SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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主街区レクシオの町並みが転移門広場を中心に設計されているように、ウォルプータは街の最大の建造物であるグランドカジノを中心に設計されている。そのことは街の正面入り口からまっすぐ伸びた目抜き通りの先にひときわ巨大で豪奢な建物の入り口が待ち構えるように設けられていることからも明らかだろう。

 

街の入り口、門前広場でケイは一度立ち止まり、先んじてこの町に足を進めていたイスケ、コタロー、シリカと合流した。それから入れ替わるようにエギル達アニキ軍団とリーテンを加えたSTR特化型パーティーを町の外に送り出す。

 

彼らの目的はここよりさらに西に進み次の街でボスクエストを捜索すること。可能であれば迷宮区の探索まで進めておくことである。

きらびやかなカジノを目の前にして、しかしエギル達の反応は淡白であった。もとより賭け事には熱中しない主義らしい。唯一リーテンだけはこの町に併設されているプライベートビーチに興味を示していたが、「わたしだって攻略と遊びの区別ぐらいつけますよ。ここのビーチくるのは7層の攻略が終わって休みをもらってからにします」とのことだった。

 

「それに私迷宮区も楽しみなんです。ほら、私たちってずっとあのダンジョンにいて、ボス戦にも参加してないじゃないですか。だから気になるんです。今の私が最前線でどのくらい通用するのかなって」

 

リーテンは含みの無い笑顔を浮かべた。小走りでエギル達の後ろに追いつくと振り返って、別れのあいさつ代わりにメイスをブンブン振るう。こうして大柄なアニキ軍団に並ぶとリーテンとシリカの小ささがひときわ目立つなと考えながらキリトは彼らを見送った。

 

「……なあ、ケイ。何かシリカちゃんも外に行ったように見えたんだけど……」

 

「あ、ああ……なんか、カジノには興味がないから行ってくるって。止める間もなかった」

 

「ま、まあ小学生だし、ギャンブルに興味を持たないのは良い事、なのかな……」

 

キリトはケイに曖昧な笑みを返した。

 

 

ウォルプータグランドカジノは外観の荘厳さに負けず劣らず建物内も豪華絢爛の一言に尽きた。一歩足を踏み入れるだけできらきらと光り輝く内装が目を奪う。

 

「す、すげえ……!」

 

アホ面で固まるクラインを肘で突きながらキリトはあたりを見渡した。天井は高くこれまた高そうなシャンデリアがいくつもの輝いており、足元には当然のように真っ赤な絨毯が敷かれている。これをギルドホームで再現しようとしたらいったいいくらかかるのか、と頭のそろばんをはじこうとしてあまりのバカらしさに施行を中断した。そもそもこんな派手なギルドホームじゃ落ち着かない。

 

「ようこそ。ウォルプータグランドカジノへ。よろしければご案内いたしましょうか?」

 

クラインが入り口で足を止めているとタイトなスーツに身を包んだ女性NPCが声をかけてきた。蝶ネクタイと同色の真っ赤なルージュが印象的な女性だ。髪型も化粧もこれまで町で見たNPCより派手なのはカジノの雰囲気に合わせてだろうか。

 

「俺はクラインです。このカジノに来るのは初めてで、右も左もわかりません。手取り足取り教えていただけますか?」

 

あっと言う間に鼻の下を伸ばして近づくクラインの首根っこを掴んでキリトはため息を吐いた。

 

「き、キリト!? なにしやがる!」

 

「ほら、おいてかれるぞ」

 

「ああ、マイハニー!」

 

NPCはぱちくりと目を瞬かせ驚きを表現していたが、すぐに愛想笑いで壁際に戻った。やっぱりこのゲームのAIはよくできている。

迷いない足取りでカジノを進んだケイは皆をラウンジのソファーに座らせた。すかさず、キバオウが手を上げる。

 

「なあ、わいらは入団テストを受けんのやろ。なんでカジノに連れてこられんのや?」

 

