ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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一年の終わり
卒業式


 

 

 

 

 

 

 

 三月二十四日、今日は卒業式。一つの区切りとなる大切な日であった。

 

 特に三年生たちにとっては、この学校で過ごした過酷な三年間を思い返すんじゃないだろうか。想像するまでもなく様々な苦労と困難を背負うことになったことだろうからな。

 

 卒業式が行われる体育館では全ての学校関係者と生徒が集められて卒業生代表の言葉を聞いていた。特に主役である三年生は様々な思いがあることだろう。

 

 俺は小学校も中学校も通っていなかったのでイマイチ卒業式というのが実感できないのだが、卒業証書を受け取って涙ぐむ三年生を見れば、とても大切な時間であるというのがわかる。

 

 二年後、俺も同じように涙を流すのだろうか? こればかりはその時になってみないとわからないな。

 

 体育館の壇上に立ち、答辞を述べるのは、やはりというか堀北先輩だった。

 

 三年生は最終試験の段階で独走状態に入っており、最後の試験も危なげなく勝利したらしい。二年生の――正確には南雲先輩のバックアップがあれば他のクラスも追いつけたのかもしれないが、二年生は合宿でのやらかしで4000万ポイントをふっ飛ばしてしまった上に、Aクラスもマイナス400ポイントが引かれる事態になったことで、流石に自重する空気になったらしい。

 

 ここで三年Bクラスを援護するとか南雲先輩が言い出せば、完全に信頼を失ったかもしれない状態だったので、今後に備えて貯金に回ったのだろう。

 

 そんな訳で何の危なげも無く堀北先輩はAクラスで卒業となり、こうして答辞を述べる立場になったらしい。

 

「答辞。梅の香りに春の息吹を感じるこの日、我々は卒業式を迎えました――」

 

 三年間お疲れ様です。心の中でそんなことを思いながら答辞を聞いていく。

 

「高度育成高等学校に入学し、他校とは違う雰囲気を感じ、未来を担う大きな責任を持つと共に、やりがいのある三年間にしようと誓ったことを鮮明に覚えています」

 

 まだ一年しかこの学校で暮らしていない俺よりも、ずっと多くの経験と苦労を積み重ねて来たであろう人だ。色々と思う所はあるらしい。

 

 けれど振り返った時に、悪い思い出ばかりではなかったと、堀北先輩の表情が語っていた。

 

 師匠曰く、思い出は大切とのこと。そういうことだろう。

 

 俺たちの学年が二年後、あの場所に立っているのは誰なんだろうな。個人的には一之瀬さんであって欲しいとは思っている。生徒の代表と模範という意味では彼女に並べる人は一年生にいないだろうからな。

 

 堀北先輩の答辞は続いていく。そして遂に終わりという段階で、壇上にいる先輩と俺の視線が結び合った。

 

「……三年間、本当にありがとうございました」

 

 そしてゆっくりと全校生徒に頭を下げると、拍手が体育館に広がることになる。

 

 色々な思いを込めた「ありがとうございます」だったな。やはり感じることも多いということか。

 

 

 卒業式が終わると少し間を置いて謝恩会となるらしい。わかりやすく言うのならば交流の場だろうか。これから卒業していく生徒と保護者が教師を労い、或いは部活の後輩なども参加するのかもしれない。

 

 俺は特に用もなく、何だったらこのまま帰ってもいいのだが、それだけでは寂しいだろうと言うことで顔を出すことになると思う。

 

 ただその前にクラスに集まって一年の総括が茶柱先生によって行われることになるのだった。

 

「この一年、それぞれよく戦った。最終試験もAクラスに勝利するという最高の締め括りであった。一年前に不良品の烙印を押されたお前たちだったが、よくここまで成長したと素直に思う」

 

 言い訳ができないくらいに酷い時期もあったので、茶柱先生の言葉も納得である。だからこそこの場所まで来れたことは誇らしくもあるのだ。

 

