入学式も大きな問題はなく終わり、その翌日から通常授業が始まることになる。二年生になって大きく変わったのはフロアと教室の変更、そして電子化などだろうか。
端末の配布であったり、電子ポイントであったりと、その辺の技術などを積極的に導入していた学校だけに、そういったことに積極的であるらしい。
ついに黒板も電子機器となった訳だ。国が運営している学校なだけあって資金の規模や導入に迷いがないように思えた。
きっと来年も色々と変わるのだろうなと推測できる。この学校はどこか実験施設を思わせる場所なので、生徒の成長に繋がるのならば予算の投入に躊躇しないだろうことはわかる。
教科書ではなくタブレット端末での授業には慣れないけれど、きっと一カ月後には当たり前の日常になっているのかもしれない。そして生徒たちの様子を監視カメラの確認して次代によりよく改良して渡す訳だ。
様々な実験や試みを実行してより効率化と成長の理論を体系化していくのだろう。
そう考えると、この学校はホワイトルームとやっていることはそこまで変わらないのかもしれない。目指す方向性は異なっても、そこに至る手段に大差はないということか。
「全員揃っているな?」
新しい学年になり、様々なことが変わった環境を確認していると、教室の入口から茶柱先生が姿を現す。
教科書や黒板が変わっても、担任の先生は電子端末化しなかったらしい。少しだけホッとしてしまった。
「ではまず、各々学校のHPにアクセスし、新しいアプリケーションをインストールして貰おう。アプリの正式名称はOAAだ」
これはあれだな、生徒会には先行で導入されていたので俺は知っている。鈴音さんもだ。一応箝口令のようなものが敷かれていたので他者に話していないが、既にこちらの端末にはインストールされていた。
わかりやすく言うのなら、学校の成績をいつでもどこでも確認できて、ゲームのステータスのように客観化されたものである。
なんでも南雲先輩が考えて学校側が導入したらしい。その先行体験版を生徒会の役員たちは問題が無いかの情報収集の為に先んじてインストールしているのだ。
特に目立った問題や、エラーなどは確認されなかったので、俺や鈴音さんが使っているものがそのままクラスメイトたちにも共有されているのだろう。
「このアプリには全学年の個人データが入っている。例えば2年Bクラスの項目を押せば、お前たちの名前が五十音順に表示されるようになっている、試してみろ。誰を見ても構わないが、まずは自分の名前をタップしてみるのが良いだろう」
クラスメイト全員が茶柱先生の指示通りにアプリを起動して自分のステータスを確認していく。こちらもまた生徒会で一度見た情報を改めて確認することになる。
2年Bクラス 笹凪天武
一年次成績
学力 A+(100)
身体能力 A+(100)
機転思考力 A(92)
社会貢献性 A+(100)
総合力 A+(98)
これが一年終了時点での成績であるらしい。少なくとも学校側はこんな評価をしてくれているようだ。
学力に関しては入学試験からここまで全て満点であったし、頻繁に勉強会に参加して自分だけでなく他者の学力に影響を与えている。身体能力に関しては散々やらかしたので説明は不要。機転思考力も別にこれといった問題も起こしておらず、他クラスや他学年にも知り合いや友人は多いので納得はできる。
社会貢献性に関しては、部活動に積極的であったりクラスでの立ち位置、後はクラス内投票でわざわざ他所のクラスにまで退学者が出ないように奔走したことが大きな影響を与えたのではないかと睨んでいる。
事実上、四人の生徒を退学から救ったようなものなのだ、それが社会貢献性の数値を大きく上げたのかもしれない。
こうして客観的に自分の能力を確認できるのはわかりやすいし大きな影響を与えるだろうな。成長という見えないものも数字として見れる訳だ。
流石南雲先輩である……ただストーカーという評価だけで終わる男ではなかったということだ。
ザワザワと教室が騒がしくなる。こんな風に誰でもいつでも他者の成績や評価を確認できることに困惑や驚きが多いらしい。
