妹はお姫様 僕はメイド   作:萬屋久兵衛

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#マネさん生きろ

 

「……お兄、ちょっといい?」

 

 夕食を終えて食器を洗っている奏多に、佳苗が声をかけてきた。

 

「なんだ?」

 

 居間で顔を突き合わせて食事をしている最中から佳苗が露骨に話しかけたそうな雰囲気を出していたので身構えていた奏多は、ついに来たかといつも通りを装いながら落ち着いて返事をする。

 佳苗は普段であれば黙々と食事をしてしゃべるどころか目も合わせようとしないのに、今日はやたらと視線を感じていたし、いつもは食べ終わったらすぐに自分の部屋に籠もってしまうのだが、ずっとテーブルに座って食器を洗う奏多の背中をじっと見ていたので奏多はそう判断していた。

 それならこちらから話しかけてやればいいのだが、勘違いだったら気まずすぎたので奏多には自分から話しかけることができなかったのである。

 最近は佳苗の配信トラブルを解決する、という大義名分により会話の機会を得たが、かと言って普段の会話が増えたのかというとそんなこともなく、佳苗は普段通り素っ気ない態度を通しているので奏多としては話しかけるきっかけを作ることができなかったのだ。

 以前よりは当たりがましになったような気がするのでなんの変化もないということは決してないのだが、奏多としては以前のように良好な関係と言わないのでちょっとした会話ができるぐらいには関係を修復したい。

 しかし、関係を損ねた責任が自分にある以上こちらから歩み寄る勇気はなかった。

 だからこそ、佳苗から話しかけてくる数少ない機会に関係を可能な限り改善すべく内心では気合いを入れていたが、奏多はそんなことはおくびにも出さない。

 努めてなんでもない風に振り返った奏多だが、渋面顔の佳苗を見て早くも心がくじけそうになった。

 奏多は高校の部活とはいえ、役者として人の感情表現について研究したりもしていたのだが、そんなスキルは必要ないぐらいに分かりやすく話すのが不本意ですという態度だ。

 幸い佳苗は内心のびくついている奏多に気がついていない様子で口を開いた。

 

「今度の土曜日、時間ある?」

 

「土曜日?特に予定もないから大丈夫だけど……」

 

「そう。それじゃあちょっと付き合ってくんない?」

 

 佳苗の言葉に奏多は首を傾げる。

 ラブコメな世界の主人公とヒロインなら付き合うの意味を誤解するところだが、これはラブコメではないし兄妹ではそんな誤解も起きようがない。

 

「付き合うって……買い物か?」

 

 今まで荷物持ちだって請け負ったことはないというのに、と疑問を呈す奏多に佳苗はかぶりを振る。

 

「違うっての。……マネージャーが配信に出てきたメイドを一回事務所に連れてこいって」

 

「あ、ああ。そういう……」

 

 奏多は納得すると共に、ついに来たかと内心でため息を吐く。

 佳苗の寝落ちをフォローするためとはいえ、勝手に配信に顔を出したのは事務所的には問題だっただろうし、佳苗の過失の流れとはいえ事務所のあずかり知らぬところで勝手に設定を生やすのも不味かった。

 ……思い返してみれば何もかも佳苗がポンなのが悪い気がするのだが、あえて突っ込まないことにする。

 ともかく、会社としてもなにかしら注意なり説教なりをしないわけにはいくまい。

 契約違反として糾弾されることは無いと思うが、気が重い話であることは間違いない。

 ……まあ、だからといって拒否するという選択肢は無いのだけれど。

 

「わかった、付き合うよ」

 

「ん」

 

 奏多の承諾に佳苗は小さくうなずいた。やはり不機嫌そうに見えるが、自分の仕事場に身内を連れて行かなければならないとなればこんな顔もするだろう。奏多とて両親が仕事場に挨拶に来るなんて事態は考えたくもない。

 だから、奏多は自らに言い聞かせる。佳苗が不機嫌なのはあくまでそういう理由だからで、自分と行動を共にするのが嫌なわけではないはずだと。

 

 

    ✳︎

 

 

 土曜日を迎えて、奏多と佳苗はふたりして都内の某駅からVスタイル事務所に向かって歩いていた。

 奏多はスーツに菓子折という謝罪スタイルで赴こうとしていたのだが、佳苗の反発を受けたことによりいつも通りの私服な出で立ちだ。

 

