SAO RTA any% 75層決闘エンド 作:hukurou
オネーサンはベータテスターだからナ。
人よりちょっとは頑張らナイと。
◇◇◇◇◇
11月7日の夜11時。
2層の転移門広場の隅でじっと闇に身をひそめるプレイヤーの姿がある。
情報屋を自称する女性プレイヤー、アルゴは街灯の届かない建物の陰に座り込みフードの下から鋭い視線を広場に向けていた。
11時と言えばゲーマーにとってはまだ夜というのも憚られるほどで、NPCの多くが家に帰った後でも転移門広場には多くの人影がある。
そもそもが1層と2層の主街区をつなぐ場所だ。これから2層に繰り出すものが次々に転移してくる一方で、宿に向かうのか1層に戻る人の流れもある。
だがとりわけ多いのは、広場の壁際に集まって何かを熱心に読みふけるプレイヤーだ。
彼らの視線の先にある《立て札》には、このゲームの攻略情報が所狭しと書かれていた。
昨晩。
多くのプレイヤーにとって最初の、そして一部の不幸な人間にとっては最期の夜。アルゴは混乱からいち早く抜け出し行動を開始したベータテスターの一人だ。
元より、好奇心は人一倍旺盛であった。少々不本意だが、噂好きという人もいるかもしれない。
クラスメイトの色恋沙汰にはいつの間にかだれよりも詳しくなり、小さいころから図鑑や新聞を読みふけっていたかと思えば、前触れもなく外に飛び出しフィールドワークにいそしむ子供であった。
そんな彼女が最新技術の詰まったVRゲームに興味を持つのも、ゲーム内で探索要素や隠し要素というものに心惹かれることもある意味では必然であったのかもしれない。
そしてそんな彼女であったからこそ、SAOがログアウトできなくなり、外部ネットワークから切り離された時、これから何が起こるのかを真っ先に想像できた。
情報不足だ。
このゲームを先行プレイしている人間なんてプレイヤーの1割しかいない。しかも製品版に際して既にいくつかの変更点も発見している。
幸運にも彼女には知識と行動力があり、多くのプレイヤーはそれを必要とするだろう。
だから彼女は情報屋として活動することにした。まあ、半分くらいは理屈じゃなくて直感に従ったと言えなくもないけど。
そうして始まりの町を飛び出した彼女はベータ時代に有名だった《森の秘薬》を始めとするいくつかのクエストの情報を集め、フィールドやモンスターをその目で確認していった。
あまり知られていないことだが、始まりの町には書写屋と呼ばれる店がある。プレイヤーが手書きで書いたメモや図面をコピーしてくれる施設だ。彼女はそこで集めた情報を製本し、プレイヤーに無料頒布する計画を立てていた。
その後、新階層解放の情報を聞き、慌てて向かった2層の転移門広場でアルゴは手に持っていたメモをくしゃりと握りつぶした。
「ニャハハハハ。そうくるかぁ……」
彼女以外にもこの情報危機というべき事態に気づいているプレイヤーはいたらしい。
それはいい。喜ばしいことだ。
だが、そのプレイヤーは情報共有に《立て札》を使っていた。見れば納得するほど単純で有効な手段だ。
もう深夜だというのに大勢いる人だかりが《立て札》の前に集まり情報を読みふける姿を見て、正直に言うとアルゴは少し嫉妬した。
必死になって勉強したテストがクラスで2位だった時のような感情だ。喜ばしいことだが、どこか喜びきれない。
初めて自覚したことだが、アルゴは情報分野において誰かに負けたくないというプライドのようなものが芽生えていた。あるいはそれはゲームを始める前からの彼女の気質だったのかもしれなかった。
◇
とにかく、《立て札》だ。
彼女を、一時的に、ほんのちょっとだけ発想で上回った情報提供者の姿を拝みたい。別に何かをするつもりはない。言ってしまえばこれもただの好奇心だ。情報屋としての。
だが、不思議なことに《立て札》を立てたプレイヤーに関する情報は一向に集まらなかった。かなりの人通りがあったはずなのに目撃者が見つからないのだ。得られたのはいつの間にか設置されていたという情報だけ。
