SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

29 / 37
アーカイブス 019

誰もかれもが疲れ果てていた。

午後6時過ぎに始まったこのボスとの戦闘は午後11時半になろうかという頃になっても決着がついていない。戦闘時間は既に5時間半に及ぼうかとしていた。

その間ミトは、アスナは、キリトは、イスケは、コタローはボスの攻撃を避け続けていた。もはや誰かが攻撃をして注意を引く必要すらなかった。ヘイト管理などとうに放棄している。アグロ化が解けてくれてもかまわなかった。そんな都合の良い事は起こらなかったが。

 

ひたすらによけて、よけて、よけた。

 

初めは励ましあう声も注意を促す声も活発にかわされていた。3時間を超える頃になるとそれも散発的になり、ついには誰も声を上げなくなった。無言で黙々と自分の仕事だけをこなしている。

 

目を凝らして照準線を見極め、瞬発的な回避行動をとる。ひたすらそればかりを繰り返す。何時間も何時間も。こうなると単調でワンパターンなボスの攻撃はいやらしかった。変化のない行動は刺激的な展開の何倍も精神の摩耗を早める。そのくせ、攻撃タイミングだけは実に不定期でミト達の精神を一瞬たりとも休ませてはくれなかった。

 

何度も体に照準線が当たっているような錯覚に襲われた。たとえ攻撃を避けてすぐでさえ、ミトは転げるように回避行動をとることが増えた。誰もそのことに触れなかった。皆がそれを経験しているうちに慣れてしまったのだ。

視界の及ばない背中や後頭部が不安で仕方がなかった。そこに今も照準されているんじゃないかと不安に駆られて、何度も何度も体をよじった。何もないところで灰色の光線を幻視し、痙攣したみたいに一人で飛び跳ねたこともある。それくらい精神を擦り減らす作業だった。

 

ミトはとっくに限界だった。VRの世界ではスタミナという概念はない。アバターは理論上いつまでだって動き続けられるはずだが、それを動かしているのは人間なのだ。酸素だとかグルコースだとかそういうものではなく、もっと必要不可欠な何かがすっからかんに枯れていた。

ミトはなぜ自分が戦い続けられるのか自分でも分からない。1人だけならとっくに脱落していただろう。自分がいなくなれば仲間に負担がかかるという思いだけが足を動かしていた。

 

それでも限界は来る。

 

「これが最後のポーションでござる……」

 

イスケが言った。彼のHPは黄色く警告を発していた。復帰にはしばらく時間がかかるだろう。そしてそのあとはもう回復の手段はない。

 

全ての攻撃を躱せたわけではなかった。それは人間業ではない。

ふとした気のゆるみを、ちょっとした意識の間隙をボスの攻撃は咎めた。普通のボス戦なら問題にならない程度のダメージだ。だが、補給の見込みのない持久戦ではそれが徐々に首を絞め始める。

 

ミトは《所持容量拡張》のスキルをあきらめた。《瞑想》スキルを獲得するためだった。HP回復速度上昇のバフは本来ならポーションの代わりになるような効果ではなかったが、この状況では頼らざるを得なかった。キリトもアスナも各々何かを切り捨てて《瞑想》を取得していた。しかしイスケとコタローはそうもいかない。

 

彼らの回復手段はポーションだけなのだ。布装備ではHPの半分以上をも奪っていくボスの攻撃は2発と耐えられない。ミトやアスナも長時間戦線を離れるわけにはいかない時にはポーションを併用した。

 

その結果がこれだ。

予想されたことだった。

 

だからこそミトはケイを送り出したのだ。あの判断を後悔していない。むしろあれだけがたった一つのさえたやり方であると今は強く確信していた。

 

「後30分よ……もう少し頑張りましょう……!」

 

ミトの言葉にアスナの顔が少し上を向く。もはやそれだけが心の支えであるように見えた。

ミトは危機感を抱く。精神的な限界も近い。24時のボーダーにケイが間に合わなかったら、プツリと何かが切れてしまう予感がある。

 

コンコンとノック音が響いた時ミトはそれを幻聴ではないかと疑った。幻視があるなら幻聴もあるだろう。

 

「よお、パズルのデリバリーに来たぜ……! まだ誰も死んでないよな……?」

 

その男の声を聴いた時ミトは安堵のあまり膝の力が抜けそうになった。実際そうした。へたりと地面に伏せた彼女の上を灼熱のビームが通過していく。

 

「おっそいわよ! 待ちくたびれたじゃない!」

 

「まあ、そう怒るなよ。これでも急いできたんだ。扉に張り付いてるのは誰だ。準備ができたら教えてくれ、左上から埋めてくぞ! 時間がないから大急ぎだ!」

 

「準備はばっちりでござるよ!!」

 

イスケが大急ぎで扉に駆け寄り声をあげた。

 

「転移門広場には中央のマスのパズルだけはない。まずはそれを教えてくれ! 向こうに送って解いてもらう!」

 

「わかったでござる!」

 

こうなればミト達は強かった。回復アイテムの欠如などものともせずに戦い続ける。

地獄のような5時間半に比べれば天国のように体が軽い。

ミト達は完全に息を吹き返した。

 

「じゃあ1行1列目の問題から読み上げていくぜ、1番左の列! 上から順に1、7、4、5、2、9、8、6、3!」

 

