SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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小説を投稿し始めて早2ヶ月。今年もありがとうございました。
初めての小説投稿で至らぬ点も多々ありましたが皆さまのご協力と暖かい声援で何とか続けることができました。

来年もよろしくお願いします!

最後にシリカちゃんの笑顔で本年の投稿を締めさせていただきます!


アーカイブス 016

シリカがケイに連絡を受けたのはその翌日のことだった。

 

ようやくかとシリカは期待に胸を膨らませる。

 

「ついに行くのね」

 

シリカが事情を話すとリズベットは感慨深くつぶやいた。

 

「はい」

 

「本当はシリカちゃんにはここに残ってほしいわ。鉱石を集めるのは大変だし………………上は危ないところだから」

 

「それは……」

 

「わかってるわよ。だから一つお願いがあるの」

 

リズベットはシリカの背中を軽く叩いた。

 

「どうせ行くなら、ケイの度肝を抜いてきなさい!」

 

「はい!」

 

シリカは後ろを振り返らずに村を飛び出した。主街区に向かうまで立ちはだかるモンスターは新しい槍で打ち払った。

 

良い武器だった。単なるステイタスだけの話じゃない。手に吸い付くような木材の触り心地。取り回しやすい軽さ。そしてこの武器に込められたリズベットの思い。

 

すれ違うプレイヤーが興味深そうに彼女の槍を凝視するのもなんだか誇らしかった。

 

待ち合わせの宿屋には、久しぶりに会う皆がいた。

 

「シリカちゃん! 元気だった!?」

 

真っ先に駆け寄ってきたのはアスナだ。

 

「アスナさん、お久しぶりです! ケイさんとキリトさんも!」

 

キリトはああ、と軽く返事をし、ケイはひらひらと片手を振った。

 

「ミトさんとイスケさんとコタローさんはいないんですか?」

 

「あいつらは今トレーニング中」

 

「そうですか……」

 

久しぶりに全員集合とはいかなかったが、それでもシリカは笑みをこぼした。

ようやく戻って来たのだ。

リズベットと一緒に居るのが不満だということはないが、やはりここがシリカの居場所だった。

 

「皆さん。ただいま帰りました」

 

アスナは笑顔で返した。

 

「おかえり。シリカちゃん」

 

◇◇◇

 

つもる話はフィールドでレベル上げでもしながらというのは、いかにもケイらしい主張だった。シリカは懐かしさを感じてクスリと笑ってしまう。

 

「ずいぶん上機嫌だな」

 

主街区を歩きながらケイが言った。

 

「そ、そうですか……?」

 

「久しぶりにみんなに会えてうれしいんでしょ」

 

「そんなもんか」

 

ケイがアスナの言葉にうなずく。

 

「ああ、そうだ。圏外に行く前に武器を渡しとくよ」

 

「武器ですか……?」

 

シリカの両手槍は持ち歩くには少し邪魔になる長さだ。圏内にいるときは邪魔になるのでストレージにしまっている。シリカが何かを言う前にケイの手にはそれが握られていた。

 

「見て驚け……! フラッグ・オブ・ヴァラー! 5層ボスのドロップ品だ! シリカにはこれをあげるよ。これまで鉱石掘りで頑張ってくれていたお礼だ」

 

「……え、えっと……」

 

シリカは何かを言おうとして結局押し付けられるように差し出された槍を、その手に受け取った。大きな総金属製の両手槍だ。穂先から石突きに絡みつく植物の精緻な彫刻が施され、要所要所に見える金色の枠取りがこの武器の高いレアリティを否応なく感じさせる。

 

だが武器としてはどうなのだろうか。握りは太くシリカの手ではつかみづらいし、何より上部に着いた旗が邪魔で素早く刺し引きできそうには見えない。これではまるで旗竿だ。

 

「この武器はこのゲームには珍しいバフアイテムなんだ。使い方はこう」

 

ケイはシリカの持つ槍に手を添えて石突を地面に突き立てた。途端、光のサークルが広がりアイコンに4つの見慣れぬマークが点灯する。

 

「バフ……ですか……」

 

