多分神様が作ったタイプの天才
綾小路、人生には三つの大切なことがあるらしいんだ。
これは師匠からの受け売りなんだけど、その三つは憧れと恋と夢らしい。憧れだけだと届かず、恋だけだと続かない、夢だけじゃ意味が無い。
一つ知るだけでは未熟者、二つ知るだけでは半端者、三つ知ってようやく一人前らしい。
だから君はこの三つをまず探してみるのはどうかな? もし三つ全てを揃えることができたなら、その時は――。
君は間違いなく無敵になれる。
師匠は言った、勉強しろと。
師匠は言った、真面目に過ごせと。
師匠は言った、他者には敬意を払えと。
師匠は言った、力には責任が伴うと。
師匠は言った、やるなら勝てと。
師匠は言った……掴んだら必ず壊せと。
自分が幸運な人生を歩んでいると気が付いたのはいつ頃だっただろうか?
乗っていた飛行機が墜落したのに自分だけが何故か生き残った時だろうか? それとも宝くじを買うとどういう訳か一等が当たった時だろうか?
何であれ自分は幸運だと思う。恵まれた人生を進んでいると考えている。親は飛行機事故で死んでしまったが、道を見失うことなく指し示す人がいてくれた。
うん、幸運なんだと思う、特に人に恵まれた今では納得している。
人生で重要なのは憧れを見つけることだと師匠は言って、その憧れをまさに宿してくれる人であった。そんな尊敬できる人に拾われて進める人生はまさに幸運だろう。
色々と突飛で、うん、少しアレな人であったけど、胸に宿った憧れと尊敬は変わることはない。
当然だ、師匠は人生で大事なことの全てを教えてくれる、土下座から戦車の壊し方まで何もかもを、そんな人なのだから。
そんな人の勧めで俺は今日、晴れて高校生になる訳ではあるが、さっそく問題に直面している。
人が沢山いるバスの中でいかにも体力の無さそうな老婆が来た時、健全な男子高校生が取るべき行動は?
「よろしければどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
老婆は穏やかに微笑んで感謝を述べると、懐から飴玉を取り出しお礼とばかりに渡してくれた。
百点満点の行動だろう。もしここで知らぬ存ぜぬと無視していればきっと師匠の貫手が俺の脇腹を抉っていたに違いない。
暴力は駄目だとうるさく指導してくるのに、自分はやけに手が出るのが早いのだから考えものである。まぁ、そんな所も可愛らしい人ではあるんだが。
桜が舞い散る中をバスは進んで行く、向かう先はこれから俺が通うことになる高校、正式名称は確か高度育成……何だったかな?
師匠が言うには将来の日本を背負って立つに相応しい人物を育てる教育機関であるらしい。
そもそも学校というのがよくわからない俺にとって、ここがこんな高校だと説明されてもイマイチわからないし、もっと言えば小学校も中学校もまともに通っていない身なのでそもそも受かるかどうかもわからないのだが、師匠曰くここの学園長や理事とは知り合いらしく、ごり押したらしい。
さすが師匠だ、やはりあの人は凄い。
脳内できらりと輝く歯を見せてニヤつく師匠の顔を思い浮かべながら、俺はバスからおりていよいよ高校の門を潜る。
「……高校か、青春という奴だな」
俺の持つ知識や考えは全て師匠譲りであるし、やはり小学校も中学校もまともに通っていないので学生生活というのには少なからず憧れがあった。
友人と何気ない会話に花を咲かせて、好きな女子を語り合ったり取り合ったり、後はスポーツに汗を流したり、それは素晴らしいものだと師匠が説明してくれたっけな。
ふふふ、良いじゃないか、実は制服というものにも憧れていて、ブレザーとネクタイを身に纏った時は不思議な高揚感に包まれたものである。基本的に師匠がくれた防護服とジャージしか持っていなかったので、この制服というのはとてもオシャレで格好良くみえたものである。
師匠曰く、制服デートこそ青春らしい。
自分と同じように真新しい制服を着て校舎に向かう人々は新入生だろうか、誰も彼もキラキラと輝いているように見えるのは、おれが学生というものに少しばかり憧れと言うフィルターを通して見ているからだろう。
彼らと比べて自分はこの制服がちゃんと似合っているだろうか? そんなことを考えながら指定された教室に向かっている最中に、やけに可愛らしい声がかけられた。
「お~い、そこの人!!」
振り返るとそこにいたのは……うぉ、眩しいッ、朗らかで愛らしい笑顔を浮かべて話しかけて来る女生徒の姿がッ。
師匠以外の女性と接する機会の無かった俺にはどうにも眩しく感じられてしまう。あの人も美しくはあったのだが、抜き手と膂力の印象が強すぎてイマイチ女性らしさを感じられなかったからな。
「あ、やっぱり、バスでおばあさんに席を譲ってた人だよね? すぐに行動に移してたから凄いやって思って、あんなに堂々と行動できるなんて本当に凄いね」
「師しょ……恩師に他者には敬意を示せって教えられたんだ。きっとあそこで席を譲らなかったら俺の脇腹は……」
