SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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アーカイブス 007

《マナナレナ》を出た後、ケイ、キリト、アスナ、ミトの4人はフォールンエルフのクエストを進行するためにその先のフィールド《枯れ木の森》へと進んでいた。

別行動のイスケとコタローはダークエルフ陣営のクエストを進める手はずだ。

 

5層は遺跡というテーマの通りダンジョンも圏外のフィールドでさえも石畳に覆われており、自然地形は一部分しかないと言われている。その数少ない自然地形の一つがこの森なのだが、これまでの階層のように緑あふれる大地はなく、どちらかというとその逆。どこを見ても乾いた茶色と黒ばかりで、昼だというのにどこか陰鬱な雰囲気がある。

 

「夜じゃなくてよかったわ。これで薄暗かったりしたらまるでホラー映画じゃない」

 

「安心していいわ。このマップにはアストラル系のモンスターは出なかったはずだから」

 

「別にー、幽霊が怖いなんて言ってませんけど!」

 

キリトが顎に手を当てる。

 

「でも4層ではフィールドモブだって地形に合わせて変更されてたからな。この森もゾンビ系モンスターくらいだったら配置されててもおかしくないんじゃないか?」

 

すすすっと無言でアスナは皆の中央付近、真っ先には襲われづらい場所に立ち位置を変えた。

 

「それにしても本当にこんなところにフォールンエルフがいるのかしら」

 

ベータ時代のミトの記憶が正しければ5層にはダークエルフもフォレストエルフも小さな村があったはずだが、その場所は枯れ木の森ではなかった。

彼らと敵対するフォールンエルフが近場に拠点を構えないのはよくわかるが、正式版になり追加された設定で、エルフは《森と水の恩寵》、つまり清流と自然のある場所でしか暮らせないことになっていた。清流はともかく枯れ木ばかりのこの森に自然の恩寵なんてあるのだろうか。

 

そう思いながら視線を向けるとクエストログを見ていたケイがミトを見返してきた。

 

「地図上ではもうすぐ見えてくるはずだ」

 

ケイが見ているシステムウィンドウには進行可能なクエストのログとおおよそのイベント発生位置が示されている。5層に入って発生した新たなエルフクエストのフラグではこの森にいるフォールンエルフとコンタクトを取れと書いてあった。

 

「あれじゃないのか?」

 

キリトが指さした先には木々の開けた空間に遺跡の残骸があった。カルルインでは至る所にあった壊れかけの建築物だが、枯れ森で見るのは初めてだ。クエスト地点の目印としては悪くない。

 

規模はかなり大きい。全体的に白っぽい石材で構成された遺跡は一つの建物というより村が丸ごと風化し、いろいろな建物の基礎や残骸が残っていると言われたほうがしっくりくる。写真でしか見たことがないがマチュピチュが似たような雰囲気だったか。

 

ぎりぎり原型をとどめているアーチから遺跡群に足を踏み入れたケイはややもせず足を止めると、右方の石柱に鋭い視線を向けた。

 

「そこに隠れているやつ。お前がフォールンエルフなら俺たちは敵じゃない。姿を見せてくれ」

 

現れたのは全身を暗色のローブに隠した小柄な人影だ。

 

「……なぜわかった」

 

「俺の《索敵》スキルはちょっとしたもんだぜ。そのレベルの《隠蔽》なら見破れる」

 

NPC相手には少々不親切なケイの返答が原因ではないだろうが、相手はそれきり黙ってしまった。

 

「ケイ、ほら紹介状! カイサラからもらってただろ」

 

「ああ、これか」

 

キリトの言葉にケイが従うと、受け取った書状に目を通した人物はフードを取った。

意外なことに人影の正体は年端も行かない少女だった。身長はシリカと同じくらいだろうか。カイサラとはまた違った薄い灰色の肌につやのある黒い髪は短くそろえられている。顔立ちはかわいらしいと言うよりは、どこか儚げ。彼女はやはりよく目立つ赤い瞳でミト達を一瞥すると、薄い唇を開きかけた。

 

声を発さなかったのは、突然ケイが倒れたからだ。

 

「どうしたんだケイ!?」

 

