SAO RTA any% 75層決闘エンド 作:hukurou
全然6層が終わらない……
どれもこれもフォールンエルフの卑劣な策略せいなんだよな……
2層ボス戦は皆と共に戦った。シリカに忘れることのできない思い出を残した。
3層ではギルド結成クエストを大急ぎで終わらせた。ミトとアスナとたくさんいろんな話をした。
シリカはまさに彼らの一員だった。
少し様子が変わったのは4層からだ。彼女は途中から2層に向かい鉱石を掘っていた。シリカはケイ達が何をしているか正確には分からなかったし、いつの間にかボスは倒されていた。
『ごめんシリカ。ボス戦には呼ぶって言ってたけど、エルフクエストで超強いNPCが仲間になってくれたから、そのままボスに挑んでみたら勝てちゃった』
『ケイさん。ボス攻略おめでとうございます。私も皆さんに会いに行っていいですか』
『5層の主街区は近くに鉱石のスポットもないし、長居する予定もないからそのままマロメの村にいて。鉱石を集めるのもボス戦と同じくらい重要だから。任せたよ』
「…………………………………………」
シリカは無言で返信を送る。
『わかりました。またなにかあれば連絡ください』
「…………………………………………」
『アスナさんボス討伐おめでとうございます』
『ありがとうシリカちゃん。今回はカイサラさんっていうエルフの女の人が仲間になってくれたんだけど、その人すっっっごく強くてね。なんと一人でボスを倒しちゃったんだよ! 今度紹介できたらいいな。シリカちゃんも用事が終わったらまた会おうね』
「…………………………………………」
『ミトさんボス戦お疲れ様でした』
『シリカちゃんもケイのムチャぶりで忙しいみたいだけど、お互い頑張りましょう』
「…………………………………………………」
『キリトさんフロアボス撃破おめでとうございます!』
『ありがとう。シリカもお疲れ様。そっちも大変だろうけど頑張って』
「…………………………………………………」
『コタローさん! コングラチュレーションズ!』
『かたじけないでござる。シリカ殿。拙者は今回のボス戦で己の力不足を実感したでござる。今後も精進するでござるよ。シリカ殿は息災でござるか?』
『採掘スキルばっかりレベルが上がってますけど、元気です。早くみんなと連携訓練がしたいです』
『ケイ殿は拙者らよりも何倍も知恵を働かせているのでござろう。シリカ殿のこともきっとよく考えているのでござるよ。安心して機を待つのでござる』
「…………………………………………………………」
『イスケさんボス戦大丈夫でしたか?』
『まことに強く、面妖な敵でござった。アルゴ殿がいなければ危なかったでござる』
「…………………………………………………………アルゴ……?」
◇◇◇
結局、5層には一度も足を踏み入れなかった。
◇◇◇
早朝のマロメの村でシリカは一人黙々と両手槍を振り続けていた。
初期から覚えている二つの基本技に加えて、熟練度50で覚える追加のソードスキルを順番に放つ。
輝く槍の穂先は素早く空気を切り裂き、空中に切っ先の描く三角形が現れる。
ケイやキリトが言うにはソードスキルは動かされるままに体を動かすのはダメなんだそうだ。スキルアシストに先んじてプレイヤーが積極的に体を動かすと、ソードスキルは威力も速度も上昇する。
あの時は分からなかった。でも、今ならわかる。
シリカは4つのソードスキルの動きを完全に体になじませていた。それから最近使えるようになった熟練度100で覚えるソードスキル。
これはまだ完全には使いこなせていない。連続技をアシストするのはタイミングがシビアでなかなかうまくいかないのだ。
シリカは奥歯を噛みながら技の動きをゆっくりと再現する。それからだんだん早く動かすが、やはり動きにキレがない。