扉の数字は見る見るうちに埋まっていく。あっという間に最上段の9問が埋まり、見る見るうちに数字の絨毯は扉の半分を超えた。だが、残された時間も残りわずかだった。

 

「9行6列目……あーちょっと待ってくれ。よし行くぞ!」

 

「もう時間がないぞ! もっとペースを上げろ!」

 

メニュー画面を確認しながらキリトが叫び、自分も扉に張り付いた。マス目に数字を入力する時間さえ惜しいと2人がかりで数字を埋めていく。

 

「9行7列目! 2列分行くぞ! 聞き間違えるなよ1、6、3、2、7、9、5、4、8。次は――!」

 

「ケイ! 次の場所も一緒に読んで!」

 

アスナまでもが走り出す。

 

「混乱すんなよ! 8列目の1番左! 3、6、4、8、7、5、1、2、9! 7列目の次の数字は――」

 

ボスの攻撃はナンプレが埋まるにつれて、それを嫌がるように激しさを増していった。ビームの本数と頻度もこれまでとはけた違いに多い。

しかし、ミトとコタローはイスケ達に攻撃をさせるつもりはなかった。この際出し惜しみは無しだ。すべてのヘイトを集めきるつもりで二人は奮闘する。

 

「間に合うでござるか……?」

 

コタローが不安そうな声でつぶやいた。

 

「大丈夫よ……」

 

根拠はなかったが、ミトは信じた。彼と自分の判断と、支えてくれるプレイヤーのすべてを。

 

「最後の一行だ! 9、8、2、7、5、6、1、3、4!」

 

おそらく最後の数字を打ち込んだのだろう。扉から強い光があふれたと思ったら、ぴたりとボスが停止し、浮力と光を失ってゴトリと地面に落ちた。

 

ミトは何秒か警戒するようにボスを見つめてその動きが完全に静止していることに確信をもってから、ゆっくり振り返った。膝が崩れ落ちそうになる。自然と肺の奥から深い呼気がしみだしていった。

扉は開いていた。あれだけ待ち望んだ外の景色が見えている。全力で走り終えたみたいに地面にへたり込んでいるキリトとアスナの視線の先にあの男は立っていた。ミトと目が合うとほっとしたような安堵を浮かべていた表情は一転、いつもの気障な笑みを浮かべる。

 

「オーダーは以上でよろしかったでしょうか?」

 

ミトは笑って首を振った。

 

「……ぎりぎり過ぎて、チップはあげられないわね」

 

「それは残念。ほら、立てるか」

 

地面にへたり込んでいるアスナを助け起こしながら、ケイは部屋に入って来る。ミト達はやり遂げたのだ。犠牲者なしであの絶望的な状況を乗り切った。結局ボスは倒せなかったが再戦はおそらく見逃しているであろうボスクエストをもう一度全力で捜索してからになるだろう。その時はもちろん広場のナンプレはあらかじめ解いておく。

 

再び閉じ込められてはかなわないとイスケがせかせかと立ち上がり、部屋の外に出ようとする。

それを見てキリトがゆっくり口を開いた。

 

「……待ってくれ」

 

イスケの足が止まる。彼は不思議そうに振り向いた。

 

「ずっと考えていたんだ。あのボスの倒し方……。ボスの胴体には9つの数字が書いているだろう……ナンプレと同じ9つの数字が。あの扉にはところどころ、色が濃いマスがあったんだ。だけどその位置はばらばらで数もキリが悪かった。あれだけじゃ解けなかった。ボスのギミックパズルはあの問題じゃない……もう一問なんだ。どこかにもう一問問題があるはずで……それはきっとあのマスの数字が関係してるんだと思う……」

 

キリトの推測はゲーム的には全く矛盾がない物だった。

 

「つまり?」

 

ケイが短く尋ねた。

 

「……もう一度扉が閉まるまで待とう。きっとそこに真のギミックがあるはずだ」

 

キリトの提案は少なくない動揺をもたらした。ずっと扉の外に出る事だけを支えに戦い続けたのだ。それがいざ出られるとなったら、取りやめるなんてあんまりな提案である。もし彼の推測が間違っていたとしたら待ち受けるのはまたあの絶望的な持久戦。消耗した今、次の答えが届くまで耐えられる自信はない。

 

ケイは迷わなかった。

 

「いいぜ。俺はのった」

 

それが場の空気を決めた。名残惜し気に外を見つめるものはいたものの、結局誰も外に出ようとしなかった。

 

「無理に付き合う必要はないんだぜ?」

 

ケイの言葉にミトは挑戦的な視線を返した。

 

「……間違ってたら、またパズルを解きに行ってくれるのよね?」

 

「その時はキリト君に行かせましょうよ。制限時間1時間で」

 

アスナはキリトをからかいながら細剣を構えた。

 

「拙者も最後までお供するでござる」

 

イスケはケイが持ってきた追加のポーションを受け取りながら親指を立てた。

 

「キリト殿のゲーム勘は侮れないでござる。拙者もあのボスの倒し方は間違っていないと思うでござるよ」

 

アスナの言葉に顔を引きつらせていたキリトの肩をコタローは叩いた。

 

扉が閉まる。その表面に刻まれた729個のナンプレパズルが激しく輝き、半分以上のマスの数字が消えていく。縦横4本の線がその光量を増し、太く刻まれていく。光が収まった時そこに残っていたのは9つの新たなナンバープレイスパズル。

