ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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尊いと思う物は誰にだってある

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路視点

 

 

 

 

 学校側からの介入という最悪の状況であったが、天武は上手くバトンを受け取ってこちらの構想を継続させてくれたらしい。俺が思った通りの順で駒を動かしてくれたので、これで勝利は確定することになった。

 

 坂柳も追い込まれたことで異次元の集中状態に足を踏み入れていたようだが、序盤で圧倒されたことで天武を上回ることは出来なかったらしい。

 

 最後の猛攻はオレも目を見張る物があったと思う。だから素直に坂柳を賞賛していた。

 

「坂柳さん!?」

 

 星之宮先生の驚いた声が広がると同時に、坂上先生も驚いたように坂柳に駆け寄っていくのが見える。司令塔が関与できる三十分が終わったと同時に倒れてしまったからだろう。

 

「すぐに保健室に……いえ、病院で検査を」

 

「大丈夫です。私の体のことは私が一番わかっていますから……少し、疲れてしまっただけです。すみません、ご心配をおかけしました」

 

 オレも機材の向こう側に顔を出すと、そこでは星之宮先生に支えられている坂柳の姿が確認できる。杖を突いて震える体をなんとか起き上がらせようとしているようだ。

 

「申し訳ありません。情けない所を見せてしまいましたね」

 

 疲労と焦燥を覗かせる表情でオレを見つめると、坂柳はギュッと体に力を込めて杖を支えに立ち上がる。

 

「……綾小路くん、私の完全な敗北です」

 

「まだ勝負は終わっていないだろう」

 

「いいえ、序盤から最後までずっと翻弄されていました。そしてここから橋本くんが天武くんに逆転することは不可能……試合にも負け、試験にも負け、文句の付けようがないでしょう」

 

「そうか、少し意外だな。もっと不機嫌になるかと思っていたが」

 

「私が敗北を受け入れられないような、プライドの高い女に見えましたか?」

 

 プライドが高いのは事実だろ、という言葉は呑み込んでおいた方が良いんだろうな。

 

「お見事です、そして良かった……やはり貴方は私が思った通りの方だったと今なら確信を持てますよ」

 

 少し申し訳ない気持ちになってくるな。坂柳は最初から最後までオレとの戦いだったと勘違いしているのだから。

 

 学校側からの介入があったと伝えるべきだろうか? いや、問題を大きくした所でという奴か。

 

 やるにしても逃げ場がない状況に追い込んでからだろう。或いは抗いようのない圧倒的な力を用意してからだな。

 

 後者に関しては当てがある、前者に関しては準備に長い時間がかかるだろうな。

 

「あ、あっちも終わったみたいね」

 

 星之宮先生がモニターを見つめてそう言うと、橋本と天武の対局が終わったのが見える。問題なく勝利できたようだ。

 

「今の種目、Bクラスの勝利です。よって、今回の最終特別試験の結果は四勝三敗でBクラスの勝利となります」

 

 そんな宣言でようやく肩の荷が下りる。学校側からの介入があったが何とか勝利できたらしい。流石にここから「やっぱ無し」とはあの男でも不可能だろう。

 

 やったら最後、学校側は二度と生徒から信用されることはないのだから。

 

「それにしても綾小路くん、君って思ってたより凄い子だったみたいね……今年のサエちゃんのクラスはヤバそうな子が多いとは思ってたけど、君もかあ」

 

「たまたま調子が良かったんですよ」

 

 監督役である教師二人からの探るような視線にそう返す。無意味ではあるのだろうが。

 

「まぁ安心して~。ここで見聞きした詳細を他の生徒に言いふらしたりはしないから」

 

 残念なことに茶柱の前歴があるのでこの学校の教師は欠片も信用はできなかった。どうせ遠回しに情報を与えることがわかっているからだ。違反にならない範囲で必ずそうするだろう。

 

 そう考えると、この学校の教師に大した期待はできないな。

 

「もう試験は終了しました。生徒は速やかに退室するように」

 

「坂上先生、一度教室に戻った方が良いんでしょうか?」

 

「いや、本日はこれで終わりです。そのまま帰宅してもらっても構いませんよ」

 

「いいよね~生徒は。これで帰れるんだから」

 

