものでもある。

 わたしは眼前の光景から目を背けたけれど、時すでに遅し。わたしの喉の奥からは嗚咽、そして目からは熱いものが零れ落ちた。

 

「セリザワ博士……」

 

 セリザワ博士、どうしてあなたが死ななければならなかったの。どうしてこんなことになってしまったの。どうして、どうして……?

 船内が沈鬱な静寂に包まれてわたしの咽び泣く声だけが響き、その隣でオガタさんはただ黙ってわたしの肩を優しく抱いてくれていた。

 やがて最初に沈黙を破ったのは、船内の計器だ。耳障りなブザー音を聞きつけた船員の一人が計器に取り付き、途端に声を上げた。

 

「空間電位、および変成アーキタイプ塩結晶内部の温度が急上昇! どんどん上がってゆきます……!」

 

 その声で顔を上げたわたしは、窓の向こうに屹立する変成アーキタイプ塩の塔へと目線を移す。

 青く透き通った結晶塔、その深奥から青白い光が漏れ出ていた。徐々に輝きを増してゆく光、それが最高潮に達した瞬間。

 

 結晶が破裂した。

 

 まるで内側から弾け飛ぶかのように、変成アーキタイプによる塩の塔は呆気なく崩れ落ちて木端微塵に粉砕される。跡形もなく塵へと消えた塩の塔、その深奥から“ヤツ”が姿を現した。

 海上に仁王立ちしたその身長は50メートル、推定体重はおよそ1万トン以上、尾の長さときたら伸ばせば100メートルにも届くだろう。その背に堂々と並ぶは柊の葉にも似た鋭さで煌めく三列の背鰭、まるでそれらを誇るかのように背鰭から青白い光を煌々と明滅させている。

 現れたのは『獰猛』『勇壮』『破壊者』、それらを混合して具現化したかのように戦闘的なシルエット。気づけば誰もが目を引き恐れ入るであろう、あまりにも凶暴な威容。

 そしてその口から響き渡るのは、怪獣王の大音声(だいおんじょう)

 

 

 キングオブモンスター、ゴジラ復活す。

 

 

 ……最後「大成功だ」と言っていたセリザワ博士、その言葉はやはり正しかった。ロリ化ジェンデストロイヤーによってヒト化されていたゴジラは元の姿、すなわち水爆大怪獣ゴジラへと完全復活を果たしたのだ。

 景気づけと言わんばかりに盛大な雄叫びを轟かせたゴジラは、やがて足元で停船していたモナークの船、つまりわたしたちをギロリと睨みつけた。

 

「ひっ……!」

 

 大怪獣からの鋭い目線に射貫かれて、わたしたちは思わず身がすくんだ。

 わたしたち人間を睨んでいるゴジラの顔は鬼の形相、まさに怒り心頭だ。冷たく見下ろすその目つきは、あるいはわたしたち人間のことを心底軽蔑しているかのようにさえ思えた。

 ……考えるまでもない、ゴジラが怒るのは当然だ。わたしたち人間ときたらアーキタイプなんて自分たちの手に負えない代物を創り出して、その後始末をよりにもよって日頃から迫害しているゴジラに都合よく押し付けようとしている。

 もしくはそれらすべての生贄となった、かの“若き天才科学者”の犠牲を、ゴジラなりに悼んでいたのかもしれない。いずれにせよロリ化ジェンデストロイヤーが永遠に喪われた今、ゴジラの想いはもはやわたしたち人間の誰にもわからない。

 わたしたちをじっと見つめているゴジラと、そんなゴジラを見上げることしかできないわたしたち。刹那か数秒か数分か、体感的には永遠にも続いているかのように思われた大怪獣との邂逅は、やがて打ち切られた。

 

 ――……フンッ。

 

 心底不機嫌そうに鼻息を鳴らすゴジラが視線を逸らした先、つられてわたしたちも“それ”を目にして息を呑んだ。

 

 真紅の闇が迫ってきている。

 

 遠く水平線の向こう、それらを塗り潰しているのは一陣の真紅。まるで赤い暴風雨、もしくは紅の大津波が近づいてきているかのようだ。あまりにも濃厚すぎる未精製アーキタイプ:紅塵の嵐、そしてその最前列からこちらへ猛進してきているのは一体の怪獣。

