SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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ずっと冬休みなら毎日投稿できるのに……



アーカイブス 018

シリカが目を開けるとそこは薄暗い牢獄の中だった。室内は畳1畳ほどの広さしかなく、マットレスの無い石の寝台に薄くてぼろぼろの毛布と硬そうな枕がある以外は家具と呼べるものもなく、小柄なシリカでもかなりの圧迫感を感じる。

3方は苔むした不揃いな石材に囲まれ、唯一そうでない一面にはおなじみの頑丈そうな鉄格子がはまっている。

 

耳を澄ましても聞こえてくる音は少ない。ヒューヒューとどこかを吹き抜ける寒々しい風の音とぴちょんと時々垂れる水の音。

 

ここが牢獄エリアというやつだろうか。シリカはさっきまでボス部屋にいたはずだが、ハラスメントコードというやつで転送されたのだった。その時のことを思い出してシリカは顔を仰いだ。冷静になるとすごいことをしてしまった。これは後々布団の中で思い出しては足をバタバタしてしまうやつだ。

 

だが、浮ついた気分はすぐに切り替わった。今こうしている間も仲間がボスと戦っている。早くここから出てアルゴのもとに行かねばならない。シリカはすぐに鉄格子に近づいた。

 

「ひっ!!」

 

鉄格子のすぐ外には、ぼろをまとった老人がいた。背は低くその上腰が曲がっているため身長はシリカと同じくらいだ。死角に音もなく立っていた彼の姿にシリカの口から短い悲鳴がでる。

 

老人はシリカに気づいているはずだが、なんのリアクションも取らない。ただじっと鉄格子のそばで正面を見続けている。

 

「……ここから出してください」

 

シリカは不気味な老人に声をかける。

 

「……罪人よ。罪を改めよ」

 

しゃがれた声の内容はいまいち要領を得ないものだった。

 

「……今、みんながボス部屋に閉じ込められているんです。……あたし早くいかなきゃいけないんです……! お願いします……! ここから出してください……!」

 

老人は今度は何もしゃべらなかった。NPCだから融通が利かないのかもしれないと考えたシリカはもっとわかりやすい言葉を投げかけた。

 

「……あたし……いつまでここに入れられているんですか?」

 

老人はマントの内側から不思議な光を放つ砂時計を取り出した。同時にピコンと視界の隅にウィンドウがポップする。足枷のアイコンの横には【ハラスメントコードにより拘束中】の表記と共に動き続けるタイマーが表示されていた。

 

「後、2時間も……」

 

シリカはへたりとベッドのふちに座り込んだ。

 

「あの……早く出してもらえたりとかはできませんか。……今だけでいいんです……お願いします……人の命がかかってるんです……!」

 

シリカは鉄格子に縋りつき、必死に頭を下げた。しかし老人には反応がもらえなかった。フレンドメッセージを送ろうとしてもここはダンジョン扱いなのか、メニューがブラックアウトしており選択することができない。

 

気持ちばかりが焦るが、どうしようもないということが分かると、シリカはタイマーを釈放時間の5分前にセットして石のベッドに寝転がった。休めるときに休んでおく。1層の隠しダンジョンで身についた習慣だった。

 

午後8時半を回ろうかという頃、ようやく老人は懐から鍵束を取り出すとシリカの鉄格子を解放した。「……ついてこい」と言ってのそのそと歩き出す老人をシリカは置いてきぼりにし、石畳の廊下を駆け抜け階段を駆け上がった。

 

見慣れたモニュメント《生命の碑》を通る時には皆の名前を確認したい衝動に駆られたが、それを振り切り建物の外に飛び出す。向かうのは隠しダンジョン攻略中にいつも拠点にしていた家だ。あそこならきっと誰かがいるはず。

 

シリカは民家に飛び込むと恥も外聞もなく大声で叫んだ。

 

「誰かいませんかー!!?」

 

 

情報は伝言ゲームのようにあっという間に広がった。仲間の危機だ。皆が目の色を変えて動き回る。やらなきゃいけない事は明確だった。問題はそれをなす手段が不明瞭なことだ。

スタキオンの広場にあるパズルの攻略はまともなプレイヤーなら挑戦しようともしない難易度だ。たった数十人のプレイヤーが向かった所でどうにもならない。

 

「ここにいるメンバーだけじゃ足りなイ! もっと多くのプレイヤーを巻き込まないト!」

 

アルゴが焦りをにじませていった。

 