「う、嘘だ……!」

 

キリトが慌てて駆け寄る。

ミトは一応HPバーを確認したが、どうやら未知の攻撃を受けたわけではなさそうだ。となると……。

 

「褐色ロリだと、バカな。見たことないぞ」

 

「いったい何の話だ。何か起きたのか?」

 

「何かだと? 今まさにおきているだろう、キリト」

 

ケイはゆらりと立ち上がると、逆にキリトに詰め寄った。

 

「覚えておいてくれ。俺には嫌いな言葉が3つある。リアルラック依存、ランダム要素、そしてイレギュラーだ」

 

「あ、ああ」

 

「これまでフォールンエルフに女の子がいたか。俺は一度も見たことがない。兵士はたいてい没個性な成人男性だった。それなのになぜかロリキャラが出てきた。俺の経験上これは絶対厄介な奴だ。変えてもらおう」

 

「変えてもらおうっていったい誰にだよ。ムチャ言うな!」

 

「まーた始まった」

 

「たまーに壊れるのよね。ケイさんって」

 

ミトはアスナと呆れた視線を交わしあった。

 

「……これだから人族は」

 

フォールンエルフの少女は冷めた目でケイを見ていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「なんだよやっぱりおっさんもいるじゃねえかよ。こういうのでいいんだよ、こういうので。そもそも合法ロリ枠は売約済みだろ。キャラかぶってるし。とりあえず女性を出しとけば男は喜ぶなんて発想は安易なんだよ。カーディナルはもっと性的マイノリティに配慮するべきそうすべき」

 

基地代わりに使っているという地下遺跡に案内されてもケイは壊れたままだった。

仕方なくミトが先頭に立ってクエストを進行する。

 

「――ということで私たちは天柱の塔の攻略を手伝ってもらう代わりに、《秘鍵》の収集に協力するという約束をしたんです」

 

「ノルツァー将軍からはお話を聞いている。カイサラ様のお墨付きもあるというのであれば、私からは何も言うことはない」

 

5層の指揮官だというフォールンエルフの指揮官はシルバーブロンドの髪を後ろで纏めた壮年の男だった。エルフらしく肌にはシミ一つないが、顔の前で組まれた手はごつごつと節くれだっていて長い鍛錬の跡がうかがえる。きっと現場のたたき上げなのだろう。

彼に事情を説明したミトは無事に更新されたクエストログを見て、安堵の息を吐いた。

 

「とはいえ今回、我々が天柱に赴くのは難しいと言わざるをえん。兵士も大部分が4層の作戦に駆り出され、見ての通り人手不足なのだ」

 

「それは……まあ」

 

ミトは返事をしながらあたりを見回した。あまり広くはないこの部屋には指揮官らしきこの男の他には最初に会った少女くらいしかいない。地下遺跡には他の部屋もあったがすべて合わせてもそれほど広くはないだろう。この場所を本拠地とする彼らの部隊の規模はおおよそ察しがついた。

 

「まあ、それならそれでいい。無理強いはしないさ」

 

頭が復帰したケイが告げる。

 

「今回はやけにあっさり引き下がるのね」

 

ミトが小声で尋ねるとケイも顔を寄せてきた。

 

「もともとカイサラみたいな例が異常なのさ。彼女みたいなNPCにいつまでも手伝ってもらえたんじゃゲームバランスが狂っちまう。何かしら対策が入ってしかるべきだ。この階層のボス戦はまた別の方法を考えるさ」

 

ケイはそう言うとフォールンエルフの指揮官に向き合って真剣な表情を見せた。

 

「今回俺たちの要求は簡単なもの一つだけ。あのエルフ、チェンジしてくれ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「なんだよぉ。あいつ以外手すきの兵士がいないとかどんだけ人手不足なんだよ。やる気あんのかぁ?」

 

地下遺跡から出て再び枯れ森を探索してる段になっても、ケイは復調しなかった。相当な重症であるようだ。

 

「…………」

 

フォールンエルフの少女も少女で何を言われても反応しない。無口すぎてミト達全員を無視しているのかと思うくらいだ。おかげで雰囲気はあまりいいとは言えなかった。

 

