SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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新年あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!


アーカイブス 017

シリカのスキル熟練度は1週間余りで400を超え、500の大台も射程にとらえていた。ひとえに彼女の無理な横入りを認めてくれた仲間たちの協力と、バカげた黄金キューブの性能があってこそだ。

 

その黄金キューブに異変が生じたのはシリカがちょうどアルゴ達と隠しダンジョンで熟練度上げを行っている時だった。

 

「ん? 今なにか……? キューブが……おかしかったゾ? 《ブレイク》! 《ブレイク》! ……まずいゾみんな! キューブが使えなくなっタ!! 撤退ダ!!」

 

死神ボスを相手に皆がスキルを連発している最中、黄金キューブを持っていたアルゴが突然大声を上げて皆に警告を発すると、シリカ達は顔を見合わせた。事前の取り決め通り一も二もなく走り出す。未だ継続する《バインド》の効果で動きを止める死神の脇をすり抜けると、一丸になって静かに走り去る。

 

「次の安全地帯はこちらでござるよ……!」

 

先導するのはAGI型ビルドのイスケだ。隠蔽スキルを使いながら曲がり角をのぞき込み、不意の遭遇戦が起きないように索敵している。

 

アルゴのたぐいまれな観察力と素早い判断のおかげで最悪の事態、ボスに通せんぼをされて迷宮区最奥に閉じ込められることは回避できた。しかし、安心はできない。このダンジョンの敵は通常モンスターでさえも手に余る。一方的に倒せていたのはあくまでキューブの力があってこそなのだ。

 

2つ目の安全地帯に入ると誰ともなく大きな息を吐いた。

 

「ここから出口までは、まだ7割以上あるでござる。少し休憩をはさむでござるよ」

 

イスケの提案に従って皆座り込む。これまでも幾度となく通った道だが心理的な負担は大違いだった。

 

「ついに修正されちまったナ。15日カ……《体術》クエストに比べれば長持ちしたほうだけド……オイラ達が貧乏くじを引いちまったみたいだナ」

 

アルゴがこわばった笑顔で言った。

この事態は想定されていた。カーディナル。この世界を管理するAIは人間のGMのようにゲーム内の通貨やモンスターのバランスを調整したり、バグの修正を行っているらしい。シリカも2層の鉱脈では無限湧きする採取スポットが修正されるところをこの目で目撃している。

 

黄金キューブは明らかにゲームバランスを壊すアイテムだ。それは知識の少ないシリカでもわかる。

 

ケイはこのアイテムがいつか修正されることを危惧していた。だからこそボスとの戦いは常に安全地帯の前で行うようにしていたし、ボスの再拘束に出向く前にはブレイクがきちんと発動するかを確認してから向かうなどいくつものルールを決めていた。当然修正された後の逃げ方も決めてある。しかし、ノーリスクではない。まさしく貧乏くじだ。

 

「……《体術》クエストですか?」

 

アルゴの言葉に反応したのはリーテンという女子高生だ。トレードマークである金属鎧は騒音回避のため今は脱いでいる。どのみち一撃食らえば命の保証がないこのダンジョンで防御力の有無など関係ない。

 

「そうサ。2層には《体術》っていうエクストラクエストの習得フラグがあるんだけど、こいつラ、それをとんでもないグリッチで攻略してたんだヨ」

 

皆、休憩しながらも顔を上げてアルゴに注目した。エクストラスキルの情報はやはり攻略組として気になるのだろう。

 

「そもそも、体術の習得クエストは大岩を自分の拳で壊すことなんだけド、この大岩がすっごい硬くてナ。夜通し殴り続けても3日はかかっちまうんダ。そこでケイは何をしたと思う?」

 

アルゴは深刻な空気を吹き飛ばすためかあえて明るい声を出した。

 

「あの階層にはトレンブリングオックスっていうやたらしつこいモンスターがいるんだケド、それをトレインしてきて岩を攻撃させたのサ。素手攻撃より何倍もダメージが入るから素早くクリアできるってわけだナ。でも、そのクエスト攻略法は後続で何人かクリアした後は修正されてできなくなっちゃったんだよナ。オイラもさっさとやっておけばよかったヨ」

 

「今はどんなふうになっているんでござるか」

 

グリッチの当事者であるコタローが尋ねる。

 

「大岩がモンスターからの干渉を一切受け付けなくなっちゃったんダ。耐久度を減らすことはおろか、保護コードに守られてて触れる事すらできてなかったヨ。プレイヤーが殴る時にはコードは発動しないから、拳で殴ることはできるようだけド……オイラはちょっと遠慮しておくかな……」

 

アルゴが話し終わるとリーテンが感心したような呆れたような表情で相槌を打った。

 

「あの人のグリッチ好きは筋金入りですね……」

 

「それは間違いないナ。噂によれば1層と3層のボスも別のグリッチで倒したそうだし、2層のボスははめ技ダロ。4層でもバグみたいな強さのNPCを仲間にしていたしナ……」

 

アルゴは指折り数えて遠い目をした。

 

「じゃあ、5層しかまともに戦ってないんですね……」

 

