SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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卑劣なフォールンエルフの策略により文量がえらいことに

おのれ……


アーカイブス 006

「びっくりしたわよ。突然カイサラさんを帰らせちゃうんだから」

 

4層ボス戦後、5層へ続く往還階段を登りながらアスナが声を響かせた。

 

「天柱の守護者の討伐は人族の冒険者にとってこの上ない名誉であるからこの先は譲ってくれ、だったよナ」

 

アルゴがケイの声を真似ながら再現する。

 

「やってることは名誉どころか、ただのハイエナじゃない」

 

ミトが少々呆れた口調になるのも仕方ないだろう。それもこれも先ほどのボス戦のケイの奇行が原因だった。ボスのHPもあとわずかというところになって、共闘していたカイサラをボス部屋から追い出したのだ。

 

戦闘離脱を要請された彼女は最初は状況を飲み込めていなかったものの、ケイが人族の名誉だの、なんだのと言いくるめ、結局帰してしまった。強敵だったボスを撃破する瞬間を見ずにボス部屋から出ていく彼女の姿がどこかもの言いたげに感じたのは、決してミトだけではなかっただろう。

 

「なんであんなこと言ったんだ? LAのためか」

 

ケイに尋ねたのは4層ボスのLAボーナスを獲得したキリトだ。

 

「なるほどでござる。確かにあのまま戦ってたら、LAは高確率でカイサラ殿のものであったでござろう」

 

4層迷宮区での戦闘ではほとんどのモンスターをカイサラが倒していたが、その戦利品はパーティーを組んでいるミト達に分配されていた。だがLAボーナスは明確に最後に攻撃をした者に渡されると決められている。このカウントがプレイヤーだけに適応されるのか、それともNPCも含まれるのかはミトには分からない。個人的には、情緒豊かな彼らの様子を見ているとLAボーナスを獲得するNPCがいても不思議じゃないような気がする。

 

「うーん。NPCがLAを取ったらボーナスアイテムがどうなるかは、さすがのオイラも分からないナ。アイテムの重要性や戦闘の難しさを考えると気軽に検証することもできナイし」

 

「それだけじゃないさ。SAOでは戦闘経験値は均等割りじゃなく、与えたダメージ量や向けられたヘイトの量に応じて振り分けられる。あのまま戦闘が終了していたらボスの経験値は俺たちにはほとんど入らなかっただろうな。あのタイミングでNPCとパーティーを解消した場合にこれまでの貢献度がどうなるかは未知数だったが、皆のレベルの上がり具合を見るに、うまいことボス討伐者のカウントからは外せたみたいだな」

 

「ケイさんって、いろいろ考えてるんですね」

 

アスナは一転して感心したように頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

階段を登った先、丘の斜面に半ば埋もれるような形で残存していた石造りの遺跡の出口から外に出た一行は、5層主街区《カルルイン》を目指し、わずかばかりのフィールドエリアを進んだ。

 

5層は遺跡をテーマにした階層でベータの時はそこかしこに石造りの古代遺跡が散見していた。幸い今回は4層のように大きな変更が加えられているということはなく、記憶にあるのと大差ない風景だ。

 

遺跡の保存状態はものによってさまざまで、元が何であったか分からないひざ丈ぐらいのがれきの山が積みあがっているだけのものもあれば、苔むしてはいるものの崩れていないアーチや立像がみられることもある。

 

白色の石畳で舗装された年季の入った道を歩いていると、徐々に建造物の形が大きくなり、原型をとどめているものの割合が高くなってきた。

あたりを見回しながら歩いていたミト達が《カルルイン》に着いたのは予期せぬタイミングだった。

 

「ここからカルルインなの? わかりにくい場所ね」

 

突然視界現れた圏内の表示に足を止めたアスナが不思議そうに道の前後を確認する。

 

「《カルルイン》は古代遺跡の中でも状態の良かった場所を再利用して作られた街だからな。明確な境目はないし、人工物の有無で判断するのも難しいな」

 

「うっかり外に出ないように気を付けなくちゃね」

 

アスナとキリトが話し合う。

 

「転移門はどうするんダ?」

 

「起動はアルゴに任せるよ。ただ、くれぐれも他のプレイヤーには見つからないようにな」

 

