ケヤキモール内にある行きつけのラーメン屋、そこではお通夜帰りであるかのように、表情を暗くした四人の男子高校生の姿があった。
彼らは一様に辛気臭い顔をしており、頭を抱えた状態でラーメン屋のテーブル席に付いている。その付近だけどんよりとした雰囲気になっており、カビでも生えそうなほどにジメッとした空気に満たされているのがわかる。
注文したラーメン定食にも手を付けず、頭を抱えた状態で微動だにしない四人は、正直店側からしてみれば迷惑な存在なのだろうな。今も新しく店に入って来た先輩らしき男子生徒が、こちらの空気を見て回れ右したのが確認できた。
ただあの学級裁判を越えてヘラヘラ笑っているようなら、まさに救いがないので頭を抱えているだけまだマシなのかもしれないな。
「まあなんだ……麺が伸びる、食え」
そんな彼らを慮ったのか、或いはせっかく頼んだラーメン定食が手つかずであったことを勿体ないと思ったのか、清隆は四人に食事を勧めた。
「ここの餃子は美味いぞ、天武が作った物の次くらいにな」
そして自分の餃子を須藤たちの前に持っていく……あれ、もしかして彼は四人に同情しているのか?
「綾小路、笹凪……俺は何を間違っていたと思う?」
「敢えて言うのならば、全てだろうな」
「鈴音は……俺に呆れているんじゃないか」
「呆れているというよりは、最早興味すらも無いかもしれないぞ」
辛辣でありながらも、覆しようのない清隆の言葉に、須藤はやはり頭を抱えてしまう。
「とりあえず食え、残したら店にも悪い」
このラーメン屋のポイントカードを持っているくらいには二人で来ているからな、店に迷惑もかけられないと考えているのだろうか。
「そうだね、清隆の言う通りだ。まずは食事、説教も反省も腹を満たしてからだ」
「う、やっぱまだ説教があるのかよ」
池、当たり前だろ。クラスの判断はああいう形に落ち着いたが、お前たちへの説教が終わった訳でもないのだから。
俺と清隆、そして主犯格の四人はそれぞれラーメン定食を食べていく。辛気臭い顔をしながらの食事はやっぱりイマイチだな。
「さて、食いながらで良いから話を聞いてくれ……まず、クラス全体のお前たちへの評価は言うまでもないな。これ以上ないくらいに低くなっている。いっそ退学にしてしまえと内心では思っている者もいるだろう」
特に女子は大多数がそう思っていると推測できる。
「だがさっきも言ったが、俺は教育とは教え導く根気こそが重要だと思っている……お前たちの行動がどれほど愚かで幼稚であっても、それは変わらない」
ここで餃子を一口、うんやっぱり美味いな。
「投票日に、お前たちに批判票が集まり、退学候補となるだろう。しかしそうなったとしても必ず救済する……そこは安心しろ」
「笹凪ィ……」
感極まったかのように池が涙目になる。
「それを踏まえた上で説教はするし償いもして貰うぞ……まずは説教だ」
師匠モードに移行して四人を睨む……どうした箸が止まってるぞ、食えよ?
「池」
「は、はい」
「須藤」
「うッ……」
「山内」
「ひぇ」
「博士」
「ふぁッ……」
それぞれの名前を呼んで視線を交わしていき、最後にこう伝えた。
「凄く馬鹿、恥を知れ」
とてもシンプルかつ、それ以上ないくらいの表現で彼らを罵倒すると、それぞれが視線を下げてまた表情を曇らした。
「須藤、お前はプロのバスケット選手になりたいらしいが、もしそんな人物が盗撮に関わっていた場合どうなる?」
「……」
「己の行動が、己の夢を汚す行為だと自覚したのならば、これ以上は何も言わない。次に池」
「はい」
師匠モードで睨むと皆大人しくなるからやりやすいな。
「お前は最近、篠原さんと仲が良かったようだが、彼女のあの視線を受けて思う所があった筈だな?」
「そりゃ、まあ……」
「ならばそれ以上のことは言わない。己の中で昇華して次に進め」
次に視線は博士に向かう。
「博士、お前は悪乗りさえしなければ善良な人間であると思っている……だが他者への配慮を忘れる時が偶にある。入学したばかりの頃も女子の妙なランキングに関わっていたな、恥ずべきことだと自覚しろ」
「わ、わかったでござる」
「口調、戻ってるぞ」
「はッ……申し訳ありません」
「さて……山内」
最後に山内と向かい合う。
「お前は少し幼い所がある……言ってしまえば、中学生気分が抜けきっていないように思える」
「うッ……」
それが俺から見た山内の全てであった。それ以上ともそれ以下とも言えない。同時に誰もが経験している状況だと思う。
「どこか空想的で、幼稚な万能感が抜けきっていない……まるで自分が漫画や映画の登場人物であるかのように特別な何かだと考えているんじゃないか?」
「……」
図星だったのか、それとも思う所が少しはあったのか、山内は瞳を下げて暗い顔になった。
「これまで誰も言わなかったようだから、俺から言っておこう……お前は自分で思っているほど特別な人間ではない」
