ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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二年生の始まり
新しい風


 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が、綾小路清隆及び、二年生159名の詳細なデータです。全て頭に入りましたね?」

 

 高度育成高等学校の理事長代理という立場を拝命している男のそんな言葉に、目の前にいる新入生は当然とばかりに頷く。

 

 当たり前だ、そんなことすら出来ない人間がホワイトルームで生き残れる筈もない。

 

「わかっていると思いますが、重要なのは綾小路くんを退学させ、ホワイトルームに連れ戻すことにあります。ですがスマートに遂行してください。決してことを公にしてはいけない。先生の名前に傷をつけないように」

 

 そんな言葉にはまたもや新入生は当然とばかりに頷く。何度も言われなくても理解していると主張するように。

 

「一つ質問があります」

 

「何でしょうか」

 

「綾小路清隆を退学させる上で、最も大きな懸念事項となっている七号に関してです」

 

 すると理事代理の男、月城は僅かな渋面を作る。

 

「既に基本的な対処方法はホワイトルームで教わっていると思いますが、一応貴方たちに訊いておきましょうか、七号と接触した時はどうしますか?」

 

「基本的には敵対しない」

 

「その通りです」

 

「しかし、綾小路清隆側の駒であり大きな障害であることは間違いありません。こちらを先に処理した方が本命に集中できるのではないでしょうか?」

 

「それも推奨できませんね。ホワイトルームという狭い環境しか知らない貴方たちにはイマイチ実感が持てないでしょうが……この世の中にはどうしようもないことが多々あります。七号はそういう立場の人間ですね。法も秩序もそこにあるバランスも無視して、最後には我を押し通す災害のようなものですから」

 

 月城はハハハと力なく笑い、未だに完治していない自らの小指を見せる。

 

「十分に気を付けてくださいよ。一見、穏やかなように見えて、自分の気に食わないことがあれば即座に追随を許さない暴力を振るってくる質の悪い相手なので……下手な権力者よりも、遥かにやり辛い相手です」

 

 それを理解していれば自分の小指は折れることは無かっただろうと、月城は今になって思う。同時に、七号の戦力の本質を理解している今、小指だけで済んだ幸運を実感もしている。

 

「それでは、君たちの健闘を祈りましょう」

 

 彼らが勝とうが負けようが、月城にとってはどうでもいい。どちらに転ぼうとも彼の最優先目標は政争相手の弱みや弱点を握ることであり、綾小路清隆の退学はどちらかと言えば自分ではなく彼らの仕事だと割り切っているらしい。

 

 

 それにと、月城は内心で酷く冷めながらこう思う。

 

 

 ホワイトルームの最高傑作と、あのゴリラが組んでいる以上、何をどうしようが結果は変わらないだろうと。

 

 彼らはホワイトルームでも突出した秀才であるのだが、結局は狭い世界の中でのトップでしかない。

 

 井の中の蛙大海を知らず、なんて言葉があるくらいに世の中は広く、理不尽と才能と冷たい現実が広がっていることに、まだ気が付いてはいないのだから。

 

「あぁそれと、私から君たちにとある言葉を贈っておきましょう……君子危うきに近寄らず、意味は説明するまでもありませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満開の桜、風に乗って漂う甘い花の香りと桜の花びら、まさに春の風物詩とさえ言えるその光景を、一年前もこの場所で見ていたことを思い出す。あの時は初めての学園生活に緊張とトキメキを隠せないでいたが、一年と言う時間は少しだけ大人にさせてくれたらしい。

 

 どこか穏やかな心と表情で、一年前にも見た学園内に植えられている桜の木々を見上げることができた。

 

 そして、去年の俺と同じような思いで、入学してくる一年生は桜並木を眺めているのだろう。

 

 実際に彼ら彼女らを観察していればそれがよくわかる。新生活に緊張する者、期待する者、不安や希望を抱く者、共通しているのは誰もが平常心では無いと言うことだった。

 

