SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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賭けの受付を終了するアナウンスがされると、キリト達は自然に観客席の最前列、一番勝負を見やすいところに集まっていた。クライン同様落ち着かない様子でグラスをいじくっていたレジェンドブレイブスのメンバーがついに耐えきれないというふうに口火を切る。

 

「なあ、アンタらはどっちに賭けたんだ」

 

「俺はヴェルディアン・ビッグホーンだ。あんたは?」

 

クラインがそう答えると露骨にほっとした顔で男が返答した。

 

「俺たちはタイニー・クリプトドンだ。少なくともみんなで仲良く無一文にはならなさそうだな」

 

つられてクラインも笑みをこぼす。

 

「恨みっこなしだぜ」

 

次いで彼らの視線は茶髪のトゲトゲ頭に向かう。

 

「なんや? ワイらか? ワイらはクリプトドンに賭けたで」

 

「だよな! やっぱ最後は裏切ってくるって!」

 

自分と同じ考えのものがいたからだろう、クフーリンが嬉しそうに声を上げる。

しかしキバオウは不本意そうな顔をした。

 

「ちゃう。わいはビッグホーンに賭けるつもりやった」

 

「? じゃあ、なんでクリプトドンに賭けたんだ?」

 

「ケイはんがビッグホーンに賭けたからや」

 

腑に落ちない顔をするクラインを見てキバオウは腕を組んだ。

 

「ワイらは午前の部じゃあんまり大きく稼いでないからな。勝つためには逆張りするしかなかったんや」

 

「なんでケイがどっちに賭けたか知ってるんだ?」

 

「頭を使えや……。オッズ表を見てればどっちに賭けたかぐらいわかるやろ」

 

モンバトのオッズは賭けの状況を反映してリアルタイムに変動している。細かい計算式は省くとして、より大きな金額が賭けられている方――一般的には多くの人間が勝つと思っている方の倍率は低くなり、人気のない方の倍率は高くなる。この性質を考えればおそらく数万VCもの大金をつぎ込んだケイが支持したモンスターのオッズは少なからず低下するはずだ。彼がカウンターに向かうタイミングとオッズの変化を観察していればどちらに賭けたかを推測することも可能なはずである。

 

これまでは感情的な言動が目立ったキバオウの機転の良さにキリトが内心で感心していると、クラインが少し距離を開けたところでたたずんでいるモルテ達にも声をかけた。

 

「あんたたちはどっちに賭けてんだ」

 

「どちらでもないさ」

 

答えたのは瘦身長髪の男、クラディールだ。そして彼が発した言葉の意味を理解するのに、皆が数秒の時を要した。

 

「どういうことや?」

 

「言葉通りの意味だ。私たちはこの試合の賭けには参加していない」

 

クラインが困惑した顔を向ける。

 

「でもさっきモルテも言ってただろ? やばくてもここは賭けなきゃ勝てないぜ。ヴェルディアン・ビッグホーンが勝てば俺たちかケイが、タイニー・クリプトドンが勝てばオルランド達かキバオウ達がコインを総取りするんじゃないか? さすがにもう10万コイン以上稼いだなんてことはないだろ?」

 

「どうなるかはすぐにわかる」

 

勝ち誇ったように笑うクラディールの表情は、視線も向けずに告げられたケイの言葉に固まった。

 

「引き分け狙いか」

 

「引き、分け……? そ、そんなことあるのか!?」

 

「い、いや。ベータテストのときはそんなことは起きなかったけど」

 

クラインに詰め寄られたキリトが答えると、ケイが卓上の紙を指さした。

 

「オッズ表の下の細則欄に引き分けの場合の規定が書いてある」

 

キリトが、そしておそらくはアスナやアルゴも、ケイ達の賭けを本気で止めなかったのには理由がある。今回賭けに参加するのは5チーム。イカサマで仮に勝敗が操作されたとしてもどこかのチームが賭けに勝ち10万コインに到達するだろうと目論んでいたのだ。だが、引き分けという第3の選択肢があるならば話が変わってくる。

 

「あったわ……本当に書いてある」

 

「嘘でしょ……」

 