そうしてスキルのクールタイムが終わるとまた、ソードスキルを放つ。
この地味な鍛錬はシリカの毎朝の日課になっていた。
「おはよう。シリカちゃん。今日も精が出るわね」
「……おはようございます。リズベットさん」
シリカは動きを中断して宿から出てきたリズベットに頭を下げた。
「……今日の朝の分の鉱石は共有ストレージに入れてあります」
「えっ、もう行ってきたの?」
「はい……少し早くに目が覚めてしまったので」
「大丈夫。少し根詰めすぎてない?」
「……リズベットさんも頑張ってるじゃないですか」
「私は最初の数日だけでしょ。あんな量の鉄鉱石はもうないし、最近は鍛冶スキルも上がって来たから、鍛冶にかかりっきりってわけじゃないわよ」
「……皆さんも最前線で戦ってますから。あたしだけ遅れるわけにはいかないんです」
リズベットは気遣うような目でシリカを見た。
「まだ、前線に行くつもりなの?」
「……あたしだって攻略組の一員ですから。ケイさんも6層のボス戦には呼んでくれるって言ってくれてますし」
リズベットは口をへの字に曲げ、がりがり頭をかいた。シリカは両手をそわそわとすり合わせる。
「それで準備ができたら……」
「わかったわ。行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
シリカは最近マロメの村での鉱石採掘に見切りをつけていた。毎日朝晩は鉱床をめぐるが、日中はもっぱら別の階層にいる。2層のモンスターではもう弱すぎて彼女のレベルが上がらないのだ。
それでもきっと最前線で戦っているケイ達とのレベル差は相当開いてしまっているだろう。だからせめてソードスキルの熟練度だけでも追いつけるようにと、シリカは採掘にかける時間以外のほとんどすべてを素振りやモンスター相手の練習に費やしている。
マロメの村から主街区へ続く道でリズベットは唇を尖らせた。
「シリカちゃんがそんな調子だから、あたしもケイに休みが欲しいって言いだしづらいじゃない」
「……すいません。あ、でも……あたしが代わりに言っておきましょうか?」
「女ひとりでさみしく観光にでも行かせるつもり? 私が休む時はシリカちゃんにも付き合ってもらうからね」
「それは……」
リズベットはシリカのわがままに付き合ってくれていた。鍛冶スキルの経験値でレベルの上がった彼女のレベルは今やシリカよりも高レベルだ。そのことに少し思うところがないわけではないが、シリカを一人で上層の圏外に向かわせることはできないとついてきてくれている彼女には感謝の念が絶えない。
だけどそんなことで時間を無駄にする余裕は今のシリカにはなかった。
「まったくこの子は……」
リズベットはもの言いたげな顔でシリカの頭を撫でた。いつもやめろとは直接言わないのだ。
「……すいません……」
シリカは申し訳なさに顔を伏せた。
リズベットとはもう打ち解けている。孤独ではない。
だが、胸の奥に強烈に焼き付いたあの感情をこの村で感じたことはない。
みんなに置いていかれてしまうことだけが今は何より怖かった。
◇◇◇
シリカ達が向かったのは4層の圏外フィールド《熊の森》だ。彼女にとっては思い出深い因縁の地。まさにここで彼女の時は止まっているといってもいい。
2層の奥地。3層の森の中と段階的にレベルを上げていった彼女の探索は、今日ようやくここに追いついた。出てくるモンスターは大体把握している。アルゴからこのフィールドの情報は収集済みだった。当然鉱石がわく場所も。
2層の山岳地帯に比べれば数は少ないがこの森にも鉱床があるらしい。シリカ達のとりあえずの目的地は東西南北に散らばるように点在する4か所のそれだ。数は少ないが2層で得られる鉄鉱石より質がいいといわれる上鉄鉱石に加えて、レアドロップでは白銅もドロップするようなのでしっかり回収しておきたい。
