SAO RTA any% 75層決闘エンド   作:hukurou

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アーカイブス 003

ケイが最初1層を攻略した時、ミトは半信半疑だった。

ケイが2層ボス戦に勝機を見出した時、ミトはそれに反対していた。

ケイが3層を攻略したと言った時、ミトは面白くもない冗談だと思った。

 

いつだってそうだ。1週間程度の短い付き合いでしかないが、ミトはこの男の荒唐無稽さをいつだって疑ってきた。

 

だが今ミトは珍しく彼の行動を全肯定しようとしていた。祈っていたといってもいい。彼の行動と尋常ならざるクエスト勘はきっと今回もドンピシャで、これからきっとスムーズに事態が進行するに違いない。

 

そうでもなければ……平静を保っていられる自信はない。失敗すればミトに明日はこないだろうから。

 

ごくりとつばを飲み込む。

SAOではアバターの感情表現が少々大げさなため、隣のアスナは気の毒なほど青ざめた顔をしていた。きっとミトも大差ない顔をしているだろう。

 

ミト達は敵対NPCに包囲されていた。戦いになれば勝機はない。ミトがそう思うのは目の前の男が原因だ。

 

「人族の冒険者がわれらにいったい何の用だ」

 

将軍ノルツァー。

ミトの知らない――おそらくは正式版で追加されたであろう――エルフの第三勢力のリーダーが低く威厳のある声で尋ねた。危険度を表すカーソルの色はもはや赤みを失い、まがまがしいほどに真っ黒。

 

(……こんなNPCがいるなんて聞いてないわよ)

 

ミトは心の中でぼやいた。そしてやはり祈った。どうかケイの策略がうまくいきますように。

 

 

 

 

 

 

ケイはフィールドボス《バイセプス・アーケロン》を倒した後、ミトとアスナ、それにキリトを連れて一度3層に戻った。

 

どうやら目的はエルフクエストらしい。ミト達はベータ時代と同じようにクエストの開始点がある森の中を探索し、ほどなくして争いあう二人のエルフの騎士を見つけた。

 

エルフと一口に言ってもSAOではダークエルフとフォレストエルフの2種族がいる。人種の違う2種族のエルフは長い歴史の中で幾度となくいがみ合い、今もまさに戦争の真っ最中なのだ。

 

ベータ版ではここでどちらかのエルフに加勢することで、味方をした側のエルフ陣営に参加できるようになっていた。

 

一つ特筆すべきはこのクエストでは必ずしも相手を倒す必要はないということだ。というよりベータテストではエルフを倒せたプレイヤーはいなかっただろう。クエストの流れではある程度戦い、プレイヤーのHPが減ってくると両エルフが相打ちになり、遺言で《翡翠の秘鍵》というエルフの秘宝を味方の拠点に届けるように託されるのだ。

 

だがケイは、ここで変なことを言いだした。

 

エルフの騎士を相打ちにさせるのではなく、両方倒してみようと言いだしたのだ。

 

幸か不幸かミト達はこれに成功した。

やったことは単純で、エルフの騎士達を限界まで争わせてHPを極力減らし、後は実力勝負に出ただけだ。自分で言うのもなんだがミトはベータテスターの中でも上位の実力だと自負している。アスナも初心者としては破格の強さで、キリトとケイはミトが初めて敗北感を覚えた相手だ。このパーティーに4層で手に入れた装備と上昇したレベルの恩恵が加わったことで、一見不可能に思えた――そして一部のベータテスターにとって悲願であった――エルフ騎士の打倒は果たされた。

 

「貴公らの助太刀のおかげで助かった。この命もここまでかと思ったが……これも聖大樹様のお導きだろう。これだけの騎士がそう何人もいるとは思えないが、どうだろう。念のため基地に帰るまで私とともに来てもらえないだろうか。もちろん此度のお礼も――ぐっ!?」

 

