ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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一年前の話 中編

 

 

 

 

 

 

 

「俺は明日から高校生なんですけど」

 

 突然の要求に困惑しながらも、スマホの向こうにいる誰かにそう伝えた。

 

 この声、聞き覚えがあるな、俺とは直接的な関わりはないけど、よく師匠に土下座しに来る人だ。名前は確か鬼島さん。

 

 そしてこの人が土下座しにくると、決まって面倒事がやってくる。

 

「ええっと、その声は鬼島さんでしたよね?」

 

『そうだ』

 

「色々とお聞きしたいことがありますけど、どちらから俺の番号を教えて貰ったんですか?」

 

『超人監視機関は国の組織だぞ。そこに所属している者の情報を把握していない訳ないだろう』

 

 それもそうか、だってこの人は国の偉い人な訳だからな。

 

「俺は明日から高校生なんですけど」

 

『二度言わなくてもわかっている。安心しろ、もし入学式に間に合わなかったとしても私から坂柳には事情を通しておく』

 

 坂柳って誰だ、知らない人の名前を出さないで欲しい……いや、確か制服と一緒に段ボール箱の中に入っていた学校のパンフレットに名前が載っていたかな?

 

「……」

 

『不服なのか?』

 

「いえ、そうではありませんけど、明日をとても楽しみにしていたので……遠足前の気分を害された感じです」

 

『そうか、だが働いてくれ』

 

「他の方々は動かせないんですか? 政府寄りの人もいますよね」

 

 

『君はニュースを見ていないのか、もうすぐサミットだ。警察も自衛隊も超人たちも暇ではない』

 

 それは俺だって同じである。明日から学校なのだから。

 

 しかし結局、俺は鬼島さんからの依頼を引き受けることになった。高校の入学式は明日なのでまだ多少の余裕はあるので、それまでに片付ければ良いと考えた訳である。

 

 

『やぁヘラクレス、調子はどうだい』

 

 

 通話相手は鬼島さんから別の男性に変わっていた。どこか軽薄な雰囲気の声色は俺の知っている人のものだ。

 

「三号さん、どうしましたか?」

 

『ちょっとした挨拶さ。君の援護を任せられた』

 

 この三号さんはネット関連技術の凄腕である。なんでもスーパーハッカーだとかなんとか。その手の技術にそこまで深い理解がある訳ではないので漠然と凄い人としか思えないけれど、こうしてバックアップしてくれるのだから頼りにさせてもらおう。

 

『とりあえずダラダラ話している時間はないからすぐに行動してくれ。君が今いるホテルの駐車場に移動方法を用意しておいたから、それに乗って欲しい』

 

「急いでですか?」

 

『全速力でね。依頼元の大使館からは絶対に死なせないでとのことで、日本政府からは絶対に国内で死なせるなって話らしい。つまりは急げってことだ』

 

「了解です」

 

 こうして三号さんまで動かすくらいなんだから、それなりに深刻な事態なんだろう。なのでこちらもすぐさま行動に出る。指示された通りホテルの駐車場に向かうと、そこには大型のバイクが用意されていた。

 

 誰がどうやってとか、なんでバイクなんだとか、この外国ナンバーはどうやって入手したのとか、色々と疑問はあるけれどそれら全てを無視してバイクに跨っていく。

 

 そしてヘルメットを被ると、そこに装着されていたインカムからまた三号さんの声が届いた。

 

『仕事の説明をしようか、端的に表現するのならば、とあるお嬢様の護衛だ』

 

 ヘルメットのバイザーにはどういう技術なのか半透明の地図が表示される。その映像が示す先に向かってバイクを走らせる訳だ。

 

 エンジンをかけてアクセルを回せばバイクは走り出す。軍用車並みの安定性と加速を見せるそれは運転していて楽しいものである。

 

『某国のとある有力な一族のお嬢様がお忍びでって奴だ。ただ色々とキナ臭いので面倒事とは無縁ではいられないらしい』

 

「お嬢様の護衛ね、なんかつい最近もにたような仕事をやった気がするよ」

 

『なら大丈夫そうだな。せいぜい急いでくれよ、僕の後ろにも怖いお兄さんが齧りついていて心休まる時間はないんだ』

 

 確かこの人は今、防衛省所属じゃなかったかな? 司法取引してそういう感じになった筈だ。それでも監視体制は解けなかったのか。

 

 バイクを走らせながらそんなことを思っていると、ふと自分はさっきから青信号ばかりを通過していることに気が付いた。信号の多い都心のど真ん中でそんなことはあり得ないのだが、どうやら三号さんが上手いこと誘導してくれているらしい。