 まだまだ足りない物は多い、総合力で言えばどうしたって坂柳さんクラスや一之瀬さんクラスに軍配が上がるだろう。

 

 それでも俺たちは、確かな成長をこの一年で刻み込めたのは間違いない。

 

 

 

 Aクラス 1253クラスポイント

 

 Bクラス 1234クラスポイント

 

 Cクラス 595クラスポイント

 

 Dクラス 541クラスポイント

 

 

 

 これが一年の最終試験を乗り越えて計算された最後の数字である。Aクラスとの差はほぼ存在しない位置まで来ることができた。

 

 同時に、一之瀬さんクラスと龍園クラスの差もまた殆どない距離まで来ている。龍園は混合合宿で責任者を一手に引き受けて荒稼ぎしたからな。しかも最終試験でも勝利したので一気に追い上げて来た感じである。

 

 彼のやらかしでクラスポイントが一時期はかなり減っていたのだが、かなり盛り返して来たようだ。

 

 来年以降、この数字がどれほど変動するかはまだまだ未知数である。安心だってできない。

 

 けれど今は、一時の興奮に身を任せることを誰が責められようか。

 

 

「「うおッしゃああああああ!!」」

 

 

 男子の一部から雄たけびが上がる。女子はそこまで感情を露わにしないのだが、それでも姦しい雰囲気は広がっている。

 

 Aクラスがもう目の前、現実的な場所にいる。誰だってそれが数字でわかれば嬉しい筈だ。俺だって嬉しい。

 

 二年生になってからの特別試験次第では、どこのクラスも一気に状況が変わるのは間違いない。良い方向にも悪い方向にも。

 

 興奮するクラスメイトたちを暫く穏やかな顔で見ていた茶柱先生ではあるが、コンッと黒板を軽く叩いて注意を促すと、教室はシンッと静まり返す。

 

 うん、よく調教されていると思う。四月頃は学級崩壊気味だったことを考えれば、より成長したとわかるな。

 

「明日は終業式だ。授業がないといっても学校の一日に変わりはないことを忘れるな」

 

 いよいよ明日で一年生も終わりということか。振り返ってみると激動の一年だったと懐かしくなってしまう。

 

 様々な縁も結ぶことができた。そして俺自身も強くなれたと実感できる。きっと去年の俺と今の俺が殴り合えば確実に勝利できるだろう。やはり夢を見つけられたのが大きいのかもしれない。あれ以降は様々な面で成長できたと考えられた。

 

「二年生が楽しみだね」

 

 ホームルームも終わって自由の身になると同時に、右後ろの席にいる鈴音さんにそう声をかけると、彼女は僅かに微笑んでから頷いてくれた。

 

 やはり長い髪の彼女をずっと見て来たからなのか、少し違和感もあるのだけれど、同時に新鮮な気分になるのだから不思議なものである。

 

 髪型一つで大きく変わるものだ。そんなことを凄く実感できた。

 

「な、なあ鈴――いや、堀北、なんかあったのか?」

 

 そして当然ながらバッサリと髪を切った鈴音さん教室に入った瞬間に盛大に驚かれた。須藤が困惑しながらも訊きにくるくらいには衝撃だったらしい。

 

「堀北さん、思い切ったイメチェンだね……びっくりしたよ」

 

 桔梗さんもまた何事だと訊きに来る。そして幾人かのクラスメイトも聞き耳を立てていた。

 

「そんなに不思議かしら」

 

「いや、不思議つ~か、驚いただけだけどよ……なぁ櫛田!?」

 

「え、あ、そうだね……でも似合ってると思うよ。だけど、何かあったの? 例えば、失恋とか」

 

「ししし、失恋!?」

 

 須藤がとても動揺して驚いている。そう言えば失恋をすると髪を切るという話を聞いたことがあるな。鈴音さんは違うだろうけど、そういった考えが一般的になるくらいには結びつきがあるらしい。

 

