SAO RTA any% 75層決闘エンド 作:hukurou
これで6層エルフクエストはラストです。お付き合いいただきありがとうございました。
町は沈む日の光に照らされ、真っ赤に燃えているようだった。ミト達はエルフの隠れ里をたち、初日以来となる6層第2の町《スリバス》に戻って来ていた。ここにあるという先代領主の別荘を探索するためだ。
ミト達はこの期に及んで黄金キューブをめぐる領主クエストの続きをこなしていた。無論エルフクエストをあきらめたわけではない。むしろその逆だ。ミト達は大まじめでここにいる。
パイサーグルスの別邸は橋の上に建てられている。一階部分は普通の橋なのだが橋を支えるアーチの上に立派な建物が存在するのだ。特徴的な建物なのでミトもその場所を間違えることはない。
橋のたもとに存在する小さな階段を登ると鉄格子でできた門扉に突き当たった。6ケタのダイヤル錠がミトの行く手を阻んでいる。本来ならここの鍵の番号は領主館の絵の中に隠されているのを見つけに戻らなければならないのだが、ベータテスターであるミトに抜かりはなかった。
「6、2、8、4、9、6」
一度目の訪問であらかじめ確認しておいた数字に合わせるとダイヤル錠が外れる。
「行きましょう」
ミトは別邸の扉を開いた。中は廃墟になった洋館のモチーフそのままだった。埃と蜘蛛の巣は勘弁してほしいが、贅沢を言っている場合ではない。
「戦闘は基本的に俺とキリトで行う」
ケイが先頭になって廊下を進んでいく。その後ろに続くのはキリトだ。ミトの大鎌は屋内での戦闘には向いていないため、今回は背中に背負ったまま、ランタンの明かりを灯す事だけに集中する。出てくるモンスターがレイス系だと聞いたアスナも手にランタンを持ち、いつもより至近距離でミトに身を寄せて歩いている。
廊下には扉が6つあった。この中のどこかにランダムでキーアイテム、領主館地下室の鍵が置かれているはずだ。4つ目の部屋を捜索中に古びた書斎机の上で埃をかぶっているそれを発見したケイは、ミト達を振り返る。
「ここからの流れは覚えているな」
こくりとアスナが頷いたのを見てケイは部屋をでた。玄関ホールに差し掛かった時突然、足元から空気が炸裂する音が響きわたり、毒々しい緑色の気体がせりあがってくる。
ミト達は抵抗しなかった。瞬く間にホールに充満した煙が顔を覆うと体からふっと力が抜ける。バタバタと人が倒れる音が響いたあと、廊下の死角から出てきたのは不気味な防毒マスクをかぶった二人の男だ。そのうち一人がケイの体をまさぐると、その手にはストレージに入れたはずの黄金の鍵が握られていた。
「先代領主が別邸を持っていたことは分かっていたが……まさかスタキオンではなく隣町に建てていたとは。盲点だったよ」
マスクを外した男たちの顔は見覚えのあるものだ。領主のサイロンと庭師のテロー。ベータ時代は驚いたものだが、2回目となるとミトも冷静でいられる。
「ふん。領主館地下室の鍵か。てっきりここにキューブがあるものだと思っていたが……勇み足だったようだな。それにしても領主館の地下か……こうなると、剣士殿にはもう一働きしてもらわねばならないようだな。テロー、運び出せ」
大男は大きな布袋を取り出すとミト達を乱雑に詰め込み、肩に担いだ。しばらく不規則に揺れた後、馬車の荷台に積み込まれる。ゴトゴトと床が揺れだしたのは、馬車が石畳の上を進んでいるからだろう。
身動きの取れないミトの視界で《Outer Field》の表示が点灯する。圏外に出たのだ。それからたっぷり100秒以上も待つと馬車が急停止した。