 

 他の人にはとてつもない迷惑な話である。けれどおかげで凄まじい速度で目的地にまで到達することができた。

 

 バイクを走らせたのは都心のど真ん中にある高級ホテルである。俺の制服が置いてあったビジネスホテルと違って一泊数十万はするであろう場所であった。

 

『急げヘラクレス、どうやら団体さんはもう到着しているらしい。護衛対象を保護して脱出させろ。二十二階の203号室だ』

 

 仕事自体は別に構わないけど、その恥ずかしいあだ名は止めて欲しい。俺はヘラクレスと名乗れるほど強くはないし、試練も越えてはいないのだから。

 

 バイクをホテルの入口に乗り捨てて中に入る。ホテルマンの制止を無視してエレベーターに駆け込もうとするが、団体客が既にいたので非常階段の扉を開けて階段を上がっていくことにした。

 

 全力で走ればエレベーターよりもこっちの方が早い。二十二階まで全速力で走り上がって、そこの扉を強引にこじ開ければ、目的地はすぐそこだった。

 

 急ぎ、とのことだったので客室の扉は蹴り開けることになる。高級ホテルらしくもの凄く高そうな扉であったので後が怖いのだが、きっと鬼島さんが何とかしてくれるのだろう。あの人は偉いらしいからな。

 

「何者だッ……!?」

 

 扉を蹴破ってダイナミックに入室したこちらに向けられる無数の視線。一人は美しい女性のもの。三号さんから渡された情報通りの容姿をした人である。

 

 もう片方がどこからどう見ても堅気には見えない集団であった。数は四名、全員が銃器や刃物を身に纏っており、それどころか体中の至る所に暗器を忍ばせている始末であった。

 

 それを見た瞬間に、頑丈なホテルの床に足跡とひび割れを残すほどの脚力で走り出して、彼らが銃を構える前に制圧することにした。

 

 師匠曰く、先手必勝とのこと。先に殴って黙らせるのが重要らしい。

 

 その言葉に従って四人の武装勢力を殴り飛ばす。一瞬で肉薄して身に纏っているボディアーマーすら無意味な程に重たい一撃で吹き飛ばす。

 

 一人目は鳩尾を、それで意識を失った瞬間に二人目にその体を投げ飛ばして転がすと、三人目には側頭部へ爪先を叩きこむ、仲間の体をどけて立ち上がろうとした二人目の脇腹にまた蹴りを入れて、最後に唖然としていた四人目と向き合う。

 

 この四人目は、護衛対象に銃を向けていたので既に引き金に指がかかっている。そして発砲することにも迷いがなかったらしく、三人を昏倒させた俺に向けて躊躇なく撃ってくる。

 

 

 発砲を阻止できない以上は、回避するか防ぐしかない。選んだのは前者、銃口と指の動きを見切って体を半身にして弾を躱すと、瞬きする間に肉薄して鳩尾と喉に拳を打ち込み意識を奪い去るのだった。

 

 

 後に残されたのは俺と、護衛対象の女性だけである。

 

 彼女は一瞬、ポカンとした表情を見せるが、こちらの視線が結び合うとすぐさま余裕のある表情を見せて来るので、ポーカーフェイスが上手いということだろう。

 

「うむ、其方は何者だ?」

 

「お初にお目にかかります。私は笹凪天武、日本政府と貴女の国の大使館から依頼を受けて参上いたしました。貴女はカサンドラさんで間違いありませんね」

 

「なるほど、事情はわかった。一先ずはそれで納得しよう」

 

「こちらが言うのもなんですけど、構わないのですか?」

 

 目の前にいる女性は、そんな言葉を鼻で笑うと、胸を張ってさも当然とばかりにこう言ってくる。

 

「当然だ。どのような状況になろうと大した問題はない。何せ私は星を持って生まれたらしいからな」

 

「……星?」

 

「幸運の星とやらだ。以前にどこぞの占い婆が言うておったのだ。私は使いきれぬほどの幸運を持って生まれたとな。思い返してみれば私の人生は成功の連続であった。努力は必ず身を結び、不思議と考えた通りに成功を収める。そういう人生なのだ……そして、この危機的状況であっても、これまた不思議と死ぬことなく助けが入った。うむ、やはり私は星とやらを持っているのだろうな」

 

「は、はぁ……」

 

 よくわからない理屈である。星がどうのこうのと言われてもよくわからないが、目の前の女性は何やら納得してうんうんと頷いている。

 