「強いて言うなら決意表明よ。新学期からはより激しい戦いになるもの。だから心機一転して、決意を新たにするにはここが良い機会だと思ったのよ。ただそれだけ、騒ぐようなことでは無いわ」

 

「そ、そうか……失恋って訳じゃねえのか」

 

 安心したような、複雑なような、何とも言えない顔をする須藤。そして桔梗さんはう~んと考え込むような顔を見せた。

 

「じゃあ……私は逆に髪を伸ばしてみちゃおうかな。天武くんはどう思うかな?」

 

「髪の長い桔梗さんか……見てみたくはある。凄く新鮮な気分になるだろうしね」

 

「ふふ、そっか、それなら伸ばしてみようかな。私も決意表明ってことで」

 

「きっと似合うよ」

 

「うん、楽しみにしててね」

 

 二年生になる楽しみが増えた瞬間でもあった。おそらく桔梗さんの内心は色々と複雑なのだろうけど、俺としては凄く見たいので嬉しい展開であったりする。

 

 そんな感じで鈴音さんの断髪も受け入れられて、いよいよ一年生の最後となるのだった。

 

 本日は卒業式と謝恩会だけで授業はないので、後者に参加しない生徒はそのまま解散しても構わないのだが、俺は挨拶をしたい人もいるので顔を出すことになる。

 

 鈴音さんはどうするのだろうかと視線を送ってみると、教室の窓から謝恩会の会場を眺めている姿があった。

 

「挨拶にいかないのかい?」

 

「それは……」

 

「ん、悩んでいると。悩むくらいなら行動すべきだと昔の偉い人は言ったらしいよ」

 

「……」

 

 鈴音さんの視線が揺れ動く、そして俺と見つめ合う形となる。

 

「それを決めるのは俺じゃない、君だ」

 

 兄妹の問題は兄妹で終わらせるべきだろう。俺にできるのはほんの少しだけ背中を押すことだけだろう。

 

「大丈夫だよ。この一年の鈴音さんを見せれば良いさ」

 

「この一年の、私を……」

 

 そう伝えると、鈴音さんはまた視線を教室の窓から謝恩会が行われている会場に向けた。

 

 どうなるだろうな、後は鈴音さん次第といった所だろう。

 

 彼女に背中を向けて教室を出ていき、先輩たちに挨拶するべく謝恩会が行われている会場に足を運ぶのだった。

 

 体育館を貸しきって旅立つ三年生と世話になった教師たち、そしてこの日だけ立ち入ることを許された保護者達が一堂に会して色々な会話を繰り広げているのが、体育館の入口から覗き込んだ瞬間にわかった。

 

 特にAクラスで卒業した生徒たちは言ってしまえば将来を約束された人たちである。もしかしたら将来の日本を背負って立つような立場に就くことだってありえるのだ。縁を結んでおきたいと思うのも自然だろう。

 

 そして中にはこの学校の運営側である人もいるっぽい。つまりは国の関係者だ。俺の顔というか、七号関連の情報を知っているのか、体育館に入った瞬間にサッと視線を逸らされてしまった。

 

 しかも護衛役らしき人たちが会場の隅から動き出して臨戦態勢に入る辺り、俺と師匠の評価がわかってしまう。

 

 挨拶回りをしていた議員と思われる人は護衛から耳打ちされて、俺に視線を向けて来る。そして顔を青くして乾いた笑いを浮かべていた。

 

 失礼な反応である。俺が何をしたというのだ。

 

 誰か知り合いはいないかな、よく師匠に土下座しに来る鬼島さんは……流石にいないか。

 

 議員たちの護衛役である十三号と十五号と十九号の視線と警戒を受け流しながらキョロキョロしていると、ようやく挨拶したい人を発見できた。

 

 けれど流石に今日の主役を持っていくことはできないらしい。色々な人に囲まれているので後で挨拶するとしよう。

 

