妹はお姫様 僕はメイド   作:萬屋久兵衛

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#今日の遅刻

 

「白鞘さま……さんが?僕に?」

 

 部屋を訪ねてきた佳苗の説明に奏多が目を丸くした。

 佳苗はいかにも面倒くさいと言わんばかりの表情で首肯する。

 

「そ。ご迷惑をおかけしたので是非とも直接お詫びをしたいって」

 

 ご迷惑というのが先日の配信で件の白鞘ユニが大遅刻をかまし、急遽奏多がニーナとして配信に代打で参加したことを言っているのは間違いあるまい。

 しかし、奏多としてはあくまでも佳苗の補助として参加したのであって、ユニが奏多に負い目を感じる必要は一切無い。というのが奏多の意見であるのだが。

 

「僕なんかに詫びを入れるぐらいなら、佳苗や他の参加者にお詫びをするべきだと思うんだけれど」

 

「もちろんあの子だってそのつもりよ。コラボの参加者に焼き肉を奢るってことで話はついてるわ。その焼き肉に、お兄も誘いたいんだって」

 

 佳苗の説明に、奏多は首を傾げる。

 

「ううん……。ライバーの身内とはいえ、流石にリアルで顔を合わせるのはどうなんだ?VTuber的に」

 

 確かに奏多はVスタイルから佳苗の補助として配信に顔を出すことのお墨付きを得ているが、可能な限り秘すべきライバーの()()()を進んで明かすようなことはいかがなものだろうか。

 

「私だってそう言って反対したわよ。それなのに、一緒に話を聞いてたアイと雪緒が連れてこいってうるさいから……。まったく、事務所の焼き肉に何で身内を同伴しなきゃいけないのよ」

 

 ぶつぶつと不満を零す佳苗を横目に、奏多はさてどうしたものかと思考する。

 清く正しいいちVTuberファンとしては彼女たちの中の人に会うのはマナー違反な気もするが、佳苗と彼女たちの今後の関係を考慮すると無碍に断るのも気が引ける。

 

「で、どうするのよ?私はどっちでも良いわ」

 

 投げやりな佳苗の言葉にしばし黙考した後、奏多は答えを出した。

 

「……分かった。せっかくだからお邪魔するよ」

 

 どちらを取っても一長一短なのだから、自分の好奇心に従って選択するのもよかろうと判断したのである。

 

「あっそ。まあ今回は世話にもなったから別に良いけど、皆が可愛いからって粉かけようなんて恥ずかしい真似しないでよね」

 

 釘を刺す佳苗に奏多は肩をすくめつつあっさりと答える。

 

「ああ、それなら大丈夫だよ。僕、異性の見た目には興味ないから」

 

 奏多の言葉に怪訝な表情を浮かべた佳苗であったが、すぐに表情を戻すと鼻を鳴らした。

 

「大事なのは見た目じゃなくて中身って言いたいわけ?それなら良いけど、言ったからにはそれに相応しい行動をしてよね。それじゃ、後で候補日連絡するから……ホントに止めてちょうだいね?」

 

 佳苗の念押しに奏多がはいはいと頷くと、佳苗は再び鼻を鳴らして部屋を出ていった。

 その後ろ姿を見送りつつも、まったく信用が無いなと奏多は苦笑する。

 ここのところ何度も佳苗のフォローをしていて少しずつ関係が改善していると思うのだが、完全修復とはなかなかいかないらしい。

 少なくとも、佳苗の仕事仲間に手を出すようなつもりは一切ないのだが……。

 佳苗にははっきりと伝えなかったが、奏多は本当にどんな魅力的な外見の女性が出てきても(なび)かない自信があった。

 なにせ自分が理想とする女性には、いつでも自分自身がなれるのだから。

 

    *

 

 都内某所の有名な待ち合わせスポットに到着すると、佳苗はぐるりと周囲を見渡してから頷いた。

 

「まあ当然誰もいないわよね」

 

「今はもう集合時間二分前なんだけどな」

 

 この時間なら誰かしら到着していてもおかしくはないだろうと奏多が言外に伝えるも、佳苗は頭を振る。

 

「時間通りに待ち合わせ場所に到着できるようなまともなやつがVTuberにいるわけないでしょ」

 

「全員が全員そういう人なわけじゃないだろう?」

 

「少なくとも私の周り(Vスタイル)はだいたいそんな感じよ?」

 

「……」

 

 奏多はその言葉に反論するために常識的そうなVスタイルのライバーを思い浮かべようとしたが、この人は間違いないと太鼓判を押せる相手がいなかったので反論できなかった。

 

「出発予定十分前に当然のように爆睡していたやつが言うと信憑性があるな……」

 

「私はこの事態を見越していたのよ」

 