「でも、そんなに都合よく協力してくれますか? そもそもなんて説明すればいいのやら……パズルを解こうと言って回っても誰も相手にしてくれませんよ」

 

ディアベルが疑念を口にしたが、シリカはそれに同意しかねた。

 

「……そんなことあるんですか? 人の命がかかってるんですよ。それを見捨てるような真似……!」

 

「MMORPGは簡単じゃない。もちろん人の気持ちも」

 

ディアベルは諭すように言った。シリカは彼女のかつての友人が何をしたのかを思い出して口をつぐんだ。そこへケイからメッセージが入る。

 

「ケイさんから連絡です……」

 

「オイラにも来てるナ……ディアベル! 何でもありだとヨ。アイテムもコルも使えるだけ使え、攻略組の情報もばらしてもいいってサ!」

 

眉間に皺を寄せて手を組んでいたディアベルはその言葉を聞いて、いくぶんか安堵した表情になった。

 

「それなら、どうとでもなりますね。知り合いにも声をかけてみます」

 

「オイラは《MTD》のところに行く! ここらで一番顔が広いのはあいつらダ!」

 

「あたしも行きます……!」

 

シリカとアルゴは急いでMTDの拠点へ向かった。アルゴは顔パスで、シリカもその付き添いとして入った建物の中でシンカーに事情を話すと、彼は顔色を変えて立ち上がった。

 

「それは大変だ。急いで6層に行かないと!」

 

「待ってくれシンカー。今一人二人向かった所でナンプレは解けないヨ! それよりももっと多くのプレイヤーに呼びかけて欲しイ!」

 

シンカーと共に話を聞いていたMTDの幹部の男が口を開く。

 

「呼びかけるのはかまいませんが、強制することはできませんよ。何人集まるかも保証できません。本当に人を集めたいならば、報酬を設定すべきだと思います。この町にはコルにつられて動くプレイヤーが大勢いますから。モチベーションを高める意味でも対価はあった方が良い」

 

「……パズル1問につき1000……いや10000コルでどうダ?」

 

「……これはまた……大きく張り込みますね。総額約700万コルですか……!」

 

感嘆の声を漏らす男にシリカは答えた。

 

「……みんなの命の値段にしちゃ安すぎるくらいです」

 

極論、コルなどまた稼げばいいのだ。出し惜しみをしている場合ではない。

 

「素晴らしい事です……ですが、それほどの金額いったいどのように工面するおつもりですか? 我々の把握している限りではそちらの資産は多めに見積もっても150万コルほどだと思いますが?」

 

男は眼鏡の位置を直しながら鋭い視線をアルゴに向けた。

 

「オイラ達の装備はどれも最上級品の一品物ダ。全員分を合わせれば500万コルくらいにはなル」

 

「パズルは全部で728問でしたね。それでも80万コルほど足りませんが」

 

「それは《MTD》に融資してほしイ」

 

「いいでしょう。すぐに――」

「シンカーさんは黙っていてください……!」

「しかしシルバさん……」

「このギルドの金庫番はわたしです。会計に異論があるのならわたしを首にしてからご自身でなさってください。そうでないならお静かに願います」

 

ぴしゃりとシンカーを黙らせた細めの男――シルバの指にはギルドの会計を担う者の証である副ギルド長の指輪がつけられていた。だが相手が誰であろうと皆の命がかかっている状況で邪魔をしてくるようなら、シリカは自分でも何をするか分からない。

 

「そんなに怖い顔をしないでください。わたしだってみすみす金の卵を産む鶏を絞め殺したいわけじゃない。最前線の貴重な攻略情報も迷宮区のレアなアイテムも取ってこられるのはあなた達だけだ。その関係を考えれば80万コルと言わず、100万コルでも用立てますよ。ただし追加で条件があります」

 

「……条件ですか?」

 

すわった目で見つめるシリカにシルバは尋ねた。

 

「一問解くだけで10000コルのクエスト。実に魅力的ですね。あなたならそれを見つけたらどうしますか?」

 

「ケイさんに相談します」

 

シリカは即答した。

 

「それではその後ケイさんはどうすると思いますか? 数が限られたお得なクエストの情報は他のプレイヤーにあまり広めたくなくなりませんか?」

 

「つまり……高すぎる報酬は逆効果ってことカ?」

 

アルゴの言葉にシルバは首を振った。

 

「いえ、そこまでは言いません。それに報酬の過多の問題でもありませんよ。ですが圏内クエストが払底しつつある現状、多くのプレイヤーは限られたクエストを奪い合うような状態です。たとえ賞金を100コルにしたところで彼らはクエスト情報を他人に広めようとはしてくれないでしょうね」