 平然に振る舞おうとしてもどうしたって態度には出る。本を開きながら歩く彼も、しきりに深呼吸を繰り返す彼女も、掌に何やら文字を書いて呑み込んでいる誰かも、挑発的に唇を歪めるあの子も、誰もが新しい生活と環境に大なり小なり影響を受けているのは間違いない。

 

 去年の俺たちがそうだったので、ならば今年の一年生だってそれは変わらない。

 

 校門に立てかけられた看板に書かれている入学式の文字が示す通り、本日は晴れの舞台である。

 

 雨にならなくて良かった、バスが遅れることもなくて良かった。遅刻する者もいないらしい。幸いなことであった。

 

「一年生の皆さん、入学おめでとうございます。これから体育館で入学式になりますので、こちらにどうぞ~」

 

 俺の仕事は別に一年生を不躾に観察することではない、生徒会役員として右も左もわからない一年生を誘導することが仕事であった。

 

 誘導灯を振ると一年生たちはこちらに注目して、そちらで入学式が行われることを理解して歩を進めてくれる。

 

 生徒会の腕章などもあり、この人は生徒会の人なんだと認識してくれているらしい。

 

 そうやって一年生を体育館に誘導しながらも、通り過ぎていく彼ら彼女らを観察していく訳だ。

 

 ただ緊張した様子の一年生を眺めている訳ではない。この160名の中に月城さんが紛れ込ませたホワイトルーム生がいると宣言されているので探すと言う理由もある。

 

 

 生徒会役員としての仕事もして、ついでに敵も探す訳だ。そう考えるとこの一年生の誘導業務はとても都合が良かったとも言えるだろう。

 

 まさか俺が生徒会に所属することになるとは……そこまで興味がある訳ではなかったが、こうして腕章を付けて仕事をしているのは理由がある。

 

 少しだけ時間を遡ろうか、アレは入学式が始まる数日前のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、入学式が目の前に迫るクソ忙しい時期に生徒会に入って仕事を手伝う奴と、全部が終わってからのんびりやってくる奴、どっちの印象が良いと思う?」

 

 春休みも終盤になって新生活が見え始めた頃、俺は生徒会に呼び出されて我らが高校の生徒会長閣下に開口一番そう言われるのだった。

 

 南雲先輩はこの学校の生徒会長である。そんな彼がわざわざ春休みに後輩を呼び出してそんなことを言い出すのだから、これは不当な圧力と言うべきなのではなかろうか。

 

 しかし言っていることは一々尤も、まさか正論でこの人に殴られる日が来るとは……。

 

 以前に、一年最後の特別試験が始まる前くらいに南雲先輩と話した時に、鈴音さんに巻き込まれる形で生徒会に誘われたのは間違いない。

 

 俺は美術部なので丁重にお断りしようと思っていたのだが、それを強引に引っ張ってどうした訳か生徒会に入ることにしてしまったのが鈴音さんである。

 

 彼女曰く、遊ばしている時間と余裕が無いとのことらしい。

 

 お兄さんとの和解と、彼女なりの目標意識の高さから生徒会入りを狙っていた鈴音さんは、無事に南雲先輩のお眼鏡にも適い生徒会役員となり、俺は入学式が終わった後にでも挨拶しようと思っていたのだが、逃がさないとばかりに生徒会に連れてこられたという訳である。

 

 俺は生徒会に入るとは一言も言っていないのだが、既に決定事項のように扱われているらしい。誠に遺憾ではあるのだが、既に生徒会役員として活動を始めていた鈴音さんの手前、断れずにズルズルと協力することになるのだった。

 

 

 まぁ良いか、美術部に入っていたのは趣味であることもそうだが、マネーロンダリングがやりやすいという立場を手放したくなかったという側面もあったが、目標金額と余剰資金は既に学校に引っ張って来れたので、そこまで執着する必要も無い。

 

 それならいっそ、と言う奴である。生徒会として活動することも高校生には必要なことだと考えると、そう悪いことでもない。

 

 これもまた青春、そう思うと楽しいのかもしれないな。

 