良い鉱石からは良い装備ができる。良い装備があればもっと高いレベルのフィールドにも行ける。
「シリカちゃん。気負いすぎないようにね」
ずっしりとした重量感を感じさせるメイスと小さな金属盾を装備したリズベットが逸るシリカをたしなめる。
「……はい。大丈夫です。リズさん。《挑発》をお願いします」
範囲内のモンスターをアグロ化して引き寄せる《挑発》スキルはむやみに歩いて回るより短時間で多くの敵と戦えるレベリング用のスキルでもある。シリカはそれの発動を頼んだが、リズベットは呆れたように首を振った。
「だめよ。このフィールドは初めてなんでしょ。まずは一体一体慣らしてからじゃないと」
「……1回目じゃ、ありません。2回目です」
「あたしは1回目なの」
リズベットにそういわれてしまえばシリカは何も言い返せない。午前中シリカは普通に探索することを余儀なくされた。
酸攻撃を仕掛けてくるウツボカズラみたいなネペント。AGIが高く群れで出現する灰色の狼。スタン攻撃とダメージ毒を使ってくる1メートルほどの大きな蜂。地面から奇襲してくるモグラと熊の相の子みたいな不思議な生き物。そこに最も多い大型のグリズリーを足せば、熊の森に出てくる通常モンスターは網羅できる。
実にバリエーション豊かで、それだけに対応力を試してくる敵だ。
一体一体は比較的弱いが数が多い狼の群れは集団戦を、状態異常を駆使してくる蜂は事前にポーションを準備しておく周到さを要求してくる。モグラもどきは見通しの悪い地面をいちいち確認しなければ先制攻撃を許してしまうし、オーソドックスながら能力値では一番の強敵であるグリズリーを倒すためには正面切って戦える強さも要求される。
事前にモンスターの特徴と注意点を聞いていたにも関わらず、実際に対応するのは一筋縄ではいかなかった。特にたった2人だけしかいないシリカ達にとって数の多い狼たちは鬼門だった。
一度目の群れはたった5匹しかいなかったのでダメージを受けながらも無理やり押し切れたが、次に遭遇した8匹の群れはそうはいかない。
「リズさん!」
シリカは背後に回り込もうとする狼を牽制して安易にスキルを使わなかったのが幸いしたが、被弾覚悟で一匹ずつ倒すという以前の作戦を踏襲したリズベットは一匹の狼をメイスで打ち倒した直後あっという間に後続の狼に取り囲まれた。
このゲームでは数の暴力は極めて有効な手段だ。攻撃を受けるたびにわずかながら発生するノックバックがリズベットの行動をことごとく妨害し、彼女はたちまちパニックを起こしたように悲鳴を上げた。
シリカが大急ぎで取り巻く狼の一角を追い払うと、リズベットは息も絶え絶えといった様子で転げ出てきた。
「逃げるわよ! シリカちゃん!」
その顔は血の気が引いて真っ青だ。
森の中を駆ける。
嫌らしいのは狼――ベア・フォレスト・ウルフのステイタスがAGIに特化していることだろう。先ほどまではプレイヤーを翻弄するためだと思っていたがきっとそうではない。一度見つけた獲物を決して逃がさないための早さなのだ。
木々の向こう側、シリカの視界の端で地面を走る黒い影が彼女たちを追い越すのが見えた。
「……だめです。リズベットさん。先回りされてます!」
「くっ、逃げ切れないか……!」
リズベットの体力はまだ残っている。装備もレベルも十分な彼女はステイタス的には敵モンスターを大きく上回っているからだ。それでも彼女の顔に余裕がないのは心情的な理由からだろう。
「……戦うしかありません」
「そうみたいね……」
とはいえ真正面から戦えばさっきの焼き直しだ。取り囲まれてノックバックの嵐に翻弄されることになる。何か作戦が必要だ。
