師匠「最強の武人に改造したい」
傷害事件 1
なかなかに忙しかったテスト期間も、Dクラスは一人の退学者も出すことなく乗り越えて久しぶりの開放感を味わっている。そこで暇を見つけて美術部の課題に取り組むことにした俺は、前々から約束していたモデルの仕事を堀北さんに依頼していた。
「Cクラスの様子が気になるんだ」
「以前にも同じことを言っていたわね。組織的に嫌がらせをしているとか」
「ん、Cクラスは龍園って男が指揮しているらしいんだけどね……どうにも彼は、計算の先に暴力を振るうタイプらしいんだ」
そう伝えると堀北さんは顎に手を当てて考え込むような仕草をした。
「あぁ、姿勢を崩さないで」
「あ、ごめんなさい、つい」
ここは俺の部屋、時間は放課後、美術部の課題に堀北さんが付き合ってくれている。
部屋のど真ん中に椅子を置いて、そこに彼女が座る。とても照れた様子であったが、順応性が高いのか、今では穏やかに会話をしながらモデルの仕事をしてくれていた。
ポーズはいたって普通、椅子に座るだけである。それだけでは暇になるかと思って本を読んで貰っていた。
こちらはそんな彼女を右斜め付近から見つめる方角に椅子を置き、しっかりと観察しながら描いていく。
照れて頬を少し染めていたのだが、師匠モードになるとそれも何故か引っ込んで緊張した様子になってしまうので、今では穏やかに過ごせるように配慮している。
コンクールに応募する作品ではなく、あくまで美術部の課題なので徹底的にする必要もないだろう。穏やかに会話するくらいが丁度いい。
ついでなので情報交換と意見交換もしておく。
「計算の先に振るう暴力ね、感情的に振る舞う輩よりはずっと脅威だけど……」
「面白い男だよ、なんでもCクラスは彼が暴力で従えたらしい」
「……一体、いつの時代に生きているつもりなのかしら」
手刀で俺と綾小路を脅してきた人の言葉とは思えないな。
「一之瀬さんに教えて貰ったんだけどね、どうにも彼女たちのクラスも嫌がらせを受けているみたいなんだ。ただ決定的な所までは毎回いかなくて、肩がぶつかったとか睨まれたとか言われて詰め寄られるんだ……放課後に一人でいる時とか、監視カメラの死角なんかで」
「そう、一之瀬さんにね」
「彼女が言うには、各クラスの性格だったり対処能力、そして学校が介入するラインを見極めてるんじゃないかって言ってたよ」
「そんな相談をしていたの、随分と親しくしているじゃない」
「彼女はBクラスのリーダーで、強いカリスマ性がある。とても優秀で、龍園が気にするのもわかる気がするな」
「……」
「堀北さん?」
「なんでもないわ……それを踏まえた上で、Dクラスはどう動くか、それを話したいのね?」
「ん……どうしよっか?」
「そのCクラスのリーダーが本当に計算の先に暴力を振るう生徒なら、遅かれ早かれこちらも標的になると思う」
「そうだね、各クラスの対処能力も知りたいだろうし」
「えぇ、そしてDクラスで最も突きやすい隙となる人物となると――」
「須藤になっちゃうか」
「池くんや山内くんも考えられるけど、彼らは喧嘩沙汰になっても逃げるでしょう」
「逆に須藤は殴りかかりそうだな」
「……簡単に想像できてしまうわね」
決して悪い男ではない、ないのだが、少しだけ沸点の低い男である。
堀北さんが溜息を吐くのも仕方がないくらいには、わかりやすい隙と言えるだろう。
「クラス全体に周知を徹底して、一人での行動や監視カメラの死角に近寄らない。もっと言えば須藤くんを単独で動かさない、そんな所かしら」
「ん、それくらいしか対処方法がなさそうだな。平田と櫛田さんに協力して貰うよ」
あの二人にも今と同じ話をしてクラスメイト全体で共有するしかない。何より須藤の単独行動を防ぐことが大事だろう。
「具体的にはどうするつもりなのかしら」
「う~ん、須藤は決して馬鹿じゃないからしっかり説明して、その上で部活帰りには食事に誘おうかな。堀北さんも来る?」
「……」
「え、なんで睨まれてるの?」
「貴方と須藤くんと私で食事って……どんな組み合わせなのよ。違和感しかないのだけど」
「綾小路も誘おうと思ってるよ。あぁ、池と山内も声をかけようかな」
「そこに私が一人入った光景を思い浮かべなさい」