ベータ版とは異なる展開でクエストを進行させようとしていたエルフの騎士の胸からは剣が生えていた。ケイが背後から攻撃したのだ。

 

「ごめんなさい……!」

 

アスナが申し訳なさそうに発動させたソードスキルが硬直したエルフのHPをさらに減らし、ミトの大鎌がエルフの首でクリティカルの派手なエフェクトを散らした。

 

何とも言えない表情で繰り出されたキリトのソードスキルがエルフの胴を切り裂いた時、先の戦闘で消耗していたエルフのHPはもうほとんど残っていなかった。

 

「貴様らっ!! よくも! この――」

 

硬直から解けたエルフが何かを言おうとして、セリフの途中でポリゴン片となり砕け散った。強敵にふさわしい量の経験値とクエストのキーアイテムである《翡翠の秘鍵》がミトのウィンドウに表示されたが、喜びの気持ちはわかなかった。

 

「それで? 言われたとおりにやったわよ」

 

後味の悪さを感じているのか、ぶっきらぼうな口調でアスナがケイに視線を向けた。

 

「《秘鍵》は?」

 

「私のストレージに来たわ。でも今更これでどうするの。ダークエルフともフォレストエルフとも敵対しちゃったら意味ないじゃない」

 

「ベータテストだったらね」

 

ミトの言葉にケイは含みのある返答をするとメニューを操作し、笑みを浮かべた。

 

「……やっぱりか。クエストログを確認してみるといい。どうやらエルフクエストはベータの時とは一味違うらしい」

 

 

◇◇◇

 

 

《エルフの秘宝をしかるべき陣営に届けよ》

 

これがミト達に課された次なるクエストの内容であった。そしてしかるべき陣営というものに心当たりがあると、ケイは4層にとんぼ返りすると《ロービア》から船をこぎだしながら、彼のやりたいことについて説明を始めた。

 

「昨日、イスケとコタローのエルフクエストに着いていったときに、洞窟の奥にフォールンエルフっていうエルフがいたんだ」

 

「フォールンエルフ……聞いたことないわ」

 

ミトが視線で問いかけるとキリトも首を振る。

 

「イスケたちに聞いたら3層のクエストでも終盤で《秘鍵》を巡って戦闘になるらしい。しかも結構強敵。しかるべき陣営ってのは十中八九やつらのことだろうね」

 

ケイが4層に戻って来た理由は分かった。だが、なぜ迷宮区の攻略を中断してまでエルフクエストを優先したかの理由にはなってない。

 

「それで、なんでこんなめんどくさいことをしてるの」

 

「今迷宮区を攻略したところでボス戦の勝機は薄いからなぁ。人数が足りない。だからと言って他のプレイヤーはまだまだ育ってないし、4層に来るまでどれだけ時間がかかるか。おっと!」

 

タイミング悪く行く手に現れたモンスターを手際よく排除したケイは再び櫂と口をうごかした。

 

「だからフロアボス戦はNPCに手伝ってもらおうと思ってね」

 

「そんなことできるの?」

 

アスナがケイに尋ねる。

 

「たぶんできるさ。ベータ版でも同伴しているNPCがフィールド戦闘を手伝ってくれるクエストはあったしな。まあ普通はNPCよりプレイヤーの方が強いから、わざわざレイドパーティーに入れようって奇特なプレイヤーはいなかったけど。今は後続のプレイヤーよりNPCの方が強い」

 

「でもそれって別にフォールンエルフである必要はないんじゃない? それこそ助けたダークエルフの騎士にでも手伝ってもらえばよかったんじゃ」

 

ミトが言うとケイはなにか理解しがたい奇妙な生き物でも見るかのような視線を向けてきた。

 

「フォールンエルフは新要素だぞ。気になるだろ」

 

むかついたがミトに反論する言葉はなかった。

 

 

 

 

そうしてたどり着いたのフォールンエルフの基地であるが、到着して早々ミト達は多数の兵士に囲まれてしまった。

 

