SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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この世界には自らの手で運命を切り開こうとしている人がいる。

 

だったら私も負けてられない。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

カーン、カーンと金属が奏でる高音が規則正しくなっている。

《始まりの街》に存在する鍛冶工房は本来NPCのもつ店の一部だが、生産スキルをもつプレイヤーが頼めば大型の炉や金床など、鍛冶に必要な施設の貸し出しを行ってくれる。

 

親切な職人NPCが隣で奏でる鍛冶の音を聞きながら、リズベットは真剣な表情で真っ赤に熱された炉の中を睨んでいた。

 

「よしっ!」

 

十分に加熱され白く輝いたインゴットを火箸で取り出したら金床の上に置く。SAOの鍛冶スキルには熟練の技術も、力加減のコツさえいらない。ただ熱した金属をハンマーで一定回数叩くだけという簡素なものだ。それでもリズベットはできるだけ慎重に丁寧にハンマーを振り下ろした。なにせこれはコツコツ溜めた全財産をはたいて買った貴重な金属素材なのだから。

 

カーン。火花がちり衝撃が腕に伝わる。炉から漏れ出したオレンジの光が顔面をじりじりと焼いてくる。

 

鍛冶スキルで出来上がる武器は千差万別だ。種類や重さなどある程度は事前に設定できるが、数千、あるいは数万ともいわれる武器が設定されているこのゲームでは、何ができるか叩いてみないとわからない。

 

まだ、もうちょっと、あと数回は叩かせてと心の中で祈る。

SAOでは出来上がる武器のグレードは、ハンマーでたたいた回数で決まる。鍛冶師が手間をかければかけるほど武器は洗練されていく……らしいのだ。

 

思いに反して、金属はすぐにぐにゃりと形をかえ、一本の片手用メイスに姿を変えた。

 

さっそくプロパティを開いてみる。

出来上がった自作武器第一号の性能はお世辞にも高いとは言えなかった。というか大赤字だ。このレベルの物なら普通にショップで売っているし、買った方が安上がりだろう。

 

「まあ、こんなもんかあ……」

 

おもわずぼやきながら、リズベットはメイスを腰の剣帯につるした。やはり必要素材の多いメイスではなく、短剣やピック類で練習するべきだったか。

いやでも、最初の作品は自分で使うものと決めていたし、などと思考を巡らせながらぼんやり鍛冶屋を後にする。

 

あたりはもう夕暮れ。町全体が赤く染まっていたが、ふと上を見上げても空は見えない。西からの光に照らされ夕焼け色に染まっているのは金属の天上であり、床なのだ。

リズベットがアインクラッドという鉄の牢獄に閉じ込められてから、明日で早くも一週間がたとうとしている。

 

ログアウト不能と命の危険という異常事態に最初は不安と恐怖を覚えたリズベットだったが、彼女は自分でそう思うほどに気が強かった。一晩寝て翌朝を迎えたころには、助けが来ない落胆とともに、いつまでもくよくよしていられないと気を持ち直し、『こうなったら、自分の手でゲームをクリアしてやる』という反骨心さえ抱いていた。

 

初日のうちに一階層を攻略したプレイヤーがいたこと(あくまで噂だが)も彼女の心情を後押ししたのかもしれない。

 

それからはすぐに親切なプレイヤーに教えを請い、この世界の戦い方を学び、そして鍛冶師というプレイスタイルを見出した。

プレイヤーの武器のメンテナンスを引き受け、こつこつ上げた熟練度は本日めでたく20の大台に乗り、かねてからの念願であった武器作製に乗り出した、のであるが、結果は御覧の通り。

 

始まりの町を拠点としているリズベットにとっては最下級の鉱石でも貴重品だ。今狩場にしているエリアの岩石系モンスターからのドロップはあまり確率が高くないことに加え、モンスターそのものの数が少ない。日に10個も集まればいい方だ。この分では次に武器の素材が集まるのはいつになる事やら。

落胆しながらいつもの宿に歩いている彼女の意識を呼び戻したのはピコンという、メッセージ受信の効果音だった。

 

「アルゴさんから……?」

 