「何がそんなに不満なのよ。かわいらしい子じゃない」

 

さすがに見かねたアスナがとりなすが、ケイは鼻で笑った。

 

「かわいいって。きっと実年齢はババアだぞ」

 

「……ババアではない。まだ15歳だ」

 

さすがにそれは聞き流せないのか少女が不満そうな声を出す。

 

「小娘じゃねえか。というか歳の割に発育悪すぎないか?」

 

「……だまれ人族。カイサラ様から見ればお前らなど等しく小僧のようなもののくせに」

 

「申し訳ないが人外ババアを引き合いに出すのはNG」

 

「……無礼者め」

 

「シリカちゃん元気かなぁ」

 

アスナが現実逃避をするようにつぶやいた。二人の言い合いは聞かなかったことにするらしい。

 

シリカは今2層で鍛冶師プレイヤーと一緒に居るという。4層ではあれ以降一度も、5層主街区でもケイは彼女を2層から呼び戻さなかったため、ミト達はしばらく会っていない。

 

もしかしたら、ケイはもうシリカを前線には呼ばないかもしれない。彼女の年齢を考えれば攻略組から遠ざけて後方支援に振り分けるケイの気持ちも理解ができる。おそらくパーティーメンバーもそのことは感じていて、だから彼女の話題は自然と遠ざけられていた。

 

「きっと元気よ。少なくとも危険な目には遭ってないでしょうね」

 

「6層に行ったら一度会いに行ってもいいかしら」

 

アスナはケイに尋ねた。

 

「ああ。暇ができたらな」

 

「楽しみだわ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

5層でのエルフクエストの最初のターゲットはフォレストエルフの拠点だった。ここで外を巡回しているエルフの警備兵を襲い、3層から運んできたというダークエルフの兵士の武器を現場に残すことで、2派閥の対立をあおるのが目的らしい。

 

フォールンエルフらしいと言えばフォールンエルフらしい、あまり後味のよくない部類のクエストだ。そもそも4層のクエストもそうであったがこの派閥はむやみに戦争をあおるようなことばかりを行うため、あまり気持ちの良いクエストはないのかもしれない。

 

特にミトはベータ時代フォレストエルフの派閥でプレイしていたため、彼らには仲間意識のようなものが残っている。所詮今はもう消えたデータの話と割り切れればいいのだが、今のところうまくいっていない。

 

表情を見る限り、アスナもキリトもやる気を出すのは難しそうで、唯一の例外といえばケイくらいだ。

 

しばらくフォレストエルフの基地周辺に身を隠し、兵士の巡回ルートを割り出した後、ミト達は彼らを襲った。戦闘自体はさして特筆すべき難易度ではなく通常のNPCにふさわしい難易度だったが、ミト達は危うくクエストを失敗しかけた。というのもフォールンエルフの少女がミトの想像よりもはるかに弱かったのだ。

 

カイサラとは言わずとも相手の巡回兵とは同等くらいの戦闘力があると思い込んでいたミト達は敵の一人を彼女に任せたのだが、数度も剣を合わせないうちに血交じりの怪しい咳を出しはじめた彼女はうずくまり、隙をつかれて倒されそうになっていた。実際、ケイの援護が間に合わなければ彼女のHPが残っていたかは疑問だった。

 

「ええ……? よわ……? しかも病弱キャラかよ。なんだよこれどうなってんの? 先が読めねえ。不安すぎる」

 

巡回兵の一団を倒した後、黒エルフの武器を置きながらケイは落ち着きなく周囲を警戒している。

 

エルフの少女は懐から出したポーションのような瓶をあおると乱暴に口元を拭い、何事もなかったかのように歩き出した。

 

あまりに自然にミト達は置いていかれかけ、慌てて背中を追って走った。

 

「これはあれだな。カーディナルが俺たちの仲間NPCを下方修正したんだな」

 

油断なくあたりを見回しながら発したケイの言葉にアスナが聞き返す。

 

「前々から思ってたけど、そのカーディナルってなんなの?」

 