しかもなぜかカーソルは中立ではなく敵対。クエストログに従っているつもりだったミトの脳裏にいやな予感が生じる。

 

(これってクエストの進め方を間違えてるんじゃ……)

 

だが時すでに遅く、奥の扉からノルツァーにカイサラという二人の危険なNPCが現れてしまってからは迂闊な行動をするわけにもいかず。

こうしてミトは生きた心地のしない対談に挑むことになった。

 

 

 

 

ノルツァーはミト達の3メートルほど手前で立ち止まった。他のエルフたちも数メートル離れた地点で遠巻きに見ている。

ぽっかり空いた空白は武器を振り回しても当たらない距離だが、安心はできない。高いAGIをもったプレイヤーにとってこの程度の間合いは瞬時に詰められる。戦闘になれば気休めにもならない距離だ。

 

「3層の森でエルフ族の秘宝とやらを手に入れてね。俺たちじゃ持っていてもしょうがないし、話次第では譲ってあげようと思って」

 

ケイがストレージから《翡翠の秘鍵》を取り出すと周囲の兵士がどよめいた。ノルツァーは一度瞬きをしただけだったが、それでも視線は釘付けになっていた。

 

「それは人族の手には余る代物だ。よこせ」

「冗談を」

 

すごむノルツァーをケイは鼻で笑った。

きっとこの男の心臓は鋼でできているに違いない。体はブリキか何かでできたサイボーグだ。ミトは心の中で思った。

 

「交換条件といこうじゃないか」

「……それをよこせば、貴様らを生きて帰してやる。対価としては十分だろう」

 

ノルツァーの言葉で副官の女が刀に手をかけた。指示があればすぐにでも切りかかってきそうだ。

ミトの心拍が早まる。

 

「《秘鍵》はギルドストレージにしまった。俺たちを倒してもドロップすることはない。取り出せるのは外にいる仲間だけだ。そして俺たちに危害を加えれば仲間は必ず報復を行う。秘鍵はダークエルフの手に渡ることになるだろうし、この基地も彼らの知るところとなるだろう」

 

重苦しい沈黙が立ち込めた。

ノルツァーの眼力と身にまとう雰囲気がミトの精神を容赦なく削った。

ぎゅっと握りしめた鎌がこんなにも頼りなく感じるのは初めてだ。

 

あの日聞いた茅場晶彦の言葉が思い出される。SAOでの死は現実世界での死を意味する。交渉が決裂すれば、取り返しのつかないことになるだろう。

 

「いいだろう」

 

沈黙の中、ノルツァーが重々しく振り返った。

 

「ついてこい。詳しい話を聞いてやる」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

フォールンエルフの数は兵士の他に職人らしきものを含めて30人ほどもいた。村と考えれば小規模だがここが洞窟の奥地だということを考慮すればそれなりに多いのではないか。

彼らは洞窟の外から行ったり来たりするのではなく、ここに住居を構えているらしい。奥にある扉の先には長い廊下と階段があり、明らかに人の手によって整えられた空間があった。

 

基地の一室。特別豪華というわけではないが最低限の体裁は整えてある部屋で再びノルツァーはミト達と向かい合った。

周りにいた兵士はいなくなったが、同席する副官とこの男だけでこちらを容易に制圧できる以上心理的な圧迫感は変わらない。

 

「交渉を手短に済ませるために、まずはお互いの望みを明確にしよう。そちらの陣営は《秘鍵》を集めている。間違いはないか」

 

「相違ない」

 

「そして俺たち、プレイヤーは迷宮区ボスの討伐と次階層の開放を目指している。お互いの目的は干渉しない」

 

先ほどからミトの喉は猛烈な渇きを訴えていたが、テーブルの上にはお茶の一つも置かれていなかった。これから運ばれてくる様子もない。

 

「なら話は早い。俺たちは《秘鍵》を集めるのに協力する。そちらはフロアボスの攻略に協力する。悪くないだろ」

 

