綾小路視点
やるべきことはやった。少なくとも現状のBクラスに出来る全ての手段と戦力は整えられた。
堀北が提案した二周目作戦もある。可能かどうかは別として、王道を意識しながらもしっかりと腹案や作戦を用意した上で、警戒しながら試験に挑む姿勢は素直に評価できる。
そろそろこの学園に来て一年が経つが、最も成長しているのは堀北なのかもしれない。まだまだ至らない所もあるのだが、他クラスと戦っていける状況にはなっただろう。
強いリーダーがいる。突出した戦力もいる。総合力で考えればまだ及第点と言った感じではあるが、一年でよくここまで整ったものだと感心出来るほどだ。そして何よりこのクラスにはバグキャラみたいな男もいるので、それが強力な武器にもなっている。
天武がいたからこその二周目作戦ということだろう。堀北もよく考えているということだ。
特別試験が開始されるまでの準備も終えて、方針を定め、そして練習とメンタルトレーニングも終え、後はいよいよ挑むだけの段階となり、遂に特別試験が始まる日となった。
クラスの動向や意思は別にしても、オレ自身の戦いもここで行われることになる。こちらの背景を知る同級生、坂柳有栖との戦いも迫っていた。
勝てるかどうかに関しては、そこまで分が悪いとは思っていない。決して楽にとはいかないだろうが、絶望的な戦力差でもないだろう。この一年でそう言えるだけのクラスにはなったと判断している。
長い準備期間を経て、ついに一年度最終特別試験の当日がやってきた。負けた側の司令塔は退学となるのだが、今回に関しては双方がプロテクトポイントを持っているのでその喪失だけで済む。
だが、オレにとっても重要な権利なので失うのは避けたい。まあそれは目の前にいる坂柳も同じなのかもしれないが。
特別練に足を踏み入れて目的の場所に向かうと、一足早く到着していた坂柳と一之瀬が談笑していた。以前にあれだけのことがあったというのに、何とも奇妙な光景だな。
「おはようございます綾小路くん」
「おはよ、綾小路くん」
「まだ入れないようだな」
司令塔が待機して指示を出すことになる場所は、公平を意識してのことか四人が揃うまでは入れないらしい。
「あとは金田だけみたいだな」
「だねー」
まあ尤も、あの男がそこまで素直な動きに出るのかと言えば疑問ではあるが。
「それにしても一之瀬さんはラッキーでしたね」
「え? ラッキー?」
「とても余裕を感じられますし、ここ最近は大きくポイントを落としてDクラスまで転落したクラスが相手です。既に勝ったと、そう思われているのでは?」
坂柳の言葉に一之瀬は首を横に振った。
「そんな、どうなるかなんて分からないよ。それに笹凪くんにも言われたけど龍園くんは油断できる相手じゃないからね、きっと必死になって挑んで来る、とてもじゃないけど油断はできないかな」
すると坂柳はクスクスと笑って見せる。
「あれ、私変なこと言ったかな」
「いえ。上座で挑戦者を待つかのような口ぶりでしたので。油断できない相手だと認識しながらも、余裕と落ち着きが見受けられます」
「うん。私たちだって勝つための戦略を練って、ここに来てる。特に結束力が大きく試されるこの試験で簡単に負ける訳にはいかないからね」
「なるほど、それは失礼しました。確かに一之瀬さんの仰る通りです」
当たり前のことだが、どのクラスであってもこの日の為に準備を整えて来た。それは一之瀬だってそうだろうし……龍園もまた同様であった。
この多目的室前に姿を現したのは、金田ではなく龍園であったのだから、ある種の不意打ちに近い形になったのだろう。
驚き目を見開く一之瀬の顔を見れば、完全に予想外であったことがよくわかる。
だが自然なことでもあった。負ければ司令塔の退学が確定するこの試験で、まさかプロテクトポイントを持っていない人物がその役目を引き受けているのだから。
「龍園くん……どうして、ここに」
「クク……どうした一之瀬、何を動揺してる」
驚き困惑する一之瀬を嘲笑ってから、この男の視線はこちらに向かう。
「テメエか、てっきり笹凪の奴が来るかと思ってたんだがな」
「アイツはプロテクトポイントを持っていない」
「だから何だってんだ、それでビビるような男かよ。坂柳が相手なら選択肢としては十分にアリだろうが」
「かもな……だが、天武は司令塔よりも兵隊の方が結果をもぎ取ってくれる」
「はッ、ゴリラだからな」
納得したように笑った龍園は、既に一之瀬など眼中にないかのように振る舞っている。
どうやらあちらの戦いも、下馬評通りとはいかないらしい。
