SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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ボス戦かと思った? 残念! シリカちゃんでした!



アーカイブス 014

 

 

あなたはきっと覚えていないと思うけど。

 

 

◇◇◇

 

 

時々、すべてが億劫で何もやる気が起きない時がある。

それは彼女にとってすべてが変わってしまったあの日からたびたび起こるもので、その日は特別ひどかった。

 

憂鬱と恐怖。まさか学校に行くだけでこんな感情を抱くようになるとは、かつての彼女には思いもつかなかっただろう。胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚がひどくて、その日彼女は生まれて初めて仮病で学校を休んだ。

 

その日の夜、いつもならもうとっくに寝ている時間に目が覚めたのは、一日中ベッドでゴロゴロと過ごしているうちに昼寝をしてしまったからだろう。

 

喉の渇きを自覚して部屋を出る。階段を下りてリビングの扉の前に差し掛かった時、中からは母親の深刻そうな声が聞こえた。

 

「……今日、担任の先生から電話があってね……あの子学校でいじめられているみたいなのよ」

 

ぴたりと足が止まる。心臓が早鐘をうち、顔からは血の気が引いていく。

 

「じゃあ、今日学校を休んだのって……」

 

「ただの体調不良ってわけじゃ、ないかもしれないわ」

 

「そうか……」

 

父親のため息が聞こえる。

 

「……どうしてこんなことになっちゃったんだか」

 

「そんなことを言っても仕方がないでしょ」

 

それ以上は聞いていられなかった。誰にもばれないように、静かに方向転換し部屋に戻る。扉をそっとしめたら、布団を頭から被った。

 

「そっか……ばれちゃったか……」

 

昔はこんなことはなかった。

友達だってたくさんいたし、学校は楽しかった。

だが、一番の親友だと思っていた子と仲たがいをし、それから彼女の学校生活は一変した。物がなくなったり、悪口を言われたり。

昼休みも、給食の時間も一人で過ごす時間が多くなり、学校は楽しくなくなった。

 

でも両親にはそのことを相談しなかった。

 

友達がいないのが恥ずかしかった。

仕事で忙しい親を心配させたくなかった。

普通に過ごすこともできないのかと失望されるのが怖かった。

 

だから秘密にしていたのに、それもばれてしまった。お母さんはかわいそうな子って思うだろうか。お父さんは不出来な子だと思うだろうか。

 

頭の中がぐちゃぐちゃになって、涙が出てくる。情けない自分を消してしまいたかった。

 

 

土曜日が過ぎ、日曜日になる。昼頃にのっそりと起きだした彼女はリビングに向かう。

遅めの食事を食べている間、寝坊を咎めるでもなくどこか心配そうに母親に気を使われているのが嫌だった。

 

家には居たくなかった。

でも、遊びに行く場所も友達も思いつかなかった。

 

ふと机を見ると新品の輝きを見せるヘルメット型の機械があった。

緩慢な動作で手に取る。

少しでもこの現実を忘れさせてくれることを願いながら。

 

「リンク、スタート」

 

11月6日の昼のことであった。

 

 

元々シリカは熱心にゲームをする方ではない。そんな彼女が世間では大きなニュースになっている大型VRMMOのたった1万本しかない激レアな初期ロットを手に入れられたのは単に運がよかっただけだ。ネットでたまたまやっていたキャンペーン。当たるとも思わずに申し込んだそれが当選し、彼女の元には小学生には手が出せない高価なVRマシンであるナーヴギアと売り切れ続出で入手困難だという新作ソフトのパッケージが届いた。

 

それから1週間余り。

 

なにをするにも無気力な彼女はゲームのサービス開始を熱心に待っていたわけではなく、事前の情報収集も、これがどんなゲームかさえろくに調べていなかった。

 

なにをしていいのか分からない。

 

町の外に出て戦いたい気分ではなかった。

町中をぶらぶらとあてもなく歩いていたが、そこかしこにいるプレイヤーは誰もかれもが楽しそうで、シリカは自分が場違いなパーティー会場にでも紛れ込んでしまったかのような気分になった。

自然と彼女の足は人ごみから離れ、街の片隅へと向かっていった。

 

誰からも相手にされていないような閑散とした小さな広場で、シリカは何をするでもなくベンチに座っていた。

 

楽しくない。

 

これなら家で飼いネコのピナと戯れていた方がずっと有意義な時間を過ごせる。だけど彼女の母親の心配そうな視線が思い出されると、ゲームをやめて部屋に戻る気にもなれない。

 

まるでどこにも居場所がないような疎外感を味わいながら、彼女はただ無為に時間をつぶしていた。

 

「ニャーゴ」

 

俯く彼女の足元にふと一匹の猫が寄って来たのはそんな時だった。

 

シリカの顔が思わずほころぶ。

 

「ほら、おいで」

 

猫は差し出されるシリカの手から逃げ出さなかった。膝の上にのせてもあくびをしながら背中を撫でられている。ずいぶんと人に慣れているようだ。もしかすると飼い猫なのかもと思い首元を見るとそこには案の定赤色の首輪がついている。

 