 堀北先輩は大勢の大人たちと教師に囲まれている。そして下級生たちにもだ。

 

 そこに割り込む勇気はなかったので隙が出来るまで遠くから眺めておくとしよう。後、議員の護衛役の超人たちが懐にずっと手を入れているので正直近寄りたくもない。

 

 せめてあの人たちが消えるまで待つとしよう。

 

 そんなことを考えていると、視線の先に清隆と坂柳さんが映る。向こうもこちらに気が付いたのか近寄って来た。

 

「天武くん、体育館の入口でどうされたのですか?」

 

「中に入り辛くてね……ちょっと色々あって警戒されてるみたいなんだ」

 

 まさかこんな場所でドンパチするなんてことはありえないけど。十三号と十五号と十九号は頭がおかしいからな、万が一もありえるので近づけない。

 

「二人はどうしたんだい?」

 

「茶柱先生と真嶋先生を巻き込んだ」

 

 清隆の答えに、そう言えば教師を味方にする計画だったと思い出す。どうやらこの二人は謝恩会そっちのけでその辺の話を詰めていたらしい。

 

「その様子だと上手くやれたみたいだね」

 

「信頼できるかどうかも、役に立つかどうかもまだわからないがな」

 

「それでもこの学園では貴重な後ろ盾ですよ」

 

 坂柳さんの言い分も尤もである。月城代理という存在がいる以上は大人側に味方が多ければ多いほどありがたいだろう。

 

 最悪俺がぶん殴ればそれで終わらせられるが、後始末が面倒なので可能な限り穏便にことを進めるつもりらしい。

 

「それでは私も挨拶周りに行って来ましょうか。天武くん、綾小路くん、また新学期であいましょう」

 

「あぁ、楽しみにしているよ」

 

 杖を突いて謝恩会の会場に入っていく坂柳さんを見送って、同じく入口で待機することになった清隆と視線が絡み合う。

 

「警戒されているという話だが、誰にだ?」

 

「あそこの壁際にいる三人、こっちをずっと見てる人たちに」

 

「あれか……どういう関係なんだ」

 

「二、三回殴り合ったことがある」

 

 後、何度かゴミ箱と海に投げ捨てたこともある。

 

「そうか、うん? お前と殴りあったのか……それは何というか」

 

 清隆がドン引きした顔になっている。

 

「だから滅茶苦茶恨まれてるんだよね」

 

 具体的には機会があれば俺を殺しに来るくらいには。三対一なら多分そこまで一方的な戦いにもならないだろうし。五分五分で勝てるならやらない理由がない。いや、でも俺もこの一年で更に強くなれたから今なら七対三くらいで優勢に持って行けるか?

 

「なるほど、それは入り辛いだろうな」

 

 納得したように頷く清隆は同じように体育館の入口から中を眺めるのだった。

 

「二年後、俺たちはどうなってるだろう」

 

「さぁな。それは誰にもわからない」

 

 そりゃそうだ。だからセンチメンタルな気分になっても仕方がないってことか。

 

「来年以降はまた厳しい戦いになるだろうけど、よろしく頼むよ相棒」

 

「あぁ、そちらも抜かりないようにな」

 

 拳と拳を軽くぶつけ合う……彼との付き合いも一年になるんだな。

 

「謝恩会も終わったみたいだぞ」

 

 青春ポイントを清隆と稼いでいると、謝恩会が終わったことを告げられる。入口付近には下級生たちも集まって来ており、所謂出待ちの状況となっていた。

 

 その中にはしっかりと、鈴音さんの姿もあったので一安心である。

 

 解散を宣言されて三年生たちは体育館を出ていく。すると下級生たちが花束を渡したり、別れの言葉を贈ったり、あるいはハグしたりといった光景がそこかしこに広がっていく。

 

 俺は主に美術部の三年生たちに別れの言葉を贈ろう。中にはAクラスで卒業することができなかった人たちもいたが、最後には晴れやかな顔を見せてくれたと思う。

 