馬のいななき声。御者席で人が倒れる音。
「な、何者だ!? この私を領主サイロンと知っての狼藉か!」
うろたえるようなサイロンの大声はすぐにやんだ。
馬車の荷台に誰かが侵入してくる。ようやく鬱陶しい布袋が取り払われ、ミトの視界が自由になった。本来なら町中まで続く麻痺もクエストの流れが変わったからかすぐに回復する。
馬車の外にはサイロンとテローが倒れていた。先ほどとは真逆の構図だ。ゆっくりとサイロンの右手が持ち上がり、驚愕の表情で馬車の横を指さす。
「な、なぜフォールンエルフが……!?」
彼らを襲撃したのはアリアだった。その手には5層のクエスト報酬で獲得した麻痺属性の投擲武器《スパイン・オブ・シュマルゴア》が握られている。呪いにより長期間の戦闘が難しいアリアが作戦を遂行するにあたって、ケイは回数制限付きのレア武器であるそれを渡していた。スカウトとして鍛えた《隠蔽》と一撃で相手を行動不能に陥れるこの武器の相性の良さは2対1という数の不利を覆すには十分だったらしい。
ケイはアリアを見て意味深に頷いた。彼女は今度は自前の武器を振るう。
「や、やめ」
サイロンが目を見開いたまま固まり、青いポリゴン片となって散った。アスナは目を背けていたがミトは特に感慨を抱かなかった。恩師を殺し、証拠隠滅に奔走し、協力を申し出た冒険者までもを罠にはめるこの男はあまり好きではなかったらしい。少なくとも彼等の正義のもとで戦うエルフ達に比べれば。
サイロンの持っていたアイテムがその場に散らばる。
一介のNPCが持つには多すぎるコルは彼が領主という設定だからだろう。ケイから奪った黄金の鍵は無事に取り戻した。どくろのマークが書かれた小さな壺はあの毒霧を出すアイテムだろうか。だが、見覚えのない物もある。首元に下げるように紐が通してある大きな鉄色の鍵。
「何かしら、これ?」
「新しいクエストアイテムみたいだな」
不思議そうに拾い上げるアスナにキリトが表示させたクエストログを見せた。
【スタキオンの領主サイロンが盗賊に殺されてしまった。残された二つの鍵を使うべき場所を見つけなければならない】
「二つ? これとその黄金の鍵のことかしら?」
「いや、この鍵は領主館の地下室の鍵だから、使うべき場所を見つけろってのはおかしいんじゃないか?」
顔を見合わせるアスナとキリトにケイが言った。
「謎解きは後だ。まずは黄金キューブを確保しよう」
ケイの目的はまさにそれだった。
「この男は?」
「放っておけ。罪を重ねる必要もない」
「……罪だとは思わない。ボクは兵士だ。仲間を襲った敵を倒すのにためらいはない。だけどお前がそういうのならやめておこう」
ケイの言葉に庭師のテローに近づいていたアリアは武器をしまった。
手早く向かった領主館の地下。ベータ版と同じく金色の錠前で封鎖されたその扉をミトが開ける。
地下室にはいくつもの部屋と扉があり、各部屋ではいっそう難解なパズルが行く手を阻んでいたが、別館のダイヤル錠が変わっていなかったように、ここの謎解きも見覚えのある物だった。本来なら次代のパズル王を選定するための仕掛けの数々にはかつてのミトも苦しめられたが、苦労した分記憶は鮮明に残っている。ネタの明かされた謎を解くのは容易かった。
最後の部屋。様々な形のパズルのおかれた長机にひっそりと置かれた黄金キューブは暗い部屋の中でうっすら光を放っていた。べったりと残された血の手形を埃と共に拭きとると、その輝きはよりはっきりとしたものになる。
「これが……」
アリアが先代領主の魔道具を見て感慨深くつぶやく。
「これがあれば……おじさんたちを助けられるんだな……」