「AIだよ。このゲームを調整しているプログラムの名前。厳密にはカーディナルはプログラム群を管理するさらに上位のプログラムだが、まあ、全部まとめてカーディナルっていうときもある。考えてみれば不思議だろう? 茅場晶彦はこんなたいそうな犯罪を起こして、どうして未だにこのゲームは動いてるのか。アーガスの社員は当然協力しないだろうから、ゲームの管理は彼一人で行うことになる。でも、1万人規模のVRMMOなんて基本的なサーバーメンテですら一人で処理できるデータ量じゃない。そこで出てくるのがカーディナルさ。このゲームのGMは機械仕掛けなんだ」

 

「ずいぶん詳しいのね」

 

「SAOと名の付く記事はだいたい全部目を通してるからな。結構革新的な技術が多いんだぜ、このゲーム。きっと、アーガスは警察に技術開示を迫られて悲鳴を上げただろうさ」

 

ケイはその光景を想像してか同情的な表情を浮かべた。

 

「カイサラは強すぎた。結果として俺たちはベータでも数日かかった迷宮区をたった一日で攻略した。おそらくこれがカーディナルのバランス調整に引っかかったんだろうな。だから急遽カーディナルは、というより厳密にはその下部プログラムであるクエスト作成プログラムは次のシナリオの仲間NPCを弱くした」

 

そこまで言ってケイは頭をかいた。

 

「まあ、すべては憶測にすぎないけどな」

 

 

「ご苦労だった」

 

一度基地に戻り指揮官のエルフに報告すると、彼は短く一言そういった。次いで部屋の隅からぼろぼろのローブと乾いた血の付いた短剣を持ってくると、机の上に置いた。

 

「盾と直剣の紋章……フォレストエルフのものか」

 

ケイが武器とローブに刻まれた意匠を確認しながら言った。

 

「その通りだ。次はそれをもってリュースラの兵を襲ってきてくれ」

 

ダークエルフの駐屯地はフォレストエルフの駐屯地よりも遠くにあり、先ほどよりも往復に時間を使うことになったが、クエスト自体は滞りなく終えることができた。今度は少女を最初から戦力に数えていなかったため、危ない場面もなかった。

 

再びの地下遺跡。

 

「それで次はどうする?」

 

「今日はもう任務はない。機を待つのだ」

 

ケイが尋ねると、指揮官のエルフは待機を要請した。

 

「できれば早く終わらせたいんだが」

 

「秘鍵は封印の祠にある。我々では手出しができん。あれを持ち出せるのは封印をかけたリュースラの民だけだ」

 

「ふうん」

 

「秘鍵を奪うためには奴らに自ら封印を解いてもらわねばならん。今日のお前たちの働きによりカレス・オーの兵士とリュースラの兵士はまもなく開戦するだろう。そうなれば必ずリュースラの民は戦場から《秘鍵》を持ち出そうと動き出す。我々が次に狙うのはその回収部隊だ」

 

「なるほど。それで戦争が始まるまではやることがないというわけか。だが、今日の夜にでもダークエルフが動き出す可能性があるだろう」

 

「無論。その事は考えてある。すでに祠は別の部隊が見張っているところだ。お前達には明日の午前中に彼らと入れ替わりで祠に向かってもらいたい」

 

「了解した」

 

枯れ森の古代遺跡は周囲の町や村からは離れた場所にある。光源に乏しく、ただでさえ悪い視界がさらに悪化する夜に森を長時間歩くのは正直あまり好ましくない。加えて約一名不気味な森を探索することに忌避感を示した者もいたため、その日はフォールンエルフの勧めに従って基地で寝ることにした。

 

問題はその部屋割りである。ミト達とケイ達は初め2部屋に分かれて寝ようとしたのだが、フォールンエルフの少女がケイと同室で寝ると言って聞かなかったのだ。

 

「バカだな。ボクの本当の任務がまだわからないのか?」

 

女子部屋に誘うアスナに少女は冷たい視線を向けた。ケイは再び地面に倒れ伏し「ボクっ子だと……属性過多だろ」と呻いている。

 

「ボクの任務はカレス・オーの兵士と戦うことでも、リュースラの基地を襲うことでもない。本当の任務は怪しい人族を見張ることだ。ホランド叔父さんはお前たちのことなんか信用してないのさ」