「チャッピー……?」

 

ネームタグの名前を読み上げると、シリカの後ろでどさどさと荷物が崩れる音がした。

 

「チャッピーだと……!? まさか幻の13番目の迷い猫か!?」

 

男の人だ。彼は地面に落ちた大きな袋を気にもとめずに大急ぎでシリカの前に回り込んできた。

 

「まじか!? 本物だ! まさかリアルラックだけで見つけるやつがいるなんて!?」

 

男は興奮した様子でまくし立てた。

 

「すぐ戻ってくるから、絶対逃がすなよ。良いか。フリじゃないからな」

 

「え、えっと……なんなんですか……いったい?」

 

「その猫、飼い主が探してるんだよ。そういうクエストがある!」

 

シリカは思わず膝に乗せた猫を見た。それから想像する。自分の家の猫、ピナが逃げ出してしまったらどんな気持ちになるのかを。無気力感はすぐに消え去り、代わりに彼女の心を占めたのは義務感だ。

 

「飼い主さんの家はどこにあるんですか?」

 

言葉はするりとシリカの口から出てきた。

 

「少し待ってろ。今、受けてる荷物配達のクエストが終わったら案内する。あっ……これ中身壊れてねえよなあ。まあ耐久値が尽きてなければ大丈夫か……?」

 

男は投げ出した布袋を大急ぎで担ぎなおすと全速力で広場から走り去っていった。

 

そして数分後。今度は別の木箱を抱えて戻ってくるなり走り出す。

 

「さあ、いくぞ! 遅れるなよ」

 

「まさか走っていくんですか?」

 

「タイムイズマネー!」

 

時に路地裏の塀を渡り歩き、時に民家の庭を突っ切る破天荒な道案内はどこか非日常的で、まさしくゲーム的だった。シリカは驚きながらもどこか不思議な高揚感を覚えて男の背中を追った。

 

木箱の届け先だという町はずれの工房を経由して男が案内したのは、赤い屋根の民家だった。家の扉をノックするとシリカとおんなじくらいの背をした金髪の女の子が顔を出し、こちらを確認するなり飛び出してきた。

 

「チャッピー!!?」

 

猫はシリカの腕の中でのんきに喉を鳴らしていたが、女の子の目にはたちまち涙と安堵の表情が浮かんだ。

 

「まったくもう! 心配したんだから! あなたがこの子を見つけてくれたの?」

 

詰め寄られたシリカは一歩後ろに後ずさった。少し動悸が速くなる。

怖かった。同年代の女の子は特に。

 

「え、えっと……はい」

 

それでも絞り出した彼女の声を聴いて、少女はシリカに抱き着いてきた。

 

「ありがとう。本当に」

 

押しつぶされた不満を訴えるようにチャッピーが一鳴きする。

少女の体のぬくもりはいつかの記憶にある誰かの体温と同じだった。

 

「……私も猫を飼っているから、気持ちはよくわかります」

 

「そうなの! じゃあ今度はあなたの猫も見せて頂戴ね」

 

そばかすの少女はシリカからチャッピーを受け取ると満面の笑みでそういった。

シリカは何と答えていいものか迷った。ピナは現実世界の猫だ。人間でないあの子はゲームの中に連れてくることはできない。

 

「……いつか。見せに来るね」

 

それでもシリカはそう答えていた。

 

少女が家の中に戻ってもシリカの胸の中にはぽかぽかと彼女のぬくもりが残っているようだった。ぎゅっと胸元を握りしめる。誰かとしゃべって、こんなに笑顔を向けられたのは久しぶりだった。油断すれば泣いてしまいそうだ。

 

「……ありがとうございます」

 

シリカはここに案内してくれた男に頭を下げた。

 

「満足してくれたようだな」

 

「……はい……とても」

 

それからシリカは少女にお礼だといわれて渡された小さな鈴を男に差しだした。

 

「あの……これ差し上げます。クエストの経験値はあたしが貰っちゃいましたから」

 

「いいよ。猫好きなんでしょ」

 

シリカは頷いた。

 

「じゃあ、やっぱり君が使うと良い。マップを出して」

 

シリカがマップを表示すると男はいくつかの地点にマーカーを設置した。

 

「始まりの町には12個の猫探しクエストがあるんだ。通常なら猫は好物のエサで釣ったり、走って追いかけたりしなきゃいけないんだけど、その《猫集めの鈴》があれば鳴らすだけで寄ってくる。猫探偵には必須のアイテムだ」

 

「猫探偵?」

 

「この町のすべての迷い猫を見つけたプレイヤーに送られる称号さ。猫を愛してやまない貴婦人、猫マダムからも報酬がもらえるんだぜ」

 

そこまで言うと男はニヤリと笑って指を立てた。

 

「しかも猫クエストで集められる4つの猫アイテム。猫耳カチューシャ、猫の付け髭、尻尾付きパンツ、そしてその猫集めの鈴を全部装備すると……なんとこの町の猫と会話ができるようになる」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

いつの間にかシリカは身を乗り出していた。

 

「ベータ時代の噂だけど、マジらしいぜ」

 