「世界は私を愛している。故に私は死ぬことはありえない……これもまた一つの真理か」

 

 なんだろう、少しアレな感じの人なのかもしれない。護衛対象にそんなこと思うのは駄目なんだろうけど。

 

「さて天武と言ったか、話を聞くに其方は私を守る為に大使館より依頼されたと言ったな?」

 

「その通りです」

 

 すると、女性の真っすぐな瞳が俺に向けられる。心の奥底まで見透かすようなそれは、どこか師匠にも似ていた。

 

 きっと、些細な嘘偽りですら、その瞳は暴くことだろう。そんな確信を抱かせる瞳である。

 

 なので一欠片の嘘も偽りもこの人に向けるべきではないと思ってしまう。

 

「では訊こうか……其方、どこまで命を賭けられる? 見ず知らずの他人の為に戦い、何の義理もない私を守れるのか?」

 

 全てを見透かす瞳は揺れ動くことなく俺を見つめている。だから俺はただただ真摯にこう伝えるのだった。きっとこの人に嘘は通じないだろうから。

 

 

「守ります、この命を賭けて」

 

 

「今日会ったばかりの見ず知らずの他人であってもか?」

 

「貴女が理不尽に嘆いているのならば」

 

「何の義理もなくとも?」

 

「貴女が危機に瀕しているのならば」

 

「報酬に何を望む?」

 

「特に何も……すみません、パッとは思いつかないのでそうとしか言えません」

 

 嘘偽りなくそう伝えると、カサンドラさんはポカンとした顔を見せて来る。そして次の瞬間に大笑いをしてしまう。

 

「ふッ、あはははッ!! これは驚いたぞ、其方、誠に嘘がないのだな……生まれたばかりの子供のようではないか」

 

 何が面白かったのかわからないが、カサンドラさんは本当に楽しそうに笑っている。どうした訳か感心されているようにも思えた。

 

「うむ、久しく邪念を感じぬ男と出会ったぞ……大抵の男は私を見ると色々と欲望を覗かせるのだがな。よろしい、この国では袖すり合うもという言葉があるらしいから、傍に侍ることを許してやろう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 何というか、傲岸不遜というか、我が強いというか、凄く自分に自信があるような態度である。しかし不思議と嫌な気分にならないのだから、何というか人の上に立つべき人のように思えてしまうな。

 

 カサンドラさんは椅子から立ち上がって小さな微笑みを浮かべると、白い手袋に包まれた右手をこちらに差し出してくる。

 

「どうした? 騎士の礼をするがいい、許す」

 

「え、あ~……では失礼して」

 

 やはりこの人はこういった行為に慣れている身分なのだろうか? そんなことを思いながら、俺はその場に跪いてから手袋に包まれた掌を掬い上げ、その甲に軽くキスをした。

 

「よし、今この瞬間より其方は我が騎士だ。存分に励むがいい」

 

 何というか、こういった行為に恥ずかしさや照れを感じない人なんだろうか、もしかしたら本当にやんごとない身分であることが否定できなくなってきたな。

 

「それで、カサンドラさん」

 

「どうした、天武」

 

「そもそも何故貴女はこの連中に狙われているんですか?」

 

 倒れ伏している四人を見下ろしながらそう訊ねると、彼女はまるで映画女優のようにわかりやすく両手を上げるリアクションを見せた。

 

「政治だろうな。成功を妬む者も多い上に、尊い血というのはそういうものだ」

 

「なるほど」

 

 俺には理解できない世界ではあるが、誰も彼もが大人しく冷静に生きられる訳ではないということはわかる。

 

「それでどうする? 其方の方針を聞かせてみよ」

 

「方針と言うほどではありませんけど、安全圏まで身柄を守ります」

 

「具体的には?」

 

「依頼元である大使館まで貴女を連れて行きます」

 

「良かろう、日本の大使館には我が血に連なる武官もいた筈だ。それで問題はなかろう」

 

 そんな方向性に決まったことで早速動き出すことになったのだが、問題なのは移動方法であった。

 

 このやんごとなき身分疑惑のある人に、大使館まで徒歩で移動させるというのか? 大丈夫かな、不敬罪とかにならないよね?