 

「ホランド……?」

 

聞きなれない名前を復唱するアスナにケイは地面から返答する。

 

「あの指揮官の名前だろ。ネームドかよ。面倒な予感しかしないぜ。もしかしてお前にも固有名があんのか?」

 

「それ、人族に教える必要ある……?」

 

少女の返答はにべもなかった。

結局、その日はミトとアスナもケイ達と同じ部屋で眠ることになった。

 

「いい。この線からこっちは進入禁止だからね。寝顔を見るのもダメだから」

 

「そんなに嫌なら、別の部屋で寝ればいいのに」

 

「それってこの子とキリト君たちが一緒に寝るってことでしょ。そんなこと放っておけるわけないじゃない」

 

仲がいいのか悪いのか。アスナとキリトが言い合いを繰り広げているのを意識の片隅に追いやりながら、ミトは支給された寝袋を広げた。遺跡の地面に寝転がるなんて現実ならば冷気や地面の硬さにやられてとても眠れないだろう。だが、そこはVR。この世界では特定の気象条件でもなければ寒さを感じることも体の節々が痛くなることもない。

 

想像よりも快適に、ミトは眠りに落ちた。

 

 

◇◇◇

 

 

翌日、ミト達は朝早くからダークエルフが《秘鍵》を封印しているという祠を見張っていた。

 

フォールンエルフの少女から渡された土色のシートに隠れていたミトはもう何度目になるか分からないクエストログの確認を行った。相変わらず表示は『《封印の祠》で秘鍵の回収部隊を待ち伏せしろ』となっている。クエストを間違えているわけではなさそうだ。だがこれが正しい手順ならば、なぜ何も起きないのか。もうすでに10分以上は待機している。

 

「なあ、それなんのポーションなんだ」

 

視界の先で小さな瓶に入った液体を服用していたエルフの少女にケイが尋ねた。昨日も何度か彼女はそれを飲んでいる姿を見せていた。単なる回復ポーションかと思って気にも留めていなかったが、HPが満タンの今も飲んでいるのなら、そうではないのだろう。

 

「……人族には関係のないものだ」

 

「そうか」

 

ケイはあっさり引き下がった。

 

「クエストの暗示じゃないならいいや。今のところはね」

 

それからさらにたっぷり15分以上経過して、ようやくダークエルフの部隊がやって来た。しかし今度はなかなか出てこない。そういえば封印の祠は小さなダンジョンのようになっていて、最奥には《秘鍵》を守るボスまでいるのだったか。

うんざりしながら待っているとようやくダークエルフが出てくる。フラストレーションを爆発させるように戦ったミト達は無事に部隊を排除し《秘鍵》を奪った。

 

「これが、秘鍵……!」

 

クエストのキーアイテムだからか、ストレージではなく直接地面にドロップした秘鍵は素早く飛びついたエルフの少女が拾った。まじまじと手に取って観察している。

 

「これがあれば……」

 

後はこの秘鍵を基地に届ければクエスト終了のはずだったが、すんなりとは終わらなかった。

 

「こそこそと動くリュースラの兵士の痕跡を追いかけていたと思ったのだがな……よもやここで汚らしい枯れ枝どもを見ることになるとは」

 

戦闘終了後、ミト達はいつの間にかフォレストエルフの部隊に囲まれていた。

 

「他の奴らより一回りレベルが高いな、あの隊長格。俺とキリト二人がかりで倒した方が良いかもしれない。ミトとアスナは周囲の平隊員を相手してくれ。フォールンエルフは……いや、やっぱりあの隊長は俺一人で抑える。キリトは彼女の護衛についてくれ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「問題ない。攻めっ気を出さず時間を稼ぐだけだ」

 

ミト達の役割が決定する。フォレストエルフの部隊員は総勢5名だ。数字上は同数だが、こちらはエルフの少女が戦力として不安定なため実質的には一人少ないようなものだ。ケイもそのことに配慮を見せた。

 