 代わりに口にした皮肉に対し、佳苗は何でもないように言い切った。

 これでは寝惚ける佳苗を急かして何とか時間前に間に合わせた自分が馬鹿みたいだと奏多はため息を吐く。

 

「……一応松方さんは事前に本業のトラブルで休日出勤になったから来れないって連絡をくれてる分常識的じゃないか?」

 

 逆に言うと他の面々は現時点で誰も連絡を寄越してきていないが。

 

「私からすればさっさと辞めちゃえばいいのにブラック企業で働き続けるのも非常識だと思うけど」

 

「やめて差し上げろ……」

 

 もよこどころか社会人全体を敵に回しそうな佳苗の発言に顔を引きつらせる奏多。

 社会の荒波にもまれていない学生はなんと無邪気なことかと戦慄していると、奏多達に声がかけられた。

 

「やあやあどーもどーも~」

 

 間延びしたお気楽な声にで相手を推察した奏多は、普段の配信からしてちゃらんぽらんな性格が透けて見える彼女が一番早く到着するのは予想外だと思いつつ振り返り、そして目を丸くした。

 そこにいたのは、有り体に言えばギャルであった。

 パーマをかけた金髪に、バッチリ決められたメイク。長く伸ばしてデコレーションされた爪は、おそらくつけ爪(ネイルチップ)だろう。

 季節はもう秋口に差し掛かろうとしているのにヘソ出しコーデを選んでくるあたり、ファッションにも気合いが入っているのがわかる。

 そんなギャルがへらへらとした笑みを浮かべ、手をひらひらと振りながら近づいてくる。

 

「へろへろ~。姫ちん今日は早いじゃん」

 

「別に普通でしょ」

 

「とか言っちゃって〜。いつもだったら絶対にこんな時間に来ないじゃんさ〜。どうせメイドさんに起こしてもらったんでしょ〜?」

 

 ギャルに即正解を当てられた佳苗は視線を逸らして誤魔化した。そんなに簡単に正解を言い当てられる程に遅刻の常習犯なのかと呆れる奏多に、ギャルの視線が向けられる。

 

「そんで、そちらがメイドさんってことだよね~?アイオライトで~す。外ではまあ、アイちゃんとでも呼んでちょーだい。よろよろ~」

 

 予想通りの相手であったのに予想を大きく裏切られた奏多であったが、なんとか気を取り直して口を開いた。

 

「すみませ~ん!遅れましたあ!」

 

 そんな奏多を遮るように、ひとりの女性が三人の輪に飛び込んできた。

 よほど急いできたのかぜひぜひと息を荒げているその女性に、佳苗が声をかける。

 

「急いできたっぽいのは認めるけれど、今回はどうして遅れてきた感じ?」

 

「な、何か家の方からバスに乗ってこようとしたら……どのバスも混んでて……バ、バス停を三回ぐらいスルーされて……」

 

「そんなことある……?」

 

 困惑する佳苗に奏多は内心で同意する。出勤時間や退勤時間ならともかく休日の夕方にバスがそんなに混み合うことがあるのだろうか?

 

「わ、わたしも……こんなこと、はじめてで……」

 

 しかし、息も絶え絶えな女性の様子を見るにその理由が遅刻の言い訳だとは思えなかった。何らかのイベントの行き帰りにでもぶつかってしまったのだろうと奏多はとりあえず納得することにしつつ、ポケットからハンカチを取り出して女性に差し出す。

 

「よろしければこちらをどうぞ」

 

「あ”、あ”りがとうございます」

 

 女性はハンカチで汗ばんだ顔を豪快に拭っていく。奏多としてはそのために渡したので問題はないのだが、あんな使い方をしたら化粧が落ちてしまうのではないかと心配になってくる。

 汗を拭いて人心地ついたらしい女性は視線を奏多に向け、そこでようやく自分にハンカチを差し出した人物が初対面だと気がついたらしい。

 

「もしかして、メイドさんですか?」

 

「え、ええ……」

 

 奏多が肯定すると、その女性は慌てて姿勢を正した。

 

「初めまして!白鞘ユニです!先日はありがとうございました!」

 

「ちょっと!こんな往来で目立つことしないでちょうだい!」

 

「ああ!すみません~!」

 

「というか遅れるなら先に連絡入れなさいよ!」

 

「いつも皆遅れてくるからつい~!」

 