「どうしてだ? 人族の名誉ってやつを受け取ればいいじゃないカ?」

 

アルゴがからかうように笑う。

 

「そうですよ。というかそもそもなんで名乗り出ないんですか? みんな気にしてるのに」

 

アスナは不思議そうにケイを見た。

 

「名乗り出るさ。いつかはな」

 

答えを濁すケイにミトが尋ねる。

 

「いつかっていつよ」

 

「クリスマス、くらいかなぁ?」

 

「なんで疑問形なのよ」

 

「今はまだいいんだ。ヒーローってのは正体不明なほうが魅力的だろ」

 

ケイは肩をすくめて前を向いた。

 

 

 

 

翌朝、宿の1階にあるレストランに降りたミトを待っていたのは予想外の人物だった。

 

「ミトさん。アスナさんおはようございます」

 

「あっサーシャさん。おはようございます」

 

「おはようございます」

 

1層で行き場のない子供達と暮らしているというサーシャが行儀よく背筋を伸ばしてテーブルについている。

 

「うおー、すげー!!」

 

一緒に来たであろう子供たちはレストランの一角にあるテラス席に集まって景色を楽しんでいる。この宿は5層外縁にある《カルルイン》でもさらに端に存在し、テラス席はアインクラッドの外壁に突き出すように作られている。朝日に照らされる雲海とどこまでも果てしなく続く青空を特等席で眺められる絶景ポイントの一つだ。

 

「みんなも来いよ!」

 

「いやだよ。怖いもん!」

 

「うわっ!」

 

「ちょっと押さないでよ」

 

「席に戻るぞ。遅れたやつはデザート抜きだ」

 

「はーい!」

 

ケイは子供たちを連れてテーブルに戻って来た。

 

1階に降りてきたのはミト達が最後のようだった。すでに着席していたメンバーや一緒になってテラスにいたメンバーが着席すると、ミトはケイに尋ねた。

 

「それで今日の予定は?」

 

「午後には次の町に向けて出発するつもりだけど……まあ、細かいことは優秀な情報屋から話を聞いてからだな。まずは食事を済ませようか。ここのデザートは絶品なんだ」

 

ケイの含みのある笑い方でミトは彼が子供たちをここに呼んだ理由を察した。そもそも彼が宿を取ったこの場所はベータテスターでは知らないものがいない場所だ。

 

「もう何よみんなしてニヤニヤして」

 

一人ベータ時代の知識がないアスナだけは疎外感を訴えるような表情をしていたが、その顔も《ブリンク&ブリンク》の絶品料理を前にすると機嫌を直した。

 

朝食の後デザートとして提供されたのはこの店を一躍有名にしたスイーツ《ブルーブルーベリータルト》だ。久しぶりに食べるこのデザートの甘味を楽しみながらも、ミトはワクワクを抑えきれずにアスナの様子を観察していた。おいしい、おいしいと夢中になってケーキを食べる彼女が悲しそうに最後の一口を食べると、視線が宙に浮き不思議そうな顔になる。

 

「ねえ、なにこれ。なんか変なバフマークがついたんだけど……」

 

「ねえ、アスナ。普通遺跡って言ったら建物以外にも何かあるものじゃない?」

 

「建物以外? うーん出土品とか?」

 

「大体正解ね。5層の遺跡は建造物とかの遺構ともう一つ遺物って言われる古代のアイテムで成り立っているの。ベータ時代にもこの町全体に散らばる遺物を集めるために多くのプレイヤーが地面を凝視しながら歩いたものよ」

 

「でもそれとこのバフにどんな関係があるの?」

 

「遺物っていうのはたいていはコインとか指輪みたいな小さなアクセサリーなのね。それが半壊した塀の遺構や瓦礫に混じって地面に落ちているのよ。普通に探したんじゃ見つけづらいと思わない?」

 

「あっ!?」

 

アスナがバフアイコンが目のマークになっている意味に気づいたようだ。

 

「このケーキのバフが効いている間は視界に入った遺物がきらきら光って見えるのよ。あんな風にね」

 

ミトが店の片隅の植木を指さすと、待ち切れないとばかりに子供が駆け出した。

 

「あっ、こら店の中で走らない!」

 

「離せよ! 俺が先だったぞ」「とったのは俺が先だろ!」「ねえ、見せて! こっちにも見せて!」

 

