ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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春休み 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 春である。あたたかな陽気を感じられて、新学期と入学式が目前となった四月の前半ともなれば、桜の花も咲き始めて爽やかな香りすら学園には広がっていた。

 

 去年の今頃はかなりバタバタしていたなと思い出しながら、俺は日用品と食料品を買いにケヤキモールにまで来ている。

 

 せっかくの春休みなのでグループのメンバーと遊んだり、清隆と秘密の特訓をしたり、後は月城さんを尾行したり、それとなく話しかけたり、なんとなく食事に誘ってみたり、或いはジッと見つめてみたり、そんなことを繰り返した春休みであった。

 

 いやね、あの人の顔を見るとどうした訳か妙に身構えてしまうようになった。あちらはあちらで俺を見ると避けるようになっていたからな。きっとあの人は俺に良い印象を持っていないんだろう。

 

 悪い事さえしなければ別に殴ったりしないのに、悲しい評価である。

 

 また今日も月城さんに会えないかなとケヤキモールでキョロキョロしていると、とある男が視界に入って来る。あちらも俺を認識したのか舌打ちをしてきた。

 

 しかも珍しいことに、その男には他クラスの連れがいる。あまり馴染みのない二人と一緒とはな。

 

「やぁ、三人とも。珍しい面子だけど、トイレで悪だくみかな?」

 

 その三人とは龍園と神崎と橋本である。それぞれクラスが違う上に神崎は他の二人とあまり関わりがないだけに、三人でトイレから出て来た時は少し驚きもした。

 

「悪だくみではない、どちらかと言えば宣戦布告と決意表明だ」

 

 神崎はいつも通りに冷静な顔でそんなことを言っている。

 

「ククッ、吼えるだけならどんな犬にでもできるぜ」

 

 そして相変わらず龍園はいつもの調子である。これが彼の基本だ。

 

「橋本は、また蝙蝠ごっこか?」

 

「おいおい酷い言い方だな、俺はそこまでフラフラしてるように見えるかね」

 

「残念ながらな……別に責めはしないけど、その内、坂柳さんにどやされるかもしれないよ」

 

「そりゃ怖いな……だがほどほどに抑えながらも、しっかり勝ちは拾っておきたいんでね」

 

「坂柳さんを見限ったのかい?」

 

「さてね、俺はいつだって強い奴の味方なんだ」

 

 何とも軽薄な男である。だが面白くもあった。こういった生き方を徹底できる者はなんだかんだで少ないし、実際に龍園辺りは何だかんだで縁を結んでいるのだ。使える男でもあるんだろう。

 

「まぁいいや、それでトイレでどんな内緒話を?」

 

 三人が出て来たトイレを見つめてそう言うと、神崎がこう返してきた。

 

「さっきもいったが決意表明だ。もう龍園の卑怯な手段を許すつもりはないという意思を伝えた」

 

「一之瀬の腰ぎんちゃくだったお前がどこまでやれるか見てやるよ。口だけ立派な奴は幾らでもいるからな」

 

 なるほど、橋本は二人の仲介役であると同時に、コネ作りも行っていたのだろう。抜け目のない奴である。こういう強かさを持っている人は何だかんだで損切りも上手いので、本当に最後にはAクラスにいるのかもしれないな。

 

「だいたい事情はわかったよ。まぁ神崎みたいな人がクラスには一人は必要だ。頑張ってくれ」

 

「言われなくてもそうするつもりだ」

 

 実際に彼は参謀役としては十分に優秀なので上手くやってくれるだろう。一之瀬さんクラスも新学期には強敵となっているかもしれない。

 

 次に俺は龍園を見つめる。こちらも変わらず蛇みたいな雰囲気と邪悪な笑みを浮かべているが、その瞳の向こうには強い警戒を忍ばせているのがわかった。

 

「龍園、特別試験での勝利おめでとう」

 

「テメエも、坂柳を潰したみてえじゃねえか。アイツはどうだった?」

 