ケイの言葉に反応したのはカイサラだ。

 

「勘違いするなよ。我々は人族の手助けなど必要としていない」

「海運ギルドとの取引は順調かい?」

「なぜそれをお前がっ……!」

 

もし視線にダメージが設定されていたならば、ケイはカイサラに大ダメージを負わされているだろう。

 

「フォールンエルフには種族的なしがらみがある。ダークエルフやフォレストエルフにも警戒されているだろう。そして実際《翡翠の秘鍵》は俺たちの手にある。協力が不要だとは思えないが」

 

ノルツァーはしばらくの間黙っていた。

ミトの呼吸が浅くなる。

 

「いいだろう。《秘鍵》と引き換えに部隊をひとつ貸してやる」

 

「部隊ってのはさっきの兵士か? それじゃ役者不足だ。俺たちよりも弱いやつは足手まといにしかならない」

 

「我々の兵士が人族に劣るものか!」

 

「事実を言ったまでだ。試してみてもいいんだぜ」

 

ケイは不敵に笑って見せた。

デスゲームと化したSAOで格上の敵に対してこうまでふてぶてしくふるまえるプレイヤーが何人いるだろうか。

 

「落ち着けカイサラ」

 

「ですがっ!」

 

「まずはそちらの希望を聞こう」

 

「俺たちがあてにしてるのはノルツァー将軍。あなた自身だ」

 

ケイのよく回る口からその言葉が出たとき、ミトはこれまで無表情だったノルツァー将軍の口角がわずかに上がったように見えた。

 

「不可能だ。私が動けばエルフの死にぞこないどもが黙ってはいまい。騒ぎが大きくなれば我々の活動にも支障が生じる」

 

「じゃあ、ボス戦を手伝うのはそっちの、カイサラでもいいよ。見たところ、そうとうできるんだろ」

 

「……まあ、いいだろう。天柱の守護者と戦う時にはカイサラに協力を頼むといい」

 

「将軍!」

 

「ただし」席を立つカイサラを手のひらで制したノルツァーはギラリと強い視線を向けた。

 

「カイサラの力を借すのであれば、《秘鍵》一本では釣り合わない。お前らにはこの階層の《秘鍵》を手に入れるために働いてもらおう」

 

「なんなら5層でも協力してもいい。そちらが階層攻略に協力してくれるのであれば」

 

ケイが返答するとようやく、エルフの敵対カーソルが友好NPCを表す色に変わりミトは胸につまった息を吐きだした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

そうして始まった4層のエルフクエストは――本来は3層のエルフクエストもあれで終わりではないはずなのだけれど――気が抜けるくらい順調だった。

 

いや、ミトだってわかってはいる。そもそもたて続けに格上のNPCと遭遇する方がおかしいのだ。

 

海運ギルドにフォールンエルフの手紙を配達するクエストでは造船クエストで苦しめられた流通規制の真相を知ることになった。狭い町の住人同士だ。海運ギルドとしても長年連れ添ってきた造船ギルドに圧力をかけるのは本意ではなかったらしい。

 

「ごめん。親方ぁ。俺が馬鹿な真似したからぁ」

「男が簡単に泣くんじゃねえ! お前は仲間のためを思ってやったんだろう。だったら最後まで胸張ってやがれ!!」

 

だが、エルフから要求される大量の船の材料は彼らが用意できる量を上回り、かといってエルフとの契約上事実を明らかにするわけにもいかず、強権的に市場全ての材料をかき集めざるを得なかったらしい。

 

「こうなったら俺が責任もって森に行くよ」

「馬鹿やろう!! サウロの野郎がケガでいねえんだ。おめえ一人で行ってなんになる!」

 

海運ギルドは内部分裂寸前だった。

 