「星之宮先生は片付けの準備を」

 

「わかりました」

 

 教師の二人は機材の撤収が残っているらしい。生徒であるオレと坂柳はもう帰っても良いだろう。

 

 チラリと隣に視線を向けてみると、疲労で少し顔色を悪くした坂柳の姿があった。

 

「お疲れさまでした綾小路くん」

 

「そちらもな」

 

「思い上がっていたと、今ではそう思いますね……同時に嬉しくもあります。不思議な感覚と表現すべきなのでしょう」

 

「そうか」

 

 気持ちはわからなくはない。オレは坂柳をここで折るつもりだったが、それを乗り越えて立ち向かう姿勢を見せたのだ。きっとここから更に強くなることは簡単に想像できる。

 

 困難を乗り越える度に強くなる。オレはそれをよく知っている。

 

「何か私に望むことはありますか?」

 

「いや……何もない」

 

 天武へと謝罪させようかと思ったが、それをアイツは喜ばないだろうと考えて、胸の内にしまう。

 

 そんな会話をしながら多目的室から出て行こうとするのだが、その直前に向こうから扉が開く。

 

 

 廊下から姿を現したのは、オレにとっては目下最大の敵である、月城であった。

 

 

「いやぁ、実に良いものを見せていただきましたよ」

 

 柔和な笑みを浮かべてそう言った月城に教師二人は礼儀正しく頭を下げる。

 

「これはこれは、月城理事長代行。特別試験をご覧になっていたのですか?」

 

「えぇ。私たち学校側は不正がないように、管理する立場にありますから。別室で、お二人の司令塔としての関与、そして試合の成り行きを見ていましたよ」

 

 そして色々やっていたが失敗したと、負け惜しみでも言いに来たのだろうか?

 

「実に良いデータを取らしていただきました。今回の勝負は来年度以降大きな財産として残ることを確信しています」

 

「ご満足いただけたのなら良かったです、月城理事長代行」

 

 坂柳は不信感を抱きながらも、一応は目上相手なので礼儀として頭を下げている。

 

「さて、皆さん退室して頂きましょう。特別試験も終わったのですから。先生方もどうぞご退室を」

 

「しかし、我々には後処理が――」

 

「それはこちら側で対応させていただきますよ」

 

 月城が合図を送ると、作業着姿の男たちが一斉に室内に入って来る。

 

「どなたですか。学校の関係者ではありませんよね?」

 

 坂上先生も、星之宮先生も少し不信感を持っているようだが、そんな二人に月城はこう言った。

 

「今回の試験データを、政府はいち早く知りたいそうでして。その為に派遣された方々です、どうかご安心を」

 

 

 これは、証拠隠滅か。機材を調べられたら困るということだろう。色々と出てくるだろうからな。不正な介入のデータなんかが。

 

 

 そして教師二人は理事長代行にそう言われると、何かを反論できる立場でもなく。急かされるように退室していくのだった。

 

 オレと坂柳は証拠隠滅要員である男たちを怪訝そうに見つめながら、月城の次の行動に注視する。

 

「さて綾小路くん」

 

「なんだ」

 

 教師が退室して、今残っているのはオレと坂柳と月城だけとなった。いや、作業員たちもいるな。

 

「これが最終通告です……そろそろ戻りましょうか」

 

「断る」

 

「やれやれ全く、強情なことだ」

 

「アンタは知らないようだが、脅しというのは実態が伴って初めて意味を持つ……試験にまで介入しておきながらそれでも失敗したアンタが何を言った所で、大した脅威を感じないな」

 

「えッ……まさか、学校側が介入したというのですか?」

 

 その事実を理解した坂柳は、一瞬驚いてからすぐに視線を鋭くして月城を睨む。

 

「なんて愚かなことをッ」

 

「貴女がいけないのですよ坂柳さん。私の言いつけを守らずに綾小路くんにプロテクトポイントを持たす結果になってしまった。挙句の果てに、我々がこれだけバックアップしたというのに敗北するなど……いささか期待外れですね」

 

 奥歯を鳴らす音が隣から聞こえて来る。屈辱と憤りに震えているようだ。

 

「だがアンタにも誤算があった。せっかく介入してこちらの動きを誘導したのに、実際に駒を打つ天武がその指示に従わず自分の判断で動いたんだからな」

 