因みにクラスの中で一番総合力が低いのは山内である、次点で池、須藤と続いて愛里さんの名前がある。
Bクラスという立ち位置はAクラスを強く意識する立場にあるので、去年一年はとにかくその影響というか、存在感を前にしながら励んだ成果が誰にも出ているのかもしれない。
赤点組の常連であった三馬鹿たちですら、今や赤点圏内から脱しつつあるのだから、本当に実のある一年であったということだろう。
OAAの導入による驚きが冷めやらぬ中、茶柱先生が注目を集めるようにパンパンと手を叩く。
「このアプリがあることで成績に対する意識改革、そして学年に関係なく名前と顔が一目でわかることで、交流を図っていく為の重要なツールとして活躍するだろう。しかし……それだけではないと私は考えている。これは個人的な憶測だが――今から一年後、総合力が一定水準に満たなかった生徒には何かしらのペナルティが与えられる、とな」
「退学、と言うことですか?」
平田の質問に肯定も否定も茶柱先生はしなかった。
「その可能性もあるだろう。だが、言ったようにこれは私の憶測だ。必ずしも当てはまるわけではない。だが総合力がE判定に近いほどリスクは高くなると思った方がいい……それが不満ならば、自らの実力をしっかりと示せ、良いな?」
それらを踏まえた上でこの一年に挑め、これは茶柱先生なりの激励なのかもしれない。
「さて、OAAの説明は今言った通りだ。お前たちも薄々感じているだろうが、このアプリを使っての特別試験が行われることになる」
新学年一発目の特別試験が迫っていることを宣言されて、教室には緊張が走っていく。恐れではない辺り、一年の成長が実感できるな。
チョークで書き込む黒板から、大型のモニターに変わった黒板を操作して、茶柱先生は特別試験の内容をそこに映し出す。
「肝心のその内容だが、新入生である一年生と、おまえたち二年生がパートナーを組み行う筆記試験となっている」
「一年生と……パートナー?」
その瞬間に、俺の後ろの席にいた清隆が襟首を少しだけ引っ張った。大丈夫、わかっているよ、ホワイトルーム生を都合よく二年生と関わらせる試験だってことくらいは。
同じ危機感を持った清隆は、内心で警戒心を大きくしているのかもしれない。この試験を考えたのが誰だと断言はできないが、俺と清隆には月城さんの顔が思い浮かぶのだった。
やると宣言されているのだ、これは俺たちと月城さんの戦いでもある。
同時に、頭の中には入学式の時に観察して見つけた「候補」の顔が思い浮かぶ。一年前の清隆と同じように徹底的に管理されたオリンピックアスリートのような体と体幹を持つ一年生が。
同じ物を食べて、同じトレーニングをして、同じ体調管理と栄養管理をして、同じだけの睡眠をとった「劣化清隆」とでも言うべき一年生たちである。
他にも何名か面白そうな一年生はいたけれど、清隆っぽい体をしたのはそこまで多くはない。
こちらの勝利項目は彼らを避けて退学を回避すること、そしてクラスの勝利を得ること、二つ同時に進めていかなければならないのが辛い所であった。
だがまあ楽しむくらいで良いのかもしれない。困難は多ければ多いほどに良いと師匠も言っていたからな。
こうして俺たちは二年生最初の特別試験に挑むことになるのだった。
一年生とパートナーを組む、相手はこちらを知らないし、こちらは相手を知らない、それだけでなくホワイトルームという不安要素もある。
やっぱり殴り込むべきではなかろうか? 夜の間に海を泳いで対岸に行き埼玉まで移動して、一晩で瓦礫の山にしてから清隆のお父さんを海に沈めてから学校に帰って来るとか、そうすれば月城さんも荷物を畳んでどこかに消えるとか……いや、早まった真似をするべきではないな。
でもそんな方法が思い浮かんでしまうくらいには、月城さんというか綾小路さんの影響がチラついている。
「やべえよ笹凪ッ!? 俺とパートナーになってくれる一年生なんているのかよ!?」
特別試験が始まると宣言されてまず慌てるのがOAAで学力評価が低かった生徒たちである。池と山内などはそれが顕著であった。