「……男を侍らしてる女王様」
「死にたいのかしら?」
「いえ、生きたいです」
「つまり堀北さんは同性の友達が欲しいってことかな?」
「……まさか櫛田さんと仲良くしろなんて言うつもりかしら?」
「いや、相性悪そうだし、そんなこと言わないさ」
こればかりは仕方がない、四十人が作る社会で全ての者が仲良くなんて不可能だからだ。そう考えると一之瀬さんって凄いと素直に思うよな。団結力ではDクラスは壊滅的とも言える差がある。
「そ、それに……友達なら、貴方がいるじゃない」
「綾小路も入れたげて欲しいな」
その言葉に堀北さんはまた深く考え込む。
「彼は……よくわからない所がある、いえ、ありすぎる……点数を50点で揃えたり、不可解な所が多いもの」
「それはまぁね」
実を言うと俺も綾小路のことはよくわからない。一番親しくしている同性の友人だとは思うけど。その本質を完全には理解できていなかった。
堀北さんが言ったようにテストの結果だったり、オリンピックメダリストのような肉体であったり、それらを前に出そうとしない方針だったりと、色々ある。
「笹凪くんはどう思っているのかしら?」
「ん……友人だと認識しているさ」
「そう……」
それに奇妙なシンパシーのような物を感じることがあるな、不思議なことに。
「まぁ綾小路のことは良いさ。きっと俺たちには時間と切っ掛けが必要だろうから」
そこで俺は休憩を申し込む。堀北さんもずっと同じ姿勢で座っていたので体が凝ってしまったのか肩を揉み解していた。
「堀北さん夕食はどうする? 予定が無いのなら俺が作ろうか? 面倒事を引き受けて貰ったからごちそうするよ」
「料理をするの?」
「道場だと俺がよく作ってたんだ」
「そう言えば古武術を習っていたんだったわね、弟弟子とかに振る舞ったのかしら」
きっと堀北さんの頭の中ではごく一般的な道場が思い描かれているのだろう。丁寧に教えてくれる先生に、頑張って上達していく門下生たち。
うん、師匠にはそんな和気藹々とした稽古なんて不可能だ。あの人がやってるのは改造であって鍛錬ではない。
「ま、期待しててよ、お礼でもあるからゆっくりしてな」
冷蔵庫の中身を吟味した結果、本日の献立はオムライスとなりました。
チキンライスをササッと作り上げ、肝心の卵は半熟に仕上げて中にチーズを入れておく。それを楕円状に纏めて、お皿の上で同じく楕円状に纏められていたチキンライスの上に置く。
完璧である。我ながら褒めてやりたい出来だろう。
部屋で待っていた堀北さんの前に、出来上がったばかりのオムライスを置いて、ナイフとスプーンを差し出す。
「ささ、どうぞどうぞ、ずぶっと行っちゃって」
この瞬間がたまらないんだ。
期待の眼差しでオムライスの開帳式を見つめるこちらの視線に、彼女は若干の居心地の悪さを感じながらも、ナイフを楕円状に纏められた卵に差し込んでチャックを開くかのような動作を行った。
「上手ね……予想以上に」
ナイフを刺しこんで卵を開くと半熟状態のそれらが広がってチキンライスを隠してしまう。完璧な半熟具合である。
俺のオムライスもナイフを刺しこめばぱっくりと開いていく。こちらも完璧であった。
「ん、お味は?」
「美味しい……」
何故か照れた様子である、とても可愛い。
「お口にあったのなら何よりだ……堀北さんって前から思ってたけど上品な食べ方するよね」
「そうかしら? 特に意識したことはなかったけど……あぁ、でも、兄さんを真似ている自覚はあるわね」
「確かに、あの人が汚らしく食べてる光景ってちょっと想像できないかもな」
俺も堀北さんと同じように師匠の真似をして食べてるから、気持ちはよくわかった。
堀北さんはブラコンで、きっと俺は師匠コンなのだろう。
「ごちそうさま、とても美味しかった」
「ありがとう、そう言って貰えると作ったかいがある」
「絵の方は順調かしら?」
「ある程度は形になった。急げば次くらいで終わらせられると思うから、そこまで拘束されることもないさ」
「そう……別に急ぐ必要もないと思うけど、課題の締め切りでもあるの?」
「今週いっぱいくらいかな、だからまだまだ余裕がある」
「なら、丁寧に描きなさい」
「あんまり長時間を拘束するのも悪いとは思ってるんだ……」