「強敵だったよ」

 

「はッ、余裕タップリじゃねえか」

 

「そうでもない……言いたいのはそういうことじゃなくて、君へのアドバイスをしたかったんだ」

 

「あん、アドバイスだと?」

 

「龍園、邪道が王道になってきているよ。邪道は邪道だから意味があるんだ」

 

「……なんだ、俺の勝ち方にケチでもつけに来たのか」

 

「そんな暇な訳ないだろ。今日は偶々買い物に来ただけさ。出会ったのも完全に偶然。ただせっかくの機会だから伝えておこうと思ってね……こんなことばかり続けていると、いつか首を落とすことになるよ」

 

「何を偉そうに」

 

「余計なお世話だったかな……君といい坂柳さんといい、他人の配慮に甘えることが多いもんだからついね」

 

「甘えてるだと?」

 

 事実そうだろう。一之瀬さんが学校に訴えていれば間違いなく何人かの首は飛んでいた筈だ。

 

 結果的に、彼は一之瀬さんの配慮に救われているんだ。坂柳さんも同様だけど、ちょっと彼女に甘え過ぎである。

 

「まあ邪道だけで戦っていけるほどこの先は甘くないって話だよ。俺からしてみれば、君はじゃんけんでグーしか出さないように最近は見えて来た」

 

「言うじゃねえか、Aクラスに勝って調子に乗ってるんじゃねえだろうな?」

 

「グーしか出せない相手が目の前にいるからね、調子にも乗るさ」

 

 龍園はその言葉を鼻で笑う……けれど、瞳の奥には納得しているようにも思えた。言われるまでもなく彼は自分のクラスに足りないものをしっかりと理解している訳だ。

 

「まあいいさ、新学期を楽しみにしておけ。一之瀬を片付けて坂柳を処理したら、次はテメェだ」

 

「そうなる前に君が転げ落ちないことを祈っておこうか」

 

 背中を向けて去っていく龍園を見送ると、自然と溜息が出ていた。

 

「神崎、苦労するよ、彼の相手はね」

 

「だろうな。しかし誰かがやらなければならないことだ……こちらのクラスに、こういった仕事に向いている者はいないからな」

 

「そうか、応援しているよ……あ~、そうだ、ここに来る前に一之瀬さんを見かけたけど、少し落ち込んでいる様子だったよ。気にかけてあげなよ」

 

 正確には心が折れ欠けていたほどだけど、そこは説明しても意味がないんだろう。他クラスのライバルにリーダーが弱味を見せていたとなれば、きっといい思いはしないだろうから。

 

「その辺のことは網倉たちに任せている」

 

「なら安心だ」

 

 そして神崎もその場を去って行った。龍園とは正反対の方向に。

 

「やれやれ、こりゃ新学期も荒れそうだな」

 

「そうだろうね。君もフラフラしてないでしっかりと腰を落ち着けなよ」

 

「ここだっていう大波でもあればそうするんだがなぁ」

 

 残された橋本はそうぼやく。この感じだと坂柳さんに組していながらも、一抹の不安を抱えている感じなのだろうか。

 

 最終試験で負けたことで彼女はプロテクトポイントを失い、しかも葛城派が息を吹き返しつつあるらしい。こちらのクラスとの差も微々たるもの。下手しなくても今のAクラスは入学当初のこちらのクラスよりも不安定かもしれない状況である。そりゃ焦るだろう。

 

「お姫様もイマイチ頼りない感じだし……迷い所だよ」

 

 そして何かを期待するかのような目でこちらを見て来るので、仕方がないから俺も顧客になるとしようか。

 

「何か情報があるなら買い取るよ」

 

「おっと、そこまで露骨に動くのもなあ」

 

 今更何を言っているんだか、坂柳さんに密告するぞ……いや、彼女は橋本の動きを理解しながらも使っているんだろうけど。

 

「気が向いたら声をかけてくれ」

 

「気が向いたらな」

 