 学校からの推薦や援助が無かったとしても、別に受験できない訳でもないし進路が完全に閉ざされている訳でもない。結局の所、最後は己の意思ということだ。

 

 美術部の三年生たちの進路も様々であったが、行く当てがない人は一人もいないので、最後には笑顔で見送ることができる。

 

 

 一年間お世話になりました。皆さんの未来に幸が多くあることを願います。

 

 

 さて鈴音さんはどうだろうかと様子を見てみると、やはりというか大勢に囲まれている堀北先輩から離れた位置で足踏みをしているらしい。

 

 先輩の周囲には生徒会のメンバーと、橘先輩や朝比奈先輩の姿もあるので、近づきにくいのだろう。

 

「卒業おめでとうございます。堀北先輩……全く、流石ですね。結局、俺は貴方を脅かすことは出来なかったッスよ」

 

 南雲先輩が前に出て賞賛の言葉を贈っている。悔しさと納得と後悔と、色々な感情が混ざり合った複雑な表情で。

 

 この二人は俺の知らない所でも色々あったのだろう。ライバル関係であったのはよくわかる。

 

 混合合宿で大量のポイントをふっ飛ばしていなければ、或いは最後の特別試験で三年Bクラスを操って脅かせたのかもしれないが、それすらもできない状況だったので、この二人の戦いは不完全燃焼であったのかもしれない。

 

「あと一年、早く生まれてたら良かったんスけどね」

 

「安心しろ南雲、お前が退屈することはない」

 

「だといいんですけど……堀北先輩、こんな俺でしたが、最後に握手してもらえませんか」

 

「もちろん、断る理由はどこにもない」

 

 そうして二人の間に握手が結ばれる。複雑な思いや願いがそこにはあったことだろう。

 

「お前にはこの後も、長い一年が待っている。満足のいく高校生活を送れ」

 

「えぇ。先輩がいなくなった後の少ない期間、精一杯やらせていただきます。本当の実力主義に変えていきますよ。その準備は整いましたからね」

 

「そうか、お前が作っていく学校を見れないのは少し残念だ」

 

「大丈夫ですよ、貴方が残した後輩もいるんですから……二年後に幾らでも聞けますって」

 

 南雲先輩の視線は俺と鈴音さんに向けられた。その後を追うように堀北先輩もこちらを見て来る。そして少しだけ笑みを浮かべるのだった。

 

「堀北先輩、三年間お疲れさまでした。そしてありがとうございました」

 

「こちらこそだ」

 

 結ばれた握手は名残惜しそうに離れていく。それを確認したので俺はゆっくりと鈴音さんの背中を押す。

 

「勇気を出して」

 

 背後からそう囁いて優しく前に押し出すと。彼女は一歩前に出て堀北先輩と向かい合う。

 

 後は、兄妹の問題だ。部外者は立ち入るべきではない。

 

 同じことを思ったのかどうかはしらないが、鈴音さんと入れ替わるように南雲先輩が近寄って来る。

 

「結局、混合合宿での損害が大きすぎて、最後の特別試験は介入できなかったぜ。これもお前の計算通りか、笹凪」

 

「さぁ、俺は未来が見える訳ではないのでなんとも」

 

「まあいいさ。卒業後でもあの人とは戦えるんだからな」

 

 その言葉に反応したのは隣にいた朝比奈先輩だ。

 

「卒業後もって、本気ぃ? 進路まで堀北先輩に合わせる訳?」

 

「少なくとも今の俺はそのつもりだ」

 

「あ~あ、ほんと好きよね堀北先輩のこと」

 

「二年の中に俺の敵はもういない。俺を満足させてくれる相手はあの人だけだったからな」

 

 視線が俺と絡み合う。何を思ったのかは知らないが、南雲先輩は笑みを浮かべる。

 

「だが退屈はしないだろうな。お前がいるんだから」

 

「ストーカー行為は堀北先輩だけでお願いします」

 