アルゴはプレイヤーにいろいろな基礎情報を公開している集団に紹介してもらった情報屋で、始まりの町ではちょっとした有名人だ。同性ということもあり、リズベットに鍛冶スキルの情報を教えてくれたのも彼女であり、その時にフレンド登録もしていた。

 

内容は、鍛冶師を探しているプレイヤーがいるというもの。よければ明日あってみないか、とも。

固定パーティーを組んでないリズベットに決まった予定は存在しない。彼女はすぐに肯定の返事を送った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

翌日。アルゴに指示されたのは2階層の主街区にある転移門前の広場だった。

予定より早い時間についたリズベットが指定のベンチに腰掛けていると時間ぴったりに2人のプレイヤーが現れた。地味な茶色のローブをまとった男のプレイヤーと黒いコートを着た女の子。事前の情報通りの服装の2人はまっすぐリズベットのもとに向かってくる。

 

「鍛冶屋のリズベット、で合ってるか?」

「そうよ。あなたは」

「ケイだ。よろしく」

「シ、シリカです」

 

初対面で緊張しているのか落ち着かない様子で服の裾をつかみながら返答する少女にリズベットは目を丸くした。15歳のリズベットもこのゲームでは若い方だが、彼女はそれに輪をかけて幼い。プレイヤーとしては最年少の部類だろう。

 

(こんな小さな子でもフィールドに出て頑張っているんだ……)

 

なりたてとはいえ鍛冶師の性か。目の前の少女が始まりの町周辺でよく見かけるプレイヤーより格段にいい装備をしていることから、上層でフィールドに出ていることを感じ取ったリズベットは心の中で独りごちた。

 

 

立ち話もなんだから、という事で移動した先は2層の名物メニューがあるという隠れ家的なカフェだった。

席に着くなりケイがNPCのウェイトレスを呼ぶ。

 

「ショートケーキ8個で」

「8個も頼むんですか!?」

(いやいや、どれだけ甘党なのよ)

 

シリカが驚き、リズベットが心の中で突っ込みを入れていると運ばれてきたケーキは3個を残してストレージにしまわれた。

 

「あっ、お土産にするんですね」

「そ。素材集めをしている間、俺たちだけいいものを食べてたなんて知れたら文句の1つでも言われそうだからね」

 

(そうか。この場で食べなくてもよかったんだっけ)

 

SAOでは食品系のアイテムは耐久値の許す限り保存しておける。現実のように鮮度が落ちたり、傷んだりすることもない。

こうしてふと違いに触れると、リズベットは無性に現実が恋しくなる時が来る。いつか、この感情に囚われずに生活することができるようになるのだろうか。

 

「ほら」

 

ケーキはテーブルに3つ残り、この場には3人のプレイヤーがいる。ケイは当然のようにリズベットにケーキを差し出した。

 

「えっ、いいわよべつに」

「カロリーなら気にしなくていい。VRではいくら食べても太らないから」

 

沈黙があたりを支配した。

シリカが小声で「ちょ、ちょっとケイさん。女の子に体重の話なんかしちゃだめですよ」と言っていたが、喧騒とは程遠い店内ではしっかりリズベットにまで聞こえていた。

 

「冗談だ。値段なら気にしなくていい。これ位大したことないし、呼びつけた迷惑料代わりだと思ってくれ」

 

ケイは逡巡の正体を正確に見抜いてそう言った。

先ほど見えたメニューの値段は一階層を主戦場とするリズベットにとっては気後れする値段だったのだ。まあでも、本人が言っているのだからとリズベットはケーキに手を伸ばした。

 

「おいしいっ……!!」

 

味覚の暴力だった。

くちどけの滑らかな生クリームが口いっぱいに上品な甘さを広げ、ふわふわのスポンジが食感を楽しませる。しっかりとした甘みがあるのに後味はくどくなく、いくらでも食べ続けていられそうだ。イチゴはあえて酸味のあるものを使っているのか、食べると口の中がスッキリとし、生クリームの甘さがより鮮明に感じられる。

 

ゲームが始まって一週間。装備をそろえるために節約生活を強いられ、食べたものといえば決して美味とは言えない固焼きパンくらいだった。甘いものどころか美味しいと感じるものも食べていない。そんなところにこれは反則だ。

