ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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一年度最終特別試験 3

 

 

 

 

 

 

 

『よろしくお願いします』

 

 

 モニターに映った天武と橋本がチェス盤を挟んで同時に頭を下げる。それに合わせるようにオレと坂柳は司令塔の権限を行使した。

 

 三十分間、天武と橋本を介しての対局となる訳だ。代理戦争とは少し違うが、実質オレと坂柳の戦いとなる。

 

「序盤から介入するのか」

 

「先程も言いましたが、橋本くんと天武くんが戦うと勝負にならないので」

 

「オレとお前でも変わらないだろ」

 

「……いきなり饒舌になりましたね」

 

「そうか? だとしたらすまないな、どうやらもう勝ったつもりになって、気楽になっていたようだ」

 

 坂柳の雰囲気に苛立ちが混じる。安い挑発と侮りであったがプライドが高いコイツにはそれなりに効果があったらしい。

 

 それで駒運びが狂うような相手でもないだろうが、こういうのはやったもの勝ちだとお前や龍園なら言うのだろうな。

 

 天武が先手を勝ち取ったのをモニターで確認する……これに関しても予定調和だ。不思議とアイツにはじゃんけん等の運が絡む要素では勝てないので先手が取れることはわかっていた。

 

「悪いがいつまでもお前に構っているのも面倒だ、さっさと終わらせて貰うぞ」

 

「えぇどうぞ、お手並み拝見といきましょうか」

 

「余裕だな、これから負けるというのに」

 

「……」

 

「どうした? 何故黙る? さっきまであれだけ饒舌だったのに……これじゃあ立場が逆だな、オレも喋ってくれなくて寂しいとでも言っておこうか。それとも舌戦は苦手なのか」

 

 そんな挑発をしながらパソコンから指示を出す。おそらく天武と同じ考えと方向性となる最初の一手を。

 

 それに対して坂柳もまた橋本を操って駒を動かす。苛立ちから判断を急かすかと思っていたが想像よりも大人しいものであった。

 

 やはりこの程度で揺らぐ相手ではないか。まあなんであれ構わない。勝ち筋に向かって駒を動かすだけである。

 

 一つ、二つ、三つ、四つ、交互に駒が動かされていく。序盤な上に初見の相手なので様子見というのがセオリーなのかもしれないが、付き合うつもりはない。

 

 一手打つ度に、脳内には無数の岐路が広がっていく。それは戦局を左右する道であり可能性、その数え切れない未来の中から最善の物を選んで駒を動かす。

 

 チェスは○×ゲームに似ていると表現する者がいる。それを聞くと大半の者が「そんな訳がない」と思うのかもしれないが。ある一定のラインを超えるとそういった印象を与えて来る側面があるのも事実。

 

 つまり、完全完璧な最善手を打ち続ければ絶対に負けないということだ。

 

 別にそれはチェスに限らず、将棋や囲碁なども同じことが言える。無駄や揺らぎを削ぎ落とした先にあるのは完全な最善である。

 

 チェスで勝つにはどうすれば良い? 答えは簡単だ、暴論に聞こえるかもしれないが常に最高最善の手を打てばいい。

 

 

 それこそAIのように。

 

 

 人類が将棋やチェスのAIに敗北したのはもうずっと前のこと、既に最強は人間ではない。今となってはプロですらソフトを研究して学ぶ立場となっている。それほどまでに完全な一手というのは強い。

 

 ならばその完全な一手を学習すれば良い……やはり滅茶苦茶な暴論であり、出来る訳がないのだが、それを目指すことが天武との対局で重きを置いている分野であった。

 

 つまりどれだけAIに近づけるか、つまりは人間を辞めるか、それが天武との対局で重要な部分であり、勝率を上げる要素でもある。

 

 また駒を進める。脳内には幾千、幾万、もしかしたらそれ以上の可能性が見えて精査されていく、星の数ほどはあろうかという選択肢の中から、最もAIが選ぶ可能性が高いであろう一手を……つまりは人類が勝つことの出来ない神の一手を選び取った。

 

 機械的な、しかしだからこそ文句の出ない神の一手を掴み取る。入学当初のオレでは絶対に辿り着けなかった領域の一手を。

 

 

 

 天武がよく使う師匠モード、極限の集中状態へとオレは移行していた。

 

 

 