 

アルゴは低い声でうなった。

 

「口コミの力を最大限に発揮してもらうためには、彼らにも多くのプレイヤーを呼び込んでもらう必要があります。そのためには、報酬が減る可能性を受け入れてでも、他のプレイヤーを集めようとする動機付けが必要なんです」

 

シリカは少し頭を働かせたがケイのように名案は浮かんでこなかった。代わりに彼女は素直に疑問を口にする。

 

「……そんなこと、どうやってやればいいんですか?」

 

「チーム戦です」

 

男は眼鏡の位置を直しながら語った。

 

「パズル一問当たりの報酬とは別にチームランキングを作り、上位チームに特別な報酬を用意するのです。そうすれば彼らはさらなる報酬のために自分の分け前をこぞって減らしてくれるでしょう。人数は多ければ多いほど有利なのですから、あるいは競うように人を集めてくれるかもしれません」

 

アルゴが声を上げる。

 

「それで条件っていうのハ……、その特別な報酬とやらのことカ」

 

「ええ、その通りです。上位3チームにそれぞれ特別な報酬を設定していただきたい。誰もが採算度外視で欲しくなるようなインパクトのあるレアアイテムを。攻略組の皆さんなら持っているでしょう」

 

シリカは一つ思いつくものがあった。ケイはコルもアイテムも何を使ってもいいと言っていた。だからきっとこれも許してくれるだろう。インベントリを操作する。

 

「……これを。5層のボスドロップ品です」

 

「これは……すごい効果ですね……! 良いでしょう。これがあれば十分です!」

 

細身の男はプロパティーを確認するとやや興奮した面持ちでまくし立てた。

 

「それは…………でも……人命には代えられないカ……」

 

アルゴはもの言いたげな様子だったが、言葉を飲み込んだようだ。それから4層のLAボーナスの両手剣を2位チームの報酬として、2層ボスのドロップ品である牛革の防具が3位チームの報酬として提供された。

 

「わたしはギルメンを招集したらすぐに6層に向かいます。賞金を懸けるなら誰がどのパズルを解いたか確認する必要もあるでしょうから」

 

「わたしは各階層の掲示板にこのことを書き込みに行きます! もちろん一番目立つところにね」

 

シルバとシンカーは張り切った様子で部屋から走り去っていった。

 

「すまないナ。恩にきるヨ」

 

「よろしくお願いします」

 

MTDの拠点から出るとアルゴとシリカは再び別行動になった。各々の人脈を生かした行動が最善だと思ったからだ。

 

シリカが向かったのは道の北側にある教会だ。扉を開けると見知った顔も、見知らぬ顔も一斉にこちらを向く。少し前、シリカは彼女たちの視線が怖かったのだが、今は何も感じなかった。大股で礼拝堂を突っ切りサーシャに歩み寄る。

 

「し、シリカちゃん? どうしたの?」

 

「サーシャさん。今すぐ人手を集めてください。アスナさんたちがピンチです」

 

一息に事情を話すとサーシャはすぐに子供たちを集めた。

 

「さあ、行きましょう。私たちがどこまで力になれるか分かりませんが、きっと何かできることがあるはずです」

 

シリカは教会の子供たちと一緒になって転移門へ走り出した。

 

シリカ達が着いた時すでに6層には数十人のプレイヤーが集結していた。それからも続々と人が集まってくる。教会の子供たちはナンプレが得意だという2人の子供を除いて、MTDの人員整理を手伝った。彼らには不思議な面識があるようで合流はスムーズだった。

 

既にシリカが牢獄エリアから解放されてから1時間近くが経っている。

シリカは再び見かけたアルゴに駆け寄った。

 

「アルゴさん……進捗はどうですか?」

 

「アルゴさーん」

 

シリカがアルゴに話しかけた時に遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえた。茶髪の天然パーマに眼鏡をかけた優しそうなおじさんがおなかを揺らしながら走ってくる。

 

「アルゴさん! あの話本当ですか? ついにこのナンプレパズルの謎が解けたって」

 

「ああ、ほんとだヨ。このパズルは正式版ではボス部屋の扉を開くためのギミックになってるらしイ」

 

「くうー。ボス部屋ギミックとは。それじゃあ、ベータ版では実装されてなかったってことじゃないですか……無駄な努力と知って悲しいやら、これからリベンジできると知って嬉しいやら……」

 