「ああ。地面に突き立てている間、状態異常耐性、ATKとDEFの上昇。スキルクールタイムの減少が付与される。しかも時間は無制限だ」

 

ケイは得意げに語った。

 

「すごいだろ? ベータ時代じゃこいつを超える両手槍は存在しなかった。ここより上の階層でも。間違いなく最高峰のユニーク武器だ!」

 

シリカはその効果の有用性があまりよくわからなかった。だが、ケイがこういうからには凄いのだろう。

 

「………………でも……これじゃ、どうやって戦えばいいんですか?」

 

「戦わないよ。そもそもフラッグ・オブ・ヴァラーは戦闘用の武器じゃない。攻撃力だって最低だしな。この武器の役割――シリカの役割はバッファーだよ。後ろの方でどっしり構えて待っていればいい」

 

シリカは無言で槍を持ち上げた。光のフィールドが霧散し、バフアイコンも消える。

 

「しかもこの槍レベル上げにもピッタリなんだよ。このゲームの経験値分配アルゴリズムは覚えてるか。あの時はヘイトを稼ぐために《盾術》の挑発スキルを使ったけど、この武器があればそんなまどろっこしいことはしなくてもいい。バフスキルも十分に戦闘への貢献とみなされるし、ヘイトも集まるから下手に武器を持って戦うより経験値の集約率が高い」

 

「…………そうですか」

 

言葉は右から左に抜けていく。

 

「大丈夫? 元気ないみたいだけど?」

 

アスナが心配そうに話しかけてきて、反射的にシリカは平気なふりをしてしまった。

 

「い、いえ……! 大丈夫です! すごい武器だから、少し驚いちゃって…………」

 

ズキリと胸に痛みが走る。

本音を言えばシリカはあの槍を使いたかった。だがケイ曰くこの武器はレベル上げにも必要なものらしい。わざわざ効率を下げるようなことを言いだすわけにはいかない。

 

レベルの重要性は彼女も認識するところだ。早くみんなに追いついたら、その時はあの槍を出そう。そしてみんなにシリカの成長を見てもらうんだ。シリカは胸の中でそう言い訳をして、ストレージの中に眠る愛槍にもう少し待っててと声をかけた。

 

「久しぶりの前線で緊張してんのか? 大丈夫だよ。ヘイトを集めるといっても心配することはない。このメンバーなら完璧に守り切れる」

 

ケイの指摘は今回ばかりは見当違いだった。

 

 

◇◇◇

 

 

確かに、ケイはつもる話はレベル上げでもしながらと言った。

 

考えてみればおかしな話だ。

現在の最前線である6層の圏外に行くのに、油断するなでも気を引き締めろでもなく、世間話をしながら向かおうというのだ。

 

だが、彼の言葉は間違いではなかった。何一つ危ないことなどない。油断をするとかしないとか。そういうレベルの話ではないのだ。

 

久しぶりに見る彼らの戦闘は次元が違った。襲い掛かってくるモンスターが相手にならない。たいてい数秒か、長くても十秒程度。ソードスキル2発程度で簡単にモンスターはポリゴン片に変わって散った。調子がいい時は一発だ。出会いがしらきれいな体さばきで先制攻撃に成功したら、それから4撃、5撃と連続する攻撃があっという間に敵の体力を消し飛ばした。

 

ネペントもトレントも、サルも野犬も虫も鳥も。何もさせてもらえてない。

 

圧倒的過ぎた。

 

ケイの言う通りモンスターはその多くがシリカに敵意を向けていた。だが、指一本たりとも触れないばかりか、シリカに攻撃をできる距離にすら近づけない。

 

槍をついて、離して、ついて、離して、ついて、離して。それの繰り返しをしているだけでレベルが上がった。キリトもアスナも雑談交じりだ。

 

「うーんやっぱり、新しいスキルがまだ馴染まないなぁ……間合いが読みづらい」

 

「クールタイムの把握も大変よね。1個や2個ならともかく10個以上のスキルのクールタイムなんていちいち覚えてられないわよ」

 

キリトに同調するようにアスナもため息を吐く。

 