「えぇ、そこが最大の誤算でした。七号戦力のレポートは私も把握していましたが、主に身体能力のことばかりでしたからね。まさか思考力や頭脳面でも超人であったとは、彼には困ったものですよ」

 

「では……途中から私と彼の戦いになっていたのですね。綾小路くん、何故その場で進言しなかったのですか?」

 

「意味がないからな……それに、天武が上手く合わせてくれた」

 

「……」

 

「しかし、介入したことをこんな場所でバラしてしまって良かったのか?」

 

 視線をこの多目的室の四方にある監視カメラに向けてそう言うのだが、月城は問題ないとばかりに微笑む。

 

「大きな問題はありませんね。私の立場なら情報は幾らでも誤魔化せますので」

 

 そう言えば以前に天武に撃退された時も、嘘か本当かわからないがダミーの映像を走らせていると言っていたな。きっと音声なども同じように誤魔化せるのだろう。

 

「そして、決定的な証拠となる機材はアンタのお仲間が回収する訳か」

 

 オレとの戦いを望んでいた坂柳には受け入れがたい現実なのかもしれない。この試験に学校側の介入があったことも、それでもなお負けてしまったことも。

 

 敗北も勝利も、これでケチがついてしまった。

 

「理事長代行……この代償は高くつきますよ?」

 

 苛立ちと憤りを込めて坂柳はそう言うのだが、相手はどこまでも余裕の態度を崩さない。

 

「たかだか高校一年生の子供が、随分と面白いことを口にしますね。お山の大将をしているから、気まで大きくなってしまいましたか」

 

 立場と、経験と、実際に振るえる権力を背景にした圧倒的な余裕……これは簡単には崩せないだろうな。実際にやろうと思えば強引に難癖付けて坂柳を退学させることもできるのがこの男である。

 

 だからこその余裕、微笑みだ。

 

「代償が高くつくというのなら、今すぐ何かして見てくださいよ。さぁ、早く」

 

 当然ながら、何かを出来る筈がない。それがオレたちの立場であり力であった。

 

「もう一度言いましょう、自主退学してください。綾小路くん」

 

「断る。脅したいのなら実態を持て」

 

「はぁ……わかりました。では別のアプローチをするとしましょう。どうかお楽しみに」

 

 そう言い残して月城は多目的室の扉に踵を返して退室しようとする。

 

 

 

 多くの苦労を窺わせるマメだらけの掌で丸いドアノブを掴んで扉を開けようとして――――開かなかった。

 

 

 

「うん?」

 

 ドアノブを何度か捻り、どれだけ力を加えようともドアノブは動かない。

 

 まるで、扉の向こうで、つまりは廊下側で誰かが巨大な力でドアノブを固定しているかのようである。

 

 そして事実、その通りであった。

 

 形容するのが難しい音が室内に響く。敢えて表現するのならば、金属の破砕音だろうか。メキャメキャ、或いはグキャ、陳腐な言い回しになるがそんな音だ。

 

 万力で金属を捻じ曲げたかのようなその音は、きっと月城が握っていたドアノブから響いた物である。

 

 ドアノブは引きちぎれて壊れてしまう。固定を失ったことで扉はゆっくりと開いていって――その隙間から天武が顔を覗かせた。

 

「……」

 

 それを見た瞬間に、月城はそっと開きそうになっていた扉を閉じる。

 

 そして眉間に寄った皺を揉み解すかのように指を動かすのだが、次の瞬間に両者を隔てていた扉は蝶番を粉砕するほどの勢いで開け放たれて、月城の体を吹き飛ばす。

 

「ぐはッ!?」

 

 扉と一緒にこちらにゴロゴロと転がって来た月城は、オレの爪先で停止することになった。

 

「清隆、お疲れさま」

 

「あ、あぁ……そちらもな」

 

「坂柳さんもお疲れさま」

 

「え、えぇ、お気遣い感謝します」

 

「一つ訊きたいんだけど……今回の件は坂柳さんの戦略じゃないんだよね」

 

「それは、学校側が介入したことを言っているのですか?」

 

「あぁ」

 

「それは違います……ありえません」

 