 

「ビンゴッ!! 解読は任せろ! ボスは頼むぞ!」

 

ケイの言葉に振り向けばボスは再び宙に浮かんでいた。ここからが本番だとでも主張するようにその姿を変えていく。黄金色のブロックに包まれた体の両側面から無数の20センチ角のキューブが出現したと思うと、それらは一列に並んで腕のような形をとった。体の正面側はひときわその輝きを強くし、マスとマスの境目には明滅しながら高速で駆け巡る光点が荒れ狂っている。

 

ゴォオーーンと大きな歯車が嚙み合うような音が響いた。それが戦いのゴングだった。

 

「来るぞ!!」

 

キリトが叫ぶ。ボスが伸縮自在の腕を伸ばしながら高速の振り払いを行う。ミトはこれを大鎌で受けた。重たい一撃とソードスキルが拮抗する。

 

硬直する彼女をアスナが抱きかかえてビームの照準線から救った。

 

一瞬遅れて熱線が彼女の名残を切り裂く。その数は5本に増えていた。それだけじゃない。同時にキリトとコタローにも攻撃は跳んでいる。合計8本。ビームは全ての頂点から出ている。

 

「ついに本気ってわけね」

 

アスナがぺろりと唇をなめた。ミトは皆に情報を提供する。

 

「腕の振り払いは片手武器じゃ受けられないわ。両手武器でやっとよ!」

 

「了解でござる」

 

コタローは器用に腕をくぐりながら返事をした。

 

ボスは腕を十字にクロスすると高速で横回転を始めた。そのまま暴れ狂うコマのように部屋を縦横無尽に駆け巡る。

 

キリトが慌てて壁際に退避する。ターゲットは彼らしい。3度交錯する軌道を彼はうまくいなした。ボスが部屋の中央で回転を止める。視認可能な速度に落ちた時にはすでにその頂点に光が充填されていた。

 

「ビームが来るぞ!!」

 

ターゲットは全員だ、1人1本か2本ずつ。全員躱した。

ボスが苛立たし気に腕を振った。誰もいない空間を薙ぎ払った腕はばらばらな立方体に戻り、散弾銃のように小さい立方体がばらまかれる。この初見攻撃をアスナはレイピアの突き攻撃で迎え撃った。キューブの一つが彼女の武器と火花を散らして衝突し砕け散る。

 

ボスの腕は新たに生み出されたキューブで再構成された。さすがにずっと片腕になるなんて都合のいい展開にはならない。

 

「パズルが解けたぜ」

 

ケイが指に紙片をはさみながらそういったのは戦闘開始からわずか5分後だった。

 

「さすがに速すぎないか!?」

 

「優秀なブレーンがいる」

 

キリトが驚くがケイは軽くごまかしただけだった。今必要なのは手品の種明かしではなくパズルの答えだ。ケイは宣言通りすべての答えが分かっているかのように素早くナンプレを埋めていく。その答えがそろうと扉は今度こそ大きな光を放ち、再び色の濃いマスを残してほとんどの数字が消えていく。後には9つのマス目と対応する数字だけが残った。

 

コタローが歓声をあげ、キリトがホッと息を吐く。ミトは大鎌を構えなおした。

ケイが振り向き戦闘指揮を執る。

 

「さあ、反撃の時間だ!! まずは上段を左に!」

 

ボスの胴体は相変わらず数字の書かれた黄金のキューブだった。そして数字の望まれる配列は扉に表示されている。ケイはキューブの動き方まで把握しているようで次々に攻撃を与える方向を指示していく。ミト達はそれに従うだけでいい。

 

攻撃が加わるたびにキューブの胴体は一列ずつ向きを変え、正面に表示される数字の配置が変わっていく。まず上段がそろい、続いて中段がそろった。それから少し数字が崩れるがまるで魔法のように数字はまとまりを解り戻し、ついにその盤面は秒読み段階に入った。

 

「最後に下段を左だ」

 

数字がそろう。

ボスの体は不自然な角度で止まり、歯車が鉄をかみ砕くような破壊的な轟音が鳴り響いた。次の瞬間粉々に黄金の無敵装甲が砕け散った。

 

初めに現れた時のように60センチ角の小さな黒い立方体になったボスはそれでも戦意が衰えないのか、6つもの不気味に蠢く触手を生成し高周波の機械音で威嚇をする。

 

だが、無敵でないのなら。ただ強いだけのモンスターならミト達はもう何度も戦ってきた。

 

攻撃が通る。相手のHPが減る。ただそれだけの当たり前のことがこんなにうれしいとは思わなかった。片手剣が、レイピアが、大鎌が、チャクラムが暴れるボスの触手をはじき返し次々にボスの身体を痛撃する。1本しかないHPバーは見る見るうちにその長さを減少させていった。

 

狂乱状態でやたらめったらに触手を振り回し、部屋中のいたるところにビームを放つボスの最後の悪あがきは確かに驚異的な攻撃だったが、狙いは曖昧だった。わずかな隙を見逃さずに肉薄したアスナの7連撃ソードスキルが全弾命中した時、ミトはこの戦闘の終わりを確信した。

 