ケイが頷く。
「効果の検証次第では……だけどな。どうするにせよ早く戻ろう。ここまで来て間に合わなかったらとんだお笑い草だ」
こうして、黄金色に輝くキューブは10年ぶりに外の世界に持ち出された。
もうすっかり日の暮れたスタキオンでは足早に宿や酒場に駆け込むプレイヤーの姿が散見されたが、ミト達はまだ休むわけにはいかなかった。
ガレ城の襲撃はこれから。夜闇に乗じて行われることになっているからだ。
ミト達は大急ぎで来た道を引き返し、エルフの隠れ里を目指す。クエストの仕様なのかそれとも単にタイミングが良かっただけなのか。たどり着いた里の広場ではフォールンエルフの兵士が完全武装で整列していた。誰もが見覚えのある木の枝を腰に差している。
「だから言っただろ。この期に及んで逃げ出すような者達ではないと」
「ぬう」
6層の指揮官の肩をホランドが叩いた。
「約束だ。指揮権は俺がもらうぞ」
「いたしかたあるまい」
アリアが一歩前にでる。
「アリア……。何度言おうが俺の決断は変わらん。お前は連れて行かない」
「うん。わかってる」
やけに聞き分けのいいアリアにホランドが怪訝な顔をした。
「もう心配はしてないよ。それよりもケイ達の言うことはよく聞いて。もっと彼らを信じて欲しい」
「……わかった」
ホランドはあらゆる言葉を飲み込んで頷いた。
「武運を!」
アリアが兵士たちに向かってエルフ式の敬礼をする。
エルフの兵士たちは戸惑いながらもパラパラと返礼をした。
「アスナ、ミト、キリト、皆を頼んだよ。お前たちの無事も願っている」
「任せてくれ」
言葉少なにキリトは返す。アスナとミトは彼女と軽く抱擁を交わした。
「ケイ。もとはと言えばお前のせいなんだからな。……でも今は少しだけ感謝もしてる。…………きちんと責任とれよ……」
「心配せずとも秘鍵はきちんと回収してくるさ。安心して寝てると良い」
居並ぶ兵士は誰もかれもが真剣な表情をしている。
それと比べれば深刻さに欠けるアリアをホランドは不思議そうに見た。だが、すぐに気を取り直すと兵士たちに向かって号令をかける。
「では、出発する! 目標はガレ城! エルフの秘宝を将軍に届けるぞ!」
◇◇◇◇◇
里から出発したエルフ達は総勢30名にも届こうかという大集団であるが、彼らはよく訓練された兵士だった。誰一人進軍に差し支えるようなへまはしない。もとより無口なものが多いのか、道中無駄口をたたく者も少なく、モンスターとの戦闘も必要最小限の指示だけでこなしていく。彼らの庭とでもいうべき湿地エリアを踏破する間ミト達は何もすることがなかった。
岩山のダンジョンを進む。枯れ谷に近づくにつれ兵士の腰に差された木の枝はうっすらと淡い光を灯し始めた。
洞窟の出口で緊張した面持ちのホランドが静かに枯れ谷に足を進める。しばらく先行した彼は目を見開きながら呟く。
「長老の言葉を疑っていたわけではないが……本当に荒野を進めるのだな……」
効果のほどを確かめた彼は停止させていた部隊を洞窟の外に進軍させると、再び隊列を組みなおす。
「では、作戦通りに」
暗色のマントで枝の光を隠した兵士たちに見送られ、ミト達は荒野を先行する。
奇襲の有用性を最大限生かすためにも、エルフの一団は彼らが露払いした後の道を夜闇に紛れてついてくる手はずであった。
幾度目か、フィールドに出現していたモンスターとの戦闘を終えたケイが感じ入ったように空を見上げる。
アインクラッドは縦に階層が積みあがっている構造上、最上階以外から空を見上げることはできない。だが、いったいどういう原理なのか鉄の天井であるはずの上空には星くずのような輝きがきらめいていた。
