SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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アーカイブス 009

翌朝、誘惑する睡魔を蹴り飛ばしミトはまだ重い瞼を開けると、電子音を響かせるメニュー画面を叩いて止めた。

 

「ほら、ミト起きて」

 

アスナが体をゆすってミトの二度寝を妨害してくる。

 

「わかってる。わかってるから、アスナ。もうちょっとだけ寝かして」

 

「寝たらだめよ」

 

「ふ、ふふふふふっ! ちょっとアスナ! くすぐるのはやめて!」

 

「へえー! VRでもくすぐったさは感じるのね」

 

「ちょっ! やめてって、言ってるで、しょ!」

 

「ほら早く起きないと、今日も私たちが最後になっちゃうわよ」

 

 

 

 

ミト達が宿の部屋を出ると扉の表面に施されたフィフティーンパズルがひとりでにカチャカチャと動き出し、ドアを施錠してしまった。本来SAOの扉には特別なイベントを除いて鍵などはついておらず、扉があけられるかどうかはシステム的判定に委ねられている。宿屋のドアならば部屋を取ったプレイヤーか許可を与えたパーティーメンバーなら無条件に開けられるものだが、6層だけは例外だった。

 

スタキオンはパズルの町だ。

通りに面した通用口を除くほとんどの扉を開けるには、大なり小なりパズルを解くことを要求される。部屋のドアなどその最たる例で、果てには蓋にパズルがついているお弁当なんていうものまであり、ベータ時代は埃っぽい4層の荒野に次いで苦手とする人が多い場所だった。

 

「よく眠れなかったの?」

 

階段を下りながらアスナが聞いてくる。

 

昨夜、黒鉄宮から宿に戻ったのは12時を少し過ぎたくらいだったのだが、布団に入り目をつむるとあれこれと益体もない考え事が頭を占拠し始め、ミトが眠れたのはそれからたっぷり一時間以上も経った後だったのだ。

 

「まあ、ね」

 

「そう」

 

階段を降りると男性陣は既に全員1階に集合していた。待ち合わせの6時半には間に合ったはずだが、少し申し訳ない気持ちになる。

 

「おはよう。みんな早いのね」

 

「早くないと差し支えるからな。領主の館はパブリックだから、のんびりしてると他のプレイヤーに待たされることになる」

 

ケイは両手にお弁当らしき包みをもって立ち上がった。

 

「悪いが朝食はあとだ。さっそく向かおう」

 

 

 

 

ミト達の目的地は宿を出るとすぐに目に入った。この町の北側、小高い丘の上に立っている豪華なお屋敷が今回のクエストの開始地点だ。町で一番北側にある宿屋を利用したため移動距離は短い。20センチ角のつるつるとした石材で構成された坂道を登っていけば、屋敷にはすぐ着いた。

 

「これが領主様のお屋敷なの? 入っていいのかしら?」

 

「かまいません。サイロン様はこの町の民の声を常に気にされています。謁見希望の方はそのまま進み、2階にいらっしゃる執事に話しかけてください。ですが、くれぐれも粗相のないよう」

 

アスナが開け放たれた門扉の前でためらうように立ち止まると、長槍を持った典型的な門番スタイルのNPCが固い声で応じた。

 

「あっご丁寧にどうも。お邪魔しまーす」

 

アスナに続き、皆が軽く会釈をしながら館に入る。

 

領主サイロンにまつわるクエストは6層のメインストーリーとでも言うべきシナリオクエストだ。その存在はこの町のいたるところのNPCが匂わせている。新階層の圏内クエストを探し始めるプレイヤーがこの館に集結するのはミトにも容易に想像できた。ミト達が眠い目をこすって早起きしたのはそのためだ。

おかげで他のプレイヤーに待たせられることもなく、流れるように謁見の間にたどり着けた。

 

領主サイロンは派手なトーガを纏った西洋人風のNPCだった。顔には立派なヒゲを蓄えているが、瘦躯で威厳があるようには見えない。と思うのはミトがこのクエストの結末を知っているからだろうか。