「でももう在庫がねえよ」

「……木材なら、ここにある!」

「そんなのどこに……だめだ親方!! 船をばらしちまったらどうやって仕事すればいいんだ!」

「うるせえ。俺たち海運ギルドは一度受けた仕事は絶対にやり遂げてきたんだ! 先代に顔向けできない真似はできねえ!」

「誰か親方を止めてくれ!!」

 

結局、不足していた材料はミト達が過剰に集めていたゴンドラの材料を融通することで片が付いた。

 

海運ギルドのトップは頑固だが、身内に慕われる昔気質の男だった。金稼ぎのために裏取引に応じる程度には清濁併せもつ面もあるが、それも含めて普通の男だ。

 

「迷惑かけちまってすまねえ。いろいろと世話になった」

 

傲慢で嫌な相手だと決めつけていたミトは、最後に男が桟橋が見えなくなるまで頭を下げ続ける姿を見つめて何とも言えない気持ちになった。

 

「同じ出来事でも“みかた”が変われば景色も変わる、か」

 

ケイは振り返ってミトを見た。

 

「今俺、うまいこと言った……?」

 

 

 

 

材料をフォールンエルフの基地に運ぶ際には、水生モンスターの群れと戦闘になった。

 

水運ギルドの護衛ということで並走していたミト達は最初泡を食ってこれに対応したが、幸いにしてモンスターはそれほど強いものではなかった。

 

ここで大活躍したのが《マグナテリウム》の上位素材で作られたゴンドラだ。単に耐久度が高いだけでなく、レアドロップで建造した船にはオプションパーツがつけられる。《火炎熊の硬角》を使って付けた衝角はレバーを引くと一定時間赤熱し、突進攻撃でモンスターを蹴散らした。

 

「やっぱり、いい船にして正解だったわね」とは、得意満面の笑みを浮かべたアスナの言葉だ。

 

その後もフォレストエルフの砦で一仕事あったがこちらも特に問題が起きることもなく、ミト達は再びフォールンエルフの基地に戻ってきていた。

 

「これで任務は完了だ。船の完成にはあと2日。作戦の大詰めまでは5日といったところだろう。それまでならばお前らを手伝ってやる」

 

不承不承といった表情で腕を組むカイサラにケイは言った。

 

「1日で十分だ」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はあー。そんなことになってたんだナ」

 

アスナから一連の出来事を聞いたアルゴと名乗る情報屋は長い感嘆のため息を吐いた。

 

場所は4層迷宮区。ケイは階層ボスを攻略する前に知り合いの情報屋に連絡すると言って、しばらく後に合流したのがこの女性だった。顔に鼠のヒゲのようなペイントをした奇抜なファッションに加えて、独特なイントネーションでしゃべる相手に距離感をつかみかねていたミトとは対照的にアスナはすぐに打ち解け、

 

「そんなムチャを繰り返したんじゃ、アーちゃんも苦労しただロ」

 

「本当ですよ。特にノルツァー将軍と交渉している時なんて生きた心地がしませんでした」

 

今ではあだ名で呼ばれるほどだ。

 

(《社交》スキルとかないかしら。あったら絶対とるのに……)

 

でも、熟練度上げに見ず知らずの他人としゃべらなきゃいけないとかだったらどうしよう、などと益体もないことを考えながら足を進める。

 

「それにしても……」アルゴが呆れと困惑を混ぜたような声を出した。

「あのエルフのオネーサン、強すぎじゃないカ?」

 

視線の先では出現するモンスターを鎧袖一触でなぎ倒すカイサラの姿があった。以前の濁りきった敵対カーソルの色を知っているミト達からすれば予想できていた姿だが、仲間になってからしか会っていないアルゴには少々刺激の強い光景であるらしい。

 

「ふっ! どうだみたか人族! これがフォールンエルフの力だ!」

 

「スゴーイ。キミは雑魚狩りが得意なフレンズなんだね」

 

「っっっ!!!」

 

そんなカイサラをおちょくって遊んでいるケイを見てアルゴはしみじみとつぶやいた。

 