シリカは必死に頭を巡らせた。こんな時、彼らならどうするか。
シリカの視界がとらえたのは直径3メートルほどもある大木だ。この森のところどころに存在するそれは途方もない大きさだが、《伐採》スキルがあれば切り倒して木材アイテムにすることもできる。
「リズベットさん! こっちに!」
シリカは狼の包囲網が完成する前のわずかなスキをついて、大木の根元に走り寄った。そして背中を預ける。
「確かにこれなら……!」
リズベットも目を輝かせてシリカの隣に並んだ。これで少なくとも背後から襲い掛かられる心配はない。
前方からは狼の群れがゆっくり近づいてくる。喉をうならせながらも安易には近づかないその姿はどこか攻めあぐねているようにも見えた。
リズベットとシリカはお互いに受け持つ方向を決めながら、代わる代わる襲い掛かってくる狼を倒し続けた。お互いに無傷というわけにはいかなかったが、致命的な連続攻撃を受けることもなかった。狼は自力で上回る二人を相手にその数を減らし、ついにはそのすべてがアイテムと経験値に姿を変えた。
「た、助かった……」
戦闘の後リズベットは力尽きるように地面にへたり込んで、シリカを見上げた。
「シリカちゃん。どんどん強くなってるわね」
「……いえ、そんなことは」
シリカは首を振った。謙遜ではなく本心だった。
キリトとアスナなら息の合ったコンビネーションで2人だけでも狼くらい簡単に倒せただろう。
ミトなら大鎌の範囲攻撃で数匹の敵を一息に吹き飛ばせたはずだ。イスケやコタローなら高いAGIを生かして狼からだって逃げ切れたに違いない。
そしてケイ。彼がこのモンスターに後れを取るかなど考えるまでもない。
つまり彼らにとってフォレストウルフなどその辺のモブと大差ないのだ。それを倒せたくらいで何を誇れるだろう。むしろ危ない場面を迎えたことを恥じるくらいだ。
「さすが毎日練習してるだけあるわ。あたしも見習わなきゃね……!」
リズベット、彼女のことを馬鹿にするつもりは毛頭ないが、シリカの目指すレベルはこういうものではないのだ。シリカは苦悩するように地面を見つめた。
◇
一度昼食の休憩をはさんだ以外はずっと森を歩き続けたシリカは、早くもこの森のモンスターとの戦い方を覚えつつあった。戦闘は次第に安定していく。攻撃を受ける回数は減り、物資の消耗も減った。
フォレストウルフの群れも8匹を超える大きな規模のものは現れず、彼女を危機に陥れるには至らなかった。
森の東の端。小さな崖のようになっている断層に覗くこの森3つめの鉱脈から採掘を終える頃には、シリカはすっかりこの森のモンスターに慣れていた。
しかし、この森にはまだ一体だけ、シリカにも対応できないモンスターが残っていた。
マグナテリウム。
この森のヌシとも呼ばれる特殊なボスモンスターはランダムに縄張り内を徘徊しており、だからシリカ達がその大熊を見つけたのは偶然だった。
「戦いましょう……」
バクバクと、さっき戦ったばかりの大ミツバチの巣らしき物体に頭を突っ込み食事をしている熊を見つけてシリカは言った。
「バカなこと言わないの……!」
リズベットは小声でシリカをたしなめた。
「アルゴさんも言ってたでしょ。この森の主には戦闘を挑むなって!」
「でも……レベルは十分ですし……」
「……シリカちゃん」
「少しくらいなら戦ってみても……経験値もきっとたくさんありますよ……」
「……シリカちゃん」
「あのモンスターだってフロアボスほど強いわけじゃ……」
「シリカちゃん……!!」
咎めるように名前を呼ばれて、シリカは顔を上げた。
「このゲームのルールを忘れたわけじゃないわよね? 危険なことはやらないでちょうだい……! それは最悪の結果につながるわよ……!」
リズベットの言葉は正論だった。シリカは口を閉ざす。理性ではどうするべきか分かっていた。