ボスの動きが止まる。黒い触手は根元から霧散し、鳴き声のように響いていた不快な周波数の音が鳴りやむ。しかし黒い立方体はポリゴン片に散ることはなく、わずか1ドットの体力を残したままごとりと床に落ちて沈黙した。最初の姿のように。

 

「え、えっと終わったの?」

 

アスナがスキルを放った姿のまま恐る恐るつぶやく。

 

皆は警戒しながらもボスに近づいたが、ボスが再び動き出すなんて言うことはなかった。

 

「何かのイベントかしら?」

 

残り体力とアスナの攻撃の威力を考えればあの攻撃は確実にボスの体力を削り切っていたはずだった。それが不自然に1ドット残っているのはシステム的な介入に違いない。

 

「みんなこっちに来てみろよ」

 

キリトがボスの裏側で何かを見つけたのか、皆を手招きをする。

 

「これは……穴……? でも一体何のための?」

 

アスナが首をかしげる。キリトが可視状態でメニューを操作し、ずっと前から止まったままのクエストログを表示させた。

 

【スタキオンの領主サイロンが盗賊に殺されてしまった。残された二つの鍵を使うべき場所を見つけなければならない】

 

「鍵は一個しか見つからなかったけど、最後に一つ謎が解けたな」

 

キリトはそう言って剣を振り下ろした。

 

パキンと軽い音がして粉々にボスは砕け散った。パズルの呪いの終わりを告げるように未完のままだったクエスト画面にFailedのアイコンが刻まれ画面が薄いグレーに染まった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ずるいずるいずるいずるいずーるーいー!!」

 

往還階段を登っている最中アスナはずっと不機嫌だった。隣を歩くキリトの横腹をつつき続けている。キリトはと言えば「ふぐっ」だの「くふゥ」だのと奇声を発して体をビクビクこわばらせながらもされるがままになっている。というのも……

 

「今回のLAはぜえーったい絶対わたしだったじゃない! なーんでキリト君が倒しちゃうのよ」

 

「だからごめんって。LAボーナスは謹んで献上させていただきます」

 

「そういう問題じゃないでしょ! そもそもそれは後でみんなで相談して分配するんだからわたしがもらうわけにもいかないじゃない」

 

「わ、分かった。じゃあケーキでどうだ。7層にもレストランは色々あるからそこでケーキを奢るよ」

 

「食べ物で釣られると思ってるの!? ケーキはもらうけど、それだけじゃダメなんだからね」

 

「それじゃおごり損……いえなんでもないです」

 

アスナのツンツン攻撃はソードスキルばりの連撃を見せ、クリティカルダメージを連発した。

 

「アスナその辺にしておけよ。ハラスメントコードが出ても知らないぞ」

 

ピクリとミトの眉が動く。

ミトの出す黒いオーラに気づいたのかイスケが慌てたように大きな声を出す。

 

「そ、それにしても最後のケイ殿のナンプレは凄い速さだったでござるなぁ!? いったいどんな忍術でござるか?」

 

「ああ、あれは俺が解いたわけじゃない。問題を送ってスタキオンで解いてもらったんだ……うまい事パズルが得意な奴を集められたんだろうさ」

 

「でもボス部屋からはフレンドメッセージが送れないのではござらんか?」

 

「メッセージは使ってない。ストレージの共有化とメモの組み合わせだよ」

 

キリトがアスナから逃げるようにケイの隣に歩みを寄せた。

 

「共有ストレージもダンジョン内じゃ機能しないんじゃないのか?」

 

「普通のはな。でも完全共有化ならいつでも共有し続けられる。だてに完全の名前がついてるわけじゃない」

 

「ストレージの完全共有化? それって……!?」

 

「ああ。結婚システムだ」

 

「…………ふーん」

 

「ミト殿落ち着くでござる」

 

「コタローさん。おかしなことを言うわね。私は、とても、冷静よ」

 

そう。冷静に、客観的に考えて、ミト達が命懸けで苦しんでいる間に誰かにプロポーズしてOKを貰って、(おそらく)幸せそうに、迷宮区に突入してきたこの男のことを裁定するのだ。

ギルティ。

 

「ケイ……町に着いたら少し付き合ってくれるかしら」

 

「今じゃダメなのか?」

 

「ダメよ。圏外だとクリミナルコードに抵触するじゃない」

 

「クリミナルコードに抵触するようなことをする気かよ……!?」

 

「だって、ゲームクリアまで待てそうにないから……ね?」

 

「ぜってー付き合わねえ」

 

ケイは駆け足で階段を登って行った。

ミトは大鎌を両手に持って無言でそれを追いかける。キリトもアスナもイスケ達も顔を見合わせて苦笑しながらついていく。その逃走劇は転移門広場まで続いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「やった! やりましたよ皆さん! ボスが倒されました」

 

可視設定にした自分のストレージをシリカと共にかたずをのんで見守っていたサーシャは、その画面にボスドロップらしきアイテムが出現すると思わず大声でそう叫んだ。

 

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

たちまち広場は喚起の叫びで包まれた。気の早いものは7層に向かうためにか、転移門に駆け寄りメニューをしきりに操作している。ボス部屋から主街区までつくにはまだ少し時間がかかるだろうに。

 

数分経つと、シリカ達のギルドメッセージにも正式にボス討伐完了の知らせが届いた。それとは別に皆からは個別のフレンドメッセージも届いた。

 