 

「今日は領主様になにやらお困りごとがあると伺い、力になれればと参りました」

 

ケイが芝居がかったロールプレイで尋ねると、サイロンの頭上に?マークが浮かぶ。クエストフラグをもったNPCの証だ。

 

「おお、それは頼もしい。聞いてくださるか。この町を苦しめる呪いの話を」

 

ベータテスト時代に一度体験済みのクエストとはいえ、これまでいくつもの変更点を目にしてきたミトは注意深くサイロンの話を聞いていた。しかし、クエストの流れはベータ時代と変わらないようだ。

 

10年前、数字とパズルにおいて並ぶ者がいないと言われていた先代領主パイサーグルスのもとに一人の旅人が訪れた。パイサーグルスは当初旅人の来訪を歓迎したが、彼も解けぬ難問を提示する旅人を怒りのままに撲殺してしまったという。領主は凶器となった黄金のパズルを手に行方をくらまし、その日以来この町では一日一つどこかの扉がパズルの呪いに侵されるようになってしまったという。

 

「今はどうにか住人の皆も暮らせていますが、このままでは町全体がパズルに覆われ生活することもままならなくなってしまいます。そうなる前に、先代領主と黄金キューブの行方を探しだし、旅人を供養したいのです。ご協力願えますかな?」

 

「もちろんです。殺された者の無念はきっと私が晴らしてみせましょう」

 

ケイの演技はいっそすがすがしいほどに完璧だった。

 

 

客間から退出したミト達はクエストの指示に従い、当時の状況を知る人物から手がかりを集めることとなった。古くから館に勤めているという老執事、事件を機に職を辞した召使い、今も現役の料理人と園丁、かつてサイロンとは学友として机を並べていたという二人の弟子、領主御用達の商人と合計7人から当時の話を聞いて回り、ようやく先代領主は隣町に別荘を持っていたという情報を得た頃には昼食の時間となっていた。

 

「ここまではベータの時と変更はないな」

 

領主の館にほど近いNPCレストランで、注文したパイの包み焼きにナイフを入れながらキリトは顔をあげた。

 

「そうね」

 

ミトが同意すると、アスナが2人を交互に見た。

 

「もしかして2人は先代の領主がどこにいるのかわかってるの?」

 

「ベータの時と同じならな」

 

キリトが答えるとアスナは悩まし気に眉根を寄せた。

 

「うーん。……いいわ教えてちょうだい。このクエストの結末。私だけ仲間外れは嫌だもの」

 

「領主は領主の館から出てないよ。黄金キューブも館にある」

 

ケイがフォークを丘の上に向けるとアスナは目をぱちくりとさせた。

 

「えっ? どういうこと?」

 

「アスナ、これまでの目撃情報は覚えてる?」

 

ミトが尋ねるとアスナは指折りこれまでの証言を復唱した。

 

「えーと、初めの執事さんは旅人は見ていないのよね。部屋で叫び声を聞いて向かってみたら顔がつぶされた人の死体を見つけただけ。召使のセアーノさんは旅人を部屋に案内したけれど詳しい人相までは分からなくて、料理人はなんにも心当たりはなし。そもそも旅人が来たことすら知らなかったのよね。園丁さんは旅人を館の庭に埋葬しただけで、お弟子さんたちも有望な手掛かりはなし、商人さんはその日は館に居なかったけど隣町にある領主の別荘に荷物を配送したことがあるって感じだったわよね」

 

「そうね。そしてその中にもう答えはあるのよ。ミステリー小説において顔のない死体が出てきたらよくあるパターンがあるでしょ」

 

アスナはこれまで読んだ本を思い出すように中空を見上げると、半信半疑で答えた。

 

「……死人のすり替えトリック? まさか発見された死体って旅人のものじゃないの?」

 

「そもそも、旅人なんていなかったのよ」

 

「でもそれじゃあ、あの死体はいったい誰のなのよ」

 

「同じ時期に一人行方不明になっている人がいるわよね」

 