「…………でも、みんなは今も最前線にいるんです……」
ついてこないのは感情だった。今も胸の奥にある焦燥感が、シリカの喉を焼き、口から言葉となって炎のように噴き出してくる。
「あたしだけ、あたしだけおいていかれるのは嫌なんです……!」
毎朝、早起きして練習した。1人で圏外に出てモンスターと戦った。悪いところはすぐに直した。ちょっとずつだけど強くなれて、だけどその差は全然縮まっているような気がしない。
このままずっと鉱石ばっかり掘ってるうちに、居場所がなくなるんじゃないかって。みんなに忘れられてるんじゃないかって心のどこかでは常に不安に思っていた。
「あたしだって攻略組なんです!! みんなの背中を守れるように強くならなきゃいけないんです!!」
このゲームの感情表現は一滴の雫を足元にたらした。リズベットはおでこに手を当ててため息を吐く。
「……はあ、まったく。わかったわよ。あなたが思い詰めてるのは分かってたしね。どれだけ努力してたのかも知ってる。だから付き合ってあげるわ。でもね……」
彼女の言葉を遮ったのはドシンという地響きだった。
「わざとやったんだったら、後でお仕置きだからね!」
マグナテリウムは半壊したハチの巣を放り捨ててシリカをにらんでいた。理由なんか考えるまでもない。大きな声を出しすぎた。
「ご、ごめんなさい……!」
「あやまるのは後……! 来るわよ!」
マグナテリウムの巨体から繰り出される突進はシリカ達が身を隠していた木の幹など簡単にへし折った。
「シリカちゃん! このモンスターの特徴は覚えてる!?」
「はい! 突進攻撃は誘導して大木に当てると攻撃チャンスです!」
「…………火炎ブレスが来るときは?」
マグナテリウムの口からはチラチラと火の粉が見え隠れしていた。
「地面に空いたモグラ熊の巣穴に飛び込みます!」
シリカは急いで草むらの陰に見つけていた直径1メートル弱の穴に飛び込んだ。雨でもたまっている設定なのか、モグラ熊の古い巣穴という設定で森のいたるところにあるこの穴の中には水が溜まっている。
シリカが息を止めていると、上からリズベットも飛び込んでくる。二人して身を寄せ合うと水中がオレンジ色に染まった。水面を炎がなめている。
「ぷはっ!」
「あいつらしょーもない奇襲ばっか仕掛けてきて頭に来てたけど、全部許すわ」
リズベットは濡れた前髪を手で払ってからメイスを構えた。シリカも槍の穂先を熊の喉元に向ける。
「いい! 絶対ムチャしちゃだめだからね!?」
「はい!」
「無理そうなら逃走も視野に入れること!」
「はい!」
戦いが始まった。体長2メートルを超えるグリズリーよりなお大きく、辺りに生える木などお構いなしになぎ倒すマグナテリウムは、リズベットをためらわせるのに十分なほどの威圧感を振りまいていた。
だが、あえて言うならば。
マグナテリウムの姿などはトーラスキングとその側近たちに比べればかわいらしいものだった。
リズベットが熊の大ぶりな振り払いをメイスの横なぎで相殺し硬直させた隙に、シリカは彼女の背後から槍の穂先をがら空きの胴体に差し込む。
熊の悲鳴が森に響いた。
インパクトの大きい攻撃手段を持つリズベットはクマの攻撃を単発ソードスキルではじくことに専念した。攻撃はシリカの役目だ。1週間前より鋭く、力強い彼女のソードスキルはマグナテリウムのHPを確実に削っていく。
連携というにはたどたどしくぎこちない、1人と1人を足して2人分の成果を出しているだけの単なる分業のような戦い方。ケイやキリトの流れるような連携とは似ても似つかない。
でも、不格好だがシリカとリズベットは戦えていた。