それぞれのクラス、それぞれの方針、それぞれの思惑、それぞれの望む結果、複雑に混ざり合った特別試験はこうして始まった。
四人揃ったことで多目的室に入ると、そこでは司令塔が操作するパソコンと端末が用意されていた。ここからクラスメイトに指示を出すことになる。
「CクラスとDクラスの生徒は、あちら側に移動するように」
真嶋先生の指示と共に龍園と一之瀬とは距離ができる。残されるのは坂柳とオレだ。
向かい合い、見つめ合う、相変わらず不敵な笑みを浮かべている坂柳は、感極まった様子で絞り出すようにこう言った。
「やっと……やっとこの日がやって来ました。昨日の夜は正直寝れなくて、朝寝坊するところでしたよ」
「そんなに待たせた覚えはないけどな。そもそも、オレとお前が出会ったのは偶然だ」
「確かにそうかもしれませんね。しかし偶然だろうと運命だろうと、こうして向かい合っている事実は変わりません」
「運命か、随分と抽象的なことを言う」
「乙女ですから……それに、天武くんなら確かにと納得してくれそうではありませんか?」
「……変にロマンチストな所があるからな」
運命とか、必然とか、そういうのを意外にも好む男であることは間違いない。そう言えば朝の占いとか気にしていた。
「私はこの学園に入学して良かったと思いますよ。貴方に再会できたこともそうですが、興味深い方が沢山おられますから」
「それは否定できないな」
「フフ、そうでしょう」
何が琴線に触れたのかわからないが、坂柳は本当に嬉しそうに笑って見せる。
そしてひとしきり笑った後に、いつもの不敵な笑顔に戻ってこう伝えて来る。
「綾小路くん、全力で向かって来てくださいね」
「わざわざ負けてやる必要は感じないな」
それに、個人的な事情もある。らしくないと自覚はしているが、以前に一之瀬との一件で坂柳は天武の甘さと言うか配慮に随分と付け込んで来たからな、代償は軽くはないと知らしめておかなければ、味を占める可能性もある。そういった考えもあって負けてやる理由がない。
誰かの為なんてオレが使うべき言葉ではないが、偶にはこういうのも良いだろう。天武曰く、青春っぽいらしいからな。
「は~い、そろそろ試験が始まるから皆席に座ってね」
星之宮先生の指示に従って四人の司令塔はそれぞれの席に着く。目の前にあるパソコンにはクラスメイトたちの顔写真が表示されており、それを操作して試験を進めていくことになる。
「特別試験の進行を担当する坂上です。早速ですが一年度最終特別試験を始めたいと思います。各クラス、五種目を選択し決定ボタンを押すように」
こちらのクラスの本命は「綱引き」「バスケットボール」「1200メートルリレー」「柔道」「腕相撲」の五種目。わかりやすいくらいに運動系に競技を振ったものであった。弓道とタイピングも候補であったが今回は見送ることになる。
学力系の、それも平均点や合計点を競うような形ならば話にならないので自然とこうなった。後は運次第だろう。
対するAクラスは「チェス」「英語テスト」「現代文テスト」「数学テスト」「フラッシュ暗算」の五種目。こちらもまたわかりやすいくらいに学力系や計算力を競う競技で固めて来ている。当然と言えば当然だ。天武と須藤がいる以上はどうしても運動系の競技を避ける必要が出て来る。わざわざ不利な種目など選ばない。
「ここからは、完全なランダムで抽選を行いこちらで七種目を決定していきます」
「それにしても綾小路くん。相手が坂柳さんなんて可哀想、先生同情しちゃう」
「星之宮先生、慎むように」
「は、はぁい、私語してすみません~」
「中央の大型モニターに抽選の結果が表示されるようになっているので、見るように」
モニターを見るように促されると、そこには綱引きと映し出されていた。最悪、この競技が選ばれないと堀北が提案した二周目作戦が破綻することもありえたので、幸先が良いとも言える。
綱引き、必要人数二十名。ルール、通常の綱引きに準ずる。指令塔・一度だけ対戦をやり直す判断を下せる。別に難しくもなんともないルールであり競技であった。
「坂上先生。私たち生徒の私語は自由なのでしょうか?」
「特に決まりはありません。どうぞご自由に」
「つまり、舌戦を繰り広げるのは自由ということですね?」
坂柳のどこか楽しそうにそういう声が耳に届くが、オレが相手をする義理はない。そういうのは本当に必要な時にするものだ。
「うわー。坂柳さん容赦な~い」
「星之宮先生」
また注意されている。茶柱先生もそうだが、この学校の教師は少しおかしい者が多いようだ。
「それにしても、Bクラスは運動系で固めて来ましたね。そして綱引きという競技である以上は、鍵となるのはやはり彼でしょうか?」
