SAO RTA any% 75層決闘エンド 作:hukurou
翌朝のミトは上機嫌だった。
深夜に帰った小屋には起床時間を8時半に変更する旨が書かれた書置きがあった。フレンドメッセージではなくわざわざ紙を使った連絡を選んだのは瞑想中の集中力を乱さぬようにという配慮だろう。
朝一番のシャワーの後にスキルスロットを確認し、そこに見つけた《瞑想》の文字は知らず彼女の口角を持ち上げた。SAOのソードスキルには一定の熟練度ごとにスキルモディファイ――MODと呼ばれる追加能力を獲得することができるのだが、エルフの長老の話によると《覚醒》は《瞑想》の派生スキル、エクストラスキルをクリアしたものにしか選択できない隠されたスキルMODなのだそうだ。
隠しスキル。それもベータ時代の誰も発見できなかったレアスキルだ。1万人を超えるプレイヤーがいる現在でもこのスキルの存在を知っているのはミト達だけであろう。
何度か諦めかけるくらいの高難易度のクエストの果てに得られた特別なスキルの存在は、ベータテスト時代でもひたすらに最前線を目指した彼女の心を満足させるのに十分な効果を発揮した。
「もう、ミトまたニヤニヤして。そんなにうれしかったの?」
「ふふふ。いずれアスナにも分かるわよ」
ミトの目には《瞑想》の文字がかつてより重く、そして魅力的に映っている。まだ見ぬ覚醒スキルMODの効果を想像するだけで心が弾んでしまうほどに。
「でもそれ、使わないスキルなんでしょ」
アスナの言う通り、残念ながら今のミトにはスキルスロットには空きがないため《瞑想》スキルを試してみることはできない。SAOでは一度外したスキルは熟練度が0になってしまうため、気軽に付け替えてみることも不可能だ。
さらに言えば次のスキルでは生存能力に直結する《軽金属防具》か《戦闘時体力回復》を取得するつもりであり、瞑想術にはしばらくお目見えの機会が訪れないだろう。
だがそれでもいいのだ。苦労して手に入れたレアスキルのありがたみは、単なる強スキルとは別物なのだから。
繰り返すが、ミトは上機嫌だった。
◇
いつもより遅めの朝食の席でケイは今日の予定を話した。とはいってもその内容は昨晩皆で決めた通りのものであり、新しい内容は含まれていない。
「今日の午前中はエルフの封印の祠を目指す。さしあたっての課題は祠のある南エリアに続く洞窟ダンジョンとそこに待ち構えるエリアボスだな。アリア。ボスの情報をもう一度話してくれ」
「……洞窟に住み着いたのは誰が作ったのかも分からない魔導ゴーレムだよ。見た目は4色に輝く不思議な水晶でできた8本腕の奇妙なオブジェって話だ。それと軽く戦った兵士が言うにはすごく硬くてダメージを受け付けなかったって」
「ということでおそらくはギミックボスだな。詳しいことは見てみないと分からないから、まずは向かってみよう」
早速ミト達は湿地帯から新たなエリアへ向かった。途中エリアとエリアの境目にはこれまでと同じように登攀不可能な高さの岩山が存在しミト達の行く手を遮ったが、しばらくふもとを進むと洞窟の入り口があった。
「こんな所でもパズルなわけ……?」
洞窟の入り口でアスナがげんなりとした声をあげた。
「エルフの兵士もこれを解いて進んだのか?」
キリトが尋ねるとアリアはフルフルと首を振った。
「こんな扉があるなんて聞いてない。多分最近できたんだろう」
スタキオンからは相当離れているはずだが、このダンジョンにも旅人の呪いとやらの影響は健在らしい。いや、エルフの長老が言うにはパズルが町を浸食しつつあるのは怨念などでもなく、単に術者が死んだことでまじないが綻び始め、黄金キューブから守護獣の力が漏れ出しているのが原因らしいが、とにかくこのダンジョンでもパズルの扉が立ちはだかった。
扉には正方形に区切られたマス目のいくつかに色のついた数字が書いてあった。扉の下にはこのパズルのルールが書いてある。ミトはルールを読み上げた。
「【数字は隣接する8マスに存在する同色マスの数を表している。数字は書いてある色のマス1マスとして数える】」
キリトが無造作に数字の書かれていないマスに触れると、白かったマスが赤く光り、再び触れると緑、青、白と変化した。