ミトとアスナが呆然と声を上げた。それもそのはずだ。キリトも目を凝らして米粒のような小さい文字を見てみると、チケットの換金方法や有効期限。試合の妨害禁止の呼びかけといった普段なら読み飛ばすような注意書きに紛れるように、引き分け時の規定が書かれている。

 

「出場したモンスターが両方戦闘不能になった場合は払い戻しは無し……全額没収って事か!?」

 

ここにきてキリトはようやくずっと心に抱いていた違和感が解消された。単なる勝敗操作では今回のように複数人のプレイヤーが賭けに参加するだけで破られてしまう。果たして10万コインもの大金がかかったイベントの内容が本当にこんな単純な計略なのかという疑問。

 

「やられた……!」

 

キリトがオッズ表を乱暴に机の上に戻す。不幸中の幸いはそれを見抜いたチームがあったことだろうか。

 

「というかケイはわかってたのか? それならなんで賭けに参加したんだ?」

 

「オッズが2.2倍だったから」

 

「引き分けになるんならオッズなんて関係ないだろ」

 

「引き分けになるんじゃない。引き分けにしようとイカサマが行われるんだ」

 

疑問は表情に現れていたらしい。ケイが説明を続ける。

 

「イカサマを見抜いて手を引いたらオッズは1倍。イカサマを見抜いて阻止したら倍率は2.2倍。わかるだろう? 俺なら後者を選ぶ」

 

そういえばケイはこういう奴だった。

イカサマを見抜けないなんて想定していないかのような断定口調。ケイはいつでも無謀なくらい前のめりにクエストをクリアしていくやつなのだ。4層でダークエルフの基地に乗り込みノルツァー将軍相手に交渉を成功させたときからそうだ。

 

キリトが不思議ななつかしさを感じていると大きな銅鑼が鳴らされる。

 

「それでは本日の最終試合! タイニー・クリプトドンVSヴェルディアン・ビッグホーン戦を開始します!!」

 

威勢のいい司会の男の声が響くと檻の中の石壁がせりあがっていく。まず会場に姿を現したのはヴェルディアン・ビッグホーンだ。漆黒の毛皮を纏った4足歩行の獣は闘牛のようながっしりとした体から、丸太のように太い首が突き出している。名前の由来にもなっている立派な角は牛というよりヤギのそれだ。カツカツとひづめを鳴らしながら石畳を歩いてくる。

 

檻の反対側からは短い四肢を動かしタイニー・クリプトドンがゆったり歩いてくる。手足の太さはヴェルディアン・ビッグホーンに及ばないが、それでこのモンスターが華奢だと決めつけるのは早計だ。

古代生物の名を冠したクリプトドンはかつて図鑑で見たとおり全身にアルマジロのように頑丈そうな硬皮を纏っている。その上アルマジロではありえないほど発達した頭蓋骨はこのモンスターの頭突きの威力を周囲に知らしめていた。

 

「それでは勝負開始っ!!」

 

動き出しはほぼ同時だった。長方形の檻の左右の端から両者が勢いよく飛び出す。奇しくも両者の攻撃手段は頭突きによるものだ。真紅のライトエフェクトが弾け、檻の金属をびりびりと揺らす。

 

「おーッと!! これはすさまじい衝撃!!! 迫力満点です!!」

 

ワアッと盛り上がる会場。ともによろけたモンスターは示し合わせたかのように元居た場所に下がっていく。HPはどちらも2割ほどが減っているが、よく見ると若干ビッグホーンの方のダメージが大きい。オッズの人気が示す通り両者のステータスはわずかにクリプトドンの方が高いのかもしれない。

 

「グラアアアアッ!!」

「ブルルルルルルルッ!!」

 

二度目の衝突。今度は完全にクリプトドンが押し負けた。ビッグホーンも衝撃でふらつくが、押し戻された距離はクリプトドンの方が大きい。HPが一気に3割近く削れ黄色く変化する。

 

「っ!!」

 

今、何かが起きた……ような気がした。キリトが感じたのはわずかな違和感だ。そうと知らなければ見逃していたかもしれない。でも注意深く見ていれば気づくことができる程度にクリプトドンの足が鈍った、ような気がしたのだ。単なる見間違いかとも思ったが、隣にいるアスナが小声でつぶやく。