ぎゅっと鈴を握りしめる。

 

「じゃあ、せめてコルだけでも」

 

そういってシリカはアイテムメニューを操作しようとするが、男はシリカを見る事すらなく断った。

 

「だから、ほんとに大丈夫なんだって」

 

真剣な様子の男に違和感を覚えて視線の先を追うと、少女の家の窓がある。窓際に花瓶のおかれたそれは換気のためだろうか、15センチほどの隙間が開いていた。

 

シリカの視線の先で、突然カーテンの向こうから黒い塊が現れたと思うと、窓の隙間から飛び出してきた。男の人はそれを予期していたかのように空中で捕まえると、得意げにシリカに見せてきた。

 

「だってこのクエスト常時発生型だから」

 

ぶら下がるように掴まれたチャッピーは観念したように鳴き声をあげた。

 

「じゃあな。うまいクエストに便乗できて俺もラッキーだった」

 

金髪の少女から自分の分の報酬をもらった男の人は出会った時と同じように、嵐のように去って行ってしまった。

 

「名前聞きそびれちゃったな……」

 

シリカが彼の名前を聞くことになるのはその日の夕方、史上最悪の事件の始まりを告げられた時であった。

 

 

◇◇◇

 

 

始まりの町の広場は罵声と悲鳴に包まれていた。

 

叫ぶ男の人の声も悲鳴のように甲高い女の人の声も聴きたくなくて、シリカは耳を抑えてうずくまってしまう。

 

誰もかれもが文句を言っている。アバターを元に戻せ。ログアウトさせろ。現実に帰せ。

だけどこのゲームの運営の人はそれ以上何も言うことはなくて。

 

真っ赤に染まった広場が元の色彩を取り戻す。それでもゲームはもとには戻らなかった。

 

茅場晶彦を名乗るローブ姿のアバターはもうすでにこのゲームで何人も死者が出ているといっていた。このゲームの死は現実世界の死を意味すると。

 

シリカはそのことがたまらなく怖くなってしまう。命を懸ける覚悟なんてなかった。当たり前だ。

 

周りの空気にあてられてパニックになりしゃがみ込む彼女の肩に誰かの手が置かれた。

 

「大丈夫だ……」

 

「え……?」

 

「大丈夫だ。ここは圏内だから。命の危険はない。何も怖がることはない。落ち着いて深呼吸をして」

 

ゆっくりとシリカの目を見て話しかける人には見覚えがあった。

 

「どうして……?」

 

少しの間だけど、一緒にクエストをこなした人だ。シリカも含め、皆の姿が変わってる中でその人だけは前と同じ姿をしていた。

 

「大丈夫だ。落ち着いて深呼吸をして」

 

男はなおも繰り返す。

シリカの涙は止まっていた。疑問に思考が中断されたからかもしれない。

 

「君、年齢は?」

 

男はシリカに反応していない。彼女だと気付いていないようだ。それも当然か。

 

「12歳です」

 

「小学生?」

 

シリカは黙って頷いた。

 

「そうか、じゃあ、こういうゲームは初めて?」

 

シリカはやはり頷いた。

 

「俺はこういうゲームに慣れている。少しアドバイスをさせてほしい」

 

シリカの頭は真っ白でこの先何をするかなんて考えていない。クエストの時のようにこの人が導いてくれるなら心強いと思った。

 

「お願いします……」

 

「まずは宿を取ろう。この人数のプレイヤーが全員泊まれるほど始まりの町の宿泊施設は多くない。じきにどこの部屋も満室になる。このゲームのログアウトがいつできるようになるのかは分からないけど、野宿はしたくないだろ」

 

手を差し伸べられてシリカは立ち上がる。

 

「でも、その前に少し広場を見て回ろう。君みたいに助けを求めている子供が取り残されているかもしれない。まかり間違ってフィールドにでも出てしまったら大変だ」

 

彼の言葉はその通りで広場には呆然と立ち尽くす女の子が一人、怯えたように座り込む男の子が一人いた。

 

男の人は彼女たちにも声をかけると広場を後にし、教会に向かった。

 

「……宿は取らなくていいんですか」

 

シリカが尋ねると男は振り返ってこういった。

 

「ここが宿だよ。神父に交渉すると部屋を貸してもらえるんだ」

 

教会に入るともう一人の女の子が尋ねた。

 

「……どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」

 

「実はな……」

 

男は真剣な表情になった。少女はごくりとつばを飲みシリカの陰に隠れる。

 

「さっき、装備を買ったせいで無一文なんだ。誰かお金貸してくれない?」

 

男は眉をハの字に下げ情けない顔で手を合わせた。女の子は初めてふっと笑った。神父へのお金はシリカが払った。もともと彼の助けでクリアしたクエストの報酬なのだから文句はなかった。

 

教会の食堂で食事をしながらシリカ達は自己紹介をした。

 

男の人はケイ。女の子はチカ。男の子はアスタとそれぞれ名乗った。アスタはシリカと同い年、チカは一つ上の中学生らしい。

 

食事席でケイはしきりにシリカ達を励ました。

 