ミトの誘導にアスナは驚愕を顔に浮かべた。

 

「まさか! じゃあ、領主が旅人を殴り殺したっていうサイロンさんの証言は……」

 

「真っ赤な嘘ね。そもそも彼が先代領主を手にかけたんだから」

 

ミトの言葉にキリトが補足を入れる。

 

「ちなみに凶器として使った黄金キューブは召使のセアーノさんがあの館の地下室に隠しちゃったんだ。だからサイロンは証拠隠滅のために黄金キューブの行方を探しているのさ」

 

「なんでそんなことするのよ。雇い主が殺されたんでしょ?」

 

「彼女は当時身ごもっていたって言ってただろ。その父親がサイロンなんだよ」

 

「そんな……! 恋人をかばったってこと?」

 

アスナはもやもやを表現するように身もだえすると、ほふーと息を吐き脱力して背もたれに寄りかかった。

 

「なんだか私、やる気なくなってきちゃったかも」

 

 

◇◇◇

 

 

などという昼食の一幕が原因ではないだろうが、隣町に着くや否やケイは方針を転換した。

 

「このクエストはここまでにしておこう」

 

「どうしてなの。ここまでは順調に来てるじゃない?」

 

ミトは首を傾げた。

この調子でいけば今日中にでもクエストは終わらせられる。残念ながらクエストをクリアしてもあの町のパズルがなくなることはないが、少なくないクエストリワードが手に入るだろう。

 

「見張られてる」

 

「サイロンか?」

 

声を潜めて聞き返したのはケイと同じく《索敵》スキルを伸ばしているキリトだ。

 

「NPCじゃない。プレイヤーだ。スタキオンの町の出口で何人か張り込んでるやつがいた」

 

「ああ、それでわざわざ町を出るときに裏路地から壁を超えたのね」

 

次のクエストでは別荘を調べていると、どこからともなく現れたサイロンに見つけた手がかりを奪われてしまう。効果のほどは定かではないが、てっきり彼らの尾行を撒くためにあんなことを行ったと思っていたミトは、ケイの説明に得心した。

 

「でも、なんでそんなことしているのかしら」

 

「俺たちを探すためだろうな。6層開通日に圏外のフィールドに出られるレベルのプレイヤーは高確率で攻略組だろうから」

 

「なるほど」

 

ミトは頷く。

 

「このまま領主クエストを進めたら自分たちが攻略組だって喧伝しているようなものだ。この後の展開は派手だから町の出入りは隠し通せないだろうし」

 

「ちなみに、この後の展開って?」

 

アスナがミトに近寄ってきた。

 

「別荘で領主の地下の鍵を手に入れたプレイヤーをサイロンが拉致して館に連れ帰るのよ」

 

「うん。やっぱりやめましょう。私はケイに賛成!」

 

 

 

 

6層のエリアはヒトデのように5本に伸びた山脈によって5つに分割されている。領主のクエストを進めないならと、ミト達は往還階段のある北東エリアから先へと足を延ばすことにした。

 

山脈のふもとにぽっかり空いた洞窟ダンジョンでもミト達は再びパズルの扉の洗礼を受けることになった。ダンジョンはいくつかの部屋が一本の通路で連結されているシンプルな構造であったが、各部屋から通路に向かうための扉を開けるためにはモンスターを倒すだけでは不十分で、設置されたパズルを解かなければならなかったのだ。

 

とはいえ、パズル自体はキリトが解法のコツを知っておりエリアボスもたいした強さではなかったため、ミト達はその日のうちに第2エリアだけでなく、第3エリアまで到達した。

 

イスケやコタローは彼らの所属するダークエルフの拠点が第2エリアにあるため、ここで引き返していった。ミト達も第3エリアにあるらしいフォールンエルフの拠点を目指す。

 

足場の悪い湿地帯をしばらく歩くと、うっすらとした霧がかかって来た。こういう演出は広大なパブリックフィールドからパーティーごとに生成されたプライベートフィールドに移り変わる時によくあるものだ。臆せず歩き続けるとすぐに霧は晴れ、ミト達の眼前には日干しレンガと土壁で出来た質素な村が見えてきた。