 

「今……変だったわよね……」

 

「アスナも感じたのか。クリプトドンの動きが鈍ったよな?」

 

「わたしが感じたのは動きじゃなくて……なんていうのかしら。顔色? ねえキリト君。モンスターって具合が悪いと青ざめたりってするのかしら?」

 

「いや、そんな話は聞いたことないし、これまでも感じたことはないけど……」

 

アスナに言われてモンスターを凝視する。クリプトドンの顔色が悪くなったようには感じない。これまでの記憶をさかのぼってみてもモンスターの状態異常はアイコンで表示されることはあっても顔色や表情に反映されることはなかったはずだ。

 

それに、そもそもコルロイ家が用意したモンスターはヴェルディアン・ビッグホーンの方だ。ドーピングにしろ毒にしろ不正によって様子がおかしくなるのはビッグホーンであるはず。ナクトーイ家が用意したクリプトドンにコルロイ家が小細工をするのは不可能だとニルーニルも言っていた。

 

「床を見てみろ。……違う。ヴェルディアン・ビッグホーンの方だ。そっちの方が分かりやすい」

 

ケイがメニューウィンドウを操作しながら小声でキリトに話しかけてきた。

 

「床?」

 

キリトの視線が追い付いたと同時に二匹のモンスターが再び駆け出す。そして焼き直しのように中央で衝突。しかし今回押し飛ばされたのはビッグホーンの方だ。NPC達の悲鳴と歓声が響く。今度はアスナの感じた違和感の正体をキリトも掴んだ。衝突の前後でモンスターの色が微妙に変わる瞬間があったのだ。

 

「変わっているのはモンスターの色じゃない。スポットライトの色だよ」

 

ケイに言われてキリトとアスナが勢いよく振り返る。檻の中には試合の間だけ使われる4つのスポットライトの強い光が照射されている。闘技場の壁際に設置されたそれに目を向ければ、左側のライトが自然な白色光なのに対し、右側の2つだけはやや緑がかっていた。

 

十中八九何かの仕掛けだろう。理解した瞬間にキリトは行動に移っていた。視線をめぐらす。観客席に付随していたミニテーブルには真鍮製のペンが置いてあった。それを握って振りかぶる。しかしそれがスポットライトに向けて投げられることはなかった。ケイが止めたのだ。

 

「ッ! どうしてっ!?」

 

「スキルなしで狙うにはちょっと距離がありすぎる」

 

言っている間に、戦闘は佳境に差し掛かった。4度目の衝突。緑色のスポットライトを浴びていたクリプトドンが押し負ける。やはり確定だ。あのライトから放たれている緑色の光は何らかのデバフ効果があるのだろう。1度目はほぼ互角だったが、2回目以降からは交互にどちらかが吹き飛ばされている。単純にステータス差があるにしては不自然すぎる結果だ。

 

モンスターがお互いに距離をとる。蹄で地面を掻くビッグホーンのHPは2割強。対して荒い鼻息を吐いているクリプトドンのHPはもう1割ほどしかない。通常ならビッグホーンが有利に見える。しかし緑色の光は今はビッグホーンに照射されている。次の衝突ではビッグホーンが吹き飛ばされて大ダメージを受けるだろう。そうすれば晴れて相打ち。掛け金は全てカジノ側に回収されてしまう。

 

「でも近づいてる時間なんて!」

 

事態は一刻の猶予もない。しかしケイは冷静だった。

 

「大丈夫だ。イスケ達がいる」

 

果たしてケイの言う通り、ライトは唐突に破壊された。

響くガラスの音に数人のNPCが振り向くが、大半はすぐに視線を正面のモンスターに戻した。そうしなかったのはVIP席に座っている高そうなスーツ姿のNPCとその周囲の者だけだ。客席を振り返っていたキリトにはその異質さが良く分かる。

 

彼らの中心人物らしき老紳士に焦点を合わせたキリトは表示されたネームアイコンでその理由を知る。

 

「バーダン・コルロイ……! やっぱりイカサマに関与していたのか……」

 

決着間近の試合よりも重要な何かがあるかのように驚愕した顔で指をさし、慌てふためく様子は単にライトが壊れたにしては大げさすぎる。十中八九ライトのイカサマを知っているのだろう。