「いろいろと想定外はあったが……結局はいつも通りだ。戦って勝ち取る。この世界はどこまで行っても血なまぐさいが……まあ、たまにはヒロイックな戦いも悪くはない」
上機嫌なケイの横でミトは固い表情をしている。
「感動するのはいいけれど、これからお城を攻めるっていうのにリラックスしすぎないでよ」
「心配はいらない。わかるだろう。もはや気分次第でどうこうなるような状況じゃない。このクエストはもう完全にコントロールできている」
「それでも、油断大敵でしょ」
「油断? 俺は今かつてないほどやる気に満ちている」
ミトとケイ、キリトにアスナは煌々とランタンを灯しながら歩いていた。夜闇に浮かぶ光源は遠くからでも見つけることがたやすいのだろう。ガレ城を見上げる距離に近づいた時には胸壁から身を乗り出すようにしてダークエルフの兵士がこちらを見ていた。
「何の用だ人族! この城の門はお前達に対して開かれることはない! 引き返せ!」
魔道具らしき明かりに照らされながらダークエルフの兵士が叫ぶ。
ケイはそれに答えず、黄金キューブを手に持ち、一言。
「ブレイク」
壁が砕けた。
「ブレイク、ブレイク、ブレイク、ブレイク」
立て続けに5回。見上げるほどの大壁にぽっかりと大穴があく。
ミトとアスナ、キリトはそれぞれ瓦礫をソードスキルで吹き飛ばすと城の中に突入した。
派手すぎる侵入方法はすぐに知れ渡った。カーンカーンと敵襲を知らせる鐘が鳴り響く。
「わかっているな。できるだけ引き付ける」
「わかってるわよ。そっちこそ私をまきこまないでよね」
階層ボス戦に勝るとも劣らない大規模なイベント戦闘を前にし、ミトは心臓の音が周囲に響いていないか心配になった。対照的にケイは気負う様子がない。やはりこの男の心はブリキか何かでできているのだろう。
即応したダークエルフ部隊の装備を破壊したケイは、混乱する彼らを適当に追い散らした。深追いはしない。それを2度繰り返すとダークエルフたちは迂闊に距離を詰めてこなくなった。10メートルほどの距離を取って半包囲の形をとる。ダークエルフの兵は剣や槍を突きつけながら険しい顔でこちらを観察している。
「SAOに弓がなくてよかったよ。あったら今頃ハチの巣だ」
緊張をほぐすためかキリトが軽口をたたいた。
「チャクラム使いくらいはいるんじゃない?」
アスナが答えればケイも口を開く。
「イスケとコタローには城に近づかないよう言ってある」
時間はエルフの味方だった。城の通用門からは続々と兵士が吐き出されている。その人数は10人、20人を超え今や40人にも届くだろう。
城門前の広場にはあっという間にエルフの大集団が出来上がった。勝算は十分に持っているが、この人数の圧を前にミトの背中には冷や汗が流れる。
「何をしに来た!?」
十分に兵が集まったと判断したのか、派手な鎧を身に着けた指揮官らしき男が最前列に出てくる、
「降伏勧告」
ケイの言葉はエルフたちの失笑をかった。
「聞き間違いか? 我らに降伏を迫っているように聞こえた」
「そう言っている」
ダークエルフの指揮官は豊かな口ひげを持ち上げ余裕たっぷりに笑い声をあげた。
「バカな。たった4人だけで何ができる? 降伏するのは貴様らの方だ。今すぐ投降するならば我らも命までは取らないでやろう。いや待てよ……」
ダークエルフはしゃべりながら何かに気づいたように目をむいた。
「貴様らか!? フォールンエルフに与し、我らから《秘鍵》を強奪している人族の冒険者というのは!? 前言撤回だ! 生きて帰れると思うなよ! 咎人に与する罪人どもめ!」