「ケンカもしない!」

 

サーシャに叱られて子供たちが再び席に着く。だが、その視線はテーブルに置かれたコインにくぎ付けになっており、そわそわと体を揺らして落ち着きをなくしている。

 

「それでケイさん。5層にある早い者勝ちのクエストっていうのは……」

 

「正確にはクエストじゃないんだが、まあ想像通りさ。少年少女諸君、傾注!」

 

ケイが腕をあげると、子供たちはすんっと一瞬で静まり返り背筋を伸ばした。

 

「諸君らに新たな任務を発表する! 題して“遺物根こそぎ収穫大作戦”だ」

 

ケイが張りのある声でマップを提示した。

 

「小学生組はサーシャと一緒に西回りでぐるっと街を一周。中学生・高校生組は転移門広場と3つの教会跡地を探索するといい。決して迷子にならず、圏外にも出ないこと」

 

「イエッサー!」

 

お調子者の男の子が大きな声で返事をすると、子どもたちは嵐のように店から飛び出していった。

 

「あっみんな待って!」

 

サーシャは最後にこちらにぺこりと頭を下げると、一人マイペースに椅子に座ってコインをいじっていた少女の手を引いて子供たちを追いかけていった。

 

「ねえ、みんな。私たちも探しましょうよ」

 

アスナが目を輝かせてテーブルを見渡した。

 

「うーん。“ヒロワー”は卒業したんだが、まあ、せっかくのバフだし、無駄にするのはもったいないか」

 

キリトは少しの間逡巡していたようだが、おおむね肯定的な返答を返した。

 

「ヒロワー?」

 

「ベータ時代にここの遺物拾いにはまって、攻略そっちのけで遺跡を徘徊していたプレイヤーのことよ。ネットの掲示板や攻略サイトでそう呼ばれていたの。ここのレストランもケーキのバフを得るために朝早くから開店待ちの行列を作っていて、どうしてあの熱意を攻略に向けられないのか不思議な人たちだったわ」

 

ミトが答える間、キリトは店の天井に視線を逃がしていた。

 

「ね、良いでしょケイさん」

 

アスナが身を乗り出すと、ケイは腕を組んで両目をつむった。

 

「遺物はフィールドに赴かずにコルを稼ぐ数少ない手段の一つだ。俺たちが乱獲するとその分、圏内プレイヤーの取り分が減ってしまう」

 

「あっそうね……」

 

「それに遺物ってのは大半が換金アイテムだからな。今更小銭稼ぎに精を出している時間があるなら、階層の攻略を進めるべきだと俺は思う」

 

アスナが浮かしかけた腰を椅子に戻す。それから少し背中を丸めてカップに手を伸ばすと、ケイはいたずらっぽく片目を開けて口角を釣り上げた。

 

「だから、午前中は地下墓地の探索をしよう。次の町まで続くダンジョンにある遺物なら俺たち以外拾える奴もいないしな」

 

からかわれたと気づいたアスナは怒りと羞恥で半分ずつ顔を赤くした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「せっかくだし、競争しないか?」

 

所用があるからと別行動を申し出たケイを除いたミト達はケーキのバフが有効なうちに急いで町の地下ダンジョンに向かった。圏内である地下1階を通りすぎ、《Outer Field》の表示が出た地下2階の通路の先でキリトが先頭を行くアスナに声をかけた。

 

「競争?」

 

「そう。こんだけ人数がいるのにみんな同じ場所を探索していたんじゃ効率悪いだろ。このダンジョンのモンスターはそんなに強くないし、二手に分かれてどっちが多くの遺物を集められるのか勝負しようぜ」

 

「ふーん。キリト君にしては良い事言うじゃない。それで負けた方のペナルティは?」

 

「《ブルーブルーベリータルト》を奢るってことで」

 

「のったわ!」

 

アスナは意気揚々と曲がり角を右に曲がっていった。ミトは苦笑しながらそれに付き従う。自然とチームは男女に分かれて、あっという間に1時間が経過した。

 

「ひどい目にあったわ。まさか幽霊が出るなんて」

 

「あれは怨念とかじゃなくただのゲームデータなんだから怖がらなくてもいいのに」

 

「そういう問題じゃないの。あと別に怖がってないから」

 