「まったく、ただ呼び出されただけなんだから、スーツだの菓子折だの、堅っ苦しいことしようとしなくていいっての。そんな大袈裟なことしたら恥ずかしいじゃない。別にマネージャーも怒ってるわけじゃないからそんなことする必要ないの」

 

 ぷりぷりと怒る佳苗であるが、奏多としては道中無言でいる方が何倍も辛かったのでむしろありがたい。雑踏の中を上手にすり抜けながら斜め後ろを付いて歩く奏多を睨む佳苗に器用なものだと感心しつつ、奏多は自らの言い分を述べる。

 

「しかしだなあ。普通に考えたら事務所に迷惑をかけてるわけだから、社会人としてはどんな理由で呼び出されたにせよ謝罪のポーズはとっておきたいんだが……。そもそも、怒られるわけじゃないならどんな理由で呼び出されたんだ?僕は」

 

「さあ」

 

「さあって、お前……」

 

 佳苗が普段どの程度の頻度で事務所に通っているのかは知らないが、わざわざ隣県から都内まで出てきたのだから、せめて用向きだけでも聞いておいて欲しかったのだが……。

 奏多がそういったニュアンスの視線を向けると、何となく言いたいことが伝わったのか佳苗が言い訳するように反論してくる。

 

「なんか今後の動きについてどうとか言ってたし、どうせ大したことじゃないっての。配信の裏事情を言いふらさないようにしろとかあまり配信に首突っ込むなとかそういう話でしょ」

 

「それならいいんだけどな……」

 

 そういった諸注意や口止めの話で済むなら奏多としてはそれでかまわない。

 奏多としては、佳苗の配信業に支障が出る話でなければどんなお叱りでも甘んじて受け入れるつもりだった。自分の絡む事情で佳苗が何らかのペナルティーを受けるとなってはただでさえ没交渉な兄妹関係にどうしようもない亀裂が生じることになりかねない。

 しかしまあ、悪い方にばかり考えているが、どちらかと言えば佳苗の助けになることをやったつもりだし、VTuberシャルロッテ・ハノーファーのブランドに傷をつけたわけではないのだ。悪くても厳重注意で済むだろうと奏多は自分に言い聞かせながら、佳苗の後を付いていく。

 事務所の入居しているオフィスビルは駅からほど近い場所に存在したため、ふたりはたいして歩くこともなく到着した。

 エレベーターで事務所の入った階に降りたふたりを、ひとりの女性が待ち受けていた。歳の頃は奏多と同世代に見えるので二十代半ばだろうか。

 

「あれ、狛江さん、お疲れです。わざわざ出てこなくても勝手に入るのに」

 

 佳苗の言葉に彼女──狛江は、呆れたようにため息を吐く。

 

「佳苗ちゃん、お疲れ様。私も出待ちなんてしたくなかったけど、どこかの誰かが連絡を無視するから仕方なかったのよね」

 

「え、嘘?」

 

 どこかの誰かが自分のことだと了解した佳苗は、慌ててバッグからスマホを取り出し確認する。

 

「……あ、ああ~。お兄は社員証ないから入室手続きしないとか」

 

「まったくもう。ビルについた時に連絡してくれればこんな事しなくてよかったのに。先に言っておかなかったのは申し訳ないけど、スマホぐらい確認して頂戴。……すみません、受付に人を置いていないものですから。先に手続きをお願いします」

 

「かまいませんよ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる狛江に、奏多は愛想良く応じて入室手続きの用紙に記帳する。セキュリティ意識の高い企業にはよくある話だ。身バレに気をつかうVTuberの事務所であれば尚更だろう。

 土曜日にもかかわらず人気の多いオフィスを横断して奥の会議室に案内される。

 

「本日はご足労頂きありがとうございます。私はVスタイル運営会社である株式会社マイウェイ、マネジメント部の狛江です。要は佳苗さんのマネージャーですね」

 

「頂戴します……。風祭奏多です。妹がいつもお世話になっております。このたびはご迷惑をおかけいたしまして……」

 

 差し出された名刺を受け取りつつ奏多も名乗った。席を勧めてくれる狛江に促されて着席する。

 

「いえいえ、とんでもございません。本来であれば私共の方で佳苗さんのフォローに入らなければならなかったのですが、いかんせん深夜の配信を逐一確認するには人手が足りず……」