 まるでトラブルが起きた客先に謝罪する営業のような頭の下げっぷりを見せる女性──白鞘ユニを佳苗が叱り飛ばすと、今度は佳苗に向かって頭をペコペコと下げ始める。

 奏多の見立てでは落ち着いた身なり等からユニは社会人ではないかと予測しているのだが、大学生である佳苗に頭を下げるユニの姿はとてもそうには見えなかった。

 ガワの幼なげな見た目や口調からは年下感があったので印象通りではあるが。

 それに年齢の上下よりも配信年数の長さが上下関係において優先される傾向のある業界であるから、こういう光景が当たり前の環境なのかもしれない。

 そもそもアバターの設定上年齢が三桁四桁のライバーも存在するのに年齢もなにもないということもあるのだろうが。

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

 とりあえずふたりをなだめようと奏多が声をかける前に、のほほんとした声が割って入ってきた。

 声の主である女性は佳苗に頭を下げるユニを見て首をかしげた。

 

「……なにかあったのですか?」

 

「え、ええと……」

 

 困惑するユニを気にすることなく、その女性は一同の中から奏多を見つけてふわりとした笑みを浮かべた。

 

「もしかしてメイドさんですか?うわあ、声のイメージとぴったりですね!」

 

「は、はあ……ありがとうございます」

 

「あ、私、更科雪緒です。と言っても他の人は揃ってるからわかりますよね。改めまして、よろしくお願いしますね」

 

 頭を下げる所作も身なりも実に折り目正しく、奏多には更科雪緒が視聴者から真の清楚と呼ばれる理由がわかる気がした。

 

「あ~……ちょっと雪緒?あんたもうちょっとこう、せめて申し訳なさそうな感じで来るとかそういうのはないの?」

 

「え?どうして?」

 

 佳苗の言葉に不思議そうな顔をする雪緒に、アイオライトが皆が思っているであろうことを指摘する。

 

「姫ちんは遅刻してきたくせにまったく悪びれない雪緒ちゃんに呆れてるんだと思うよ~」

 

「そうなんだけど、自分も遅れてきたあんたが言うのはどうなのよ……」

 

「へ?集合時間は三十分後でしょう?」

 

「あ~、雪緒先輩。その時間だと店の予約が取れなかったから時間早めたってグループラインに流しましたよね……?」

 

「ええ!?」

 

 ユニの指摘に雪緒は驚愕した様子を見せて、慌ててスマホを取り出して操作し始めた。

 

「あ……あ~!!」

 

 先ほどのユニと同じようにぺこぺこと頭を下げ始めた雪緒を見て、奏多はこれがVスタイルかと感心する。

 奏多に起こされなければ寝坊していた佳苗ことシャルロッテ・ハノーファー。おそらく特に理由もなく遅れてきたアイオライト・ペテルギウス。謎の不幸に見舞われた白鞘ユニ。そしてうっかり時間を間違えた更科雪緒。

 未遂の佳苗を含め全員当然のように遅刻をかまして置きながら、四人が四人とも遅刻理由で個性を出してくるとは。

 とにかくこの場で騒ぐのはあまりよろしくないと、奏多は四人に声をかける。

 

「皆様、とりあえず移動しませんか?予約の時間もあることですし」

 

「ああ、そうですね。それではご案内します!」

 

 ユニの先導に従って移動し入店した焼き肉屋は特別高いお店ということもなく、至って普通のチェーン店であった。 

 

「すみませんメイドさん。本当はもっと良いお店にご招待したかったんですが、今のわたしの収入じゃ難しくて……」

 

 奏多としては特に思うところはなかったしそんな表情をしているつもりも一切なかったのだが、ユニはそう言って気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「どうぞお構いなく。私はおまけのようなものですから。むしろわざわざご招待いただいて恐縮しているぐらいです」

 

「いえいえとんでもないです!急な代役を引き受けていただいたのですからメイドさんにもお礼をするのは当然です!今日の主賓だっていうぐらいのつもりでいていただいて大丈夫ですので!」

 

 そんなユニの言葉に佳苗がツッコミを入れた。

 

「ふうん。それじゃあ約束を忘れられた私たちの方がおまけってわけ?」

 

「え”!?い、いや!今のはそういうことでは……!ライバーでもない部外者のメイドさんにはわざわざご足労いただいたということもあるからでして……!」

 

 慌てて弁解をするユニに雪緒が苦笑して救いの手を差し伸べる。

 

「シャルちゃんったら、ユニちゃんを困らせちゃダメだよ。ユニちゃんだってこうして誠意を示そうとしてくれているんだから」

 

「わかってるって。冗談よ冗談」

 

「そうそう。後で稼げるようになったときに高いお店に連れてってくれれば全然問題ないよな~」

 

「……じょ、冗談ですよね?」

 

「私はちゃんと冗談よ!」

 

 そんなやり取りを挟みつつ店内に入店して席に着くと、ユニは他の四人に頭を下げた。

 

「改めまして皆さん、このたびはわたしのうっかりでご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございません。そして、上手く場をつないでいただきありがとうございました」