「くれぐれも頼むゾ。攻略組の……オイラの仲間の命がかかってル……」

 

「もちろんですよ。あーもえてきたなぁ。まさか人の命がかかった数独に挑戦することになるとは」

 

「お仲間の連中ハ?」

 

「ばっちし。もうすぐ来ると思いますよ。みんな今度こそ人力で解いてやるってやる気満々です!」

 

男は待ち切れないとばかりに紙とペンを取り出しナンプレを解きに行った。

 

「あのおじさんはナンプラー、ベータの時にこのナンプレに執心してたプレイヤーの一人ダヨ。結局、テストの最終日にツールを使ってナンプレ自体は解いたんだけど、そのあとどうしていいか分からずに踊り狂うことしかできなかった悲しい連中サ。この階層が開いてからはナンプレの新情報がないか毎日のように連絡してきて、正直少しうっとおしいやつらだったけど、何が幸いするか分からないナ」

 

アルゴはその背中を見送ってシリカの質問に答えた。

 

「やれるだけのことはやったサ。後は信じて待つだけカナ……」

 

「シリカ! アルゴ!」

 

「ケイさん!!」

 

入れ替わるように現れたのはケイだった。フレンドメッセージで彼もボス部屋から出たのは知っていたが6層でやることがあるといって単独行動をしていた彼と直接会うのはこれが初めてだ。

 

「手すきの人間を使ってセアーノを探せ!」

 

ケイは焦燥感をにじませる顔で2人に言った。

 

「セアーノ? なんでNPCなんか探すんダ」

 

「忘れたのか。あいつの肩書を。パズル王の継承者だぞ。ナンプレパズルは十八番なはずだ」

 

「なるほどナ……。家には行ったのカ?」

 

「ああ。だがもぬけの殻だった。領主館も空振りだ。時間的な問題なのか、何か別の用事でもあるのか……よくわからないが、とにかく探してほしい!」

 

「わかりました」

 

ナンプレを解いたことがなく手持無沙汰になりかけていたシリカは頷いた。

 

「他のプレイヤーにも呼び掛けてみようカ。賞金を懸けておけばナンプレが苦手な連中は手伝ってくれるダロウ」

 

「それは良いな。ああ、それと……これをシリカに渡しとく」

 

そういってケイが差し出したのは首からかける紐のついた大きな鉄色の鍵だった。

 

「これは……?」

 

「サイロンからドロップしたクエストアイテムだ。その後の進展はなかったが、もしかしたらセアーノと何か関係するかもしれない」

 

「わかりました」

 

シリカは首から鍵をかけて問いかけた。

 

「ケイさんはこの後どうするんですか?」

 

「俺はエルフの里に行く」

 

「エルフ? キャンペーンクエストのカ?」

 

アルゴが問いかける。

 

「ああ」

 

「そいつらもパズルが得意なのか?」

 

「分からない……でもAIは優秀なようだからルールを教えれば解けるようになる可能性はある。それに今はエルフの手でも借りたい状況だ」

 

「確かにナ……わかったよ。ここはオイラに任せときな」

 

「ああ。俺はもうこの広場には戻ってこない。エルフに事情を話したらそのまま迷宮区に行くつもりだ」

 

「迷宮区、ですか……?」

 

シリカが首をかしげるとケイは補足した。

 

「ナンプレが解けてからボス部屋に向かったんじゃ間に合わないだろ。俺はタワーの前で待機しておく。ナンプレの答えはメッセージで送ってくれ」

 

そういってケイは駆け出した。アルゴもシリカもそれぞれ仲間のためにできることを行った。

 

アルゴはセアーノに20000コルの賞金を懸けた。その情報は瞬く間に周知され、高難易度なナンプレに挫折した者や元々苦手で挑戦していなかった者はこぞってスタキオン中を駆け巡った。シリカもそのうちの一人だ。

 

しかし一向にその足取りはつかめない。彼女の家も、勤め先であった領主館も、この町にある酒場も宿屋も探索されつくしてあっという間に1時間が経った。情報共有のためにもう一度広場に戻ってきても、彼女が発見されたという報告はなかった。シリカは焦りをにじませて広場を見渡す。

リィンと胸から下げた鍵が共鳴するように打ち震えたのは、その時だ。

鍵を持ち上げてみる。そこにあるのはいつも通りの鉄の鍵だ。手で持ってみても震える様子はない。気のせいだったかと結論付けようとしたとき、シリカに話しかけてくる声があった。

 