「ここがテストの会場だからだ」

 

ケイが端的に答えるとキバオウは腑に落ちない顔で辺りを見渡す。

 

「なんや? ギャンブルの腕でも見極めるつもりかいな。ほんなら楽でええけどな」

 

「まさか。運任せが通用するほど未踏破層は甘くないさ。君たちにはきちんとしたプレイヤースキルを見せてもらう。ただ、見せてほしいのは単なる戦闘能力じゃない」

 

「ほんなら、何をすればええんや」

 

「このゲームで一番危険な相手は高いステータスを持つ敵じゃない。本当に恐ろしいのは特殊な仕掛けや技を持っている敵だよ。俺たちはそれでこれまで何度か死にかけてる。単に戦闘能力が高いだけのボスなら問題ない。だけどレベルも装備も関係なく不条理なゲームオーバーを押し付けて来る敵と戦うためには、クエストをこなして情報を分析しなきゃいけない。これが攻略組にとって最も必要とされる能力だ」

 

ケイはそういうと一冊の小冊子を机の上に置いた。B5サイズのたいして厚くもない紙の束が2つの穴と紐で簡単に綴じられている。

 

「これは今日の朝、先行してこの町の調査に向かったギルドメンバーの一人が入手したアイテムだ。今から君たちには、このアイテムの調査およびそれに関連するであろうクエストの攻略を通じて、RPGプレイヤーとしての情報処理能力とクエスト遂行能力の高さを示してほしい」

 

「なんやえらい漠然とした話やな? 具体的にどうしたら合格とかはないんか?」

 

「基本的に《プログレッサー》の門戸は攻略を望むすべてのプレイヤーに開かれている。もとより人員を過度にふるい分けるつもりはない」

 

ケイの答えにキバオウは気の抜けた息を吐いた。

 

「それじゃ入団テストってのも形だけって事かいな?」

 

「半分不正解だ。確かにギルドへの所属は自由だが、その後にどんな仕事をしてもらうかは個人の能力に委ねることになる。ボス戦に参加するメンバーには一定以上の実力を証明してもらうし、新階層のクエストや探索を希望するならそれに見合った能力があることを示してもらう。つまり極端に言えば今日の結果次第で君たちの仕事が単なる下層でのルーチンワークになるか、高度な能力を要求される新階層での探索になるかが決まるということだ」

 

ケイがそういうとキバオウは緩んだ顔を引き締めた。自然と皆の視線が机の上に向かう。クラインが声を上げてそれの表紙にかかれている文字を読んだ。

 

「バトルアリーナ攻略虎の巻…………って何のことだ?」

 

キリトはこの町に来るのが初めてである彼のために補足説明をする。

 

「バトルアリーナっていうのはこのカジノの地下で行われるギャンブルだよ。2体のモンスターを檻の中で戦わせてその勝敗を予想してコインを賭けるんだ。結果を的中させれば決められた倍率分のコインが返ってくる」

 

「攻略虎の巻ってことはつまり、この本にはそのバトルアリーナってやつの勝敗が書いてあるって事か!?」

 

クラインが皆に見えるように中のページをめくる。ページには予想通り今日行われるバトルアリーナの対戦表が書かれており、モンスターの名前の横には◎やら△やらの記号が書かれていた。おそらくこれはどちらが勝つかの予想だろう。

 

「そんなバカなことあるかいな! こんなん競馬新聞みたいなもんやろ! 鵜呑みにしたら痛い目見るで!」

 

「ま、そうだよな」

 

キバオウとオルランドは一歩身を引き冷めた目で冊子を見ている。キリトも懐疑的な視線を向け、その違和感に気づいた。

 

「ん? 待ってくれ。なんか試合数が多くないか?」

 

記憶ではこのカジノのバトルアリーナは一日5試合行われるだけだったはずだが、冊子にはその倍、10試合分の勝敗予想がされている。

 