 実際にそれがコンピューター制御されたチェスAIに迫れているのかはわからない、だがもしこれ以上の手があるとするのならば、オレはまだ学習できると言うことだろう。

 

 坂柳の対応は……なるほど悪くはない。いや、素直に強いと賞賛しておこうか。

 

 ホワイトルームには思考力を鍛えるという名目でカリキュラムの中にチェスがあった。そしてそれを教える為にわざわざプロまで呼び寄せたことがある。同期の中には得意にしていた者もいた。

 

 そう言った者たちと比べても坂柳は誰よりも強い。

 

「賞賛しておこう坂柳……お前は強い」

 

 幾つかの攻守を繰り返してそんな評価を敢えて上から目線で押し付けた。これもまた舌戦の一つと言えるだろう。

 

 まるで上位者のように振る舞うことも、戦いの中では必要なことだった。

 

「オレが知る中でお前は二番目に強い……誇って良いぞ。だが――」

 

 またインカム越しに指示を出して駒を動かす。おそらくはチェスAIに最も近いであろう一手を繰り出した。

 

「……」

 

「どうした坂柳、随分と静かだ」

 

 そして再びの舌戦。舌を動かすのも口を軽くするのも、こういう時だけで良い。

 

「それに一手進める度に考える時間が長くなってるじゃないか。最初は一秒も経たずに打ち返して来たのに、今では十秒だ。次は十一秒か? それとも十二秒か? あぁだが考える分には構わないぞ、オレもお前がダラダラしている間に次の一手を考えられるからな」

 

「随分と饒舌になりましたね」

 

「そうか? オレはいつもこれくらいお喋りだ、普段より長く喋っているつもりはない。あぁ、もしかしたらお前が焦ってるからそう思えるのかもな」

 

「……」

 

 少し苛立った雰囲気が感じ取れる。いいぞ、それでこそ饒舌になったかいがある。

 

 坂柳はそこから十五秒ほど考えてから駒を動かす。およそ考えられる限り最善と思われる手を。

 

 そしてオレはその一手に一秒と置かずに対応する。坂柳の長考を鼻で笑うかのように。

 

「ほらまたお前の番だ、焦らずゆっくり考え込むといい。こっちは水でも飲んでゆっくりしておこう」

 

 実際にこの多目的室に用意されていたペットボトルの蓋を開いて、喉を潤していく。坂柳が次の一手を考えている間にだ。

 

「そう言えばお前はチェスが得意なんだったな。こうして本命競技に選ぶくらいなんだからそうなんだろう」

 

 タップリ二十秒ほど考えて、坂柳は次の指示を出す。

 

 そしてオレは、またもや一秒もかからず次の指示を天武に出した。また坂柳の番だ。

 

「自分より弱い相手に自慢できるくらいの腕はあるようだな、まあまあだ」

 

 今度は二十四秒かかり、オレはまた一秒で切り返す。長考すら必要ない。坂柳が考えている間に俺も次を予想して考えられるからだ。

 

 坂柳は強い。おそらく「入学したばかりの頃」であるならば高い確率で勝率は五分五分となっただろう。それはつまりホワイトルームにいた誰よりも強いという証明だった。

 

 けれど今の俺は違う、百回以上の敗北と経験の蓄積が、より先に思考力を昇華させた。

 

 

 悪いな坂柳、お前が今いる場所は、オレにとってはもう過去なんだ。

 

 

 次の一手もわかる、その次だって、更にその先も。お前は強いが敗北を知らない強さでしかない。師匠モードになった今ならよくわかる。

 

 敗北を積み上げていない強さでは、オレを凌駕することは叶わないだろう。

 

 天武との13回目の対局で食べた白ネギのグラタンは絶品だったし、24回目の対局でパエリヤも上手かった。37回目の時は中華料理だったし、59回目の勝利の時はイタリアンだったな。

 

 勝てば美味い、負ければ学習できる。実に充実した時間だったと思う。そしてそれは坂柳が知らない時間であり、積み上げていない経験でもある。そう言えば天武も負ける度に料理の腕が上がっているようにも思えた。

 

 直近では、サンマのアクアパッツァだったか、あれも美味かった。

 

「どうしたんだ坂柳? もう三十秒も考えているぞ、次の一手はどうした?」

 

「……黙っていてください」

 

「舌戦を所望したのはそちらだと記憶しているんだがな」

 