「……セアーノを探しているようですね? いったいなにが目的なんですか?」

 

「広場のパズルを手伝ってもらえないかと思って。ナンプレが得意なNPCらしいんです」

 

そこまで話してシリカは会話の相手がプレイヤーではないことに気が付いた。いつの間にか彼女の斜め後ろに立っていた人影は灰色のフード付きローブをすっぽりとかぶり顔は見えなかったが、その頭上に中立NPCを表すアイコンが表示されていた。

 

「……そうですか。……見つかりましたか?」

 

「……残念ながら」

 

「そうでしょうね……母はあの日以来、この町から忽然と姿を消してしまいましたから……」

 

「母……?」

 

聞き捨てならない言葉を聞き返すとフードの人物はローブを取った。肩のところで切りそろえられたサラサラの金髪と聡明そうな顔立ちが印象的な同世代くらいの少女だ。

 

「はい。セアーノはあたしの母です」

 

「そうなんですか……」

 

子供にさえその行き先を告げていないのだとしたら、セアーノは意図的に行方をくらましたのかもしれない。もしそうなら捜索は絶望的だ。シリカが意気消沈した時彼女は意外な申し出をした。

 

「……広場のナンプレパズルが解きたいんでしたよね。よければあたしもお手伝いしましょう」

 

ナンプレ広場は即席の試験会場のようになっていた。地面の石材に刻まれたパズルには直接数字を書き込むことはできない。長時間考え込むには適さない姿勢であるし、他のプレイヤーが邪魔で問題が見えない可能性もある。

そこで《MTD》は問題を模写した紙を大量に用意した。どこかから持ち込んできた椅子と机の列には200人以上のプレイヤーがひしめき合っている。

 

しかし、状況はあまりよくなかった。

時刻は10時半を過ぎている。問題が更新されるまで残り1時間と少ししかない。だが、本部席に掲示されている進捗状況では数十問しか解けていない。告知から1時間以上が経過した今となってはこれから急にプレイヤーが増えることもないだろう。

 

「このままじゃ……」

 

シリカの焦った声を聴いて少女――ミィアは言った。

 

「小さいころからあたしは母と共にこの広場のナンプレ広場でパズルを解いて遊んでいました。こう見えてもパズルの腕前は中々のものであると自負しています」

 

そういって《MTD》の係員から紙とペンを受け取った彼女はペンを動かした。初めはNPCの、しかも年端も行かぬ少女の実力を疑問視していた係員であったが、つかえることもなく数分で全ての数字を埋める姿を見て口をあんぐりと開けた。

 

「次の問題を」

 

「……は、はい! 今すぐに!」

 

その声が大きかったからだろう。周りのプレイヤーがいぶかし気に視線を上げ、そしてその異様な光景に目をむいた。

 

彼女の周りにはあっという間に人だかりができた。

 

「すげえ……」「どうなってんだこれ……?」「こんなのありかよ……!」

 

皆口々に彼女の姿に驚き、呆れ、賞賛する。中には行き詰った問題を彼女に見せてヒントをもらうプレイヤーもいた。

 

状況は劇的に好転していた。

 

600枚以上あった未解決のナンプレの紙束が1枚、また1枚と目に見えて減っていく。

 

だが、それでも。

 

「……ダメだナ。このペースじゃ間に合わない……!」

 

アルゴの表情は苦しそうだった。残り時間と消化されていく問題のペースは無慈悲な計算式を彼女に与えていた。12時には間に合わない。

 

「せめてもうあと1時間早く見つけられていれば……」

 

シリカ達も努力はした。町の楽師や宿のNPCにナンプレを解かせようと試みたのだ。だが、彼らの多くはナンプレに興味を示さず、やんわりと協力を断って来た。稀に挑戦してくれるものがいても、彼女のようにスラスラ解けるものはいなかった。

 

「やっぱり特殊NPCじゃなきゃダメなんダ……!」

 

アルゴの落ち込みようは凄かった。シリカもひどい顔をしているかもしれない。

 

「シリカちゃん。アルゴさん。この人がケイさんに呼ばれたって」

 

サーシャが見慣れぬ子供を連れてきた。よく見ると彼女もNPCだ。

 

「なんなんだよ。ケイのやつ。ろくな説明もなしに連れ出したと思ったら、自分は一人でどっかに行きやがって……」

 

すねたように唇を尖らせてる少女は笹穂型に耳が尖っていた。肌は砂色で髪は白い。整った顔立ちには豊かな感情が表現されている。プレイヤーが話しかけなくとも定型文でない愚痴をぶつぶつ零すその姿はまさに、アルゴの表現するところの特殊NPCという奴だった。