「わかりましたよ。では今日からお手伝いしますね」

 

「そうしてくれ。とりあえず迫る入学式の打ち合わせをするから、細かな動きを把握しておくぞ。生徒会全員でな……その前に、笹凪の挨拶だけ済ませておくか」

 

 南雲先輩がそう言うと、副会長の桐山先輩と、一年生の頃から生徒会に入っていた一之瀬さん……いや、帆波さん、そして新しく生徒会に入った鈴音さんが頷く。

 

 最後に俺、これが現状の生徒会メンバーであるらしい。もしかしたらここに新一年生の何人かが加わるかもしれないな。

 

「一年Bクラス……あぁ、いえ、二年Bクラス、笹凪天武です。まだ未熟な身ではありますが、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いします」

 

 南雲先輩に促されて生徒会でそう挨拶すると。帆波さんと鈴音さんが満足そうに頷き、三年の先輩たちはそれぞれこちらを観察してくる。

 

 副会長の桐山先輩は少し怖がるような顔をしているのはどうしてだろうか? 別に怒らせるようなことも怖がらせるようなこともした覚えが無いのだけれど。ただこの視線と表情は別に彼だけでなく、全校生徒から向けられるものに近かったりする。

 

 一年の体育祭以降によく向けられるようになった視線だ。やりたい放題やった結果なので今更気にしても仕方がないだろう。

 

 もう一人の三年生の南雲先輩は不敵な笑みを浮かべている……ストーカー行為は堀北先輩にだけお願いします。

 

 帆波さんと鈴音さんだけが癒しである。この二人とは親しくしているので肩身が狭い思いをしなくて助かっているのだ。

 

 鈴音さんはいつもの怜悧そうな顔をそのままに、しかし挨拶すると満足そうに小さく頷き、帆波さんは朗らかな顔をして微笑みかけてくれる。上級生とは異なる反応に安心さえした。

 

「おそらく一年生からも何名か受け入れることになるだろう。それが今年度の生徒会メンバーになる筈だ。とりあえず今は目の前の入学式を問題なく終わらせることに集中してくれ」

 

 意外、と言っては南雲先輩に失礼なのかもしれないが、生徒会長としてしっかりと仕事はしているらしい。いや、元々堀北先輩が認めるほどに優秀な人なのだから、これくらいは普通にできるのだろう。

 

 ちょっとストーカー気質だけど、優秀な人であるのは疑いようが無かったりする。

 

 生徒会役員全員が席についてから始めるのは、数日後に迫った入学式である。しかし複雑なことなど何もなく、司会進行や段取りなどは学校側が大半を終わらしているので、生徒会が行うのは細かな調整だけである。

 

 南雲先輩は在校生代表として入学式で挨拶とスピーチがあるらしい。それ専用の文章を作ったり、桐山先輩は椅子の数や来賓の配置などの最終確認、帆波さんは南雲先輩と一緒に文章を作る手伝い、俺と鈴音さんは一年生の誘導であったりとその他諸々の雑用を任されることになった。

 

 一応はリハーサルのようなものを直前にするので、そこで問題点が出なければそのまま本番という流れらしい。

 

 こうして俺は生徒会役員として初めての仕事を拝命することになるのだった。雑用もまた楽しくはある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなやり取りが入学式が始まる数日前にあり、こうして誘導灯片手に一年生たちの誘導を行っている訳だ。そう言えば去年も橘先輩が同じことをやっていたなと思い出しながら、一年生たちを安心させるような笑顔と共に体育館に誘導していく。

 

「お疲れ、精が出るな」

 

 一年生を誘導していると、二年生や三年生も体育館に集まって来る。その中に清隆グループの姿もあった。

 

 清隆、啓誠、明人、波瑠加さん、愛里さんたちだ。生徒会の腕章を付けて働いている俺を興味深そうに眺めて来る。

 

「生徒会としての初仕事だからさ、気合も入るさ」

 

