宝泉「?」
龍園「ビビッてんじゃねえ、やれ」
九号との協力関係の樹立が成功した翌日、鈴音さんたちに任せた偵察はどうだったのかと思い、清隆と情報交換をすることにした。一年生の動きや反応であったり、二年生の考えや方針であったり、後は個人的な要注意人物の印象であったりと、聞きたいことは沢山ある。
本日のお昼休みは清隆と鈴音さんと一緒に教室の隅で済ますことになった。購買で買って来たおにぎりを食べながら二人の印象や評価を教えて貰っている。
「そうか、当たり前のことだけど、一年生だって色々な考えがある訳だね」
「えぇ、決して侮れる相手ではない、この試験が契約と買収前提だということをしっかり理解している印象よ。特に学力の高い生徒ほどどれだけポイントを上級生から引き出せるかを考える傾向にある」
「一年生だって馬鹿じゃないってことだ」
昨日の放課後、須藤と一緒に三人で偵察した結果、そこまで大きな手ごたえは得られなかったらしい。やはりどこにいってもチラつくのはポイントによる契約だ。
一年生からしてみればどれだけの利益ある契約を結べるのか、二年生からしてみればどれだけのポイントを消費出来るのか、まるで一年生と二年生の間で綱引きのような感じになっているらしい。
もし俺たちが一年生であったならば、同じように大きな契約を結ぼうとしただろうから、一年生も本質をよく理解しているということだろう。
「学力評価が低い生徒は、大きな契約なんて高望みはせずに、一之瀬さんの交流会に参加していたわね」
「頼りになりそうな先輩が力を貸してくれる訳だから、そりゃ飛びつくか」
問題なのはポイントを吊りあげられると思っている学力評価の高い生徒たちである。
「気になるのは、一年Dクラスの意向かしら……一之瀬さんの交流会に参加していなかったのよ。加えて、何人かに声をかけてみたのだけれど、クラスのリーダーの方針としか言わなかった」
「だとしたら早いね、まだ新学年が始まったばかりなのにもうクラスを纏め始めているってことだ」
「推測でしかないけれど、私たちの時とは異なって学校側は今年の一年生にある程度の情報を開示しているかもしれないわ」
「俺たちの時は何も無かったのに」
「……今にして思えば、アレは私たちの学年で行われた初めての特別試験だったのかしら」
サンドイッチを食べ終えて、一年前の今頃を思い出す鈴音さん。言われてみれば確かにその通りなのかもしれない。
「そうかもしれないね、代わりに今年の一年はこんな特別試験になったんだろう……それで、唯一期待が持てそうな生徒と話が出来たんだよね?」
「あぁ、天沢一夏……学力評価はA、須藤のパートナーとしては文句無しだ」
清隆の言葉には警戒心が宿っていることに俺は気が付く。一応ホワイトルーム生候補であると情報を共有しているからな。
ただこの天沢という生徒に関しては俺の観測もそこまで正確ではないと思っている。もう一人のホワイトルーム生である男子生徒とは異なって女性だからな。やはり筋肉や体幹や性質がどうしても異なって来るのだ。
清隆と似たような印象を覚える研ぎ澄まされた肉体だけど、やはり女性なので似ても似つかない。
俺にわかるのは、天沢さんの肉体や体幹や重心がオリンピック選手のように無駄がないと言うことだけである。だから確信までは持てない状態だ。
「それで、料理を振る舞って合格すれば協力してくれると……なんでそうなった訳?」
「オレが知る訳ないだろう……まぁ、殴り合いよりはまだ現実的だ」
「最初は一番喧嘩の強い人と言われたのよ」
2人がどこか疲れたような顔をするので、天沢さんに翻弄されたことがよくわかる。
「清隆は料理上手だよね」
「あぁ、だから引き受けた」
「少し意外だけれどね、綾小路くんが料理達者だったなんて」