「どうやらカジノの中はベータ時代と結構変わってるみたいだ。モンスターアリーナも従来の夜の部だけじゃなく、昼の部に5試合追加されて試合数が2倍になってる」

 

次に声を上げたのはレジェンドブレイブスに所属するネズハという男だ。

 

「……あの、さっき仲間が入手したって言ってましたけど……この本ってどうやって手に入れたんですか?」

 

「イスケ達がルクシオの西門を出ようとしたとき、フードで顔を隠したNPCの男がやって来て、これを買わないかと持ち掛けてきたそうだ」

 

「ワイらの時はそんなNPCいなかったで」

 

「おそらく時間限定か、早い者勝ちか……なんにせよ出現条件があるんだろう」

 

キバオウの言葉にケイが答える。キリトは別のところに注目した。

 

「その本いくらだったんだ?」

 

「100コルだ」

 

「100コルかぁ……」

 

思わず唸る。これがエルフクエストの報酬というのならばその内容にも信憑性が出るものだが、食事一回分程度の値段で全てのバトルの結果が分かるというのはどう考えても割に合わない。

 

「でたらめなんじゃないのか」

 

「もちろんその可能性もある。だが――」

 

オルランドの言葉に返答しながら言葉を止めたケイは本のページを数枚戻した。そこには精緻な絵柄で草原で見たことがあるモンスターの絵と細かい注意書きが書かれている。

 

「この本にはアリーナの勝敗予想だけじゃなく、ウォルプータに着くまでのガイドも書いてある。MAPに始まり出現モンスターの種類や弱点までかなり詳しく正確な奴がね。俺なら100コルをだまし取るためにこんな手間のかかった本は作らないし、もっと多くのプレイヤーに売りつける。あくまで予想と言い張ってね」

 

オルランドの反論はなかった。畳みかけるようにケイは指を一本立てる。

 

「もう一つあるぞ。面白い話が。イスケ景品一覧を」

 

ケイが声をかけるとイスケが一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。景品一覧と書かれたその紙には左側にアイテムの名前、右側に必要なVCコインの数が書かれている。それを流し見しようとしてキリトは目をむいた。

 

「……なあ、これ書き間違いじゃないのか?」

 

「これはイスケのメモじゃない。景品交換カウンターで実際に配られているアイテムだ。書き間違いの余地はない」

 

「……じゃあ、バグ?」

 

キリトが疑問に思うのも当然だ。景品交換表の中に明らかに0の数を間違えているものが混じっている。《ソード・オブ・ウォルプータ》。その額なんと100,000コイン。このカジノで賭けに使われるウォルプータコイン(VC)は1枚当たり100コルで購入するため、元値に換算すると一千万コルの景品ということになる。

 

「この武器の性能を考えれば妥当な金額だ。おそらくバグじゃない」

 

「この武器はこの街ウォルプータを築いた竜殺しの英雄ファルハリが使っていたドラゴンキラーなのでござるよ。能力も破格で常時HP回復、全攻撃クリティカル、毒無効のバフ効果をもっているでござる」

 

「なっ!!」

 

イスケの説明にキリトは息をのんだ。

 

「そ、そんなんチートやんか! こんな低階層で出てきていいものちゃうで!」

 

「本当なのか?」

 

キバオウが大声を上げ、レジェンドブレイブスのオルランドが信じられないような顔でイスケに尋ねた。

 

「詳細は景品カウンターで頼めば教えてくれるでござるよ。気になるなら自分で確認すると良いでござる」

 

「すげえアイテムもあんだなぁ……でも、さすがに手が届かねえか……」

 

クラインが呟く。キリトは脳裏に走った直感に目を細めた。顔を上げればケイと目が合う。彼はうっすら笑っていた。

 

「な、面白い偶然だろ」

 

「さっきの虎の巻、ケイはどのくらいの信憑性だと考えている……?」

 

「90%以上だ」

 

怪しげなギャンブルの指南書に寄せる信頼が予想外に高かったからだろう。周囲からは懐疑的な視線が向けられる。ただキリトだけはそれを妄信と断定しなかった。

 