 両肩から広がるのは広大な一対の翼と、額から堂々と伸びている巨大な角のシルエット。体内は恐らく高濃度の紅塵で満たされているのであろう、全身は生々しい鮮血のような真紅で染め上げられており、その各部からは猛烈な勢いで紅塵が噴き出し続けている。

 まさに赤い悪魔。船内で誰かが呟いた。

 

「あれが、デストロイア……」

 

 封印された禁断の兵器:オキシジェンデストロイヤーへと手を伸ばしたわたしたち人間と、その愚かしさが創り出した万物を破壊してしまう恐るべき破壊生物(Destroyer)。凶悪怪獣デストロイアがこちらへと接近しつつあった。

 おそらく変異性アーキタイプの影響で自己進化し続けているのだろう、今のデストロイアの姿は先日ステンツ提督が報告した内容よりも遥かに恐ろしい姿へと変貌していた。直立時の身長は100メートル、全長に至っては200メートルも下らないであろう桁違いの巨体、無数の棘や角を備え周囲すべてを破壊するため洗練し尽くされた禍々しいフォルム。

 しかもここまで変わり果てていても、これがデストロイアの完成形である保証などどこにも存在しなかった。これからもデストロイアは果てしなく進化を続けてゆくだろう。人を、世界を、何もかもすべてを破壊し尽くすそのときまで。そんな破滅の未来さえも予感させた。

 ……神話の黙示録によれば、世界の終末には天から赤き竜が降りてきて、ヒトの王となる子を付け狙うという。そしてこの世界に『破局』を齎す凶悪な赤き竜、デストロイア。これぞまさに『怪獣黙示録』というのは些か出来過ぎではなかろうか。

 

 けれど、ゴジラは決して怯まない。

 

 デストロイアを睨み付けるゴジラの態度は、まさに威容としたものだった。

 こちらへと迫ってくるデストロイアをゴジラはただじっと見据え、その場からは一歩も引こうとしない。威嚇するかのように青く明滅する背鰭、牙の隙間から漏れる力強い吐息、まさに臨戦態勢だ。

 ゴジラは、デストロイアを迎え撃つつもりだ。そしてそんな怪獣王に、膨大な紅塵を身に帯びたデストロイアも獰猛に挑みかかった。

 

「危険です、本船も退避します!」

 

 船長の指示を受け、船員たちが一斉に慌ただしく動き出す。続いて船も移動を開始、わたしたちの視界から海上に立つゴジラが遠ざかってゆく。

 躍り掛かったデストロイアと真正面から組み打ち、衝撃波を撒き散らしながら紅塵の闇へと呑み込まれてゆくゴジラ。そんなゴジラに、わたしは祈った。

 

「おねがい、ゴジラ……」

 

 どうか勝って、セリザワ博士のために。そんなわたしへ応えるかのように、堂々たるゴジラの咆哮が響き渡る。

 ゴジラVSデストロイア、『怪獣黙示録』を締め括るゴジラ最後の戦いが始まった。

 

◆    ◆    ◆    ◆

 

 ゴジラVSデストロイア。

 死闘は、数日に及んだ。

 

 変異性アーキタイプの力でパワーアップを遂げたデストロイアを相手に流石のゴジラも序盤は苦戦していたけれど、そこへモスラが加勢したことで徐々に押し返してゆき、勝負が互角になったところでゴジラはついに“切札”を切った。

 心臓部を中心に各部が赤熱した紅蓮の総身、極限まで高まり溢れ出続ける体内エネルギー、摂氏数千度にまで至った超高熱波の劫火が一歩踏みしめるごとに放出され世界そのものを焼いてゆく。

 

 ゴジラの切札、〈バーニング=ゴジラ〉。

 

 デストロイアとの決着がどうなったのか、ゴジラを中心に沸き上がった超高温の焦熱地獄で近づくことさえままならなかったわたしたち人間には観測すらできなかったけれど、戦いが終わった後のデストロイアは全身を蒸発させられてしまい細胞の一片すら残らなかった。