 

村の入り口にはミト達を待ち受けるかのような人影があった。最初は門番か何かだと思っていたミトだが人影の姿がはっきりと見えてくるようになるとその人物が見覚えのある相手だということに気づいた。

 

 

 

ケイは嫌そうに呻いた。

 

「げぇ、なんでまたお前が」

 

「おい、ずいぶんな挨拶だな。言ったはずだぞ。ボクの任務は怪しげな人族を見張ることだって」

 

そういって胸を張るのは5層で別れたはずのフォールンエルフの少女、アリアだった。

 

彼女に連れられて向かった兵士の詰め所ではこの村の部隊を仕切るというフォールンエルフの将校に会った。しかし、奇妙なのは指令室と思われる部屋に彼以外にももう一人別のエルフがいたことだ。

 

金縁の刺繍が施された柔らかな布を体にゆるく巻き、右肩の大きな金具で留めているその女性は右手に錫杖のような杖を持ち、ごてごてと腕輪をはめている。頭には金細工のティアラを乗せ、左肩が大きく露出したその恰好はとても兵士には見えなかったし、実際にそうだった。

 

「どうして巫女がここに?」

 

アリアが尋ねるが巫女と呼ばれたその女性はつんと顎を突き出したまま微動だにしない。代わりに疑問に答えたのはエルフの指揮官だった。

 

「人族の扱いに陳情があるらしい」

 

強者の風格を纏っていたノルツァーや寡黙な仕事人といった雰囲気の5層指揮官とはまた違い、この里の指揮官はどこか疲れた印象を見せる男だった。

 

「彼らの扱いは将軍から一任されています。外部から指図されるいわれはないはずです」

 

シャンッと金属音が鳴る。巫女の女性が杖で床をついたのだ。

 

「その件については分かっている。しかしだな……」

 

指揮官の男はやりにくそうにちらりと巫女を見ながら言った。

 

「こちらにもいろいろと事情がある」

 

「まだろっこしいのは嫌いなんだ。結局、俺たちは何をすればいい?」

 

ケイの疑問に巫女と呼ばれたエルフが答えた。

 

「余計なことはしなくてよいのですわ。わたくしたちはただ、聖樹様に祈りを捧げればよいのです」

 

「ほう?」

 

ケイが不思議そうな顔をする。

 

「聖樹様はお怒りです。秘鍵など罪を背負ったわたくしたちが求めるべきではないのですわ」

 

「巫女頭殿。口を謹んでいただきたい」

 

指揮官の男は素早く低い声でたしなめた。

 

「いいえ。やめませんわ。われらは聖大樹に逆らうべきではありませんわ。なぜあなた方はそれが分からないのでしょうか……!」

 

巫女は感情を高ぶらせ、ジャラジャラと腕輪を揺らしながら熱弁をふるった。

 

「長きにわたる贖罪の末にわたくしはついに聖樹様のお声をいただけるまでになりましたわ。わたくしたちの苦しみの時は終わろうとしていますのよ。しかしあなた達は聖樹様の慈悲の心を踏みにじり再び罪を重ねようとしております。巫女としてこれは放っておけませんわ」

 

「聖樹の声を聴いただって? 嘘に決まってる。それともついに幻聴でも聞こえだしたのか?」

 

アリアが呟くと巫女はドンっと先ほどよりも強く床をついた。

 

「黙りなさい! 信心を持たぬ穢れ子め! わたくしたちに慈悲を請う立場だということをもうお忘れですか!?」

 

アリアは強く歯をかみしめると黙って俯いた。

 

「聖樹の声ねえ。どんなことを言っていたんだ?」

 

ケイが面白がるように尋ねると、巫女は芝居がかった動作で左手を胸に当てた。

 