「うちはゲームは夜ご飯までなんです。お父さんが帰ってきたらナーヴギアを外そうとするかも……」

 

と、チカが不安を吐露すれば

 

「お父さんだってスマホくらい持ってるだろ。何十人と死者が出てる大事件なら今ごろテレビでもSNSでも繰り返し報道されてるはずさ。俺なら防災無線でも呼びかける。そのどれもが耳に入らないなんて100パーセントありえないよ。犠牲者が出るのは情報が出回る前の数時間だけさ」

 

と、励ました。アスタがいつになったら帰れるのかと不安を見せれば

 

「逆に考えるんだ。帰れなくてもいいやと。明日は月曜日だろ。合法的に学校を休んでゲームができるって考えたら、ワクワクしないか」

 

と返答した。

その言葉は意外にもシリカの胸にすとんと落ちた。学校に行かなくてもいいと言われて安堵している自分がいた。両親は心配するだろうけど、今は彼らと顔を合わせるのも……

 

いっその事。このままずっと、この世界に居られればいいのに。

 

シリカは頭を振って不吉な考えを追い出した。

 

 

 

 

翌日シリカは部屋をノックする音で目を覚ました。教会の2階。神父から借りた一室から外に出ると廊下にはチカがいた。

 

「ケイさんがいないの」

 

「まだ、寝てるんじゃないですか……?」

 

チカが首を振る。

 

「神父さんが昨晩から戻って来てないって」

 

「……そうですか」

 

「うん」

 

シリカとチカはそろって教会の礼拝堂に向かった。気まずい沈黙があった。

いつからだろう。自分がこんなに憶病になってしまったのは。誰かに話しかけるのにこんなに勇気がいるとは思わなかった。

 

「ずいぶん早いな……」

 

それから少しして教会に帰って来たケイは礼拝堂にいるシリカ達を見つけると目を丸くした。

 

「どこに行ってたんですか?」

 

「2層。お祭り騒ぎになってるぜ! アスタも起こして朝食にしよう!」

 

シリカに答えたケイは2階に向かい、それからアスタを連れて降りてきた。

 

今日の俺は一味違うぜ、と胸を張るケイは2層転移門広場にあるオープンテラス席に腰を掛けると、みんなの分の朝食代を支払った。

 

「……もしかして、昨日の夜にフィールドに出たんですか?」

 

「まあ、そんなとこかな」

 

チカが尋ねると、ケイは頬をかきながら答えた。

 

「さて、今日の予定だが実はみんなに頼みがある」

 

食後、テーブルに置かれたコーヒーを飲みながらケイはシリカ達に真剣な表情を向けた。

 

「この町には隠された装備屋がいくつかあるんだが、そこを見張ってほしい」

 

「……なんのためにですか?」

 

頼み事はいい。だが、目的が分からずシリカは首を傾げた。

 

「ベータテスターを探す」

 

「ベータテスター?」

 

アスタが聞き返す。

 

「このゲームの正式リリース前に1か月ほどテストプレイの期間があったんだ。その時ゲームをプレイしていたプレイヤーはベータテスターと呼ばれている。そいつらは他のプレイヤーよりこのゲームに慣れてるし、多くのことを知っている。装備だって大通りでは買わない。裏路地にもっと高品質な装備が売っているって知ってるからだ。みんなにはその装備屋でベータテスターを待ち受けてフレンド登録をしてほしい」

 

シリカ達に反対するものはいなかった。そもそもみんな何をしていいか分からず広場に残っていた面々だ。ケイに指示された通りその日は店に訪れるプレイヤーにフレンド登録を頼み続けた。

 

夕方になりシリカが教会に戻るとそこには見覚えのない人の姿があった。

大学生くらいの女性は名前をサーシャと名乗った。

 

「あなた達もこの教会にいる子?」

 

「……はい」

 

シリカは固い声で答える。礼拝堂には彼女の他にも中学生くらいの人が数人いたからだ。皆がシリカを見ている。

 

「大人の人はいるかな?」

 

「……ケイさんなら、まだ戻ってきていないと思います」

 

「連絡は取れないの?」

 

「メッセージを送っておきます……」

 

「お願いね」

 

少しの沈黙があった。

シリカがメニューを操作し終わったころを見計らってサーシャが口を開く。

 

「今までどこに行ってたの? 圏外には出ていないのよね?」

 

「……2層で少し用事を」

 

「クエストかしら?」

 

会話には中学生らしき少女も入って来た。シリカが目を向けると手を差し伸べて来る。

 

「私、田島恵。タエって呼んで。よろしく」

 

「……よろしくお願いします」

 

「私たちも教会において欲しいんだけど、いいかしら」

 

「それは……ケイさんに聞かないと……」

 

正直、気は進まなかった。シリカは同年代の女子が得意ではないのだ。どうしても学校でのことを思い出してしまう。

 

「ま。それもそうよね。気長にまつわ」

 

シリカは逃げるように礼拝堂を後にし、部屋に戻った。それから布団にダイブする。なんだかどっと疲れが出た。

 

夕食時になると部屋の扉がノックされた。

 

「食事にしよう」

 

ケイが戻ってきたようだった。

 