「精進あるのみだな。まあ、まずは高火力の汎用技だけでも把握していけばいいさ。使いどころの限られる技はおいおいだな……」

 

ケイが一人涼しい顔で剣を収める。

 

「簡単に言ってくれるぜ……」

 

キリトの視線は右上に固定されている。ウィンドウの隅に表示されているクールタイムの秒数でも確認しているのか。

 

ケイ達は異常だった。単にレベルが上がって攻撃力が高いだけではこの光景はありえない。誰もがシリカの見たことのないスキルを惜しげもなく披露している。その数も2個や3個じゃない。少なくとも10個近い新スキルを使っているのではないか。その中には上級スキルと思わしき派手なエフェクトの連撃技も含まれていた。

 

シリカは槍から手をはなし、手汗でじっとりと湿った掌を拭いながら恐る恐る尋ねた。

 

「………………皆さん、いま、武器スキルの熟練度、どれくらいになっているんですか?」

 

ケイが振り返る。

 

「大体500くらいかな」

 

「…………………………………………………………え?」

 

シリカの頭が真っ白になる。

 

「いいファーミングスポットがあってさ。この1週間でかなり成長したんだ。ここにはいないけど、ミト達も今日で500は突破しそうなところまで行ってるぜ」

 

ケイの言葉はシリカには受け入れられなかった。

 

 

 

 

 

 

なぜだか湖の上を歩いて向かった迷宮区付近のエリアで手当たり次第にモンスターを轢き殺して。《ムルツキの村》でとった宿屋でシリカは今日だけは一人部屋に変えてもらった。扉を閉めたら錆びついてしまったかのように握りっぱなしだった旗竿を乱雑に床に投げ落としてシリカはベッドに崩れ落ちた。

 

「……ごめんなさい……リズベットさん……約束、果たせそうにありません……」

 

無駄だった。シリカの努力の何もかもが。

リズベットと二人で用意した両手槍も。

暇さえあれば鍛え続けた両手槍スキルも。

 

ひそかに自信を持っていた武器はそれを上回るレアリティのものが渡された。

食らいついていると思っていたソードスキルでさえ、彼らに比べれば児戯にも等しい。

 

「ふふっ、ふふふっふふふ、あははははは………………」

 

出てくるのは乾いた笑いだった。

 

これでアスナやケイにわずかなりとも意地悪な感情があればシリカの涙もこぼれたのかもしれないが、みんなは全くシリカをバカにしなかった。見下しているわけでもなかった。むしろ彼女のことを気遣っているように見えた。

それが逆にみじめだ。

 

腕で目元を覆い隠す。

 

彼らが求めているのは熟練度100のランサーではない。ただの数合わせだ。武器を持つことさえできれば誰にでも務まるような役割。

 

誰もシリカのことを戦士として認めていない。

誰もシリカのことを対等だと思っていない。

誰もシリカのことを、必要だと思っていない。

 

信じなきゃと思った。でも彼女が一番信用していた友達が何をしたのか。シリカは一度だって忘れたことはない。

 

「ずるいなぁ……」

 

あの時、2層に向かったのがシリカではなくてアスナやミトだったら、今高レベルのソードスキルで彼女のレベルを牽引するのはシリカの役目だったのではないか。

あるいはもっと前、彼女の選択するスキルが《両手槍》ではなかったら。あんな武器を渡されることもなかったのではないか。

 

益体もない後悔が脳裏をよぎる。だが、すべては終わったことだった。

 

その日の夕食ではレベリングに出ていたというミトが合流した。彼女は初め、シリカを歓迎したが、話がフラッグ・オブ・ヴァラーのものになると一転して渋面を浮かべた。

 

「私は反対よ……」

 

ミトはシリカを拒絶した。

 

「攻略組の人数も増えたんだから、わざわざシリカちゃんを連れていく必要なんてないじゃない。ましてやギルドフラッグを持たせるなんて、危なすぎるわ」

 

これ以上いったいどんな現実を突きつけられるというのか。シリカは今すぐにでも耳をふさいで部屋に戻ってしまいたかった。

ケイが口を開く。

 

「危険なのは皆同じだ」

 