 

我を忘れてフォークを動かし、あっという間に皿を空にしてしまった。

 

と、そこで視界の端に見慣れないバフアイコンが点灯していることに気づく。同時にシリカが口を開いた。

 

「ケイさん。なんか、見慣れない四つ葉のマークみたいなものが……」

「《幸運》のバフアイコン。気持ち程度にレアドロップが出やすくなるとか、クリティカル攻撃が出やすくなるとか……。真偽のほどは定かじゃないけどな」

 

至福の時間が終わると、一瞬前まで緩んでいた頬を引き締めてリズベットが切り出した。

 

「で、一体何のようなわけ? まさかこのケーキを食べさせたかったってわけじゃないんでしょ」

 

「俺たちは鍛冶師を探しに来た」

 

ケイの返答は要領を得ないものだった。次いで彼の視線が彼女の腰につるされたメイスに移った。

 

「その武器は自分で?」

「ええ」

「見せてもらっても?」

 

つい先日作ったばっかりの代物だ。名前は《ショート・メイス》。固有名すらないそれは一見すれば最低グレードの店売り品だが、プロパティを確認すればリズベットが作ったものだと分かるはず。

 

ケイがメイスを見ている間、リズベットはどことなく居心地の悪さを感じていた。彼らが何のためにリズベットに会いに来たのかはわからないが、情報屋を介して鍛冶師を探したというのなら、おおよその見当はつく。

そしてそれが武器の作成依頼にせよ、強化依頼にせよこの話は流れるだろうなと思った。なにせリズベットの鍛冶スキルは駆け出しも駆け出しだ。

 

一目見て分かっていた。ケイとシリカはきっと始まりの町なんかとっくに抜け出してもっと先のエリアで戦っている。あそこで武器一本を作ることにさえ四苦八苦している鍛冶師に用などないだろう。

 

ところがメイスを返却したケイの言葉は彼女の予想とはまるっきり正反対のものだった。

 

「君を鍛冶師としてスカウトしたい」

 

「はっ? え? 聞き間違いかしら。見ればわかると思うけど、あたしの鍛冶スキルの熟練度は高くないわよ」

「それは問題にならない」

 

普通鍛冶師に依頼をするなら最も重視するのは熟練度のはずだ。不思議な話にリズベットは眉をハの字に曲げた。

 

「一応言っておくけど、武器の強化や作成なら4階層のNPC鍛冶屋に頼んだ方が良いわよ」

 

ケイは深刻そうな表情で手を組んだ。

 

「まさにそれが問題だ」

 

「問題?」

 

「現状は生産職が育ってなさすぎる。4階層主街区の鍛冶師の推定熟練度は70くらいだ。5階層では熟練度100を上回る鍛冶屋も出てくるだろう。職人プレイヤーはいつになったらNPCを上回る?」

 

ケイの言葉は返答を求めていなかった。答えが明白だからだ。

 

「このままじゃプレイヤーの大半はいつまでだってNPCを頼り続ける。プレイヤー鍛冶師は強化依頼を受けられず、武器を生産したって採算が取れないからいつまでも熟練度が上がらない」

 

それこそがまさにリズベットが抱えていた問題でもあった。

1層では彼女の鍛冶スキルなど誰にも見向きもされなかった。武器の整備もタダで行うという条件でやらせてもらっていたにすぎない。

転移門を使って上層に行けば彼女より腕のいいNPC鍛冶師がいるのだから、武器の強化にしろ作成にしろスキルの高い鍛冶師に頼んだ方が良い。

 

「だけどそれはゲームの攻略上望ましくない。オンラインゲームじゃ普通、NPCメイドよりもプレイヤーメイドの装備の方が質が高くなるからだ。そうじゃなきゃ生産スキルなんて上げる意味ないしな」

 

ケイは何かを憂慮するような真剣な表情でリズベットを見ていた。

 

「このまま生産職が育たなければ、プレイヤーはいつまでだってワンランク下の装備で戦わないといけなくなる」

 

カランとグラスの氷が音を立てた。

 