「……」
「おや、だんまりですか綾小路くん。それとも余計なことは話すなと堀北さんか天武くんに言われているんでしょうか?」
ただその必要がないだけだ……少なくとも今は。
坂柳の言葉を無視してパソコンを操作して、綱引きに参加させる二十名を選んでいく。天武を除けば他の十九名は主に運動でも学力でも貢献することが出来ないであろう生徒たちで占められる。
後、動きが読みにくい高円寺に関してもここで投入しておく。最初から戦力として期待していないのでこれで良いだろう。
これで一気に参加枠を半分消費することができた。つまり二周目作戦が現実的なラインになったということだ。
「ふむ、Bクラスの方々の細かな運動能力までは把握していませんが。見た所女子が多いようですね。男子に関しても体育祭で活躍した記憶もありません……高円寺くんに関してはどうなのでしょう」
「……」
「フフフ、まただんまりですか? 随分と寡黙なのですね」
そう言いながらもあちらも二十名を選出していく。こちらと同様に体育祭で目立った活躍の無かった生徒を固めている辺り、この綱引きに関しては捨てたようだ。
そもそも坂柳も全戦全勝できるとは思っていない筈、そしてそれはこちらも同じだ。この一勝も一敗もある意味では当然の流れとも言えるだろう。
モニターの向こう側には体育館が映し出されており、そこには両クラス合わせて四十名の生徒が綱を持って競技を開始していた。
わかりきってはいたことだが、開始と同時にAクラスの生徒は前のめりになって引きずられるように倒れこむ。男子十九名相手に一人で勝つバグキャラがいるのだ、そこに他の生徒が助力すればこうもなるだろう。
学校側もそれがわかっていたのか、体育祭の惨事を踏まえてマットが敷き詰められていたので怪我をした生徒はいないらしい。
そして二戦目も同じ結果になる。水が上から下に流れるように、天武がいる以上はこちらが勝利するという自然の法則のように思えた。
「坂柳、司令塔は一度だけ競技をやり直せる権限があるが、使わないのか?」
「必要ありませんよ。二度やろうと三度やろうと結果は変わりませんから」
だろうな、バグキャラみたいな奴がいるからな。
「それにしても……彼は本当に滅茶苦茶ですね。実質一人で綱引きに勝ったようなものです」
流石にいつも余裕な様子を見せる坂柳でも、この綱引きには引き気味であるらしい。気持ちはわからなくはない。
「しかし宜しかったのですか? 彼をここで投入してしまって?」
「……」
「全く、まただんまりですか。せっかくこうして語らえるというのに」
まだ余裕は伺える。やはりこの一敗で焦るようなヤツでもないか。
第一競技の綱引きが終わったことで次は第二競技となる。大型モニターに映し出されたのはまたこちらに有利な競技であった。
「バスケットですか。そうなると出て来るのは須藤くんですかね」
予想は当たっている。そしてここで出さない理由もない。二周目作戦が現実的になった今、温存という考えは完全に捨てた方がいいだろう。
第二競技「バスケットボール」必要人数五人、時間制限二十分、ルール・通常のバスケットボールに準ずる。司令塔・任意のタイミングでメンバーを四名まで入れ替えることができる。
パソコンを操作して須藤を選び、残りの四人は綱引きと同様に運動や勉強で突出した所の無い生徒を中心に選出した。
Aクラスは町田浩二、鳥羽茂、神室真澄、清水直樹、鬼頭隼の五人。こちらと比べると運動能力が高い印象を与える者たちだ。
特に鬼頭隼は体育祭でも二位を取ることが多かった筈だ。天武とぶつかることが多かったので不遇な立場であったが、アレはかなり異質な存在なので実質一位であったということだろう。
第二種目が開始される。須藤がその身体能力を活かしてジャンプボールに競り勝った瞬間に、オレはすぐさまパソコンを操作して選手の交代を指示していく。
須藤以外の四名は、試合開始と同時に交代である。
「えッ」
こちらの動きを観察していた星之宮先生の困惑したような声が聞こえて来る。だが別にミスをした訳ではなく、これは最初から予定されていたものであった。
「なるほど……綱引きといい、そちらのクラスはとにかく多くの競技に主力を参加させる作戦のようですね。フフフ」
ここまでわかりやすい動きをされれば流石に気が付くか……いや、もしかしたら最初から予想もしていたのかもしれない。
わかった上で良しとしたのか、この二周目作戦は何もこちらだけでなくAクラスも同じことができる訳だからな。
つまり、あちらの主力もまた複数の競技に参加出来るということだ。