リーテンが言うとアルゴは首を振った。

 

「でも……ケイはすごい強いゾ。実力勝負でもあいつはボスに引けは取らなイ」

 

「そうなんですか? あんまりそうは見えませんけど……」

 

「リーちゃんは、まだケイの戦う姿は見たことがないのカ?」

 

「はい。私は始まりの町でいきなり声をかけられて…………。それまでは掲示板に貼ってあるパーティー募集の張り紙を見つけては参加しに行ってたんですけど、女だからとか、子供だからとか言って誰も相手にしてくれなかったんですよ。だから今度は逆に掲示板に私が張り紙をして待ってたらあの人が来て…………隠しダンジョンを見つけたから一緒に攻略しないかって言ってきて……それがこんな場所だとは思いませんでしたけどねっ!」

 

「ケイらしいナ」

 

アルゴは苦笑いを浮かべた。

 

「ミトさんとはここの外でもパーティーを組んだことがありますけど。あの人とはこのダンジョンでしか……ほら、ここの戦闘って全部あんな感じだったじゃないですか。だから戦ってる姿を見てもいまいち強さが分からなくて……」

 

「あの人はうまいですよ。俺は戦ってる姿を見ました」

 

口を開いたのはディアベルと同じパーティーの男。エルムだ。

 

「ケイからここの話を聞いたとき、俺たちみんな疑ってたんですよ。ほらそもそも存在自体怪しまれてたじゃないですか、攻略組って。……それに、俺たちは言っちゃ悪いけど他の奴らとは違って先に進んでいる自覚があったから。自分たちのはるか先に他のプレイヤーがいるなんて考えてなかったんです」

 

エルムは緩く首を振った。

 

「それなのに、5層の地下ダンジョンでレベル上げをしてる時にケイが現れて、自分は攻略組だ。良いスポットがあるから一緒にレベル上げをしないかって言いだして。まあ、普通信じないじゃないですか。新手のPKか何かかなって。俺たち良い装備つけてたから、そう思ったんですけど、話している時に現れたモンスターをケイがこうズバーっと」

 

エルムはそれを再現するように手を振る。

 

「あっという間に倒しちゃって。しかも別に普通ですよみたいな顔して話を続けるもんだから俺ら面食らっちゃって。結局あれが決め手になって信じてみるかって話になってここに来たんですよ、俺たち。な?」

 

エルムは同意を求めるように同じパーティーの仲間に問いかけ、彼は首を縦に振った。

 

会話がひと段落したらシリカ達はまた重い腰を上げた。逃避行はまだ始まったばかりだ。

 

再び先頭はイスケが歩いた。彼はこの2週間の訓練の成果を発揮するように巧妙に気配を殺し道の安全を確保し、時に煙球を用いてモンスターの視界を封じ、時に迂回路を提案してモンスターを回避しながらシリカ達を誘導した。

 

相棒であるコタローはたまたま今の時間はダンジョンの外にいるため不在だ。彼は一人でリスクを取り皆を導いた。賞賛されるべき献身だった。

 

最初はどうなることかと思ったが、次の安全地帯までは順調にたどり着いた。ここからは一気にダンジョンの出口まで向かわなきゃいけない。途中で休憩できるポイントはもうない。

 

シリカは覚悟を決めて動き出した。

 

出口まであとわずかというところで、シリカ達の運は尽きた。

 

道の真ん中に見慣れたカエルのモンスターが陣取っている。悪いことに出入り口付近は道の枝分かれも少なく迂回につかえる道も限られていた。そしてそちらの道はもっと状況が悪い。

 

「どうにかしてここを突破するしかないでござるな……」

 

イスケは苦い声でそういった。反論は出なかった。それはつまりより良い案がでなかったということを意味していた。

 

「拙者があのカエルをおびき寄せるでござるよ。みんなはその隙に先に進むでござる」

 

「イスケさん……」

 

「大丈夫でござる。拙者の鍛えた《隠蔽》スキルならあのモンスターをまくのは十分可能でござる。それよりも拙者がいなくなった後、遭遇戦が起きないように注意するでござるよ。ゴールはすぐそこでござるが油断なきよう」

 

イスケが深呼吸をして道を出ていく。少し戻った丁字路でシリカ達は息をひそめていた。

 

カツンと石がぶつかる音がする。引き寄せられるように、ぺたんぺたんとモンスターの足音が誘導されていく。もう一度、今度は別の場所で石の音。

モンスターの足音はシリカ達の近くの通路を通り抜け、ダンジョンの奥地へと移動していった。

 

アルゴがハンドサインで皆に進行を伝える。

 

イスケに代わって先頭はアルゴが務めた。彼女は《索敵》スキルを持っているがそれも万能ではない。特に非アクティブ状態や休眠中の敵、さらには道のずっと先でこちらを見ているような敵は見落としやすい欠点があった。イスケが目視での索敵に努めていたのはそのためだ。

 

だが、アルゴはやり切った。何度も迂回を重ね、時にモンスターの死角を突いて道を横断するリスクを重ねたが、シリカ達は一度も戦闘になることなく出口まで辿り着いた。

 