「……交渉決裂ってことでいいのか?」
「戯言も休み休み言え! 聖樹の恩寵にあずかる我らが恩寵なき民に膝を屈することなどありえん!」
「聖樹ねぇ……」
ガレ城は6層の聖大樹を囲うように建てられた城だった。首を上げれば城の屋根を超えてなおも高く枝葉を伸ばす大木が見える。
「お前たちはあの木を神聖なものとして崇めているんだよな」
「当たり前だ! 聖大樹様は我らエルフにとって神にも等しい!」
「1つ疑問がある」
ケイはまだ問答を続けるつもりらしい。
エルフの兵は十分に集まり、もはや時間を稼ぐ必要はない。だからこれは単なる彼の好奇心なのだろう。
「お前らは知ってるか? フォールンエルフの子供は生まれたときから呪いがかかっているんだとよ」
「それがどうした。追放者の末裔にはふさわしいじゃないか!」
ダークエルフの指揮官はケイの話を笑い飛ばした。アスナの目つきが少し険しくなる。
「分からないな……」
「なに?」
ケイはひたすら不思議そうに首をかしげていた。ダークエルフの指揮官が聞き返す。
「無垢な赤子に、致死の呪いを振りまくそれの、いったいどこが神聖なんだ?」
「……なっ!? 聖樹様を愚弄するか!? 人族め!」
「赤ん坊が何か罪を犯したのか? 彼らに親は選べないだろう? 俺にはあれが理不尽に呪いを振りまくだけの化け物に見える」
ダークエルフは浅黒い肌を真っ赤に染めて激怒した。
「ば、化け物だとぉっ!!? 言うに事欠いて! もはや我慢ならん! その言葉後悔させてやる!」
「「「オオオオオオオオオッッッ!!!」」」
指揮官の号令に従って兵士が殺到する。槍が剣が斧が、場内の光を反射して剣呑にギラギラと輝く。
ミトは冷静にケイが持つ黄金キューブに手を重ねた。キリトとアスナも。4人分の手がそろうとケイが呪文を唱える。
「バインド」
地面を黄金色の光が駆け抜けた。エルフ達は走る勢いのままに地面につんのめるが、すぐに起き上がりこぼしのように不自然に直立する。その顔ぶれは様々だ。驚愕に口を開く者。憎しみに目元を釣り上げるもの。苦し気に歯を食いしばるもの。焦りに汗を流すものもいる。だが、無音だ。不自然にも誰も言葉を発していない。
奇妙な光景だった。誰もかれもが動きを止めている。しわぶきの音一つしない。
「相変わらずでたらめね」
ミトがキューブから手を放す。
黄金キューブはフォールンエルフの長老の話にたがわぬ力を持っていた。それどころか効果範囲の広さや持続時間の長さも加味すれば、話に聞いて想像したより実物の方が何倍もすさまじい。
バインドはこの城のエルフの兵を根こそぎ釘付けにしていた。例外は黄金キューブに触れていたミト達だけだ。
「バインドもブレイクみたいにターゲットサークルを操作できれば楽なんだが。効果範囲が広すぎるせいで集団戦には向いてないのが玉に瑕だな」
それこそがフォールンエルフの部隊と別行動をとったもう一つの理由だった。さすがに何十人ものエルフが同時にキューブに触れることはできない。彼らにはキューブの効果が及ばない後方で待機してもらっておく必要があった。
バインドの光が見えたら彼らも突入してくる手はずだ。おそらくもう動き出している頃だろう。
「俺たちは先に宝物庫を抑える。兵士は任せた。上質の経験値だ。みすみすエルフにくれてやる必要もない」
「了解」
ケイとキリトが短く言葉を交わすと、ミトは最低限の兵士だけを倒して建物への侵入経路を切り開いた。邪魔な扉を、あるいは壁をケイはブレイクで破壊し、最短距離で宝物庫を目指す。ダークエルフは転移門を介さずとも聖樹を使った階層移動が可能だ。せっかく制圧しても《秘鍵》を持ち逃げされてはかなわない。これは事前に取り決められた動きだ。
