「須藤くん、昨日はごめんなさい……私は貴方の目標と夢を侮辱してしまった、過ぎた物言いだったわ」
放課後、図書室での勉強会、まずは堀北さんの謝罪から始まった。
この子が頭を下げる日が来るとは、ちょっと今でも信じられない。
「ほら、須藤も」
俺は渋面を作る須藤の背中を叩いて先を促す。
「その、なんだ、俺も……言い過ぎたみてえだ。すまねぇ」
うん、須藤が頭を下げて謝罪するのもちょっと想像することが難しかったけど、一つ成長したようだ。
「お互いの夢や目標を批判するよりも、互いに認め合って尊重する方がずっと良いさ、うんうん、二人ともカッコいいよ」
「忘れんなよ、奢りの件」
「わかってるよ」
「奢り? なんのことかしら?」
「須藤が勉強会に参加してくれるのなら、俺の奢りで腹いっぱい食わせてやるって話だよ」
「そんな条件で呼び出したのね」
「あぁ、そんな言い訳があった方が須藤も参加しやすかっただろうからさ。ほら、こいつって素直じゃないしさ、所謂ツンデレって奴なんだよ」
「誰がツンデレだッ!? 馬鹿にしてんのか!?」
思っていた以上に勉強会の再開はスムーズであった。
放課後の図書室で集まって勉強会が始まる。さすがに赤点組も思う所があったのか今回は真面目に受けていた。櫛田さんに鼻の下を伸ばしているのは相変わらずではあるが、この前ほど悲惨な状況ではない。
「須藤くん、やる気が凄いね、この前はあんなんだったのに。笹凪くんが頑張ったんだね」
「胃袋を掴んじゃえばこっちのもんだって師匠が言ってた」
「胃袋って、ふふ、笹凪くん、料理上手な彼女さんみたい」
「勘弁してくれ櫛田さん、あんな彼氏はごめんだ。そもそも俺は女の子の方が好きだよ」
「……確かに、笹凪くんって堀北さんと仲が良いもんね」
「一番話す女子かもしれないな」
「……へぇ」
勉強を教える傍ら、堀北さんが作って持ってきてくれた問題集のコピーを作る為に少し離れていると櫛田さんが声をかけてきた。須藤をやる気にさせたことを褒めてくれたのは凄く嬉しい。
「堀北さん、美人だもんね」
「確かに彼女は美しい」
「……」
何で不機嫌になられるのかな、事実を言っているだけなのに。
いや、待てよ、師匠曰く、女性の前で他の女の話をするべからずだったか?
「ただまぁ、彼女は言葉がキツイ所があるからな、櫛田さんのように愛嬌があって美しく可憐な人がいてくれてよかったよ。赤点組も君がいるからこそやる気を出してる、凄く助かってる」
これは本当、嘘偽りない。
「笹凪くんって、その、照れないよね……美人とか可愛いとか、そういうの、誰にでも言ってるんじゃないかな? 駄目だよ、勘違いしちゃう子がいるんだから」
「櫛田さんが美しいのは誰が見ても事実じゃないか、わざわざ嘘ついて飾り付ける必要なんてない。ありのままを表現しているだけだ」
「そ、そっかぁ……なんだか、恥ずかしいな、えへへ」
可愛い、凄く可愛い、照れた表情が凄く良い。俺も鼻の下が伸びてしまいそうだ。
この子は俺に恋を教えてくれるだろうか。だとしたら嬉しいな。
櫛田さんの機嫌をとった所でコピーした問題集を持って図書室に戻って勉強が再開される。
「櫛田、俺が50点とったらデートしてくれ」
するといきなり綾小路が燃料を投入した。なかなかうまい奴である。
「あ、てめぇ綾小路!! ずりぃぞ!! 櫛田ちゃん俺も俺も」
「お前ら櫛田ちゃんは俺のもんだぞ、俺は60点取るからさ、そしたらデートして!!」
「えぇ、困っちゃうなぁ~……私、テストの点数でなんかで人を判断したりしないよ? でも、どうしてもって言うなら、満点取った人とデートしようかなぁ。嫌いなことでも頑張れる人って、私、好きだから」
池や山内たちには効果抜群の報酬だろうな、そして俺にとっても。満点を取れば俺ともデートしてくれるということだろうか? 制服デートは青春そのものって師匠が言ってた。
「おい、おめえらギャーギャーうるせえぞ」
櫛田さんとのデートを妄想していると、近くの席に座っていた他クラスの生徒から注意の声が飛んでくる。どうやらあちらも図書室で勉強会を開いているらしい。