「そうか、だとしたらとても悲しいな……君の戦略であったのなら、これも戦いの作法だと受け入れることができたんだけど」

 

 天武はひしゃげたドアノブ片手に何でもない様子で多目的室に入って来る。とても冷静で、落ち着いた様子なのだが、どうした訳かオレには鋭い一本の刃を向けられているような気分になってしまう。

 

「けれど違った。戦いの作法などでは語り切れないほどに……残念な結末だよ」

 

 緩やかに、しかし力強い足取りで、床に伏している月城に近寄って来るのだが、それを遮るかのように、作業着姿の男たちが立ち塞がった。

 

 機材の撤収作業を行っていた月城の部下たちは、荒事にも長けているのか油断なく天武を見つめてそれぞれが構える。

 

「月城さん、こいつが七号ですか……どう対処します?」

 

「処理しても?」

 

 そんな物騒な会話を緊張無く口にするくらいには、きっと慣れているのだろう。

 

 今すぐ懐から物騒な武器でも出て来そうな雰囲気である。いや、もしかしたら本当に出て来るのかもしれない。

 

 五人の男は月城と天武の間に立ち塞がって、今にも襲い掛かりそうな姿勢となる。

 

 グッと爪先に力を込めて、拳も固める、奥歯を鳴らして踏み込もうとした瞬間に、天武は男たちにこう言った。

 

 

 

「邪魔だ、どけ」

 

 

 

 言ったことはそれだけ、大きな暴力を振るった訳でもなければ、わかりやすい凶器を見せた訳でもない。

 

 ただ言葉だけ、本当にそれだけだ。

 

 けれど、そこには途轍もない怒りが込められていた。

 

 それこそ、自分の死を連想するほどに。

 

 荒事に慣れた様子の男たちの反応はそれぞれ異なる。尻餅をつく者、脂汗を流しながら震える者、股間を濡らす者、か細い悲鳴を上げる者、共通しているのは心が折れたという点だろうか。

 

 月城と天武の間に立ち塞がっていた彼らは、ただ言葉だけで道を開けるのだった。

 

「月城、いつまで寝てるんだ……早く立て」

 

 扉と一緒にこちらに転がって来た月城は、その言葉にフラつきながら立ち上がっていく。

 

「魚の餌になるか、豚の餌になるかくらいは選ばしてやろう」

 

 ふらつきながら立ち上がった月城に、不吉を孕んだ掌が伸ばされていく。掴んだ物を全て引きちぎれるであろうそれは、ゆっくりと柔らかそうな喉にかけられた。

 

 天武の膂力ならば、そのまま喉を引きちぎれるだろう。そして実際にそれをやるつもりらしい。

 

 そして五本の指先は徐々に力が込められていって、遂に月城の首が折れるといった直前で、両手が高くあげられる。

 

 まるで、降参とでも言うかのように。

 

「降参します」

 

 実際に言った。負けを認める言葉を。

 

「だから殺さないでいただきたい」

 

 さっきまでこちらを子ども扱いしていた余裕を消し去り、冷や汗を流しながらの懇願に、指先は止まった。

 

「俺が何に怒っているかわかるか?」

 

「……試験に介入したことでしょうか?」

 

「違う……いや、それもあるが、何よりも重要なのは、戦いを汚したことだ」

 

 大きな溜息がこちらにまで届いた。

 

「戦いは神聖であるべきだ……アンタからしてみれば所詮は子供のお遊びなのかもしれないが、やってる方は本気なんだよ」

 

 どこか悲し気にそう語る天武は、首を掴んだまま語りだす。

 

「尊くあるべきだ、美しくあるべきだ、誇れるべきだ……たとえ勝っても負けても、振り返った時に何一つ憂いのない時間であるべきだと俺は思う。勝利だろうと敗北だろうと、誇りとして掲げられるべきなんだ」

 

 ここまで感情的になる天武を、オレは初めて見たな。いつもは冷静で落ち着いた雰囲気なだけに、珍しいとも言える。

 

「今回の一件が坂柳さんの戦略ならば、なるほどそれも戦いの作法だと受け入れよう……だが、何の関係もない大人の、自分勝手な都合で振り回したとするのならば、腹が煮えくり返るのも自然なことだろう……俺たちは、未熟なりに矜持を掲げているんだからな」