 

「いやいや、流石に深夜の配信まで監督していたら身が持たないでしょう。私もちょくちょくVスタイルの配信を拝見しておりますが、遅い時間の配信でこの後打ち合わせなんて話しているのを聞くと、マネージャーさんは大変なんだろうなと常々……」

 

「ありがとうございます。いやあ、所属タレントには夜型人間が多いですから、それに合わせてしまうとどうしても……」

 

「ねえ、そんなこといいから本題に入ってくんない?」

 

 挨拶からシームレスに始まった社会人同士の雑談に、放っておかれた佳苗がめんどくさそうに突っ込みを入れる。

 

「え、ええ、そうね。……ごほん。改めまして、本日はご足労頂きありがとうございます。佳苗さんからお伝えされているかと思いますが、奏多さんも関わった一連の流れを踏まえて、今後の対応についてご相談したく」

 

「はい。私がいらぬことをしたばかりに、お手間をおかけしまして。ご迷惑をおかけいたしました」

 

 仕切り直して話を切り出してきた狛江に、奏多は頭を下げる。話がどのような方向に転ぶにしろ、どのような理由にせよ、奏多がアドリブで始めたメイドの振りに対してつじつまを合わせてくれたのだからこうするのが筋だろうという判断だ。

 

「いえ、先ほども申し上げましたが、上手いこと立ち回っていただいてこちらが感謝しなければならないぐらいです。寝落ちにしろマイクの切り忘れにしろ、ひとつ間違っていたら炎上案件ですから」

 

 狛江にちらりと目線を向けられて、佳苗が目を逸らす。

 

「そういうわけですから、今回の件については本当にお気になさらないでください。本日お越し頂いたのは今後に向けた建設的な話をするためでして」

 

「建設的な話……、ですか?」

 

 奏多はどうやらお咎めはなさそうな様子にほっとしつつも、狛江の口ぶりに首を傾げる。今後の対策だとか注意事項ということならば理解できるが、建設的という語句からはどこかもっと前向きなニュアンスを感じたのだ。

 

「ええ、その通りです。実は、奏多さんにはシャルロッテのメイドとして積極的な支援をお願いできればと」

 

「はあ!?」

 

 勢い込んで話す狛江の言葉に、隣で我関せずといった風にしていた佳苗が驚愕の声を上げた。佳苗に先を越されて声を上げ損ねた奏多だが、困惑の表情を見せつつその意図を確認する。

 

「その……、積極的な、というのは?」

 

「はい。お恥ずかしい話なのですが、弊社のマネジメント体勢はまだ盤石とは言えず、タレントに対して十分なサポートができていない状態なのです。寝落ちについてはともかく、配信の設定等については本来こちらで対応するべき案件ですから……」

 

「いやまあ確かにそういう相談とかできる人がいないのは不満ではあるけど、別に他のライバーなり、最悪もよこさんにお願いすれば……」

 

 沈痛な表情を見せる狛江に対して、佳苗が嫌そうな表情で反論する。

 

「そうは言っても、この前だって他のライバーじゃどうしようもなかったから奏多さんに頼ったんでしょう?後、松方さんは松方さんで本業が忙しい人なんだからあんまり頼っちゃ駄目よ」

 

 話に出てきた松方もよこのことは奏多も知っていた。Vスタイルに所属するライバーのひとりで、天才ハカーを自称するパソコン強者だ。今までも他ライバーの求めに応じてトラブルを解決してきた御仁だが、ブラック企業勤めらしくいつも死にそうな声音をしているので、皆彼女に頼るのはどうしようもない時の最終手段にしているのである。

 

「別に、配信に顔を出していただくとかそういう必要はないんです。奏多さんはパソコンや配信ソフトの知識もお持ちのようですし、佳苗さんの配信でトラブルがあった際に助力いただければということでして。何かあった時に匿名の人物が助けた、ということにするよりは身内のメイドが助けたということにした方が視聴者の心証も良いですから。……メイドのニーナは視聴者人気も高いようですから、配信に参加していただいても問題はないですよ?」

 

「いやあ、配信参加は流石に……」

 