 橋本はそう言い残してヒラヒラと手を振りながら去っていく。彼なりの努力が結果に結びつく日を祈るしかないな。別に何もしなくても俺は2000万渡すつもりなんだけど、それはそれで皆の成長と言うか、やる気が無くなってしまうかもしれないので、今はそんなつもりはない。

 

 出来る事ならば、ポイントなんていらない。そこをどけと言って欲しいくらいである。そんな強敵になって貰いたい。

 

 俺たちはAクラスになれるだろうか、そしてその時、挑んで来るのはどこになるだろうか、そんなことを考えながらケヤキモールをフラフラしていると、前方に相棒と目下最大の敵を発見することになる。

 

 清隆と月城さんである。二人は何やら話し込んでいた。

 

 後、何故か松下さんが店の陰に隠れて様子を窺っている、何故だろうか?

 

「どうも月城さん」

 

「あぁ……君ですか」

 

 黙って見なかったことにする理由もなかったので気軽に声をかけると、月城さんはチベットスナギツネみたいな顔になる。かなり失礼な対応をされているのだけど、あちらはそれに気が付いているのだろうか。

 

「清隆、また大人げない苛めでも受けていたのかい?」

 

「そうだ、自主退学しろと詰め寄られている。困ったものだ、天武助けてくれ」

 

「よしわかった、とりあえず海に投げ込んでくるよ」

 

「止めなさい、君が言うと冗談になりませんから」

 

 実際に冗談じゃないからな。

 

「それで、何を話していたんですか?」

 

「ちょっとした世間話ですよ。加えて言うのなら、宣戦布告でもあります」

 

「ん、宣戦布告?」

 

 またそれか、今日は多いな。

 

「ここから先は下手な横槍などは入れずに、ご一報入れようかと思いましてね。以前の試験のような露骨な介入をすると、こちらの首が物理的に飛びそうなので」

 

「つまり、天武が怖いから配慮するということらしい」

 

「なるほど、それなら確かに俺が貴方を追い詰める理由にはなりませんね」

 

 本当に正々堂々……とは言わないまでも、矜持を踏み抜かない形で向かって来るのなら何も言うまい。

 

 その辺の線引きは俺自身も曖昧だけど。強引な言い方をすれば気分次第になってしまうからな。

 

「何ともおかしな話です。綾小路くんを退学させる為に、これから攻撃すると宣言するなど」

 

 でも下手な介入だと首が飛ぶ危険性があるから、それなら「これから攻撃します」と説明してからの方がまだマシである。そこまで行くと横槍や介入と言うよりは、俺たちと月城さんの「直接対決」と呼ぶにふさわしい。

 

 応とも、それなら受け入れよう。あらゆる手段を戦いの作法と納得させることが出来てしまう。詭弁だけど、それでも構わない。

 

 正面戦闘で来るのならば、こちらも正面戦闘で潰すだけだ。そこに怒りなどありはしない。

 

「一先ず、七号にも伝えておきましょうか。新しく入って来る新入生の中にこちらの手先がいると。私は彼らを使って綾小路くんを退学させる為に動く、いかがですか?」

 

「つまり、これは俺たちと貴方たちの直接対決、そう言いたいんですね」

 

「えぇ、矜持をかけて戦いましょう」

 

 そう来たか、俺という人間をよくわかっている発言である。そう言われると受け入れるしかない。

 

「俺は構いませんよ。清隆はどうかな?」

 

「嫌と言ってもどうせ来るんだ。事前に攻めて来ると言ってくるだけ救いかもな」

 

「それもそうだね……あ、月城さん」

 

「どうしましたか?」

 

「よき戦いにしましょう、振り返った時に誇れるような、そんな時間でありたい」

 

「……どうにも調子が狂いますね」

 

 月城さんは固定された自分の小指を少しだけ意識しているようにも見える。自分の小指を折った相手にこんなことを言われてもやっぱり困るか。

 

「七号さん、一つ訊いておきたいことがあります」

 