『こっちの広場は凄い熱気です』

 

とシリカが送れば、『今急いで転移門まで向かっている。みんなで走って』とケイからの返信が来た。

 

その言葉通り、転移門はすぐにアクティベートされた。皆が我先にと7層へ駆け込む。サーシャは教会の子供達を連れて、シリカは今回一番の功労者であるミィアとエルフの少女を連れて7層へ転移した。

 

拍手が降り注いでいた。感謝の言葉と祝福の言葉。誰かが吹いた指笛の甲高い音も響いている。

 

いつもなら一刻を争って町を探索するプレイヤーも今回ばかりは話が違う。誰もかれもが広場に足を止めていた。

 

攻略組。それは誰もその姿を見たことがない謎の存在として多くのプレイヤーの注目を集めていた……らしい。その一員であるシリカにはピンとこなかったが、アルゴが言うにはゲーム開始以来最も彼女に多く問い合わせが入った情報がまさにシリカ達に関してだったそうだ。

 

しかしアルゴもその点はわきまえており、ケイのことは黙秘を貫いた。そうなるとますます気になるのが人の性であり、いつしか攻略組は謎の外国人プロゲーマー集団であるとか、政府が密かに潜入させた特殊部隊員であるなんて言う荒唐無稽な噂話まで出ていたらしい。

 

とにかくその彼らの姿を一目見ようとプレイヤーは押し寄せ、各々に祝福の言葉をかけていった。

 

見かねた《MTD》がさすがの組織力で人員整理に踏み出す中、手と手をつないで防衛線を作っていたプレイヤーに通してもらいシリカはケイ達に合流した。

 

「みなさん!! 本当に、ほんとに無事でよかった!!」

 

「シリカ殿!」

 

「シリカちゃん!」

 

「よく頑張ってくれたわね」

 

「助かったぞ」

 

「皆さんこそ」

 

シリカはアスナに抱き着かれ、ミトに頭を撫でられ、キリトにねぎらわれ、イスケとコタローに肩を叩かれ、とにかく歓迎された。

 

「正直に言うと……」

 

ケイはシリカの正面に立った。

 

「広場のナンプレが解ききれるかどうかは際どいところだった。よく間に合わせたな」

 

初めてもらうケイからの虚飾の無い誉め言葉にシリカは胸が詰まった。

 

「……いえ……あたしなんてまだまだです。今回のことだって周りのみんなが手伝ってくれたからで、あたしのやったことなんか……」

 

「それでもだ。シリカがいてくれてよかった。君が一緒に来てくれてよかった。ありがとう。本当に」

 

ケイは今、バッファーとしてでも採掘を手伝うプレイヤーとしてでもなく、唯一無二のプレイヤーとしてシリカを認めてくれていた。

その言葉はずっと長い間……シリカが最も欲してやまなかったものだった。シリカの胸にぽっかり空いた穴にその言葉はやはりすとんと入った。そして思う。やはりこの場所こそが彼女の居場所に違いないのだ。

 

「……あたしも……皆さんと出会えてよかったです。本当に……」

 

シリカは思わず下を向いた。嬉しさと恥ずかしさと涙が同時に押し寄せてきたからだ。

 

「おい! ケイ! ボクにも何か言えよな! 最後のナンバープレイスパズルを解いたのはボクなんだぞ」

 

「ありがとう」

 

服を引っ張って主張するエルフの少女にもケイはやはり偽りのない笑みを浮かべた。

 

「う、うん。どういたしまして……なんか調子狂うな……大丈夫か?」

 

「今はとても気分がいいんだ……」

 

ケイは優し気に目を細めていた。

 

「あ、アスナ! あいつなんか変な呪いでも受けてないよな……?」

 

「アリアちゃん!? なんでこんなところにいるの!?」

 

「ケイに呼ばれて手伝いに来たんだよ。ボクもたくさん問題を解いたんだぞ! じゃなくて……ケイが変なんだ……!」

 

「あいつはいつも変よ」

 

「ちょっとミト!」

 

少女が去った後前に出たのは、もう一人の功労者だ。

 

「あなたが彼女が持つ鍵の本当の持ち主、領主サイロンに協力していた冒険者ですね?」

 

「ああ、そうだが……君は?」

 

「ミィアと言います」

 

「……ミィアちゃんは凄いんですよ。ケイさんが探していたセアーノさんの娘さんなんですけど、ナンプレがすっごく得意で広場のパズルも半分以上は彼女が解いてくれたんです」

 

シリカがケイに紹介する。

 

「そうか、君もありがとう。おかげで命拾いした」

 

「いいえ。感謝は不要です。これはあたしの罪滅ぼしなのですから。むしろ謝らせてください……父と母がご迷惑をおかけしました。10年前に何が起きたのかも、あの日父――サイロンがあなた達に何をしようとしたのかも母から手紙で伝え聞いております」

 

「それは君が気にすることじゃない。親のやったことで子供が頭を下げるのは間違っている」

 

「どうか母を許してください」

 

「……わかった。俺たちはもう何も思っていない。セアーノに何かするつもりもない。だからもう顔を上げてくれ」

 

ミィアは顔を上げると懐からシリカが持っているのとそっくりな鍵を取り出した。リィンとわずかに鍵同士が共鳴する。

 

「これをあなたに」

 