こうなると解放直後に2層に来られなかったことが悔やまれる。1層の情報を集めるために先行していた彼女が引き返してきた頃には転移門はすでに開通した後だったのだ。
アルゴはすぐさま別のアプローチを考えた。
《立て札》は確かにアイテムの中じゃ耐久度が高い方だが、それでも24時間たてば壊れてしまう。
つまり情報提供者は毎日同じ時間に《立て札》を設置し直しに来るはずなのだ。
果たして、アルゴの読みは当たった。1層の転移門から現れたその男はしばらく壁際に集まる群衆を遠巻きに眺めると、ちょうど耐久度が尽きた《立て札》が壊れはじめる様子を見て隣の壁に歩み寄っていった。
そしてストレージから取り出したのは特徴的なシルエットのアイテム。
アルゴは素早く男に近づくと背後から声をかけた。
「やあ、オニイサン。オレっちはアルゴ。情報屋のまねごとをしてるプレイヤーだヨ。少し話を聞いてもいいかナ?」
男はアルゴの方を振り向くと、なぜか安堵したような表情をして言った。
「よかった。サインボードの建て替えに来たんですね?」
「はあ……? それはお前だロ?」
奇妙な沈黙がその場を支配した。
話してみれば何のことはない。
シンカーというらしいその男は、アルゴと同じく耐久値の問題に気付いて、予備の立て札を用意していただけのお人好しであった。
彼は《立て札》がなくなると他のプレイヤーが困るだろうからと、様子を見がてら再設置に来たところ、情報屋を名乗るプレイヤーに声をかけられ勘違いをしてしまったらしい。
「なんダ、結局ふりだしカ」
「お役に立てず申し訳ありません」
シンカーも《立て札》の設置者には心当たりがないらしい。それから2人で一時間ほど転移門広場で粘ってみたが、それらしい人物が現れることはなかった。
◇◇◇
翌朝、フレンド登録をしたシンカーからアルゴの元へ届いた情報は彼女の気分を下げるのに十分なものだった。
「《立て札》が壊されてるっテ?」
「はい。申し訳ありません。昨夜新しい情報も書き込んでもらったのに」
シンカーが小太りな体を小さく丸めながらアルゴに頭を下げた。
「いや、シンカーが謝る必要はないダロ」
再びの2層転移門広場では、昨夜確かに《立て札》を設置した場所には何も残っていなかった。耐久値が切れたということはない。事故で壊してしまったというのなら、全部が壊れているということもないだろう。
となると、やはり誰かが明確な意思をもって《立て札》を破壊したのだ。
「すいません。アルゴさんの情報はまだバックアップを取っていなくて……申し訳ないんですがもう一度書いていただけますか」
そういってシンカーはアルゴに新しい《立て札》を渡した。
シンカーが設置した分は既に全て用意されているようで、その手際の良さと対応の速さにアルゴには嫌なひらめきが生まれてしまった。
「もしかしてなんだガ、こういうことは初めてじゃないのカ?」
「残念ながら……」
シンカーが言うには《立て札》の設置があった翌日の昼には、すでにこういうトラブルが発生していたらしい。幸いというべきか《立て札》を壊したプレイヤーはすぐに周囲のプレイヤーに取り押さえられ被害は少なく、壊された物もシンカーと有志のプレイヤーの情報で復元されたらしいのだが。
「なんでそんなバカなまねを……」
SAOはもはや普通のMMOではない。悪ふざけでは済まない問題もある。
「それが、クエスト情報を拡散されると混むから困ると……」
それを聞いてアルゴは言葉を失った。理解できない。なんだそれは。
「……今回のも?」
感情の抜け落ちた声でアルゴは尋ねた。
「それは、本人に聞いてみないと……」
「それはそうだナ。つまらない事聞いて悪かっタ」
「いえ。お気持ちはお察しします」
アルゴが心を落ち着けるのに、深呼吸数回分を有した。
それからアルゴはシンカーの活動を手伝った。
彼曰く、そしてアルゴも見ればわかることだが、転移門広場にある《立て札》の数は2層開通時より増えているらしい。その時に立っていたものはすべて耐久値の限界を迎えたにも関わらず。
「つまり他のプレイヤーも立ててるってことカ」
「ええ。そのようです」