「ちなみにベータ版との変更点は他にもある」

 

そういってケイは景品表の一番下の欄。小さい文字で書かれた文章を指さした。

 

「このカジノにはVIP用のプライベートビーチが併設されている。入場するためにはカジノにVIPだと認識されるだけのVCコインを稼ぐことでもらえる通行証が必要なんだが……ベータ版では300コイン稼ぐごとに一枚もらえていた通行証が、正式版では30000コインで一枚に増額されてる」

 

「……だとしたら、ありうるのか? いやでも……」

 

キリトは心の中でもう一度思考を巡らせた。

 

「な、なあキリト……! いきなりどうしたんだよ。俺たちにも分かるように説明してくれ」

 

クラインに揺さぶられてキリトは視線を上げた。アスナやミトまでこちらを見ている。

 

「……ソード・オブ・ウォルプータには2種類の仮説が立てられる。一つ目はこれが完全な見せアイテムで序盤に取られることを想定していない場合。この場合はプレイヤーはもっと先の層に進んで十分にコルを貯めてからこの階層に戻って来ることになる。まあ、1000万コルの貯金がたまるのはいつになるのかは分からないけど。そしてもう一つの可能性は一見入手できなさそうなこの剣を手に入れるための裏技がどこかに用意されていること……」

 

「お、おい、それって……」

 

クラインの眼が虎の巻に向けられる。

 

「それだけじゃない。ビーチの通行証はコインと交換じゃなくコインの獲得数の実績によって配られるから景品ほど入手難易度は高くないんだけど、それにしたって今の設定は尋常じゃない。300万コル分賭けで勝つなんて7層のプレイヤーの資産状況じゃほぼ不可能だ。性能の高い武器ならともかく、単なるビーチの通行証に見合った難易度じゃない」

 

周囲にこれまでと違った沈黙が満ちる。皆の表情が真剣なものに変わってきた。

 

「1024倍」

 

キリトの後に口を開いたのはこれまで無言を貫いていたアスナだ。

 

「そのモンスターアリーナってやつで一試合ごとに掛け金が倍になるなら、10試合全部勝てば2の10乗で1024倍よ。初期資金100VCでも10万VCに届くわ。キリト君はそう言いたいのよね?」

 

「ああ。あくまで可能性の話だけど」

 

キリトは頷いた。

実際は試合の対面によってオッズが変化するだろうからそう単純に倍々とはいかないだろうが、それでもその値は近しいもの――キリトの経験によればおそらくはもっと多く――になるだろう。

 

ベータ版になって5試合から10試合に増えたバトルアリーナ。

正攻法じゃ到底入手できない高額景品。

アリーナの勝敗を予想した謎のアイテム。

 

これらが全てつながっているとすれば……

 

「ありえない話じゃない」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

入団テストを実施するにあたってケイは彼らを4つのグループに分けた。キバオウやオルランド、クラインは元々のパーティーで、残りの3人はまとめて一つのチームとした後、それぞれのチームに200コインずつを支給した。

 

もし虎の巻が本物ならばこのコインは何倍にも膨れ上がるだろう。しかし逆に予想が外れたならばコインの額は目減りしていく。クエストをどれほど上手く遂行できたのかはどれだけコインを増やせたかで評価するのが一番わかりやすいとのこと。しかも支給された200コインはギルドからの支給だというのだから気前のいい話だ。ただ、キリトにとって予想外だったのはギルド代表としてこのギャンブルにケイも参加するということだ。

 

確かに《ソード・オブ・ウォルプータ》の性能はすさまじいの一言に尽きた。本音を言えばあのような有用なアイテムは新人に渡すのではなく、ギルドとして確保しておきたいと思っているのかもしれない。

 