「デスゲーム化したこの世界で戦闘力と引き換えに生産スキルを取得するプレイヤーは少ない。ましてや、今みたいな状況じゃなおさらだ。だけどね、命がけで戦う最前線のプレイヤーを支えられるのはまさにそういう努力を重ねた職人たちだけだと俺は思っている」

 

鍛冶スキルが低いと告げた時、おそらくがっかりされるだろうなと思っていたリズベットは、不意に緩みそうになっている口元を抑えるのに苦労した。

 

「でも鍛冶スキルはあなた達が思っている以上に大変よ」

 

実際に鍛冶スキルを持っているリズベットは熟練度上げがどれほど地道でお金のかかる行為か実感している。おそらく戦闘職であろう二人にそれが理解できているのか。

 

「大丈夫だ。きちんと理解してる。コルにも鉱石にもあてはある」

 

《始まりの街》では誰もが心に暗い影を持っていた。リズベット自身ふとした時に後ろ向きな気持ちになる。

でも、この人たちは明日のために行動している。きっと本気でこのゲームをクリアしようと考えている。そういうの、すごくいいなって思った。

 

「……でも、鍛冶スキルを持っているプレイヤーは他にもいるわよ。多分もっと熟練度が高い人も」

 

だから、不意にそんな言葉が口をついたことにリズベット自身困惑した。

心の奥底で抱く不安が明るい未来を信じるために、もう一押しなにかのきっかけを求めていたのかもしれない。

 

「さっきの武器」ケイは一瞬目元を柔らかくほころばせると、口を開いた。「性能的には大したものじゃなかった。はっきり言えば店売り品を装備した方がましだ。でも君はそうしなかった。性能の低さを承知してなお、自分で作った武器を装備していた。それは……君が鍛冶師だからじゃないのか」

 

あの武器は誰がどう見ても失敗作だ。リズベット自身指摘されればそれを認めるしかないだろう。だけど心の奥底で誰にも打ち明けずに抱えていた思いをケイに見抜かれたようで――ふいに言葉にできない感情が胸の奥に沸き上がった。

 

「リズベット、俺たちは鍛冶師を探している」

 

ケイは短く言葉を切った。

 

「だけどそれはただ武器を作るだけのプレイヤーって意味じゃない。このゲームをクリアに導くような本物の鍛冶師だ」

「そういう事なら――」

 

リズベットは笑みを浮かべた。なんだか久しぶりにこういう笑い方をした気がする。それは彼女の性格をよくあらわした、負けず嫌いで勝気な笑みだった。

 

「あたし以上に適任はいないでしょうね」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

と息巻いていたのも今は昔。

 

ケイに連れてこられたマロメの村でNPCに借りた鍛冶場の床を埋め尽くす鉱石の山を見て、リズベットは引きつった笑みを浮かべていた。

 

鉱石はここにあるだけではない。先ほどまで3人で巡っていた山岳エリアの採掘ポイントにはバグで大量発生した鉱石の大半が持ち切れずに転がっている。その数およそ3000個。

 

昨日までは山ほどの鉱石があればと常々思ったが、いくら何でも限度がある。

 

しかもケイは村に残ったシリカに順次鉱石を追加するよう指示を出していったのだ。

 

鉄鉱石はそのままでは金属素材として使えず、まずは2つ合わせて鉄プランクに生成するか、6つ合わせて鉄インゴットに生成しなければいけない。ケイ曰く熟練度効率がいいのは鉄プランクの方なので、プランクをざっと1500個。一回当たりの作業時間を20秒としても500分。しかもそれは最低限の金属精錬であって鍛冶はそこから始まるのだ。

 

……いったい何時間かかるんだろう?

 

「や、やってやるわよ!!」

 

リズベットは叫んだ。

 

「やってやればいいんでしょう。だって私は鍛冶師だから!」

 

リズベットは半ばやけになって愛用のハンマーを取り出し、炉に向き合った。

 

心の中でほんのちょっとだけ、バグを残した茅場晶彦への呪詛を唱えながら。

 

 

 

 

 

 

数日後。

瞳の光と引き換えに、リズベットの《片手武器作成》は熟練度200を突破した。

 


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