 

「なる、ほど……それが、君の踏んではならない一線ですか。これは、見誤っていたようですね」

 

「寛容だとでも思っていたのか? だとしたらそれは勘違いだ、俺は矜持を掲げた戦いにケチを付けられて黙っていられるほど優しくはない」

 

「結果的に――」

 

「勝てたから良かったと言うつもりなら、このまま海に投げ捨てるからな」

 

「……」

 

 指に力が籠められる。意識を失ったり、首の骨が折れる寸前まで。

 

「月城、誰にだって尊ぶべきものがある……それを踏めばこうなるんだ。俺の倍以上生きてるアンタなら知らないとは言わせないぞ」

 

「えぇ、理解しています……いえ、できましたよ」

 

「そうか……で、どうする?」

 

「降参しますよ」

 

「俺が納得するとでも」

 

「納得するかどうかはわかりませんが、貴方は戦意の無い人間を処理するほど愚かではないでしょう」

 

「何の話だ」

 

「七号レポートにはそう書かれていましたよ。貴方は武人……誇りある戦士だと」

 

 だから降参した相手を殺しはしないというのが月城の主張であるらしい。

 

「……」

 

 すっと瞼を細めて首を掴んで持ち上げている月城を睨む天武は、最終的に視線をオレに向けて来る。

 

「清隆、どう思う?」

 

「離してやれ、ここで処理しても面倒事の方が多い」

 

「良いのか?」

 

「良くはないが、お前がわざわざオレの面倒事を背負う必要はない。仮にもし、この男を処理するのだとしても、しっかり場を整えてからだ」

 

「ここまでやったんだ、今更躊躇しても大差がないと思うが」

 

「問題はない。その男が言うには、情報など幾らでも操作できるらしいからな……扉は勝手に壊れたし、そいつは勝手に転んで怪我をした、そういうことだ」

 

 こいつは足腰が弱いらしいからな。

 

「そうか……だが納得はできないな」

 

「冷静になれ」

 

「何を言ってる、俺は冷静だ」

 

 冷静な人間は人の首を掴んで持ち上げたりはしない。

 

 また大きな溜息が多目的室に広がった。

 

「お前は甘いな、清隆」

 

「お前ほどじゃない……だが、そうだな、納得できないと言うのなら。ポイントでも貰おうか」

 

「無粋な介入をした賠償を要求するってことか。坂柳さんはどうする?」

 

「え、私もですか?」

 

「当然だ、俺たちの戦いにケチを付けられたんだぞ」

 

 坂柳はその言葉に少し悩み、こう返す。

 

「いえ、私からは何も……何を言おうが、敗軍の将であることは変わりません。たとえ学校側の介入があったとしてもです」

 

「上手くやれば、プロテクトポイントを得られるかもしれないけど」

 

「敗北は敗北です。事実はそれだけかと」

 

「そうか……君の矜持に敬意を贈ろう」

 

 不吉を孕んだ掌が月城の首から離れた。

 

「月城、異論は?」

 

「うッ、ごほッ、ごほッ……大丈夫ですよ。約束しましょう。綾小路くんにポイントを渡すと」

 

「具体的な額は?」

 

「2000万で、どうでしょうか。ただ、大っぴらに与えると問題になりますので、君がやっているアレらに紛れ込ませて、君経由で与える形になるでしょうが」

 

「……良いだろう」

 

 天武はそこで自らの右手を前に出して、小指を立てた。

 

「小指を出せ、月城」

 

 力強い要求には強制力がある。断ればその瞬間に首を捩じ切られるかもしれないと思ってしまうような迫力である。

 

「指切りは、魂に刻む誓いだ……できるな? できないとは言わせない」

 

「……わかりました」

 

 お互いの指先が立てられて結び合わされていく。

 

「お前は清隆に2000万ポイントを用意する。後、二人に謝罪もしておけ……出来る筈だ」

 

「えぇ、誓いましょう」

 

「その言葉を決して忘れるな」

 

 結ばれた小指は離れない、それどころか余計に力が込められていく。

 

「うッ、ぐッ……ま、待てッ」

 

 

 最後に天武は、結び合っていた月城の小指を、自分の小指で圧し折った。

 