「彼女は小学生なのよ……!」

 

「それを言ったら君たちだって中学生だ。ボス部屋に年齢制限を付けるのなら君たちだって待機組だろう」

 

ぐっとミトは言葉を詰まらせた。シリカは彼女を見つめる。

 

「……ミトさんは……あたしに背中を預けるのは嫌ですか……?」

 

ミトはなぜだか傷ついたような表情をした。

 

「そうじゃないわ……! 逆よ……! 私はあなたを守り切れる自信がないの……プレイヤーへのバフは強力にモンスターのヘイトを集めるわ。それはボスも例外じゃない。5層のボス戦じゃ……ケイがそれをやって、死にかけたの……。あのケイが、よ……? ……今度のボスでも何かあれば、真っ先に死ぬのはきっと槍を持ってる人よ……」

 

テーブルを沈黙が満たした。

 

「……たとえそうだとしても……フラッグ・オブ・ヴァラーは強力なアイテムだ。ボス戦で使わないという選択肢はあり得ない」

 

「……それならエギルさんとかディアベル達に頼めば……」

 

「誰がやっても危険なことに変わりはない」

 

卑怯なことを言っている自覚があるのだろう。ミトは視線を伏せてしまった。

 

 

 

 

ケイ達のスキルの常軌を逸した上がり方にはからくりがあった。

黄金キューブという6層のクエストアイテムはあらゆるモンスターを完全行動停止に追い込む凶悪なスキルを持っている。彼らはそれを使って1層の隠しダンジョンで急激なレベル上げと熟練度のブーストを行っているらしい。

 

それを聞いたシリカの行動は決まっていた。

 

その日の夜、仮眠をとったシリカはケイと共に宿から出発し、1層始まりの町に向かった。

ケイの言うところの朝シフトに同行させてもらえることになったのだ。

 

黒鉄宮の奥、どこに続いているかも分からない廊下を抜け、薄暗い階段を下ると通路にプレイヤーの一団が待機していた。

 

「こんばんはケイ。その子は?」

 

声をかけてきたのは片手剣と金属盾に軽金属防具を付けた青髪の男だ。

 

「……シリカです」

 

「俺はディアベル。よろしくな!」

 

彼はニカっと人好きのする笑みを浮かべると握手を求めてきた。

 

「おいおい! そんな小さい子、大丈夫なのか?」

 

ガシガシと頭をかきながら隣の両手剣使いが疑問を口にする。

 

「心配ないさ、ハフナー。少なくとも先週までの君よりは武器スキルもレベルも高い」

 

「まじかよ……おっかねえな……」

 

初めは少しむっとしたがハフナーという男は良くも悪くも素直な人であるようだ。

 

それからリンドをはじめとする数人のプレイヤーを加えて総勢7人のパーティーが組まれる。といってもシステム的には1パーティーの上限は6人までなのでシリカとケイは2人だけ別パーティー扱いなのだが。

 

「来たぞ。おおむね時間通りだ」

 

時刻が12時を回るとケイがもたれかかっていた壁から離れて、皆に言う。

廊下の一角には意味深なレリーフの掘られた重厚な金属扉があったが、そこには不自然にギザギザとした断面の大穴が開いていた。そこから足音が響いてきたかと思えば、数人の男たちが足早に出てきた。

 

「お疲れ様。エギル」

 

「出迎えありがとうよケイ。まったく何度潜っても生きた心地がしないぜ。このダンジョンはよ」

 

彼らのリーダーであろう大柄な男がスキンヘッドをペタペタと触りながらため息を吐いた。

 

他のメンバーも「圏内だ……」「ようやく寝れるな……」などと言いながら安堵のため息を吐いている。

 

「ほらよマジックアイテムだ」

 

「ディアベルに渡してくれ。今日はゲストがいるんでね。俺は後列さ」

 

エギルはシリカに目を向けると興味深そうに片眉を上げた。

 

「こりゃまたかわいいお嬢さんじゃないか? どういう風の吹き回しなんだ?」

 

「うちのパーティーの秘密兵器さ。よければ詳しく話すぜ。ダンジョンを探索しながらになるけどな」

 