ただし、Aクラスに運動で天武に勝てる者は存在しない。そこが絶対の優位性となってこちらへの恩恵を大きくしてくれるのが二周目作戦である。
試合開始と同時に選手交代という作戦で、牧田進、三宅明人、平田洋介、小野寺かや乃がコートに出て来る。そこに須藤を中心にしたのがバスケの主力メンバーとなった。
二周目作戦を意識する以上、須藤の温存は考えない。更に安定させる為に平田もここに置く、選手を交代して参加枠を消費した後は、完全に丸投げで良いだろう。
理想を言えば、3対3で迎えた最終戦で運動系競技が選ばれて、天武と須藤を同時投入できれば完璧なのだが……さて、どうなるだろうな。
バスケの状況は、わかりやすいくらいに一方的だ。序盤から須藤が暴れまわり、他の生徒がそれを補助する。準備期間の間にひたすら行ったディフェンスとパス回しの成果がしっかりと出ているのがわかる。
Aクラスの生徒で須藤に食らいつけるのは鬼頭くらいだろうか。情報には無かったがあの動きは経験者のようだな。
だが食らいつけているだけで、凌駕はしていない。
『悪いな鬼頭、結構動けるみたいだが。俺には届かねえよ!!』
須藤と鬼頭のやり取りがモニターを通じ小さくだが聞こえて来る。
『クッ!?』
試合開始からずっと須藤は全力だ。躊躇も手加減も必要ないと堀北が言っているので、ペース配分も完全に意識していないだろう。
だがそれで良い、鬼頭の動きを技術と勢いと経験で完全に上回る。あちらも経験者のようだが全ての面で須藤には届いていない。それを証明するかのように点差は須藤がボールを持つ度に広がっていた。
どれだけ鬼頭が食らいつこうとも、純粋な実力と、体格、そして小技ですら翻弄していく。心配はいらないようだな。
鬼頭は何やら挑発して揺さぶりをかけているようだが、そもそも序盤から点差が開いていたので意味を成していない。何を言おうが焦りには繋がっていないようだ。
蓋を開けてみれば、第2種目に関してもこちらの圧倒的な勝利となっていた。
結果は36対14、序盤から須藤を投入して動かしたからこその結果だろう。
「お見事です」
まだ坂柳の余裕は崩れない。2敗もまた想定通りと言うことか。
天武と須藤を投入した以上は、特に不思議でもない結果だ。あちらもそれはわかっているらしい。
だがこれでこちらの参加枠は29枠を消費出来た。後10枠、十分に2周目を狙うには現実的な数字だった。
ここまでは順調そのもの、堀北の作戦と運と計算がしっかりと噛み合った結果である。
「ですが須藤くんと天武くんを出してしまった以上は、ここから先は苦しくなるかもしれませんね」
そう都合良くはいかないか……この予感を証明するかのように、モニターに映し出された第三種目はAクラスの本命競技の一つである英語テストが選ばれたからだ。
必要人数は8人。啓誠、堀北、櫛田、王、を出すとして、残りの4人を誰にするかが悩みどころである。
学力系の競技に関しても温存は考えない。勝てれば勿論優位だが、最初から本命は二周目と運動系を意識している。
おそらく学力系に関しては高い確率で完敗する筈。主力の全てを投入したこの英語テストで勝てなければほぼ確実に全敗する。だが重要なのは最後の競技に二周目作戦でどれだけの主力を投入できるかであった。
最終種目が運動系ならば天武がいる以上ほぼ確実に勝てる。逆に勉強系であっても、啓誠、堀北、櫛田、平田、王、そして天武を投入して主力を固めることで一方的な展開を作らない。
二周目作戦は、今のところは上手く機能しているな。
ここは勝ちを譲ろう。出場枠を8枠消費することが出来たと考えるべきか。
勝てれば御の字だったが予想通り英語テストには敗北。そこまで学力の高くない4人がどうしても勝敗に影響を与えてしまった。これで2勝1敗、だが37枠を消費出来たので、ほぼ完全に二周目作戦が実行可能となるのだった。
同時に、この時点でほぼ3対3に勝敗を調整する必要が出て来る。最終種目がどちらの競技になろうとも、そこにクラスの主力を注ぎ込む形になるだろう。
こちらの最強戦力を最終競技に残しておける、ここまでは全て計算通りである。
さて、坂柳の余裕が消えるのは、いつ頃だろうな。
月城「二十名参加の綱引き……この感じだと七号が複数の競技に参加する可能性がありますね。システムに介入して選ばれないように細工しておきましょうか。それに不公平と思われない程度にAクラス寄りの競技選出にしないと」
ピピッー!! システムエラー!! 第1競技は綱引きになりました。
月城「……なんで?(怒)」
いつかの占い師「星を持っておる!! 生涯使い切れないほどの幸運が因果すら捻じ曲げるだろう!!」