 デストロイアを焼き殺したゴジラはそのまま世界中を巡った。標的はデストロイアが撒き散らした変異性アーキタイプの紅塵、それをゴジラは例のごとく執拗なほどの徹底ぶりで完膚なきまでに焼き払い、世界はそれから数週間の内に元通りの澄み切った青空を取り戻すこととなる。

 デストロイア、紅塵、ロリ化ジェンデストロイヤー。人間たちが身に余る力に手を伸ばしたが故の愚劣な過ちはこうして取り除かれ、世界はまたしても怪獣王ゴジラによって救われたのだった。

 それから数年後。移動中に立ち寄ったパーキングエリアでテレビを観ていた娘が、ねぇママ、とわたしに訊ねた。

 

「ケンキチ叔父さんが言ってたけど、お台場のユニコーンが昔は巨大ロボットだったってホントー?」

 

 ええ、本当よ。今となってはこの姿の方が見慣れてしまったけれどね。

 そう答えながらわたしはテレビに映るお台場の光景へと目を移す。

 海を臨む湾岸都市の風景。かつては巨大ロボ:ユニコーンのモニュメントがそこに聳え立っていたが、今映っているのは往年の巨大ロボなどではなく、華やかな衣装を身に纏って笑顔を振り撒く可愛らしい少女であった。彼女こそがユニコーン、かつてお台場に飾られていた巨大ロボ:ユニコーンがロリ化ジェンデストロイヤーの影響でヒト化したものだ。

 ロリ化ジェンデストロイヤーでヒト化した巨大ロボ:ユニコーンは現在、ユキナという個人名も与えられ、お台場のマスコットとして毎年巨大ロボのコスプレを披露してPR活動に従事しているらしい。そういえばかの巨大ロボシリーズは今年も新作が展開されているが今度の作品は史上初の少女主人公、しかもヒロイン同士のシスターフッドを扱うものになるという。その手のサブカルに精通したオタクだった『あの人』が知ったら、はたしてどう感じただろうか。

 

 ロリ化ジェンデストロイヤーの影響で生まれた、新種のヒトたち。

 学者の間では「高次元知能霊長生物群」「社会的高知能動物群」「高次元知性直立歩行生態群」、果ては「非ヒト人種」なんてスレスレのものまで様々な名前が検討された他、人権団体は「A Life from Infinitely Close and Endlessly Far Away from You:妖精アリス(ALICE FAY)」と洒落た名前で呼んでいたり、議論百出で未だに名前すらろくに決まっていない有様ではあるが、巷では便宜上『擬人類:メタヒューマン』という名称で定着しつつあるようだ。擬人類も微妙なニュアンスが含まれるためゆくゆく変えることになりそうではあるが、それは彼女ら自身を加えた議論が進んでからことになるであろう。

 とにもかくにもメタヒューマンたちは、今もなおこの世界で暮らしている。今日も競馬場ではウマ娘たちが熾烈なレースを繰り広げて盛り上がっており、海の上では艦娘とKAN-SENたちが協力して異界からの侵略者どもを打ち払い、刀剣男子たちは歴史を修正しようとする時間遡行軍の魔手から時空を守り、専用の保護区(ジャパリパーク)ではアニマルガールたちがケモノのフレンズとして人々の心を癒している。

 ヒトを超えたヒト、メタヒューマン。その登場と参画に際して当初こそ混乱はあったが、最終的にメタヒューマンたちはモナークの庇護を受けることになり、わたしたち旧人類もそんな彼女らを少しずつ受け入れるようになっていった。メタヒューマン側もその気になれば我々旧人類など容易く制圧できるだろうにそんな考えは毛頭無いようで、盛大な『破局』を迎えるかに思われた現代文明は、人間とメタヒューマン双方からのギリギリの歩み寄りと譲歩により薄氷の上でなんとか保たれているのだった。

 人間とメタヒューマンの共存、といえば一つ気になっていることがある。ステンツ提督とサラトガちゃんのことである。

 

「はい、提督。あーん……」

「ま、待て、わたしには妻と子がいるんだっ、男子たるもの君のような若い女性に迫られたからと言って靡くわけには……」

「あら、奥様とは離婚されているじゃあないですか。それに今の提督は男子じゃなくてロリでしょう?」

「し、しかしだな……!」

 