「いいのか? 大切なもののように見えるが……」

 

「かまいません。その鍵は母が先代領主から託されたものなのです。そして今シリカさんが持っている鍵も元はと言えば父がパイサーグルス様から受け継がれたものだと聞いています。おそらくその鍵は守護獣に関係するものなのでしょう。母は手紙でこう記しておりました。黄金キューブの力は人の手に余るもの。すべてを終わらせなければいけないと。でしたらそれは強力な守護獣でさえもはねのけたあなた方の手にあるべきだとあたしは思います。またいつか父のように愚かな人が道を踏み外さないためにも」

 

ミィアはそう言って鍵をケイに手渡した。

 

「確かに受け取った」

 

ミィアは静かに目礼をした。

 

「ケイ! 集計結果が出たぞ! 賞品を授与してやってくれ!」

 

次に現れたのはアルゴだ。

 

「賞品か……そういえば、掲示板にはそんなものも書いてあったな」

 

「そうさ。ナンプレパズルを解いてもらうためにいろいろ商品や賞金を考えたんダ! パズル1問につき10000コル。セアーノを見つけたプレイヤーには20000コル。まあこれは誰も達成できなかったケド。そして最も多くのパズルを解いたプレイヤーに5層ボスのドロップ品ダ!」

 

「5層ボスドロップか……」

 

「はい。一番価値のあるアイテムを賞品にした方が良いかと思って……ダメでしたか?」

 

不安そうに見上げるシリカの頭をケイはポンポンと撫でた。

 

「いいや。シリカはよくやってくれたよ。アイテムをケチってみんなの命を危険にさらすなんて馬鹿げてるからな。よくやってくれた」

 

ケイが舞台に上がると広場に大きな声が響き渡る。

 

「皆さん聞いてください!! これから賞金と賞品の授与に移ります!! 名前を呼ばれたチームは代表者が舞台の上に出てきてください!! 賞金の授与は後日の予定でしたが急遽今からの受け渡しになります。該当者は今この場で確実に受け取ってください」

 

木箱をつなげて作った即席の舞台の上で皆に呼びかけているのはシンカーと共にいた眼鏡の男の人だった。クールで神経質そうな見かけに似合わず大声を張り上げている。

 

「変則的ですがまずは最上位の2人を発表します。1位ミィア、回答パズル数401! 2位アリア、回答パズル数198!」

 

会場がどよめいた。

 

「なおこの2人は賞金の授与を辞退するそうです。またNPCという特殊な事情により、これから発表するプレイヤーランキングにはカウントしません。皆さん惜しみ無き拍手を」

 

「本当にいいの? 2人とも」

 

アスナが尋ねるとアリアが答える。

 

「ボクはもう十分もらってる。これ以上はいらないよ」

 

ミィアも首を振った。

 

「先ほどお伝えしたように、あたしは罪滅ぼしに来ただけですから」

 

「それではプレイヤーランキングを発表します!」

 

司会の男は下位から順に名前を呼んだ。次々に舞台に上がるプレイヤーがケイから賞金を受け取る。下位のチームはパズルの回答数は1つか2つだ。それから徐々に数字が上がっていき、比例するように群衆のボルテージも上がっていった。

 

「続いて第2位! チームナンプラー! パズル回答数28!」

 

おおおと会場がどよめいた。3位と大きく差をつけての2位入賞だ。複数人で結成したチームでの成果とはいえ、あの難易度のナンプレを30近くも解いた集団に驚きの声が上がる。

 

「あちゃー、1位には届かなかったか……まあでも、楽しかったですよ」

 

シリカも見覚えのある天然パーマのおじさんが代表してケイから賞金と4層ボスのドロップ品を受け取る。

 

「そして栄えある第一位! チームMTD! 代表者シンカー!! パズル回答数57!!」

 

今度は先ほどより大きな驚きの声が上がった。しかし一番驚いているのはシンカー自身であった。

 

「わ、わたしですか……!? なにも聞いていませんよ!?」

 

舞台上に引っ張られた彼は目を白黒させていた。

 

「わたしたちの呼びかけで集まってくれたプレイヤーの多くは自分の名前ではなく、MTDでチーム登録してくれていたんですよ。胸を張ってください。これはあなたとMTDの献身に対する彼らの答えです」

 

彼の背中に手をまわした女性――ユリエールがそういってシンカーを前に押し出した。

 

「ありがとう。君たちには特に尽きぬ感謝を……」

 

ケイはそう言って頭を下げる。

 

「い、いえ、そんな。わたしの方こそお世話になりっぱなしで……」

 

シンカーも恐縮してペコペコ頭を下げた。ユリエールは後ろでため息をついていた。

 

「さらにプレイヤーランキング1位のシンカーには、賞品として5層ボスドロップ品のフラッグ・オブ・ヴァラーが進呈されます」

 

ケイがギルドの共有ストレージから旗のまかれた両手槍を取り出す。掲示板でそのスペックが明かされているからであろう、広場にどよめきが広がる。

ケイは旗がまかれた状態の両手槍をシンカーに差し出した。

 

「これが例のギルドフラッグですか……重いですね……わたしには少し重すぎる」

 

「金属製の両手武器だから重量はある。だけど、要求ステイタスはきつくないはずだ。レベルを上げればすぐに持てるようになる」

 