「聖樹様は長年にわたる我らの贖罪の祈りを聞き届けてくださいましたの。我々に残ってしまった呪いは疑いなき信仰心のもとに薄れつつあると。そうしてこう約束されたのですわ。やがて呪いが全て浄化されたとき、我らを再び聖域に招き、比類なき恩寵を授けてくださると」

 

巫女は自己陶酔しながら話している間、アリアはぎゅっと服の裾を握りしめていた。強く皺が残るほどに。

 

「なるほどね。で、結局俺たちはどうすればいいんだ?」

 

「聖樹様はあなたたちのことも仰っていましたわ。恐れ多くも秘鍵などをお求めになって、眷属を弑するものですからお怒りになっています。ですが同時に、聖樹様は寛大なお心で以てあなた方にもきっと許しを与えてくれますわ。剣を捨て、ともに許しを請いましょう」

 

指揮官の男は低い声で言った。

 

「巫女頭殿! 越権行為ですよ! これ以上は将軍に報告せねばいけなくなる!」

 

「かまいませんわ」

 

巫女はすまし顔で言った。

 

「わたくしは常に一族皆の繁栄と安寧を願っております。誰かが道を違えそうになったらそれを諭すのも巫女の役目ですわ」

 

指揮官の男は恨めしそうに巫女をにらみながらも口をつぐんだ。それが両者の力関係らしい。

 

「一つ聞いてもいいか?」

 

ケイが手を挙げた。巫女は小さく顎を引く。

 

「その贖罪クエストってのは報酬があるのか?」

 

「はあ?」

 

巫女は奇妙な声を上げた。

 

「俺たちが贖罪の祈りってやつをささげたら、何かアイテムを貰えるのかって聞いているんだ」

 

「い、意味が分かりませんわ」

 

うろたえる巫女にケイはため息をついた。

 

「意味が分からないのはこっちだよ。キリト、何とかしてくれ。俺がすべてのイレギュラーを消し去ろうとする前に……!」

 

ケイはうずく右腕を抑えたままキリトに話を振った。

 

「お、俺か……!?」

 

キリトは目を白黒させている。

 

「ぶ、無礼ですわよ、人族! わたくしを誰だと思っていらっしゃるのですか!?」

 

「それが分からないから困ってるんだろ!?」

 

ケイは頭を抱えたが頭を抱えたいのはミトの方だった。

なんというかもっとこう、穏便な会話の運び方はできないものだろうか。

 

「そもそも名もなき兵士Aのせいで出現してんだろこの変な女」

 

「それはもしかしないでもボクのことか?」

 

「今、変な女とおっしゃいましたか!?」

 

状況は混迷の一途をたどっている。

 

「だいたい、秘鍵を持ってきてくれって言ったのはそっちだ。なんで俺が贖罪なんてしなくちゃならない」

 

「《秘鍵》を求めるのは一部の兵士たちの暴走ですわ! 我々贖罪派は祈りによる融和を目指していましてよ!」

 

「ノルツァーやカイサラを一部の兵士でくくるのは無理があるだろ」

 

さすがにその名前は大きいのか、巫女は口をつぐんだ。

続いてケイはメニューを操作するそぶりを見せた。ミトからは見えないがおそらくクエストログを見ているのだろう。

 

「どうやら俺たちの神は兵士に協力しろといっているようだ。カーソルもグリーンのまま。贖罪は必要ないってよ」

 

ケイが告げると巫女はこれまでの余裕が剥がれ落ち、たちまち目を吊り上げた。

 

「なんと罰当たりな! 聖樹様のお慈悲を賜らないとは! やはり呪い子に与するものは似た者同士と言うわけなのですね……!」

 

「巫女頭殿、用事が済んだなら……ご退出願おう」

 

指揮官の男はすかさず言葉を挟んだ。

 

「言われなくても、このような罪人たちと同じ空間には居たくありませんわ。穢れが移ってしまいます」

 

巫女はミト達を一睨みすると「後悔しますわよ!」と捨て台詞を吐きながら部屋を出ていった。

 

「いいのか? ボクが言うのもなんだが、あの女に目を付けられると面倒なことになるぞ」

 