「なるほど。塗り絵パズルみたいだな。とりあえずこの赤色の9の周りは全部赤くしとけばいいわけで、その隣の青の3は、緑の3との兼ね合いを考えて下3マスを青くすると……なんだかマインスイーパーみたいだな」
ルールが分かれば時間はかからない。一つ目の扉ということもあり扉の謎はすぐ解けた。次の部屋にはモンスターがいたものの、このメンバーの脅威になるほどの強さではなく排除に時間はかからなかった。
「次の扉は……【数字は隣接する8マスに存在する同色マスの数を表している。ただし同色を並べて塗ることはできない。数字は色のついたマスとして数えない】か。さっきの奴のバリエーション違いだな」
この問題もパズルに強いという意外な特技を発揮したキリトがスラスラ解いていく。そして出てくるモンスターは、やはり全体的に弱かった。この洞窟の本当の試練はパズルということだろうか。
ミトにアスナ、キリトにケイ、そしてアリアを加えた一行は洞窟ダンジョンを30分程度で踏破し、最奥に陣取る妙にカラフルなゴーレム――これも部屋にあるパズルギミックで弱体化するタイプのボスであった――も問題なく撃破した。
「くそ、なぜだ。なぜ解けない!」
この洞窟最難関のパズルは最後の扉ではなかった。むしろボス部屋の扉にはパズルがなく、ボスを倒すことで簡単に開けられるようになった。これまでスラスラとパズルを解いてきたキリトを苦しめているのは倒したボスの胴体が消滅せずに変形した宝箱だった。ご丁寧に経験値こそ得たものの、ボス撃破のドロップアイテムはなく、この箱を開けて入手しろということらしい。
「ええと、あそこを赤にすると、こっちが青になって……やっぱり全部は決まらないわね。どこか見落としてるのかしら」
アスナがキリトの後ろから宝箱の蓋をのぞき込み、これまでと同じ塗り絵パズルの解読に挑んでいる。ミトも一緒になって頭をひねるが、どうにも空白地帯が埋まらない。
「もう適当に塗ってみるしかないだろ……」
ぴたりと腕の止まったキリトにケイが声をかける。
「でもケイさん。こういうのって当てずっぽうじゃ開けられないようになってるんじゃないですか?」
「その可能性はある。楽観的に考えるなら不正解だと新しい問題に切り替わるとかだが、一度間違えたらロックがかかって開けられなくなるなんて展開もあるかもしれない」
「お、おい。怖いこと言うなよ」
キリトが焦った顔で振り向く。
「キリト君! あなたにかかってるんだからね」
「頑張りなさい」
「任せたぞキリト」
埋まらない空白地帯のうちの一つを運頼みで赤く塗る決心をしたキリトは、まるでドラマに出てくる時限爆弾の解体シーンのようにさんざん悩んだ挙句に右上のマスに触れた。途端に白かったマスが赤く染まり、白抜きで2という文字が浮かびあがった。
「な、なに!?」
「……もしかしてこれ、最後の問題は赤、青、緑の3色じゃなくて、赤、青、緑、白の4色ってこと?」
「意地の悪い問題ね。扉じゃ4色目は黄色だったのに」
アスナの考察にミトも同意する。
「そんなバカな……今までの苦悩はいったい……」
がっくりと肩を落としてダメージを受けるキリトの後を継いだアスナは種が分かれば悩むことはないとばかりに勢いよく残りのマスを埋めていった。
◇◇◇
約1名が精神的にダメージを受けた以外は順調に南エリアに到着した一行は先頭をフォールンエルフの少女に譲った。ダークエルフの封印の祠の場所は大雑把にはクエストの目的地としてログから確認できるが、正確にどこにあるかまでは分からないからだ。
祠はフォールンエルフの兵士にとっても作戦上の要衝だからか、アリアは迷うことなくミト達を先導した。
ミトの脳裏に5層の記憶がよみがえる。あの階層で祠を見張った時はクエストクリアまで1時間以上かかったのだ。今回も長期戦になるかもと、げんなりした表情をする。
しかし、予想に反して変化はすぐに訪れた。
あまり視界の良くない岩場ばかりのフィールドで手ごろな障害物に隠れながら祠を見張っていたミト達が、こちらにやってくるダークエルフの一行を発見したのはこの場についてからわずか5分も経っていない頃だ。