クエストのクライマックスにふさわしくエルフたちは難敵と呼ぶにふさわしい相手であるようだ。全員が装甲値の高そうな艶消しの金属鎧に身を包んでいる上に、派手な意匠の施されたマントを纏う隊長のカーソルは平隊員と違ってかなり濃い赤色。ケイなら問題ないだろうが、楽な相手ではない。

 

「おい、まさかお前が手に持っているのは秘鍵か?」

 

男は少女を見て怪訝な顔をすると、すぐに低く唸り声をあげた。

 

「聖大樹の樹液を狙う害虫どもが! 今度はエルフの秘宝にまで手を出そうというのか……!! 恥を知れっ!! それはお前らのような虫けらが触っていい物じゃない!」

 

「害虫でも虫けらでもない。ボク達は誇りあるエルフだ……!」

 

少女が振り絞るように叫んだ。

 

「聞いたか? 呪われた民がエルフ面してやがるぞ!?」

 

黒エルフの部下達の笑い声が響く。

 

「呪いがなんだ。ボクは……ボク達は……何も悪いことなどしていない……!」

 

「薄汚いエルフの面汚しめが! 開き直るつもりか!? お前らなど存在自体が罪深い!!」

 

隊長格の男はこめかみに血管を浮かべながら怒鳴った。

 

男は剣を体の前に立てて儀式のように構えた。

 

「禁忌を侵した咎人に! 聖樹の裁きを!」

 

「「「「聖樹の裁きを!」」」」

 

「我らに聖樹の恩寵を!」

 

「「「「恩寵を!」」」」

 

少女は悔しそうに唇を噛んで黙った。さすがに視線を切るようなことはしなかったが、戦闘中でなければうつむいていてもおかしくない表情だった。

 

「レスバは森エルフの勝ちみたいだな。じゃあそろそろ肉弾戦に行こうぜ」

 

ケイは剣を抜いて切っ先をダークエルフに向けた。

 

「人族の冒険者か。金にでも釣られたか? 品のないやつだ」

 

「15歳の女の子相手にムキになって怒鳴るおじさんに品性を語られたくはないなあ」

 

「お前は今、最後の降伏のチャンスをふいにしたぞ!」

 

男が怒鳴った。それが開戦の合図だった。ケイと隊長が切り結び……いや、何だあの動きは。ミトの目にはケイがスキルの硬直時間を無視してエルフを殴り飛ばしたように見えた。

 

ケイは右手の拳を不思議そうに開閉した。

 

「おかしいな、殴れてしまったぞ。聖樹の恩寵とやらはお前を守ってくれないのか?」

 

「小僧……! 今すぐその口をふさいでやる! 永遠にな!!」

 

あれはきっとヘイトを稼いでいるだけに違いない。NPCの攻撃順位に会話の内容が反映されるかは定かではないが、ミトはそう思うことにした。

 

隊長の援護に向かうエルフの隊員たちはミト達が相手をした。各々武器を振るいあう。そんな中キリトはケイの姿を焼き直すようにエルフの隊員を殴り飛ばした。アスナが素早く追撃をかけながら疑問をぶつける。

 

「何なのよそれ!?」

 

「スキルコネクト。体術のスキル発動モーションを片手剣のソードスキルの終わりにつなげるんだ。そうすると連続でスキルが発動できる。とっておきのつもりだったんだが、ケイも見つけていたのか」

 

キリトは残念そうに答えた。

 

「ずるい。私も《体術》覚えたい」

 

「いいんじゃないか。後でエクストラクエストの裏技を教えてあげるよ」

 

フォレストエルフの部隊は確かに強敵だった。このあたりのモンスターの適正レベル帯を頭一つ抜けているだろう。だがミト達だって負けてない。4層ボスの莫大な経験値でレベルを上げたこのメンバーならステータスで押し負けることもなければ、プレイヤースキルに不足もない。

 

彼らの中核をなしている派手な鎧の男がケイに完璧に抑えられている以上、ただの平隊員ではミト達の相手をするには役者不足だ。各個撃破の後は形勢はこちらに傾き、隊長をみんなで囲んで攻撃すればほどなくフォレストエルフ部隊は返り討ちにできた。

 