アリアが小さな声でケイに確認を取る。

 

「もしヤバそうなら、誠心誠意、謝罪の祈りをささげてみるさ。きっと慈悲深き許しを賜るだろうぜ」

 

ケイがうそぶいて見せるとアリアはクスリと笑った。

 

「口の減らないやつだ。だけど少しスカッとしたよ。あいつはとっても嫌な奴だからな」

 

「話を、してもいいか?」

 

6層の指揮官の男が言葉を発した。

 

「見ての通り、この里は今難しい状況にある」

 

「そのようだな」

 

「我らも一枚岩とは言い難い。表立って反対するものこそいないが、誰もが皆将軍の意向に従っているわけではない」

 

「今のが表立ってないとしたら、エルフはよほど鈍感なんだな」

 

ケイが皮肉を返す。

 

「焦っているのであろう。あれがこうも強硬な動きをするようになったのは最近のことだ。だが、その影響は古くから根付いている。ここのような隠れ里では無視できない存在だ」

 

「それで?」

 

「我々は諸君を指揮下に組み込まない」

 

指揮官はきっぱりと宣言した。

 

「俺たちとは無関係でいたいということか。少なくとも表向きは。もしかして贖罪の祈りとやらをした方がよかったか?」

 

「そこの兵士と行動を共にするのであれば、どのみち同じ結果になるだろう」

 

指揮官の男は疲れをにじませるため息を吐いた。

 

「《秘鍵》はどうする?」

 

「作戦は既に我々だけで遂行中だ。そしてこのまま我々だけで行う。お前たちは別動隊として独自に動くといい。部隊を貸すことはできないが、すべての作戦行動を黙認することはできる」

 

「別動隊とは、よく言ったものだな」

 

「無論、働きにふさわしい褒美は用意しよう。それでは不満か?」

 

ケイは数秒悩んだ後に首を振った。

 

「いや。それで構わない。ただし《秘鍵》は高くつくぞ」

 

 

兵舎を出た後ミト達がアリアに案内されたのは村のはずれにある小さい家だった。驚くことにこの里出身だというアリアの家だという。

 

「なんか私たち歓迎されてないみたいね」

 

リビングのテーブル。椅子に座りながらアスナが不満そうな声をだす。ここに来るまでの道中じろじろと遠慮のない視線を向けてきた村人たちを思い出しての感想だろう。

 

「逆にこれまで奴らに歓迎されたことがあったか?」

 

ケイが聞き返す。

 

「……ないわね。私たちどうして彼らの味方をしているんだっけ?」

 

「カイサラを仲間にするため。あとは成り行きだな」

 

アスナにつられてミトもため息を吐く。

 

「3層と5層の秘鍵は私たちが取って来たっていうのに、兵士たちもあの扱いだしね」

 

指揮官はミト達を持て余しているようだった。別動隊とは名ばかりで具体的な行動指示が出ていないのがその証拠だ。

 

「なんだよ。ボク達はここまでひどい扱いはしてないぞ。歓迎は……してなかったかもしれないけど、きちんと戦力として扱ったじゃないか」

 

「無口で小生意気で愛想が悪い上に兵士としては役に立たない監視役をつけられたがな。ああ、それは今もか」

 

「こら、ケイ喧嘩しない!」

 

アスナがびしっと指をさす。

 

「お前はほんとに嫌な奴だな! ボクは秘鍵を手に入れたときからお前らのことは少しだけ見直してるんだぞ! それをお前は!」

 

アリアが地団駄を踏む。

 

「お前の性格の悪さはあの女といい勝負だ!」

 

「あの女ってのは巫女とか名乗ってたやつか?」

 

ケイが尋ねるとアリアは頷いた。

 

「それ以外に誰がいる?」

 

「なんか邪険にされてたな。何かしたのか」

 

「なにもしてない」

 

アリアは固い表情できっぱりと答えた。

 

「ボクがあいつらのバカげた儀式に付き合わないことで目の敵にしてるんだ」

 