「無駄だと言っているんです。その程度の揺さぶりで私は手を誤ったりはしませんので」

 

「だが今も持ち時間は過ぎ去っているぞ」

 

「――ッ」

 

 苛立ち交じりの指示が橋本に飛んだようだが、こちらはまた一秒もかからず駒を動かす。

 

 また、坂柳の番だ。

 

「天才の証明がどうのこうのと言っていたな」

 

「……」

 

 あちらからの返答はない。ただ静かに考え込んでいる。

 

「偽りがどうのと、夢がどうのと、否定がどうのこうのと……オレから言わせて貰えばお前の方がよっぽど饒舌だ、無意味な程にな」

 

 さっきの一手よりも更に長く、三十四秒かけて坂柳は駒を動かす。

 

 そしてお約束のように、こちらは一秒もかけずに次の一手を指し示す。

 

「お前がヘラヘラ笑いながら便所に誹謗中傷の落書きしている間に、こっちは色々と積み重ねてきたんだ。ここに来るまでにざっと百回以上の敗北を積み上げて来た」

 

 やはり坂柳からの返事はない、そして今度は四十秒も消費して次の一手となってしまう。

 

 こちらはそれに、淀むこともなく対応する。消費した時間は一秒だけ。

 

「それで坂柳、お前はどうなんだ? 便所に落書きするのは楽しかったか? オレたちはその間に努力していたぞ」

 

 一手打つごとに、坂柳の判断は遅くなっていく。今では長考とさえ言っても良い程になっている。

 

「……」

 

「おいおい、どうしたんだ坂柳、これではさっきと立場が逆だな……お喋りしてくれないと寂しいじゃないか」

 

 一分三十四秒かけて、盤面が動く。

 

 そしてこちらは当たり前のように、流れるように、僅か一秒でターンを終わらせる。

 

「天才とは何だろうな、実力とはどういうものだろうな、それらを証明するにはどんなことをすればいいんだ? 少なくとも誰かを誹謗中傷することじゃないのはオレにもわかる……そんなものは何の証明にもならない」

 

 息を飲む気配が伝わって来る、言葉は無いが随分と焦っているようだ。

 

「それともお前にとっては、アレが天才の証明なのか?」

 

「……」

 

「どうした、何故黙る」

 

 既に坂柳の頭には「敗北」の二文字がチラついているのだろう。なまじ実力がある為に、思考力がある為に、未来が見えすぎるのだ。

 

 それでも油断できる相手ではないので、ここで徹底的に追い詰めておく。鋭い駒捌きで、言葉と挑発と侮りで、心を折る。

 

 舌戦とは、相手を圧し折る為に使うものだ。そこがきっと坂柳とオレの違いなのかもしれない。

 

「呑気なものだな、こちらの努力も知らないのに、一体何を証明するつもりだったのやら」

 

 お約束のように、相手の一手にこちらは即座に最適解を叩きつける。

 

「ヘラヘラと笑いながら、ありもしない未来を妄想している間に、もっとやるべきことがあったと思うがな」

 

 あともう少しと言った所だろうか、モニターの向こうにあるチェス盤の戦局は身を削りながらなんとか坂柳が耐え忍んでいると言った感じである。最初からここまで一度たりとも攻勢にでたことは無い。守るだけで精一杯だったのだろう。

 

「もう一度言おうか……随分と静かじゃないか」

 

「……」

 

 ここでこいつの心を折る。それがオレの意趣返しだ。

 

「まただんまりか、そんな調子で何の証明になるんだろうな」

 

 二度とこちらに歯向かえないように、得意分野で圧倒的に凌駕する。完膚無き完全勝利を演出して叩き潰す。

 

「お前の焦りが伝わってくるようだ」

 

 天才の証明など興味が無い、意味も無い、もしオレにとって重要なことがあるとするならば、お前の行動に苛立っているということだけだ。

 

「もうわかっているんだろ、敗北するのだと」

 

 天武の甘さと配慮に付け込んだ代償を支払って貰おうか、アレは自分が馬鹿なだけだったと受け入れていたが、一番悪いのはお前であることは変わらない。

 

 誹謗中傷でも邪計でもなく、正面突破でお前を折ることに意味があった。

 

「どうしたんだ」

 

 だから折れてしまえ、そして後悔しろ。

 

 

 

「いつものように笑えよ……坂柳」

 

 

 

 折れろ。

 

 崩れろ。

 

 躓け。

 

 そして二度と立ち上がらず、惨めに地面だけ舐めて雨と埃だけ食っていろ。

 

 その頭の中にはもう敗北が見えている筈だ。逃れられない未来が見えている筈だ。どんな手を用意しようがこちらは全てを凌駕して蹂躙するだけである。

 

 オレにはもう詰みまで読み切れているぞ、お前はどうだろうな?

