BクラスとCクラスの間で傷害事件が起こってしまったらしい。それを茶柱先生から聞かされたのは月初めのホームルームであり、どちらの主張も食い違ってることから審議が開かれるそうだ。目撃者がいれば名乗り出ることを伝えられるとホームルームは終了となった。
生徒たちにとってポイントの支給日は楽しみな日でもあり、Dクラスだってそれは同じなので不平不満が漏れるのも仕方がないだろう。
しかし同情的な声を囁かれる。Cクラスが面倒な絡み方をしてきたのは事実であり、クラスメイトの何名かも被害にあっていたからだ。
俺としてはCクラスの目的がBクラスに移ったことで一安心していた。わざわざ龍園を名指しして「こっちは警戒してるし意味ないから」と伝えたことに多少の効果もあったのだろう。
最大の隙である須藤に張り付いていたのも良かったのかな。
Bクラスにもわかりやすい隙はなかったと思うが、完全完璧とはいかなかったのかもしれない。或いは龍園にとって都合よく面倒事を押し付けられる獲物がいたのか。
それとも単純にBクラスを先に攻撃してこっちは後回しにしただけなのかもしれない、真相はわからないが。
「ねぇ笹凪くん、良ければ手伝って貰えないかな?」
交友関係が広い櫛田さんはどうやらBクラスの友人から今回の件を詳しく訊きに行き、その流れで手伝うことになったらしい。
「駄目かな?」
「そんな可愛い顔されたら断れないな、櫛田さんはちょっとズルいと思う」
「ズ、ズルくなんてないよ。普通にお願いしてるだけだもん」
悲しきかな男の性、こうも頼まれると断れない。
「Bクラスに行ってたのなら詳しいことを教えてくれないかな?」
「うん、えっとね……あ、でも私が説明するよりも今から一緒に帆波ちゃんの所に行こうよ。ほら、Dクラスも色々と嫌がらせを受けてたから、詳しく訊きたいんだって」
「わかった、それじゃあ行こうか……しかし、一之瀬さんのこと名前で呼んでるんだね、親しいのかい?」
「うん、帆波ちゃんも私のこと名前で呼んでくれるよ」
「さすがの交友関係だ。他クラスの子とも親しく出来るのは凄いな」
「そうかな、普通に話しかけて友達になっただけだよ」
「その普通が案外難しいのさ。そう言えば櫛田さんは入学初日からとても親しみやすくクラスメイトに接してくれていたね」
「うん、だってクラスのみんなと早く仲良くなりたかったから」
「ん……友情は良いものだ」
「勿論、笹凪くんとも仲良くなりたいんだよ?」
首を少しだけ傾けてこちらを上目遣いで見つめて来る櫛田さんに、思わずときめいてしまう。
「だとしたら嬉しいな、けど君と親しくするとクラスの男子たちに袋叩きにされてしまいそうだ。皆のアイドルだからね」
「ふふ。もう、みんな優しい人だもん、そんなことされないよ」
「そうあることを願うばかりだ」
池とか山内とか、俺が櫛田さんと話してると、凄い顔で見つめて来ることがあるんだ。
「あ、帆波ちゃん!!」
「桔梗ちゃん! それに笹凪くんも!? もしかして協力してくれるのかな?」
「あぁ、何ができるかわからないが、助力させてくれ」
櫛田さんと一緒にケヤキモール内にあるカフェテラスに赴くと、そこには一之瀬さんと、見慣れない男子生徒が一緒にいた。
「すっごく助かる!! 本当にありがと……あ、笹凪くんって神崎くんとは初めてだったかな?」
「その通りだ。俺は笹凪天武です。よろしくお願いします」
挨拶は大事、師匠の教えである。
「神崎隆二だ、こちらこそ」
「名前は前から聞いてるよ。確か一之瀬さんの参謀的な人だって」
「俺なりに力になっているだけだ、大したことはできてない」
「ううん、そんなことない。神崎くんがいてくれて私は凄く助かってるよ」
一之瀬さんも彼を頼りにしているようだ。まさに冷静沈着な参謀って感じの見た目をしているし、実際にBクラスに配属されているのだから優秀なのだろう。
「笹凪の噂は前から聞いている、色々とな。何度かクラスメイトが絡まれている時に助けてくれたとも、改めて感謝させてくれ」
「放置して回れ右も出来なかったんだ、俺も大したこともしていない」
「……意外に謙遜するんだな」
「ある程度の謙遜も必要だって尊敬する人が言っていたからな」
師匠曰く謙遜は大切、ただし度が過ぎなければ。
挨拶と自己紹介を済ませてカフェの席に座って向かい合う。正面にBクラスがいる形だ。
「さっそくだけど詳しく訊きたい。俺は担任の先生からBクラスとCクラスの間にトラブルがあったとしか聞かされていないんだ」