「悪りぃ、悪りぃ、ちょっと騒ぎ過ぎてた、ごめんな」
池も素直に謝罪したのでその場で収まるかと思っていたが、どうやら向こうはそれで収まらないらしい。
わざわざ立ち上がってこちらの席にまで近づいてくると、煽るかのように挑発してくる。
「お前らDクラスか?」
「あ、あぁそうだけど」
その生徒は少しばかりに人相が悪い、そして態度も悪い、小柄な須藤といった感じの生徒であり、こちらを馬鹿にするかのような視線で舐めまわしてきた。
「はッ、試験が近いってのに気楽なもんだな、だから不良品なんだよ」
「んだとてめぇッ」
「須藤くん、落ち着きなさい、争っても意味はないわ」
この子は本当に沸点が低いな、自分の感情に素直とも言えるけど。ただ堀北さんの言葉を無視して殴りかからなかったのは褒めてあげたい。
このまま見ていても仕方がないので、俺はいつものように師匠モードになって席から立ち上がった。
「な、なんだ、お前……え、いや」
立ち上がって視線をぶつけると、相手はすぐに困惑する。師匠は圧力が半端ない人だから気持ちはよくわかってしまう。
ごめんね、怖いよね。俺も戦闘モードの師匠を前にすると似たような感じになるよ。
「騒がしくして悪かった」
「あ、はい」
「今後は気を付けよう」
「あ、はい」
「席に戻り、自分の勉強に集中しろ」
「あ、はい」
「以上だ、戻れ」
最初の勢いをどこかに落としてしまったかのように彼は席に帰っていく。一仕事終えたのでDクラスが使っている机の方に振り返ると、池や山内や須藤だけでなく、堀北さんと櫛田さんまで緊張で黙っているのが確認できた。
綾小路だけはいつもの無表情だ、うん、彼だけは怖がってない。
「あ、大丈夫だったみたいね」
「ん、君は?」
「喧嘩でも始まるんじゃないかってビックリしたよ。あッ、私は一之瀬帆波、君はDクラスの笹凪くんだよね?」
声をかけてきたのは美しい女子生徒であった。確かこの子はBクラスの神様的な人だったはず。
「あぁ、君が一之瀬さんか、噂はよく聞いてるよ。凄く明るくて美人で優しい子だって。なるほど、実物を見るとまさにその通りの人だ、とても美しい」
「にゃッ!? い、いきなりだね」
「だが事実だ」
「あぁ、うん……あ、ありがとう」
「照れる必要はない」
何故だろうか、背後から凄く鋭い視線を感じ取る。僅かに振り返ってみると冷たいまなざしの堀北さんがこちらを見つめていた。
「それよりもすまない、もう騒がしくしないよ。仲裁してくれようとしたんだろう?」
「うん、でも大丈夫みたいで安心したかな。さっきの凄かったね、迫力というか目力っていうか、私びっくりしちゃったよ」
師匠モードだったからな、怖がられるのは仕方がない。
「怖がらせてしまったのなら、申し訳ない気持ちになってくる、以後気を付けよう。今はどうかな?」
「う~ん、凄く優しそうに見えるかな。さっきまでとは別人みたいだよ」
「なら良かった、君みたいな可憐な人物に怖がられたくはないからね」
「にゃはは……なんかやりづらいよ」
「笹凪くん、一体いつまで口説いているのかしら……貴方は本当に軽薄な人みたいね」
堀北さんが苛立った様子でそう言ってくる。事実を言っているだけなのにどうしてそこまで怒られないといけないんだろうか。
「誤解だ、俺はただ、誠実に、ありのまま思ったことを口にしているにすぎない」
「……」
隣にいる一之瀬さんは顔を真っ赤にしているのに対し、堀北さんの視線は冷たくなるばかりだ。
「お、おほん、気になることがあるんだけど、良いかな」
妙な空気をぶった切ってくれたのは一之瀬さんだった。
「えっとね、Dクラスが今、勉強しているのってテストの範囲外じゃないかな?」
「……どういうことかしら?」
「星之宮先生がホームルームで伝えてくれたんだけど、テストの範囲が変更になったんだって、うん、間違いないと思う……試験範囲はここからここまでだった筈」
机の上に並べられた教科書や問題集などを見て一之瀬さんは確信をもって、テスト範囲の変更が行われたことを教えてくれる。
「……うちの担任からは何も聞いていないな」