「一度引き受けると決めたんだから別に私は気にしないわ。寧ろ雑に仕上げて減点なんてことになったら怒るわよ」
さすがに雑に作ったからってクラスポイントにまで影響があるとは思わないけど。ただ逆に上手く作れれば評価項目になるかもしれないので、下手なこともできないか。
「わかったよ、ならお言葉に甘えさせて貰って、もう少しだけ付き合ってくれるかい?」
「えぇ、それで問題ないわ」
堀北さんは照れた顔が一番可愛いと思う。
「笹凪くん、昨日チャットで知らせてくれたことなんだけど」
翌日の放課後、平田が声をかけてきた。どうやら相談があるらしい。
「何かあった?」
「篠原さんと佐藤さんがCクラスの生徒に絡まれたらしいんだ……と言っても道を塞がれて睨みつけられただけで、暴力までは振るわれていないみたいなんだけど」
「彼女たちはどうしたんだ?」
「怖くなって退散して、それで終わりかな」
「ん、良い判断だと思う」
「うん、あちらもしつこくするつもりは無かったみたいで、追っては来なかったみたいだ」
困ったように苦笑いを浮かべる平田、きっと相談を受けていたのだろう。苦労人の影が見えるな。
「引き続き、一人で行動しないように周知しておいて欲しい、あちらも無駄とわかれば引き下がるだろうから」
「そうだね、ただ問題なのは……」
平田が言葉を濁らせる。彼もこのクラス最大の隙が誰なのかわかっているんだろう。
「昨日もチャットで知らせたけど、須藤に関してはこっちで引き受けるよ」
「ありがとう、このクラスに笹凪くんがいてくれて良かったよ」
「褒めても飴玉くらいしか出せない、はい、昆布味」
「……謎のチョイスだね」
平田はそれでも受け取ってくれた。良い男である。
「そっちは引き続き櫛田と一緒に女子の方に注意してやって欲しい」
「うん、任せて」
「それじゃあ俺は、須藤の所に行ってくるよ」
部活終わりに須藤と合流するとしよう。Cクラスも馬鹿ではないので部活中や人目のある所で馬鹿な真似はしないだろう。
感情的ではなく、計算の先に暴力を振るう存在、凄く厄介だ。
師匠曰く、暴力とは外交手段。
きっとそれを理解している男なんだろう、龍園という男は。
美術部に立ち寄って神室さんに声をかけて今日も潤いを求める。相変わらず積極的に部活動に参加する子ではないが今日はいてくれたので幸いだった。
軽く情報収集を試みてみるのだが、Sシステムやクラス闘争のことが公になってからと言うものの、神室さんの口は堅くなるばかりである。
まぁ仕方がない、クラスの内情をペラペラと喋っていれば自分の首を絞めることになるのだから、当然の反応であった。
そろそろ連絡先とか知りたいんだけどなぁ、素直に教えてくれるだろうか? まぁ、この子と楽しく電話とかメールとかしているのはちょっと想像できないけどさ。
部活を早めに切り上げて向かう先は体育館、バスケ部もそろそろ片付け始める頃だろう。
そんな予想は間違っておらず、二年生や三年生は帰り始めており、一年生は最後の掃除とモップがけをしているのが確認できた。
須藤はバスケ部の中でも長身で体格に優れているのですぐに発見できる……どうやらさっそく絡まれているらしい。
「須藤」
「おう、笹凪じゃねえか」
「昨日チャットで話しただろう?」
「そういやそうか」
「それで、彼らは?」
俺が師匠モードで須藤に絡んでいた生徒に視線を向けると、彼らはサッと顔を背けてしまう。
このモードは楽で便利な場面もあるけど、怖がられるのが基本になってしまうのでそこだけは不便だな。それに申し訳ない気分にもなってくる。
「こ、こいつらは、小宮と近藤だ、同じバスケ部で……おい、笹凪、その顔止めてくれねえか」
「そうか、Cクラスの生徒だな」
「ち、違ッ……」
「違うのか?」
「……そうです」
小宮と近藤はずっと視線を反らしたままこちらには向けてこない。それどころか須藤ですらジリジリと距離を取っているようにも思えた。
悲しい。仕方がないので師匠モードは解除する。
「小宮と近藤だったな、どうして須藤に絡む? 理由は?」
「そ、それはそいつが汚い手を使ってレギュラーになりそうだからッ」
師匠モードを解除するとすぐさま強気になったな。そんなにギャップがあるんだろうか?