食堂では誰かが用意した大皿の料理をみんなで囲んだ。昨日からいた3人に加えて、結局、今日新たにやって来た少女たちとサーシャもこの教会を拠点にするらしい。みんなで自己紹介をした。

うまく笑えていると良いけど、あまり自信はなかった。

 

食事のあと早々に部屋に戻るシリカをケイは引き留めた。フレンドリストを見せ、そのうちの何人かに連絡を取っている間に、ケイがぼそりと呟いた。

 

「不安か?」

 

「……はい。でもみんながいますから」

 

シリカは微笑んだ。微笑んでるはずだ。

 

「いつ帰れるかとかそういう不安を言ってるんじゃない。シリカが感じてるのはここでみんなとやっていけるかの不安だろ」

 

見透かされてるなとシリカは思った。

 

「……ごめんなさい」

 

「別に謝ることなんてないさ。俺も集団行動は得意じゃない。でも彼らと一緒に居ると疲れるというのなら、少し考えてみるよ」

 

ケイはそれ以上その事には触れなかった

 

◇◇◇

 

翌朝、食事を済ませたケイはシリカを呼び出した。

 

「俺は今日ベータテスターと組んで圏外に出る。良ければ一緒についてきてくれないか?」

 

ケイの頼みはシリカにとって理解しがたいものだった。

 

「……どうしてですか? あたしは……あんまりゲームはうまくないですし、その人たちにも迷惑かかっちゃうんじゃ……」

 

ケイは眉を寄せて困ったように笑った。

 

「情けないよな。一緒にゲームをやるくらいしか、君を笑顔にする方法が思いつかなかったんだ」

 

「……そんなこと……気にしてくれただけで、うれしいです」

 

彼女はケイの誘いを断らなかった。

2層主街区《ウルバス》の町でケイはシリカに黒い装備品を手渡した。

 

「これは?」

 

「《コート・オブ・ミッドナイト》。布防具の中じゃ一番硬い装備だ。外に出るのに初期装備じゃまずいだろ」

 

高そうな洋服だった。ゲームの中じゃ汚れたりほつれたりする心配もないだろうが、シリカは慎重な手つきでそれを広げ袖を通す。

 

「変じゃないですか?」

 

「よく似合ってる。防具はこれでいいとして。問題は武器だな」

 

「武器なら一応持ってますけど……」

 

「初期装備だろ。それに短剣か……」

 

シリカの武器を見てケイは苦い顔をした。

 

「ダメですか……?」

 

「ダメとまでは言わないけど初心者向きじゃない。その武器は相手の懐に入らなきゃいけないし、刀身が短いから防御もしづらい。初心者はもっとリーチのある武器でアウトレンジから攻撃するのが定石なんだよ」

 

シリカはこのゲームに詳しくない。武器屋でケイにお任せしたところ、彼が選んだのは木製の柄の両手槍だった。それに加えて彼は腕に固定する小型の盾を買い込むと、シリカに渡した。

 

「ソードスキルは《盾術》と《疾走》につけ変えて」

 

「あの……《両手槍》はいらないんですか」

 

「レベルが低いうちはつけなくてもいいよ。低レベルの両手槍じゃ火力が足りない。それにレベリングには必ずしも武器スキルは必要ないんだ」

 

 

このゲームは命懸けだ。だから初めのうちは盾を構えて防御重視で戦えばいいよ。いざとなったら疾走スキルで走って逃げればいいしさ。

 

シリカは最初ケイの指示したスキル構成をそのようにとらえていた。

 

実際は全く違った。

 

「け、ケイさん! これ大丈夫なんですか!!?」

 

シリカは足を止めずにひたすらにケイの背中を追いかけていた。

 

「大丈夫! 大丈夫!」

 

ケイは楽しそうに笑いながら野原をかけている。その姿は遠くから見れば微笑ましい光景かもしれないが、その後ろを追いかける何頭もの怒れる雄牛がすべてを台無しにしていた。

 

シリカは死に物狂いで足を動かした。現実ならとっくに息が切れて動けなくなっていることだろう。

 

敗走しているわけではない。ケイは初めからモンスターと戦わなかった。一撃入れては走って逃げてを繰り返しているのだ。

 

「レベル上げを、するんじゃ、なかったんですか!?」

 

シリカはこの時ばかりは暗い気持ちも年齢差も何もかも忘れて大声を出した。何せ命がかかっている。

 

「レベル上げだよ。あー、まずはこのゲームの経験値の話をしようか」

 

ケイはシリカに並走しながら語り始めた。

 

「SAOでは単にパーティーを組んでるだけじゃ経験値は入らないんだ。与えたダメージの量とか向けられたヘイトの量とかに応じて、戦闘に参加したプレイヤーに傾斜配分される。だから例えば俺が普通にあいつらを倒したとしたら、その経験値はほとんどシリカには入らない」

 

「そうですか!」

 

「だからシリカにも戦闘行動に貢献してもらいたいんだが、攻撃力がほとんどないからダメージ量で競うのは非効率的なんだ。一番いいのはヘイトの受け持ち時間を上げることさ。こんなふうに逃げ回ってるだけでも貢献度はたまってる。さあ、そろそろ《挑発》スキルのクールタイムも終わっただろう。もう一回」