基地に帰り少女が指揮官に秘鍵を渡すと、彼は目を丸くし秘鍵を持ち上げ様々な角度から眺めてつぶやいた。

 

「これが、秘鍵……!」

 

キリトが少し笑う。

 

「ホランドさんってあの子と血縁関係にあるんですよね」

 

「叔父と姪の関係にあたるが……? どうしてそんなことを?」

 

「だって、二人とも秘鍵を見たときの反応がそっくりだから」

 

「む……」

 

エルフの指揮官は少々バツが悪そうに秘鍵を机においた。クエストログが更新され、リワードとして経験値が加算される。だが、エルフクエストの報酬はこれだけではない。

 

「諸君らのたぐいまれな働きに感謝する。この中から一つずつ好きなアイテムを選んでくれ。秘鍵と比べればささやかなものではあるが、どのアイテムも君たちを助けてくれるだろう」

 

待ってましたとばかりにキリトが目を輝かせる。指揮官が机の上に並べたアイテムはAGIに上昇ボーナスがついた黒革のブーツや布防具とは思えない特性値のケープなどの防具に始まり、アクセサリーから武器まで揃っていた。しかし、その中でも皆の目を引いたのはねじくれた棘のような意匠の黒い武器だった。

 

「レ、レベル2麻痺毒ですと!?」

 

初めにそれを手に取ったキリトが驚愕の声を上げる。麻痺毒と言えばSAO最凶と名高い状態異常だ。しかもレベル2となればキリトが驚くのも無理はない。よくよく見れば3回しか使えないという回数制限こそあるものの、レベル2状態異常を治せるポーションが出回っていない序盤の階層では破格といっていい性能だ。

 

「俺、これにします」

 

「いい目をしているな」

 

指揮官が満足そうに頷く。

 

「それはわれらの持つ武器の中でもとっておきだ。何といっても悪名高きかの邪竜シュマルゴアの素材を使った一品だからな」

 

「シュマルゴア?」

 

「そうだ。人族では有名な伝承ではないかもしれないが、聖樹の呪いを受けた哀れなトカゲの末路だよ。その昔聖域にいた一匹のトカゲが禁じられている聖樹の果実を食べてしまった。聖樹は言いつけを破ったトカゲを許さず、その身に二つの呪いをかけた。一つはトカゲが口にするもの全てが猛毒になる呪い。もう一つは再生の呪いだ。トカゲは常に猛毒に侵されながらも完全には死ぬことができず、絶えず破壊と再生を繰り返すうちに徐々にその身を変質させていった。ついには理性を失い、ただ苦しみにのたうち回り、周囲に毒をまき散らすだけの竜へと姿を変えた」

 

「うわあ、えぐいことするなあ」

 

キリトはドン引きしている。

 

「……聖樹の呪いなどそんなものだ」

 

指揮官は一瞬その目に強い光を宿して言った。

 

結局、ミト達も報酬には黒い投擲武器《シュパイン・オブ・シュマルゴア》を選んだ。

 

いずれ同水準のものが出回る武器や防具と違って、麻痺毒を付与する武器は代用が効かないためだ。

 

報酬も手に入れ、フォールンエルフの基地を後にするミト達を少女は入り口まで見送りにきた。

 

「……アリアだ」

 

ケイのコートの端を掴んで引っ張りながら、ぼそりとエルフの少女が呟いた。

 

「昨日の夜に聞いただろ。秘鍵を手に入れたことは感謝している。だからボクからも報酬代わりに名前を教えてやる」

 

「あらあら……!!」

 

年下にしか見えない少女のいじらしい報酬にアスナが目を輝かせるが、ケイはすごく嫌そうな顔をした。

 

「おい! なんだその顔は!?」

 

「お前は名もなき兵士Aだ」

 

「は?」

 

「お前は名もなき兵士Aだ」

 

「くっ、これだから人族は!?」

 

少女――アリアは背を向けて遺跡に走っていく。

 

ケイは空に向かって手を組んだ。

 

「頼む。カーディナル。エルフのネームドNPCはもうおなかいっぱいなんだ。これ以上面倒を増やさないでくれ……!」

 

だめだこりゃ。その姿を見てミト達の心は一つになった。

 


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