だが、そこにはイスケはいない。

 

彼のHPバーは未だ視界の隅で健在だ。生きてはいる。少なくとも今はまだ。

 

シリカ達はダンジョンの外で祈るように彼を待った。ほどなくして……

 

「何とかなったでござるよ……」

 

イスケも帰還した。安堵のため息が連鎖する。

 

「無事でよかったです……」

 

「シリカ殿も無事で何よりでござる」

 

「とにかくケイに連絡しないとナ……キューブはもう使えなくなっちまったっテ」

 

アルゴが疲れた顔でつぶやいた。

 

 

◇◇◇

 

 

「15日か……結構持った方だな」

 

12 月2日。午後4時。

アルゴから話を聞いたケイは彼女と同じ感想を呟いた。

場所は1層始まりの町。黒鉄宮の近くにある大きな民家だ。この一帯の数件の家をケイは貸し切って攻略組の拠点として使っていた。一番大きい部屋に集まったメンバーはシリカ達ダンジョンに潜っていたパーティーに加え、呼びかけに応じて集まった主たるギルドメンバーがそろっている。

 

「それじゃあ、ボスを倒しに行こうか。もう6層じゃろくにレベルも上がらないだろうし」

 

いよいよだ。シリカは体をこわばらせる。

 

「エギル達はどうするんダ?」

 

「彼らはMTDの方でかかりきりだよ。アルゴも手が空いたら応援に来てほしいってさ」

 

「オイラもか? ボス戦はどうするんダ?」

 

「ボスはいつものメンバーでいく」

 

「いつもの……ですか?」

 

ボス戦が初めてのリーテンが要領を得ない顔で問いかけると、ケイは指折りメンバーを発表していった。

 

「俺、キリト、アスナ、ミト、コタローの5人だ」

 

「私たちは留守番ですか……!?」

 

リーテンが驚いて席を立った。

 

「ああ。案山子を殴っていただけだとプレイヤースキルは上がらないだろ。ボス戦はまだ早い」

 

「俺はベータテスターだ。6層ボスとの経験もある。戦えるぞ」

 

ディアベルが手を挙げて自己主張した。

 

「ディアベルはな……でも他のパーティーメンバーはどうだ? 下手な奴だけパーティーから外すつもりか? あまりお勧めしないぜ。命を預けあう仲間に不信の種をまくことになる。それに、そこのメンバー二人は休ませないとだめだろう。連携訓練だって不十分だ」

 

「それは……」

 

「まあ、そう焦るな。7層には必ず連れていく」

 

彼は悔しそうに引き下がった。

 

「たった5人で大丈夫なのかよ?」

 

シヴァタが疑わしそうな視線を向けるとケイは肩をすくめた。

 

「ベータの時の6層ボスはルービックキューブだったんだ。ギミック系ボスはタネさえ割れれば脆いもんさ」

 

「これまでみたいに変更されてるかもしれないダロ? 過信は禁物だヨ」

 

「確かに……6層ボスがベータ版と同じ保証はない。結局ボスクエストは発見できてないし……。でも、だったら余計に偵察がいるんじゃないか?」

 

「偵察ねぇ……」

 

ミトがジトッとした目でケイを見たが彼は黙殺した。

 

「それに、これまで通りというのならまさにこれがそうだ。俺たちはフロアボスにずっと少人数で挑んできた」

 

ケイがこう言い切ってしまえば反論するメンバーはもういなかった。シリカを除いては。

 

「…………あたしも行きます。必要ですよね。フラッグ・オブ・ヴァラー……」

 

ケイは少し言葉に詰まった。この武器がボス攻略に必要だといったのは他でもない彼自身だからだ。

 

「……ダンジョンに籠りっきりだったんだから疲れてるだろ。今回は休んでても大丈夫だ」

 

「仮眠は途中でとりました。問題ありません。あたしも行きます」

 

それは少し嘘だった。昨夜からシリカはずっとダンジョンの最奥に入り浸り、メンバー交代のわずかな時間に仮眠をとっただけだった。だが、幸いにして仲間はそのことをこの場で言及しなかった。

 

「拙者も当然行くでござるよ」

 

「イスケもか。ほんとに眠くないんだな……? ボス戦でへまはするなよ」

 

「当然でござる」

 

「それならいいだろう。久しぶりに2層ボス攻略メンバー結成と行こうか」

 

 

◇◇◇

 

 

ケイは言った。

 

「俺たちはもう十分に強くなった。もう6層のモンスターなんて相手にならないさ。それがたとえフロアボスでも」

 

目の前にはボス部屋へ次ぐ青銅の大扉が存在している。

ここまでの道のりでシリカ達の歩みを阻める者はいなかった。迷宮タワーを守るエリアボスでさえ、このパーティーの前では少しばかりHPが多いだけの通常モンスターに過ぎない。

 

準備は十分に行われていた。

 

「行くぞ」

 

ケイは扉を押し開けた。部屋に入るとひんやりとした空気がシリカの肌を撫でる。

 

「広いですね……」

 