「料理は唯一の得意分野と言っても過言じゃないぞ」
チェスで負けると料理をごちそうするのが俺たちの日常だからな。清隆も同じように負けた日は料理を作ってくれる。最初はどこかぎこちない感じではあったけど、あっという間に技術と経験を昇華させて料理上手となった。
まさかあの経験がここに来て生きるとは、何が役に立つかわからないものである。
ただ天沢さんは危険人物であるので、ここで上手いことパートナー相手を須藤に押し付けたいのかもしれない。
「おい、一年生が何人かこっちに来てるぞ!!」
情報交換をしていると誰かがそんなことを言った。この二年生のフロアに誰かが顔を出したと。
「どうしたのかしら?」
鈴音さんは興味を引かれたのか廊下側に向かう。俺もそちらに行こうかと思ったが、その前に清隆と二人だけで話しておくことがある。
「天沢一夏さんだっけ、大丈夫なのかい?」
「今の所怪しい動きはない。だがお前の中では警戒対象なんだな」
「オリンピック選手みたいな体や体幹、重心や呼吸をしているからね」
「それほどの肉体なら、候補として十分だろう」
「清隆も警戒はしているんだ、それでも十分に気を付けなよ」
「そうするつもりだ。それより、お前の後輩の……名前は何だったか?」
「あぁえっと……」
昨日彼女に名乗って貰った名前を思い出そうとするが……不思議なことに簡単にはいかない。それでも何とか記憶の奥底まで潜って曖昧な情報を拾い上げていく。
「銀子さん、だね」
「そんな名前だったか? いや、まあいいか……その銀子だが」
そこで清隆は何故かスンッと表情から感情を消す。普段から似たような顔をしているのだが、今回は特にそれが顕著だった。
「ユニークな相手だな」
どうやらそれが九号と話した清隆の評価であるらしい。昨日の放課後、一年生の偵察が終わった後に早速紹介したのだが、少なくともこの感じだと清隆の中ではホワイトルーム生の線は消えているらしい。
「お前に問題が無いのならば、パートナー候補にしても良いか?」
「俺はそれで構わないよ。元々、そのつもりだったからさ」
「そうか、ならその方向で頼む」
「了解」
清隆がホワイトルーム生と組むという最悪の展開はこれで避けられただろう。だとすると思っていたよりも月城さんの介入は楽に跳ね除けられるかもしれないな。
そんなことを考えていると、廊下側が途端に騒がしくなる。
「何やってんだ!!」
怒気を含んだその声は龍園クラスの石崎のものであった。一年生が来たとは言っていたが、どうして彼はそんなに怒っているんだろうか?
清隆と視線を合わせてから、溜息交じりに椅子から立ち上がって廊下へと向かう。
そこでは騒ぎの中心である石崎と、逞しい体をした一年生の姿が待ち受けていた。あれは確か宝泉、今年のヤンチャ枠だったか。
「死にたくなきゃ、やめとけ石崎」
舎弟の怒気が親玉にも伝わったのか、龍園も姿を見せる。
「どうして止めるんですか!?」
制止した龍園の行動に石崎は困惑した様子を見せていた。
「お前のことはよく知ってるぜ。宝泉つったら地元じゃちょっとした有名人だったからな。まさかここまで馬鹿そうな顔をしてるとは思わなかったけどなぁ」
相変わらず龍園は人を小馬鹿にしたような嘲笑いを浮かべている。それを見てたから宝泉は値踏みするような視線を向けているのは対照的にも見えてしまう。
「龍園さん、知ってる奴なんですか?」
だが石崎の言葉に一年生は強い興味を向けるのだから、やはり同じヤンチャ枠として通じる部分があるのだろうか。
「龍園だと? おいおいなんだよ。まさかの巡り合わせだな。お前の噂は嫌ってほど聞いてたぜ龍園」
「人の名前を憶えるだけの知能はあるみたいだな」