 

「おそらくこれが最後の衝突になるでしょう!! 両者見合って……駆け出したぁ!!!!」

 

歓声に負けないくらいの司会の大声が鳴り響く。モンスター同士の戦闘も佳境に入っているようだ。しかしキリトはもはやモンスターを見ていなかった。コルロイ側に動きがあったのだ。バーダンによる指示だろうか。彼の部下がライトの元に駆けだす。しかしケイの方が一歩速い。混雑するNPCの人ごみをかき分けるのではなく、椅子やテーブルを器用に跳躍しながら移動したケイは、最後に突進系ソードスキルまで使って大ジャンプをかますとコルロイの部下の前に立ちはだかった。

 

「大激突っ!! 劣勢のタイニー・クリプトドン、奇跡の大逆転か!!? ヴェルディアン・ビッグホーン、意地を見せるか!! 勝ったのは…………ビッグホーンだ!! 僅差でビッグホーンの勝利!!! 響く勝利の雄たけびッ!!」

 

司会のアナウンスに爆発的な歓声が上がる。その歓声の陰でバーダン・コルロイもまた何かを叫んでいる。だんだんと熱狂が収まるにつれ、次第に彼の声が響くようになる。

 

「中止だ! 中止だ! 妨害行為により今の試合の賭けは無効とする!!!」

 

とてつもない剣幕だ。喜びは一転、辺りのNPCは困惑の表情で固まる。しかし中にはやはり不満を持つものもいるようであらくれ者風のNPCが叫ぶ。

 

「ふざけんな! やり直しなんて認められるか!」

 

「ふざけているのは貴様だ!! よく見よ! 照明を壊し勝負の結果に干渉した不届き者がいるのが分からんか!! こんな結果はカジノ取締役バーダン・コルロイの名に懸けて認めることはできん!!」

 

あっと言う間にコルロイの部下に囲まれた男は口をつぐんだ。だが、ケイは止まらない。

 

「勝負の結果に干渉したのはお前だろう」

 

完全武装のケイは瞳に剣呑な色を宿しながら言い募る。右手に片手剣を、そして左手には薄緑色の欠片を手に持っている。

 

「照明の中から出てきたぞ。《ケルミラの香》か……。なんでこんなものが仕込んである?」

 

「なんだそれは? そんなものは知らん。言いがかりをつけるつもりか!!」

 

「わたしは見たわよ。照明の色が緑色に変色しているの」

 

そう証言したのはアスナだ。ギロリとコルロイはキリト達をにらみつける。主の機微を察してか半数ほどの部下や警備兵がキリト達を取り囲む。

 

「おいおい穏やかじゃねーナ」

 

アルゴが呆れたようにつぶやきながらも両手にクローを装備した。

 

「な、なんだ!? やんのか!? クエストなのか!?」

 

クライン達も混乱しながらもしっかりと武器を構え、一触即発の雰囲気だ。こうなると一人突出したケイが気がかりになる。

 

「アスナ。まずはケイと合流を。それと警備NPCには気を付けて」

 

圏内でのプレイヤーの犯罪行為を抑制する衛兵NPCは例外なくとんでもない強さをしている。カジノの警備兵は彼らとは別物のように見えるが、それでも不届きなプレイヤーを取りしまるという役割は同じだ。弱いとは思えない。

 

「わかったわ」

 

「いったい。なんの騒ぎかしら」

 

そのソプラノボイスは張り詰めた空気の中によく響いた。十数名の護衛NPCを伴って新たに地下闘技場に現れた少女の名をキリトは知っていた。

 

「ニルーニル様」

 

「あら。初めましてだと思うけど。私も顔が知れたものね」

 

思わず呟いたキリトを冷めた目で見ながら彼女はそういった。失言だったかもしれない。彼女は今秘密裏にコルロイ家の不正を暴こうとしていて、キリトはその手先として動いているのだ。つながりを疑われるようなことはするなという意思表示だろう。

 

「もう一度聞くわ。これはいったいなんの騒ぎかしら?」

 

バーダンは先ほどまでの憤怒の表情を仮面のような無表情の下に押し込み、紳士然とした口調をとりつくろって話し出した。

 