彼らの中に見知った姿を見つけていなければ、きっとアスナもキリトも喜んだに違いない。
人影は3つあった。そのうち二人は場違いな忍者装束に身を包み、腰には円形の投擲武器をつるしている。あれほど特徴的な外見を見間違えるはずもない。イスケとコタローだ。彼らもダークエルフ陣営についてキャンペーンクエストを進めていたのだが、それならば秘鍵を回収するために封印の祠に訪れても不思議はない。
どうするのかとミトがケイに視線を向けたとき、彼はのんきに祠の前を歩いていた。
「よお、イスケ、コタロー。奇遇だな」
「なっ、ケイ殿!? それにキリト殿も! いったい何事でござるか」
「いやー俺たちのエルフクエストも秘鍵関係でね。ダークエルフの回収部隊に用があったんだ。ああ、そう警戒するなよ。戦うつもりはない」
「ケイ! 何やってんだ、クエストが」
ケイの近くで隠れていたキリトが遅すぎる忠告をするが、ケイはまるで堪えた様子がなかった。
「今更だよキリト。俺たちはイスケやコタローを襲うことはない。そしてうちのエルフだけじゃダークエルフ一人にすら勝てない。この状況になった時点で結末は決まってるんだ。だったら隠れるかどうかはクエストの成否に関係しない。だろ? それともイスケ達のクエストを失敗させて秘鍵を奪うか?」
「そういうわけじゃ……」
ミトはため息をつくとアスナと一緒に岩陰から出ていった。ダークエルフは警戒の視線を向けてくるがケイの言う通りミト達には戦う意思はなかった。
しかし、フォールンエルフの少女はその限りではなかったようだ。アリアは勢いよく物陰から飛び出し、ケイの服を掴んだ。
「ケイ! いったいどういうつもりだ!?」
「どうもこうも、今言ったとおりだよ。彼らは俺らの仲間だ。だから戦わない」
「戦わない…………? 秘鍵はどうなる?」
「今は諦めてもらうしかない」
「ふざけるな!!」
初めて聞いた大声だった。
「この土壇場になって裏切るのか!?」
「裏切るも何も、こいつらは俺の仲間なんだって。襲ったらそれこそ裏切りになる」
「仲間……? ボクは? ボクは仲間じゃないっていうのか!?」
アリアは混乱したように瞳を揺らしながらケイに詰め寄った。
「なんといわれても、俺たちは人族同士で争うことはしない。絶対にだ」
アリアは一度俯くとその目に憎悪をたぎらせてケイをにらんだ。
「やはり……人族にとっては、ボクらの興亡などどうでもよいのだな!」
ミトもアスナもキリトも彼女に見つめられても何も言えなかった。
「……お前らは他の奴とは違うって、思ってたのに……」
ぼそりと呟かれた言葉が胸に刺さった。だが、何もすることはできない。
現実問題としてイスケ達の邪魔をするのはためらわれたし、そもそももう彼らには見つかっている。作戦はほとんど失敗しているようなものだ。
「ボク一人で戦う……!」
彼女はミトの眼前で腰から剣を抜き放つと、そのままダークエルフの兵士に切りかかった。しかし、これはダークエルフの兵士がしっかりと受け止める。止める間もなく始まった剣戟にケイが目を丸くして驚きをあらわにした後、がりがりと頭をかいた。
「あー、プレイヤーの進行意思を無視して動くのか。完全にイレギュラーだな。情緒が豊かすぎる」
「ケイ、どうするの?」
気を落としたアスナの言葉にケイは困ったように眉を下げた。
「どうするもこうするも、そもそもこいつらは秘鍵を持っていないだろうに」
「祠の開け方は知ってるはずだ!?」
「脅して言うようには見えないが……」
「だまれ! もとはと言えばお前のせいだろう!?」
「拙者らはどうすればいいでござるか!?」
驚き、武器を構えたまま固まるコタローにケイは大きなため息を吐いた。
「悪いな。俺たちは戦うつもりはないんだが、うちのNPCはやる気満々らしい。適当に相手してやってくれ。ただし殺すなよ」
ケイは戦闘中のダークエルフに剣を向けた。
「繰り返すが俺たちはこの場で争うつもりはない。《秘鍵》はお前らにくれてやる。だがもし、うちの仲間が殺されたら…………その時は俺がお前を殺す」