『2層の東の赤い屋根の民家で郵便配達のクエストがありました。報酬20コル』
『1層のフレイジーボアは首筋が弱点。ソードスキルを当てればクリティカルで一発で倒せる』
『嘘乙。クリティカルは確率だから』
『片手剣ならブロンズソードがおすすめ。2層の武器はSTRが高くて使えない』
『ブロンズソードとか耐久度ゴミだった。スモールの方がいい』
『誰か一緒にフィールド行きませんか。8日の正午に1層の西門で野良募集します』
見ればまさに玉石混合。情報の種類も重要性もまるで異なる《立て札》が至るところに乱立していた。
シンカーはその中でクエスト情報が書いてあるもののいくつかを壊した。
アルゴは止めなかった。でたらめな情報だとわかったからだ。
「多分、プレイヤーの流れを分散させる目的があるんでしょうね。こういうのも昨日の午後から増えたんです。嘘だとわかったものは壊すようにしていますが」
「大変だナ」
そうとしか言えなかった。デマ情報の裏を取るのだって楽ではあるまい。
「どうしてこんな損な役回りをやるんダ?」
「MMOトゥデイって知っていますか」
「大手のネットWikiダロ。SAOプレイヤーで知らない奴はいないんじゃないのカ」
「私実はそこの管理人だったんですよ。だからこういう作業は慣れているんです」
「それは理由になってないと思うがナ……」
アルゴはふと思った。
「最初に《立て札》を立てたやつが昨日来なかったのは、こんな現状に失望したからなのかもナ」
「それは…………すこし、違うと思います」
シンカーは少しの間逡巡すると声を潜めて言った。
「昨日はお話しませんでしたが、おそらく最初に《立て札》を立てたのは階層攻略者ですよ」
「ナンだって?」
予想もしていなかった言葉が出てきて、思わずアルゴは聞き返してしまった。
1層を誰が攻略したのかというのは今もっともプレイヤーの耳目を集める事柄だ。数多くの噂が流れ、ベータテスターの集団だというものもいれば、その存在を疑い、次階層が解放されたのは警察が茅場晶彦と交渉したからだとか、茅場晶彦による救済措置だとかいう話まである。
「恥ずかしながら私、2層開通には人一倍興奮してしまって、ほとんど一番乗りで転移門をくぐったんです。その時にはもうすでに《立て札》はありました。あのタイミングで設置できるのは元々2層にいた人しか無理なんです」
「そんなことガ……」
ベータテスト時の経験からアルゴは攻略者の存在を信じていない側の人間だった。だが、シンカーの話が本当ならば話が変わってくる。
「ほんとに実在するのカ」
「ここだけの話にしてくださいね。おそらく何か事情があるんだと思います」
フロアボスを倒したプレイヤーがいるならば、なぜ名乗り出ないのか?
攻略者の存在を疑うプレイヤーがよく口にしている言葉だ。通常のMMOですらボスを倒すのは大きな名誉だ。プレイヤーは周囲からの賞賛と羨望を集める。ましてやデスゲームと化したSAOでそれをなしたなら、得られる名声は比類なきものだろう。
「攻略者の人たちは今も2層を攻略しているんだと信じています。私がみなさんの役に立てることなんてこれくらいしかありませんからね。彼らの手を煩わせるくらいなら、このくらいわけないですよ」
なぜだかアルゴは無性に腹がたった。
シンカーは良いやつだ。攻略者とやらも後続のために情報を残していった。
そう言う人の努力を、自己中心的な理由で台無しにしようとしているプレイヤーがいる。
情報屋を自称する自分はそんなこと知らずにのうのうと生きていた。
フードの下でアルゴは八重歯をむき出しにして笑顔を作った。
「シンカー。オイラは情報屋ダ。金と情報を交換しながら生きている。だから今回はこの《立て札》の代金分だけ、オマエに良い事を教えてやるヨ」
◇◇◇◇◇
ベンダーズカーペットというアイテムがある。商人プレイヤーがバザーのように品物を並べて売買するために作られたこのアイテムは、いろいろな制限はあれど耐久値の減少を無視してアイテムを設置できる数少ない手段の一つだ。