「わ、脇腹? ええっと、私は櫛田桔梗って言います。君の名前も教えて欲しいな?」
穏やかに、そして愛らしく微笑む女生徒、櫛田桔梗の問いかけに俺は素直に応じた。
師匠曰く、挨拶は大事。
「
「笹凪天武君、カッコいい名前だね!!」
「ありがとう、櫛田さん、君の名前も美しいよ」
師匠曰く、褒めるのも大事。
「え、そう? ふふ、ありがと、笹凪君ってお世辞が上手なんだね」
「お世辞じゃないさ、俺は君のこともその名前も美しいと思っている」
「あはッ、もう、そんなに褒めたって何もでないんだから」
少しだけ照れたように、しかし悪い気分にはならなかったのか、櫛田さんは身を僅かに捩りながら頬を赤くする。
おぉ、女性は褒めろと言った師匠の言葉は正しかった、さすが師匠だ。
「あ、もしかして、同じクラスかな?」
「そうみたいだね、櫛田さんも1-Dみたいだし、これから宜しくお願いします」
「もちろんだよ。良かった、笹凪君みたいに優しくてカッコいい人が一緒のクラスで」
そう言って櫛田さんは俺の両手を掴んでブンブンと力強く握手をしてくる。柔らかくていい匂いがして、火薬の匂いとやけに固い指の感触しかない師匠とは大違いであった。
眩しい、こんなにも可愛らしい子がこの世にいたなんて、何故師匠はもっと早く学校に行けと言ってくれなかったのだろうか。
いや、師匠に逆らうべきではない、きっと崇高な目的があったに違いないのだから。
教室の前でそんなやりとりをした後、扉を開いて中に入っていくとクラスメイト達の姿が確認できた。
新入生であり、顔見知りなどいないこの状況、誰もが僅かな緊張と好奇心に満たされている様子であり、きっと俺もその内の一人なのだろう。
教室に入って来た俺と櫛田さんに様々な視線が突き刺さる。そして様々な感情も推し量ることができた。
これから一年お願いします、そんな意思を示すかのように僅かに頭を下げた俺は、さっそくとばかりに視線を教室全体に走らせていく。
「……」
見知らぬ場所に来たらまず、しっかりと観察しろとは師匠の言葉。脱出経路と死角、遮蔽物の有無、そして監視カメラなどの位置。
「……やけに多いな」
小さな呟きは誰にも聞かれなかった。
まず最初に目が行ったのはクラスメイトではなく教室を監視するかのように配置された目立たないカメラたち。
ここに来る前にも学校中に配置されていたのは確認しているので驚きこそないが、どうしても気にはなってしまう。
ただ普通の学校というものを知らない俺には、それが異常であるか正常であるかの判断がつけられなかった。ニュースなどでも最近は色々と教育機関も敏感になっていることは知っているので、いじめ対策などの一環かもしれない。
これだけ監視カメラがある学校ならば、馬鹿なことをすればよく目立つし、証拠も山ほど出て来るだろう。いじめ問題を放置するよりはずっと良いはずだ。
そんな納得をしながらも俺は自分に与えられた席に進んで行く。窓際最後方の一つ前の席である。
鋭い印象を与える黒髪の少女、その隣の席にはどこか気の抜けた印象を与える茶髪の少年がいた。
なにやら会話をしているようだが、穏やかな雰囲気は皆無で、寧ろ牽制しているような印象すら感じられてしまう。
入学早々険悪な、いや、そこまでではないか。
窓際後方付近にある席に近づいていくと、一つ後ろの席に座っている茶髪の少年がこちらに気が付く。
すると当然ながら俺の視線も彼に向かい、お互いの瞳がお互いを映し出す。
「……」
最初に感じ取ったのはこちらを観察するような視線である。それは入学初日ということを考えれば当然のことであり、彼以外にも他のクラスメイトも似たような視線を向けて来ているので別におかしなことはない。
ただ、なんだろうな。
不思議と彼とは初対面といった感じがしない。毎日朝起きて顔を洗った時に、鏡に映る自分を見ているかのような、そんな気分になる。
「こんにちは、いや、おはようかな? 席が近いようだし宜しくね」
席に座る前に話しかけると、茶髪の少年はビクッと体を反応させて少しだけ驚いたかのような様子を見せる。どうやら話しかけられるとは思っていなかったらしい。
「あ、ああ、宜しく頼む」
そしてどもりながらぎこちなく挨拶をしてきた。誰かと接することにあまり慣れていない、そんな印象を与えて来る挨拶だ。
「笹凪天武です。ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、席も近いクラスメイトとなります、宜しくおねがいします。良ければ君の名前を教えてもらいたい」
席に座ってからも丁寧にあいさつ、師匠曰くご近所付き合いは大事。
こちらの丁寧で、クラスメイトに向ける挨拶としてはやけに固いそれに困惑したのか、目の前の少年はやはり戸惑った様子で言葉を選んでいる。
無表情ではあるが、どんな挨拶が適切なのか、それを悩んで考えているのかもしれない。
「綾小路清隆だ……ええっと、ご迷惑をかけることもあるかもしれんが……宜しく頼む」