5層迷宮タワーは横幅100メートルほどの五角形の建物だった。

その10階。ボス部屋は1フロアをまるまる使っていた。壁に等間隔でつけられた青白く輝く松明では光源として不十分なほど広いため、全体的に薄暗い。

部屋は壁も床も天井も青みがかった灰色の石材で作られている。ここもやはり、スタキオンと同じようにすべてが20センチ角のブロックの組み合わせだ。

 

「あれがボスか……?」

 

キリトが指さす先にはシリカの腰ほどの高さの黒い立方体が置かれていた。特徴的なのはその正面で、そこだけ正方形の窪みが開いている。

 

「あそこにキューブを入れるんだよな」

 

「ああ」

 

キリトに促されて、ケイが前に歩み出る。

 

結局6層ボスの全容が明かされるようなクエストはなかった。しかし断片的にだが、ボスの情報をもたらしてくれるNPCは見つかっている。サイロンの屋敷で働いていた元召使であるセアーノもその一人だ。

彼女から話を聞きだしたアルゴによると、黄金キューブははるか昔にパイサーグルスが分離させたボスの体の一部であるらしい。また、それらはばらばらに分かれている間は互いに呪術の力により保護され破壊することはできない。ボスを撃破するにせよ、黄金キューブを破壊してパズルの呪いを解くにせよ、まずは二つを一つに合わせる必要があるとのことだった。

つまりこの黄金キューブはそれ自体が強力なマジックアイテムであるばかりでなく、ボス戦を開始するための重要アイテムでもあったのだ。

 

「じゃあ入れるぞ……」

 

キューブはするりと抵抗を感じさせない動きで穴に収まった。途端に黒い立方体が黄金色に輝きだす。そのまま3メートルほど宙に浮くと、ゆっくりと回り始めた。回転は加速し続けすぐに目にもとまらぬ速さになると、染み出るように黄金の立方体がいくつも現れる。それらはまるで鎧のように黒い立方体にまとわりつき、回転が止まるとそこには当初の3倍の大きさになった黄金色のキューブが浮かんでいた。

 

その姿を見てキリトが焦りの声をあげる。

 

「ま、まてよ……! これは……ルービックキューブじゃない!」

 

【The Irrational Cube】

 

ベータテストの時はカラフルなルービックキューブであったというボスの姿は一変していた。基本の構造は変わらない。27個の立方体がわずかに隙間を開けて緩く結合している姿はルービックキューブそのものだ。だがその表面は皆一様に黄金色だった。そしてマスには1から9までの数字が書かれている。

 

「話が違うわよ……! これじゃどの面をそろえればいいのか、分からないじゃない……!?」

 

アスナが悲鳴のような声を上げた。

 

「シリカ! 旗を放せ!!」

 

「え……?」

 

キリトの切迫した叫び声にシリカはすぐに反応できなかった。

 

フラッグ・オブ・ヴァラーのバフは既に発動している。ボスの出現演出の間に彼女を中心に黄金色の輝きが地面を覆い、すでにいくつかのバフアイコンが点灯しているが、それは彼女がボスのヘイトを強力に誘導するということを彼女は経験的に知らなかった。

 

「来るぞ! よけろ!」

 

キリトの叫び声と同時に目視しづらい灰色の光のラインがシリカの体をとらえていた。そのすぐ後に赤熱したレーザーが同じ軌道で彼女に迫る。事前に聞いていなければ反応できない攻撃だっただろう。シリカは紙一重で直撃は避けた。ただ、地面で起きた小規模な爆発に巻き込まれてHPが減少する。

 

「まだだ! すぐに立ち上がれ!」

 

爆風でバランスを崩し膝をついたシリカを執拗に追いかけるように次の攻撃の予測線が現れる。シリカはそのまま横に転がり回避するが、その先に時間差であらわれた照準は彼女の顔面を正確にとらえていた。

 

「あ……」

 

避けられない。シリカが思わず目を瞑りかけたその時、予測線に割り込むようにキリトが走りこんできた。そのままソードスキルでレーザーを迎撃する。

 

「い、意外と何でも斬れるもんだな……」

 

技後硬直のままキリトは呆然と呟いた。

 

「私たちも、忘れないでよねっ!」

 

アスナが突進系のソードスキルでボスに突っ込んだ。シリカからボスの目を引きはがそうとしたのだろう。彼女の目論見は成功した。しかしそれは技後硬直で動けない彼女に反撃の攻撃が行われることを意味していた。

 

「アスナさん!!」

 

シリカは思わず叫んだ。ボスのビームに吹き飛ばされたアスナのHPが急激に減少し始めたからだ。バーの動きは3割、4割を超えほとんど半分に達しようかという頃になってようやく動きを止めた。

 

「なんつー威力だよ……!」

 

キリトが苦し気に呻いた。

 

「よくもアスナをっ!!」

 

今度はミトが大鎌を振るう。彼女の攻撃がボスの体に命中すると、ガギンっと硬質な音が響きボスの体の一部が回転した。キューブの盤面にかかれた数字の組み合わせが変わる。しかし、そのHPは1ドットたりとも減少していない。