そこから先はもはや戦闘と呼ぶのもおこがましく、まさに蹂躙と呼ぶにふさわしかった。聖樹を守るためか、城内では残存兵ばかりではなく非戦闘員と思しきエルフまでもが襲い掛かって来たが、ブレイクで装備を奪ってしまえば足止めにもならない。
動きを止めた外の兵士がどうなったかは上昇したアスナとキリトのレベルが物語っていた。
戦闘は焼き直しのようにもう一度。フォレストエルフの要塞でも。
この日。エルフの2大派閥はたった一晩のうちに最大規模の要塞と多くの将兵を失うことになった。フォールンエルフには一名たりとも死者が出ず、彼らの歴史に残る大勝利を収めることとなった。
◇◇◇
フォールンエルフの里はお祭り騒ぎだった。決死の覚悟で送り出した兵士たちが《秘鍵》の奪取を成功させたばかりでなく、誰一人欠けることなく帰って来たのだから当然だ。それどころか当初は予定になかったフォレストエルフの要塞までもをついでのように陥落させたと聞いてしまえば、もう駄目だった。老いも若いも関係なく誰もかれもが浮かれはしゃぐ。走り回る青年が家じゅう回って住人を叩き起こして回り、年かさのエルフは秘蔵の酒を持ち寄ってあっという間に広場は宴会騒ぎだ。最初は迷惑顔の住人達も勝利の知らせを聞くや否や着の身着のまま家を飛び出す。
歓声はもはや奇声の域に達し、兵たちは誰もかれもが乾く暇もないほど酒を注がれ続ける。徹夜明けということもあって彼らはものの十分ほどで一人残らず酔いつぶされた。
「ケイ! ミト! アスナ! キリト!」
浮かれると言えば一番すごいのはアリアだ。彼女の家は村はずれにあるためか宴会に合流したのは遅かったが、イノシシもかくやといった速度で突っ込んできた彼女の勢いは思わずケイがバインドで拘束するくらいだった。
広場の真ん中でそんなことをするものだから被害は甚大だった。
「ひどいじゃないか!」
拘束が解けるとアリアは頬を膨らませてケイに詰め寄った。
巻き込まれた村人からも文句が出ると思っていたが、彼らはなぜか口々にめでたいめでたいとはしゃぎまわる。
「ほう。これがあの黄金キューブとやらですか」
「こんな力があるならばエルフの要塞など恐るるに足らずですな」
「黄金キューブに乾杯! 人族の英雄に乾杯!」
「もうみんなすっかり出来上がってるみたいね」
アスナがため息をつく。
「くそっ、なんでみんなボクを起こしてくれなかったんだ」
「嫌われてるからだろ」
「じゃあ、ケイが起こしに来てくれればよかったろ!」
ケイとアリアのやり取りを聞いた村人の一人が気まずそうに近づいてきた。
「あの、少しよろしいですか?」
アリアが視線を向けると妙齢の女性のエルフはいきなりガバリと頭を下げた。
「夫から聞きました。あの人が今回ケガなく帰ってこられたのは、あなたがその魔道具を取って来てくれたからだって。受け取ってはもらえないかもしれないけどお礼を言いたくて。それと今までのことも謝りたいの」
アリアは呆けたように少し固まると、角の取れた表情で彼女の肩に手を置いた。
「……許すよ。ボクはそれができるエルフになりたい」
それは数百年以上も続く呪いに苦しめられてきた彼女らしい言葉だった。
「お、おれもすまなかった」
「わたしも悪かった。反省してる」
「儂のことは殴ってもらって構わねえ!」
じろじろと視線は感じていた。だがそれは彼女を排斥するものではなく、ただ謝りたがっていただけのもののようだ。
「わわわ、ちょ、ちょっと誰か助けて」