「なんのことはありません。ただ武器を持って暴れている不埒者がいたのでお引き取り願っていただけのこと。暴れられると危ないですからニル嬢は部屋にお戻りになってください」

 

「終わった賭け試合を無効にしようとしたことと、ライトにイカサマが仕掛けられていたことは説明しないのか?」

 

「貴様!! コルロイ様に何たる口の利き方!! 無礼だぞ!!」

 

ケイの言葉に反応したのはバーダンではなく彼のそばに控えていた体格のいい執事だ。名前は【Menden】と出ている。

 

「これは失礼。お年を召しているようなので、てっきり記憶力に不都合を抱えていらっしゃるのかと。親切心からの行動ゆえ大目に見ていただきたい」

 

ケイが挑発してみせると執事――メンデンの顔が赤く染まる。

 

「き、貴様っ!!」

 

「少し黙りなさいメンデン。話が進まないわ。それでどうなのバーダン?」

 

ニルーニルは表面上は変わらない表情で話かけた。

 

「ええ。真に不本意ながら最終試合の賭けは無かったことにしなければなりますまい。見ての通り妨害が入ってしまいましたからな」

 

「……イカサマというのは?」

 

「これだ」

 

ケイが手に持っていた緑色の物体を投げ渡すと、キオがその射線上に素早く割り込み空中でそれをキャッチする。

 

「これは……ケルミラの香ね」

 

「ライトの中に仕込まれていた」

 

「バカな」

 

コルロイは鼻で笑った後肩をすくめて見せた。

 

「そんなものでたらめです。そいつが自分で持ってきたものをライトから取り出したと言っているに過ぎません。おおかたライトを壊した犯人と共謀して悪だくみをしているのでしょう」

 

「でたらめかどうかは、そこのライトを見てみればわかるんじゃないか。俺はまだ触れてない」

 

「だ、そうよ。ああ、もちろんそこにいる照明係の持ち物も見させてもらうから、動くんじゃないわよ」

 

ニルーニルの指示で彼女の部下がライトの周囲を取り囲む。

 

「……ありましたケルミラの香です」

 

照明係のポケットからケルミラの香が見つかった時、キリトはすぐにバーダンの一挙手一投足を注視した。場合によっては口封じのためにこの場にいる全員に襲い掛かることを警戒したためだ。だがバーダンは予想しなかった行動に出た。掌を額にあて大げさに嘆いて見せたのだ。

 

「ああ、まさかカジノの中にこんな不正を行っているものがいたとは……実に嘆かわしい」

 

「その照明係はコルロイ家の配下の者でしょう」

 

「ええ。ですから、私直々に厳しい処分をくだしましょう」

 

「そ、そんな……コルロイ様! わたしは!!」

 

「黙れ!! 貴様のような恩知らずが御当主様と直接言葉を交わそうなど恐れ多いぞ!!」

 

青ざめた男はメンデンに言葉を遮られて、力なくうつむいてしまった。

 

「すべてを部下の責任で押し通すつもりじゃないでしょうね?」

 

「まさか当家がこのようなバカげた企みに加担しているとでも……? 心外ですな」

 

ニルーニルとバーダンの間で冷たい視線が交わされる。ニルーニルの口から深いため息が響く。

 

「まあ、いいわ。弁明は後でたっぷり聞かせてもらうとして……とりあえずお客様をお返ししましょうか。いつまでも待たせるわけにはいかないもの」

 

ニルーニルは客席に向き直ると、部下ともども頭を下げた。

 

「皆さま。この度の不祥事についてはこのカジノを取り仕切るナクトーイ家当主として心よりお詫び申し上げます。コルロイ家当主が言っていたように、不正が行われていたこの試合の掛け金は全額払い戻しとさせていただきますので、賭け札を受付までお持ちください。また、ご迷惑をおかけしたお詫びとしてロビーで心ばかりの歓待をご用意しますのでご希望の方はスタッフにお申し付けください」

 

その前までの剣呑な雰囲気とのギャップのせいか、それともニルーニルの姿が年端もいかない少女であるせいか、普通なら荒れるであろう払い戻しの決定に異議を唱えるものはいなかった。

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