 

ケイに促されてシリカは《盾術》のスキルである《挑発》を使った。文字通りの効果を発揮したスキルのせいで、牛たちはますます殺気をシリカに向けて鳴き声を上げる。

 

「だとしてもっ……一体ずつ、戦えばいいんじゃないですか!?」

 

「え、なんで?」

 

「え?」

 

「効率悪いじゃん」

 

この人は本当に昨日シリカ達に声をかけた人と同一人物なんだろうか。圏外は危ないから出るなと言っていたはずなのだが……

 

「そろそろ頃合いか。目の前に段差があるのが見えるか。いったん片付けるからあそこの上で待ってて」

 

「わかりっました!」

 

シリカは小さな崖に飛びついた。ごつごつした突起を使ってよじ登る。我ながら過去最高の動きだった。段差から下を見ればちょうどケイが戦闘を開始するところだった。

一番右の牛をすれ違いざまに一閃。その次は段差に殺到する牛たちを順番に背後から襲っていく。合計で7頭いた牛はあっという間に数を減らし、最後の一体がポリゴン片となって砕け散った時、シリカの眼前に戦闘終了とレベル上昇を告げるポップが浮かび上がった。

 

「さあ、もうひとセット行こうか!」

 

ケイは元気に言った。シリカはやっぱり教会に残った方がよかったかもと少し考えた。

 

 

◇◇◇

 

 

その日の夜、シリカは教会に帰らなかった。ケイが2層の奥地の町まで進んだからだ。初めてのエリアボス戦は皆の姿を眺めているだけだったが、それでも喜びは変わらなかった。

 

イスケ、コタロー、アスナ、ミト、キリト。

ケイが集めたメンバーは皆すごい人たちだ。命がけのゲームなのに一歩も引かず、一体になって強敵と戦う姿はシリカには少しまぶしく映った。いつか自分もあの輪の中に入りたいと思うくらいに。

 

それから数日もシリカは教会には帰らなかった。正確には帰れなかった。

ケイとシリカは今や《ウルバス》の町から正反対の迷宮前に宿を移していたからだ。気軽に行き来できる距離でもなければ、シリカ一人で帰れる場所でもない。

 

シリカも初めは彼ら彼女らに壁を作っていた。だが、学校のことだとか、友達のことだとか、そんなものは大斧を手に走り寄ってくる牛男を前にしたらどうでもよくなる。

 

「ブルァアアアア!!!」

 

「ひぃっ!」

 

小さく息をすうシリカの頭上を大鎌が通り抜け、火花を散らして相手の武器をはじき返す。

 

「シリカちゃん! 今よ!」

 

「は、はい」

 

シリカはおっかなびっくり槍を腰だめに構え、アシストに導かれるままに腕を突き出した。

 

「へっぴり腰だなあ。トレンブリングオックス相手にはもう少しましな動きができてただろう」

 

「ムチャ言わないでくださいよ! 相手がっ全然っ違います!」

 

シリカはケイを相手に大声を上げた。

 

「わかるわよ。シリカちゃん。私もたまに思うもの! このゲームの敵はリアルすぎるわ」

 

「アスナさん……」

 

アスナは言いながら牛男に目にもとまらぬ3連突きを繰り出す。

 

「せめてもう少しきちんと服を着て欲しいわよね。目に毒だわ」

 

ソードスキルで硬直する彼女を守るようにキリトが一歩前に踏み出す。

 

「でもミノタウロスが腰蓑以外を身に付けたら、ミノタウロスじゃなくなっちゃうんじゃないか」

 

「……ミノタウロスのミノはミノスのミノよ」

 

「えっ、マジで?」

 

キリトは驚きながらも迫りくる斧の振り下ろしを切り上げで相殺した。反動で揺らぐ彼の背中を守るように素早くアスナがカバーに入る。

 

「シリカちゃん。スイッチ」

 

ミトがスキルを放って硬直したら、次に前に出るのはシリカの役目だった。慌てて足を動かす。しかし踏み込みが浅かったのか、槍さばきが下手だったのか、彼女の繰り出した一撃は敵にあっさり防がれてしまう。

 

思わず目をつむりかけたとき、背後から飛んできた短剣が牛男――トーラスの顔面に突き刺さりわずかに残っていたHPを消失させた。

 

「ありがとうございます」

 

「かまわんでござるよ」

 

「シリカちゃん焦らないでもいいわ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

ミトは縮こまるシリカの背中を叩いた。

 

「大丈夫よ。ゆっくり慣れていきましょ」

 

「はい!」

 

シリカのピンチをフォローしてもらうたびに、仲間の隙をシリカがカバーするたびに。

命がけの戦闘で皆との間に芽生える連帯感は、彼女の心にうじうじ残る猜疑心を晴らしていった。

 