「しかしあの噂の龍園がこんな貧弱そうな体してやがったとはな……意外だぜ」
「お前の方はイメージ通り脳まで筋肉で出来てそうだな」
何故だろうか、どうした訳か今、俺のことが呼ばれた気がする。不思議なことである。
宝泉と龍園は互いに不良らしく挑発しながら何やら言い合う。ここだけ切り取れば不良漫画の一コマみたいに殺伐としていた。
「行くぞ石崎、ゴリラと見返りもないのに殴り合う必要はねぇ」
それでも最後まで龍園は余裕を崩すことなく、石崎を引き連れて帰ろうとするのだが、そんな彼らを嘲笑うかのように宝泉がわかりやすい動きに出てしまう。
彼が手を伸ばしたのは、龍園と共に様子を見に来た伊吹さんであったのだ。よく鍛えられて喧嘩慣れしたであろう手で、凶行に及ぶことになる。
「はッ、女も兵隊に使うんだな」
咄嗟に抵抗しようと手刀の構えを見せる伊吹さん、そんな行動を無視して宝泉はその首を握りしめてしまう。
「ッ!?」
「ほら抜けてみろよ。それか、そこで見てるお前ら全員かかってきてもいいぜ」
次の瞬間に、龍園と俺が同時に行動に出る。
龍園は上段蹴りを、こちらは伊吹さんの首を絞めている手に指を伸ばすことになった。
「あん?」
自分に向かって放たれた蹴りを軽くいなした様子だが、自分が絞めていた伊吹さんが突然に消えてしまったことに違和感を覚えたらしい。宝泉は掌を見下ろしながら何度も指を結んで開いてを繰り返していた。
「伊吹さん、大丈夫かい?」
「う、ごほ、余計なことを」
「ハハハ、ごめんね。流石に黙って見過ごすことは出来なかったからさ」
「……ありがと」
咳き込む伊吹さんを石崎に預けてから、俺は今年のヤンチャ枠と向き合うことになる。
「で、誰だテメエは?」
「笹凪天武、初めまして」
自己紹介すると宝泉は肉食獣のような獰猛な笑みを見せてくるので、どうやら彼はこちらを把握しているらしい。
「あぁ、テメエが笹凪か……はッ、なんだ、噂ほど強そうには見えねえな。女みてえな面してやがる」
「そりゃどうも、期待を裏切ってしまったかな」
「ミュータントだとか改造人間だとか滅茶苦茶言われてるぜ」
俺は一年生からどんな評価をされて、どんな噂をされているのだろうか、OAAで一年の評価は簡単に誰でも見れるので不思議ではないが。既に人間扱いはされていないらしい。
「OAAであれだけ滅茶苦茶な数値なんだ、見た目通りの女々しい感じでもないんだろ? 味見させろよ」
この子はこの学校で暴力を振るうことに躊躇はないのだろうか? まるで呼吸をするかのように自然体で、今度は伊吹さんに変わって俺に手を伸ばしてくる。
その体格が示す通り、太く分厚い五つの指先が俺の首にかかり、力強く締め上げようとしてくるので、とりあえず俺は周囲から聞こえて来る宝泉を心配する悲鳴を耳にしながら、その凶行を受け入れておく。
何をするにしても、大義名分は必要だからな。
「あん? なんだテメエの体は……どうなってやがる?」
こちらの首を締め上げる宝泉が感じた印象がそれであるようだ。
どうなっているもなにも、触れた感触そのままだろう。筋肉質な人に触れればそのままの印象が、肥満体系の人に触れればそのままの感触が掌に伝わる、ならば俺に触れればまた異なる感触を覚えることだろう。
師匠に改造された肉体は、きっと決して揺らぐことのない大樹のような印象を相手に与えるのかもしれないな。
「いいか一年生……先達として一つ助言しておこう」
首を絞められるという大義名分は整った。目撃者も大勢いる。監視カメラの映像だってある。つまりここから先は完全に正当防衛と言い訳が成立する状況であるということだ。
だから俺は、こちらの首を絞めて来る宝泉の手首を掴む。
「他者と接する時は、最低限の敬意を払え」