「そうなの? なんだかそれって変だね」
「ど、ど、どうすりゃいいんだ!?」
「落ち着きなさい池くん、山内くんも、今からでもまだ間に合うわ……ありがとう一之瀬さん、教えてくれて」
おぉ、あの堀北さんが素直にお礼を言うとは。
「にゃはは、良いよ、お役に立てたのならなによりかな」
「俺からもお礼を言わせてほしい、本当にありがとう。茶柱先生にも確認してみるよ」
色々と不可解な行動をする担任の先生ではあるが、わざわざ自分のクラスに不利益を与えるようなことはしないと信じているんだがなぁ。
ただあのニヤニヤとした顔で俺たちを見ている彼女は、ぶっちゃけ邪悪なので完全に否定もできないのが現状である。
いよいよケツに火が付いてきた。ここからの追い込みでどれだけ赤点組に知識を詰め込めるかが重要になってくるが、どうなるだろうな。
何か一発逆転の冴えた方法でもあれば良いんだが、茶柱先生曰く必ず乗り越えられるとのことだから、何かしらあるんだろうけど。
さてどうしたものかと考えていると、その冴えた方法は向こうからやってきた。櫛田さんと綾小路が先輩をたぶらかして過去問を入手してくれたからだ。
「おぉ、こりゃ凄い、大手柄だよ二人とも」
これが茶柱先生の言っていた方法か、確かに全く同じ問題が出て来る過去問があればどうにでもできそうだ。
「ありがとう綾小路、櫛田さん、この過去問なんだけど、暫く俺が預かっていいかな?」
「それは良いけど、皆には渡さないの?」
「違うよ櫛田さん、この過去問を参考にして問題集を作ろうって思ってる。赤点組の学力向上の為にね……或いはこの過去問をそのまま使ってもいいかな、去年や一昨年も同じ問題が出たと伝えないままね」
「なるほどな、須藤たちに勉強をする習慣を付けさせるわけか」
「そっか、じゃあ今すぐには渡せないね」
「あぁ、とりあえずその過去問と同レベルの問題集を作ってクラス全員に配る。それで勉強を続けさせて、最後の問題集としてこいつを渡そう。するとあら不思議、テストの日に全く同じ問題が出て来ることになるな」
きっと驚くだろう、そして楽勝でテストは乗り越えられる。
「うん、わかったよ。じゃあこれは笹凪くんに渡しておくね」
「あぁ、良ければ綾小路と櫛田さんも問題集作りを手伝ってくれないかな? 自分たちの勉強が疎かにならない範囲でだけど」
「オレは、自信がないな」
全教科50点で調整できる男が何か謙遜してるな。まぁ構わないんだが。
「私は大丈夫、問題集を作るのも勉強だし、もし駄目そうでも過去問の丸暗記でいけると思うから」
「ありがとう、それじゃあ頑張ろうか」
櫛田さんと問題集を作っていると堀北さんにすっごい睨まれた。別に除け者にした訳ではなく、彼女には赤点組の勉強を見てもらうことに集中して欲しかっただけなんだが。
櫛田さんも櫛田さんでどうした訳か堀北さんを煽るような言い方をするので、余計に不機嫌になっているようにも思えた。
ただテスト対策は順調だ、そこだけは救いなのかもしれない。範囲の変更という不意打ちもくらいはしたが、これならば乗り越えられるだろうと思う。
毎日放課後に集まって勉強会を開き、悩みながらも成長していく。これもまた高校生あるあるなのかもしれない。
入学したばかりの頃は師匠と離れる寂しさもあったのだが、今では日々の課題や学生生活に追われているだけで一日が終っていることが多い。
授業を聞いて、友人と語らい、部活動をして、テストに翻弄され、気になる子を口説いてみたり、うん、凄く高校生らしい生活だな。
師匠に鍛錬を付けて貰ったり、師匠の仕事を手伝っている日々が今や懐かしい。
「高校生も、悪くないな」
今なら、心からそう思える。
結論から言えば、テストは何事もなく無事に終えることができた。最後の追い込みとなる一週間、俺は堀北さんと櫛田さんと一緒に赤点組にテコ入れするだけでなく、平田主催の勉強会にも顔を出してそちらの赤点組にもテコ入れしていた。
あの二人が入手してくれた過去問を参考にして作った問題集を配り、残り二日の段階でほぼほぼ変わらない問題を、そしてテスト前日には何もいじっていない過去問をそのまま渡して勉強に励ませた。