 

 そんなユニに佳苗は面倒くさそうにひらひらと手を振る。

 

「別にもう気にしてないわよ堅苦しいわねえ。結果的に再生数も皆のチャンネル登録者数も稼げたし今さら誰も怒っちゃいないわよ」

 

 今回の一件はやらかした側からすれば重大事件かもしれないが、他の参加者や視聴者からすればお祭り案件でしかなかった。

 遅刻の理由も微笑ましいものであるし、配信は今話題のメイドが助っ人として入ったことでつつがなく進行するだけでなく良い意味で盛り上がりをみせたのである。

 ネガティブな意見も遅刻に厳しい視聴者のコメントが多少付いたぐらいで、結果的には()()()()配信だったと言える。

 

「そうだよユニちゃん。こういうのは助け合いだもの。それにこうしてご飯を奢ってもらってるわけだし」

 

「もよちんは奢ってもらえてないけどな~」

 

「も、もよこ先輩にはお時間があるときにご馳走しますので!メイドさんも、本当にありがとうございました」

 

「先ほども申し上げましたが、私は姫様の補助として入っただけですからお気になさらず」

 

「そういうことだからこいつのことは気にする必要ないのよ。それよりさっさと注文をしちゃいましょう」

 

 これでお終いと言わんばかりに佳苗が話を打ち切り注文を始める。

 奏多としてもせっかくの食事なのだから良い雰囲気の中で楽しみたいので異論はない。

 だから、さんポカの面々が急いで帰宅している白鞘ユニの存在を忘れて配信を終わろうとしていたことは指摘しないことにする。

 

「そういえば皆さん、リアルで会うときもお互いの呼び方は変えないんですね」

 

 代わりに気になっていたことを口にすると、雪緒がそれに答えてくれる。

 

「案外となりのグループがしている会話なんて聞いていないものですから。よほど大きな声でしゃべったり悪目立ちでもしない限り、問題ないというのがVスタイルのスタンスです」

 

「地声と配信するときの声もけっこう印象変わるからな〜」

 

 確かにアイオライトの言うとおりで、ライバー、特に女性の場合は配信で声を作る者が多い。低く一本調子な声でしゃべるよりも良く通る明るい声ではきはきとしゃべる方が聞き心地が良くなるものだからだ。

 むろん、中にはそんなの関係ないと言わんばかりダウナーなしゃべりをする者もいるし、視聴者ウケなど関係ないと言わんばかりに普通にしゃべる者も存在するのだが。

 そうは言ってもVスタイルの方針は奏多には緩く感じた。業界の事情など奏多には知るよしもないが、いざなにかがあったときに事務所はしっかりと対応できる体制が整っているのだろうか。

 妹が所属している以上、ライバーへの配慮やケアは万全にしていてほしいのだが……。

 

「それに、配信とリアルで使い分けてるとうっかり配信上で名前を言うやつが出てきそうだしね」

 

「ああ……」

 

 佳苗の言葉に深く納得した奏多に、雪緒が話しかけてくる。

 

「そういえばメイドさんもけっこう地声は低いですよね。私はてっきり低めに作っていらっしゃるのかと思っていましたよ」

 

「そうですか?私としては高い方だと思うのですが……」

 

 奏多は男性の中でも背は低い方だし声は高い。女装に目覚める前の奏多はどうせなら逆になっていれば良かったと常々思っていたものだが、今となってはこれでよかったと思っている。

 そこでふと、奏多は自分が名乗っていなかったことを思い出した。

 

「すみません。すっかりご挨拶を失念しておりました。私は風祭奏多です。妹がいつもお世話になっております」

 

「あ、やっぱりお身内の方だったんですね。シャルちゃんがあまりメイドさんのことをしゃべりたがらないからなにか特別なご事情でもある方なのかとも思っていたのですが」

 

「というかこれまで一緒にやってきてて、姉がいることをはじめて聞いたな~」

 

 どうやら佳苗は奏多のことを周囲に話していなかったらしい。奏多が佳苗の方をちらりと見ると、不機嫌そうな顔で水をちびちびと飲んでいる。妹としてはほとんど口も聞かない兄のことをわざわざ吹聴したりはしないだろうなと自分をなぐさめつつも、アイオライトの間違いを訂正しようと口を開き──。

 

「それよりも!実はメイドさんにお願いがありまして!」

 

 その前に、ユニが口を挟んだことで全員が彼女に視線を向ける。

 

「なんでしょう?」

 

 やたらと気合いの入った様子のユニを不思議に思いつつ奏多が問いかけると、ユニはテーブルから身を乗り出さんばかりに勢い込んだ様子で願いを口にした。

 

「わたしと、付き合ってください!」

 

「……はい?」

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