 

 それともここに来るまで乗ってきたバイクに二人乗りだろうか、いやそれはそれで問題が大きそうだ、この人スカートだし。

 

「まったく、せっかくの休暇だというのに、とんだ騒ぎになったものだ」

 

「あぁ、休暇だったんですね。お忍びで観光ですか?」

 

「うむ、行楽気分を害されてしまったが、面白い騎士に出会えたので良しとしてやろう」

 

「騎士ですか……ちょっと恥ずかしいんですけど」

 

「この国の言葉で言うのならば、サムライやニンジャと表現した方がいいか?」

 

「いえ、それはそれで何と言いますか……」

 

 俺は別に侍でも忍者でもない……師匠の知り合いにはそういう人は何人かいるけど、俺は違う。

 

「まあ何であれ構うまい、其方は其方らしく戦えばいい」

 

 カサンドラさんはクスクスと笑って見せる。まだ出会って数分だと言うのに、不思議と信頼してくれているのがわかった。その期待に応えなければならないだろう。

 

 侍でも忍者でもないが、武人であることは間違いないのだから。

 

「三号さん、大使館までのルートをお願いします」

 

『はいよ、今そっちに情報を送るよ』

 

 耳に付けていたインカムにそう伝えると、スマホはすぐに震えだす。そこには大使館までの地図とナビが記されていた。

 

「では行きましょうか」

 

「うむ……いや、待て、このホテルには随分と迷惑をかけたからな、幾らか置いておこう」

 

 そう言ってカサンドラさんは机の上に鞄から取り出した小切手を置く。そこに印された金額は億単位であり、とてつもない金銭感覚であると思うしかない。

 

 倒れ伏している四名の暴漢と小切手はその場に置いて、俺たちは客室から出ていった。

 

 

 

 

『少年が高校生になるまで、後17時間』

 

 

 

 

 スマホに映し出された大使館までのルートを確認して頭に叩き込み、並行して周囲の警戒も怠らない。あの四人だけで終わるとは思わないほうが良いだろうからな。

 

「天武よ……大使館に向かうとして、敵は付近で待ち構えているのではないか?」

 

「可能性は高いと思いますよ。闇雲に探すよりも来るとわかっている場所で迎え撃つ方が効率的でしょうから」

 

 ホテルから出てそんなことを話していると、このやんごとなき身分のお嬢様は少しだけ不安そうな顔を見せる。

 

「ふむ、多勢に無勢であろうに、それでも行こうというのか」

 

「ウチの流派はそれを名誉と思うんですけどね……それに、どうせここで待っていてもすぐにこちらに向かって来るでしょうから」

 

「故に正面突破か、剛毅なことだな……だが良いだろう」

 

 自分で言っておいてなんだがそれで良いのだろうか。

 

「まあ問題はなかろう。何をどうしようが、我が星は正しく私の未来を照らすのだからな」

 

 カサンドラさん曰く、自分は一生で使いきれないほどの幸運を持つらしい。どれほどの危険があろうとも、最後には栄光に辿り着ける人生だと疑っていないそうだ。

 

 まぁそんな人は偶にいると師匠も言っていたな。不思議と不運を避けて何だかんだで人生が上手く進む人のことらしい。

 

 この人が実際にそういう星とやらも持って生まれたのかは知らないが、もし持っているのならその幸運にあやかるとしよう。

 

 バイクに二人乗りで、しかもスカートの人を乗せることも出来なかったので、ここからは先の移動手段を考えないといけないだろう。どこかで車をレンタルするかと考えながらホテルの外に出ると、こちらを舐めるような視線を肌が感じ取った。

 

「……見られてますね」

 

「わかるのか」

 

「ホテルの向かい側にあるビルの屋上、数は……3人かな」

 

「不躾な視線を送って来るくらいは許してやれ。美しいと覗かれるものだ」

 

 凄い自信だなこの人……いや、確かにとんでもない美人なんだけどさ。

 

「それよりしっかりとエスコートしろ。敵がいるとわかっているのなら尚更な」

 

「えぇ、わかっていますよ」

 

 向かう先は大使館、日本であって日本の領地ではない場所。治外法権のその場所にこの人を送り届けないといけない。

 

 まずは車だな、できれば頑丈な奴が良い。そんなことを考えていると、耳に付けたインカムから三号さんが話しかけて来る。

 

『ヘラクレス、徒歩だと流石に厳しいものがある。都内にあるカーレンタルショップで可能な限り頑丈な車を予約した。まずはそこに向かってくれ』

 

 仕事が早くて助かります。

 

 

 

 

 

『少年が高校生になるまで、後15時間』

 

 

 

 

 

 どこかの社交界にも平気で出席できそうなドレス姿のカサンドラさんはあまりにも目立つ上に、これから下手しなくても忙しく動くことになるのはわかっているので、レンタルした車で向かう先は都内のショッピングモールである。

 

「天武よ、どれが似合うと思う?」

 