「はは……ハッキリ言うな」
引きつった顔で僅かに頬を歪める山内は、しかしこちらの言葉を覆すことが出来なかったのか、シュンと表情を沈めていく。
「だが事実だ……そして多くの人々が、それをどこかで知ることになる。お前に限らずだ……山内にとっては今日この瞬間がその時だったということだ」
誰だってどこかで壁にぶつかる。それは勉強だったり運動だったり、或いは容姿や性格であったりと、必ずだ。
そこから目を背けて生きていたのなら、いつまでたっても幼さは抜けきらないだろう。努力とは、成長とは、立ちはだかる壁を乗り越えようとした者にしか出来ないことだ。
瞳が揺れ動く、そして最終的に俺に向けられた時には、少しだけ涙が滲んでいるのが確認できた。
「そっか……そうだよな、笹凪の言う通りだ」
彼は涙の滲む瞳を隠すように瞼を閉じて、大きく深呼吸をしてみせる。
そしてこの瞬間、山内は初めて目の前にある現実を直視したのかもしれない。
彼は涙目のまま後頭部をガリガリと掻き、絞り出すようにこう呟く。
「俺って……只の馬鹿だったんだな」
見た現実、鏡に映った自分自身を、山内はそう評価するのだった。妄想でも虚言でもなく、そして捨てきれなかったプライドや願いを抜きにした時、彼は本当の己を知ることになった。
「春樹……」
隣にいた池が少しだけ思い悩んだ顔で山内の発言を聞いている。須藤や博士、清隆も同じだ。
「特別なヤツになりたかったんだ……運動や勉強で一番になったり、凄くモテたりさ、でもそんなことはありえなくて、いつも俺が主役の妄想とかしてた。なんかカッコよく女の子を助けたりするようなさ」
それはもしかしたら誰もが通る道なのかもしれない。幼少期の万能感は誰にでもあるものなのだから。
そこから踏み出したのが大人で、足踏みしていたのが山内なのだろう。
「でも、そうだよな。俺より凄い奴なんて沢山いるし、カッコいい奴も大勢いるんだよな……俺は只の馬鹿で、天才でも特別でも何でもないんだ」
「よく言った山内……今お前が言った言葉は、大人への第一歩だ」
「笹凪に言われてもな……なんていうか、俺みたいな凡人と違って、お前は特別な人間だしさ」
「いや、それは勘違いだ……俺は特別な人間ではない」
「いやいや、嫌味かよ……」
「違う、謙遜している訳でも無ければ、遠慮している訳でもない……ただ事実を述べている。そもそもお前は勘違いしているぞ」
「勘違いって、何をだよ?」
「特別な人間なんて存在しない……いるのはただ、特別を目指した人間だけだ」
そこを山内は間違えているし、勘違いしている。特別な誰かじゃないと受け入れたのは良かったが、それで終わられても困る。
「君はもしかしたら、俺が天才か何かに見えているのか?」
師匠モードを解いて話しやすくしてから、改めて山内を見つめた。
「そりゃ、そうだろ……勉強だって運動だって、何でも一番じゃんか」
「そんなものはただ数字の良し悪しだ、特別の……天才の証明になんてならないさ」
「……」
「テストで百点取ればそれで特別なのか? 運動で結果を残せばそれで天才なのか? そんなことはない、それはただ高得点を取れるだけの人間だ。この世の中に溢れるほど存在しているだろう……天才には程遠い」
この話は前に清隆にもしたな。桜並木の中で手合わせの後、ホワイトルームをどう思うかと聞かされた時、俺はこう返した筈だ。
「もし仮に、君が言う所の特別な存在がいるのだとすれば……それは百年先の未来が決めることだと思うよ」
「どういうことだよ?」
「どれだけテストで百点取っても、どれだけ運動が出来ても、百年先の教科書に名前が載ることはないって話さ。つまり、俺も君も、何も成せていないのならば大差はないということだね」
この話を清隆はどんな気持ちで聞いているんだろうな。ラーメンを啜ってるけどその考えまでは読み取れない。
俺の言っていることは、ホワイトルームの完全否定でもあるので、きっと色々と思う所はあると思われるが……今は関係がないか。
「俺が天才であるか否か、君が凡人であるか否か、そんなものは百年先の未来に丸投げで良い……俺たちに出来ることは、ただそこを目指すことだけなんだからさ」
俺にそれを教えてくれたのは師匠だったな……出会ったあの瞬間に俺は自分の幼稚な万能感を消し去ってくれたのだと思う。お前なんて大したことないんだと。あるのはただ可能性だけなんだと。
もしかしたら百年先では、俺の名前よりも山内の名前が広がっているのかもしれない。それが可能性の力であると思っている。
「山内、今日君は、自分が特別な人間でないと自覚した。それは大人への第一歩であると同時に、努力の始まりでもあるだろう。今日この日が、君が特別になる最初の一歩とさえ言えるかもしれない」
言ってしまえば中学校の卒業式でもあるのだろう。