最も不安だった須藤に関しては寝落ちする寸前であったようだが、一時間おきに電話をかけることで阻止してギリギリまで予習させることもでき、その結果としてクラス全員がテストを乗り越えることに成功している。
赤点を出した者はいない、茶柱先生も褒めてくれたのは印象的と言えるだろう。
夏にはバカンスに連れて行ってくれるらしいので、楽しみではある……あのニヤついた顔から何かあるのは間違いないんだろうが。
「え~、それでは、無事お勤めが完了したことを記念して……乾杯ッ!!」
「お勤めって、ムショあがりじゃねえんだから、まぁ良いか」
「「乾杯!!」」
須藤は考えることを止めて持っていたコップを掲げると、それに続くようにみんながコップを掲げた。
「皆お疲れさま、凄く大変だったね」
「本当だよ櫛田ちゃ~ん、俺って頑張ったよなぁ」
「俺も俺も、すっごい苦労したって」
「うん、池くんも山内くんも、勿論須藤くんだってすっごく頑張ってたよ。やっぱり頑張る男の子ってカッコいいと思う」
デレデレと打ち上げ参加組の男子たちが鼻の下を伸ばす。俺も気を付けないとあんな感じになりそうで怖いな。
「ところで櫛田ちゃん、そのデートの件だけどさ」
「う~ん、一番頑張った人とって約束だから、するとしたら笹凪くんかなぁ」
「おい笹凪ぃッ!!」
「怒るなよ池、悔しかったら百点とれば良かった、そうだろう?」
「な、なんだよそれッ、お、お、お、お前まさか櫛田ちゃんとッ」
「……軽薄ね」
部屋の隅で打ち上げ最中だというのに、本を読んでいる堀北さんの小さな呟きが届いたことで体がギクっと強張ってしまう。
「ま、まぁ皆のアイドルである櫛田さんとデートしようものならばクラスの男子たちに袋叩きにされそうだから、そこまで軽率なことはしないさ」
「笹凪ぃ、お前は本当にいい男だなぁおいッ!!」
こいつ、調子いいな、嫌いじゃない。
勉強会に参加したことで得たのは赤点回避だけでなく、池や山内や須藤といったこれまでどこか遠ざけられていた男子たちと距離が縮まったことも挙げられる。
平田主催の勉強会にも顔を出していたので、そちらとも交流が深まった、俺のスマホには今やクラスの大半の連絡先が保存されているのだ。
スナック菓子とジュースだけの打ち上げではあるが、それでも池が率先して盛り上げてくれるので雰囲気は悪くない。何よりテスト明けの開放感が手伝ってくれているのでストレス解消にはもってこいである。
打ち上げ会場が俺の部屋になってしまったのは、少しだけ文句を言いたいが。
「彫刻をやるのか? 意外、でもないのか、確か美術部だったか」
「おや、興味があるのかい?」
綾小路は俺の勉強机の上に置かれていた手製のチェスの駒を手に取って興味深そうに眺めている。まだまだ作りかけのものなので荒の多い作品ではあるが、暇を見つけて少しずつ作成している物だ。
「俺には芸術をどうこう判断できる教養はない」
「物の良し悪しを判断するのに教養は必要ないさ、好きか嫌いか、シンプルで良いんだよ」
「そういうものか」
「笹凪くん、絵も描いているのね」
堀北さんの興味が本から俺の部屋の片隅に置かれているキャンパスに向けられる。布が被せられているそれは今度のコンクールに応募するものであった。
「あれだけ運動能力があるのだから、てっきり水泳部に入るものだとばかり思っていたけど」
「運動は好きだよ、でも文化的な活動も嫌いじゃないってだけさ」
「勿体ない気もするけどね、大会に出場すればポイントも得られるのだから」
「美術部で作った作品が入選しても同じだって」
「そう……ねぇ、見てもいいかしら?」
「良いよ、まだ描いてる途中だけど、九割くらいは完成してるから……でも鼻で笑われたりするとさすがに傷つくから配慮してほしい」
「しないわよ、そんなこと」
後ろで騒ぐ池たちを気にしないまま、堀北さんはキャンパスの上にかかっていた布を取り除く。
「……」
「……おぉ」
綾小路の感心したような声って貴重だよな、堀北さんの絶句もそれはそれで貴重だけど。