女の子の首を掴むなど、言語道断である。そこは反省して欲しい。
宝泉の手首を掴んで指先に徐々に力を込めていく。割り砕いて引きちぎったりしないように加減しながらだ。それでもメリメリと軋むような感覚が掌に伝わってくるので、きっと同じだけの圧力をあちらも感じているのだろう。
「ッ!? テメエッ……グッ!?」
宝泉の指がこちらの首から離れていく。こちらの握力で強引に引きはがしたからな。激痛でそれどころでは無くなったらしい。
「ハハッ……良いぜ笹凪ィ!! 少しは楽しめそうじゃねえか!!」
「宝泉くん、いい加減にしてください。貴方は交渉の邪魔をしに来たんですか?」
「黙ってろ七瀬、今良い所なんだよ!!」
自分の手首が折れそうな状況なのに何故か楽しそうな宝泉は、行動を共にしていた女子生徒の制止を気にする様子もないまま今度は空いていた左手を俺に伸ばしてくる。
その左手を右手で受け止める。そして握力を比べ合うかのように隙間無く指を絡め合う形となってしまった。
どうしようか、このまま両手を粉砕するのは簡単だけど、そこまで行くと正当防衛を通り越して過剰防衛になりそうではある。
さてどこを着地点としようかと考えていると、宝泉は右足を上げてこちらの脇腹を全力で蹴り上げてしまう。
おい止めとけ、という制止よりも早く彼の膝はこちらに突き刺さるのだった。
「グオッ!!?」
俺の脇腹、肋骨と、宝泉の右膝が勢いよく接触した瞬間に、その間に骨が折れる音が伝わって来る。
折れたのは俺の肋骨ではなく、彼の右足であった。当たり前だな。人間の体は加減も無く大樹を蹴り飛ばしたら折れる。とても自然なことだろう。
それと、膝蹴りを受けて骨折した瞬間の衝撃で、掴んでいた右手首からも少しだけ軋む感覚があったので、そちらも罅が入ってしまったらしい。
「宝泉くん!?」
右膝の骨折と、右手首の骨折、その二つの衝撃で廊下に倒れこむ様子を見て、彼と一緒に行動を共にしていた女子生徒、七瀬翼さんが驚いたように声を上げているのが見えたけど、それを気にするよりも早く行動しなければならない。
「すまない宝泉、力加減を誤ってしまった……手首は、やっぱり折れてるか」
全力で脇腹を蹴って来た膝も当然折れている。手首も似たようなものである。これは拙いな。
どちらも骨折しているのだから当然ながら重症だ。すぐにでも保健室に運んでそこから病院に搬送した方が良いだろう。
「皆どいてくれ!! 彼を保健室に運ぶ!!」
この被害を齎してしまった責任は当然あるので、宝泉の巨体を抱き上げてお姫様抱っこの形になると、俺はそのまま保健室に運び始める。
「テメエ、離せッ、離しやがれッ!? クソ、なんだこいつ!?」
お姫様抱っこの形が不満だったのか、彼はとても苛立った様子で抵抗してくるのだが、膝と手首が折れている重症者なので有無を言わせず運ぶしかない。
「待ってろ、今から保健室に運ぶから!!」
「おい止めろ!? 下ろしやがれ!!」
重傷者なのに元気な男である。
けれどどこまで行っても重傷者である。だから迷わずお姫様抱っこで運ぶしかないのだ。
これが後に語られる「宝泉お姫様抱っこ事件」の顛末であった。
俺は生意気な一年生の足と腕を折ったヤバい先輩と一年生から不当な評価をされることになり、宝泉がお姫様抱っこされた姿は学校中で話題となって暫く笑いが絶えなかったらしい。
なんというか、本当にすまない。もっとスマートに撃退できれば良かったんだけど、どうした訳か彼の手首と膝が骨折してしまった。
少しだけ圧倒して後は穏便に済ませる筈だったのに、何でこうなるんだろうな? そこが少し不思議だった。
三年生「だから言ったのに」二年生「だから言ったのに」教師「だから言ったのに」
龍園「やったぜ」