「うん、内容はね――――」
そこから一之瀬さんが語ってくれたのはトラブルの細かな説明であった。Bクラスの生徒が放課後の人気が無くなった校舎の踊り場付近でCクラスの生徒と接触、取り囲まれて詰め寄られたらしい。
これまでにも似たようなことがあり、一之瀬さんたちも注意喚起を行っており、もし絡まれてしまってもすぐに逃げるように指示を出していたそうだ。
Cクラスの生徒もわかりやすい暴力は振るってこないので、強引に走り出して逃げればそれでこれまでは終わっていた。
しかし今回は違ったのだろう。どうした訳か翌日にはCクラスは学校側に訴えをおこしており、生徒の一人が怪我を負っていたのだ。
彼の主張は、突き飛ばされて踊り場から転んで階段を落ちてしまったとのこと。怪我はその時に負ったとの主張である。
「それは酷いねッ」
隣に座っている櫛田さんはプリプリと怒っていた。
「因みに踊り場から突き落とされたって生徒は、本当に怪我をしているのか?」
「うん、それは間違いないみたい。でも千尋ちゃんはそんなことしないよ、逃げる時に肩がぶつかったって言ってたけど……多分、その生徒は」
「怪我を作ったんだろう」
一之瀬の考えを神崎が言葉にする。考えたくはないが嫌な手段であった。
「監視カメラの映像は……あったら審議なんかそもそも必要ないか」
「あぁ、相手もそこまで馬鹿じゃない……Dクラスも同じように絡まれたことがあると聞いたんだが、どのように対処したんだ?」
「特別なことは何もしていないよ。Cクラスが組織的に嫌がらせをしていたことは知っていたから注意喚起して単独で行動しないことを促して、わかりやすい奴には俺がくっ付いてた」
「笹凪くん、ここ最近ずっと須藤くんと一緒だったよね」
櫛田さんが揶揄うようにそんなことを言ってくる。確かにずっと一緒だったけども。
「そんな訳で、Bクラスとやってることは変わらないだろうから、あまり参考にはならなかったかもしれないけど」
もしBクラスとDクラスに差があったとするならば、それはきっとちょっとしたタイミングなのかもしれない。
もし今回のトラブルに巻き込まれたBクラスの生徒が、その日に一人でいなかったら、次の日には標的が変わってDクラスの生徒が狙われていた可能性もあるだろう。
小さなタイミングの違い、ただそれだけだ。
「きっと何か少しでもズレていたら、このトラブルはCとDの問題になっていた筈だ……そう考えると、他人事とは思えないな」
その言葉を聞いて櫛田さんは悲しそうに目を伏せてしまう。きっと想像してしまったのだろう。
「一之瀬さん、神崎、今回の件だがBクラスはどう動くつもりなんだい?」
「う~ん、審議が始まるまでに有利な情報が欲しいかなぁ……監視カメラの映像が頼りにならないのなら、目撃者がいたりすれば良いんだけど。神崎くんはどうかな?」
「情報を集める必要があるだろうな、それもできるだけ客観的な……だが、無実の証明というのは簡単ではない」
だろうな、だからこそ監視カメラがあれば一発なんだが。
「ねぇ帆波ちゃん。監視カメラの映像が頼りにならないっていうのは、どうしてなのかな? 階段の踊り場ってどこにでもカメラがあると思うんだけど」
「えっとね、桔梗ちゃん。実は都合悪くそこのカメラだけ故障中だったんだ。もう何日かすれば交換されるって先生も言ってたんだけど」
「あぁ、そして龍園たちには都合が良かった。おそらく近くで待機してその階段付近を通る生徒を吟味していた筈だ」
「こ、怖いね、そこまでされると」
確かに怖い、近くでずっと張り込んでるとか、一歩間違えなくてもストーカーである。
そして恐ろしくもある。もしその階段を通ったのがDクラスの生徒であったならば、同じような状況に陥っていただろう。
「一之瀬さん、廊下側の監視カメラはどうなんだ?」
踊り場付近を映す監視カメラがダメならば、別の角度から証拠を揃えられるかと思ったんだが、当然この二人だって同じことを考えていた。
「……一応は手に入れたんだけど」
「証拠としては、正直難しい」
神崎が懐から取り出したスマホを操作して、とある動画を再生する。どうやら監視カメラの映像をダウンロードしていたらしい。
事件が起こった当時の映像だろう。放課後の人気が無くなった廊下を歩く女子生徒が一人、その子が階段に向かっていきカメラの死角に姿を消すと。その数十秒後に慌てて逃げ帰っていく様子が映し出されていた。