リズベットには、STR型の大熊はAGI型の狼よりよほど戦いやすいようだ。真正面から対抗できるステイタスがあるのならば、力任せな大ぶりは軽いが素早い攻撃よりよほど御しやすい。
その上、突進後には昏倒して動けなくなるなどというわかりやすい弱点まで用意されているのであれば。
マグナテリウムなどただの大きな熊でしかなかった。
HPが減少するにつれて大熊の攻撃は激しさを増した。リズベットのHPが半分を下回り回復のために離脱する。しかし彼女も瀕死のエリアボスを前にして撤退するのは惜しいようで撤退するとは言いださなかった。シリカは一人でボスと相対した。
楽な戦いではなかった。しかしシリカはボスの攻撃を良くしのいだ。足で回避し、間合いを管理し、時にスキルでその攻撃をはじき返した。その姿はまるでいっぱしのプレイヤーのようだった。リズベットが戻り防御と攻撃の分業が成立すると彼女の槍は容赦なくボスの身体を貫いた。最後にめいっぱいの威力ブーストを乗せた単発突き技がボスの喉を勢いよく貫通するとマグナテリウムはその動きを硬直させ、大量の経験値と引き換えにその姿を霧散させた。
「終わっ……た?」
「もー! 無茶するんだから!」
戦闘後、リズベットはシリカの頭を乱雑に撫でまわした。わしゃわしゃとぐりぐりの混じったそれは彼女なりの怒りの表現と喜びの表現らしかった。
口ではシリカの無茶を咎めつつも、やはりこの森のヌシとまで言われた強敵を倒せてうれしいのか口角は上がっている。
シリカはやめてくださいとは言わずに、黙って受け入れた。迷惑をかけた自覚はあったからだ。揺れる視界の中、掌を開閉する。
マグナテリウムは強かった。しかしそれに勝ったシリカとリズベットはもっと強い。
確かな手ごたえがあった。以前の彼女ではこうはならなかっただろう。明確な努力の成果に頬が緩む。
この森で止まっていた彼女の時計は今確かに動き出したような気がした。
◇
その日の夕方、4層主街区《ロービア》の鍛冶屋で手に入れた鉱石を精錬し、持ち運びのしやすい金属アイテムに変換し終えたリズベットにシリカは声をかけた。
「あの……リズベットさん。あたしの武器も作ってくれませんか……?」
「その武器、確か2層のNPCメイドだったわよね……そうね。そろそろ更新時期かもしれないわ。良いわよ。せっかく上位鉱石も取れたことだし、とっておきのを作ってあげる」
リズベットはシリカの頼みを快諾した。
「芯材や添加材に希望は?」
「今の武器と似た感じのものがいいです。材料とか細かいことは全部お任せします」
「じゃあ、木材を使った軽量武器で……素材の特性はバランス型ね。ここら辺は添加剤で調整できるとして……芯材はどうする? 武器に愛着があるならあたしとしては継承をお勧めするけど」
「継承ですか?」
リズベットは頷いた。
「そう。このゲームは武器をもう一回金属インゴットに戻すことができるの。強化限界の武器でもインゴットに戻してもう一度鍛え直せば、その魂は次の武器に連れていくことができるわ。それが継承」
シリカは2層から使っている両手槍を見た。このゲームでは武器のグラフィックに非常に強いこだわりがみられる。武器の耐久度が減ってくると傷や刃こぼれが目立つようになるだけでなく、たとえ鍛冶スキルで耐久度を回復させようとも完全に新品の見た目には戻らずその質感が微妙に変わっていくのだ。
シリカの愛槍も幾度となくメンテナンスを繰り返すうち新品の輝きが薄れてきた。だがその分、刀身は常より鈍く光るようになり木材でできた持ち手部分には不思議な艶が出ている。使い込まれた武器特有の重厚感はこの武器がまるで彼女との戦闘の日々を覚えているようで、6層の武器屋でより良い武器が売っているかもしれないと思いながらもシリカにこの槍を手放すことをためらわせてきた。
思いがけない提案にシリカはぎゅっと槍を持つ手に力を込めた。そしてそれをリズベットに差し出す。