遺物拾いの結果は大差でキリト達の勝ちだった。

アストラルモンスターに驚いたアスナが剣を放り投げ、運悪くそれを《拾い系》モンスターに持って行かれなければ、もう少し勝負になったかもしれないが。

結局ミト達は遺物そっちのけでアスナの剣の回収に奔走することになったのだ。

 

「むー。もう一回よ。もう一回! もう一度ケーキを食べて再戦しましょ! 今度は負けないから」

 

アスナに詰め寄られたキリトは頭をかきながら答える。

 

「あー。それは不可能だな。いや、再戦自体はできるけど、ケーキのバフはつかないよ。そもそもあのケーキは一日30個の限定品だし、1プレイヤーにつき1日1回しか効果がないんだ」

 

「じゃあ、罰ゲームで買うのも無理ね」

 

「そこはほら。明日になればまた食べられるってことだから」

「かたじけないでござるなあ」

「ごちそうになるでござる」

 

「ミトー、悔しいよぉ」

「仕方ないでしょ」

 

崩れかけの壁に囲まれた待ち合わせ場所の広場でサーシャ達とも合流したミトたちは、とりとめのない会話をしながらケイの合流を待っていた。

 

「これケイさんに渡しておいてください。特殊効果がついたアイテムです」

 

子供たちの持ってきた遺物はそれなりの量あったがほとんどはキリト達と同じく換金アイテムだった。いくつかの例外であるアクセサリーはサーシャがキリトに手渡した。

キリトは好奇心からプロパティを確認していき、一つの指輪を手にもって固まった。

 

「このアイテム……」

 

「どうしたの?」

 

キリトに手渡されたアイテムの情報を確認したアスナはそれをそのまま読み上げた。

 

「吟唱+3……?」

 

「ベータ版では聞いたことないスキルだ。もしかしたら……」

 

「新しいエクストラスキルかもしれないって?」

 

「のわっ! ケイ!? いつの間にいたんだ!?」

 

「今さっき」

 

ケイの登場にキリトが飛び跳ね、話題はミトが引き継いだ。

 

「それで、エクストラスキルって本当?」

 

「本当だ。この町の西のバーでクエストを受けられる」

 

「なんでそんなことまで知ってるのよ。あっ、もしかしてあなたの野暮用って」

 

「いましがた習得してきた」

 

「な、なんですと!?」

 

得意げなケイの言葉にキリトが今日一番の大声を出した。

 

「いつの間にそんな情報を……いや、そもそもなんで誘ってくれなかったんだ!」

 

「情報は朝アルゴから買った。誘わなかった理由は《吟唱》がバフスキルだからだ。パーティーに何人もいらない。そもそもキリトはスキルスロットに空きがないだろ」

 

4層のボス戦で一足早くレベル20に達したらしいケイは昨夜、新たなスキルスロットが解放されたと言っていた。

 

「それはそうだけど……」

 

いや、でもゲーマーとしてはだなぁ……となおも未練がましいキリトを一瞥してアスナはケイに尋ねる。

 

「それで? その吟唱ってスキルはどんな効果なの?」

 

「説明するより、実際に使った方が早い。ダンジョンに向かおう」

 

そういうとケイは見慣れない楽器をストレージから取り出した。

 

5層の圏内クエストを回るというサーシャ達とわかれ、ミト達は再びカルルインの地下墓地を目指した。

 

地下2階に到達し、圏外の警告が表示されるとさっそくケイは手に持ったリュート風の楽器をかき鳴らした。それから意外にもきれいな声で歌い始める。演奏は30秒ほどで終わった。歌といわれると少々短い感じがするが、戦闘のたびにそれだけの時間演奏しなければいけないと考えると使い勝手はよくないだろう。少なくとも近接戦闘と併用するのは難しそうだ。

 

ミトのHPバーの隣には剣のマークのアイコンが点灯していた。

 

「ATK微上昇の曲だ。スキルはこれの他にAGIをあげるものもある。そっちもぼちぼち検証していこうか。その前にお客さんが来たみたいだがな」

 

歌声につられてきたのか道の先から現れたモンスターは、先頭を歩いていたキリトが迎えうった。

 