「何でしょうか?」

 

「貴方は私の知る限り、最も人間離れした人間です。そんな貴方から見たホワイトルームはどう映るのでしょうか?」

 

「どうと言われても困ります……俺はその場所の良し悪しを語れるほど知りませんし、理解も浅いでしょうから」

 

「それはそうでしょうね」

 

「ただ、清隆が特殊な例なだけで、本当にその理念を実現できるのかは疑問ではあります……まぁ、それを証明するのは百年後の未来でしょうから、何とも言えませんね」

 

 その前に殴り込みに行くかもしれないけど、あちらから関わってさえ来なければ俺だってわざわざそんなことはしない。でも清隆と相棒な以上は敵対勢力なんだよな。

 

「俺から言えるのは、もっと食事を美味しくしてあげて欲しいってことだけですよ。清隆曰く、食事がとても不味いらしいので」

 

「そこまでは私も知りません。運営側ではないので」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ、私はただ雇われているだけですよ。彼のお父上にね」

 

 中間管理職っぽいなと思っていたけど、やっぱりそうだったのか。

 

「ふぅ、君と話していると不思議と調子が狂う……愉快な会話はこの辺りにしておきましょう。それでは綾小路くん、そして笹凪くん、新学期をお楽しみください」

 

 月城さんはまだ学園長代理としての仕事があるのか、そう言い残してケヤキモール内の工事現場を視察していく。ここに新しいテナントでも入るのだろうか?

 

「四月からまた苦労しそうだ」

 

「だね、まあ頑張ろうよ」

 

「頼りにさせてもらうぞ」

 

「任せてくれ……実は言うと俺も君以外のホワイトルーム出身者が気になってたりするんだよね。つまりは量産型清隆的な人たちが沢山いるってことなんだからさ」

 

「量産型オレか……いや、止めてくれ、凄く変な気分になる」

 

 オレと清隆が想像したのは、クローン戦争みたいな光景である……うん、世も末だな。

 

「そうだ、この後ラーメンでもどうだい? いつもの店でさ」

 

「ふむ、確かに少し小腹が空いていた所だ」

 

「よし決まりだ」

 

 一年前は彼とこんな関係になるとは思っていなかったな。人の縁は奇妙なものである。

 

 来年、そしてその次も、まだまだ高校生活は続いていくことになる。相棒と、友人と、仲間と、ライバルがいる生活が続いていくのだろう。

 

 坂柳さんや、鈴音さんや、堀北先輩は、いつかどこかで俺が誰にも付いていけない場所まで行くのではと危惧していたようだが、別にそんなことはない。

 

 孤独は嫌いだ、寂しいのも嫌だ。俺は普通にそう思えるくらいには、寂しがりやな人間である。

 

 だからこの学校で結んだ様々な縁を大事にしたい。たとえライバルであったとしてもそれは変わらない。

 

 今、俺の隣で今日は何味のラーメンを頼むか悩んでいる清隆だってその一人である。

 

 入学したばかりの頃は、師匠と過ごした山奥の神社をどこか寂し気に思い出していたけど、いつのまにかそうではなくなったな。

 

 日々、充実しているということだろう。俺の全てだったあの場所を寂しいではなく懐かしいと思えるくらいには。

 

「清隆、ありがとう」

 

「急にどうしたんだ?」

 

「感謝は素直に伝えるべきだと師匠に教えられていたから、思ったことをそのまま伝えたんだ」

 

「そうか、そういうものなのか……ならオレも伝えておこうか」

 

 ラーメン屋を目指しながら隣を歩く清隆がこちらを見つめて来る。

 

「ありがとう、オレも感謝している」

 

「お、えらく素直じゃないか」

 

「お前がそう言ったんだろう。こういうのは素直に伝えるべきだと」

 

「ふふ、そうだったね」

 

 来年の今頃も、こんなことを言い合えたら、俺はとても幸福だと思う。

 

 

 

 

 

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