 

続いて2つのチャクラムが連続してヒットする。皆が各々ヘイトを受け持とうと行動を開始する中、普段ならだれよりも早く戦い始めるはずの男が呆然と立ち尽くしていた。

 

「ケイさん……?」

 

シリカの視線の先でケイはふらふらともと来た道を引き返していった。ボス部屋の大扉はいつの間にか閉ざされていた。ケイはそれに手を触れる。途端に扉の表面に縦横に走る光の線が現れ、光が収まった時にはびっしりと一面に数字とマス目の模様が浮かび上がっていた。

 

「……バカな………………」

 

彼の異常を察知して近づいていたシリカの耳には彼のつぶやきがしっかりと聞こえた。

 

「ケイさん!!? その扉は!?」

 

戦線から離脱しポーションで回復中のアスナも走り寄ってきて、ケイに尋ねる。

 

「……ナンプレパズルだ……スタキオンの広場にある……」

 

ケイは視線を扉に固定したまま呆然と答えた。

 

「ダメだ! やっぱりキューブを正しい配置に合わせないと、ダメージが通らない!」

 

何度目かの攻撃をボスに加えながらキリトが叫ぶ。

 

「正しい配置って言ったって……! 面が6つしかないのに数字は9種類でしょ!? どうやっても数が合わないじゃない!」

 

ミトも攻撃の合間に声を張る。

 

「おそらく同じ数字を揃えるわけじゃないんだ!」

 

「じゃあ、どうするっていうのよ!? ケイ! なにかアイデアはないの!? …………………………ケイ?」

 

ようやく彼の異常に気付いたミトが振り返り、言葉を失う。異様な空気はすぐに他のメンバーにも伝わった。

 

「嘘だろ………………これを解かなきゃ撤退すらできないのか……」

 

キリトが思わず足を止めた。

 

シリカもここにきては事態の深刻さを理解していた。ボスの無敵状態を解除するギミックは不明。撤退も事実上不可能。つまり……

 

「あたしたち……閉じ込められちゃったんですか……?」

 

答えるものは誰もいなかった。

 

士気は瞬く間に低下した。ミトもキリトもアスナもイスケも誰もかれもが苦しい表情をしている。嫌な沈黙がボス部屋を満たした。

 

だが、ボスは待ってはくれない。プログラムに規定された通り、無慈悲に淡々と攻撃を繰り返してくる。

 

幸いにしてボスの攻撃のバリエーションは多くない。立方体の頂点に光を集めて、3本のレーザーを放つだけだ。予測線を見てからすぐ動けば躱せないものではない。しかし、その作業は決して楽ではない。薄暗い部屋の中、予備動作として現れる灰色の照準線は集中して見なければ見落としてしまうし、照射後すぐに動くためには常に気を張っていなければいけない。

 

最初に自己犠牲に近いヘイトの稼ぎ方をしたアスナを除けば、今はまだ誰も攻撃を受けていない。しかし戦いが長期化して集中力が切れればどうなるかは明らかだった。

 

回復を待つ間、アスナは果敢にも扉のナンプレに挑んでいた。しかしその進捗は芳しくない。

 

「無駄だよ……」

 

ケイがその背中に声をかける。

 

「そのパズルは人が解けるようにできていない。ベータ時代にさんざんナンプラーたちが挑戦して、そう結論付けた」

 

「やってみなきゃ、分からないでしょ……!?」

 

「本当に……? 単純な計算問題だ。アスナならわかるだろう。扉のパズルは27×27問、全部で729個ある。一問10分で解いたとしても120時間以上……そしてこの難易度の問題を10分で解くのは不可能だ……」

 

「だったら、諦めるの……?」

 

アスナがすがるような目でケイを見た。彼は視線を伏せる。

シリカは初めて見る光景に無性に胸がざわついた。

 

「シリカちゃん! 少し手伝って」

 

ミトからの要請にシリカもボス戦に加わる。

ボスから攻撃が来る。皆が動いて躱す。次の攻撃までの間に通常攻撃を与える。ボスのパズルが一列回転する。ボスの攻撃が来る。皆でよける。攻撃を与える。しかし全くHPは減らない。

 

出口の見えない戦いは苦しかった。あと何回攻撃を躱せばいい? あとどれほど戦闘を続ければいい?

いくら頑張っても勝てる光景が思い浮かばない。代わりに嫌な想像ばかりが脳裏によぎり気力を奪う。

 

「とにかく、総当たりで面をそろえてみよう! 偶然そろうかもしれない!」

 

キリトが皆を励ますように言った。

 

「…………約、35万通り……9つの数字の配置の組み合わせは35万通りだ…………偶然そろうものじゃない……」

 

ケイの声は決して大きくはなかったが、致命的なほどよく響いた。

 

「ケイ! 何とかならないのか?」

 

「……今、考えてる」

 

ケイの声にはキリトやミトに比べるとひっ迫感がない。だがそれは余裕の表れというわけではなく、諦念に近い感情に思えた。

 

「ケイ!! あんたも来なさい!!」

 