「おいおい勘弁してくれよ……今潜ったら次に出てくるのは6時だろ。さすがにきついぜ」

 

「イスケやコタローを見習えよ」

 

「ははは…………冗談が過ぎるぜ……」

 

最後のセリフだけ真顔になってエギルは去っていった。

入れ替わるようにシリカ達がダンジョンに突入する。パーティーの空気は一変した。ひりつく緊張感。まるでフロアボスにでも挑むみたいだ。

 

その理由は最初の会敵で分かった。スカベンジトード。大型犬くらいの巨大なカエルだ。体表面に粘液を纏い、てらてらとカンテラの明かりを反射している。その下に見える表皮の色は毒々しいまだらの紫。そして……カーソルはシリカが今まで見たどんなモンスターよりも真っ黒。

 

明らかに尋常ならざる事態だ。1層の通常モンスターがエリアボスはおろかフロアボスよりも警戒を促す存在として現れるなんて。

 

ごくりと唾を飲み込むシリカにケイが声を潜めて話しかける。

 

「ここのダンジョンは適正レベルがかなり上だからな。どのモンスターもあんなもんだぜ」

 

モンスターはすぐにその姿をカエルからハリネズミに変えることになった。バインドで動きを止めたカエルに皆が槍やピックを所狭しと突き刺したからだ。

 

「このゲームには貫通ダメージがあるんだ」

 

同時に毒にも侵されているカエルのHPがゆっくりと減少していくのを眺めながらケイがシリカに語り掛ける。

 

「投擲武器や貫通属性の武器に限らず武器が体に刺さっているとスリップダメージが発生する。大事なのはこれが毒ダメージと同じくDEFを参照しない特殊ダメージであることと、状態異常と違って武器の本数分だけ累積していくことにある。まあ、通常はそんなことになる前に身震いモーションで抜け落ちるんだが……今みたいに動きを止めて10本の武器を刺せばスリップダメージは10倍だし、100本刺せば100倍になる。何しろあのカエルはほとんどバグみたいな耐久値だから、こうでもしないと倒せない」

 

それはわずかに露出した後ろ足に代わる代わるソードスキルを当てているディアベル達の姿が証明していた。エフェクトこそ派手なもののダメージ量は微々たるものだ。

 

「シリカもやるか? 多少は稼げるぜ。疲れるけどな」

 

「私の武器は……」

 

ケイが彼らを指さしながらそういうが、シリカは視線をカエルの頭頂部に向けた。とにかく突き刺せという説明不足な彼の指示に従って、シリカは愛槍――リズベットに鍛えてもらったものだ――をカエルの頭に深く突き刺してしまったのだが、あのごちゃごちゃした前衛的なオブジェの中から探し出す労力を考えて静かに首を振った。

 

「次からにします……」

 

「そうか。まあ、ここでがんばっても誤差みたいなもんだしな」

 

数分経ちカエルがバインドの呪縛から逃れたのは、効果時間がきれたからではなくその命が尽きたからだった。散らばった武器を回収して先に進む。

時に群れで現れるトード達相手にこのような戦闘を繰り返すこと数回。トード以外はHPが高くて時間がかかるらしく、中には無視して通り過ぎる相手もいた。40分ほどをかけてダンジョンを探索したシリカ達は、ユニークモンスターらしき死神にも遭遇した。

 

さすがにこれは倒すつもりがないのか。ケイはバインドが効いているうちに脇を通り抜け安全地帯へと駆け込んだ。

 

「……なんですか、あのモンスター」

 

「ここのボスモンスター。見た目は怖いけど仲良くなってみると意外といいやつだぜ。熟練度をたくさんくれる」

 

ケイはおどけて答えた。それから暗闇に呼びかける。

 

「イスケ、コタローいるか?」

 

「「ここに」」

 

壁際から浮き出るように二人の男が現れる。

 

「……イスケさんにコタローさん……いつからそこに……?」

 

「……全然驚いてくれないのでござるよ」

 

「……拙者らの隠形の術もまだまだでござるな。精進せねば……! まあそれはそれとして、シリカ殿お久しぶりでござるな。元気にしてたでござるか?」

 