このカメラはあくまで廊下全体を映すものであって、階段の踊り場付近まで映してはいないらしい。
更にその数十秒後、今度は三人の男子生徒が階段付近から出て来たところが映し出される。何をしたのか知らないが、二人が一人を挟んで肩を貸しており、怪我人を介抱するかのように引きずっている。
「なるほど、決定的な所は映っていないと」
女子生徒が階段から突き落としたという主張も、そんなことをしていないという反論も、これだけでは証明することができない。
もしかしたら本当に突き落としたのかもしれないし、こいつらが勝手に怪我を作ったのかもしれない。やはり無実の証明は難しいだろう。
「ん……カメラが駄目ならば、やっぱり目撃者の有無が一つの判断材料になるだろうね。有利な証言が一つあるだけでも違うだろうし」
「うん、だから今は聞き込み中なんだ。桔梗ちゃんが手伝ってくれるって言ってくれたから凄く助かってるよ」
「確かに櫛田さんは交友関係が広いからな」
友人の多さならば学年一位かもしれない、それほどだ。
「櫛田さんが目撃者探しをする。一之瀬さんと神崎も有利な情報を集める……なら俺はどうするかな」
「え、笹凪くん、手伝ってくれないの?」
櫛田さん、そんな顔をしないで欲しい。凄く困る。
「聞き込み調査も、情報収集も、俺がいなくても何も問題はないからね……だから俺は、俺にしかできない方向で協力するよ」
「何か手があるのか?」
神崎の質問にこう返す。
「審議に勝つ、その為に行動するのは当然として、だからこそ有利な情報は必要だ。それとは別にCクラスを説得する方向性を考えている」
「説得か……」
神崎が渋面を作る、それができたら苦労はしないとでも言いたいのだろう。
「皆は、審議に勝つ為に、そして俺は説得する為に、一先ずは二つのプランを走らせよう。どちらか片方が通ればそれで良し、一之瀬さんはどうかな?」
「うん、それでいいと思う。確かに私たちってどう審議に勝つかってことばかり考えてたかも。言われてみれば説得も大事だよね」
「そうだな。話し合えばわかりあえるよ」
師匠曰く、対話は大事……ただし、説得力も大事。
「そんな訳でさ、二人とも知恵を貸してくれないかな?」
Bクラスと協力関係を結んだ翌日の昼休み、俺は綾小路と堀北さんに相談していた。
報告、連絡、相談は大事って師匠も言ってたからな。
机を合わせて昼食の時間である。ただし堀北さんは頑なに引っ付けようとしてくれない。きっと照れているんだろう。
「大変だな、Bクラスも」
モソモソとパンを食べる綾小路はどこか他人事である。いや、実際に他人事なんだけども。
「正直、他人事とは思えなくてね。何か一つタイミングがズレてたらDクラスが同じ状況になっていたかもしれないだろ?」
「確かにな」
「堀北さんもそう思わないかい?」
綾小路の隣の席である堀北さんにそう問いかけると、彼女は少しだけ考え込むように視線を彷徨わせた。
その視線を追っていくと、教室の隅で俺たちと同じようにお昼休みを過ごしている眼鏡姿の女子生徒がいた。
堀北さんはその女子生徒を数秒見つめた後に、こちらに視線を戻す。何故かこちらを少しだけ責めるような目をしている。
「随分と他クラスに入れ込んでいるようね。笹凪くん、わかっているのかしら? Bクラスとは競い合う間柄なのよ、つまりは敵」
「勿論、わかっているさ。その上で協力すると決めたんだ」
「それは……もしかして一之瀬さんがいるから?」
「理由の一つとしては間違いなくある。女の子が困ってると、どうしてもね」
「……」
こちらを見つめる視線が滅茶苦茶鋭い。正直怖かった。
「別にそれだけが理由じゃないだろ?」
冷たく凍える視線からフォローするかのように、綾小路がパスを出してくれた。なんだかんだで気遣いのできる男である。
「そ、そうだね。ん、俺の個人的な感情の話を抜きにすると、この件で協力することでBクラスに対して恩というか貸しのような物も作れるかもしれない。そう考えると決して馬鹿な真似をしているとは言い切れない」
「言い訳が上手い舌だこと」
「だが一定の理解を示す堀北さんであった」
「勝手に人の内心を捏造するのは止めて頂戴」
「そこを曲げてなんとか頼むよ、お願い、堀北さん」
「……」
「堀北さん」
「……」
「……」
徐々に彼女の頬に朱が差していく。
「わ、わかったわよ……だからその顔を止めなさい」
「綾小路、俺ってどんな顔してたんだ?」
「捨てられた犬みたいな感じだ」