 風の噂で聞くところによると、元原子力空母サラトガからヒト化した艦娘サラトガちゃんはいわゆる提督LOVE、空母だった頃からのパートナーとも言えるステンツ提督に好意を抱いているようで、あの手この手で猛烈なアタックを仕掛けているらしい。

 ステンツ提督自身は一応形だけでも固辞しているようだけれど、内心では満更でもないのか、サラトガちゃんによる容赦ない攻勢を前にだんだんと押されつつあるのが実情らしかった。

 サラトガちゃん曰く作戦名:オペレーション=クレードル。まぁ成功してくれたらいいと思う。

 

 今回の事件の主因となったウルティメイトデストロイヤーの開発者ことヴィルヘルム=キルヒナー博士だけれど、科学者としての頭脳と技術力を買われたものか、これだけの不祥事をやらかしたのにも関わらずエイペックス社を(くび)にならなかったという。キルヒナー博士は今も相変わらずエイペックス社を通じて、軍でなにがしかの研究を続けているらしい。

 ……まあもっとも、オガタさんやわたしを中心としたモナークによる運動で『オキシジェンデストロイヤーを筆頭とするアーキタイプおよび紅塵兵器の開発を禁止する国際条約』が結ばれたので、少なくともアーキタイプ絡みの兵器開発は出来ないだろうが。

 条約の批准は難航するかと思われたが、これは意外とあっさり通った。前回の『シヴァ紅塵破局事件』と今回の『ロリ化ジェンデストロイヤー事件』、幾度となく世界中で猛威を振るい破局まであと一歩というところに追いやったアーキタイプの恐ろしさと厄介さは各国も身に染みたようで、かの条約には即座に批准してくれた。

 ……かつて核軍縮条約の締結にあたっては相当に苦労したらしいのだけれど、やはりその脅威が目に見えて実感できると協力もしやすいようだった。

 なお、アーキタイプに関する研究そのものはモナークで継続中だ。

 オガタさんと物理学者のイジュウイン博士、かつて『シヴァ紅塵破局事件』を解決に導いたカミノ特命調査官を中心としたモナーク内部の特別チームが結成され、アシハラ論文とアーキタイプの解析、そして平和有効利用の道を模索し続けている。

 

 そしてわたし:ヤマネ=エミコはオガタさんと結ばれ結婚、娘を一人授かった。今は夫と交代で育休を取るなど互いに協力しつつ、研究業と育児の両立に邁進している身の上である。

 今日のわたしは娘を連れてドライブ。やってきたのは千葉県南部逃尾(にがしお)市、南房総の海沿いにある小さな町だ。向かう方向は岬の奥、海が見える高台の丘。

 娘が訊ねた。

 

「ママー、今日は『セリザワさん』のところに行くんだよね?」

 

 ええ、そうよ。ママの大事なお友だち。わたしがそう答えると、娘は続けてこう訊ねた。

 

「セリザワさん、ってどんな人?」

 

 どんな人。そうね……

 

「ちょっと変わってて傍迷惑なところもいっぱいあったけど、とてつもなく頭が良くてすごく思い遣りのある、とっても素敵なヒトだったわ」

「ふーん……」

 

 そう頷く娘を尻目に、わたしは回想する。

 

 

 わたしがセリザワ博士と出会ったのは、父:ヤマネ=キョウヘイが経営していた大学研究室でのことだ。当時女学生だったわたしも父の研究助手として出入りしていたのだけれど、その年はとてつもない“天才女子”がやってきたと話題になっていた。

 その“天才女子”は怪獣の脅威度を表す画期的な指標と、その算出法を考案したのだという。初代ゴジラを基準点としてパワー、スピード、能力、身長体重などあらゆるスペックを総合的に鑑みて脅威度を厳密に算出するその指標は、考案者の名前をとって現在『セリザワ=スケール』と呼ばれて実用化されている。

 初めて会った時にわたしがそのことに触れた折、当の考案者にして天才女子〈セリザワ=リリセ〉は「ふんっ」と不機嫌そうに鼻を鳴らしていたっけ。

 

「あんなもの、単に怪獣の強さをランク付けしたくて作ったものだ。ジャバを単位とする従来のヤナギダ=スケールは曖昧でアンフェアなところがあったからね」

 

 セリザワの主張はその後「だけど」と続く。

 

「だけど怪獣の脅威度なんて人間の都合に過ぎない、どんな怪獣にも得意不得意があるし、多種多様な怪獣たちに強いも弱いもない。それに、ボクの今の研究はより先に進んでいる」

 

 先、とは? わたしの問いに、セリザワ=リリセは驚くべき答えを返してきた。

 

「怪獣との平和的共存さ」

 

 ……はい? 『何』と共存するって??