「…………ああ」

 

ミトの叫びに、ケイはぼんやりとした返事をした。

 

「アスナ! 私も手伝うわ!」

 

ミトがケイとすれ違うように扉に張り付いた。アスナと共にナンプレパズルを解き始める。ケイはボスに向かう足を止め、彼女を振り返って空虚な視線を向ける。

 

「無駄だよ……人数の問題じゃない。要は、この部屋に来る前にどれだけ準備できたかが重要なんだ。…………そのアプローチは正しくない」

 

「じゃあ、教えてよ! その正しいアプローチってやつを!」

 

ミトは髪を振り乱して叫んだ。

戦闘開始からどれだけの時間が経っただろう。それほど長くはないはずだ。だが、八方塞がりな状況に誰もかれもが追い詰められていた。

 

「…………ない」

 

ケイは無慈悲に言った。

 

「なにも思いつかない。何度考えなおしても扉を開けるのは不可能だ。ボスを倒すのも……端的に言うと、この部屋に入った時点で俺たちはもう…………詰んでいる」

 

ケイの言葉は事実であったが同時に皆の希望を奪うようなものでもあった。それはおそらく彼の感情を如実に反映していた。ミトがきっと目を吊り上げてケイに詰め寄る。

 

「簡単にあきらめないでよ!!」

 

ミトがケイの胸倉を両手でつかんだ。震える目で訴えかける。

ケイは初めてミトに焦点を合わせた。それから彼の視線はみるみる鋭くなった。

 

「簡単に見えるか……? 俺が、すぐに諦めてるように見えるか……!?」

 

ケイの声には隠しきれない怒気が含まれていた。

 

「俺だっていろいろ考えたさ! でも何も思いつかないんだ! あんなクソギミック解けっこない……! それでも盲目的にナンプレを解けばいいのか!? 時間稼ぎにしかならない戦闘に参加すれば満足か!? それで一体何になる!? 現実から目をそらして、いずれどうにもならなくなって、結局ここでみんな死ぬだけだろ!?」

 

ケイの大声を間近で受けたミトは震える唇をぎゅっとひき結んで何とか涙だけはこらえようとしていた。

ケイは感情を落ち着かせるように大きく息を吐きだした。

 

「……俺だって……何とかできるならなんとかしたいさ……! でも考えれば考えるほど現状は絶望的なんだよ……」

 

ミトはすがるようにケイを見上げた。

 

「それでも……あんたはいつだって……思わず笑っちゃうような型破りな攻略法を考え付いてきたじゃない……」

 

ケイは静かに首を振った。

 

ミトは目に涙をためてケイの体をゆすった。

 

「あなたが諦めたら、本当に全部終わっちゃうのよ……!?」

 

アスナがナンプレを中断してケイを見ていた。キリトがボスの攻撃を避けながらケイを見ていた。シリカもイスケもコタローも誰もがケイを見ていた。この男ならこんな状況も何とかできると期待の目を向けていた。

 

「……………………ごめん」

 

いつも不敵に笑っている彼が無力さをかみしめるように下を向いた。

誰も何も言わなかった。

アスナはゆっくりとパズルを解き始めた。イスケとコタローは無言だった。

キリトは体の動きは止めずに深い思考に潜りはじめた。

シリカの頭は真っ白だった。

ケイは立ち尽くしていた。ミトは顔を俯けたままその胸を叩いた。受け入れたくない現実に反抗するように。

 

「こんなところで死にたくないのよ……!」

 

「………………」

 

「こんなところで死なせたくないのよ……!」

 

「………………」

 

「なんとか、しなさいよぉ……」

 

まるで駄々っ子のようだった。だが、いざ死を間際にすればこんなものかもしれなかった。外聞をとりつくろえるのは余裕のある者の特権だ。

 

ケイはされるがままだった。

彼女の拳が胸を叩くたびに力なくふらふらと頭が揺れる。後悔に顔をゆがめながら封鎖された扉を見上げている。

 

シリカとキリトとイスケとコタローはボスの攻撃を受け持ち続けた。

状況は一向に好転しない。それでも足を止めないのは単純な理由だ。動くのをやめた時最低最悪の結末が訪れるからだ。

 

「考えろ……考えろ……何かあるはずだ。クリア不可能なクエストなんて存在しない……」

 

キリトがぶつぶつとつぶやきながら視線を鋭く尖らせている。シリカはもう一度頭を捻った。しかしボスを倒す方法もこの部屋から出る方法も全く見当がつかない。

 

ケイはいつまでたってもボスへの攻撃に参加しなかった。その代わりHPを8割以上に回復させたアスナが参加する。

 

ターゲットが分散しシリカは少し楽になったが、キリトは硬い声で咎めた。

 

「全回復するまでは戻ってくるな……その体力じゃ2撃目は耐えられない」

 

「当たらなきゃ大丈夫よ。それに軽金属装備のわたしでもほぼ50パーセントなら、イスケさんたちはHPが全快でも2発は耐えられないわ。条件は同じよ」

 

アスナは強気で言い返した。キリトは不服を表情で示す。

こういう時パーティーを統率するケイは何も言わなかった。あるいはこちらの状況など気にしていないのかもしれない。

 

「みんな、あなたを信じてついてきたのよ…………勝ち目がないって諦めないでよ……最後まで戦いなさいよ……!」

 

ミトの声が響く。

ケイはまだ動きを止めている。起死回生の策は、ない。

本当に――?