ケイの言葉にシンカーは首を振った。それから聴衆に頭を下げる。

 

「ご協力してくださった皆さん。そしてMTDのみんな。どうもありがとう。わたしにはもう、その気持ちだけで十分です。わたしは……このフラッグを攻略組の方々に返そうと思います。わたしがMTDを立ち上げたのはレアアイテムを手に入れるためじゃない。少しでも多くの人たちと協力してこの困難な状況を乗り切り、そして現実世界に帰るためです。だったら、このフラッグは彼らに持っていてもらった方が良い」

 

シンカーはフラッグをケイに返した。

 

「そういうことです」

 

「シンカー……お前損な性格だな。見ろよ司会の男が呆れてるぞ」

 

「やめてくださいよ、ケイさん。お互い様でしょう」

 

ケイはギルドフラッグを受け取った。シンカーが舞台から降りるのに付き合い舞台端まで移動し、そのまま司会の男に何かを耳打ちして再び舞台中央に戻ってくる。

 

「ミト達も上がって来てくれ!」

 

ケイが声をかけるとシリカ達から舞台までの人がざあっと道を開けた。キリトやミトは顔を見合わせてまごついていたが、周囲からの期待の視線に背中を押されるように一歩、また一歩と舞台へ進んでいく。6層ボス戦に参加したメンバーたちは衆目の前で一堂に会した。

 

人、人、人の群れだ。優に数百人を超えるプレイヤーは明らかに《スタキオン》にいた人数より多い。新階層解放の報を聞き集まって来たプレイヤーもいるのだろう。

 

皆がシリカ達を見ていた。賞賛や羨望、それに少し見とれるような視線も。

反応は様々だった。中にはシリカやアスナたちを見てその年齢や性別に驚いているものもいる。ただ大部分は好意的だ。

 

「みんな聞いてくれ!」

 

ケイのよく通る声が広場に響いた。

 

「ここに集まってくれたみんな。特にナンプレの攻略を手伝ってくれたみんなには改めて礼をいう。皆の協力のおかげで我々は一人の犠牲も出さずに済んだ。それどころか、こうして無事にフロアボスを倒すことができた。改めて感謝を! ありがとう!!」

 

シリカは自然と頭を下げていた。ミトもアスナもだ。彼女たちの頭に拍手と声援が降り注ぐ。

 

喧騒が収まったタイミングで司会の男が口を開いた。

 

「最後に、彼らのギルドマスターからお言葉を貰ってこの場を閉めたいと思います」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

泡を食ったのはミトだ。3層でギルドクエストをクリアした3人のうち、唯一のベータテスターであったミトはなし崩し的にギルドマスターとして登録されていたからだ。

 

「聞いてないわよ! そんなこと! そういうのはケイがやればいいじゃない!」

 

ミトに詰め寄られたケイは、彼にしては珍しく優しい笑みを浮かべた。ふっと気が抜けた柔らかい眼差しが瞬く間にミトの威勢を削ぐ。

 

「俺は……諦めちまってたからな……。この結果は最後まで勝利を信じ続けたミトが掴んだものだ」

 

「……そんな事」

 

「周りを見てみろ」

 

ミトがパーティメンバーを見渡す。この中に彼女の奮闘を認めない者はいなかった。特に今回の戦いでは彼女の判断や行動が大きな勝因となったことを皆が認めている。

ミトがためらうように両手を胸の前で揉み合わせる。

 

「……でも……いったい何を話せば……?」

 

「なんでも話せばいい。君が何を思って行動し、何を思って戦い、何を思ってここにいるのか。……大丈夫さ。変に飾ったスピーチをする必要はない。素直に思ったことを話すだけでも十分伝わるさ。ここにいるのは皆同じ思いを抱き、同じ境遇に苦しむ者だから」

 

「……ミト」

 

アスナがミトの手を取った。

 

「わたしも聞きたいわ……ミトの気持ち……」

 

「アスナ……」

 

ミトは諦めたように下を向き一つ息を吸い込んだ。

再び顔を上げた後、彼女はとつとつと語り始めた。

 

「…………私は、友達が少ないわ……見ての通り元の世界じゃ学生だったのだけど、あまりクラスになじめてなかったの」

 

攻略組の勇猛さとはかけ離れた語りだしだ。だが、そのギャップは聴衆の関心を一手に引き寄せた。

 

「でも、さみしくはなかったわ。たった一人だけだけど、胸を張って親友だって言える相手がいたから。……SAOに出会ったのはベータテストのときね。あの時もこうして攻略組に混じって10層まで登っていったわ。……ベータテストが終わった時の喪失感っていったら、まるで半身を失ったかのようだったわ……実際その時使っていたアバターはテスト終了と同時に消されてしまっただろうから、この表現もそんなに違わないかも……」

 

あれだけ騒がしかった広場はしんと静まり返っている。気をきかせたのか広場の隅で演奏していたNPC楽師たちも今は手を止めてじっと視線を向けている。

 

「それからはずっとSAOのことばかり考えていたわ。あの日以来このゲームに魅せられて、それで……たった一人の親友を誘ってしまったの。この最悪のゲームにね……」

 

「ミト……」

 

ちらりとアスナを一瞥し、ミトは再び正面を見た。

 