「どう? 個人的にはなかなかの力作なんだけど」
「……そ、そうね、想像以上だったわ」
「凄いな、上手く表現できないが……迫力があるというか」
「ん……褒められると嬉しいもんだな」
キャンパスの上に描いたのは師匠モードでの妄想をそのまま書きなぐっただけの、うん、何とも言えない光景だな。
あのモードだと俺の思考というか主義主張が希薄になって夢を見ているかのような感覚になるので、その状態で絵を描くと大変複雑で味のある作品が完成することが多い。
普段の俺ならまずこんな作品は作れないだろうなと確信できるくらいには、別次元の発想や光景を思い描くことができてしまう。
でも良いだろう、あの状態もまた俺の一部なんだから。別にズルしてる訳じゃない。
芸術を作るには狂気に近い方が良いなんて言われることもあるくらいだし、あの師匠モードはそれに近いのかもしれないな。
今思えば、師匠が片手間に趣味で作った作品が高値で売れることも多かったし、何も暴力的な手段だけで生活費を稼いでいた訳でもないのだろう。
「あ、そうだ、もし良ければなんだけど、二人に絵のモデルとか頼めないかな?」
「モデル? 俺と堀北が?」
「嫌なら良いんだけど、美術部の課題で人物画を描かないといけなくてさ、モデルを探してたんだ」
「……オレには無理だ、どうすれば良いのかわからない。堀北に頼んでくれ」
「じゃあ堀北さん、どうかな?」
「え、わ、私が? そんなの、無理よ……どうすれば良いかわからないもの」
どっちともモデルの仕事を難しく考えすぎているようだ。確かに専門的な技術が求められる場合もあるが、学校の部活動での課題程度ならばただ座っているだけでいい。
「堀北はどうやら満更でもないらしい、こっちに頼め」
よほど嫌だったのか綾小路はすっと後退して堀北さんを前にやった。
「駄目かな?」
堀北さんが駄目なら誰に依頼しようか、そう考えながら視線を部屋の中央に向けると打ち上げで盛り上がっている櫛田さんが視界に入る。
そして入った瞬間に、堀北さんの視線が鋭くなったのを感じ取った。
「……何故、今、櫛田さんを見たのかしら?」
「え、いや、堀北さんは乗り気じゃなかったから。櫛田さんなら頼みこめばOKしてくれそうだしな」
「……良いわ、その話、私が引き受ける」
「え、本当? 良いの?」
「私では不満なのかしら?」
「そうじゃなくて、嫌がる人に任せるのも悪いと思ってるんだ」
「嫌な訳では……いいえ、そうね、代わりに交換条件がある。つまり貴方の態度次第ということになるわね」
「お、良いね、そういう方が堀北さんらしい、条件は?」
「これからも力を貸して欲しいの」
「言われるまでもないことだ」
「本当の意味での、協力関係を結びたいと言っているのよ……正直に言わせてもらえば、私は貴方のことを便利な駒程度にしか最初は思っていなかった。笑ってしまうわよね、自分より優秀な相手を」
「褒め言葉なら素直に受け取ろう」
「そうしなさい……けれど、これから先は違う、私には足りない物が沢山あって、それはきっと、私一人ではどうしようもないものばかり。Aクラスに上がるには貴方が必要よ」
「……」
照れるな、そこまで褒められると。
「だから契約の更新をしたい、これから先は私の仲間として、そして……ゆ、友人として、協力して欲しいの」
「ん、わかったよ、ならこれから、俺たちは仲間であり友人だ」
友愛の証として手を差し出せば、堀北さんはおっかなびっくりといった感じで手を差し出してくる。
可愛い反応だ。こういう顔も出来るのはズルいと思う。
興味深いのは堀北さんの後ろでこのやり取りを眺めている綾小路の顔もだ。驚いたような、羨むような、納得したような、そんな顔をしていた。
この学校に来てから色んな人と出会って、色んな考えや行動を見て来たけど、綾小路だけは飛びぬけてわかり辛くて不思議な存在だと思っている。
いつか彼を理解できる日が来るのだろうか、その時は上辺だけじゃなく、本当の意味で分かち難い友になりたいものだ。
師匠曰く、友人は大事。
これで第一章は終わり。間に幾つか小話を挟んで次章の暴力事件となります。