ダークエルフの兵士はケイをちらりと一瞥するのみで返事をすることも同意を示すこともなかったが、結局戦闘は血を見ずに終わった。
アリアは序盤こそ相手の兵士と互角に切り結んだがすぐに息が上がり、またあの不吉な咳をしてうずくまってしまったのだ。ダークエルフの剣は隙だらけの彼女をそれ以上傷つけることはなかった。それがダークエルフの意志によるものか、首元に突きつけられたケイの剣によるものかは分からなかったが、それで戦闘は終わりだった。
ケイはイスケ達にさっさと祠へ行くようジェスチャーした。ダークエルフの兵士も警戒しながら去っていく。
咳が落ち着いたフォールンエルフは名残惜し気に祠を一睨みすると何も言わないまま踵を返した。クエストログはミト達を責めるように秘鍵を奪取せよと表示され続けたままだった。
◇◇◇
今はもう気軽に行うことはできないが、ベータテストの時はわざとクエストを失敗するプレイヤーは少なくなかった。クエストの融通がどの程度効くのかを検証するためだ。
その検証はテスト期間において最も長期間続いていたエルフのキャンペーンクエストでも当然行われている。
一番多く行われたのは3層の開始クエストに対する検証だろう。ほとんど負けイベントと言っていい騎士の相打ちイベントは多くのプレイヤーがどうにか勝つことができないか知恵を絞っていたし、変わり種では秘鍵を託されるはずのプレイヤーがエルフより先に自殺することでクエスト進行がどう変わるのかを検証したものもいた。
ネットでは検証班と呼ばれた彼等の中には、エルフの騎士から託された《秘鍵》を陣営に届けなかったらどうなるかを確かめたものもいた。
通常、エルフクエストが失敗に終わることはほとんどない。例えば森の探索中にモンスターに倒されたり、敵のエルフ部隊との戦闘で全滅した場合、プレイヤーはデスペナルティーを負うものの黒鉄宮で復活した後同じ任務に挑むことができる。護衛のエルフが倒されてしまった場合も同様だ。基地に戻れば代わりのNPCがやって来て再びパーティーに参加してくれる。
だが、《秘鍵》の扱いだけは別だった。3層でエルフに託された《秘鍵》を意図的に敵陣営に渡したり、紛失したりした場合、陣営のエルフはプレイヤーを敵対勢力とみなし、以降のキャンペーンクエストには参加できなくなる。
敵には何度倒されてもいい。だが《秘鍵》だけはしっかり渡せ。
検証者たちの結果はネット上で議論され、このようにまとめられた。
そのためフォールンエルフの将校に事の顛末を報告する際、ミトは4層で将軍と対談した時と同じくらい緊張していた。
《秘鍵》を回収しに来たダークエルフの部隊を見送ったことがフォールンエルフたちにどのように判断されるのか。最悪の場合ここで彼らのカーソルが敵対色に変わる事すらあり得る。
話を聞いた壮年エルフは両の目を閉じ、考え込むようにうなった。
「そうか……」
さてはクエストが頓挫したのかとミトの体がこわばる。
エルフの指揮官は嘆息すると、机の引き出しから予想もしないものを取り出した。
「秘鍵!?」
「……のレプリカだ」
ミトの言葉を引き継いで指揮官は説明を続ける。
「我々もすでに作戦を進めているといっていただろう。これは我らの部隊が封印の祠を見張り、訪れた部隊から奪ったものだ。どうしてか奴らの持っていたものはレプリカだったが、なるほどそういうカラクリか……」
指揮官の男はトントンと自分の腕を指でたたきながら思索にふける。
「おそらくリュースラの民は陽動のために複数の部隊を動員したのだろう。我々はまんまと囮を掴まされたというわけだな。やつらよほど5層の失策が堪えたと見える。プライドの高いあの連中が兵士を勝たせるための策ではなく、負けてもよい小細工を弄するとは」
眉間に刻まれた皺はいっそう深くなる。
「お前たちが遭遇した部隊が囮であれ本命であれ、これだけの時間が経ったのならば《秘鍵》はもう祠にはないとみていいだろう。時間はかければかけるだけ我々に策を見破られる可能性が高くなるからな。戦術的にも陽動と本命は同時に動かす方が効果的だ」
指揮官はぴたりと指の動きを止めた。
「つまり、我々は荒野のただなかにあるやつらの砦から、瑪瑙の秘鍵を奪わなければならないわけだな」