「誰がストーカーだ」

 

 まさか自覚がないのか……だとしたら恐ろしいことであった。

 

「まあお前も楽しみにしておけ、退屈を覆してやるよ」

 

「俺は別に退屈している訳でもないんですけどね」

 

「いや、嘘だな。最後の特別試験でもしっかり勝ったらしいじゃないか……お前の相手をできる一年生はいない。なら俺が相手になってやるよ」

 

 そこまで暇でもない。月城さんとか月城さんとか月城さんとかぶん殴らないといけないのだから。寧ろあの人の方が南雲先輩よりもよっぽど強敵だ。何せ大人の権力者だからな。

 

 そう考えると、俺は一体何と戦っているんだという疑問も出て来る。いや、本当に何をやってるんだか。

 

「ここから先は、本当の実力主義になるだろうぜ」

 

「もしかして能力次第で気軽にクラス移動できる制度とか出来るんですか?」

 

「さてな、俺から言えるのは楽しみにしておけってだけだ」

 

 いや、流石にそれは学校側が許さないのではないか? この学校の生徒会長がどこまで影響を及ぼせるのかイマイチわからないから何とも言えない。

 

「では楽しみにしておきます。南雲先輩の手腕に期待ですね」

 

「そうしておけ」

 

 南雲先輩と朝比奈先輩は他にも挨拶したい人がいるらしいのでその場から離れていく。残された俺は兄妹の関係はどうなっただろうかと気になって視線を送り……そして安心した。

 

 色々と不器用が極まっていた兄妹は、たった今、間にあったわだかまりが消えたらしい。

 

 嗚咽を漏らす妹と、それを抱きしめる兄、一年前には決してありえなかった光景がそこにある。

 

 最初から素直になっておけば、もっと早く何かが変わったことだろう。本当に不器用な所ばかりが似ている兄妹だった。

 

 邪魔するのも悪いかと思って距離を取ろうと思ったが、そうなる前に堀北先輩が鈴音さんを離して手招きしてきたので逃走に失敗してしまう。

 

「笹凪、感謝する……鈴音のこともそうだが、他にも色々な」

 

「俺は何もしていませんよ」

 

「そんなことないわよ。変な謙遜は止めなさい」

 

「だそうだぞ」

 

 この兄妹め、ここぞとばかりに連携してくるとは……。

 

「和解はすみましたか?」

 

「あぁ、たった今な」

 

「天武くん、最後の最後まで迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい」

 

「謝らないで欲しい。ここで言うべき言葉はそれじゃないよ」

 

「そうね……本当にありがとう」

 

「ん、余計なお節介が力になれたのなら嬉しいよ」

 

 穏やかな笑みを浮かべる彼女は、やっぱり一年前にはいなかったのだろう。

 

 最後に俺も堀北先輩に別れの言葉を贈っておくとしよう。何だかんだで関わることも多かったので、薄情にはなりたくない。

 

「こういう経験があまりないので、上手い言葉はみつかりません。だからシンプルで構いませんよね、堀北先輩」

 

「あぁ」

 

 許可を貰えたので、俺は胸に手を当てて僅かに頭を下げて見せる。

 

「貴方の人生に、幸の多からんことを……誰かに憧れを与えられるような、そんな人になってください」

 

 別れの言葉はシンプルで良かった。長ったらしく語っても意味はない。そこに込められた思いが伝わればそれで問題ない筈だ。

 

 この学校を出れば、それこそ南雲先輩なんて可愛く思えるような人が沢山待ち構えている筈だ。それでもしっかりと越えて行って欲しいという願いを込めてこんな言葉を贈る。

 

 堀北先輩はいつも見せていた怜悧な表情ではなく、今日だけはただ一人の卒業生として、そして十八歳の高校生の顔で、その言葉を受け取って笑ってくれるのだった。

 

 

 

 卒業、おめでとうございます。

 

 

 

 

 

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