「だが決して勘違いするな。特別な人間でないと自覚するのは終わりではなく始まりだ。ここから先の人生の方が遥かに長い。そして百年先に証明してみせろ……俺は特別な人間だってな」
その言葉に山内だけでなく、池や須藤や博士も思う所があったのか、空になったラーメンの器に視線を落としながら何やら考え込んでいる。
「挑み、超え続けろ、無限の研鑽を刻み込め、屈辱と泥と汗に塗れて突き進め……俺も君も、須藤も池も博士も……そして清隆も、特別な人間じゃなく、ただ特別な何かを目指すことしかできない」
俺たちの努力と行動が本当に意味のあるものだったのか、俺たちは天才なんだと証明できるのかは、きっと百年先の教科書が証明してくれるだろう。
「馬鹿で終わるなってことか……」
「ん、そういうことだ。ここが君の始まり、誰もが経験することだ。それを忘れなければそれで良い……少し長く説教しちゃったかな。この辺で終わりにしておこうか」
「悪いな気遣ってくれて……本当に、俺って……こんなにガキだったんだな」
それが自覚出来たのならば、もう俺から言うべきことは何もない。
頼んだラーメン定食はもう空になっている。食べ盛りの高校生には少し物足りないかもしれないので、追加で餃子と唐揚げでも頼んでおくとしよう。
「で、ここから先は説教ではなく償いの話になる」
「え?」
四人の声が綺麗に重なる。これで終わりだなんて、そんな綺麗な話で終わらせるものか。
「罪には罰を、過ちには償いを、どうしてだなんて説明するまでもないな……まず、今後お前たちには、弛まぬ努力を行うことを命じる。夜、寝る前に最低限授業の復習をしろ、因みに嘘は通じないからそのつもりでいるように」
「わ、わかってるっての」
「口だけなら何とでも言えるんだぞ須藤……鈴音さんからの信頼を取り戻したいのなら研鑽あるのみだ。大丈夫、頑張ればその内、また名前で呼ぶことを許してくれるさ」
「……だと良いんだけどよ」
「けどよ、償いって何をするんだ?」
山内の言葉に少し考える。こういうのは誰の目から見てもわかりやすくしなければならないだろうからな。
「クラスへの貢献なんてものは大前提として……まあわかりやすいのはポイントだろうな」
「謝罪金、みたいなものかな?」
博士のござる口調を止められると、それはそれで変な違和感がある。困った男だ。
「ん……そうだな、どちらかと言えばクラス貯金を多くする、これだろうな」
「クラス貯金ってあれだろ、毎月笹凪の所に集めてるポイントのことだよな。それを増やすってことか?」
そうなのだ、俺たちのクラスはクラスポイントが1000を超えた段階で話し合い。クラス貯金をしていた。毎月クラスメイトから三万ポイントを徴収して一ヶ所に集めている。
毎月十万以上が貰える生活なのでそれなら負担も少ないだろうと提案して、ペーパーシャッフル以降にそういう制度が出来て、管理は俺がやっていた。
つまり軍資金の貯金制度である。個人ではなくクラスのポイントな訳だな。必要な時に一気に持っていかれるよりも、毎月決まった金額の方が受け入れやすいと全員が納得している。
「君たち四人には、毎月のポイント振り込みを多くして貰う。それを償いの一つとして、クラス全体で共有する、良いね?」
「まあしゃあねえか」
「俺もそれで良い」
「池と博士は?」
「嫌だなんて言えないって」
「同じく……確かに、わかりやすい償いだよね」
そう、わかりやすいという点が大切だ。
「清隆はどうだい?」
新しく頼んだ餃子を食べていた清隆は、何も問題はないと言うかのように口を動かしながら頷く。
「よし、ならこれで説教も償いの話も終わりだ。後は各々精進してくれ」
結構な騒動となったこの件はこれで終息することになった。綺麗に纏まる筈だったのに思わぬ形で手を煩わせることになってしまったが、四人にとって良い機会になったのかもしれない。
後は彼らの問題、教育とは根気であるとも思っているので、長い目で見ていくとしよう。
もしかしたら百年後の未来では、この四人の誰かが教科書に名前を載せているかもしれないと夢想して、少しだけ穏やかな気分になるのだった。
クラス内投票、結果発表。
Aクラス 退学者無し プロテクトポイント保持者 坂柳有栖
Bクラス 退学者無し プロテクトポイント保持者 綾小路清隆
Cクラス 退学者無し プロテクトポイント保持者 一之瀬帆波
Dクラス 退学者無し プロテクトポイント保持者 金田悟
翌日、何もかもが茶番劇となったこの試験の結果はこんな感じになった。結局こうなるとわかっていたのだから、最初からやらなければ良かったと俺は思う。
黒板に張り出された結果発表の用紙を見て、俺は静かに溜息を吐くのだった。
さて、もう一つ仕事が残っているな。このふざけた試験を生徒に押し付けて来た元凶に釘を刺さなくてはならない。
どこかで機会があればいいんだが、もしその時が来ればやんわりと注意しておこう。