あれから数時間後。シンカーとそのフレンドはアルゴの案内に従って一人一枚ベンダーズカーペットを手に入れると、それを担いで転移門広場の一角に敷いていった。その上に建前上は売り物として乗せるのはギルドホーム用の家具アイテムとして存在する大きな掲示板だ。もちろんシンカー達の目的はこれを売ることじゃないので値段は法外に高く設定してある。
掲示板にはこれも売り物として設定してある大きな紙がいくつも張られており、そこには《立て札》に書かれていた1層と2層の攻略情報がしっかりと書き込んである。それに加えてアルゴが本来冊子として頒布する予定だった情報やシンカーたちがここ数日で新たに取得したクエストの情報もしっかりと追記されていた。
「うーん。少しムキになっちまったかもナ」
アルゴが監修した掲示板にはクエスト情報に始まり圏内で手に入るアイテムや装備品の一覧まである。
代わりにアルゴが売れる情報は少なくなってしまったが、これだけ隙の無い情報を出しておけば他のプレイヤーがデマを流す余地は少ないだろう。
「壮観ですね。まるで本当のMMOトゥデイを印刷してきたみたい」
シンカーの活動に共感して協力しているというプレイヤーの一人、ユリエールは立ち並んだ掲示板を見て目を輝かせている。
「みたいじゃなくてここが本当のMMOトゥデイになるんだヨ。幸いにして管理人もいるしナ」
アルゴは感極まっているシンカーに言った。
「ベンダーズカーペットの商品は他人には移動すらできないからナ。情報をいじれるのは持ち主だけダ。商品として並べてる間は耐久度も減らないから壊れる心配もしなくてイイ」
「本当に、なんとお礼を言っていいか」
「よせヨ。大変なのはここからだゾ。こういう形になった以上文句を言うやつは直接言いに来るようになるだろうし、別のトラブルだって山ほど起きるからナ」
「それでも私一人ではとてもこんな……」
シンカーはお人好しなうえ、涙もろい男であるようだ。
「アルゴさんもぜひ一緒に活動しませんか?」
同性であるからだろうか、アルゴに声をかけたのはユリエールだった。
「1層にはまだまだゲームに不慣れな方がたくさんいます。北の教会には年端も行かない子供もいるんですよ。攻略情報だってこれからたくさん増えていきますし、アルゴさんがいてくだされば皆とても心強いと思うんです」
いつかはそんなふうに誘われるだろうと、アルゴはうすうす予想していた。
確かにここで情報を取りまとめるのも大事な仕事ではある。だが、アルゴのしたいことは圏内ではできない事なのだ。
「ナハハハ。さすがにそれは別料金だな」
「そうですか……でも、私はアルゴさんのこと仲間だと思ってますから」
ユリエールは強い視線でアルゴを見返してきた。
「ありがとうございました」
お礼を述べるシンカーに背を向けアルゴはうそぶいた。彼女はもとよりキャラづくりに没入するタイプだ。少しくらいはかっこつけもする。
「気にするなヨ。オイラは代金分の情報を渡しただけサ」
◇◇◇
さて、アルゴの当初の目的であった《立て札》を最初に設置したプレイヤーであるが、興味が薄れつつあったこの情報は思いもよらないタイミングで転がり込んできた。
SAO初日。《森の秘薬》クエストで縁を結んだ元ベータテスターの一人がある日2層迷宮区までの情報とボス情報を匿名希望でアルゴに伝えてきたのだ。
現状アルゴの把握している最前線よりはるか先の情報を入手できる方法など一つしかない。
彼は攻略者の一人だ。
それからアルゴは彼にコンタクトを取り、間もなく解放された3層で攻略者のリーダーと面会する機会を得た。
「どうも。鼠のケイです」
意味深な笑みを浮かべてアルゴにこう名乗った男の顔には《体術》クエストでアルゴが書かれたものと瓜二つのヒゲの落書きがしてあった。
「鼠のアルゴ。情報屋ヲやっている」
「それは奇遇だな。早速だが売りたい情報がある」
「なんダ?」
「……実は2層のエクストラクエストを素早くクリアする方法があるんだ」
「ニャハハハハッハハハハハっ。その顔でそれは卑怯ダロ!」
茅場晶彦の思い通りになんかなるものか。ああ、きっとこのゲームはこれから面白くなるぞとアルゴはこの時確信した。