ケイは誰よりも最前線で戦う姿を見せたかと思えば、たまに突飛な言動を見せて場を和ませていた。

アスナはことあるごとにシリカに話しかけてきた。人の心に優しく寄り添うような彼女の言動は、不思議と悪い気はしなかった。

ミトはおそらく誰よりもシリカのことを気にかけていた。時に危険性についてケイと言い合いするのも彼女が皆を心配しているからだというのが伝わって来た。

キリトはあまり口数が多くないようだったが、数日過ごすうちにただの人見知りだとわかった。親近感を抱いた。

イスケとコタローは最初は変な人だと思ったが、明るくてノリのいい人だった。戦闘中は後ろでいつもシリカのことを見ていて、戦い方のアドバイスをたくさんくれた。

 

皆、良い人たちだった。

 

ある日の夜、ケイは言った。

 

「……よく、笑うようになったな」

 

「そうですか……?」

 

「ああ。みんなを受け入れたみたいでよかった」

 

迷宮区最寄りのこの町の宿屋には屋上があった。

そこで夜風にあたりながらケイとシリカは暖かいココアの入ったカップを抱えて、ぽつぽつ灯る街の明かりを見ていた。

 

ノスタルジックな風景にやられてか。シリカはあれだけ親に隠したがっていた過去の話をポツリと夜風に零した。

 

「……あたしには親友だと思っていた友達がいました。……でもその子にとってはそうじゃなかったみたいです」

 

ケイは慰めなかった。否定も肯定もせず、ただカップに口をつけた。

 

「……だからふと思ってしまうんです。この子も心の中ではあたしをどうでもいいと思ってるのかなって。本当は意地悪したがってるのかなって。でもそんなこと迷宮区に潜っていたら考える暇なくて」

 

シリカは両手でカップを握った。じんわりと熱が広がる。

 

「みんないい人たちばっかりです。あたしを信じて背中を預けてくれて、いつの間にかあたしもみんなが怖くなくなって……」

 

シリカは胸に手を当てた。

 

「この感情はきっと……元の世界にいたんじゃ分からなかったものだと思います……」

 

「そうか」

 

ケイはカップに残っていたココアを飲み干すとそれを手すりの上に置いた。緩い夜風が2人の間をかけてゆき、シリカの独白の余韻を運び去っていった。

 

「俺は明日、ボスを討伐しようと考えている」

 

ケイは夜景を見ながら静かに言った。

 

「俺たちは背中を預けあうパーティーメンバーだ。それは間違いない。だけど、シリカはボス部屋の中には連れていけない」

 

「…………それは……」

 

シリカは下唇を噛んだ。ケイの言い分はよくわかる。皆と肩を並べて戦うにはまだ実力が足りない。それは自分が一番わかっていた。

 

「そんな顔するな。何もパーティーがこれきりというわけじゃない。今はまだってだけだ」

 

「……あたしもいつかは、みんなに追いつけますか?」

 

ケイは強い視線でシリカを見つめ返してきた。

 

「ああ。俺が保証する。君はいずれ攻略組の旗印と言える存在になるだろう」

 

ケイの期待に満ちた言葉にシリカは胸がぞわぞわしてカップに視線を落とした。

 

「……絶対に負けないでください」

 

「ずいぶん消極的な願いだな。こういう時はもっと別の言い方をするもんだ」

 

シリカは一度考える。ケイがどんな言葉を欲しがっているのか。

 

「絶対に、勝ってください」

 

「おう。任せろ」

 

ケイは満足げな笑みを浮かべていた。

 

 

◇◇◇

 

 

翌日の夕方、十分に連携を確認し、体を慣らし、レベルをあと一つだけ上げ。

ついにケイ達はボス戦に挑むことになった。

シリカは入り口の扉の前で皆を見送る。

 

「このボスは厄介な麻痺攻撃を使ってくる。くらうつもりは全くないが、もし想定外の事態が起きたらシリカに頼むことになるかもしれない。その時は頼んだぞ」

 

最後にケイはそう言い残してボス部屋に入っていった。

 

「よろしくね、シリカちゃん」

 

「いざって時は、わたしじゃなくアスナを……」

 

「無理はしなくていい。自分の命を最優先に」

 

「行ってくるでござる」

 

「後ろに気を付けるでござるよ。ここも迷宮区でござるからな」

 

「はい」

 

はらはらした。そわそわした。ドキドキした。

 

やっぱりボス戦は違う。肌をひりつかせる緊張感。作戦通りに進んでいても安心なんてできない。頼もしかったみんなが敵の攻撃を受けることもある。

 

シリカはやはり無力だった。戦いについていける自信がない。

今はそれが無性に悔しい。

 

イスケの調べでボスは3体いるということが分かっている。

 

1体は順調に倒した。通常モンスターの何倍も強そうな2体目も追い詰めた。

 

そうして本命の3体目が現れた。

 

「シリカ! 君も来い!」

 

ケイがシリカを呼んだ。槍を両手に握りしめてボス部屋に足を踏み入れる。たった一歩で空気が変わった気がした。

心臓がどくどくと早鐘を打つ。間近で見上げるボスの巨体は遠くで見るのと迫力が段違いだ。

 