あっという間に頭を下げたエルフに囲まれて困惑するアリアにアスナとミトが微笑ましい視線を向ける。キリトは酔いつぶれたホランドさんの意識を何とか取り戻そうと肩をゆすっていた。今回の戦いにおける彼女の功績を誰よりも村人に説いていたのはあの人だからだ。
だが、結局ホランドは起きなかった。諦めたキリトが立ち上がるとケイがぼそりと呟いた。
「なんか小学校の学芸会みたいだな……」
「ケイ……さてはあんた、結構イイ性格してるだろ」
「だってなんかなあ。たったこれだけで今までの仕打ちがチャラになるかと思うと、少しもやもやするだろ」
「せっかくあの子が受け入れられたんだ。素直に喜べよ」
キリトがげんなりした顔で振り向くと、ケイは獲物を見つけたように獰猛な笑顔になっていた。
「そら、来たぞ。俺好みのやつが」
「なに?」
「いったい何の騒ぎですの!!?」
元々フォールンエルフには二つの派閥があった。ノルツァー将軍に賛同し《秘鍵》を集め聖域に至ろうとする兵士たちと、巫女と共に祈り続け聖樹の許しを受けようとする贖罪派の信者たちだ。
これで集めた秘鍵は3つ目。長期にわたる停滞により里では多数を占めていた贖罪派だが、ここ最近の兵士たちの活躍は目覚ましく力関係は急速に変わりつつあった。そこに今回の戦果だ。大きく求心力を落とした巫女たちは不機嫌さを隠そうともせずズカズカと広場に乗り込んできた。
「《秘鍵》を強奪してきたですって! なんと罰当たりな! 嘆かわしい!」
「これで聖樹様との約束の日は数百年は遠ざかってしまいましたよ! 我々が必死に積み重ねてきた贖罪を無意味にした責任、いったいどのように取るつもりですか!?」
「あなたたちも今すぐ正気にお戻りなさい。今ならまだ寛大な聖樹様は許してくださいますわ。彼らと袂を別ち、正しき信仰を示すのです」
巫女たちの剣幕に村人はバツが悪そうに口をつぐみ、アリアの周りにはぽっかりと空白ができた。
「聖樹が寛大だって? バカも休み休み言えよ」
アリアはくっと顎を上げ、しっかりと言い返した。
「恩寵の少ない家の女がコンプレックスで始めた巫女の真似事を、いつまでやってるつもりだ?」
巫女たちはあまりの暴言に言葉を失った。そしてたちまち顔を真っ赤に染め上げる。
「な、な、なんと無礼な!」
巫女頭の指先は震えていた。
「このような屈辱生まれて初めてですわ!!」
巫女たちは一斉に喋るものだからその内容はほとんど聞き取れない。伝わるのは怒っているということぐらいだ。だが、ますますヒートアップする大声は自重というものを知らない。
眉を顰めるキリトの横で、しかしケイは楽しそうに笑っていた。うんざりした顔のアリアがこちらに視線を向けたとき、彼はアリアに黄金キューブを投げた。
彼女はその意図を正確に読み取り、いたずら好きな誰かのようにニヤリと口角を釣り上げた。
「ブレイク」
途端に巫女が手に持っていた杖がばらばらに砕ける。杖だけではない、頭に乗せたたいそうな装飾のティアラもジャラジャラとつけたカラフルな石の腕輪も粉々になる。果ては服の金具まで壊れたのか独特の意匠の白い服がはだけそうになるのを、巫女たちは慌てて抑えた。
「な、な!?」
「あっはっはっは!」
アリアは笑ってケイにキューブを投げ返した。
「お前らはずっと祈ってろよ。ボクはもう迷わない」
彼女は何かを振り切ったかのような笑い方で巫女を追い返した。
その表情に見知った誰かの面影を見つけたキリトは気まずそうに足元で寝ているホランドに小声で謝罪した。
「あー……うちのリーダーが、教育に悪い影響を与えたようですまない」
ホランドは眉間に深い皺を刻んでうなされていた。