須藤は意外にも落ち着いた様子である。ここ最近はよく学力も伸びているのでもの凄く焦るほどではないと思っているのだろうか。
「落ち着きなさい。これまでの一年で様々な試練を私たちは越えて来たでしょう。今回もやることは同じよ」
師匠モードになって皆を落ち着かせようと考えていると、それよりも早く鈴音さんがクラスを纏め始めた。
吹っ切れたと言うか、一皮むけたと言うか、そこから凄みが出て来た彼女は不完全ではあるが師匠モードとなっており、クラスメイトたちの意識を引っ張っていくことになる。
そして皆がそちらに耳を傾ける。いよいよ鈴音さんも箔が付いて来た感じだな。
一年最後の特別試験でも思ったけど、俺は指揮官やリーダーよりも前線で暴れる兵士役の方が合っているので、これから先はもうクラスの方針は彼女に丸投げで良いのかもしれない。
もちろん相談には乗るし、意見も伝えるけど、俺は指示されて暴れる立場にこれからなるのかもしれない。俺にできる指揮はきっと鈴音さんにも出来るけど、俺は鈴音さんには出来ない暴れ方を押し通せるのだ。ならばクラスの指揮は彼女に任せた方が良い。
「この程度で動揺するほど、私たちは弱くない……そうでしょう?」
最後に彼女はクラスメイトに発破をかけるようにそう言うと、皆の不安が完全に引いていくことになった。
一年前の彼女を思い出して少しだけ微笑ましい気分となっていると、そんな俺に気が付いたのか彼女は少しだけ不思議そうな顔をしている。
「うん、鈴音さんの言う通りだ。これまでと同じように、一つ一つ乗り越えて行こう。とりあえず全体の方針を定めようか。何をするにしてもまずはそこからだ」
「そうね……まず注目すべきは、どうやって一年生とパートナーを結ぶかと言う点よ。池くんや山内くんは不安に思っているようだけど、これに関してはプライベートポイントがカギを握っていると私は思うの」
「プライベートポイント……どういうこと?」
首を傾げる池に鈴音さんはこう返す。
「学力に不安のある生徒であっても、報酬を用意すればパートナーになっても良いと考える一年生がいるということよ」
「報酬か……場合によっては買収戦略のようなものも行われると見るべきか?」
啓誠の言葉にクラスメイトたちはどこか納得したような顔をしている。言われてみればまさにその通りだからだ。
「今、幸村くんが言ったように、この試験では買収戦略が当然のように行われるわ……いえ、寧ろそれが基本となる試験と考えられる」
「誰だって上位には入りたいだろうし、それは俺たち二年生だけでなく、一年生だって同じだ……この試験は学力が優秀な生徒ほど高値が付くだろうし、相手だってそれをわかっている。おそらく二年生から一年生に結構な額のポイントが一気に流れる筈だ」
「えぇ、優秀な生徒であればあるほど人気と高値が付く。或いは一年生はこう思うのかもしれないわね……自分の成績なら、もっと大きな契約を引っ張って来れると」
俺と鈴音さんの説明に予想以上に複雑な試験であることを理解できたのだろう。池や山内なども真剣な表情になっていった。
「さっきも言ったけれどカギを握るのはプライベートポイントよ。それを踏まえた上で、大まかな方針は二つ、ポイントを惜しまず使って優秀な一年生を独占するか、それともポイントは節約して行動するか、そのどちらかね」
「それって、節約する方針だと今回の試験は一位を狙わないってことなの?」
軽井沢さんが女子を代表するかのようにそう言うと、こちらは少しだけ悩むことになる。
勝ちたくない訳ではない、けれど徹底するほどかと言われると旨味もない、そんな考えがあるからだ。
「今回の試験、仮に一位を目指すとしましょう……その為に必要なのは学力の高い一年生の独占となる。さて、一体どれだけの資金が必要になるでしょうね。そしてそれで一位になっても得られるのはクラスポイントが50と幾らかのプライベートポイントだけ」
「赤字になってしまうということだね」
平田が穏やかな口調でクラス全体に説明するようにそう言った。