「んだとてめえら!?」
須藤はすぐさまキレる。本当にわかりやすいくらいに突きやすい隙に見えるんだろうな。
「須藤、落ち着け」
再びの師匠モード、そして須藤の肩に手を置いた。
「感情的に振る舞うな」
「……」
「そこに何の意義もない」
「……」
「わかったな?」
須藤は冷や汗を吹き出しながらコクコクと頷くだけの人になってしまった。直前まであった怒りはどこかに消えてしまっている。
ここまで言えばもう大丈夫だろう。少なくとも殴り合いにはならないはずだ。
「さて、君たち」
「……ひぇ」
すまない、師匠モードは継続中だったな。
このままでは話にならないので再びの解除。
ふと思ったが、彼らからしてみると、俺はどういう風に見えるんだろう?
感情や迫力の波が行ったり来たりしているのか、それとも急に明滅を繰り返す壊れた電球だろうか、ちょっと興味深いな。今度綾小路に訊いてみよう。
「龍園に伝えてくれ。つまらない真似をするな、どうせ無駄に終わるとな」
「な、なんの話だよ?」
「あぁ、ごまかさなくてもいい、組織的に嫌がらせをしているのもわかってるから、ちゃんと伝えるんだぞ……行こうか、須藤」
「おう」
小宮と近藤を置いて体育館を後にする。
「須藤、またラーメンでも食いに行くか?」
「今日も奢りかよ?」
「おいおい、アレは勉強会に参加したらって話だった筈……まぁ別に構わないが、それより昨日のチャットのことは覚えているだろう?」
「Cクラスが嫌がらせして来るって話なら聞いたっつうの、実際、今日もアイツらにも絡まれたしな」
「挑発に乗っても面倒なことになるだけだし、落ち着いて対処すれば良いさ」
須藤は不満な様子であった。面倒な絡まれ方をしているので当然ではあるが。
「仮にもし須藤が挑発に乗って奴らに攻撃したとしよう」
「んなガキみたいなことするかよ……」
「ん、自分すら騙せない嘘を吐いてどうする」
さすがに無理がある言葉だったと須藤の顔が物語っている。
「その場合、君は暴力行為で停学、バスケ部レギュラーの座は無くなり、それはもう面倒な状況になるんじゃないかな」
「おい、仕掛けて来てんのはアイツらだろうがッ!!」
「相手も馬鹿じゃないって話をしているのさ。わざわざ言い訳や主張が通せるような状況で面倒事なんて押し付けてくるはずないだろう。須藤、君は決して馬鹿じゃない、俺が言いたいことはしっかり伝わってるよね?」
「……わかってるっての。ようはアレだろ、俺が狙われてるってことだろ?」
「あぁ、よくわかってるじゃないか」
「そこまで言われたら面倒事は起こさねえよ、お前には勉強会での借りもあるからな」
その言葉を聞いて俺は須藤の背中を叩いて先を急がせる。
「よし、それじゃあラーメン食いに行こう」
「おう!」
この数日後、月の始まり、ポイントは振り込まれなかった。
茶柱先生が言うには、BクラスとCクラスの間で何やらトラブルが起こったらしい。