指揮官は再びうなり声をあげると難しい顔で言葉を絞り出した。
「少し、時間が欲しい。難しい作戦になりそうだ」
どうやら失敗をリカバリーするチャンスはあるらしい。最悪このままエルフクエストが終わってしまう事態も考えていたミトはほっと胸をなでおろした。
次の展開を確認するためミトがメニューを開きクエストログを確認しようとした時、ふらりとアリアの体が傾いた。
「大丈夫?」
「さわるなっ!!」
近くにいたアスナがとっさに体を支えるが、その手は乱暴に振り払われた。フードの奥から覗く目はキッと吊り上がっており、睨んでいるかのようだった。
そのまま少女は硬い石の床にどかりと腰を下ろすと、見慣れた座禅のポーズをとった。アスナは困惑して周りに助けを求めるように視線を送ったが、誰も何も言わない。彼女の言葉には怒気が含まれており、その原因は簡単に察しがついたが、祠の一件についてミトは弁明する立場も言葉も持ち合わせていなかった。
無言のまま一分が過ぎた。スキルが発動したタイミングで少女は立ち上がり、振り向かずに部屋から出ていった。
ミト達は気まずい空気の中、黙って家に戻った。アリアはこの家には戻っていないようだった。その行方も気になるが、頭の中を占めるのはやはりエルフクエストのことだ。
【秘鍵はガレ城に移されてしまった。奪取する方法を探そう】
クエストログは更新されている。しかし行動の方針は不明確だ。
敵の本拠地で厳重に守られているであろう秘宝を奪取する方法とは何なのか。こちらの兵士は城に近づくことすら難儀するという制限までついている。
ミトにはいい案が思いつかない。だからミト達は戦術家としてではなくゲームのプレイヤーとしてこの難題に挑むことにした。
SAOはアクションゲームであって推理ゲームではない。クエストは機転を利かせて大きく進めることもできるが、決定的なひらめきがなければ行き詰るようには作られていないはずだ。
おそらくこの階層のどこか、より可能性を絞るのならば隠れ里のフォールンエルフの誰かが城に運び込まれてしまった秘鍵を手に入れるための情報を持っているはずだ。ミト達の次のクエストはこのNPCを探すことなのだろう。“考えよう”ではなく“探そう”になっているのはそのためだ。
小屋の中でそのような話し合いが行われ行動に移そうとした時、一足先に小屋の扉が開かれた。
質素な服を着た村人風のエルフの男性が不安そうな顔をして立っている。
「なあ、あんた達あの子供の連れなんだろ。なんとかしてくれよ」
「あの子供? フォールンエルフの少女のことか?」
キリトが尋ねると男は首を縦に振った。
「なんとかしてって、どういうことかしら?」
アスナが要領を得ない顔をすると男は隠し事が見つかった子供のように気まずそうに地面を見つめながらぼそぼそとしゃべった。
「村の真ん中で倒れてるんだよ。あの子」
開きっぱなしだったクエストログが変化する。
《エルフの少女を救助しろ》
ミトとアスナは顔を見合わせて立ち上がった。椅子が倒れるが気にしていられない。エルフの男は勢いよく動き出したミトを避けるようにドアの前から飛びのいた。
狭い村だからか、はずれにある家からでも少女のもとにはすぐ着いた。村の広場で倒れている人影がある。異様なのは周りの光景だ。人が倒れているというのに誰も助け起こそうとしない。野次馬のように遠巻きに見つめてひそひそと話しているだけだ。
「大丈夫!?」
真っ先に少女を助け起こしたのはミトだった。フードがはだけ少女の顔があらわになる。アスナが真っ赤になった頬っぺたに手を当てた。
「大変……! すごい熱よ!」
「この村に医者はいるか?」
キリトが尋ねると、それまではぺちゃくちゃと口を動かしていた村人がそろって口をつぐんだ。
「医者はどこかと聞いている!」
キリトが詰め寄ると、ふいっとエルフは目線を切った。
「病気は巫女様が治してくれる。でもその子は……」
ぼそぼそとしゃべるそのエルフに見切りをつけてケイは広場を見渡した。
「子供が倒れているんだぞ。どうして誰も手を貸そうとしない」
「だれが、好き好んで忌み子になど関りたがるものですか」