そんなわけで今日一日カジノにかかりきりになるらしいケイから、キリト達は降ってわいたように休日が与えられた。いったい何日ぶりの自由時間だろうかと思わず宙を見上げてしまったのはキリトだけではない。それほど過密なレベリングスケジュールが日常と化していたのだ。今日はてっきり残りのメンバーでウォルプータでボスクエストでも探すのかと思っていたのだが、それはアルゴに任せてあるらしい。

 

ミトやアスナからは息抜きに街の観光に向かおうと誘われたが、キリトはそれを断った。せっかく久しぶりに会えたフレンドがいるのだから、今日一日くらいは付き合ってやろうと思ったのだ。

 

あの日のようにベータテスターであるキリトが先導する形でウォルプータを探索するクライン。彼のパーティーメンバーも話してみれば皆いい人だった。ゲーマー特有の感覚というのだろうか。下手に気を使う必要もなく、話すことと言えば皆SAOを始めとするゲームのことばかり。多少年代差はあるもののお互いコアなゲーマーであるため会話の種が尽きることはない。

 

一方で、午前中いっぱいかけて行われた街の探索の結果は芳しくなかった。もう間もなくバトルアリーナが始まるころになっても望んでいた虎の巻に関する情報はゼロ。こうなればこのアイテムの真偽の見極めは最終手段――実際に勝敗を的中させるかどうかで予想が本物かどうかを見極める――しかないとクライン達は不安げに2万コル分のコインをもってカジノに向かった。

 

とりあえずの様子見として少額賭けた第一試合。半信半疑で掛け金を増やした第2試合。目をギラギラと光らせた第3試合。祈るように観戦した第4試合。心拍数の上限を試された第5試合。

 

終わってみればバトルアリーナ虎の巻は昼の部全ての試合結果を的中させていた。

 

 

バトルアリーナでの大勝後、夜の部が始まるまでの時間で休憩をとるためいったんカジノを後にしたクライン達は、いままでなら入店をためらうような高級感のあるバーに腰を落ち着けていた。きらきらと輝くカジノの豪華な外装が一望できる窓際の席で、興奮のためかすでに赤ら顔のクラインがジョッキを片手に乾杯の音頭をとる。

 

「我々の勝利を祝って、カンパーイ!!」

 

ウォルプータの一等地とでもいうべきカジノの正面広場に店を構えるこの酒場は予想通りかなり強気の値段設定であり、メニュー表には飲み物一杯でも思わず注文をためらってしまう金額が書かれていたがクライン達は迷うことなく注文を取った。あげくキリトにも奢るというのだからその財布の緩さは今朝とはまるで別人だ。もちろんその原因が先ほどのギャンブルにあったことは間違いようがない。

 

クラインは第3試合以降、周りの制止を振り切り熱に浮かされたような顔で後先考えない強気のベットを繰り返した。結果的にはそれが功を奏しチップは10倍以上に膨れ上がったのも事実だが、そばで見ているキリトからしたら気が気じゃなかった。

 

クラインが3連続オールベットなどという危険な賭け方をしたのは、虎の巻が本物であると確信をしたわけでも、彼がことさら欲望に煽られやすい性質だからというわけでもない。ケイが最後に設定した特別ルールとやらが原因だ。

 

キリトは解散前の一幕を思い出す。

初期資金を用意すると言い1000枚のコインを換金してきたケイはそれを机に並べた後、不自然に黙り込んだ。

 

「恐怖を……」

 

それは最初独り言のようだった。

 

「恐怖を、感じたことはあるか? これまでの階層で」

 

自分の掌を見つめているケイの言葉は誰に対してのものか判別しづらく、だからその問いに答えるものはいなかった。

 

「……攻略組は、他のどのプレイヤーよりも命を危険にさらすことになる。自分の命も自分以外の命も。未知なるモンスター。悪辣なギミック。フロアボス戦じゃ誇張なく一つの判断が命取りになることもある。君たちが最前線の攻略に加わるというのなら、全てを失う恐怖というものを嫌というほど味わうことになるだろう」

 

「ケイ……? どうしたの?」

 