「また会えてうれしいでござるよ」

 

隠蔽スキルで潜んでいたのであろう二人はシリカのリアクションに肩を落としながらも、にこやかに笑いかけてきた。

 

「……あたしも、うれしいです」

 

彼らとこうして顔を合わせるのは2層攻略の夜以来だろうか。一緒にトーラス族相手に戦い、チャクラムのドロップを狙って一喜一憂していたのが懐かしい。

 

「あたし……頑張りますから……」

 

シリカはぎゅっと槍を握った。そしてケイに向き直る。

 

「次はどうするんですか? もっと奥に行きますか?」

 

「いいや。ここが目的地だよ。じきにあの死神が動き出す。そしたら安全地帯付近で固定して、あとはみんなでひたすらスキルを当てて熟練度稼ぎをするんだ。あのボス、バカみたいなステイタスしてるからレベル差ボーナスでみるみる熟練度が上がってくぜ」

 

「わかりました」

 

「あまり気負いすぎるなよ。先は長いんだ」

 

「大丈夫です」

 

それからシリカは死神型のモンスター相手にひたすら両手槍を振り続けた。ピクリとも動かないボス相手に好き放題にスキルを打った。クールタイムになれば自力で槍を動かした。

 

ケイの言う通り彼女のスキルはかつてない速度で上がり続け、たった数時間で熟練度が150を超えた頃、帰還の時刻となった。

 

「……イスケさんとコタローさんは来ないんですか」

 

「拙者らはまだまだ未熟でござるからな」

 

「あいつらは主武器がチャクラムだからどのパーティーに混ぜても邪魔にならない。このダンジョンの中だと隠蔽の熟練度も稼ぎやすいし、ここ数日はずっと潜ってるよ」

 

「そういうことでござる」

 

覆面のせいで顔色はよくは見えなかったが、彼らの声からは疲れがにじんでいた。とたんにシリカは無性に恥ずかしくなった。宿に戻る手間すら惜しんでダンジョンに潜り続けるイスケ達の努力に比べればシリカの訓練などぬるま湯のようなものだった。彼らと差がついて当たり前だ。

シリカはケイを見上げる。

 

「……あの、ケイさん……あたしもここに残ってもいいですか?」

 

「フラッグ・オブ・ヴァラーには両手槍の熟練度は関係ないから、そこまで頑張る必要はないぞ」

 

「あの槍のためじゃありません。道中の戦闘とか……とにかく……スキルの熟練度が高くて損をすることはないはずです」

 

黄金キューブを使った熟練度上げは1回6時間のシフト制だ。通路の幅やボスの大きさを考えると、同時に攻撃できる人数は限られるから少人数で持ち回りにしているのだろう。シリカが参加するとなれば次のシフトの人が迷惑するかもしれない。そんな迷いはあったが、シリカはケイに頼み込んだ。

 

「お願いします! あたしだけ、まだスキルレベルが低いままで……早く皆さんに追いつきたいんです」

 

「……んー、まあ、やる気があるならいいか……わかった。次の連中には言っておくよ」

 

「ありがとうございます……!」

 

「ただし、無理はするなよ。しっかりと休憩はとれ」

 

「はい」

 

シリカはイスケ、コタローと共にケイ達を見送った。黄金キューブがなくなったためバインドが解け死神型のモンスターが動き出す。最初は警戒していたが安全地帯には入ってこないため、すぐに通路の奥に消えていった。

つかの間静寂が訪れる。小さい部屋の片隅で仮眠の準備をしながら、コタローが話しかけてきた。

 

「このメンバー、2層のリングハーラー狩りを思い出すでござるな。なかなかチャクラムがドロップしなくて苦労したでござる……」

 

「拙者の分だけなかなか落ちなくて歯がゆい思いをしたんでござるなぁ……コタロー殿のはすぐに落ちたのに」

 

「……懐かしいですね」

 

ケイから渡された毛布を敷きながら、シリカはあの日々のことを思い出す。

 

「結局2個ともドロップしたのはシリカ殿でしたな?」

 

「……はい」

 