「最初はその子を助けるんだって思ったわ。ごめんなさい。私はたぶんみんなが噂をしているようなヒーローじゃないわ。他のプレイヤーのことなんか全く考えてなかったの。ただ、強くなってこの子を守ってあげなきゃって。このゲームをクリアしなきゃって、そんなことばっかり。…………だってこの世界でなら私はその子のヒーローになれたから……! だから私は自分とその子の命が最優先なの。それだけが目的で、そのためなら他のプレイヤーのことなんて見捨てられるって……そう思っていたわ」

 

そういうとミトは言葉を切った。

 

「実を言うと6層ボスからはパズルを解かずにも逃げる手段があったわ。誰か一人を犠牲にすればね。……でも不思議なことにね。いざそういう状況になったら全然私の口は動かなかったわ。私とあの子は逃がしてってそんなこと言えなかったわ。まだ出会って一月も経ってない人たちなのに、本当の名前さえ知らない人たちなのに、死んでほしくなかった。親友と同じくらい彼らにも生きていてほしかった」

 

アスナがぎゅっとミトの手を握った。誰もかれもがミトの次の言葉を待っていた。

 

「不思議ね。現実世界じゃ3年かけてもろくに友達を作れなかったのに、この世界ではたった数日でそんな仲間ができたの。自分の命を預けて送り出せる相手が、絶望に飲まれそうになった時に励ましあえる人が」

 

ミトはシリカとケイを、それからキリトとイスケとコタローを順に見ながらそう言った。

 

「ここにいる人もいろんな物を失っていると思うわ。いえ、アインクラッドに何も失っていない人なんて誰もいない。皆つらい思いをしている人もいると思う。家族のこと、学校のこと、進路のこと。いつになったら現実に帰れるのか……。現実に戻ってもすべてが元通りになるわけじゃない……。考えだすと眠れなくなるような不安は私も持っている。でもね……」

 

ミトは再び顔を広場に向けた。切なげな表情で胸の内をさらけ出す。

 

「最近はそれだけじゃない。この世界は失うだけじゃない。かけがえのない何かを手に入れることだってできるって思うようになってきたの。それなら、部屋の片隅でちぢこまって悲しみながら助けを待つより、顔をあげて少しずつでも成長しながら生きていたい。この世界でも……いいえ、この世界じゃなきゃ手に入れられないものだって、きっとたくさんあるはずだから……私は今、そう思ってここに立っています」

 

あたたかな拍手が広場を満たした。ミトは恥ずかしそうにアスナの陰に隠れてしまったが、シリカはもっと堂々としていていいと思った。

今の話を聞いて馬鹿にするものなど、このアインクラッドにはいない。もしいたとしても、そんな相手をシリカは許さない。

 

「一応補足をしておくが」

 

ケイが一歩前に出ると拍手は自然に鳴りやんだ。

 

「今のは、決して圏外への進出を推奨しているわけではない。問題は心の持ちようの話であって、モンスターと戦ってゲームを攻略することだけが成長だとは思わない。部屋から一歩踏み出すだけでもいい。圏内で友達を作るだけでもいい。今日の夕食を楽しむだけでもいい。彼女が言っているのはそういう小さなことだ」

 

瞳を潤ませ、頬を上気させていたプレイヤーを見つめながらケイは言った。

 

「想像の通り我々はベータテスターだ。これまでもフロアボスと戦い続けてきた。プレイヤーの中では一番このゲームに慣れており、レベルも装備も十分だった。それでも今日の戦闘では死者が出るところだった。このゲームでは死は常に身近にある。現実世界で帰りを待つ家族や友人のためにも、プレイヤーはまず自分の命を守らねばならない。我々は皆に圏内で助けを待つことを強く推奨する。そのことを恥じる必要は全くない」

 

後ろめたそうにうつむいていたプレイヤーが顔を上げてケイを見つめた。

 

「だが同時に……!」

 

ケイは力強い目で一度群衆を見渡した。つかの間の静寂のなか、聴衆がつばを飲む。

 

「今日、諸君らの助けがなければ俺たちが殺されていたのもまた事実だ! なればこそ、我々は今共に戦う仲間を必要としている。危険など百も承知で、それでもこのゲームをクリアしたいというプレイヤーを我々は歓迎する! 諸君らの前には常に我がギルドの門戸が開かれていることを覚えておいてほしい!」

 

ケイはシンカーから受け取ったギルドフラッグを木箱に突き立てた。バフ範囲を表す金色の光が舞台に広がり彼らを下から照らす。効果エフェクトで勢いよく翻るのは赤地に白抜きで7つの武器が描かれた攻略組のギルドエンブレム。

 

一転して、広場の空気は今や破裂寸前の風船のようにその言葉を待っていた。

ケイはよく通る声で高らかにその名を告げた。

 

「我々の名は《プログレッサー》! このゲームの明日を切り開くものだ!」

 




とりあえずプロット上の序盤は書ききった……
マジで長かった。これにMTD結成編とか、リズベットの受難とか、レジェブレ編とかも足そうとしていたなんて、マジで狂気だった……

でもMTD編とかは最低限書かないと唐突に物語に絡んでくることになるし、どうしよう。

それと全国のクラインファンの皆さんごめんなさい。
クライン加入時期は7層からに変更する予定です。さすがに6層でやるには長すぎるッピ。過去話からもさらっといなくなるのご了承ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。