 

「――ッ!?」

 

 あらぬ方向に曲がった小指はさぞ激痛を訴えていることだろう。あれだけ余裕タップリだった顔は完全にどこかに消えてしまっている。

 

「もう一度言うぞ、指切りは魂に刻み込む誓いだ……その痛みを生涯忘れるな」

 

 痛みに震える月城は、恐ろしさからか、或いはこいつなりの誇りがあるからなのか、視線を逸らすことはない。

 

「つまらない結末だったな……吐き気がする」

 

 天武が月城との指切りを止めてこちらに振り返った。その頃にはいつもの冷静で落ち着いた雰囲気の相棒に戻っており、普段の微笑を見せてくれる。

 

 けれどその微笑みもすぐに消え去る。悲しそうな表情によって。

 

「すまない、坂柳さん、清隆……本当にすまない。敗北にも、勝利にも、ケチがついてしまった」

 

 まるでそれが自分の罪であるかのように語ることに、少し困惑してしまう。坂柳もそれは同様なのか、焦っているようにも見えるな。

 

「俺にとって戦いは神聖な儀式だ、願いだ、尊いものだ……死力を尽くして挑む夢だ。こんな形になってしまったことがとても悲しいよ……しかも、君たちまで巻き込んでしまって」

 

「え、えっとですね……あまり、思い悩む必要は、その、天武くんが悪い訳でもないのですから、ね?」

 

 どうにも弱々しくて、悲し気な様子にオレ以上に困惑しているのが坂柳である。コイツにしては珍しくアワアワと焦った様子で、もしかしたら慰めようとしているのかもしれない。

 

「そうだね、一番悪いのは月城だ……そんな言い訳をさせてくれ」

 

 本当に天武は何も悪くはないので、今回の一件で思い悩む必要はないのだが、天武の琴線に触れる何かがここにあったということだろう。

 

「月城、謝罪をして欲しい」

 

「えぇ、約束ですからね……坂柳さん、綾小路さん、本当に申し訳ありません、出過ぎた真似をしました」

 

「どうかな、二人とも」

 

「受け入れよう」

 

「こちらにも異存はありません、そもそも敗北した身ですから」

 

 頭を下げる月城に僅かな同情をしながら、今この瞬間だけは勝利を噛みしめた。

 

「指を出してくれ」

 

「はい?」

 

「勢い余って折ってしまったからな。ある程度形を戻しておこう、治療がやりやすくなる」

 

「え、いや、結構です」

 

「遠慮するな」

 

「欠片もしていません」

 

 ごねる月城の小指を強引に前に出させて天武はあらぬ方向に曲がっていた小指を掴み取る。

 

「ぐぉぉッ!?」

 

 曲がった小指は真っすぐな位置に戻されていった。あまりにも残酷で強引な形成にもはや同情するしかない。

 

「骨は治しやすいように綺麗に折ったつもりだ、配慮は大事だと恩師も言っていたからな」

 

「か、感謝しておきましょうか……ぐッ」

 

「大丈夫、人間には二百本以上の骨があるらしいから、一本くらい誤差みたいなものですよ」

 

「かもしれませんね……ははは」

 

「ははは」

 

 盛大な苦笑いを浮かべる月城と、どこかスッキリした顔をする天武……あの様子だとかなり苛立っていたようだ。色々とぶっ飛んだヤツだとは思っていたが、本当にアレ過ぎる男である。

 

 だが、頼りになるのは間違いないんだろう。

 

 おそらく、既に月城の中では天武は完全にイレギュラーになっている筈だ。それこそホワイトルームの存続にすら関わるほどの盛大な爆弾にもなっている。

 

 交渉がどうのこうのではなく、アンタッチャブルな存在になっていた。この学園は天武をホワイトルームに近づけさせない、もっと言えばオレの父親を殴りに行かせない為の檻になっているとすら言えるだろう。

 

 可哀想に、そう考えると月城はこれから先、天武をいかに退学させないかを考えないといけないのかもしれない。

 

 だってほら、アイツが身軽になると一番困るのはあっちだろうから。

 

 

 オレの相棒がゴリラ過ぎる件について――何故か、そんなフレーズが頭の中に思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

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