「ケイは、相変わらず予測不能ダナ……」

 

マップは急速に埋まっていった。カイサラのおかげで戦闘で足を止めることも索敵に気を使うこともない。迷宮区の探索中だというのにミトもアスナも気楽なものだった。

 

「これはアルゴの装備だな」

 

道中の宝箱から黒革のローブを手に入れたケイはプロパティを確認すると、それをアルゴに手渡した。

 

「いいのカ? オイラはもらえるもんはもらっておく主義だが、こんなに貢がれると困っちまうゾ」

 

「かまわない。キミに死なれる方が何倍も困る」

 

アルゴの装備はケイと合流する前から一新されていた。

AGIに補正のある編み上げのサンダルに始まり、2層の皮装備より防御力の高いホットパンツに、HPに微上昇効果の付いたTシャツ。その上から上半身を守るのはやはり迷宮区で手に入れたジャケット。そこに今渡されたフーデッドローブをまとえば下手な金属防具をしのぐ防御力になる。

 

「いやー、愛されすぎて困っちまうナ」

 

「冗談めかすな。5層でもどうせ一人で圏外に出るつもりなんだろ。止めるつもりはないが、きちんと安全マージンは作っておけ」

 

そもそもケイがアルゴを呼び出した理由というのが彼女のレベリングのためだ。彼から聞いた話によると、元ベータテスターである彼女は後続のプレイヤーの安全を確保するために――本人はただの情報屋としての活動だと言っていたが――圏外に出てクエストやモンスターの情報を集めているらしい。

 

ミトもこれまで感じたことだが、製品版のSAOはベータ版とは違う。以前の情報をもとに行動していると、ところどころのヒヤリとするような変更――それもたいていはプレイヤーにとって悪い方に――が加えられていることがある。

 

そうでなくとも4層のように誰にとっても初めてのフィールドというものもあり、情報が命運を左右するというのはなんら大げさではない。

 

そんな中彼女は自ら危険な先遣隊としての役目を担っているのだが、呆れたことにレベルも装備も不十分なままたった一人で圏外に出ているというのだ。

 

彼女のレベル上げに協力することも、装備を譲り渡すことも反対するものはいなかった。

 

「ニャハハハハ。仕方ないから次の依頼は格安にしておくヨ」

 

「頼りにしている」

 

 

 

 

迷宮区の探索を始めてからおよそ半日。戦闘に時間を使わなかった分、マップの探索に力を入れたため最上階にたどり着いたのはその日の夜のことであったが、初めての迷宮区をこの時間で制覇したと考えれば早い方ではないだろうか。

 

ミト、アスナ、ケイ、キリト、イスケ、コタロー、そしてカイサラ。

 

扉の前で最後の小休止と装備やアイテムの確認を行ったミト達はゆっくりとボス部屋の扉を開いた。

 

アルゴはボス戦には不参加だ。装備は改善されたが開いたレベル差はどうにもならない。それに今回は2層の時のようにフロアボスに関連するクエストを発見できず、どのような戦闘になるかが未知数だ。ケイはアルゴの参加を頑なに認めなかった。

 

「俺たちが死んだら、情報はしっかり持ち帰ってくれ」

 

「縁起でもないこと言うなヨ。アーちゃん達もやばそうになったら無理せず撤退だからナ!」

 

「わかりました」

 

「キー坊もほどほどに頑張れよ!」

 

「わかってるさ。……とはいっても俺たちの出番があるかは疑問だけどな」

 

ぼやきながらキリトは視線をカイサラに向けた。

 

「ふんっ」

 

フォールンエルフの上級将校はNPCとは思えないほどの感情表現で軽く鼻を鳴らし、鞘から刀を抜き放った。

 

普通MMOのボス戦におけるNPCというのはプレイヤーの補助的な役割を担うのが一般的だが、この戦闘では彼女が中心的な役割を果たすだろうというのはパーティーの共通見解だ。

 