「あの時のイスケ殿の喜びようと言ったら、すごかったでござるな」

 

コタローがクスクス笑うとイスケが恥ずかしがるように抗議した。

 

「仕方ないでござろう。拙者がボスクエストをやっている間に、コタロー殿だけ手裏剣を手に入れるなんて……しかもそれをずっと目の前で使われていたんですぞ」

 

イスケがわざとらしく地団駄を踏む。

 

「ははは……本当に懐かしいでござるなぁ。あれがたった数週間前の出来事だとは思えないでござるよ」

 

「怒涛の日々の連続であったからなぁ。あの頃はまさか拙者らがこうしてボス攻略の最前線に立ち続けているなんて想像もしなかったでござるよ。トーラスキングを倒すことさえ半信半疑だったでござる」

 

「そうですよね……あたしも……あの日々がまるで夢みたいで……」

 

トーラスキングにとどめを刺したのはシリカだったのだ。周りのみんなのおぜん立てがあったのは確かだが、あの時シリカは本当の意味であのパーティーに受け入れられた気になった。

 

ずっと。ずっと。覚えていた。鉱石を掘っている間も。槍を振り回している間も。脳裏にあるのはあの瞬間だ。

 

「……あたしはずっと……みんなと一緒に居たかった」

 

コタローが気遣うような視線を向けて来る。

 

「シリカ殿…………。みんなはシリカ殿をずっと仲間だと思ってるでござるよ。でも、だからこそケイ殿はボス戦には連れて行かないのではなかろうか。あそこは子供には過酷すぎる場所でござる。拙者らを信じて安全なところで待っていてほしいでござるよ」

 

シリカは曖昧に笑った。

その言葉はちっとも彼女の心に響かない。

イスケがためらいがちに言葉を紡ぐ。

 

「拙者は……止めないでござるよ……」

 

「イスケ殿……?」

 

イスケは毛布をかぶって寝がえりを打った。表情を隠しながら壁に向かって話し続ける。

 

「拙者は……現実ではただの忍者オタクでござる……週末にネットで同士と語り合うことだけが趣味の……誇れるようなものは何もない普通の会社員でござった。それが今や、1万人のプレイヤーの命運を左右するようなすごい集団の一人になっているでござる……」

 

イスケが現実のことを話すのは初めてだった。彼に限らずこのゲームではリアルの話に触れないのがマナーのようになっており、シリカ達は職業はおろか本名すら教えあっていない。

 

「ケイ殿が5層のボスと戦っている時に言ったのでござる。毎日人が何十人も死んでいる。こんなゲームは一日でも早くクリアしなきゃダメだって。やっぱり彼はすごいでござるな。HPが真っ赤になっても一歩も引かずに、ついにボスを倒してしまった。でも同時に拙者らに問いかけたように感じたのでござる。お前たちはなんで戦うのかって……。シリカ殿は参加していなかったでござるが、実は4層のボス戦で、拙者らは一度全滅しかけているのでござる。生き残ったのは本当に偶然にすぎないんでござる。偶然あの時アルゴ殿が来ていなければ、きっと……俺たちは誰も生きていない……」

 

イスケの声が少し低くなった。おどけるような色が消える。

 

「……本当は俺もシリカちゃんには圏内にいて欲しいよ。キリト君も、アスナさんもミトさんも。でも……俺は止めないよ。シリカちゃんが頑張る理由もよくわかるからね……。ケイ君の邪魔もしたくない。……今でもよく覚えてる。3層のレストランから見た光景。ケイ君は誰でもない俺を……意味のある誰かにしてくれた。感謝している。結局、拙者も同じなんでござるよ……」

 

「イスケさん……」

 

「……さあ、さっさと寝るでござる。休憩時間は限られているでござるからな。長期戦に無理は禁物でござる」

 

そういってイスケは黙ってしまった。

シリカは毛布をかぶったが、ちっとも眠くならなかった。

 




Tips
ちなみにコタローは創作系忍者でよくある
「誰かおるか」
シュバッ「ここにおりまする。殿」
っていうのを隠蔽スキルで再現するためにダンジョンに籠っていただけだったりする。
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