「それでお願いします」
「わかったわ。それじゃあ行くわよ」
リズベットは燃料を追加され勢いを増す炎の中にシリカが愛用していた槍を突っ込んだ。
赤熱した槍はハンマーで叩くとまるで巻き戻すように正方形のインゴットに形を変えていく。
「《プレアフル・インゴット》……?」
金床に出現したインゴットのプロパティーを確認しながらシリカは呟いた。
リズベットが上機嫌で説明する。
「武器のインゴット化はね。同じ武器を使っても同じインゴットにはならないの。中には単なる乱数だっていう人もいるかもしれないけど、あたしはそうは思わないわ。すべての武器は違った思いで作られて、違う主人を持ち、違った経験をする。だから、みんなおんなじにならないのは当たり前だと思わない?」
続いてリズベットは先ほど森で採取した高級鉱石――白銅のプランクと、マグナテリウムの突進により破壊された大木から手に入るレア素材である《チークの心材》を取り出した。鍛冶スキルで武器を作る際には芯材となるインゴットの他に武器の特性を強化する添加剤が必要になるからだ。リズベットはインゴットをやっとこではさみながら炉の光にかざした。インゴットが炎に照らされて艶やかにきらめく。
「このインゴットはシリカちゃんとの思い出をしっかりと覚えているわ……だからきっとこれからできる武器はあなたのことをきちんと守ってくれるはずよ」
感傷的な表情でつぶやいたリズベットはインゴットを火にくべる。添加剤は淡く輝くと粒子になってインゴットに吸い込まれていった。金属が十分に熱され白く発光したらハンマーの出番だ。後はただひたすらに叩いていく。
リズベットは口をキュッとひき結びハンマーを振り下ろす。シリカも何度か見たことがあるが、鍛冶中のリズベットは無駄口をたたかない。真摯な表情で武器と向き合う。
SAOの鍛冶スキルではハンマーを叩く回数は出来上がる武器のランクによって変わる。規則正しく響く金属音が30を超えたとき、リズベットの顔には一筋の汗と薄い笑みが浮かんでいた。
32。
35。
まだまだ武器は満足しない。
40。
まだ金属はその姿を変えない。
鳴り響く高音の産声がついに50に届こうかというとき、ようやくインゴットは形を変えた。リズベットの手の中に新品の輝きを放つ両手槍が収まる。
「……プロパティーを確認するまでもないわね。最高傑作よ!!」
リズベットはほれぼれする表情で出来栄えを確認すると、それをシリカに渡してきた。
基本的なデザインは元のものと大差がない。穂先が少し長くなったくらいだろうか。これなら武器の変更による違和感は少なそうだ。
持ち手部分はチークの心材の影響で木製になっており、両手武器とは思えない軽さを実現している。金属部分は少し白みがかった不思議な質感だ。艶消しをしたようにうっすら炉の光を反射している。
「わあ……! すごいです! ありがとうございます!」
シリカは目を輝かせてぶんぶんと槍を振って見せた。
「うわ!? 危ないから屋内でスキルは使わないでよ!」
「あっ、ごめんなさい!」
謝りながらもシリカはにんまり笑った。抑えきれずに口角が上がってしまったかのような笑い方だ。
「気に入ってくれたみたいでよかったわ」
「はい。とても」
リズベットもつられて笑みを浮かべる。
「《剣がプレイヤーを象徴する世界》……か」
リズベットのつぶやきにシリカが首をかしげた。
「……マグナテリウムを倒したときにね……シリカちゃんがフロアボス戦にこだわる理由がちょっとわかった気がしたの。確かに強敵にすべてをぶつけて撃破するあの充足感は他じゃなかなかないわよね。でもやっぱりあたしは鍛冶師よ。それを再確認しただけ」
リズベットは満足げに両腕を組んで頷いていた。