嫌な話題なのだろう。少女の声には明確な敵意があった。

 

「それじゃあ、明日の作戦を練ろうぜ」

 

重くなってしまった空気を変えるようにキリトが話題を提供し、それにミトが乗っかった。

 

「そうね。今回も他のエルフの拠点に工作を仕掛けるの?」

 

「それは無理だ」

 

アリアは腰のポーチから折りたたまれた地図をだし、一点を指さした。地図には円形の大地が描かれ中央に湖が描かれている。そこを中心にして放射状に延びる5つの線は岩山だろう。彼女の指が置かれたのは主街区の隣、北西の第2エリアだ。

 

「この階層のエルフの拠点はここにあるんだ」

 

地図をのぞき込んだキリトが難しい顔をする。

 

「枯れ谷の大地か……」

 

そこはかつての4層のように乾いた大地が続く埃っぽいエリアだった。《水と森の恩寵》を必要とするエルフには攻めづらい場所だろう。

 

「そうだ。この場所には水も植物も存在しない。奴らの城には聖樹があり、豊富な地下水が泉を作っているから大丈夫なようだが。ボク達里の兵士が近づくのは自殺行為だ。十中八九途中で衰弱して動けなくなる」

 

「じゃあ、どうするんだ。俺たちだけで行ってみるか?」

 

キリトが尋ねるとアリアは首を横に振った。

 

「お前らだけで向かったところで何になる。城にはエルフの騎士達が何十人と詰めているんだぞ。何も出来っこない。それよりもボク達が狙うのはこっちだ」

 

アリアは地図の南。第4エリアを指さした。

 

「ここにはリュースラの民が作った封印の祠がある。大地の渇きも許容できる範囲で、活動には支障がない」

 

「また、祠の回収部隊狙いか。ワンパターンだな。対策されてないと良いが」

 

「文句があるならお前は城攻めでもしてきたらどうだ」

 

ケイは無言で肩をすくめた。アリアは鼻を鳴らすと再び地図に視線を戻す。次に彼女の指が動いたのは南西に一直線に走る灰色の線。このエリアと南エリアを遮る岩山だ。

 

「だけど、一つ問題がある。このエリアに行くには岩山の洞窟を抜けなければいけないんだが、ここには厄介な魔物が住み着いているらしいんだ」

 

「エリアボスか」

 

キリトが顎に手を当てた。

 

「里の兵士たちはどうしてるんだ。作戦は進行中らしいが。まさか祠がノーマークだなんてことはないだろう」

 

ケイが尋ねるとアリアは言いづらそうに言葉を詰まらせた。

 

「……兵士たちは里に伝わる秘密の抜け道を使っているんだと思う。だけど、いくらお前たちが相手でも里の外のものには教えられない」

 

ミトが口を開く。

 

「気にしないで。他の冒険者のためにも、私たちは元々この洞窟を開通させるつもりだったから」

 

「すまない」

 

行動方針を決めると次の関心は夕食に移った。ストレージにはダンジョンに籠る時に備えて食事が用意されていたが、せっかく村にいるのならNPCの店に行きたいと考えるのは自然の成り行きだった。

 

「ねえ、せっかくだからアリアも行きましょうよ」

 

「……ボクはいかない……お前達だけで行ってくるといい」

 

アリアはアスナの誘いを断ると、そのまま懐から出した栄養バーのようなものをモソモソと食べ始める。

 

「…………」

 

アスナが視線で助けを求めてくるが、ミトにコミュニケーション能力を求められても困る。キリトに視線を送ったがさっと目をそらされてしまった。ケイに至っては軽い足取りでドアの外に出ていく。

 

「俺さっき宝箱とかおいていそうなでっかい建物見かけたんだ。ついでに探索しに行こうぜ!!」

 

「待て! 油断も隙もないやつめ!」

 

少女はすくっと立ち上がるとキッと外をにらみつけ、小走りでケイの後を追っていった。

 

「まあ、結果オーライというやつだな」

 

何もしていないキリトが満足そうに頷いた。

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