 春休みの間に鈴音さんと一緒に生徒会に入ったことはグループの皆には伝えてあったので驚きはないが、こうして働いている姿を見せるのは初めてのことである。

 

「堀北はどうしてるんだ?」

 

「体育館の入口で新入生に席順の誘導をしているよ」

 

 清隆が言われた通り体育館の入口に視線を向けると、そこでは俺と同じく雑用をしている鈴音さんの姿があった。

 

「堀北も頑張ってるようだな」

 

「ウチのクラスから生徒会に入る奴が二人もいるとはな」

 

 啓誠も明人も感心したようにそんなことを言っている。

 

「ま、頑張ってよ。テンテン意外と様になってるよ」

 

「なら良かった」

 

 愛里さんもウンウンと頷いているので、生徒会役員としての俺はそこまで悪い印象はないらしい。これが龍園辺りならドン引きされるんだろうけど。

 

 グループの皆は入学式が行われる体育館の中に入っていく。そんな彼ら彼女らとは一緒せず、清隆だけはここに残ってこんな話を切り出して来た。

 

「それで、どうだった?」

 

 短く曖昧なその言葉の意味はしっかりと伝わる。ホワイトルーム生と思われる一年生がいたのかどうか知りたいのだろう。

 

「確実に、とは断言できないけど……君と似たような鍛え方をした体を持った子はいたかな」

 

 一年前の清隆を観察した時と同じような印象を与えて来る一年生はいた。ただし俺の主観なのでなんの保証にもならない。

 

 月城さんがホワイトルーム生を送り込んで来ると宣言した以上は、必ず新入生の中に存在する筈なので、誘導をしながら注意深く観察していたのだ。

 

「そうか……しかし服の上からでもわかるものなのか?」

 

「人はそこにいるだけで様々な情報を発しているものだからある程度はね……後は、何て言うんだろうな、一目見ればその人がどれくらい強いのか何となくわかるんだ。だけどこれはあくまでも俺の主観でしかないから参考程度にして欲しい」

 

「もちろんだ」

 

 清隆も人からの言葉や情報を鵜呑みにするような男でもないだろう。彼なりにこれだという選択肢を手に取るのは間違いない。

 

「まあその辺の情報は後で擦り合わせるぞ。相手の出方も把握して、こちらも対応を決める」

 

「了解」

 

 清隆も警戒心を抱きながらも、それを表に出さないまま体育館の中に入っていく。

 

 ホワイトルームからの刺客、この学校特有の試練、二年生という立ち位置、生徒会としての仕事、考えなければならないことは沢山あるのは間違いない。

 

 ただ、暇する時間もないのだから、それは充実しているということなのだろう。色々なことに頭を悩ませて一つ一つ乗り越えていくのは楽しくもある。

 

 友情だってそこにある、青春だって確かに感じている、後は恋でもあればこれ以上ないくらいに充実した高校生活となるのではないだろうか。

 

「天武くん、こちらは終わったわよ。貴方も席に着きなさい。もうすぐ入学式が始まるわ」

 

「うん、行こうか」

 

 一年生の誘導が終わった段階で、そろそろ俺も体育館に入ろうかと考えていると、同じく雑用を終わらせた鈴音さんが声をかけてきた。

 

 新学年を前にして決意表明として断髪した鈴音さんは、お兄さんとの和解もあってどこか吹っ切れたような印象を与えて来る。一年と言う時間は彼女を成長させたということだろう。

 

 春休み前に少し距離が縮まったような気もする。以前よりもどこか心許せる関係になったと言うか、そんな雰囲気となれたと思う。

 

 清隆もそうだけど、ただの友人とは表現できない縁があるのだ。それをとても嬉しく感じられるのだった。

 

 この学校に来てもう一年、色々とあったけど充実した時間であると今でも思う。一つ一つ結んだ縁は間違いなく力になっていることが実感できる。

 

 

 師匠曰く、青春は大切とのこと。

 

 

 

 俺たちは今日、二年生となるのだった。

 

 

 

 

 

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