答えたのは初めにミト達を小屋に案内した巫女を名乗るエルフだった。ぞろぞろと仲間を連れだって人影の奥から前に出てくる。
「その子の体を呪いが蝕むのは、聖樹にたてつく不徳の証なのですわ。苦しんで当然。そのような忌み子に手を貸し、聖樹様の不興をかえば我々にまで呪いが及ぶことでしょう」
「罪を償わぬ者に罰が下るのは当然でしょうに」
「救われなくて当然ですね」
巫女が口を開けば彼女の周りにいる同じような服を着た一団のエルフが頷きあい、はっきりとした声で少女を責めた。
巫女はアリアのそばに膝をつくとその顔を覗き込んだ。
「苦しいですわよね。治して差し上げてもよろしいですわよ」
アリアは熱に浮かされたまま、うっすらと目を開いた。
「さあ! 今この場で、誓うのですわ! 聖樹様の御心に沿うことを。そして贖罪の祈りを捧げるのです。我らの罪に対して!」
巫女はここだけ見れば慈悲深き聖職者のように微笑んだ。
「……聖樹なんて……くそくらえだ」
「……そうですか。残念です」
巫女は表情が抜け落ちたように真顔に戻ると、それきり関心を失ったかのように踵を返した。
「ちょっと待ちなさい!」
アスナがその背に声をかける。
「なんですの?」
「この子を治せるのよね」
「もちろんですわ。ですがそれは聖樹様の深き慈悲によるもの。祈りなき子に施す薬などありませんわ」
「なっ!!」
これにはアスナも言葉を失い、激発しそうになる。実行に移さなかったのはケイが彼女を制したからだ。
「落ち着け。そういうシナリオだ。それともこう言った方がいいか? こんなやつらと言い合いをするより先にやることがある」
アスナは眠ったように目をつむるアリアを見て浮かしかけた腰を戻した。だがその目つきは剣呑なままだ。
張り詰めた空気の中、場違いに穏やかな老人の声が響いた。
「その子はワシの家に運ぶといい」
声の主は瞑想術を教えてくれた老エルフだ。
「長老……。しかし、よろしいのですか? 穢れ子を家に招くというのは聖樹様の教えに反する行為ですわよ」
「すべて承知しておる」
「後悔しませんわね?」
神官は厳しい目で長老にすごんだが、老エルフは堪えた様子もなくゆっくりと頷いた。
「かまわんよ。ついてきなさい」
「治せるのか」
ケイが尋ねた。
「おそらくは……」
老人が頷くとケイは素早く老人の前に回り込んで背中を見せてしゃがんだ。
「だったら、のんびり杖なんかついてる場合じゃないだろ」
「せっかちじゃのう」
長老を背負ったケイと少女を抱いたアスナは競うように長老の家に向かった。
長老の家の一室。客間と思しき部屋についても、少女はまだ目を覚ます気配がない。熱に浮かされるようにうわごとを呟くばかりで、呼吸も浅く、脈も速い。
長老は少女のマントを脱がせるとうつ伏せに寝かせ、おもむろに上着をめくりあげた。フォールンエルフ特有の枯れ木めいた色の肌があらわになる。その背には絡みつくツタのような奇妙な痣が浮かび上がっていた。
「やはり呪いが活性化しておる……」
「呪い?」
アスナが聞き返す。
「我々は古の時代、まだこの大地が天空ではなく地上にあったころ、エルフの禁忌を破り大罪を犯した者の末裔なのじゃ……。われらの体には祖先の受けた強い呪いが残っておる……」
「今は昔話に付き合っている場合じゃない」
ケイはぴしゃりと会話を遮った。
「この子を治す方法を教えてくれ。寝てれば治るものなのか?」
「本質的に呪いを治療することなど誰にもできはしない……。じゃが、霊薬があれば症状は抑えられる……」
霊薬というのはこの子が時折服用していたポーションのようなものだろう。思い返してみると5層では頻繁に見たそれを6層では見た記憶がなかった。
「それはどこにある?」
「特殊な薬じゃ。必要とする者も少ない。この子が持っていないのであれば里にはないじゃろう」
「聞き方を間違えた。俺たちはどうすればいい?」
「霊薬自体は材料があれば作ることができる……。ただ材料の薬草が少々特殊なものでの。湖近くの魔獣の巣窟の奥にしか生えておらんのじゃ……」
ケイの返答は決まっていた。
「場所と種類を教えてくれ。俺たちが取ってこよう」