シリカには予感があった。根拠はない。ただの願望かもしれない。

でもこれだけのメンバーが集まって倒せないボスなどいるのだろうか。

なにか起きるとしたら、それはいつもこの男――

 

「ミト……! 叩きすぎだ」

 

突然ケイがミトの手首をつかんだ。びくっと彼女の肩が震える。

ミトは涙目でケイを見上げ、それから不思議そうな顔をする。彼の表情に諦め以外の感情を見出したからだ。

 

「君が俺の胸を叩きすぎるから…………このゲームは君に嫌疑をかけたぞ……! 今ウィンドウが開いている……!」

 

言葉にはハリがあった。まるで何かに気づいたかのようにその目は強く開かれている。

 

「ハラスメントコードだ……!!」

 

ケイはついにこらえきれずに声を張り上げた。シリカは人知れず口角を釣り上げる。やはりまだゲームは始まったばかりなのだ。

 

ケイの声に反応したのはキリトだ。

 

「……ッ! その手があったか!!」

 

「ハラスメントコード、ってなんなの……?」

 

ボスの攻撃を避けながらアスナが疑問を口にする。

 

「このゲームで異性のプレイヤーやNPCに不適切な接触を繰り返すと発動する倫理的な防御システムのことだ! 被害者のプレイヤーがハラスメント行為を認定すれば、加害者は黒鉄宮の奥にある牢獄エリアに問答無用でテレポートさせられる!」

 

「じゃあ、この部屋から出られるってこと!!?」

 

アスナは目を輝かせた、だがなぜかキリトは苦しそうに顔をゆがめる。

 

「…………いや、だめだ……ハラスメント行為には被害者と加害者が必要なんだ。この方法だと……最後の一人は部屋に取り残される」

 

嫌な沈黙があった。

 

シリカは周りを見渡す。この中から一人犠牲者が出る。全滅よりははるかにましだが……

ケイと目が合った。アスナやミトとも。皆考えることは同じようだ。

 

「………………拙者が残るでござるよ」

 

その声はイスケのものだった。彼は視線をボスに固定しながら平坦な口調で告げる。

 

「こういうのは年長者の役割でござるからな……」

 

「だめよ! そんなの! 誰かを犠牲にして、見捨てるなんて絶対……!」

 

ミトはほとんど悲鳴に近い声を上げた。

 

「……ミト殿」

 

「誰も犠牲になんかしないわ」

 

ミトは彼女の長い髪を振り乱した。

 

「みんなでボスを倒しましょう……!」

 

「……ミト殿……拙者はその気持ちだけで――」

 

「あきらめるんじゃないわよ! なにも理想論を言ってるわけじゃないの……誰も犠牲にしない方法は、ある……! ボスは倒せる……! ケイ、あなたならわかるわよね……!?」

 

ミトは噛みつくようにイスケの言葉を遮ると、強く見開かれた目でケイを見つめた。

 

「誰かが、パズルを解いてくる。スタキオンの広場で、もっと多くのプレイヤーの協力を募って」

 

「そうよ!」

 

ケイはため息を吐いた。

 

「……分の悪い賭けだ。残されたメンバーは休む暇もなく何時間もボスの攻撃にさらされることになる。ポーションだって限られているし、気力も有限だ。いつまでも耐え続けられるわけじゃない。だけど……まあそうだな……最初からあきらめるよりはずっといい」

 

ケイはやっと少し調子を取り戻し、口角をわずかに上げた。ミトは安心したように目元を緩めると、服の裾でごしごしと涙をぬぐった。

 

「シリカ……! こっちに来てくれ……!」

 

ケイの言葉にシリカは嫌な予感を感じながらも扉の前に移動した。

 

「外には君が行け。牢獄エリアを出たらアルゴに事情を説明して助けてもらうんだ」

 

ここにきてこの扱いか。シリカはケイをにらんだ。

 

「……あたしだって戦えます」

 

「じゃあ、代わりに自分より下手な奴を推薦しろ」

 

ケイはこういう時言葉を選ばない。

シリカは下唇を噛んだ。こんな時でも味噌っかすな自分が恨めしかった。でもケイの言ってることが正しいのもよく分かっていた。何より今は議論している暇はない。

 

「ポーションはあるだけ残していけ。準備が終わったらハラスメント行為をしろ」

 

だが、ケイの指示はシリカの動きを止めるのに十分だった。

 

「どうした? 遠慮はいらない。早くしろ」

 

「……は、ハラスメントって、さ、さっきのミトさんみたいな感じですか……?」

 

「あんなまどろっこしいことはしなくてもいい。抱き着いてこい」

 

シリカは人命がかかっていると言い聞かせて、目を瞑って思い切りよくケイに抱き着いた。彼の体温とシリカの体温がまじりあう。

 