ケイはシリカを呼んだのは事前の言葉通り想定外が起きたからだ。だが、それは悪い意味じゃなかった。2層の最大の敵《アステリオス・ザ・トーラスキング》は皆の予想を裏切り、イスケとコタローのチャクラムに完全に押さえこまれていた。ケイの判断は彼女でも十分に手に負えると踏んだからだろう。

 

「怖気づくことはない! ただのデカい案山子だ!」

 

ケイが楽しそうに武器を振るった。

期せずして訪れたボス戦のチャンスにシリカは全力を尽くした。

 

2体目のボス、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》がついにキリトとケイに倒された。最後に残ったトーラスキングの体力も残り少ない。

皆で順番に近づいては離れてソードスキルを使った。突然ケイが足を止めた。

 

「シリカ! LAだ!」

 

ケイが指をさす。

キリトが順番を譲るように掌を差し出した。

 

「シリカちゃん。がんばって!」

 

アスナが胸の前で拳を握る。

ミトが薄く微笑む。

 

「シリカ殿ー、任せるでござるよ!」

 

イスケとコタローの声援が後ろからシリカの背中を押した。

 

「みんな……」

 

ボスはもう虫の息だった。

シリカは駆け出した。両手槍が輝きを増す。渾身の力を込めた刺突は過たずボスの体を貫いた。

 

槍が動きを止めたとき、一瞬の静寂があり、ボスがその身を無数のポリゴン片に変えた。

 

【Congratulations!】

 

祝福のメッセージが現れる。

信じられない思いで目をしばたかせた。

ボスを倒したのだ。一万人のプレイヤーを閉じ込める番人を。皆の手で。シリカの手で。

誰かが喜びの声を上げ、拍手の音が鳴る。この時何かがストンとシリカの胸に落ちた。

なぜだか景色が歪み自分の目に涙がにじんでいることに気づいた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ボス戦の後、3層主街区の雰囲気のいいレストランでシリカ達はテーブルを囲んでいた。皆に飲み物がいきわたると誰ともなくグラスを持ち上げる。シリカはケイを見た。

 

「シリカ。君が音頭をとるんだ」

 

「ええっ わたしですか……!?」

 

「ああ、今回のLAは君だろう?」

 

周りを見渡すとアスナもミトも、キリトもイスケもコタローも期待するような目で彼女を見ている。

 

「え、えっと。2層攻略を祝して、かんぱい!」

 

皆が軽くグラスを傾けて一口喉に流し込む。少しの渋みとそれを上回る甘さ、それらをさわやかな炭酸がシリカの喉に押し流した。

ケイが頼んだスパークリングワインに口をつけることにシリカは最初尻込みしたが、ゲームの中のワインにはアルコールが入っておらず年齢制限もないといわれて、またせっかくの祝いの席だということでドキドキしながら飲んでみた。

 

ちょっぴり大人な味がしてシリカはなんだか成長したような気分になった。

このレストランは主街区でもひときわ高い建物の最上階にある。値段はたいそうなものだが、食事のおいしさはそれに見合ったものだった。

皆がおなかを満たし終え、ボス戦の感想を言い合い、ドロップ品の分配を終えた頃、窓の外にちらりと目を向けたケイが突然こんなことを言いだした。

 

「実はまだ皆が受け取っていない報酬がある」

 

「アイテムもコルも分配しただろ? 他に何かあったか」

 

「ああ、一番価値あるものだ」

 

キリトが不思議そうな顔をするがケイは多くは答えなかった。

 

「窓際に来てくれ」

 

高層にあるこのレストランからは転移門広場が良く見えた。中央に存在する不思議な光を放つオブジェクトがシリカ達の視線の先でゆっくり動き出し徐々にその光量を増していく。まぶしさが最高潮に達したと思った時、ぱぁっと光の粒子がはじけた。次いで星屑のように小さな光が広場中に散らばり、その中からは続々とプレイヤーが現れ始める。

 

彼らはあちこち指さしながら歩きだし、新しい階層の姿に歓喜の声を上げていた。次々に現れる人の群れはあっという間に広場中を埋め尽くし、町全体に広がっていく。あるものはクエストを求めて走り出し、またあるものはゆったりと広場の周りを散策し始める。仲睦まじくベンチに腰を下ろし会話に花を咲かせている者達もいる。

 

誰もかれもがその顔にクリアに近づいた喜びと抑えきれない好奇心を浮かべているようで。その姿はシリカの脳裏に焼き付いたあの日の広場を埋め尽くすプレイヤーの姿とはかけ離れていた。

 

「みんな……笑ってる……」

 

シリカが視線を窓の外に向けたままポツリとつぶやくと、ケイが誇らしげに答えた。

 

「俺たちがやったんだ。この光景がボス戦の最後のリワードさ」

 

胸の奥が不思議な熱に包まれる。

シリカはこの感情に名前を付けられなかった。

 




Tips
シリカのリアルでの設定について
学校でいろいろあったのは公式設定。劇場版特典のボイスドラマでそれらしいことを言っている。なお筆者は聞き逃した模様。劇場版は特典小説の回に行ってしまった。どうにか聞く方法ないかなぁ。情報求む。
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