熟考した結果、同じような挨拶を返して来た。
「綾小路清隆……なるほど、カッコいい名前だね」
「そうか? よくわからないが」
さきほどの櫛田さんと違ってあまり反応がよろしくない。というよりは無表情なので喜んでいるのか照れているのかもよくわからない。
「笹凪は……さっき女子と一緒に教室に入ってきたが……あ~、知り合いなのか?」
綾小路はたどたどしく会話を広げようとしている。やはり会話が上手くないのかとにかく手探りといった感じであった。
「知り合いと言えばそうなのかもしれない。ここに来る前に少し話してね、その流れで一緒に来たんだ」
「そうなのか……なんというか、凄いな……初対面の相手と流れで行動できるなんて」
そんなに難しいことだろうか? いや、人付き合いに関しては個人差があると師匠が言っていたな。綾小路は会話を手探りで探っているような印象を与えて来るので、きっと苦手なのだろう。
「そうでもないよ。入学初日なんだし、誰もが初対面なんだから、皆がある程度の緊張がある。どう話せばいいのか、どう接すればいいのか、きっと誰もがそう考えている、少しだけ踏み込んでみれば案外会話も広がるものさ」
「そういうものか……そうらしいぞ?」
何やら考え込んだ後、綾小路の視線は近くの席に座る黒髪の少女に向けられた。
俺の言葉を聞いてどうやら勇気ある一歩を踏み込もうとしているらしい。ただ彼の顔には無理だろうなという奇妙な納得があるようにも見える。
先程、少しだけ会話をしているようにも見えたが、撃退されてしまったのだろう。
実際に、文庫本に視線を落とすこの少女からは、近づく者全てを遠ざけようとするハリネズミのような雰囲気があり、話しかけるなと言葉もなく説明しているようにも思えてしまう。
「……」
綾小路の言葉は無視されてしまった。
「……オレには、難しいのかもしれない」
無表情ではあるが、どこか気落ちした様子は憐れみを誘った。
「ええっと、笹凪天武です。ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、どうか宜しくお願いします」
「……」
そして俺も無視されてしまう。
綾小路と視線が結び合う、どうしたものかと。
ただ会話が苦手な様子の彼にはこれ以上踏み込むだけの勇気がないらしい。
「よければ君の名前を教えてくれないかな? 席も近いから不便だろうし、いつまでも君って言うのもね」
帰って来たのは溜息である。何故だ?
「……話しかけないで欲しいのがわからないのかしら?」
「そこに関しては申し訳なく思う。俺もズケズケと踏み込むつもりはないよ。けれど、君の名前を知りたいという思いに嘘偽りはない……お前や君と呼び続けるのも失礼だろう?」
「……堀北鈴音よ」
「……おぉ」
綾小路が小さく感心したような声を上げる。彼の中では堀北さんと会話を成立させたことはそこまで驚くようなことなのだろうか?
「よろしくお願いします堀北さん、隣人としてお願いするね」
「よろしくするつもりはないわ……私は一人が好きなの」
「みたいだね、でも挨拶を受け入れることくらいは別に構わないだろう? 恩師曰く、挨拶は大事だって話だから」
返事はなかった。読んでいた文庫本に視線を落としてだんまりである。
またもや綾小路と視線が結び合う、お前も苦労するなと言いたそうな瞳を向けられるのだった。
「綾小路も、隣人であり友人として、これからの学生生活を過ごしていこう。友人はとても大切だと恩師が教えてくれた、俺自身もそうありたいと思っている」
握手をしようと手を差し出すと、彼もまたぎこちなく手を差し出してくる。やはりこういったことに慣れていないからなのか、とても戸惑った様子ではあったが、それでもしっかりと結び合った手を見る限り、堀北さんのように完全に相手との距離を取りたい訳でもないらしい。
きっと友達が欲しいんだろう、俺と同じように。
こうして俺には人生初めての友人ができた。これから長い付き合いとなる綾小路清隆と俺の、最初の出会いである。
それにしても、彼の体は凄いな。掌から感じ取れる体幹は深く根を張った大樹のようだ。
師匠以外でこんな人がいるとは、世界の広さを知った気分になるな。
高度育成高等学校データベース
氏名 笹凪天武
学籍番号 xxxxxxxxxxxx
部活 無所属
誕生日 1月1日
評価
学力 A
知性 B+
判断力 A
身体能力 A+
協調性 B+
面接官のコメント
学力、知性、判断力、身体能力、協調性、共に突出しており、特に身体能力においては提出された資料から見ても常軌を逸している。総合力も高く面接での受け答えも一貫性があり淀みなく芯のある返答であった。総合力から見てもAクラス配属が妥当であると判断するが、小学校中学校と共に不登校であり基本的に親代わりとなる人物の下でホームスタディをしていたことに加えて、別資料からの懸念事項もあり、社会的道徳性に大きな懸念があると判断、Ⅾクラスへの配属で様子を見るとする。