「えぇ、それならばいっそ、ポイントを節約して一位ではなく上位三割を狙ってプライベートポイントの報酬を得た方が良いんじゃないかと思うのよ……ただ、私たちのクラスの資金力なら、おそらく多くの一年生と契約を結べるから、一位を狙うことも現実的なのよね」
「そう言えば、毎月Aクラスから結構なポイントが振り込まれてるんだったか」
すまない須藤、その契約は表向きはまだ履行されているけど、実質解除されてしまっている。毎月振り込まれている資金は俺の財布から補填しているんだ。
だから一見すると今もAクラスからポイントが流れて来ているように見えるけど、完全に存在しないことになっている。勝手をして本当に申し訳ない。
「迷い所だよね。僕たちのクラスはクラスポイントにもプライベートポイントにも余裕がある……これがもっと大きくポイントが変動する試験なら無理してでも資金を注ぎ込むことも良いと思うんだけど」
平田が言った言葉が全てである。無理して赤字を出しても得られるのは50クラスポイントと幾らかのプライベートポイントだけだ。
「堀北さんと笹凪くんはどう思っているのかな?」
「最終的な判断は鈴音さんに任せようかな」
「……え?」
「頼りにしているよ」
俺はきっと前に出て暴れる方が合っているだろうからな、これは一年生の頃からずっと思っていたことである。戦士は前に出してこそだ。
きっと、今の鈴音さんならば迷うことも戸惑うこともない筈だ。クラスの指揮をしながら俺を最前線に放り投げるくらいはしてくれるだろう。それは即ち俺が最も動きやすい環境でもある。
「わかった……私としては、大規模な買収戦略は行うべきではないと思うわ。理由はさっき平田くんが言った通り、得られる報酬に対してこちらの損失が大きいのが理由よ。その上で、一年生個人ではなく、クラス単位での同盟のようなものを結ぶことがベストだと考えているの」
「互いに弱点を補完できるような関係を作るんだね」
それで良いのかと確認を込めてそう尋ねると、彼女は迷いなどないとばかりに力強く頷く。
あぁ、やっぱりだ、彼女はもう迷わない。どれだけ苦しくても、辛くても、進んでいける人になっていた。
「一年生の反応や二年生の動き次第ということもあるけれど、そういう形を作れるのがベストだと私は思っている。ただし完全にポイントを節約する訳ではないわ、出すべき所ではしっかりと出す、そのつもりでいて欲しいの」
クラス全体を見渡すと、すっかり不安は消えて誰もが集中しているように見えた。同時に、俺だけでなく鈴音さんへの信頼のようなものも見えて来る。
一年という時間は、このクラスを大きく変えたということだろう。それが少しだけ嬉しく思えた。
「まずはそれらの方針を理解して頂戴。その上でいつものように腹案も走らせていくつもりよ。もしクラス間の同盟が結べなかった時に備えて個人契約も同時並行で進めていく、平田くん、須藤くん、新しく入部した一年生に声をかけられないかしら」
「うん、わかったよ。任せて欲しい」
「お、おう……わかったぜ」
頼りになる返事を聞かせてくれた平田と違って、須藤はどこか視線を泳がしてしまう。
「何かあるのかしら?」
「いや、そのなんだ、結構スパルタっていうか……アレしてるからよ」
「威圧的に接しているということ?」
「まあそんな感じになるかもな。バスケはリアルだからよ」
「……貴方はひとまず勉強に集中して、特別試験のことは考えないようにしなさい」
「あ、あぁ」
「皆も、個人契約を進めていくのは結構だけど、即断即決はせずに私か天武くん、或いは平田くんや櫛田さんにまずは報告や相談をして頂戴」
二年生最初の特別試験はこうして始まることになる。クラスの指揮は鈴音さんに任せても問題はないとして、俺個人としては色々と確かめなければならないことも多いから、忙しくなりそうだ。
別に何がどうということも無いけれど、何名か気になる一年生がいるので、それぞれしっかりと確認しておかないといけないだろう。
それにしても、九号はどうしてこの学校に来たんだろうか?