いつもと違う様子にミトが心配そうな声をかける。ケイは静かに首を横に振った。心配するなということか。口をはさむなという意味だったのかもしれない。

 

「攻略組は常に最善で最適な判断を行わなければならない。自分と仲間と、この電子の牢獄からの解放を願うすべての人々のために……。俺たちが間違えればその代償は常に最悪の形で支払われることになるだろう。選択には強い責任とリスクが付きまとう。……そう。リスクだ。俺たちの行動は常にそれと共にある」

 

会話というより独白のようなケイの言葉。皆が表情に疑問符を浮かべる。

 

「暗闇を進む自分を想像することは実際にそれを行うよりはるかに簡単だ。リスクのない状況でいくら素晴らしい判断ができようが、攻略中にそれができるとは限らない。だったら、君たちの判断能力はすべてを失う恐怖を伴った状況でこそ評価されるべきじゃないか」

 

俯いた顔を上げたケイの眼には奇妙な輝きがあった。

 

「ルールを、追加しよう。飛び切りリスキーなルールを。…………今日の終わり、バトルアリーナ夜の部のすべての試合が終わった時、コインの総額が一番ではなかったチームのコインは全て、最も多くのコインを稼いでいたチームに献上しよう。中途半端な結末はなしだ。オール オア ナッシング。一位になってすべてを手に入れるか、負けてすべてを失うか。それが攻略組の命題でもある。そして――」

 

ケイは机の上から200コインを手に取った。

 

「このクエストには俺も参加する。勝ち取りたければ俺より多くコインを稼いで見せろ」

 

 

「クライン。浮かれるのは良いけどルールは覚えてるよな。どれだけ増やしたってコインは全部一位のチームの総取りなんだからな。財布のひもを緩めて負けても金は貸さないぞ」

 

大儲けしたのは彼だけではない。お互いの懐事情は明かしていないが地下闘技場で見かけた他のチームも目の色を変えて試合を観戦し、決着のたびに上機嫌で換金所に向かっていた様子から相応の額を獲得しているはずだ。

実際、風林火山のメンバーがわいわいはしゃいでいる店の隣では、キバオウらしき人物が音頭をとってジョッキをぶつけ合う姿も見えた。あの様子では彼らも相当儲けたのだろう。

 

「そうはいってもよキリト!! 3028VCだぞ!! 30万コル!! これが飲まずにいられるかってんだ! もちろんいい意味でな!!」

 

「おそらくケイはもっと増やしてるぞ」

 

「そうかぁ? 俺たちは第3試合から結構デカい額賭けてたし、なんなら一番稼いだんじゃないのか?」

 

「どうだかな……?」

 

入団テストの途中だと考えて言葉を濁したキリトはごまかすように飲み物に口をつけた。

ケイは口ぶりからして虎の巻が何かしらのイベントに関するアイテムであることを確信しているようだった。それにあいつは利益を最大化するためのリスクを恐れるような性格ではない。何といってもフォールンエルフの基地に突撃して、格上の将軍相手に恐れ知らずの交渉をするような奴だ。

 

「攻略組ってもっとこう慎重なやつが多いんじゃないのか」

 

「あいつは例外だよ。いろんな意味でな」

 

キリトが言い切るとクラインは急にグラスを傾けてごくごくと一息に酒を飲みほした。

 

「だったらこんなことしてる場合じゃねえじゃんか! 夜の試合が始まるまでに一枚でもコインを増やしておかねえと!! お前らぁ、なにちんたら飲んでやがる!! さっさと飲みきれ! さっさと食いきれ!! ここまで増やした俺たちのコインはぜったい持ち帰るぞ! ルーレットでもポーカーでもなんでもいい! とにかく増やすんだ! 行くぞお前らぁ!」

 

半分は冗談だろう(と思いたい)が目の色を変えてカジノに戻っていくクライン達をキリトはため息交じりに追いかけた。

 

「なあキリト! ルーレットやポーカーにも必勝法とかあったりすんのか?」

 

「あるわけないだろそんなもの」


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