 

「ケイの奴、にくい演出をするナ……!」

 

アルゴの目に光がともる。彼女がミィアと同じ速度で問題を解けるのなら12時までにパズルを解ききれる可能性は十分にある。

 

「それでアスナたちを閉じ込めてるナンプレってやつはどこなんだよ……こんな町中にいるのか?」

 

少々的外れなことを言うエルフにシリカは紙とペンを渡した。

 

「これは……?」

 

「これがナンプレです」

 

「んん……???」

 

全てが腑に落ちないという表情で首をかしげるエルフの少女に、シリカはすべてを説明した。6層ボスにケイ達と挑んだこと。アスナやキリト達は今もボスの攻撃にさらされ続けていること。彼らを助けるためにはここにある728個のナンプレ全てを解かなければならないこと。このままでは問題を解ききる前に12時になり今までの努力が無駄になってしまうこと。

 

「ふーん。まあ、大体わかったよ。これの解き方もね……」

 

「お願いできますか……?」

 

シリカが縋るような視線を向けると、エルフの少女はニヤリとかわいらしく口をゆがめた。

 

「そんな顔するなよ。全部大丈夫だ。なんていってもボクは不可能を可能にするエルフだからな」

 

エルフの少女が席に着く。そして彼女は宣言通り素晴らしい速度で問題を解いていった。

 

「す、すごいですねー」

 

サーシャが感嘆の声を上げる。

 

「これならいけるカ……いや、いけるゾ、絶対……!」

 

アルゴは彼女が解いた問題を整理しながら興奮したように声を上げた。

 

「お願いします……!」

 

シリカは新しい問題を彼女に渡しながら祈った。

 

時刻はもう11時を回った。時間的な余裕は全くない。だが、エルフの少女が問題を解くスピードは徐々に上昇し、今やパズル王の娘にしてナンプレ上級者のミィアに並ぼうとしている。

 

プレイヤーは今や多くが彼女たちを遠巻きに見ていた。集中を妨げないように大声こそ出していないが、あるものは視線で、あるものは小声で、攻略組の命運をその肩に乗せた少女たちにエールを送っている。

 

そんな中、サーシャが突然驚きの声を上げた。ちらっと2人の少女に視線を送られ「な、なんでもありません! すいません!」と頭を下げる。

 

だが、真っ赤になってあたふたと手を動かす彼女の姿は誰が見てもなんでもなくはなかった。シリカが近づくと彼女はたまらずといった具合に小声で話しかけてきた。

 

「ど、どうしましょう。今、ケイさんにぷ、プロポーズされてしまって……」

 

「………………………はあ?」

 

「う、受けた方が良いんでしょうか? でも、私たち出会ってまだ日が浅いというか……まずはお互いをよく知ってからじゃないと……」

 

なにを言ってるんだこの人は。シリカはきっと冷めた目をしているに違いなかった。イスケやアスナ達の命がかかったこの状況で、あの人が色恋にうつつを抜かすとでも思うのか。そもそもケイにプロポーズされるような感情を向けられていると思っているのか。

 

これは攻略のための行動だ。シリカは断言してもよかった。

 

そして攻略のための結婚ならその相手は、別に誰でもいいはずである。

 

悩むサーシャを説得する時間が惜しい。もっと手早く済ませられるのならばそれに越したことはないのではないか。そうに決まっている。

 

攻略組では女性プレイヤーは少なくない。結婚システムは何度か話のタネになり、その使い方も知っている。シリカはメニューを素早く開きケイに結婚を申し込んだ。

 

【KayabaはShirikaからのプロポーズを断りました】

 

「し、シリカちゃん……それどんな感情の顔なの……?」

 

「……なんでもありません…………それより早く、結婚を受けてください。時間がもったいないです」

 

「じ、時間? 時間は関係ないんじゃない……? いえ、そうね時間は関係ないんだわ。大事なのは気持ち、なのよね、たぶん…………えいっ」

 

サーシャはプルプル震える指先でホロウィンドウのボタンを押した。

 

「あっ、メッセージが……!」

 

サーシャは身をかき抱くように悶えた後、深呼吸してメニューを開く動作をした。

 

「サーシャさん。それどんな表情なんですか……?」

 

「……………………これからダンジョンに入るから連絡は共有ストレージにメモを入れてくれですって」

 

彼女の声は恐ろしく平坦だった。

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