それから、ミト達はあえてパーティーから外れてみたり、遠くで待機してみたり。AGIやATKの上昇がどれくらいのものか確認したりなど、新しいエクストラスキルの効果を試しながら地下墓地を探索していった。

 

結果として効果範囲は楽器の音が聞こえる範囲と同程度であること。効果時間は1分程度。上限人数までは分からないが、支援対象はパーティーメンバーに限らないことがわかったが、AGIやATKの上昇値は特筆すべきほどではなかった。正直言って現状ではあまり恩恵を感じられない。

ケイならば普通に戦った方がよほど楽に敵を倒せるだろう。

 

同じ結論に至ったのか一通り検証が終わるとケイは片手用直剣を装備し、その後のエリアボスとの戦いでも再び楽器を取り出すことはなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「それで、結局《吟唱》はどうするんだ?」

 

先頭を歩くキリトがケイに問いかけた。

 

「うーん。少し保留かな。今のところはバフスキルとしては3流って感じだし、熟練度が上がらないとどうにもな」

 

ダンジョン攻略後、開通した地下トンネルを通って5層第2の町《マナナレナ》の村に到着したミト達は町を軽く探索しつつ、先ほどの戦闘について話しあっていた。

 

「モンスターを引き寄せちゃうのも問題ですよね。三差路全部からモンスターが押し寄せてきたときは混戦になっちゃいましたし」

 

「楽器の演奏は結構遠くまで響くからな。効果範囲の面ではプラスだが、聴覚索敵に引っかかりやすくなるのがネックだな。仮にもソードスキルだからかパッシブ系の敵まで反応してるっぽいし」

 

「しかも、大半の敵はケイ殿に向かっていったでござるからな。おそらく効果時間の1分間は常にソードスキルの使用判定でヘイトを買っているのでござろう」

 

「そうなのかもなぁ。使うんならレイド戦なんだろうけど、あれだけヘイト誘導が高いとタンクからタゲをはがしそうだし……あらかじめルールを決めておかないと運用が難しそうだ」

 

アスナ達が議論する中、一人黙って試行していたミトは道中から胸につかえていた疑問を口に出した。

 

「ねぇ……確か、ベータの時もバフスキルが話題になったことってなかったかしら?」

 

「うーん《吟唱》なんて聞いたことないけどな」

 

「拙者も心当たりがないでござる」

 

キリトとイスケが首をひねる。

 

「いえ、《吟唱》じゃなくて、何か別のスキルかアイテムで」

 

「あっ!」

 

キリトが何かを思いついたように手をたたいた。

 

「ギルドフラッグ!」

 

「なにそれ?」

 

聞きなれない言葉にアスナは不思議そうな顔をした。

 

「正式名称《フラッグ・オブ・ヴァラー》。5層ボスが落とす旗の付いた両手槍よ。といっても武器としての性能は低いんだけどね」

 

胸のつかえがとれたミトは満足そうな表情を浮かべる一方で、得意げなキリトは指を4本立てた。

 

「ギルドフラッグはバフアイテムなんだ。槍を地面に突き立てている間、半径15メートル以内の同一ギルドのメンバーに攻撃力上昇、防御力上昇、スキルクールタイム減少、全デバフ耐性の支援効果を人数無制限でばらまくんだ。しかも効果時間は槍を突き立ててる間ずっと続く」

 

「何よそれ! ずるいじゃない! ケイさんなんか30秒も演奏してようやく1分のバフを発動してるのよ! あ、いえ、ごめんなさい。他意はないわよ」

 

「別に気にしてないさ」

 

ケイは首を振る。

 

「ドロップした当時はぶっ壊れだって騒がれたっけなあ」

 

「でも改めて考えると不思議ね。強いアイテムなのに、いつの間にか話題にならなくなってたわ」

 

「やっぱり、ギルメン限定ってのがネックなんじゃないのか。一人分のDPSを引き換えに数人しかバフがかからないんじゃ割に合わないし、かといってベータ時代はギルドが乱立してたから、同じギルドでフルレイド集めるっていうのも現実的じゃなかったから」

 

「あるいはフラッグも持ち続けるのが難しいくらいにヘイト上昇がすごかったからかもしれないでござるな」

 

「でも、そんなすごいアイテムがあるなら、私少し楽しみになってきちゃった。5層ボス戦」

 

アスナが楽しそうに笑った。


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