 

 せめて最後まで諦めずに挑んで欲しいものだ、負けるとわかっていても挑まなければならない時もあるからな。

 

 すぐに聞こえて来る。実際に音として広がった訳ではないだろうが、何かが折れる音が。

 

 坂柳、お前の完全敗北を証明する音が――――。

 

 

 

 

 パンッ!!

 

 

 

 

 しかし、聞こえて来たのは、心が折れる音ではなかった。

 

 どちらかと言うと乾いた音、何かの破裂音のようにも聞こえるそれは「頬を勢いよく叩いた」音によく似ている。

 

 杖を落とした音でも、心が折れる音でもなく、泣き言でも無ければ弱音でもない。

 

「そうか……折れなかったか」

 

 これは決意の音であり、敗北を受け入れそうになった自分を叱咤激励する音なのだろう。

 

「それならそれで構わない」

 

 やるべきことは何も変わらないのだから。

 

 チラッと、パソコンと機材の向こう側にいる坂柳の顔を覗き込んでみると。そこには焦りでもなく弱気でもなく、ましてや自暴自棄になった訳でもない様子が広がっていた。

 

 そして何よりも、とてつもない集中が感じられる。火花でも散らしそうなほどに爛々と輝く瞳はモニターだけを見つめており、加速する思考は間違いなく盤面に向けられている。

 

 あの雰囲気、師匠モードとやらになった天武によく似ているな。つまり坂柳も異次元の集中状態になったと言うことだ。

 

 天武もそうだが、ああなるといよいよ手が付けられなくなる。

 

 どうやらオレも、ここから先は余裕とはいかないらしい。

 

「お待たせしました、綾小路くん……慢心も、愚かさも、幼さも、全て捨て去りましょう」

 

 変な引力を持った声と雰囲気が機材の向こうから聞こえて来た。あぁ、この感じも師匠モードになった天武によく似ている。

 

「ここから先が、私の証明です」

 

「良いだろう、ようやく勝負らしくなってきた」

 

 一方的な蹂躙から、まともな戦いになる。そんな確信と共にオレは天武に指示を出して戦局を動かす。

 

 

 

 しかし、天武はその指示に従わずに、何故か深く考え込む姿勢で動かなくなってしまった。

 

 

 何が起こった? もしかしたらインカムからの指令が伝わらなかったのか? その可能性にかけてもう幾度か同じ指示を出すのだが、相変わらずこちらからの方針には答えずに、モニターの向こうにいる天武は考え込むだけである。

 

 

 まるで、意思の疎通が突然に途切れてしまったかのように、音信不通となってしまう。

 

 その段階でオレには一つの考えが思い浮かんでしまい、ただ小さく溜息を吐いてしまうのだった。

 

 ようやく面白くなってきたのだが、どうやらオレの出番はここまでらしい。

 

 高い確率でこちらの指示と現場に届く声が異なっていて、天武は困惑しているのだろう。

 

「後は任せたぞ」

 

 おそらくここから先の指示は全て意味を成さない。形だけの司令塔になってしまい、この戦いは坂柳と天武の物になってしまう。

 

 

 まあそれでも構わない。最後の詰めは、相棒に任せておくとしよう。

 

 

 

 

 




月城「動けッ!! 動けってんだこのポンコツが!! あ、あれ、今回は介入に成功しましたね、よしこれならまだ行ける。綾小路くんの接続を切って上手いこと敗北に誘導しないと」

幸運「……」

奇運「何してんの?」金運「いや働けよ」豪運「代わろうか?」天運「働かざる者食うべからず」悪運「おいさっさと代われ」運命「どうしたん?」偶然「ついに壊れたか?」主人公補正「なんやアイツ」

幸運「これで良いんだ。私の仕事は都合の良い展開を作ることだけ……それにぶん殴るにしても大義名分は必要だから。これが一番幸運な結果に繋がるんだよ」


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