「貴女ならどんな装いでも似合いますよ。ですが可能な限り動きやすい恰好でお願いします」

 

 そのショッピングモール内にある女性向けの洋服店でそんな会話をしている。追われているとは思えないほどに呑気な展開ではあるが、あのドレス姿で走り回させる訳にもいかなかったので苦肉の策であった。

 

 大勢の客層で賑わうモール内をドレス姿で移動していた時はそれはもう目立った。つまり追手たちにもさぞ見つけやすいことだろう。

 

「何だ全く、風情の無い奴だ。こういう時は女と一緒に悩んで楽しむものだぞ」

 

「そういうものですか、次の機会があればそうしましょう」

 

 ドレス姿のカサンドラさんはどこにでもある女性用のズボンとジャケットを掴んで試着室に入っていく。それを確認すると、周辺の気配を探っていく。

 

 ホテルを出た頃からずっとこっちを舐めまわしてくる不躾な視線はそのままであり、寧ろ距離が近くなっているのがわかる。

 

 そして今も、こちらにゆったりと近づいてきているのが感じ取れた。

 

 観光客に扮して近づいてくる二人組は、この店の中にある衣服を物色しながら何でもない様子で近づいてくるのだが、銃を持っているからなのかその体幹が僅かに傾いており、整備用の油や弾薬の匂いが僅かに嗅ぎ取れたので、その時点で黒となってしまう。

 

 そして俺と彼等の視線が絡み合う位置にまでやってくる。すると二人組の外国人は、観光客を装いながらまるで道でも訊ねるかのよう近づいてきて――何かをされる前に先手必勝でその顎を拳で打ち抜く。

 

 善良な観光客に扮して近づいて来た二人は、何も出来ないまま意識を失うのだった。

 

「よっこいせっと」

 

 意識を失った二人は、カサンドラさんが使用している試着室の隣にある、空いている方の試着室に放り込んでおこう。そしてカーテンを閉めて使用中という立て札もかけておく。これですぐさま騒ぎにはならないだろう。

 

「何かあったのか?」

 

「お気になさらず、大きな問題はなかったので」

 

「そうか、まぁ良かろう。それよりどうだ?」

 

 試着室から出て来たカサンドラさんはズボンとジャケットという装いをこちらに見せて来る。どこにでもある服装だというのに、とても似合っているのだから本当に美人だと思う。

 

「良くお似合いです」

 

「うむ、当然だな。流石私だ」

 

 それらをそのまま購入することにした。元々着ていたドレスはそこに放置することになる。

 

 レジカウンターに向かってそれぞれの値札を提示してすぐさま会計を終わらせようとして、そこで彼女は鞄の中から小切手を取り出そうとしたので慌てて止めることになった。

 

「小銭は持っておらんぞ」

 

「では俺が支払いましょう」

 

 そう言えば金銭感覚がぶっ壊れてる人だったと今更ながら思い出す。

 

 懐から財布を取り出して、幾枚のお札と小銭をレジカウンターに置いていると、隣で興味深そうにこちらを覗き込んでいたカサンドラさんは、目敏くとあるメダルを見つけてくる。

 

「うん? 其方、その財布の中にあるメダル、それはどうしたのだ?」

 

 彼女が注目したのは、宝クジと交換した際に貰った幸運のメダルであった。特に珍しい物ではなく、言ってしまえばどこにでもある土産物なのだが、興味を引かれたらしい。

 

「偶々頂いたものです。何でも幸運を齎すのだとかなんとか」

 

「知っておるよ。そのメダルは我が国ではよくあるお守りのようなものだからな」

 

 白魚のような指先が、財布の中にあったメダルを摘み取る。そしてしげしげと眺めてニヤリと笑う。

 

「ほれ、よく似ておるだろう? このメダルに刻印されている女神は、我が家の家紋でもあるのだ」

 

 そう言って彼女は幸運のメダルの表面を見せつけて来る。

 

 確かに、そこにある女神の像と、目の前にいる女性はよく似ているようにも思えた。

 

「良ければ差し上げますよ」

 

「構わぬのか?」

 

「幸運を齎すお守りなら、俺よりも貴女が持っている方が相応しいでしょうから」

 

「ふふん、わかっているではないか。確かに幸運の女神は私にこそ相応しいだろう」

 

 特別貴重な物でもなければ、価値がある物でもないけど、カサンドラさんは渡されたメダルをギュッと握りしめて、どこか上機嫌に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 『少年が高校生になるまで、後12時間』

 

 

 

 

 

 

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