「ど、どうですか……?」

 

「まだ足りない。尻も揉め。時間はないぞ。早くしろ!」

 

シリカは最大限平然を装って彼の身体に回した手を動かした。背中から腰、さらにその下へと。するとある時を境に、硬くつるつるとした感触に代わる。

 

「………………なんかすごく硬いです」

 

「倫理障壁だ。局部へのボディタッチは障壁に防がれる。そうでもしないと自爆覚悟でセクハラに及ぶやつが出るからな……じゃあ、頼んだぞ」

 

ケイが指を動かすと、シリカの姿は本当にボス部屋から消え去った。

 

「これでなおさら死ねなくなったな……最後の思い出があれじゃ、あんまりだ」

 

ケイは軽口さえ叩いて見せた。

ミトはほっと息を吐く。それから高ぶった感情を落ち着けるように深呼吸をするが、顔の熱はなかなか取れなかった。

 

「…………みっともないところを見せちゃったわね……」

 

「お互い様だろ……」

 

ケイもどこか決まりが悪そうに返答した。

 

「そんなことないわよ」

 

アスナが微笑んだ。

 

「誰かの命のために必死になる姿を、みっともないなんていう人はこの場には居ないわよ」

 

彼女の言葉がミトの胸にしみた。ミトは最後に一度大きく息を吐きだすと雑念を振り払った。それから冷静な頭で考える。

 

一仕事終えたような気になっているが、状況は全く好転していない。ボスを引き付け続けているキリト達は今も刻一刻と精神をすり減らしているし、相変わらずボス攻略の糸口は見えていない。

 

それに何より、ケイの言う通りこれは分の悪い賭けなのだ。

 

ミトはメニュー画面を確認する。このナンプレは日付が変わるタイミングで新しいものに切り替わるのだ。タイムリミットは5時間半しか残されていない。牢獄エリアから脱出して、皆に事情を説明し、プレイヤーの人手を集め、700個を超える最高難易度のナンプレパズルを解き、その答えを迷宮区のボス部屋まで伝えに来るのはケイの言う通り分の悪い賭けになる。

 

「ケイ……牢獄エリアの拘束時間はどのくらいか知ってる?」

 

「初犯だときっかり2時間だと聞いている」

 

やはり時間が圧倒的に足りない。

仮にシリカが奇跡的に100人のナンプレの達人を集めたとしても729個のパズルを解くには2時間半近くかかるのだ。もちろん現実はそんなに都合よくいかないだろうからその倍は時間がかかるだろう。それに加えて人を集めるのにかかる時間。ボス部屋に来るまでの時間。

 

24時の境界線は大きな意味を持つ。問題が更新されてしまえばそこからまた問題を解きなおすことになるからだ。確実に数時間単位のロスにつながる。そしてボス戦が数時間長引けばそれだけ戦闘は苦しくなり、その分だけ死亡リスクは跳ね上がる。

 

「ケイ……シリカちゃん……間に合うと思う……?」

 

「言っただろう。分の悪い賭けだって。正直に言わせてもらえば、いつ答えが届くかも、そもそもナンプレを解けるのかどうかも分からない……」

 

「24時に間に合う可能性は……?」

 

「不可能だ」

 

その言葉を聞いたときミトの心は決まった。

 

「……ケイ……あなたも行きなさい」

 

ケイは真意を問うようにミトを見つめた。

 

「わかっているのか? 俺が抜ければその分みんなの負担が増える」

 

「その代わり……! 24時までにパズルの答えを伝えにきて」

 

ミトは皆に視線を移す。

アスナは頷いた。キリトもだ。イスケとコタローも首を縦に振った。

 

「最善は尽くす……が、かなり厳しいぞ」

 

そんなことは百も承知だ。ベータ時代、スタキオンの広場にあるナンプレパズルを解こうとするプレイヤーは何人もいた。だが、結局人力でそれを成し遂げた者たちは一人もいなかった。たとえ24時間かけてもだ。それをたった3時間程度でやれというのだから、無理難題にもほどがあるだろう。

 

だがそれでもこの男なら何とかしてくれるんじゃないかと、ミトは思ってしまうのだ。だってこの男は――

 

「不可能を可能にする男なんでしょ?」

 

「…………言うじゃないか」

 

ケイは一瞬虚を突かれたように目を丸くした後、獰猛に口角を上げた。それから彼は何のためらいもなくミトの胸に――胸に?

 

「な、な、な!??」

 

「早く送れよ。時間がもったいない……………………というか、ほんとに硬いな。まるでまな――」

 

「ちょ、え、はあああああああああああ!!????」

 

ミトは神速でハラスメントウィンドウをタップした。システムが彼女の申告を受理して不埒な輩を牢獄へと転送する。

 

「ゆ、勇者だ……!」

 

キリトは今日一番驚いた顔をしてなにか言っている。

 

わなわなと震える全身を真っ赤に染めてミトは大声を出した。

 

「……今決めたわ! このゲームがデスゲームじゃなくなったら、あいつは絶対PKする!!!」

 

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