 耳を疑ったわたしが聞き返すと、セリザワ=リリセは不服そうに頬を膨らませて答えた。

 

「聞こえなかったのかい。怪獣との平和的共存。ボクはね、怪獣と友達になりたいんだ」

 

 そう屈託なく答えるセリザワ=リリセに、わたしはおっかなびっくり質問してしまった。

 

「……ひょっとして、そういう『信仰』のヒトなんですか?」

「信仰?」

 

 怪訝に首を傾げたセリザワ=リリセへ、わたしはおずおずと訊ねた。

 

「ほら、巨神擁護機構とか『怪獣黙示録』の頃に流行ったゴジラ教とか。そういう系統の人?」

 

 ……今にして思えばとてつもなく無礼な質問だったと思うが、当時はそれだけ突飛な発想だったのだ、ということを理解してもらいたい。

 実際言ってしまってからわたし自身、ひどく失礼なことを言ってしまったと気を揉んだものである。本当に“そういう信仰”だったら間違いなく怒るだろうし、そうでなくてもまあ怒るだろうから。

 ところがセリザワ=リリセは、

 

「……ぷふっ」

 

 と、こんな風に噴き出して、やがて「あっはっはっは」と声を上げ、お腹を抱えて笑い出してしまった。

 ……なにか、可笑しかったかしら。却ってわたしの方が怪訝に思っていると、セリザワ=リリセは笑い過ぎて涙目になった目元を拭いながらこう言った。

 

「いやぁね、これまでこの話をしたとき、ヤマネ先生以外はどいつもこいつも『頭のおかしい奴』扱いする奴ばっかりだったけど、よもや『信仰』ときたか、とね」

 

 そうとも、とセリザワ=リリセは続けた。

 

「これは『信仰』のようなものさ。まあ巨神擁護機構やゴジラ教なんていうような、あんな怪獣の暴力性にしか興味がない浅はかなヤツらと一緒にされちゃア困るがね」

 

 これは、ボクの命懸けの研究なんだ。

 驚くばかりのわたしにそう豪語した若き日のセリザワ=リリセ、その表情は一点の曇りもない清々しい笑顔で、あまりに堂の入った豪快な笑いっぷりになんだかわたしまで可笑しくなって一緒になって笑ってしまったのだった。

 ……ふふっ、おかしな人ですね、と。

 

 

 そんな遠い昔の記憶に想いを馳せながら、わたしと娘を載せたクルマは目的地へと辿り着いた。

 クルマを降りて石段を登り、藪をくぐった先には小さな石碑が据えられていた。モナークの仲間たち有志で築かれた墓標、その碑文にはこのように彫り込まれている。

 

世界の調和と共存のため

心身を捧げた天才科学者

セリザワ リリセ

房総の海に眠る

 

 ……わたしの大切な人がかつて夢見た『怪獣とさえ友達になれる世界』。残念ながらわたしたち人間はとても未熟で、彼女が描こうとしたその素晴らしい新世界には未だ指一本とて触れられてはいない。

 けれど『希望』もあると思うのだ。たとえばメタヒューマンたち。人間世界へ突如現れて大混乱を巻き起こし、ともすれば人間の地位を脅かすかに思えたが、しかし今わたしたち人間はそんなメタヒューマンたちともそれなりに上手くやっていけているではないか。

 たしかにまだまだ問題は山積みで、丁寧に段階を踏んでゆく必要はあると思う。けれどあの人、セリザワ博士がひたむきに追い求め続けたように、人間と怪獣だっていつか、あるいは……。

 

 そう、わたしは願ってやまない。

 

 

 




おしまい。書いてるときは初代ゴジラをリスペクトしてる熱心なファンみたいな人たちに○されるかなあと思ってたんですけど、今にして思うと○されはしないけど鼻で笑われる気がします。

セリザワ=リリセ博士

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