むしろ、この戦闘は彼女とフロアボスの力量差を確かめるためのものである。

彼女の力量をもってしてもボスに歯が立たないようであれば、このパーティーでのボス攻略はあきらめざるを得ない。

 

開幕、ボスの突進攻撃を真正面からソードスキルで打ち返した彼女はステイタスにおいていささかも劣っていないことを見せつけると、ネームドNPCにふさわしい強さでフロアボスに悲鳴をあげさせた。

 

「はああああああああっ!! どうした! こんなものか! 守護獣よ!」

 

驚異的なのは彼女の攻撃力の高さである。

かつては10層後半になるまで使用者が現れなかった《刀》スキルをカイサラは使用していた。

ベータテスト終盤で苦しめられた記憶そのままに、高威力かつ多彩なソードスキルは4層ボス《ウィスゲー・ザ・ヒッポカンプ》を翻弄していた。

 

そうして6段あるボスのHPバーが1本減った時に、キリトが呟いた。

 

「新モーションか?」

 

それまで水ブレス以外は近距離攻撃を行っていたヒッポカンプがミトやカイサラから離れていき、部屋の奥まで後退すると甲高い馬のいななき声をあげたのだ。

 

変化はすぐに訪れた。

 

ボスの周りにまとわりつくような白い霧が現れたかと思うと急速に体積を広げ、どういう原理か濁流もかくやという勢いで水があふれだしたのだ。

いままでは開いていたボス部屋の扉はいつの間にか閉まっており、あっという間に水は膝まで迫った。

 

「このままじゃ水没するぞ!」

 

叫ぶキリトが技を中断させようとボスに近づいたが、まるで水を得た魚のように素早くかわされてしまう。

 

ヒッポカンプは上半身は馬だが、下半身は魚のような見た目をしている。ミトはボスの性質を想像し冷や汗をかいた。

 

「扉もあかないでござる」

 

素早く扉に取り付いたイスケに続きミトも力を入れるが、扉はびくともしなかった。

 

さらに悪いことにヒッポカンプが動き始めても水流はやまず、なおも水位は増していく。

 

「とにかくひるませろ! 術を中断させるんだ!?」

 

「早すぎて追いつけないわよ!!」

 

悠々と動き回るヒッポカンプに翻弄されながらキリトとアスナが叫ぶ。

 

「面妖な術を! 卑怯だぞ守護獣!」

 

頼みの綱のカイサラも水流で動きが悪く現状を打破できそうにない。

 

水位はついに腰を超え、胸まで迫ろうとしている。

 

「きっとどこかにギミックがあるはずでござるよ!」

 

言葉はもはやミトの脳まで届いていなかった。

 

「このままじゃ……」

 

最悪の想像が頭をよぎる。

何の前触れもなく扉が開いたのはその瞬間だった。

 

「きゃああああああ!」

「ぬおおおおおお!?」

「うわわわわわわっ!」

 

部屋の外に押し流されたミトは上下さかさまに柵に引っかかった。

 

「いったい何なの……?」

「とりあえずどいてくれるか、ミーちゃん」

「あ、アルゴさん! ごめんなさい」

 

アルゴを下敷きにして。

 

「それで、いったいなにがあったのか教えてくれよナ。突然扉が閉まってわけがわからないんダ」

 

扉の外から声をかけたが返事がなく、意を決して扉を引いたら水流と一緒にミト達が流れてきたと困惑気味に語るアルゴにミトはボスのギミックを話した。

 

「そういうことならオイラに任せておきナ。次からはもっと早く開けてやるヨ」

 

胸を張るアルゴを外に残してミトは足早にボス部屋に戻った。

 

部屋が水没する攻撃は合計5回。ボスのHPが減るたびに使われたが、攻略法がわかっていれば苦戦するものではない。

 

一時はヒヤリとする場面を迎えたものの、4層ボスはまもなく攻略されミト達は誰一人欠けることなく5層への階段を昇って行った。

 


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