「タレントの身内が配信に参加するのは、無い話ではないですから気兼ねされる必要はありませんよ?配信リテラシー講習をこの後受講して頂く予定ですが、それを受けていただいていれば問題ありません。魔月夕凪はお母様の声が入るのを配信芸にしていますし、喜瀬川吉野は普通に妹さんが一緒にゲームをプレイしますからね。喜瀬川の配信に出てくる”バイト君”に関しては喜瀬川が頑なに存在を隠すので講習未受講なんですが……」

 

 メイドが配信に出たことでSNSのトレンドになりシャルロッテのチャンネル登録者が増加したためか、やたらと押してくる狛江に奏多は苦笑する。 

 トラブルが起こった時の手助けという点では奏多も理解できたが、隣の佳苗が余計なことをするなと言わんばかりにこちらを睨んできている以上、配信に参加するのは難しいだろう。

 

「手助けの件については承知しました。私の出来る範囲で助力しましょう」

 

「……まあ、なんかあった時に質問できるのは助かるっちゃ助かるけど……」

 

 奏多の返答を聞いて、佳苗も渋々といった様子で了承する。もっと嫌がるかと思っていたのだが、佳苗はあまりパソコンに強くないので必要経費ということで妥協したのだろう。

 

「ありがとうございます。いやあ、助かりますよ。佳苗ちゃんはけっこうポンなところあるでしょう?私もできる限り配信を見ていられるようにしているのですが、中々そうもいかなくて……。お姉さんがフォローしてくれるなら問題ないでしょう」

 

「ちょっと!ポンは余計じゃない!?」

 

 肩の荷が降りたという風に笑う狛江に佳苗が抗議するが、最近妹のそういった一面を見せつけられたばかりの奏多は内心肯定していた。

 そして、狛江の言葉を一部訂正するために口を開こうとしたのだが、狛江のスマホの着信音が鳴ったことで遮られてしまう。

 

「あ、すみません!マナーモードにし忘れていました……。それでは、今後ともよろしくお願いします。先ほども申し上げました配信リテラシー講習の担当者を呼んでまいりますのでそのままお待ちください。佳苗ちゃんは退出して大丈夫だから!」

 

 狛江はスマホを手に取り画面を確認すると顔をしかめ、一方的に挨拶をしてから慌ただしく部屋を出て行った。なにかしらトラブルが発生したのかもしれない。

 それを見送った後、奏多は佳苗に話しかける。

 

「……なあ。狛江さんには僕のことはなんて説明したんだ?」

 

 まどろっこしい話が終わって伸びをしていた佳苗は奏多の言葉に不審気な顔をしながら答える。

 

「何って、私の身内ですって」

 

「ああ、そういう……」

 

「そういうって何よ」

 

 奏多がため息を吐くと、何か咎められたと思ったらしい佳苗がつっかかってくる。奏多としては責める意図はないので、ちゃんと説明してやる。

 

「いや、あの人僕のことをお姉さん、って言ってたから、なんか勘違いされてるなと思ってな」

 

「ああ……。確かに兄とは言わなかったけど。ていうか、あんたがそんな恰好してるのが悪いんでしょ」

 

「別に普通の恰好だけどな……」

 

 佳苗に指摘された奏多は自分の服装を確認する。スーツは却下されてしまったので私服で訪問したのは確かだし、その私服がユニセックスな感じで女性が着ていてもおかしくない意匠であることは否定しないが、性別を間違えるほどだとは思えなかった。

 

「あんたねえ……。ただでさえ女顔で髪も長いんだから紛らわしい恰好するなっての」

 

 確かに奏多は自らの趣味のためにスキンケアを欠かさないので男らしからぬ肌つやをしているかもしれないし、髪も肩にかかるぐらいには伸ばしているのでそう見えなくもないかもしれなかった。

 

「……声なんかも明らかに男だしわかると思うけどなあ」

 

「配信で出した声なんて作ってなんぼなんだから、あんたもそうしたと思われてるわよ。というか、あんたより低い地声のライバーなんていくらでもいるっての」

 

「嘘、だれなんそれ」

 

「教えるわけないでしょ」

 

 結局、奏多と佳苗は会議室で雑談して過ごし、講習の担当者が来たことで佳苗は先に帰った。

 久しぶりに妹とまともに会話できた奏多はそのことに浮かれて性別を訂正することなんてすっかり忘れていたし、その後狛江とも会わないまま事務所を後にしたのでその機会もなかった。

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