そんな顔をしてただろうか? 堀北さんの協力が得られなくて悲しい気持ちにはなっていたが。
「それで、結局どうするつもりなんだ?」
「審議に必要な目撃者探しや情報収集は櫛田さんと一之瀬さんが進めてくれるさ。さっきも言ったけど俺は説得する方向性で進めたい」
「嘘の主張で審議に引きずりこんでくるような相手よ、簡単なことではないわ」
堀北さんの言う通りだ。楽にとはいかない。
「仮に説得の場を設けたとして、引き下がる代わりにポイントを要求されるなんてこともあり得る筈。いいえ、こんな手段に訴えて来る相手だもの、必ずそうするわ……そして、それがまかり通ってしまった瞬間、対等ではなくなってしまうわね」
「味を占めるかもな」
「だろう? だからしっかり釘を刺しておきたいんだ。もしこれで綾小路の言うように味を占められたら、次の標的はDクラスかもしれない……だからこの件はBクラスを助ける為でもあるけど、Dクラスの将来を考えた結果なんだ」
そこまで言えば頑なであった堀北さんと言えど、今回の件を解決する為に深く考え込んでくれる。
「説得するには、聞き入れさせる為の材料が必要になる。けれどポイントを支払うようなことをすれば実質敗北と変わらないわね……何か、それ以外の方法で――」
彼女なりに色々と考えてくれるのは嬉しい、以前の彼女ならば他クラスの争いなんて絶対に無関係を決め込んでいただろう。
しかし色々と考え込んでくれたのだが、冴えた一閃など簡単に見つかる筈もなく。最終的には小さな溜息を吐いてしまうのだった。
そして彼女の視線はまたもや教室の隅っこで静かに昼食をとる眼鏡の女子生徒に向けられてしまう。
「駄目ね、説得する方法を考えるよりも、彼女の方が気になるわ」
「佐倉さんのことかい?」
「さすが笹凪くんね、女子生徒の名前をしっかり覚えているなんて」
軽薄ね、彼女の視線はそう言いたげだったが、とんでもない勘違いである。
「いや、もう入学してそれなりに経つんだから、クラスメイトの名前くらいは覚えるだろ、二人もそうだろ?」
「……」
「……」
堀北さんも綾小路もだんまりである。嘘だろ?
「ま、まぁ。それは置いておこう。それで堀北さん、何が気になるのかな?」
「茶柱先生がホームルームで言っていたでしょう? 目撃者がいれば名乗り出るようにって」
「言ってたな」
綾小路がパンを食べながら頷く。
「その時、彼女だけは反応を示していたわ。他の人たちがどこか他人事のように聞いている中でね」
「へぇ、もしかしたら目撃者かもしれない訳か」
「かもしれないわね、本人に訊いてみないことにはわからないけど」
それなら話は早い、さっそく聞いてみれば良いと思って席を立ち、教室の隅っこで静かに昼食をとっている佐倉さんへと近づいていく。
彼女はあまり目立たない生徒だ、常に他者の視線に怯えているような印象も受ける。なので可能な限り穏やかに親しみやすく接したいのだが。
「佐倉さん、ちょっと良いかな?」
声をかけると体をビクッと反応させて、慌てながらこちらに視線を向けて来る。
「実は少し訊きたいことがあって、お話でもどうかな?」
「……ご、ごご」
「ごご?」
「ごめんなさい……」
何故か謝られてしまった、それも涙目で。
そこでふと、俺はSシステムをクラス全体に説明した時のことを思い出す。師匠モードで強制的に黙らせたあの一件である。
そりゃ怖いか、俺だって師匠は怖い、なら彼女だって当然怖い。
どうやらここは俺の出番ではないようだ。
「綾小路、どうやら絶対に人を殺してそうなランキング一位の俺は怖がられてしまうらしい。選手交代だ」
「なんだと?」
ここはパッと見で人畜無害そうな雰囲気を醸し出している、自称平凡な高校生の出番であった。
「佐倉さんと話をしてきて欲しい、事件の目撃者かどうかだけでも知りたいんだ」
「オレが?」
「そうだ、俺はとても怖がられてしまっているみたいだ。頼んだよ」
「綾小路くんには荷が重いわよ」
堀北さんが挑発するようにそう言うと、思う所があったのか綾小路は席を立って佐倉さんに話しかけにいくのだった。
「上手くいくのかしら?」
「さてね、とにかく怖がられてる俺よりはまだマシだろうけど……うん、どうやら上手くやれそうだ」
綾小路が話しかけると佐倉さんはビクつきながらもなんとか会話をしてくれている。俺が話しかけた時のように涙目にはなっていなかったのでその差がよくわかってしまう。
しかし綾小路がよく知らない女子生徒に声をかけるというのも、言ってはなんだが意外な光景でもあるな。